戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ベルジニオ・プラダはソワソワと部屋を行き来している。もうすぐ「あの魔神」がやって来るのである。「メルキアは関与しない」と約束をしているにも関わらず、妻が勝手に呼び出したのだ。賢妻であり、自慢でもある愛妻だが、時々、胃の痛い思いをさせられる。
『あなたっ!いい加減に落ち着いたら?私が勝手に呼んだのですから・・・あなたは隣の部屋でエルネストを綾しながら、聞き耳を立てていれば良いのです』
『そういうわけにもイカンだろう。お前とあの魔神を二人きりにするなど、私にはできんっ!』
『ただお話をするだけです。それに、お土産も用意しているのですから、何も起こりませんわ』
普段はメルキア国の名宰相として、行政に辣腕を振るう夫も、妻から見れば「家庭を心配する良き夫」に過ぎない。リザベルは笑いながら、魔神の到着を待った。隣の部屋には、先月生まれたばかりの長男「エルネスト・プラダ」が寝息を立てている。
オレはプラダ家の屋敷に通された。メルキア国宰相の邸宅となれば、かなり大きいだろうと思っていたのだが「他の家よりは大きい」程度である。だが、隣家を改装して、一つに繋ぐようだ。数年後は大きな屋敷になっているだろう。
『ディアン・ケヒト殿、ようこそ我が家に・・・その節は、お世話になりました』
応接間に通されたオレを、メルキア国宰相にしてバーニエ行政執行官のベルジニオ・プラダが、満面の笑みで出迎えた。隣には少女にしか見えない女性が立っていた。耳の形状から見て、ドワーフ族である。
『ご紹介しましょう。妻のリザベルです』
『リザベル・ドーラ=プラダです。ケヒト殿のお話は、夫より聞いています。ぜひ一度、お会いしたいと思っていました』
『初めまして、ディアンで結構ですよ。奥方様のお話は、兄君ヴェイグル殿からお聞きしていました』
『リザベルと呼んで下さい。兄からの書簡に、ディアン殿のことが書かれていました。兄はドワーフ族の国を創ろうとしています。あなたと話をして、兄も迷いが消えたようですわ。兄に代わって、感謝を申し上げます』
着座を勧められ、オレは座った。執事らしき男が、茶を運んでくる。バーニエ産のハーブ・ティーのようだ。思えば茶など久々だ。オレは久々の茶を楽しんだ。リザベルが古の宮の様子を聴きたがっていたので、オレはかい摘んで説明をした。
『まぁ、あの部屋をディアン殿が使っていらっしゃったのですか。私が子供の頃に、魔術師が使っていたのですが・・・』
『ブレアード・カッサレですね。ヴェストリオ殿の許可を得て、彼の研究資料は、今はオレが所有しています。暗号で書かれているので、オレ以外は読めない資料ですからね』
『ディアン殿は、魔術に興味がおありなんですか?』
『というよりは、このディル=リフィーナの世界そのものに興味がありますね。魔導技術も面白かったですよ。魔導巧殻の四姉妹とも話しました。リューンの「笑いの真髄」には、いささか困りましたが・・・』
リザベルが大笑いをした。ベルジニオには何のことだか解らないだろうが、リザベルの名でオレを呼んだ以上、オレはリザベルの客人なのだ。夫と言えど、簡単に口出しをするわけにはいかない。
『あぁ、可笑しい。あの娘はまだそんなことを・・・きっと、何百年後も同じようなことを言っているのでしょうね』
『多分、そうでしょうね。ところで、オレが呼ばれたのは、古の宮の話を聞きたいからなのですか?』
そうとは思えなかった。曲がりなりにも一国の宰相と妻が二人して出迎えているのである。何か目的があるに違いない。リザベルが少し沈黙して、口を開いた。
『今日、お呼びしたのは「あなたという存在」を知るため、ですわ。魔神ディアン・ケヒト殿・・・』
オレは微かに目を細めた。オレに干渉しないという約束に触れる可能性があるからだ。リザベルはオレが発した微かな殺気を無視して、話を続けた。
『ディアン殿が、プレイア・・・今では「レウィニア神権国」というそうですが、そこの守護神である「水の巫女」と親しい関係であると聞きました。夫はあの国に、何人も諜者を送り込んでいますから』
『お、おいおい、お前・・・』
『あなた、この方には下手な虚言はかえって逆効果です。正直に、ありのままをお話した方が良いと思います』
