戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第七十六話:華鏡の畔

トライスメイルはケレース地方からアヴァタール地方にかけて、南北に広がる巨大な森林地帯である。その大きさはレウィニア神権国の国土面積にも匹敵する。ルーン=エルフ領であることは古来より知られており、そのため人間族を含め他種族がこの森に入ることは殆ど無い。トライスメイルメイルの西側には、ブレニア内海からオウスト内海へと続く街道が走っており、行商人たちはその街道を利用する。だがケレース地方を縦断する街道であるため、決して安全とは言い難い。

 

『そうですか…巫女殿が』

 

『水の巫女殿は、あなたを心配していました。彼女からの伝言です。旅に疲れたら、いつでもプレイアに戻ってきて欲しいとのことです。好かれていますね』

 

オレは首を横に振った。彼女個人の好意は嬉しいが、事はそう単純ではないのだ。

 

『レウィニア神権国は「人間族の国」です。オレの仲間が滞在できない国へなど、戻るつもりはありませんね。彼女の好意は有難いですが、オレは旅を続けますよ…』

 

金色公が頷いた。いつの間にか、周囲からエルフたちの気配が消えている。

 

『私たちの集落に案内することは出来ません。ですが、この森を抜けることは認めましょう。この森の北を回れば、南北に伸びる街道に出ます。そこからさらに西に行けば、ドワーフ族の集落があります』

 

金色公は羊皮紙の地図を渡してくれた。ケレース地方の地図である。ルーン=エルフの文字で書かれているが、オレには問題なく読める。その他にも、水や食料などを支援してくれた。オレは素直に、謝意を示した。

 

『一つ忠告をしておきます。この森を抜ければ街道ですが、その街道を北に行ってはいけません』

 

『何か、あるのでしょうか?』

 

金色公は少し躊躇したが、返答してくれた。

 

『黙っていれば、逆にあなたの好奇心を刺激してしまいそうですね。この森の北西には「華鏡の畔」という景勝地があったのですが、数年前、そこに巨大な結界が出来たのです』

 

『ほう、面白そうですね。結界が、南北に伸びる街道を封鎖してしまったわけですね。一体、誰がそんなことを?』

 

『…魔神です』

 

オレの好奇心は膨れ上がった。オレの表情を見て、金色公は苦笑いをした…

 

 

 

 

オレたちは、トライスメイルの北部を西に進んだ。森の中は清流が流れ、レイナたちは久々の水浴びに喜んだ。馬が草を喰む牧草地もあったので、オレたちは少し時間を掛けて森を抜けた。

 

『…本当に行くのか?』

 

『興味があるからな。戦うわけじゃない。ちょっと外から眺めて見るだけだ…』

 

街道に出たオレたちは、金色公から聞いた「魔神の結界」を見るために、北へと向かった。どうやら街道そのものを封鎖しているようで、行商人たちの姿は見えない。北を目指して二日目に、どうやらそれらしい地帯に入ってきた。左右を山に囲まれた、穏やかな平野に、薄っすらと盆型の結界が張られている。オレが感じたことをファーミシルスが先に呟いた。

 

『なんと迷惑な…あれでは誰も通れぬではないか』

 

オレたちは結界のそばまで近寄った。透明だが確かにそこに存在している。試しに小石を投げてみると、普通に通過をした。オレは手を伸ばして結界に触れようとすると…

 

『…グッ!』

 

バリッという音がし、オレの手が焼けた。少し触れただけなので、大した火傷ではない。

 

『生命は通れない結界なのか?』

 

『でも、アレを見て…』

 

レイナは鳥を指差した。羽ばたく鳥は、普通に結界を通過した。オレは極小の純粋魔法を結界に放ってみた。パンッという音がする。どうやら魔術障壁も兼ねているようだ。

 

『…ルーン=エルフの結界に、魔術障壁結界を併せたようなものだな。かなり複雑な結界だ。どんな魔神が、こんな結界を張ったんだ?』

 

結界の向こう側には、城らしき建物が見える。オレはこんな迷惑な結界を張った魔神に会ってみたくなった。少々乱暴だが、結界を破壊することに決めた。来た道を一里ほど戻ると、オレは馬を降りた。

 

『ディアン、本当にやるのか?』

 

『ちょっと試すだけだ…』

 

グラティナが心配そうに聞いてきたが、オレは自分の好奇心が抑えられなかった。人間の貌を脱ぎ、魔神へと変わる。

 

«純粋魔術:アウエラの裁き»

 

圧縮した純粋魔法を一里先の結界に向かって放つ。結界にぶつかった瞬間、巨大な爆発が起きる。一里離れたオレたちの髪が、爆風で揺れる。小さな集落程度なら、この一発で消し飛ぶ破壊力だ。だが…

 

«…強固だな»

 

結界は破れなかった。オレはさらに一段強い魔術で試そうと思った。

 

«純粋魔術:エル・アウエラッ!»

 

先程よりさらに巨大な魔力を圧縮させ、放つ。街一つを消し飛ばす力だ。だが同じように、結界は張られたままである。ここまで来ると、オレはもう中の城などどうでも良いと思ってしまった。魔神として極大の魔術を使って、この結界をブチ破ってやろうと考えた。両手に術式を描く。

 

«だったらこれならどうだ…極大純粋魔術:ルン・アウエ…»

 

その時、結界が消えた。オレたちは顔を見合わせると、華鏡の畔を目指して馬を進めた。すると向こうから、馬に乗った集団がこちらに向かってくる。先頭の白馬には、頭から角らしきものを生やした女が乗っていた。集団はオレたちの前で止まった。後ろにも馬に乗った「見事な騎士団」が続いている。先頭の女の気配は、確かに魔神であった。だが禍々しさよりも気品が漂って見える。女の目には、強い怒りが表れていた。

 

«貴様らかっ!我が城を破壊しようとした不届き者はっ!»

