戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第六十九話:光と闇

アヴァタール地方東域にある「アンナローツェ王国」は、ディル=リフィーナにおける最古の「王国」である。ルドルフ・フィズ=メルキアーナが生まれた時には、既に王および貴族による統治が始まっていた。貴族層は太陽神「アークリオン」、騎士団は「アークパリス」、行商人たちは「セーナル」を信奉している。光の現神を信奉することで、その恩寵を受け、国家形成期においては、ディル=リフィーナでも最大の勢力を持っていた。

 

この地帯にいち早く、王国が誕生したのは三つの理由が存在している。一つは莫大な富をもたらす「大陸公路」を抑えていたことにある。東西の行商人が活発に行き交う交易都市「アニヴァ」をはじめ、商業が発展し、交易によって膨大な富を得ていたのである。二つ目は、肥沃な大地と人口にある。この地域は気候が安定し、古来より農業および畜産業が盛んであった。そのため多くの人を養うことが出来たのである。三つ目は、岩塩を算出していたことにある。後に王国の首都となる「フォートガード」では、岩塩を取ることが出来、内陸国において最も重要な「塩」を輸入する必要が無かったのである。この三つの理由により、アンナローツェ王国は数百年に渡って繁栄をするのである。

 

建国当時のアンナローツェ王国は、光側らしく「正義と平和」を愛する国であったが、後代においては、腐敗した貴族層によって、王国内に闇が生まれるようになる。貧富の差が拡大し、富める者が貧しき者を虐げ、北の亜人地帯から、獣人族を奴隷として捕まえてくるなど、国全体が腐臭を放つようになった。やがてチルス山脈の国「ザフハ部族国」の部族代表となったヴァリ=エルフ「アルフィミア・ザラ」の侵攻を受け、滅亡の危機を迎える。メルキア帝国の支援と女王「マルギレッタ・シリオス」の統率によって、危機を脱したかに見えたが、傭兵団長「フェイス」によって王国内が混乱し、最終的にはザフハ部族国と共に、メルキア帝国に吸収されるのである。

 

 

 

部族長会議で「夕闇の大湿原」の回復が決定されてから数日後に、獣人族、竜人族、ヴァリ=エルフ族が中心となった連合軍は、夕闇の大湿原に侵攻、半日も掛からずに、湿原を取り戻すことに成功した。しかしこれは、人間族の国「アンナローツェ王国」との永きに渡る確執を生むきっかけとなった。アンナローツェ王国は、軍の派遣を決定し、夕闇の大湿原に向けて進撃を開始した。

 

『我らは別に、人間族の国を侵そうなどとは思っておらん。これまで住んでいた土地を取り戻しただけなのに、なぜ人間族は我らを攻めようとしてくるのか…』

 

部族長会議では重苦しい空気が漂っていた。闇夜の眷属は、信仰している神が違うだけで、戦争を好んでいるわけではないのである。半分は人間であるオレには、人間族の考え方が理解できる。人間は基本的に「自我の塊」なのである。自分たちが奪っておきながら、それを奪い返されたとなると「奪われた」と感じる生き物なのだ。「自分が常に正しい」と考えるのは、人間の本能のようなものである。

 

『…オレが迎え撃とう。その上で、闇夜の眷属代表として、オレがアンナローツェ王国に行き、話をつける』

 

オレの提案に、部族長たちの表情が明るくなった。オレが出れば勝てると思ったのだろう。だがオレは、アンナローツェ王国とコトを構えるつもりは無かった。部族長代表の使者として認める一筆を貰い、オレは指示を出した。

 

『あくまでも「話し合いの場」を持つためだ。相手を潰したところで意味は無い。連れはレイナだけでいい。グラティナは皆の指揮を取って防衛線を構築しろ。ファミは上空から偵察だ。別働隊がハレンラーマを急襲する可能性もあるからな』

 

 

 

 

「レオポルド・グリズラー」率いるアンナローツェ王国歩兵隊五千名は、湿原南部の村「ガウ」にて陣を構えた。敵の数はそれ程多くはないが、亜人族が相手である以上、通常以上の兵力が必要である。グリズラーは湿原帯の地図を広げ、各連隊長たちと議論を重ねていた。

