戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第六十七話:ハレンラーマ

アヴァタール地方北東部を決める山脈「チルス山脈」は、自然と鉱物資源が豊かな山脈である。この山脈に人間族が入らなかったのは、古来から亜人族が魔物が多く、縄張りを張っていたからである。獣人族の集落を出たオレたちは、チルス連邦を通りイーグスと呼ばれる岩石地帯に入った。ここを超えれば、ヴァリ=エルフたちが住むハレンラーマである。

 

『これは驚いたな・・・』

 

オレは立ち止まり、岩山を眺め、登り始めた。レイナたちは不思議そうに下から俺を見上げる。

 

『どうしたの、ディアン?』

 

『この岩を見てみろ。これはリエン石だ。滅多に手に入らない最高級の鉱石だぞ。普通なら鉱山の奥深くで、稀に取れる石なのに、ここでは剥き出しのまま放置されている』

 

『リエン石って、レミの街でディアンが掘っていた石のこと?』

 

『そうだ。これだけの量をインヴィティアやプレイアに運べば、かなりの額で売れるだろうな』

 

オレは岩肌を手で撫でた。大きすぎて持ち帰ることは出来ないが、ここに鉱業を興せば、アヴァタール地方随一の鉱業都市が出来るだろう。

 

『何で、そんなお宝が手付かずになっているんだ?』

 

『ヴァリ=エルフは、ドワーフと違って石を取って剣を鍛えるということはしません。獣人族や他の種族たちも同じです。彼らにとっては無価値なのでしょう』

 

ララノアの言葉にオレは頷いた。モノの価値というものは、それを必要とするから価値が生まれるのだ。この山脈に住む種族たちにとって、リエン石など何の価値も無いのだろう。あの獣人族の集落に持っていっても「食えない」と言われて捨てられるに違いない。オレは岩山を下りると、ララノアに尋ねた。

 

『これから行くハレンラーマは、ヴァリ=エルフたちが多く住むと聞くが、そこは国のようなものは出来ているのか?メルキア国のような・・・』

 

『いいえ。ヴァリ=エルフが住むと言っても、集落がある程度です。近くには獣人族の集落もあり、国というまとまりはありませんね。この山には、多くの種族が住みます。一つの国にまとまる、というのは、難しいのではないかしら?』

 

『そうか、惜しいな・・・』

 

もしチルス山脈に統一国家が誕生したら、メルキア国に匹敵する強国が誕生するだろう。これだけの鉱石と自然があれば、かなりの種族を養うことが出来る。だがそのためには、国家としてまとまるための何かが必要だ。国として纏め上げる力量を持った人物と、種族を超えてまとまる為の具体的な理由である。現状では、部族の集まり程度で終わってしまうだろう。オレは考えた。

 

…もしオレがここに統一国家を築いたらどうなるだろう。幸いなことにララノアやグラティナという担ぎあげる人材もいる。彼女らを傀儡にして、オレが国家を設計する。全ての種族を束ねる教義としては、オレの母国の教義「神の道」を焼き直せば良い。現神も古神も魔神も関係のない、自然の中に住む八百万の神々を教義とし、使徒にしたグラティナを国家の象徴とする。その上で、信教の自由を完全に認める。統治の名分は簡単だ。「闇夜の眷属たちが、胸を張って生きれる国」にすればよい。政事は、種族たちの代表者による合議制の会議を行い、多数決によって決める。経済面については、南侵して大陸公路を押さえれば、貿易での収入を得られるし、チスパ山のドワーフ族の力を借りれば、鉱業も盛んになるだろう。アヴァタール地方への行商については、リタの力を借りれば良いし、ケレース地方への道をつければさらに経済は豊かになる。軍事面はオレやレイナがいれば全く問題ない…

 

オレは頭を横に振った。水の巫女からの相談のせいか「国造り」などという柄にも無いことを考えてしまった。オレは転生者だ。ここにいる種族たちを束ねるなど、オレのすべきことではない。もし歴史の必然を信じるなら、ここに住む種族の中から、国家を創る人材が生まれてくるだろう。

