戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~   作:Hermes_0724

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第七十七話:魔神の留まり木

華鏡の畔を西に数日進むと、ドワーフ族の集落がある。ドワーフ族は他種族に対して排他的ではあるが、エルフ族ほどではない。集落があるのなら、そこで落ち着けるのではないかと期待し、オレたちは西へと進んだ。金色公から貰った地図によると、山間を抜け、河を超えたあたりから、集落が見えてくるらしい。まもなく河に出るというところで、レイナが立ち止まった。

 

『ディアン、何か聞こえるわ』

 

確かに、近くで叫び声が聞こえる。オレとレイナは声の方に進んだ。するとドワーフの少年が魔獣と戦っている。レブルドルの群れである。それほど強力な魔獣ではないが、子供一人が相手をするのは危険だ。オレたちは群れを蹴散らした。レイナが少年の手当をする。

 

『危ないところを有難うございました』

 

銀色の髪をした、少女のように中性的な顔をした少年が、屈託のない笑顔を浮かべた。十歳程度だろうか。ただでさえドワーフ族は背が低い。その少年ともなれば、本当に子供に見える。レイナをはじめ、グラティナもファーミシルスも、どうやら母性を刺激されてしまったようだ。

 

『オレの名はディアン・ケヒトという。ここから遥か南のディジェネール地方から来た旅人だ。君の名は?』

 

『インドリトと申します。薬草を取りに来ていたのですが、どうやらレブルドルの縄張りに入り込んでしまったようで…』

 

オレは頷き、家まで送り届けようと決めた。それで集落に入ることも出来るだろう。ドワーフの少年インドリトは、笑顔でオレたちを案内してくれた。

 

 

 

 

ケレース地方西方のドワーフ族の集落は、古の宮の二倍以上はある巨大なものであった。鍛冶のほか、農耕や酪農も行われているようである。ケレース地方とセアール地方を分ける「ルプートア山脈」を中心に、集落をつくっていた。集落に入ると、オレたちはジロジロと見られたが、インドリトが先頭に立って案内をするので、止められることは無かった。インドリトは、集落の奥にある大きな家に案内をしてくれた。

 

『こちらが、私の家です。父や母に来客を伝えますので、しばらくお待ち下さい』

 

インドリトが中に入ると、レイナがオレに囁いてきた。

 

『…随分としっかりした子ね。ひょっとしたら、族長の息子さんかしら?』

 

『多分そうだな…とすると、オレの正体がバレる可能性もあるな』

 

顔を引き締め、レイナが頷いた。

 

 

 

 

インドリト少年の父親、エギールがオレの剣をしげしげと眺めている。古の宮でもそうだったが、ドワーフ族は武器に目がない。インドリトは予想通り、族長の息子であった。インドリトの父親は、息子と違って実に男性的な顔をしている。インドリトは母親似なのかもしれない。

 

『久々に逸品を見た。お返ししよう…』

 

エギールから愛剣を返してもらい、オレは背中に収めた。エギールは息子が世話になったと礼を述べ、集落の近くならという条件で、オレたちが住むことを認めてくれた。だがさすがにドワーフ族族長である。オレの正体に薄々は感づいたようだ。

 

『…ここでは、人間のままでいることが条件だ』

 

オレは黙って頷いた。

 

 

 

 

『こちらが温泉地帯です。私たちはここから集落まで、湯を引いていますが、ここならお好きな時に、湯に浸かることが出来ると思います』

 

インドリト少年に案内をされ、オレたちはプルートア山脈麓の森に入った。プルートア山脈は岩塩が取れる山脈だが、同時に温泉地帯でもある。オレにとっては正に理想の場所であった。集落から歩いて半刻程度の場所で、木々に囲まれた見晴らしの良い場所を見つけた。オレはここに、居を構えることに決めた。ドワーフたちの力を借りる必要がある。協力を得るために、リタからの餞別を全て使い切った。

 

『おおっ!』

 

ドワーフたちが驚きの声を上げる。地脈魔術を使って、狙った樹木を根から掘り上げる。切り倒すよりも速く、しかも根の部分は良質な薪になる。オレはドワーフと一緒になって、木を倒し木材を加工し、運んだ。レイナやグラティナは子供たちの世話をする。ファーミシルスは上空から、魔獣たちが来ないかを偵察する。それぞれに役割分担をして、効率的に素材を調達していった。

 

『風呂は石造りで広くして欲しい。居間と厨房、あと書斎も必要だな。書斎に隣接して、研究室を設けたい…』

 

オレの要望にドワーフたちが頷く。共に汗を流すことで、徐々に打ち解け始めていた。三人も、子供たちからすっかり気に入られたようである。この集落に完全に受け入れられるまで、まだ時間は掛かるだろうが、三人が明るい表情をしていることに、オレは満足した。

 

 

 

 

『…国、ですか?』

 

まもなく家が完成するという時に、族長のエギールから相談があると呼び出された。相談の内容は、国造りについてである。

 

『ここから南東にいったところに、古の宮というドワーフ族の集落がある。そこから鳥を使って知らせが届いたのだ。なんでも「国」を造るらしい』

 

『ヴェイグル・ドーラ殿ですね?』

 

オレの返答に、エギールは驚いたようだ。オレは古の宮で滞在をしていたことを簡単に説明した。エギールはオレの話しを聴き終えると、腕を組んで考えた。

 

『お主は、ここも同じように、国になるべきだと思うか?』

 

『まぁ、正直申し上げて、その必要を感じませんね』

 

