インフィニット・ストラトス -CERBERUS- 作:クラッチペダル
一滴の水滴が水面に落ち、大きな波紋を生み出して水面を揺らすように、世界はたった一つの要素でこれまでとは大きく変わってしまった。
誰がその一つの要素で、ここまで世界が変わると予想しただろうか?
少なくとも、国の重鎮などは予想していなかった側だ。
いや、予測しなかったどころかそれを鼻で笑った側でさえある。
そんな物でいったい何が出来るのか、と。
しかし、今では『それ』をそんな物扱いする者など存在しない。
それはまさに今の世界の中心なのだ。
世界を変えてしまったそれの名前は『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』。
本来宇宙空間での作業用のパワードスーツとして開発された物である。
※ ※ ※
赤みの強い橙の髪を持った少年が、目の前にある門を見つめる。
そして手に持った紙と門とを何度も見比べ、やがて紙を懐にしまった。
「ここがIS学園……か?」
肩にかけていたバッグを一旦地面に下ろし、少年は長旅の間重い荷物を支えた功労者である自身の左肩を揉み解す。
しばらく肩を揉み解した後、何かに気が付いたように改めて周囲を見回す。
「……校門前で迎えがある筈だが」
呟いて、校門のあたりを見回し、もしもの場合も考え背後にも視線をやる。
しかしどこにも迎えどころか人一人すらいない。
懐にしまった紙を取り出し、時間、場所の間違いはないかを改めてチェックするが、場所はIS学園校門前、つまり現在地であっており、時間も午前8時とあるため、念を入れて5分前に来たとしても許容範囲内だ。
まさか8時ぴったりに来るわけも無いだろうと、とりあえず少年は校門の柱に寄りかかり、迎えの者を待つことにした。
青い空を見上げながら、少年は思う。
---なぜ自分はここにいるのだろうか、と。
しかし、次の瞬間にその問いを笑う。
それは既に何度も自身に問いかけた質問と一字一句たがわず同じ物だったからだ。
故に、その問いに対する応えも既に決まっている。
---そんな事決まっているだろう、生きるためだ。
あの女、篠ノ之束の指示に従わなければ自分は生きてはいけず、その篠ノ之束が行けといったから、自分はこうしてIS学園の校門で待ちぼうけを食らっているのだ。
その事に対して、自分でも情けないだの思わなくも無い。
この状況を誰かに言ったら、そいつも情けないと言ってくるかもしれない。
しかし、人間どうあってもとにかく生きたいのだ。
なら、無い尻尾でも振らざるを得ないというものだろう。
口にするでもなく、そのような答えを自身へと返している少年の下へ、スーツ姿の女性一人が歩いてくる。
その女性を一言で言うなら、日本刀のような女性だ、と大体の人間は応えるだろう。
目つきは鋭く、しかしその鋭さも見たものを無条件に恐怖させるようなものではなく、相対するなら気を引き締めなければならないと思わせる程度の物であり、歩く姿も一分の隙も無く、彼女がそばにいるなら自然と自らの背筋も伸びるだろう。
その姿はまさに凛とした美しさを放っており、見たものにまず恐怖ではなく美しさを感じさせる日本刀のようである。
そんな女性が少年の前にやってきて、まずはいきなり頭を下げる。
「……ヒューゴ・メディオだな? すまない、急な職員会議で出迎えが遅れてしまった」
「いえ、そんなに待ってませんから、大丈夫です」
実際、時計をみると少年……ヒューゴが到着してからだいたい5分経ったか経たないかといった程度だ。
つまり、おおよそ8時。
事前に提示されていた待ち合わせ時間ぴったりである。
「でも、驚きました。まさかかのブリュンヒルデ、織斑千冬が直々に出迎えに来てくださるとは」
「……悪いが、今はしがない一教師だ」
ヒューゴの言葉に、女性……織斑千冬は顔を背けながらそう言い放った。
横顔から覗く事ができる表情は、後ろめたさ、後悔などと言った感情を放っていた。
しかしそれも数秒の事で、すぐさま表情を戻すとヒューゴに向き直る。
「私の事は今はいいだろう。付いて来い。ほかにも転校生がいてな、あまり待たせてはおけん」
「分かりました」
千冬の言葉にヒューゴは頷くと、足元においてあった荷物を肩に担ぎなおし、先を歩く千冬の背中を追いかけた。
※ ※ ※
すれ違う生徒や事務員の好奇の視線に耐えながら千冬に付いて行きたどり着いたのは職員室だった。
職員室と言う事で一瞬入る事をためらったが、先に中に入っていた千冬に呼ばれたため、なるべく目立たないようにヒューゴは職員室に入った。
しかし、千冬が声をかけた時点で職員室の中にいる全員が入り口を見ており、結局目立たないように入ったヒューゴは教職員の視線を一身に受ける羽目となった。
