戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
後世、レウィニア神権国はアヴァタール地方随一の大国となる。その政治体制は、土着神「水の巫女」を絶対的な君主とし、「レウィニア教」を国教と定めた宗教国家である。一方で、その教義自体は排他的なものではなく、古神なども受け入れる土壌を持っている。水の巫女が絶対君主であるが、通常の政治体制は、水の巫女の使徒である「王」と王に選ばれた「貴族」および水の巫女を祀る「神殿」によって政治が行われる。
そのため、後世においては、水の巫女を絶対視する「神殿派」と、政治から宗教色を廃し、王政に基づいた政治を行うべきとする「貴族派」に分かれ、派閥抗争が繰り広げられることになる。水の巫女は、その姿を殆ど人前に顕さないことから、貴族派の中には、水の巫女の存在自体を疑う声すら出る。いずれにしても、水の巫女自身はレウィニア神権国の国民から広く敬愛され、敬われる存在で在り続けているのは確かである。
レウィニア神権国は、『第一軍 宮廷騎士団テルフ=ヴァシーン』 『第二軍 聖堂枢機軍サーフ=ヴァラッサ』『火龍騎士団テルナ=ヴァシーン』『白色魔導騎士団ナグ・ヴァイツ=ファールス』 『第七軍 鋼鉄槍騎兵隊シュブナ=ガリュ・ヴァイ』『第八軍 不死騎兵隊アナート・ヴァイ』『虹色騎士団レール・ヴァシーン』 『第十一軍 白地龍騎士団ルフィド=ヴァシーン』など計十一もの軍を有する軍事大国となる。その理由は、レウィニア国教が古神をも認めるため、他の現神および神殿勢力からの攻撃に備えるため、と一般的には言われている。
ただ一方で、自主防衛のために十一もの軍隊が必要なのか、という疑問の声もあり、何のためにそれほどの軍事力を必要とするのかは、後世の者達自身すら不明であり、全ては水の巫女の意志の中に秘められている…
水の巫女との会談は、不定期で数度にわたって行われた。オレは自分の転生前の世界などを交えながら、情報提供をしていた。その礼というわけではないが、水の巫女の「あられもない姿」を何度か見ることが出来たので、オレとしては満足だった。だが、そろそろ水の巫女の中に、目指す国家像ができ始めた頃に、水の巫女とオレとの間に、考え方の相違が出始めた・・・
『王政?レウィニア神権国を王政にすると言うのですか?』
『はい。わたくしの使徒を選び、王とし、王自身がわたくしを敬う形式ではどうかと考えました』
水の巫女は、オレが住んでいた国「ジパング」を参考に、レウィニア神権国の政治体制について考えたらしく、オレに相談を持ちかけてきた。オレは腕を組んで考えた。オレ自身としては、国民が為政者を選ぶ民主国家にすべきだと思っていたのだが、水の巫女は「ミカド族は、ジパングの宗教の大司祭を兼ねていた」という話から、この政治体制を考えたらしい。
『まぁ、あなたが建てる国ですから、オレがアレコレと言うべきではないのですが、覚悟はしておいてくださいね?王政とは、つまり「特権階級」を創るということになります。巫女殿の下で、皆が平等・・・ではなく、そこに「血縁」という身分制度が誕生します。自分で努力をしたわけでも無いのに、生まれがそうだったから・・・というだけで身分が決まる。こうした身分制度は、人間を腐敗させる土壌です。オレのいた世界の歴史が証明しています』
『ですが、実際に政事を行うにあたっては、誰かが為政者とならなくてはなりません。あなたは言いました。わたくしは穢れてはならない。政事から離れるべきだと・・・ですので、政事を行う組織体として、王および貴族は必要なのではないでしょうか?』
『・・・・・・・・・』
オレは考えた。民主主義とは、誰かから与えられるものではない。民衆自身がそれを望み、自らの手で勝ち取らばければ価値が無いのである。長い歴史を見れば、王政となって腐敗し、民衆による革命が起きたほうが、良いのかもしれない。その時は、水の巫女は廃されるかもしれないが、それはそれで彼女の責任である。そこまでオレが面倒を見る義理はない。
『まぁ、仰ることはわかりました。巫女殿が建国者です。オレとしては、これ以上は何もいえません。それに、あとは人間たちの手によって造られるべきでしょう。何から何まで、神々が設計をしたら、それこそ人間のためになりません』