 

『湿地帯である以上、馬を使うわけには行かん。まずは強弓で射かけ、敵が怯んだ隙に湿地帯に橋を渡し、進撃をする。だが無理に戦う必要はない。目的はこの地の占領だ。亜人たちを追い出せば、それで十分だ』

 

作戦が決まり、翌日から進撃という時に、副官が耳元で報告をしてきた。

 

『…使者?』

 

 

 

 

ディアンとレイナは、剣を預け、アンナローツェの陣に入った。前後に兵が付く。営舎には、指揮官と思われる人物が立っていた。まだ若いが相当に腕が立つとディアンは感じた。周囲には各隊の隊長と思われる男たちがいる。いずれも体格がよく、鍛えられた軍だということは一目で解った。

 

『アンナローツェ王国五千人将のレオポルド・グリズラーである。亜人族を代表する使者と聞いた』

 

『亜人族の使者、ディアン・ケヒトです。こちらは付き添いのレイナ・グルップです。こちらが、使者を示す書状です』

 

副官から書状を手渡されたグリズラーは、一読して頷いた。

 

『代表であることを認めよう。我々と話し合いをしたいということだが、私にはその権限がない。首都トトサーヌに行き、王と直接話しをして頂く必要がある』

 

『そうしたいのは山々なのですが、我々が向かっても、恐らくお目にかかることすら出来ないでしょう。そこで、王と直接お話が出来るよう、あなた様にご手配をお願いしたいと思っております』

 

『…言ったはずだ。私には権限がない。王との交渉は、そちらの責任で行うべきだろう』

 

グリズラーの言い分は、組織人としては正しい。湿地奪還の命令を受けてここまで来たのに、使者が来たから攻撃を止めました、では言い訳のしようも無いのである。無論、このことはディアンの予想の範囲内であった。相手を動かすには「そうせざるを得ない理由をつくる」ことである。ディアンは気配を変えた。人間の貌が消え、魔神の貌が表に出る。グリズラーたちは鳥肌が立った。

 

≪…勘違いしてもらっては困るな。権限の問題ではない。そうしなければ、お前らはここで骸になる運命にあるんだぞ?»

 

『ひっ…ひぃぃぃっ!』

 

兵士たちが逃げ出す。隊長の中にすら、尻餅をつく者もいた。グリズラーは汗を流しながらも、歯を食いしばり、拳を握りしめた。

 

『…まさか、魔神なのか…』

 

≪トトサーヌに使者を出せ。魔神が出現し、王との直接交渉を望んでいるとな。拒否をすれば、貴様らは一人残らず肉片になるぞ?»

 

『………』

 

グリズラーは瞑目した。魔神が出現をした以上、このまま進撃をしても全滅をするだけである。自分一人ならまだしも、部下を巻き込む訳にはいかない。

 

『…解った。トトサーヌに使者を出そう。その上で、あなた方には直接、トトサーヌに行ってもらいたい。王を含め、誰も魔神を知らないのだ。使者だけでは信用しない可能性がある…』

 

≪賢明な判断だ。言っておくが、オレたちが交渉をしている間、余計なことは考えないことだ。ここで大人しく待っていろ…»

 

『そのような卑怯な真似はせん。だが、王があなた方との交渉を拒否すれば、我々は即座に進撃する』

 

≪軍人バカだな、アンタ… その時は、アンナローツェ王国が過去形になるだけだ。せいぜい祈るんだな»

 

ディアンらは、剣を受け取り、使者と共にアンナローツェ王国首都「トトサーヌ」に向かった。

 

 

 

 

トトサーヌの王宮内では、グリズラーからの報告で議論が起きていた。王の前で、貴族派と軍人派が激しく言い争いをしていた。ディアンとレイナは別室で待たされている。

 

『何が魔神だっ!大方、怖気づいて嘘の報告をしてきたに決まっているっ!』

 