オレの返答は、エギールにとって意外だったようだ。オレは説明をした。

 

『国とは、其処に住む人々を幸福にするための社会統治手段の一つに過ぎないのです。古の宮は、山の中にあり穀物などはロクに取れません。そのためどうしても、外との交易が必要になります。しかし無制限に交易をすれば、ドワーフ族の文化が破壊される可能性があります。ヴェイグル殿もその辺を心配していました。交易をしなければ衰退する。だが交易をしたら文化が壊れる。その二律背反を調整するために、国という選択をしたのです』

 

『我々は違う、というのか?』

 

『全く違いますね。まずここは豊かな森があります。南にはブレニア内海、北にはオウスト内海があり、東西も山で囲まれています。つまり天然の要害です。外敵から侵入されることはまずありません。さらにプルートア山脈からは岩塩が取れます。つまりこのままでも何の問題も無いわけです』

 

『フム…』

 

『まぁ強いて言うなら、あまりに閉鎖的になり、外界の情報から遮断される危険があることですが、少なくとも国家になる必要は無いと思いますね。ただ…』

 

『ただ?』

 

『エギール殿の時代なら、それで良いでしょう。しかし、ご子息の時代になったら解りません。その頃にはアヴァタール地方やケレース地方にも、多くの国家が形成されているはずです。その中で取り残され、やがて何処かから侵略を受ける可能性は否定できません。また、戦争などで土地を追われ、この地に逃げてくる者たちも出てくると思います』

 

エギールは瞑目をして頷いた。そしてオレを驚かせる言葉を口にした。

 

『ディアン殿、息子の「師」になっては貰えまいか?』

 

 

 

 

蒼い月に照らされ、水面が青く輝く。集落からほど近い小川にオレは立っていた。水面に手を入れると神気が集まった。目の前に美しき現神が現れた。

 

『…お久しぶりですね。ディアン殿』

 

『巫女殿…』

 

オレは水の巫女の傍に寄った。互いに見つめ合う。現神と魔神という相反する二人で、一つの国を創った日々を思い出す。

 

『ようやく、落ち着ける場所を見つけたのですか?』

 

『レウィニア神権国は眩しすぎる。オレの仲間には魔族もいる。人間族のための国では、暮らすことは出来ない』

 

『違うでしょう?私が現神だから…レウィニアが「宗教国家」だからではありませんか?』

 

水の巫女は悲しそうな表情をした。オレは彼女には話しても良いと思った。レイナですら知らない、オレの過去についてである。

 

『…この世界に来る前の話だ。オレのいた国「ジパング」は、信仰の自由を認めていた。どんな宗教でも自由に信じることが許されていたのだ。だが、その中から狂気の教えが生まれた。「死ぬことが救い」などという信じられない教えだ』

 

水の巫女は黙って聴いていた。オレは話しを続けた。

 

『その宗教を信じ込んだ狂信者たちが、ある日、事件を起こした。人々が集まっている場所に毒を撒き、大勢を殺した。オレと妹は、両親と共にその場にいた。助かったのは、オレ独りだけだった…』

 

『それが…あなたが宗教を嫌う理由ですか?』

 

『全ての宗教が狂気だとは思わない。だが、人間の心というものは、いつそうした傾斜を持つか解らない。誰しもが狂信者になる可能性があるんだ。それを食い止める方法はただ一つ、自分を「絶対の立場」に置かないことだ。自分が正しいと思うように、他人も正しいと思うこと。この世界には、人の数だけ正義があり、悪がある。そう思い、自分で自分を律し続けるしかない。レウィニア神権国でも、いつの日か起きるだろう。二つの正義の対立がな…』

 

水の巫女は瞑目した。聡明な彼女なら、オレの言うことが理解できるはずだ。水の巫女を絶対視する神殿と、王を立てる貴族が対立する。そしてそれは民衆をも巻き込み、やがて国を疲弊させていくだろう。たとえ現神が存在しようとも、宗教国家は皆、その歴史を辿るのだ。

 

『あなたは、これからどうするつもりですか?』

 

『ここに留まるよ。この集落は居心地が良い。少し時間の掛かる「頼み事」もされたしな。いずれこの地に国ができる。人間族も亜人族も闇夜の眷属も関係のない国、理想郷がここに誕生する。そして…』

 

水の巫女の頬に手を当てる。彼女の瞳が霞む。

 

『あなたの同盟者として、オレはプレイアに行くだろう。あなたを抱きにな…』

 

水の巫女を抱きしめ、唇を重ねた。美神はオレを受け入れ、背中に手を回してきた…

 

 

 

第四章:了

 

 

 

 




第四章までお付き合い下さり、有難うございました。仕事の都合でしばらくお休みをさせていただきます。2016年4月1日より、再開を致します。

【次回予告:2016年4月1日スタート】

『戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~』

ラウルバーシュ大陸名君列伝に名を刻む「偉大なる王:インドリト」。人々は畏敬の念を込めて、彼のことを「ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)」と呼び、光も闇も関係なく、全ての国民が彼を慕った。

彼はいかにして「王」となったのか。地の魔神ハイシェラと互角に戦った「武王」、光も闇も関係なく、全ての種族が平和に暮らす楽園を築き上げた「賢王」は、どのように成長したのか。

『戦女神×魔導巧殻 第二期」は、黄昏の魔神の弟子となったドワーフ族の少年「インドリト」の、修行と冒険の日々を描きます。

これからも応援のほど、宜しくお願い申し上げます。

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