廊下ですれ違った生徒達と違い、まじまじと視線を向けられているため、今まで感じていた以上の圧迫感を感じたが、入り口に突っ立ているわけにもいかない為、無心で千冬の後ろをついてい歩いた。
やがて千冬が職員室の真ん中窓側の机で歩みを止める。
他の教師に案内されたのだろうか? そこにはIS学園の制服を着た生徒が二人立っていた。
一人は長いブロンドヘアーを一つに結っている少女……と見間違うような容姿をしている少年。見ただけでは性別は分からないが、自身と同じようにスラックスをはいているため、恐らく男だろう。もう一人は腰の少し上辺りにまで伸ばした銀髪を持っている少女、膝辺りが膨らんでいるズボンを穿いているが、明らかに少女だろう。目に付く点と言えば、小柄なことと左目を覆う眼帯か。
少年はまじまじと、少女は一瞬だけ視線をヒューゴに向けてよこしてきた。
「待たせたな二人とも。まずは軽く挨拶をしておこう。お前らの担任となる織斑千冬だ。ここで時間をかけてもいかんから、挨拶はこの位で失礼させてもらう。さて、最初に前たちに渡すものがある」
そういうと、千冬は机の引き出しから三冊のポケットサイズの手帳をそれぞれに一冊ずつ手渡してきた。
開いて見ると、そこには自身の顔写真、生年月日、所属クラスなどの情報が記載されており、後ろにはIS学園の規則等が書かれていた。
「その生徒手帳は常に持ち歩け。学園敷地内では当然の事、休日に外出する際にも常に携帯しろ。それと、後ろにある規則等はきちんと読んでおけ。……では付いて来い、教室へ案内しよう」
三人が生徒手帳をポケットに入れたことを確認した千冬は、結局自身の席につくことも無く歩き出し、職員室の出入り口に向かう。
三人はその背中を再び追いかけ始めた。
教室へ向かう際も、やはり廊下を行き交う生徒達の視線はヒューゴ達に突き刺さる。
特に男と言うことでヒューゴともう一人の少年にその視線は集中している。
中には担任にSHRのために教室に入れと言われたにも関わらず見つめ続ける生徒もいるほどだ。
思った以上にキツい。
それがヒューゴの偽りの無い心境だった。
束に行けといわれた際、ヒューゴもさすがに覚悟はしていたのだが、どうやらその覚悟は甘かったようだ。
なるべく視線を合わせないように常にまっすぐ前を見ることで、ヒューゴはなんとか教室前まで乗り切ることが出来た。
教室前に着き、先に千冬が入り、呼ばれたら三人で入室するという事になり、三人は廊下で立ち尽くす。
千冬が教室に入ったことを確認すると、ヒューゴは大きなため息をつき、ぽつりと呟いた。
「……これは、思った以上にキツい」
既に一時期世界を騒がせた織斑一夏がこの学園に所属しているとはいえ、未だにISを動かす男と言う存在は片手の指で数えたところで指が余る人数しかいない。
その珍しさから、しばらくは先ほど感じていたような視線を感じ続ける羽目になるだろうと考えると、ヒューゴは思わず胃が痛むようで、腹を押さえた。
「大丈夫?」
「ん? ……あぁ、大丈夫です」
その様子を見て具合が悪くなったと思ったのだろうか、少年がヒューゴに声をかけてくる。
少年への返事もそこそこに、ヒューゴはその少年に目をやる。
---やはり、一見すると男とは思えないな。
失礼なことだが、ヒューゴは目の前の少年を見てそう思う。
線が細い男と言うのも存在するし、女顔の男もいる。
もちろん、それら二つの要素を持った男もいないとは限らない。
しかし、目の前の少年はその要素を考慮したとしても、男と言い切れない。
そこまで考えてヒューゴは自分の考えを内心で笑う。
今の彼は、そんな事を悠長に考えている暇など無いのだから。
胃に当てていた手を下ろした瞬間、教室から千冬の呼ぶ声が聞こえた。
※ ※ ※
その日、教室は朝から熱気に包まれていた。
まぁ、この教室は毎朝、ある一人の生徒のおかげで熱気に包まれていない日は無いのだが、今日はそれを抜きにしても異様なほど女子が騒いでいる。
教室に入り、自身に席に着いた織斑一夏はぼんやりとそんな事を考えていた。
ちらほら一夏の耳に入ってくる言葉は「転校生」だの「三人も」だの「朝織斑君以外の男をみた」だの。
この言葉を聞いて一夏はふと思う。
(俺以外の男……かぁ。転校生の中に入っててくれればいいけど)
学園中で男一人と言う現状を打破するために、ぜひそうであって欲しい。
我侭を言うならぜひこの一組に来て欲しい。
他に同じ境遇の存在がいると言うだけで安心感は格段に上がるのだから。
「皆さん、おはようございます」
そんな教室内のあれこれなどまったく気にしていなかったのか、教室の扉が開き、いつもどおりの穏やかな様子で副担任の山田真耶が教室に入ってきた。
瞬間、クラスのほとんどの生徒の視線が真耶に集中する。
