戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ディル=リフィーナには、翼を持つ種族が複数存在するが、その代表としては天使族と飛天魔族である。天使族は、イアス=ステリナに属する種族で、古神の使徒として人間族を見守っていた。ディル=リフィーナが成立して以降は、古神に仕え続ける者もいれば、現神に仕えたり、あるいは独立をして独自で動く天使族もいる。一方の飛天魔族(ラウマカール族)は、ネイ=ステリナに属する種族であり、広義的には「魔族」に属する。ディル=リフィーナに住む数多くの魔族の中でも、貴族階級と言われている。その特徴は、三対六枚の白く美しい翼にあり、同じ白翼を持つ天使族と間違えられることもある。
飛天魔族は好戦的な性格ではあるが、決して野蛮というわけでは無く、気位が高く、闘いにおいては騎士道精神を重んじる傾向がある。剣と魔法を駆使して闘い、自分より強い者に仕えることを信条としている。そのため、主人が闘いで負けたら、勝った側に仕えることが多い。これは、主人の「強さ」に忠誠心を持つためと言われている。このため、仕える主人を転々とする飛天魔族も多い。
飛天魔族は、露出の多い服装をする傾向があるが、これは自身の外見に自信を持っている為であり、自分より弱い者に肌を許すことは決してない。逆を言えば、自分が主人と認めた者に対しては、求められれば無条件で、肌を許すのである。
いずれにしても、飛天魔族は貴族階級を超える魔族であり、天使族と同様、老化をすることが無く、魔族の中では最上位の強さを持っている。特に、永きの修行を経て力と魔力を身につけたラウマカールを「ラクシュミール」と呼び、その強さは魔神にも匹敵すると言われている。
(やれやれ・・・一体なんで、こんな展開になるのか・・・)
オレはため息をついて、ファーミシルスと向かい合った。相手は既に剣を抜き、殺気を放っている・・・
『・・・頼む、私の主人になってくれっ!』
ファーミシルスはグラティナに頭を下げて懇願した。レイナの父親が「剣聖ドミニク・グルップ」であり、グラティナの父親は剣聖の高弟「ワルター・ワッケンバイン」であることを知ったファーミシルスは、グラティナに主人になってくれるように願い出たのだ。オレたちと行動を共にしたいそうなのだが、その願い方は「主人と臣下」という関係らしい。グラティナは慌てて、オレの方が強いと言うと、ファーミシルスは疑い深げにオレを睨んだ。
『本当に強いのか?膂力だけはありそうだが・・・』
レイナとグラティナは顔を見合わせて笑い、それなら仕合をしたら良い、と勧めたのだ。勝手に話が展開し、オレとしてはいささか不機嫌にならざるを得ない。ファーミシルスの貌と躰は魅力的だが、どうも「脳筋」なのだ。戦うことしか考えていない。まぁ、レイナもグラティナもオレと死合をしたのが、出会いの始まりなのだが・・・
『言っておくが、仕合といえど手は抜かんぞ。怪我をしたくないのなら、今のうちに降りろっ!』
オレとしては降りても構わないのだが、そうなるとグラティナにくっついて動くことになるだろう。今後が面倒そうな気がしたので、オレはいきなり貌を出すことに決めた。ファーミシルスと数歩離れたところに立つと、オレは全身を覆っていた魔力を消した。魔神としての気配が立ち上る。
≪・・・・・・・・・≫
魔神の気配を察し、ファーミシルスは唖然とした。驚くのは当たり前である。魔神が人間やヴァリ=エルフと一緒に、荷車を曳いて旅をしているのである。非常識にも程があるだろう。
≪・・・どうする?やるか?≫
『・・・いや・・・』
ファーミシルスは剣を両手で捧げる形にし、片膝をついた。
『礼を取らせて頂きます。我が名はファーミシルス、どうか我が剣を貴方様に捧げさせて下さい』
『・・・よせよ』
オレは人間に戻ると、ため息をついてファーミシルスを立たせた。
『仲間として、オレたちと一緒に旅をするのは構わない。だがオレは、誰からの忠誠も欲しいとは思わない。オレの使徒であるレイナのことも、オレは臣下だと思ったことは無い。良い仲間、良い友人であってくれればそれでいい・・・』
『仲間・・・』
『お前がオレをどう思おうとも、それはお前の自由だ。だが、オレと共に来る以上は、これだけは守ってくれ・・・』
『何でしょうか?』
『オレのことはディアンと呼べ。様も殿も必要ない。ディアンと呼び捨てで呼ぶんだ。あと堅苦しい口調もダメだ』
『うっ・・・わ、わかった・・・ディアン』
『ところで、お前のことは何て呼べばよいかな?ファーミシルスっていうのは、ちょっと長いな。うーん・・・』
『母は、ファミと呼んでくれていたが・・・』
『ファミか。良いな。ファミ、宜しくな』
オレの差し出した手を、ファミは笑顔を浮かべて握った。
