戦女神×魔導巧殻 ~転生せし黄昏の魔神~ 作:Hermes_0724
ラウルバーシュ大陸の中ほどにあるブレニア内海沿岸は、一般的には「中原」と呼ばれている。複数の河川によって形成された平野部が広がり、比較的温暖な気候と内海の豊かな恵みから、古来より人が集まる地域であった。その中でも特に、交通の要衝として栄えたのが、内海東部の”アヴァタール地方”である。三神戦争からおよそ二千年、それまでの限られた集落社会から、国家形成期へと移り始めていた。人々は未開の土地を開拓し、新たな航路を切り開き、集落同士を繋ぐことで人・モノ・情報の交換が活発になり、そして国家が誕生していく・・・
セトの村を離れたオレは、ブレニア内海沿岸を沿うように東へと歩いた。ディジェネール地方は未統治地帯ではあったが、この地方で取れる香辛料や果物、宝石類などを求め、行商人たちが行き来をしている。当然、それを目当てとした宿場街が形成される。街を護る為の自警団は、やがて行商人を護衛する傭兵へと変わる。こうして人々の営みは回っていくのである。
『さすがに、栄えているな・・・』
アヴァタール地方に入ってから、人々の服装や店の品揃えが格段に違っていることに気づいた。酒も充実している。これまでワインしか口にしていなかったが、麦酒もあるようだ。もっとも、オレのいた世界のビールとは違い、黒麦酒だったが・・・
『この辺でもっとも大きな街といえば、東にある”レンスト”だと思いますよ。そこから東は魔族が多くて、行商人たちは必ず、レンストで護衛を雇うんです。だから、レンストでは腕っぷしの強い人達が集まっていて、酒場や娼館もあるみたいですよ』
宿の店主から情報を仕入れたオレは、レンストを目指すことを決めた。運よく、行商人一行の護衛が病で倒れたようで、店主の紹介で、オレは後釜として、レンストまで雇われた。それほど長い距離ではないので、あまりカネにはならないが、行商人から、レンストの顔役を紹介してもらえるという条件が気に入ったのだ。
『おう、お前さんが途中で雇われたっていう護衛役かい?』
レンストの街で行商人に紹介をされた男、ドルカ・ルビースは、品定めをするように上から下まで、オレを眺めた。目つきは鋭いが、どこか愛嬌のある顔である。左頬の傷は、おそらく戦闘でついたものだろう。オレは簡単に自己紹介をした。
『ディアン・ケヒト、ディジェネール地方出身だ』
『なるほど・・・お前さん、相当デキるな・・・』
顎の髭をさすりながら、ドルカは呟くと、ニカッと笑ってオレの肩を叩いた。人を惹きつける笑顔だ。
『腕の立つヤツは、大歓迎だ!さぁ、ついて来てくれ!』
レンストの街はオレが想像していた以上に大きく、活気があった。アヴァタール地方東方部からディジェネール地方にかけてを結ぶ、交通の要衝である。ヒト・モノ・情報が行き交う場所には、必然的に商売が栄える。それが更に人を集め、街は大きくなっていく。
『この街では、行商人の護衛を派遣する商売が盛んだ。だが実際は、信頼できる護衛役ってのはそう多くねぇんだ。中には盗賊と結託して行商人を襲ってトンズラする奴までいる。商売は信用第一だからな。使えそうな護衛役は、引っ張りだこなんだ』
『なるほど、ルビース殿もそうした商売をしているのか?』
『ドルカでいい。俺はこう見えても、人を観る眼は確かなんだ。おかげで俺んところには、そうした不届きなヤツはいねぇ。評判も上々で、派遣しきれねぇくらいなんだ』
『なるほど・・・護衛役が、ドルカの商品ってわけだな』
『そういうこと・・・着いたぜ。ここが俺の城だ』
ドルカの事務所は、大通りに面した一等地にあった。商売が繁盛しているというのは本当らしい。事務所では書類をまとめている女性の姿が見える。オレはドルカの執務室に通された。古びた机と金庫、応接用の椅子が置かれている。オレを惹きつけたのは、壁一面の地図だ。東西南北の主要路の他、脇道まで精密に書かれている。
『・・・それに眼を点けるとは、お前さん、タダモノじゃねぇぜ?普通の奴は金庫に注目するんだ』
ドルカがオレと並んで、壁に向き合う。
『・・・伝説では、大昔は”天空の眼”というのがあって、世界全体を観ることも出来たらしい。だが、今ではこうして、行商人や護衛が持ち帰った情報をもとに、少しずつ地図を作るしかない。俺の店が繁盛している理由は、粒揃いの護衛の他に、こうした情報があるからなんだ・・・』
『・・・凄いな・・・』
食い入るように地図を見るオレの様子を見て、ドルカは笑いながらワインのボトルを用意した。ドルカに勧められるまま、オレはワインを飲んだ。オレはドルカに護衛として雇われるとは、一言も口にしていない。にもかかわらず、こうして情報を隠すことなく話す姿勢に好感を持った。こうした面倒見の良さが、ドルカの元に人が集まる理由なのだろう。ドルカに対してなら、ある程度は身の上を話しても良いと思った。
『・・・オレは、ディジェネール地方出身といっても、人間の村で生活をしていたわけではないんだ・・・』
オレの話に、ドルカは黙って、耳を傾けた。記憶を失って龍人に保護されたこと、そこで様々な知識を学んだこと、長老の許可を得て、世界を観るために放浪の旅に出たこと、などを話した。言っていないことはあるが、嘘はついていない。ドルカは頷きながら聞いてくれたが、龍人族と暮らしていたことには驚いたようだ。オレの話を聞き終った後、しばらく黙っていたドルカが意を決したように口を開いた。
『なぁどうだ?俺んところで、しばらく護衛として雇われてみないか?護衛は行商人と一緒に、各地を回っていく。お前さんの”世界を観たい”っていう希望にも叶うはずだ。お前さんは腕が立つ、教養もある、何より人を信用させるものを持っている。護衛の仕事はピッタリだと思うんだ』
『ああ、オレも護衛の仕事をやりたいと思っていた。ドルカ、オレを雇ってくれないか?』
ドルカは破顔して、オレのカップにワインを注いだ。
その夜は、ドルカが用意をしてくれた宿に泊まった。詳しい仕事の話は翌日ということになった。ドルカからは「この街で生活をするなら、カネを持ったほうが良い」と言われた。これまでの村では主に物々交換の取引だったが、レンストの街では通貨が発行されているらしい。金貨・銀貨・銅貨の三種だが、レンストの街でしか使えない。発行量が多すぎれば、通貨の価値が下がり、モノの値段が上がってしまう。レンストの街は、商人たちが話し合って通貨発行量を決めているそうだ。オレは感心した。こうした人の営みの知恵から、やがて国家が形成されていくのだろう。はじめに国家があるのではなく、まず人の営みがあるのだ。
宿に荷を置いたオレは、その日のうちに、グリーデから貰った宝石を売ることにした。商売が盛んになれば、貧富の差が生まれる。富める者は、身を着飾る為にこうした宝石を欲しがる。そう踏んだオレは、街中央の行商人街に向かった。価格判断が出来なかったので、複数の行商人に声を掛け、一番高く値を付けた行商人に宝石を売った。そしてそのカネで、新しい武器を仕入れることにした。
翌朝、新しい武器「ミスリル剣」を腰に下げ、オレはドルカの事務所に向かった。