戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ディル=リフィーナの世界において、知的生命体と限れば「人間族」が最も数が多いが、「種族」として最も数が多いのは「魔族」である。魔族とは一般的に「人間に仇をなす者達の総称」とされているが、これは人間側から見た呼び方であり、彼らからすれば「自分の縄張りに勝手に入ってくる人間こそ、自分たちに仇をなす者達」なのである。そのため、客観的に見れば「魔族=悪」と決めつけることは出来ない。無論、魔族の中には「魔神」も含まれるため、「戦うために人間に襲い掛かってくる」という例も無いわけではないが、大抵の場合、人間族のほうが魔族に接近し、結果として襲われるのである。
魔族とは幾つかの種族を束ねる総称であり、神に匹敵する力を持つ魔神から、子どもの力でも倒せるほどのプラテットまで、その幅は広い。一般的な理解としては、その戦闘能力が高くなるほど、知能も比例して高くなる傾向があり、魔神は無論、上級悪魔や鬼族などは、人語を解すことができる。鬼族などは洞窟内で集団生活をし、独自の文化を形成する場合もある。
旧世界である「イアス=ステリナ」「ネイ=ステリナ」のどちらが魔族の出身かは明らかではないが、少なくとも「ソロモン七十二柱」と呼ばれる魔神たちは、「イアス=ステリナ」が出身である。悪魔族の中には、翼が無くとも飛行をする上級悪魔も存在するため、両旧世界に魔族が存在し、ディル=リフィーナ世界の形成とともに、魔族たちも種族が融合されていったと考えられている。
悪魔族は、魔族の中でも代表的な種族である。魔神を頂点とし、飛天魔族、歪魔などの貴族悪魔の下に、睡魔族や悪魔たちが存在する。ピラミッド型に分類をすることは可能ではあるが、強さという観点で見ると、一概に分けられるものではない。飛天魔族の最上級になれば、下級魔神を超える力を持つようになる。また悪魔の中にも、上級悪魔から下級悪魔が存在し、貴族悪魔を超えるほどの力を持つ悪魔も存在している。そのため、悪魔は必ず魔神に従うと決まっているわけではなく、結局は「強き者」に従うという「力の論理」のみが、悪魔族の共通規範となっている。
ディアンは魔神へと変貌した。凄まじい魔の気配で空気が歪む。普通の魔物であれば、これだけで退散をするのだが、さすがは上級悪魔である。数歩退き、左手を上げる。部下と思われる他の悪魔たちが、グレーターデーモンの背後に退く。レッサーデーモンたちだ。
『…魔神か』
グレーターデーモンが言葉を発した。ディアンは気配はそのままに、名乗った。
≪オレの名はディアン・ケヒト、白と黒・正と邪・光と闇・人と魔物の狭間に生きし、黄昏の魔神だ»
『…黄昏の魔神か。その魔神が何の用件で、我らの縄張りを侵す?』
≪この森の北、ケレース地方に行きたいだけだ。お前たちの縄張りを獲ろうとしているわけではない»
『………』
グレーターデーモンはディアンたちを一瞥すると、頷いた。
『お前たちだけ、というのであれば通行を認めよう。出来るだけ森を壊さないこと、作った道に結界などの余計な仕掛けはしないことが条件だ』
≪人間族の侵入を警戒しているのか?»