 

『済まない。もうすぐ日が暮れる。先を急ごう』

 

オレは気を取り直して、歩き出した…

 

 

 

 

バーニエの街を出てから一カ月、オレたちはようやく、ハレンラーマまで到着した。ハレンラーマは山の麓にあり、河と森に囲まれた豊かな土地であった。少し開けた土地に、小川を挟む形で大きな集落がある。どうやらハレンラーマは、複数の種族が集まって暮らす地域のようだ。ヴァリ=エルフ族と獣人族が一緒に歩いている。ララノアやグラティナは無論だが、魔族であるファーミシルスまでもが普通に歩けるようだ。むしろ人間であるオレやレイナのほうが浮いている。

 

『ここは、複数の種族たちが集まって生活をしています。種族の代表者たちが集まって、話し合いをする場もあるんです。私の親戚が、ヴァリ=エルフ族代表としてここに住んでいます』

 

ララノアに案内をされ、オレたちは石造りの家に案内をされた。庭付きで、他の家よりも一回り大きい。叩扉をすると、中年のヴァリ=エルフが姿を現した。中年と言っても、ヴァリ=エルフである。数百歳にはなっているだろう。ララノアが話をすると、その男は頷いて、オレたちを中に案内してくれた。荷物などは庭の中に入れた。

 

『ご紹介します。私の叔父であるアグラエル・ザラです。ハレンラーマに住むヴァリ=エルフ族の族長です』

 

『アグラエルです。御客人の皆様、遠路はるばる、ようこそお越し下さりました…』

 

『ディアン・ケヒトです。縁ありまして、ララノア殿の護衛をしております。どうぞディアンとお呼び下さい』

 

オレたちは一人ひとり、挨拶をした。ヴァリ=エルフということで、戦闘好きだと思っていたのだが、少なくとも族長は理知的な人物のようである。オレは興味があり、ヴァリ=エルフ族やハレンラーマについて、幾つかの質問をした。多様な種族が集まって暮らしていることに、問題など無いのかが気になったからだ。

 

『実際のところ、問題がないわけではありません。部族長たちが集まって話し合いの場を持ち、そこで決めたことは皆で守ろうとしていますが、なかなか…』

 

『具体的には、どのような取り決めをしたりするんですか?』

 

『例えば、狩猟の場所や農耕地の開拓、利水の権利などですが、正直に申し上げてまとまることが難しいのが現状です。各部族長とも自分の部族の生活に関わることですから』

 

『…誰かが、統率者として上に立ち、部族皆をまとめ上げる、といったことは無いのですか?』

 

『今は、このチルス山脈で最大の数を持つ獣人族の長が、まとめ役になってはいます。しかし、今は南で問題も発生していて、なかなか…』

 

『何か、南の方に問題でもあるのですか?』

 

アグラエルは少し躊躇をしたが、話してくれた。

 

『このようなことを御客人に申し上げるのは気がひけるのですが、南部から人間族が侵入をしてきているのです。我々が闇夜の眷属であることから「悪しき存在」と決めつけ、この地に攻め込んできているのです。獣人族や我々も対抗をしているのですが、まとまりがなく、防戦一方となっていまして…』

 

オレは目を細めた。またしても、この話である。

 

『大方、光の現神を信仰する「信仰心過多、判断力過小」の連中が、攻め込んできているのでしょう?普通、そうした外敵が攻めてきたら、普段はバラバラな連中もまとまるのですが?』

 

アグラエルは苦笑いをした。どうやらそれでもまとまらないらしい。それでこの地が占領され、闇夜の眷属が追放されるのであれば、それはそれで彼らの責任でもある。だがララノアがこれから住む土地が、外敵に侵略されるのを黙って見ているわけにもいかない。オレはレイナ、グラティナ、ファーミシルスに話しかけた。

 

『…お節介かもしれないが、ちょっと南に行ってみるか』

 

三人が頷いた。


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