水の巫女はオレを見つめた。相変わらずの無表情だ。やおら、オレに質問をしてきた。
『もし、あなたが国を創るとしたら・・・』
『その時になったら考えますよ。ただ言えることは、どんな国でも「不滅」では無いということです。オレが住んでいたジパングでさえ、いつの日か消えるでしょう。あなたがこれから建国する、レウィニア神権国もね』
『数々の協力、ありがとうございました…あなたはこれから、どうするのですか?』
『また旅に出ますよ。グラティナの母上殿をハレンラーマまで護衛したいと思っています。その後は・・・そうだな、ケレース地方あたりに行ってみようかな』
こうして、水の巫女とオレとの「神々の國産み」は終わった。水の巫女は、これまでの礼として、相当額の支援金を出すと言ってくれた。オレとしては有難い話であり、感謝して受け取ったが、この時点でオレは既に気づいていた。このレウィニア神権国には、いつまでも住み続けることは出来ないと・・・
『母上の護衛をしてもらえるのは有難いが、母上は強いぞ?一人でも大丈夫だと思うが?』
仮屋敷に戻ったオレは、レイナとグラティナにハレンラーマ行きの話をした。グラティナの母親が引っ越しをするにあたって、その護衛をしたいと伝えたのだ。オレとしては、ハレンラーマという土地を見てみたかったし、その後はケレース地方に行ってみたかった。
『まぁ、母上殿の護衛はついでだ。あのあたりは、闇夜の眷属が多いと聴く。一度行ってみたいと思っていたのだ。その後は、出来ればケレース地方に行ってみたい。幸い、神殿からも支援を貰ったし、当分は旅ができるだろう。リタを見習って、行商しながら旅するというのもアリだな』
『この屋敷に住んだばかりだけど、しばらくは戻らないわね。掃除をしておかないと』
『そうだな。一応は現状保存用の結界を張っておくか。建物が傷まないように』
『出発はいつにするのだ?母上は別に、急いではおられないが・・・』
『片付けと準備なども入れたら、三日後といったところか。その間に、リタにも挨拶をしておこう』
オレは書斎に入ると、革袋にブレアード・カッサレの魔術書と彼の研究メモ、他数点の書籍や素材、道具を入れた。失うわけにはいかない資料のみ、選出する。今回の旅は長い。ひょっとしたら・・・いや恐らく、この屋敷には二度と戻らないだろう。
三日後、オレたちはグラティナの母親「ララノア・ワッケンバイン」が住むバーニエを目指して出発をした。二台の荷車である。一台はオレたちの荷物などだが、もう一台はリタからの依頼だ。塩や素材類などが載せられている。旅から戻った時にカネは受け取ると言っていた。形を変えた、餞別のつもりなのだろう。神殿からの支援金は、通貨ではなく「黄金および宝石類」だった。これから行くところには、プレイアの通貨は使えないからだ。水の巫女なりの気の利かせ方なのだろう。
バーニエに行く途中の野営中に、オレは予感を感じた。焚き火に二人を残し、オレは森の中に入る。小さな小川に、水の巫女が立っていた。相変わらずの無表情で、オレを見つめていた。
『もう、レウィニアには戻らないつもりですか?』
『わからん。だが、巫女殿が作ろうとしている国は、オレが住みたいと思う国ではない』
『残念です。新しい国で、あなたに人として生きて欲しかったのですが・・・』
『巫女殿には感謝をしているよ。だが、オレにはオレの生き方がある。お気遣いはありがたいが、生き方は自分で決める』
『次に会うときは、敵として会うことになるかもしれませんね・・・』
『あぁ、だから今のうちに・・・』
オレは水の巫女に近づき、頬に手を当てた。彼女は抵抗しなかった。
『操は頂かないが、あなたの唇を頂く』
水の巫女が少しだけ、表情を変えた。しばらくの間、オレたちは唇を重ねた。去り際にオレは水の巫女に伝えた。
『あの屋敷はお返しする。中の資料などは処分してもらっても構わない』
『いいえ、残しておきます。あなたは戻らないかもしれない。ですがいつの日か、あなたに替わる人が、我が国に留まってくれるかもしれませんから』
『オレに替わる存在か…ソイツなら、オレを殺せるかもな』
オレは笑って、水の巫女と別れた・・・