 

『はて?何のことでございましょう?見ての通り、私たちは旅の一行でございます。この先に美しき景勝地があると聴き、訪ねようとしていたのですが…』

 

オレはあくまでも「旅の一行」としてトボけた。レイナたちが笑いを堪える。だが目の前の魔神は怒りのためか気づかないようだ。

 

«城を守る結界を魔術によって破壊しようとした奴がいる。あれは純粋魔術だ。そこの飛天魔族に違いないっ!捕らえよっ!»

 

オレは魔神へと変貌した。目の前の魔神を飲み込むほどの巨大な魔気が、全身から立ち上る。

 

«バレたのなら仕方がない…あんなハタ迷惑な結界など張りやがって、何を被害者ヅラしていやがる。貴様らごと、城を粉砕してやろうか…»

 

さすがに相手も魔神だ。オレの変化に一瞬驚きを浮かべたが、直ぐに冷静になる。

 

«…面白い。貴様も魔神のようだな。ならば我が騎士団では役不足であろう。私自らが相手をしてやろう…»

 

オレたちは馬を降り、向かい合った。互いの魔気で空気が歪む。オレは背中の愛剣を抜いた。魔神剣クラウ・ソラスの白金が輝く。すると…

 

«おぉっ!…»

 

目の前の魔神がいきなり感嘆したような声を上げた。先程までの殺気も気配も、全く無くなっている。

 

«…?…»

 

«なんと美しい剣だ…その剣は、その方の愛剣なのか?»

 

«何だ?オレの剣がどうしたって?»

 

«よく見せてくれっ!»

 

魔神がいきなり歩み寄ってきて、オレの剣をしげしげと眺め始めた。

 

(なんだ?何なんだコイツは…)

 

«美しい…実に、美しい…»

 

クラウ・ソラスが嫌がっているのを感じた。オレは魔神の腕を引き剥がすと、慌てて剣を収めた。気が削がれたので、オレは人間の貌に戻った。

 

『…結界を破壊しようとしたのは悪かったよ。あまりに強固な結界だったので、つい試したくなったんだ。スマン』

 

どうやら魔神は、本来の用件を思い出したようだ。だが同じく気を削がれたのだろう。ため息をついてオレの謝罪を受け入れた…

 

«我はソロモン七十ニ柱が一柱、二十九の軍団を率いし公爵アムドシアス、一角公と呼ばれている»

 

緊張の対立が消えた後、一角の魔神は自分の名を名乗った。オレも自らを名乗った。レイナたちも同じように名乗る。

 

『ところで、お前のあの白亜の城、美しい城だったな。良かったら見せてくれないか?』

 

«ほう、お主は芸術を理解できるのか。なるほど、その美しき剣の持ち主なれば、美醜を理解できるのも頷ける。良かろう、我が城に案内しよう…»

 

 

 

 

『…見事な庭園だ。それに一つ一つの彫像も良い。相当に厳選されたものだな』

 

«ウムウム、お主にはモノの良さが解るらしい。この彫像を守るために、結界を張ったのだ…»

 

(だったら外に出すなよ…)

 

オレはそう思ったが、ここはこの「芸術バカ」に合わせておこう。オレたちは阿吽の呼吸で頷きあった。それに、彫像が見事なのは確かである。芸術バカなのだろうが、美的感覚は大したものであった。城の中に入ると、楽隊が演奏を始めた。どうやら音楽にも相当なこだわりがあるらしい。中庭に案内をされる途中で、オレは足を止めた。風景画が飾られているが、なんとも言えない雰囲気の絵である。それに絵の題材が問題であった。荒野の中にキノコが林のように立っている。気味の悪さの中に妙な迫力があった。一角公が自慢気にオレの隣りに立った。

 

«追従かと思っておったが、お主は本当に芸術が理解できるようだな。この絵の良さが解るか?»

 

『…絵から奇妙な迫力を感じる。まるで絵自体が生きているかのようだ』

 

«そう…この絵は、西に住む芸術家が描いた傑作ぞ。書かれている風景は「神の墓場」と呼ばれる世界だ»

 

『神の墓場…』

 

«一度落ちたら、二度と戻ってくることは出来ぬ異界だ。我も見たことはないが、実際に存在するらしい…»

 

その後は、中庭で茶を飲みながら、オレは一角公と芸術談義に花を咲かせた。一角公アムドシアスは、たしかに魔神だが闘いや破壊を好む「一般的な魔神」とは異なり、芸術と音楽に情熱を傾けているらしい。つまり「文化人」なのだ。一角公の芸術論は、オレには楽しかったが、他の三人には退屈だったようだ。レイナは多少は理解できたようだが、グラティナとファーミシルスは全く芸術が理解できないようで、終始沈黙をしていた。キリの良い所で、オレたちは暇を告げた。一角公は残念そうだったが、また来ると告げると、オレに水晶を渡してくれた。「魔神の呼び笛」に似たような機能を持っているらしい。

 

«次に訪れた時は、その水晶に魔力を通せ。結界を開けてやろう…»

 

『感謝する。次はオレも何か土産を持ってこよう…』

 

一角公に見送られ、オレたちは華鏡の畔を後にした。

 

『ぷはぁっ…まったく何なんだ?あの魔神は…戦ったほうがよっぽど楽だったぞ』

 

結界を抜けた後、ファーミシルスが息を吐き出した。退屈な話の中での緊張に、精神的に参っていたようである。レイナもグラティナも同意見のようだ。ドワーフ族の集落を目指すのは明日にして、オレたちは早めの野営を取った…


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