戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第七十四話:冥き途

TITLE:ディル=リフィーナにおける「死後世界」についての考察(B.Kassere)

 

旧世界であるイアス=ステリナにおいては、死後世界は「空想の産物」として片付けられていた。無論、イアス=ステリナにおいても古神信仰の中で、死後世界については数多くが語られている。中でも「神曲」と呼ばれる物語では「地獄、煉獄、天国」という三つの死後世界が語られ、この物語が事実上、イアス=ステリナにおける「死後世界」を形成したと言える。それが具体的にどのような物語であったのかは、残念ながら残されていないが、数少ない断片的な情報繋ぎ合わせると、旧世界の人類は、生前の「罪」によって、死後にどの世界に行くかが決められると考えていた。これは、イアス=ステリナにおいて知的生命体が人類しか存在しなかったため、宗教上定められた「罪」が、死後世界の行き先を左右するという結びつきになったようである。

 

一方、ネイ=ステリナにおける死後世界は極めて複雑である。ネイ=ステリナには多様な知的生命体が存在していたため、それぞれが死後世界を描いている。代表的な例としては、ルリエンを信仰するルーン=エルフたちの死後世界である。ルーン=エルフは、死期が近くなるとルリエン神殿へと移る。そして最後の瞑想の後、ルリエン神殿の中にある「奈落」へと身を投じるのである。寿命を終え、奈落へと身を投じることで、肉体は森に再び還り、魂はルリエンの導きによって、転生をすると信じられている。またドワーフ族は、身は山に還り、魂は「ガーベル神の館」へと導かれ、そこで新たなドワーフへと生まれ変わると信じられている。

 

イアス=ステリナ、ネイ=ステリナの両世界で共通して見受けられるのが「霊魂」についての考え方である。肉体が死んだ後に、霊魂は死後世界に導かれる、という点では全く同じである。また現世に強い執着を持ったまま死んだ場合は、霊魂は現世界に留まり続け、悪霊や怨霊などになる、という考え方も共通している。知的生命体とは、過去・現在・未来という「時間軸の想像力」を持つ存在である。その中において、検証不可能な事象である「死後」について、想像を巡らせることは、知的生命体の共通点と言えるのだろう…

 

 

 

チルス山脈北部にあるという「冥界への入り口」を目指して、オレたちはガンナシア王国を東へと進んだ。街を出てから四日後に、チルス山脈の麓に到着する。近くに獣人族の集落があったので、そこで情報を仕入れることにした。

 

『…あんたら、冥き途に行くつもりなのか?』

 

『冥き途?』

 

『死者の魂が通り、冥界へと導かれる場所だ。呪われた場所だから、誰も近づかない』

 

『ほう、面白そうだな。それは何処にあるんだ?』

 

獣人は首を横に振りながら、山の中腹を指差した。どうやら地下に伸びる入口があるらしい。

 

『言っておくが、入れないよ?普通の人間は近寄るだけで気が狂っちまう…』

 

集落への滞在許可をもらい、オレたちは山の中腹にある「冥き途」の入り口を目指した。だが、グラティナとファミが途中で止まった。顔色が悪い。レイナも額に汗を浮かべている。

 

『ダメだ、ディアン…私たちはここまでが限界だ。これ以上は、進めない…』

 

『やはりそうか…』

 

中腹部はまだ先だが、凄まじい邪気が漂っている。呪われるというのも理解できる。魔力と闘気で身を固めている三人でさえ、耐えられないほどなのだ。普通の人間なら発狂しているだろう。オレはレイナに二人を連れて山を降りるように命じた。この先はレイナですら危険だと判断したためだ。レイナも素直に頷いた。三人が十分に離れ、安全になったところで、オレは魔神に変貌した。

 

«さて、鬼が出るか、蛇が出るか…»

 

オレは中腹部へと歩みを早めた。

 

 

 

 

「グルルルッ…」

 

三つ頭の巨大な犬が唸る。その犬に跨る幼女は表情を変えずに呟く。

 

«…誰か来る。ハイシェラじゃない…»

 

幼女と犬は、現世へと続く唯一の道に向け、構えた。

 

 

 

 

オレは、何処までも続く長い階段を慎重に降りた。先程までの邪気は階段に入ると共に消えた。どうやら入り口に入れないようにするためのある種の結界らしい。壁を手のひらで撫でる。人工的に掘られたものだが、階段も壁もおよそディル=リフィーナの科学力を超えている。一体、誰が造ったのだろう?