『奴らはしつこい。どれだけ追い払っても、この地を侵そうとする。道が出来れば、そこを通ろうとする人間が、必ず現れる』
ディアンは頷いた。彼らの縄張りに侵入をしたのは、ディアンたちの方なのである。通過を認めて貰うだけで、十分であった。
≪約束しよう。道は最小限の幅にし、通った後は倒した木々で埋める。人間たちがこの地を通ることが無いようにしよう…»
グレーターデーモンは頷くと、部下たちと共に姿を消した。ディアンは人間に戻ると、瞑目した。
…この地はいつの日か、人間族によって占領されるだろう。アヴァタール地方東部からケレース地方に行くには、この森を通るのが最短なのだ。ならば人間は、どんな手段を使ってでも、ここに道を通そうとする。その地に住む生き物など関係なく、自分たちの都合によって自然を変えるのが「人間の性」というものなのだ。願わくば、その日が遠い未来であることを、そしてせめて、森を焼くような愚者によってこの地が占領されないことを祈ろう…
ディアンの願いは半分は叶えられた。後年、この地帯をメルキア王国宰相エルネスト・プラダが占領する。エルネスト・プラダは父親譲りの交渉力を発揮し、この地を縄張りとしていた魔族と交渉を行い、ケレース地方への道を通すかわりに、森には手を出さないことが約束された。ディアンがこの森を通ってから、四十年後のことである。
グレーターデーモンの襲撃から五日後、ディアンたちは森林地帯を抜け、ケレース地方へと入った。ケレース地方の情報は殆ど無く、集落の場所も不明である。ただ、魔獣の襲撃は無かった。これはディアンが魔神であることよりも、ファーミシルスの存在が大きい。上級悪魔である飛天魔族に対して襲撃をしてくる魔物は少ない。ディアンたちは森を抜け、見渡す平野を北へ向かった。東側にはチルス山脈の北側がある。だが西側にも山が見えた。森に囲まれた単体の山である。ファーミシルスが空から付近を一周して戻ってくる。
『あの山の麓に、街らしきものがあるぞ』
チルス山脈北側にあるという「死者の国」に行く前に、まずはケレース地方の情報収集が優先である。ディアンたちはファーミシルスが見つけた街へと向かった。
『ほう、なかなか立派な街じゃないか。いや、国か?』
山の麓には、城壁で囲まれた街があった。森の中には畑もあるようだ。亜人族や魔族たちが出入りをしている。城門には屈強な魔族が二人立っていた。人間の姿をしたディアンたちが、余程珍しいらしく、道行く者たちはジロジロと一行を見る。中には露骨な嫌悪を示す者もいた。ディアンたちが場内に入ろうとすると、門衛が止めた。
『待て、ヴァリ=エルフとラウマカールは通っても良いが、お前たち二人は通すことは出来ん』
『ほう、何故でしょう?我々は、アヴァタール地方から来た旅の者ですが?』
『ここは覇王ゾキウ様が統治する国「ガンナシア王国」だ。人間族は誰一人として通すわけにはいかん』
『ガンナシア王国・・・お聞きしたいのですが、ゾキウ王は魔族でいらっしゃるのですか?』
『お前たちには関係の無いことだ、立ち去れっ!』
槍がディアンに向けられた。レイナは思わず剣の柄に手を伸ばしたが、ディアンが止めた。
『解りました。ここは立ち去りましょう。ただ、この二人は入っても構わないのですね?グラティナ、ファーミシルス。お前たちに、ここで情報を集めて欲しい。オレたちは近くで野営をする』
ディアンはそう言うと「魔神の呼び笛」をグラティナに渡した。
『何かあったら、これに魔力を込めろ。すぐに駆けつける』
『解った。二日程で戻る。待っていてくれ』
グラティナとファーミシルスは宝石の入った小袋を手に、城内へと入った。ディアンたちは馬で半日程度の森の中に、野営地を設け、グラティナたちの帰りを待つことにした。
ディアンからの指示で、私たちはガンナシア王国の城内へと入った。城内といっても、インヴィティアのような整然とした街並みではない。土がむき出しで茅葺の小屋などが乱雑に建てられている。センタクスの街の方が綺麗なくらいだ。私とファミは、酒場らしきところに入った。殆どが男で、商売女と思われる半獣半人がいるくらいだ。男たちは話を一瞬止め、私たちに注目した。男たちの視線を無視し、酒場のカウンターに座る。ワインを二杯注文する。獣人の店主が、黙って私たちに杯を出した。