『グリズラー五千人将は、実績も人望もある将だ。それが攻撃を止めてまで知らせに来るとは、余程の事態があったのだろう。まずは話を聞くべきではないか?』

 

結局、その日のうちにはまとまらず、ディアンたちは王宮が手配した宿に泊まることになった。二部屋を用意されたが、レイナはディアンの部屋で一夜を過ごした。思えば、二人きりの移動というのは久々であった。ディアンの腕枕の中で、レイナが聞いた。

 

『ひょっとしたら、私たちをここに留まらせて、その間に攻撃をさせる気かも知れないわね』

 

『魔神をここに引きつけておけば勝てる、などと視野狭窄の奴もいるかもな。まぁその時は…』

 

『…あとは言わなくてもいいわ』

 

レイナがディアンの上に乗った。第一使徒であるレイナには、主人の考えが読めていた。万一の時は、あの豪壮な王宮は瓦礫になるだろう。

 

 

 

 

数日後、ようやくアンナローツェ王国の国王「ヘルムート・シリウス一世」への謁見が許された。無論、帯剣などは許されない。ディアンとレイナは謁見の間に通された。左右には軍人や貴族が並んでいる。片膝をついて挨拶をする。

 

『謁見をお許し頂き、有難うございます。私の名はディアン・ケヒト。チルス山脈の亜人族たちを代表して、使者として罷り越しました』

 

『レイナ・グルップでございます』

 

二人の挨拶に王が頷く。左右でヒソヒソと話がされる。王が二人に話しかけた。

 

『使者殿、亜人族たちの言葉を聞かせてくれ』

 

王からの直接の話しかけは、直答が許されたということである。ディアンは語り始めた。

 

『はい、我々はアンナローツェ王国と争うつもりはありません。夕闇の湿原は、元々は亜人族の縄張りでした。今回はそこを取り戻しただけです。これ以上の争いは避け、むしろ南北で交易を行い、末永く共生をしていきたく考えております』

 

周囲から失笑が漏れた。王が彼らを代弁するように言った。

 

『光と闇が共生する。そのようなことが可能だと思うか?我々にとって、北の亜人族たちは許し難い存在なのだ』

 

『何故でしょう?彼らが闇の現神を信仰しているからですか?』

 

『そうだ。我らは光を信仰している。彼らは闇を信仰している。光と闇は決して相容れぬ。湿原などの小さな土地の争いなど問題ではない。彼らが存在すること、そのものが問題なのだ』

 

『理解できないのですが、光と闇は相容れぬと、誰が決めたのでしょう?』

 

『なに?』

 

『王はいま、こう仰られました。「光と闇は決して相容れぬ」と…それは、誰が決めたのでしょう?何故、相容れないのでしょう?』

 

『妙なことを言う。実際、光と闇の現神たちは、互いに争っているではないか』

 

『そうですね。確かに現神同士は争っているようです。ですが、それは神々の話です。人間の世界には関係がないのではありませんか?』

 

『信仰する現神が、闇を許さぬ以上、信徒である我らも決して許さぬ。そんな理屈も解らぬのか?』

 

『残念ながら理解が出来ません。何が正しく、何が間違いなのか、その判断を自分でするのではなく、神に委ねるという感覚は全く理解できません』

 

『…もう良い。不愉快だ。この者達を処刑せよ。グリズラーには亜人共を皆殺しにせよと伝えよ』

 

衛兵が現れ、ディアンたちを取り囲む。その時、ディアンの気配が一変した。人間の顔が消え、魔神の貌が表に現れる。国王以下、その場にいる全員が凍りついた。取り囲んでいた衛兵たちは、腰を抜かして震えながら逃げ始めた。

 

≪…どうやら言っても判らんようだな。ならば力で訴えよう。チルス山脈の闇夜の眷属には手を出すな。言っておくが、オレは要望をしているのではない。命令をしているんだぞ?»

 

ディアンはレイ=ルーンを天井に放った。爆発し、瓦礫が落ちてくる。

 

≪さぁ、考えろ。光の現神に従い、このまま闇と戦い続けるか、それとも魔神のオレに従い、闇と和睦するか…どっちだ?»