 

«…ようやくか»

 

階段を降り終え、オレは開けた空間に出た。石自体が発光しているようで、薄暗いが先が見えないほどではない。オレは周囲を観察しながら、奥へを歩みを進めた。すると右手に、巨大な門が出現した。まるで「神曲」に出てくる地獄の門である。オレは思わず呟いた。

 

«Relinquite omnem spem,(此の門をくぐる者は)…»

 

«…vos qui intratis.(一切の望みを捨てよ)»

 

オレは驚いて振り返った。巨大な三つ頭の獣に跨った幼女が、オレを見下ろしていた。油断はしていなかった。にも関わらず、気配は一切感じなかった。

 

«遥か昔、旧世界に存在した「地獄の門」に掲げられた言葉…それを知っているあなたは誰?古神には見えないけれど…»

 

«失礼をしました。オレの名はディアン・ケヒト。白と黒・正と邪・光と闇・人と魔物の狭間に生きし、黄昏の魔神です»

 

オレは丁寧に挨拶をした。目の前の幼女は間違いなく人外の存在である。それも最上級の…

 

«ふーん…私はナベリウス、この子はケルベロス。ここの番人をしているの。ここに何の用で来たの?»

 

«ただの好奇心です。来てみたかったから…ですね»

 

«…帰って…»

 

ナベリウスは興味を失ったように、プイと方向を変え、その場を去ろうとした。オレは慌てて止めた。

 

«待ってくれ。ここは冥き途なんだろ?この場所について教えてくれ»

 

«…知りたかったら、この先に行けばいい。ただし、二度と戻ってこれないけど»

 

ナベリウスは門を指差してそう言うと、その場から立ち去った。オレは門の入り口ギリギリに立った。手を翳し、入り口を通過しようとする。膜のようなものが張られている。だが魔力は感じない。全く未知の結界であった。

 

«…止めておくか»

 

オレは先に進むことを諦めた。ため息をついて、地上に戻ろうとした。階段の下に立った瞬間、別の気配を感じた。強力な何かが、地上からここに向かっていた。オレは慌てて、奥に戻った。いつの間にか、ナベリウスが姿を現していた。

 

«…今日はお客さんがいっぱい…»

 

特に関心が無さそうな表情で、そう呟いた。オレは恐怖と歓喜で震えた。強まるこの気配は記憶がある。かつて命懸けで戦い、辛うじて逃げ延びることが出来た、あの戦いを思い出した。一際、魔の気配が強まり、穏やかに漂い始める。少なくとも、荒れてはいないようだ。

 

«冥き途(ココ)に来るのは五十年ぶりか…相変わらず、面白味のない場所だの…»

 

«…ハイシェラ、何しに来たの?»

 

«久々に此の地を訪れたら、面白い気配を感じての…»

 

地の魔神ハイシェラは、オレに顔を向けた。口元には笑みが浮かんでいる。オレは頬から汗を垂らしていた。まさかこんな場所で、コイツに遭遇するとは思わなかった。

 

«黄昏の魔神ディアン・ケヒト…我を抱くと言っておきながら、随分と御無沙汰ではないか…もうあの約束は、反故と思って良いの?»

 

«…この人と知り合いなの?»

 

«その昔、互いに求め合い、熱く交じり合った仲じゃ…»

 

«あぁ、一年前に初めて会って、純粋魔術をぶつけ合った仲だな»

 

«そうとも言うだの»

 

美しき魔神は笑うと、途端に魔気を増幅させた。

 

«さて…一年前、汝はアスタロトと一戦をしていた。故に見逃してやったのだが…»

 

«戦う(ヤル)か?»

 

オレは剣を抜き、魔力を全開にした。ハイシェラの笑みが大きくなる。互いの魔気で空気が歪む。互いが飛び掛かろうとした瞬間、ナベリウスがオレたちの間に入った。

 

«二人とも煩い。出ていって…»

 

 

 

 

«ヤレヤレ…汝のせいで、ナベリウスを怒らせてしまったではないか。あの様子では、あと五十年は出入り禁止だの»

 

地上は既に夜になっていた。どうやら時間の流れが違うようである。ハイシェラは苦笑いをしながらオレに責任をなすりつけた。先ほどの魔気は消えている。

 

«オレのせいか?»

 

オレは肩を竦めた。ハイシェラと戦う気はもう失せていた。オレは人間に貌を戻した。

 

«ほう、やはり汝は、人間であったか…興味深いのう»

 

『人間の魂を持つ魔神…これは幸福なのか?それとも不幸なのか?』

 

«さて…だが少なくとも、退屈はせぬであろうな。我と違って…»

 

オレはハイシェラを見た。貌に少し影が指している。どうやらこの魔神にも、過去に何かがあるようだ。オレはオンナを口説くように、ハイシェラの肩を抱き、誘った。

 

『退屈なら、今夜はオレと付き合わないか?』

 

一瞬、唖然としたハイシェラは大笑いをした。

 

«クハハハッ!魔神を口説く人間か…面白いだの。今宵は汝の口説きに乗ってやろうぞ»

 

 

 

靭やかな躰が揺れ、上下する。敵に挑むかの様な視線で、下の男を見下ろす。だが瞳は欲情で霞んでいる。男は呻きながらも下から突き上げた。両手で女の胸を鷲掴む。男の逆襲に、女が仰け反る。だがすぐに、責め返す。互いが互いを牽制し合いながら、闘いのような交合はいつまでも続いた…


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