戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第六十二話:ララノアの弓

メルキア国傘下に入ったバーニエの街は、かつて以上の活気を見せていた。東西の行商人は無論だが、古の宮や東北部の亜人地帯からも、行商人や人々が往来しているのである。交通の要衝らしく、巨大な行商街が幾つもできていた。オレたちは大きく変わりゆく街を見ながら、グラティナの実家に入った。

 

『私の引っ越しのために、わざわざ来てくださるなんて』

 

『グラティナは、私にとって大切な存在です。その母君である以上、あなたも、私にとって大切な存在なんですよ』

 

ララノアの引越しは、それほど時間が掛かるものではない。時間が掛かっているのは、大陸公路に入る為の通行許可証である。かなり厳重な審査があるそうだ。ただでさえヴァリ=エリフのララノアは、一か月以上、待たされている。

 

『役所にもお願いはしているのですが、「彩狼の砦」の通行許可が下りないのです。かなり時間が掛かるようで・・・せっかく手伝いに来ていただいたのに、本当に申し訳ありません。許可が下りるまで、狭いですけど我が家にお泊まり下さい』

 

『いえ、宿を取っておりますので、お気遣いなく…何か、お手伝いをすることはありませんか?』

 

『そうですわね、しいて言うなら・・・一度、お手合わせを頂けないかしら?娘に刻んだほどの強さ、私も見てみたいと思っていました』

 

『は、母上っ!』

 

『構いませんよ。ただ、仕合にして下さいね。グラティナの母上殿と死合うわけにはいきません』

 

ララノアは妖艶に笑った。グラティナは不安そうな顔をし、オレと母親を見つめた。

 

 

 

『ディアン、本当に母上と、仕合うのか?』

 

宿に荷物を入れると、グラティナがオレに問い質してきた。今夜、ララノアと手合わせをすることが決まってから、グラティナはずっと不安そうな顔をしていた。

 

『ん?ただの手合わせだろ?負けるつもりはないが・・・何か不安なのか?』

 

『私が心配なのは、母上の方だ。父上が死んでもう三年になる。その間、母上はオトコをずっと絶っている・・・』

 

『なるほどね。そういう心配か』

 

グラティナの不安とは、オレとララノアが男女の関係になることだ。確かにララノアは、オトコを刺激する妖艶な美人だ。もし誘われたら、間違いなく受けるだろう。だがグラティナがいながら、その母親に手を出すのは、さすがにケダモノ過ぎるというものだ。

 

『心配するな。オレだって節度は弁えている』

 

肩を叩くいてそう告げると、グラティナは首を横に振った。

 

『そうじゃない。その・・・もし母上がお前を求めたら、受けてあげてくれないか?』

 

オレは呆気に取られてしまった。

 

 

 

夜、バーニエ郊外の場所に向かったオレは、かつて同じ場所でグラティナと死合をしたことを思い出していた。

 

(娘と死合をした場所で、今度はその母親と仕合か)

 

ララノアは先に到着していた。奇妙な形の弓を持っている。オレは過去の知識の中から、その弓を思い出していた。「剣弓」と呼ばれる弓だ。遠距離から射掛けると同時に、弓自体が剣の役割をして、近接戦闘も可能な「遠近両攻」の武器である。

 

『良く来て下さいましたね。ディアン殿、ここからは娘を預けている親としてではなく、一人のヴァリ=エルフとして、あなたに勝負を挑みます』

 

『解りました。ですが、あなたを傷つけるわけにはいきません。オレはコレを使いますよ』

 

オレは木刀を用意した。ドワーフの木から削りだしたもので、相当に硬い。だがララノアは目を細めた。怒りの感情を持ったようだ。

 

『・・・私も甘く見られたものですね。ディアン殿、そのような手加減など無用です。背の剣をお抜きなさいっ!』

 

『お断りします。もし負けるようなことがあれば、オレの実力はその程度、ということです。あなたが負けても恥ではありませんよ。オレはそれ程に・・・』

 

オレは気配を変えた。ララノアはオレが何者かを知っている。オレの強さを知りたいのなら、遠慮をする必要はない。全身を覆っている魔力を消す。身体から、魔神の気配が立ち上る…

 

≪・・・強いですよ?»

 

『・・・どうやら、本気のようですね。良いでしょう。こちらも全力でいきますっ!』

 

ララノアはいきなり弓を放った。殆ど構えすらしていない。物理障壁結界が弾くはずであったが、なんとそれを突き抜けてきた。顔を目掛けて飛んできた矢をオレは躱した。だが次の瞬間には、オレの間合いにララノアが踏み込み、剣弓で切り掛かって来る。後ろに飛んで躱したが、服が切り裂かれた。

 

『今のは警告ですよ?私の弓は、魔法結界を突き抜ける威力を持っています。次は本気でいきますからね』

 

≪驚いたな・・・これはこちらも真剣になるしかありませんね»

 

オレは嗤い、そして動いた。人を遥かに超える速度である。一瞬でララノアとの間合いを詰め、木刀で撃ちかかる。だがララノアは、剣弓でそれを受け止めると、この近接距離からオレの腹を目掛けて弓を放った。だが・・・

 

『・・・嘘でしょう?』

 