 

ディアンは国王に手のひらを向けた。解答次第ではそのまま吹っ飛ばすつもりでいた。軍人の中から、勇気ある男がディアンに斬りかかる。だが刃が届く前に身体を吹き飛ばされた。レイナが放った魔法だ。

 

『お願いだから、黙っていてね。まだ死にたくないでしょ?』

 

レイナは手の平に炎を燃え上がらせた。その場にいる全員を焼き殺すに十分であった。シリウス一世は震えながら叫んだ。

 

『わ、解ったっ!命令に従うっ!亜人たちと和睦をするっ!』

 

≪二言は無いな?もし約束を違えたら、いつでもオレが現れると思っておけ…»

 

ディアンは人間に戻ると、レイナを連れて謁見の間から出て行った。国王は椅子からずり落ちた。

 

 

 

 

ガウの村に陣を張っていたグリズラーのもとに、首都からの命令が届いた。「魔神を引きつけている間に、亜人族を攻撃せよ」との命令であった。五千人将と副官は、顔を見合わせた。命令である以上は聞かなければならないが、その時は王国が滅びるのである。

 

『…如何しましょう?』

 

『命令は届かなかった…』

 

『は?』

 

『命令は届かなかったのだ。使者は途中で落馬し、命を落としたのだ。良いな?』

 

グリズラーの言っている意味を理解した副官は、敬礼をして幕舎を出た。その後、使者の姿を見た者はいない…

 

 

 

 

チルス山脈の闇夜の眷属と、アンナローツェ王国は和睦を行った。夕闇の大湿原は亜人族の縄張りと決められた。獣人族の長とアンナローツェ王国代表が調印をする。これにより、この地帯での争いは治まった。その夜、ハレンラーマでは盛大な祭りが開かれた。部族も関係なく、皆が酒を酌み交わし、歌い、踊る。

 

『今回のご活躍、お見事でした。ディアン殿』

 

ヴァリ=エルフ族長のアグラエル・ザラが、ディアンに酒を注いだ。ディアンは笑顔で頷いたが、直ぐに表情が暗くなる。

 

『…如何されたのですか?』

 

『目出度い日に言うべきでは無いのかもしれないが、今回の和睦は恐らくは一時的なものだろう。オレが脅したので、渋々の和睦となったのだ。人間の欲というものは凄まじく強い。恐らくは数百年もせずに、必ず侵攻をしてくるぞ?』

 

『…そうですね。ですが、時は与えられました。それまでに、人間族が攻め込めないようにしましょう。各部族長とも話し合いをしたいと思います』

 

ディアンの予想は、半分は当たり、半分は外れた。アンナローツェ王国は、魔神の恐ろしさに肝を冷やし、ザラの村に巨大な要塞を構築した。光と闇の奇妙な関係が崩れたのは、二項対立の思想に疑問を感じたヴァリ=エルフ「アルフィミア・ザラ」による「闇側からの侵攻」によってである。

 

『まぁ、当分は平和が続くだろう。今日は飲もう』

 

ディアンは笑って、杯を干した。

 

 

 

 

アンナローツェ王国の「元」五千人将レオポルド・グリズラーは、自宅で荷物をまとめていた。王宮に魔神を入れ、国王に危険を及ぼした責任を取らされたのである。幸いなことにグリズラーは独身であった。家を引き払い、行商隊の護衛でもやろうと考えていた。

 

(やれやれ…あの魔神に会ったのが運の尽きか…)

 

荷物の整理を終え、ため息を付いたグリズラーのもとに、行商人が訪れ、手紙を置いていった。差出人には「D.Cécht」と書かれている。首を傾げて封を開けると、そこには手紙と共に、もう一つ封書が入っていた。手紙を読み、グリズラーは目を閉じた。手紙はある人物への紹介状であった。武人ならば、一度は名を聞いたことのある人物である。グリズラーは笑った。魔神がこんな気を利かせるとは思わなかった。家を出たグリズラーは、未来の活躍の場を目指して、西へと向かった。

 

「Hrn. August Kramer」

 

同封された封書には、そう宛名が書かれていた。


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