『なぁ、ちょっと聞きたいんだが・・・』
私が話しかけると、店主がジロリと私を睨んだ。その視線を無視して、私は質問を続けた。
『あの山は、何という山なんだ?』
『・・・あんたら、ここらの住人じゃねぇな?悪いことは言わねぇ。それを飲んだら、さっさと街から出ていきな・・・』
店主はそう呟いて、私の前から消えた。ファミと顔を見合わせて、私たちは盃を干した。その後、酒場以外でも幾つかの店で聞いて回ったが、あまり情報が取れなかった。後ろの山が「オメール山」という山であること、ここからさらに北に、人間族の住む村があることなどが聞けただけであった。ディアンが欲しがっている情報「死者の国」については、全く情報が得られなかった。私たちは寂れた宿屋に部屋を取り、一泊をした。翌朝、宿から出るといきなり男たちに囲まれた。兜や鎧などを着ているが、穴が開いていたり継ぎ接ぎだらけの鎧である。
『お前らか?色々と聞いて回っているって女どもは・・・』
どうやら情報源が向こうからやってきたようだ。私は口元に笑みを浮かべた。
『そうだ。この街やケレース地方についての情報を求めている。お前たちが教えてくれるのか?』
男たちは笑い声を上げた。
『お前らがその躰で俺達を愉しませてくれるって言うんなら、教えてやってもいいぜ?』
私は思わず笑ってしまった。身の程知らずの男というのは、人間族も魔族も変わらないらしい。ファーミシルスに顔を向ける。彼女も小さく頷いた。
『・・・どうやら、力づくでなければ無理な様だな。貴様らの身体に直接聞くとしよう』
私とファーミシルスは剣を抜き放ち、斬りかかった。
オレとレイナは城門近くまで来ていた。二人が心配だったわけではない。ただ、グラティナもファーミシルスも好戦的な性格だ。情報が聞き出せないからと言って、腕尽くで聞き出そうとする可能性がある。オレの不安は、むしろそっちの方だった。下手をしたら、この国を相手に戦争をすることになるかもしれない。城近くまで行くと、門衛二人がいない。どうやら、不安が的中したようだ。
『あらあら・・・ あの二人に任せたのは、失敗だったのかしら?』
レイナは肩を竦めて失笑した。オレはため息をついた。
獣人族や下級悪魔など、それなりの力を持った男たちが斬りかかってくる。だが私もファミも、魔神から直々に訓練を受けている。この程度に負けるはずが無かった。ファミは純粋魔法を放ち、男たちを吹き飛ばす。主の思想に従い、命までは取らない。だが当面の継戦能力は奪っておく必要がある。兵らしき男たちが次々と現れるからだ。心地よい高揚を感じる。この戦いはちょうど良かった。彼の下では、戦闘そのものが少ない。私もファミも、殺気に満ちた敵を次々と倒す。少し肩で息をするようになったころ、男たちが一斉に退き、私たちを取り囲んだ。
『中々、やる女たちではないか・・・』
兵たちの間から、黒い大きな馬に乗った甲冑の男が現れた。私は直感した。この男が、この国の王ゾキウであろう。私もファミも剣を下すと、王と思われる馬上の男に問いかけた。
『私の名は、グラティナ・ワッケンバイン。ケレース地方を訪れた旅人だ。この街で情報を集めていたのだ。東のチルス山脈に「死者の国」というものがあるそうだが、聞いたことは無いか?』
甲冑の男が笑い始めた。
『気の強い女だ。気に入ったぞ。俺の子を産ませるに相応しい。どれ、俺が相手をしてやろう・・・』
甲冑の男は馬から降りた。ゾクッという悪寒を感じた。
(・・・強い)
同じ予感をファミも感じたらしい。掌に汗を感じながら、私は剣を握りしめた。甲冑は全身を覆っており、いかにも重そうである。私は手足の関節部分を狙って、最速で動くことに決めた。心気を統一する。男が嗤った。
『俺に勝ったら、お前の質問に応えてやろう。だが負けたら、お前は俺のものだ』
気を統一した私は、虚の動きを交えながら、最速で動く。この動きについてくる存在などいない。甲冑の隙間を狙って剣を突いた。だが私の剣は空を切った。目の前の男が一瞬で私の背後に回り込み、私の首筋に手刀を打った。私は一瞬で、意識が遠くなった。
『ティナッ!』
薄れゆく意識の中で、ファミの叫び声が聞こえた。だが私に見えたのは、崩れ落ちようとしているファミの姿であった・・・