『・・・まぁ、メルキア国宰相ともなれば、隣国を気にするのは当然です。それで、オレの何を調べていたんですか?』
『ディアン殿が、水の巫女と複数回にわたって接触をしていたこと、バリハルト神殿の軍をあなたが撃退し、ノヒアの神殿まで破壊したこと、水の巫女はその見返りとして、あなたに住居を提供したこと、そして暫くして、あなたが荷物をまとめてその住居を出たこと・・・などですわ』
『・・・プラダ殿?』
『あぁ、いやいやっ!干渉するつもりなどありませんぞ。ただ、あなた様はメルキア国にとっても脅威なのです。ですので、その動向は逐次、把握しておくべき・・・そう思っていただけですっ!』
ベルジニオが手を振って説明をする。当然だろう。違約ギリギリといったところだ。もしオレが気づいていたら、何かしらの報復まで考えたかもしれない。オレはため息をついて、座り直した。
『・・・まぁ良いでしょう。それで、オレを調べて、どう感じました?』
リザベルの眼の光が鋭くなった。
『調査報告を読んで、私はこう推理をしました。魔神ディアン・ケヒト殿は、元々は人間であったのではないか。それが何らかの理由で、魔神の力を得た。そして、世界を旅する中で、水の巫女と知り合った。あなたは旅好きではあるが、どこかに拠点を求めていた。一方の水の巫女は、迫り来るバリハルト軍の脅威に対抗する必要があった。そこで取引が交わされ、あなたはバリハルト軍を撃退し、その見返りとして、水の巫女はプレイアの街に、あなたが住む屋敷を用意した・・・』
オレは感心した。ヴェイグル・ドーラが自慢をするだけあって、大した知性である。リザベルは言葉を続けた。
『もし、レウィニア神権国が魔神の力を手に入れたとなれば、隣国であるメルキア国にとっては、大変な脅威です。宰相である夫が、どれだけ焦ったか、ご理解いただけるでしょう。ですが、あなたはプレイアの街を離れた。その理由は解りませんが、私はひょっとしたら、水の巫女とあなたとの間に、何かしらの対立があったのではないか?そう思ったのです』
(いささか小賢しいな)
オレはそう感じたが、表情には顕さなかった。オレが沈黙をしていると、夫のほうが先に詫びてきた。さすがに元行商人だけあって、人間の心の機微を巧みに抑えてくる。「この夫あって、この妻あり・・・」であった。
『ディアン殿、申し訳ない。自慢の妻なのだが、時々こうして、賢しいところがあるのです。どうか、ご容赦下さい』
『いえ、お気になさらず。なるほど、ヴェイグル殿が自慢をされるわけです。リザベル殿、あなたの仰られたことは、ほとんど正解に近いです。オレは魔神の肉体を持っていますが、魂は人間なんですよ。水の巫女とは…まぁ考え方の相違・・・ですかね』
『私もお詫びします。あなたという存在に、私は大変興味があったのです。ですのでいささか、出すぎたことを言ってしまいました』
(ひょっとしたら、この展開まで予想していたのではないか?)
そう思わせるほどに、夫婦の呼吸が合っていた。オレは肩を竦めながら、水の巫女についての経緯を話した。
『巫女殿からは、国造りについての相談を受けました。具体的なことは仁義に反するので話せませんが、その結果、彼女はレウィニア神権国の大枠を考えたようです。ただ、彼女が語った大枠は、オレが住みたいと思う国では無かったんですよ。彼女が建国者です。だからオレは何も言わず、そこから離れた・・・そういうわけです』
リザベルが質問をしてきた。オレという存在を問う質問であるため、慎重になっている。
『あなたが住みたい、と思う国はどのような国なのでしょうか?』
『・・・この世にはありませんよ・・・多分ね』
『どのような国なのか、教えて頂けませんか?』
『・・・自由と平等の国です。思想、信条、言論、表現の自由が認められ、現神も古神も魔神も、人間族も亜人属も天使族も魔族も・・・すべてが差別なく公平に生きられる国。どのような神を信じても良い、為政者の悪口を言っても良い、神の教えを風刺しても構わない。全ての国民は法の下で、差別なく公平に統治されるている・・・そんな国です。どうです?この世界にありますか?』
『・・・・・・・・・』
ベルジニオとリザベルが顔を見合わせた。理解できないようである。当然だろう。この世界に生きる人間にとっては、千年は早いはずだ。リザベルが質問をしてきた。