もしかしたら、副担任の彼女ならこの噂の真相を知っているのでは? という思いからだ。
しかし、そんな生徒達の内心をついさっき来たばかりの真耶に分かるはずも無く、理由も分からずに自身に降り注ぐ視線の束に真耶は怯えた、挙句には涙目になり今にも泣きそうになった。
「な、なんですか!? 私なにかしちゃいましたか!?」
「いえ、なんか転校生が三人来るとか校舎内で織斑君以外の男を見たとかって言う噂があったんで、まやちーなら何か知ってるかなぁって思ったので」
「なんだ、そうだったんですか……って誰がまやちーですか! また変なあだ名で人を呼んで!」
生徒の一人の言葉に涙目状態から何とか戻り、ついでにあだ名について突っ込んだ真耶は、咳払いを一つすると口を開いた。
「えー、噂についてですが、転校生三人と言うのは本当です。それも三人とも一組に来ますよ」
真耶の言葉に生徒が驚きの声を漏らす。
今の時期に転校生が来ることも珍しいと言うこともあるが、それが三人も、しかも同じクラスに来ると言う事はあまりにも珍しいからだ。
「センセ!センセ! だったら織斑君以外の男が云々って言うのも本当だったり?」
「その噂についてですが……」
残る一つの噂について生徒が真耶に聞くと、真耶が途中で言葉を区切る。
まるで言葉を言うことをためらっているかのように、あるいは言葉をもったいぶっているかのように。
思わず生徒達がつばを飲み込む。
一夏もつばを飲み込む。
そして、ついに真耶は言葉の続きを言い放った。
「……それも本当です! しかも二人、さらには転校生三人の中にどちらも入ってます!」
瞬間、ガタリと言う音が教室内に響き、誰もが音の発生地点に目を向けた。
一夏が立ち上がりながら両腕を天に突き上げ、顔も天に向けて、泣いていた。
ガチ泣きだった。
「神様……マジでありがとうっ! ありがとうっ!」
噂の男は転校生で、この一組に転入してくる。
しかも一人じゃなくて二人。
考えうる限り、最高の展開だった。
自分以外は全員女と言う環境の中で、ついに出来る安らぎに、一夏は泣いて感謝していた。
その一夏の姿を見て、女子生徒達は思う。
---今度から織斑君をじろじろ見るの、やめてあげよう。
一夏が女だらけの空間で苦労しているのは分かっていたが、まさか泣くほど追い詰められていたとはさすがに誰も思っていなかったのだ。
そんな中、一夏の突然の行動に驚いて固まっていた真耶だったが、しばらくの後に再起動。
ふたたび咳払いをすると口を開いた。
「あ、えっと、そ、そろそろ織斑先生が転校生さん達と一緒に来ると思うので、とりあえず織斑君? 座ってくれると嬉しいなぁ」
「……はっ、あ、すいません。嬉しさのあまり、つい」
真耶の言葉に、一夏はすごすごと席に付く。
その際、彼の顔は恥ずかしさからか真っ赤に染まっていたと言う。
やがて、教室の扉が開き、そこから現れたのは千冬だった。
千冬は教室を見渡し、一組全生徒がいることを確認すると山田先生に話しかけた。
「すみません、少々遅れました」
「いえ、気にしないでください。あ、転校生の事とかはもう話しちゃいましたけど、大丈夫ですよね?」
「ええもちろん。ありがとうございます」
そこまで言って、千冬は生徒達に向き直った。
「さて、話を聞いているならば分かっているだろうが、転校生が三人いる。あまり待たせる訳には行かないのでな、今から入ってもらう……入って来い」
千冬の言葉に、クラスの全生徒が教室の入り口を注視する。
そんな中、教室の扉を開けて入ってきたのは、ヒューゴだった。
ヒューゴが教室に入ると、それに続くように入ってきたのは長いブロンドヘアーを後ろで一つに結っている少年。
そして最後に入ってきたのが、腰の少し上辺りにまで伸ばした銀髪を結ったりせずにそのまま流している、何故か左目に眼帯を付けている小柄な少女。
三人がそれぞれ黒板前に横一列に並ぶと、千冬がヒューゴに向かって口を開いた。
「それでは、転校生達に自己紹介をしてもらおう。メディオ、まずはお前からだ」
千冬の言葉に、ヒューゴは一歩前に踏み出すと、まずは教室内を見回す。
分かりきったことだが、女子だらけの空間だった。
そしてその中の唯一の異物。いや、IS学園で唯一の異物だった一夏に視線を向けた。
(……あいつが、織斑一夏)
心がざわつき、思わず一夏を睨み付けそうになるが、それを何とか押さえ込み、そしてヒューゴは口を開いた。
「……ヒューゴ・メディオです。本日からIS学園に通うことになりました。これからよろしくお願いします」
と言うわけで、ここからこの話は本格的に始まっていきます。
主人公のISのお披露目は次か次の次を予定。
まぁ、タイトルからどんなのかは予想が付くと思います。