飛天魔族ファーミシルスが加わったことにより、オレたちの旅はグッと楽になった。ファーミシルスが空から周囲を確認するため、かなり広い範囲を知ることが出来る。オレたちはファーミシルスが見つけた集落へと向かった。二つ目の山の中腹地あたりに、獣人族と思われる集落があった。オレたちが村の入り口に近づくと、村内から歓声が聞こえた。どうやら祭りの最中らしい。焚火を囲んで数十人の獣人たちが踊っている。どうやら熱中しているらしく、オレたちに気づいていない。
『ぬっ?誰だっ!』
獣人の男がオレたちに気づいた。狼の様な鋭い眼をしている。獣人であれば匂いで気づきそうだが、どうやら祭りに夢中になっていて気づかなかったらしい。他の獣人たちも祭りを中断し、オレたちを取り囲んだ。男女は無論、子供や年寄りまでいる。それなりに大きな規模の集落のようだ。オレは進み出て、挨拶をした。
『祭りを中断させたこと、お詫びします。私の名はディアン・ケヒト、我々はハレンラーマの街を目指している旅の一行です。一宿一飯の施しを求め、この村に罷り越しました。多少のお礼も出来ると思いますので、屋根を貸しては頂けませんか?』
『・・・妙な取り合わせだな?』
男は警戒しながら、オレたちを見た。人間二人、ヴァリ=エルフおよびそのハーフ、飛天魔族の一行である。傍目から見れば、怪しい一行だろう。だがこの地域は、闇夜の眷属たちが住むため、魔族が共にいても危険視はしないようだ。むしろオレとレイナを警戒している。
『人間は信用できない。お前たちが無害だと証明できるのか?』
『もし害意があるのなら、あのような挨拶はしません。いきなり襲いかかるでしょう。それに、御礼としてこちらを差し上げたいと思います』
グラティナが荷車から甕を一つ抱え上げ、男の前に置いた。男は中身を見る。
『これは・・・塩か?』
『ブレニア内海産の塩です。如何でしょう。これでこの村に泊めて頂けませんか?』
『族長と相談してくる。しばらく待て・・・』
男が族長と話し合いをしている間、オレは集落の様子を眺めた。獣人族の集落は、メルキア国のような石造りの家ではなく、木の柱と藁ぶきの屋根で出来ている。獣臭がすると思っていたが、清潔な生活をしているようだ。どうやら近くに、水浴び場などもあるらしい。族長らしい男が来た。
『儂が、族長のオルガじゃ。何も無い村じゃが、泊まりたいのなら泊まっていくが良い。塩一甕ほどのもてなしなど出来んじゃろうが・・・』
『屋根をお貸し頂けるだけで十分です。感謝を致します。ところで、この祭りは何の祭りなのでしょうか?』
『豊猟の祝いじゃ。熊と猪が獲れたのでな・・・』
『まぁ・・・』
ララノアが目を輝かせた。ぜひ料理をさせて欲しいと願い出る。族長は笑いながら頷いた。
『ディアン殿、手伝いをお願いします』
獣人族たちと力を合わせ、魔法で眠らせた熊二頭と猪四頭を逆さづりにする。熊と猪の頭を飛ばす。桶を用意し、滴る血を集める。獣人族たちは興味深そうに見守る。彼らの場合、仕留めた獲物はそのまま捌き、焼いて食べるだけらしい。こうした「料理」はあまりしないようだ。
『皆さん、少しだけ我慢して下さいね』
ララノアが獣人の子供たちをあやす。子供たちはしゃぎながら、レイナたちと遊んでいる。血抜きが終わると、捌き始める。まずは背骨や足の骨を取り除き、水から煮る。その間に肉や野菜を仕込む。内臓は水で洗い、肉は脂を火で炙る。肝臓や脳も使うようだ。
『まずは一の鍋です。骨から取ったスープと血を入れた鍋で、茸や木の実と共に、内臓を煮込みます。二の鍋は、肝臓と脳を溶かした汁の中に、適当な大きさに切った肉と野菜と一緒に入れます。三の鍋は、骨を煮詰めた汁に、熊掌と猪足、猪脂、練った小麦を入れて、更に煮込みます。一の鍋から順に食べましょう・・・』
ララノアの説明が上手だったのか、獣人たちは涎を垂らし始めた。ララノアが鍋に香草を入れる。道々で採っていたものだ。ディル=リフィーナは自然豊かだ。知識と技さえあれば、猟で食べていくことも十分に可能だ。週三日だけ猟をし、一週間分の食料をあつめ、残り四日は歌って過ごす。こうした生き方もまた、一つの幸福なのだろう。物質社会で生きていたオレにとって、こうした亜人族たちの生き方は新鮮だった。物質社会にこだわるのは人間族だけなのだ。
二刻後に、一の鍋が完成した。皆で鍋を囲み、食べる。味が深く、旨かった。男たちが酒を出し始めた。どうやらこの村で造られている地酒らしい。オレにも回された。クセがある味だが、獣肉と合う。男たちが歌い始める。皆が手を叩いて囃す。レイナもグラティナも、ララノアもファーミシルスも心から愉しんでいるようだ。旨い料理と酒、歌と踊り、そして楽しい仲間たち。
月明かりの中、夜まで宴は続いた・・・