『・・・あなたは、その国家像をどこで考えたのですか?』
『これ以上はお話できませんね。ただ、水の巫女が創ろうとしている国は、オレの理想郷から遠いのです。そしてそれは、貴国メルキア国も同じです。この世界に無いから「理想郷」と言うんでしょうね』
ベルジニオとプラダは考える顔をしている。オレを知ろうと読んだのに、さらに混乱が深まっているようだ。オレは話題を変えた。
『ところで、先程から気になっていたのですが、隣の部屋で赤子がグズッているようですが?』
考え事に夢中になっていた二人は、ようやく気づいたようだ。ベルジニオが立ち上がり、隣の部屋に向かう。リザベルが慎重にオレに問いかけてきた。
『・・・その、仮にです。仮にと考えて頂いて、メルキア国がディアン殿に屋敷などをご提供する、としましたら・・・貴方様は留まって頂けますか?』
『無理ですね。メルキアーナ殿個人は嫌いではありませんが、オレはメルキアの客将になるつもりなどありません。オレは単に、旅を愉しみたいだけなんですよ。それに、世話になってしまったら、万一、メルキアが道を諦めた時に、戒めることが出来ませんからね』
アッサリと断ったオレに、リザベルはため息をついた。オレはそろそろ切り上げ時と判断して、席を立ち上がった。
『今日はなかなか、楽しい一時を送らせていただきました。お茶、ご馳走様でした』
オレが立ち去ろうとすると、ベルジニオが隣部屋から出てきた。オレを呼び止めると、机の引き出しから封書を取り出してきた。
『こちらをお持ちください。彩狼の砦の通行許可証です。これがあれば、砦を通過し、大陸公路に入ることができます』
『これは・・・有り難く頂戴します』
『その代わりと言ってはなんですが・・・一つだけお願いがあります。もし将来、このメルキアに危機が訪れた時は、一度だけで構いません。貴方のお力をお貸し願えませんか?』
『・・・・・・・・・』
オレはプラダの顔を見た。プラダは真剣な表情をしている。オレはため息をついて折れた。この許可証があれば、遠回りをすることなく、安全な道を進めるのだ。オレ自身の都合だったら拒否するが、ララノアのためなら仕方がない。
『・・・わかりました。将来、メルキアに危機が訪れたら、一度だけ、力を貸しましょう』
『おぉっ!有難うございます。心から、感謝を致します』
『これを持っていて下さい』
オレは懐から小さな水晶片を取り出し、プラダに渡した。ブレアードの研究室で見つけたものだ。使い方は書かれていたが、名称が無かったので、オレは適当に名付けた。
『「魔神の呼び笛」です。将来、オレの力が必要になった時は、その水晶に魔力を込めて下さい。一度だけ、オレを呼ぶことができます。すぐに呼び出せるわけではありませんが、必ず駆けつけます』
『プラダ家の家宝として、大切に護り伝えます』
プラダは魔神の呼び笛を握りしめ、頭を下げた。
オレはリザベルに挨拶をし、屋敷を後にする。既に控えていた馬車は断り、徒歩で宿に向かった。プラダ夫妻は門まで出て、手を振って見送ってくれた。
『ふぅ、何とか、最低限の商談はできたな。寿命が縮んだぞ』
ベルジニオはディアンが渡した水晶を大切そうに箱に入れた。通行許可証と引き換えに、ディアンの力を借りる約束を取り付けることが、この会談の目標だった。賢妻リザベルは、考える顔をしながら呟いた。
『ですが、メルキアに留まることについては、拒否をされてしまいました。一度会っただけですが、私の思った通り、あの魔神は信頼できる人物です。こちらが信義を守る限り、あの方も約束を守って下さるでしょう。ただ将来を考えると、潜在的な脅威にはなり得ますわね。あの魔神に対抗できる力を持つ必要があります』
『・・・魔導技術か』
『早急に、兄に遣いを出しましょう。ドワーフ族の国を創る支援をする見返りに、メルキアへの魔導技術提供を求めるのです。そして、いずれは魔導巧殻たちも・・・メルキア国自体が強化されれば、あの魔神とて簡単には手出しできません』
『今後メルキアは、魔導技術を柱とした国造りを行うことになるな。エルネストか、もしくはその子供の時代には、魔導技術を浸透させておきたいところだ・・・』
仲睦まじい夫婦は、息子が眠る隣室へと向かった。