オレは一瞬で十歩以上を下がっていた。手には矢が握られている。

 

『放った矢より速く後ろに下がる・・・本当に、人間ではありませんね』

 

≪今のオレは魔神です。どうしますか?手合わせ程度なら、これで終わりにしても良いのでは?≫

 

これは仕合である。であれば、互いの腕が解る程度で十分であるはずだった。だがララノアは首を横に振った。

 

『あと一つだけ、試したい技があります。それが躱されたら、私の負けで結構ですわ』

 

≪ほう・・・では、躱して見せましょう≫

 

ララノアは弓を用意した。十歩以上は離れている。この距離ならどんな弓でも躱すことは可能だ。オレはララノアが何を考えているのか、理解できなかった。

 

『極虚の剣があるのなら、極虚の弓がある・・・そう考えたことはありませんか?』

 

ララノアはそう呟くと、弓を放った。先ほどと同じである。簡単に捉えることが出来る。そう思ったが、オレは違和感を感じた。とっさに右手の木刀を捨て、左腕で心臓を庇う。次の瞬間、左腕に漆黒の矢が命中した。一引きで、二本の弓を放っていたのだ。そしてその隙に、ララノアが間合いに入ってくる。

 

『木刀を捨てましたね?今度こそ・・・』

 

だが、ララノアの剣弓がオレに届くことは無かった。その前に、ララノアの腹に木刀が突き刺さった。捨てた木刀の柄を踏み、足の甲で蹴り上げたのだ。ララノアは腹部を抑え、膝を屈した。オレは左腕の矢を引き抜いた。鏃まで漆黒の矢である。夜であれば殆ど見ることは不可能だ。

 

『・・・足で・・・木刀を?』

 

≪グラティナから見せてもらった「極虚の剣」を応用した。あの技を見ていなかったら、あなたの勝ちだったな≫

 

『・・・私の負けですね。夫は、矢を捉えることは出来ましたが、その隙を私に突かれました。あの極虚の剣は、私の弓に勝つために、思いついたそうです・・・剣を捨てざるを得ない時でも、そこから逆転する方法として・・・』

 

オレは魔力を全身に回し、人間へと戻った。

 

『あなたの亡夫、ワルター・ワッケンバイン殿は、あなたに勝ったわけでは無かったのか・・・』

 

『夫は、とても誠実で優しく、それでいて芯の強い人でした・・・だから、私はあの人に惹かれたのです・・・たとえ、私より弱くても・・・でも、あなたが証明してくれました。夫の生み出した極虚の剣は、私の弓を超えた・・・あの人は、私よりも強かったんですね・・・』

 

亡夫を想い、ララノアは肩を震わせて泣いた。グラティナと死合をした夜と同じように、紅い月がオレたちを照らしていた。

 

 

 

『ディアンッ!・・・その、母上は?』

 

宿に戻ったオレをグラティナが出迎えた。心配をして待っていたらしい。

 

『仕合には勝ったよ・・・母君は、強かった・・・そして、今でもお前の父君を愛している』

 

グラティナはオレに言った。母親は夫への操を立て続けているが、そろそろ吹っ切るべきだと。寿命の長いヴァリ=エルフが再婚をすることは珍しいことでは無い。グラティナなりに、母親の幸せを考えて、オレに吹っ切る為の手伝いをして欲しいと望んだのだ。だが、あの姿を見てしまったら、とても抱きたいとは思わなかった・・・

 

『・・・焦ることはない。かけがえの無い存在を失った痛みは、時を掛けることでしか癒せないんだ』

 

『・・・ディアンも・・・そういった経験があるのか?』

 

『・・・あぁ・・・ずっと昔にな・・・』

 

オレは目を閉じた。思い出したくない記憶だ。

 

『・・・さあ、寝よう。今日はお前を抱きたい』

 

『・・・まったく・・・母上に勝っておきながら、娘の私を抱くのか?』

 

グラティナはそう言いながらも、嬉しそうにオレに身を寄せた。

 

 

 

彩狼の砦の通行許可は、未だに下りていない。ララノアとも話し合い、インヴィティア経由ではなく、北回りの「キサラ経由」で目指そうと考えていた。かなり危険な道ではあるが、彩狼の砦を通過しないことには、大陸公路には入れない。

 

『やれやれ、かなり野営が続くが、仕方がないか・・・』

 

方針が決まると、オレたちは吹っ切れたように引越しの作業をし始めた。ララノアとグラティナは家の荷物をまとめる。オレは旅に必要な品などを適当に購入した。リタから貰った餞別は、これから先の集落などで役立つだろう。塩は東に行くほどに貴重になるからだ。ところが、出発の準備が整ったころに、オレの泊まっている宿に遣いが来た。オレに会いたがっている人がいるらしい。

 

『ディアン・ケヒト殿ですね。私、リザベル・ドーラ=プラダ様からの使いの者です。奥様が、貴方様との面会を希望しています。恐縮ですが、御足労を頂けないでしょうか?』

 

『リザベル・ドーラ=プラダ?・・・ベルジニオ・プラダ殿の奥方か?』

 

オレは少し考えたが、一度会っておいても良いと思い、レイナとグラティナを宿に残し、遣いが用意をしてきた馬車に乗り込んだ。

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