インフィニット・ストラトス -CERBERUS- 作:クラッチペダル
転校生三人の自己紹介を、多少のトラブルを経ながらも終了させたところでSHR終了のチャイムが鳴る。
それを聞いた千冬は教室の生徒全員に聞こえるように声を張り上げた。
「ではSHRはここまでだ。なおこの後は2組との合同授業だ、さっさと着替えて校庭に来い……遅れたらどうなるか、分かっているな?」
言い終わると同時に手に持った板……出席簿を生徒達に見えるように持ち上げる。
瞬間、生徒達はすぐさまかばんに手を伸ばし始める。
そんな中、一人の生徒がヒューゴとブロンドヘアーの少年の下へと駆け寄ってくる。
その生徒は一夏だった。
「えっと、君が織斑一夏君だよね? これからよろしくね?」
「ヒューゴ・メディオとシャルル・デュノアだっけか。悪いけど挨拶は後でにしてくれ。今は急がないとまずい」
「何を……あぁ、なるほど」
一夏の言葉にヒューゴとともに転入してきたブロンドヘアーの少年……シャルル・デュノアは小首をかしげる。
ヒューゴも一瞬何をそこまであせっているのか分からなかったが、周りを見て、すぐさま現状を理解した。
「わかった、さっさと行くか」
「え? え?」
故にヒューゴも一夏の言葉に頷き、荷物を持って教室の出入り口へ向かう。
そこまで来てもシャルルは相変わらず何がなんだかよく分かっていない様子。
その様子をみたヒューゴは、シャルルが突っ立っているほうへ顔を向ける。
「そのままそこに立ってると女子の着替えを堂々と覗いた英雄になっちまうぜ?」
ヒューゴの言葉に、シャルルは右見て、左見て、そして最後に自分を見下ろして、そして何かに気づいたかのような表情になると、すぐさま荷物を持って一夏とヒューゴの方へと駆け出していった。
「わっ、ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「じゃあ行くか。で、男組はどこで着替える事になってるんだ?」
「アリーナ脇の更衣室で着替える事になってる。遅刻したらどえらい目にあうからな、急ごうぜ」
シャルルがこちらに来たことを確認すると、ヒューゴは一夏にどこで着替えるのかを聞き、一夏は二人を先導するように前を駆け出した。
後ろから見えるその背中は大きな焦りが見て取れ、その事にヒューゴもシャルルも疑問を抱いた。
「それほど急ぐほどその更衣室は遠いのか?」
「いや、距離はそれほど遠くないんだけど……道中が、な」
ヒューゴの問いに、どこか含みを持たせた答えを返す一夏に、ヒューゴとシャルルは先ほど抱いた疑問を深いものにしていった。
もっとも、なぜここまで一夏が焦っているのかを、彼らはこれから数秒後に身をもって知る羽目になるのだが、この時点で彼らにそのような未来が見えているはずも無かった。
※ ※ ※
アリーナの傍にある更衣室の扉の前で、ヒューゴ達三人は壁に手をつき、肩で息をしていた。
各々がおびただしい量の汗をかき、特にシャルルがひどく汗をかいている。
「……織斑……あれはいったいなんだ」
「俺達、IS学園で3人しかいない男。これが答え……だな」
あれから小走りで更衣室に向かっていた三人だったが、その途中であることがおきた。
簡単に言えば女子の情熱が爆発した、といったところだろうか。
更衣室へ急ぐ三人を発見した女子が、群れを成して三人を追いかけ、囲んできたのだ。
当然、その包囲網の突破に時間をかければ授業へ遅刻することは目に見えており、なおかつ次の授業は千冬が担当する授業。
SHRが終わる直前のあの台詞を鑑みるに、遅刻者には恐ろしい制裁が待っていることだろう。
その制裁の内容を知っているが故に、一夏は死に物狂いでその包囲網を突破し、転入してきたばかりで制裁の具体的内容は知らないが、少なくとも一夏の必死さを見ていると碌な事にならないだろうと言うことは推測できたヒューゴとシャルルも包囲網の突破をなそうと試みる。
そして今、こうして更衣室にたどり着いたというわけだ。
「えっと、その……げ、元気なことはいいことだと思うよ? うん」
「そこは素直に『もう少し落ち着け』と言ってもいいんだぜ? デュノアさんや」
一夏の言葉にさっと頬を赤く染めそっぽを向くシャルル。
どうやら図星らしい。
それでもその事を言わないのは、シャルルが優しいからかはたまた別の理由か。
なお、ヒューゴは既に息を整え、着替えを始めている。
「お、メディオはもう着替えてるのか。なら俺も着替えるか……っと」
「わぁ!?」
「っ! ……なぜ叫ぶ」
ヒューゴが既に着替え始めていることに気が付いた一夏は、自身の制服に指をかけて着替えを始める。
しかしその場面を見たシャルルが何故か悲鳴を上げたのだ。
顔を真っ赤にした彼は、その顔を両手で覆い隠し、しかし指の間から何故か一夏をちらちらと見ている。
急に悲鳴を上げ、そのような怪しい行動をとったシャルルに一夏は首をかしげ、自身の背後で大声を上げられたヒューゴは思わず耳を押さえながら呟いた。
「あ、ごめん。……えっと、その、着替えてるところは、出来れば見ないでほしいかなぁって、ね?」
「別に他人が着替えてるところじろじろと見る趣味は無いから、いちいち言わなくてもいいぜ?」
「そっか。……絶対だよ? 絶対見ないでね!?」
「あ、それダ○ョウ倶楽部のノリ……」
「違うからね!?」
「いいからお前らさっさと着替えろよ」
何度も念を押しながら、シャルルは一夏の視界にもヒューゴの視界にも入らない更衣室の隅で着替えを始める。
そんなシャルルに、一夏はシャルルのほうを見ないで話しかける。
「ところでデュノアさんや」
「あ、シャルルでいいよ。その代わり僕も一夏って呼ばせてもらうけど」
「そこは別に構わないぜ。じゃ、改めて。シャルルってさ……恥ずかしがりや?」
「へ? あ、あ~、うん。よく聞かれるよ。自分じゃそんなに恥ずかしがりって意識は無いけど……」
「悠長に会話をしてる場合か。着替え終わったから俺は先に行くぞ」
授業に遅刻するか否かの瀬戸際だというのに何故か悠長に会話をする二人に、ヒューゴは呆れながらも声をかける。
彼は既にISスーツ……ISを操縦する際に着用するボディスーツのようなもの……を着用している。
ちなみに、本来ISスーツは学校指定の女子用水着のような形状をしたスーツなのだが、それを男が着ると視覚破壊兵器になりかねないため、ヒューゴ、一夏、シャルルが現在着ている、ないし着ようとしている物は上半身とスパッツタイプの下半身に分かれている特注品である。
「げ!? メディオさん早すぎだって!」
「ヒューゴでいい。言っただろう? 悠長に会話してる場合か、とな」
一夏にそっけなく返事をすると、ヒューゴはそのまま更衣室を出て行った。
※ ※ ※
校庭には既に担当の千冬、ならび今回は一組二組の合同授業と言うことで多くの生徒が近しい場所にいる友人に話しかけたりなどして授業開始までの暇をつぶしていた。
その中の一人が、校庭に向かってくる一人の生徒の姿を認める。
遠くからでも目立つ、赤みを帯びた橙色の髪……間違いなく、本日転校してきたヒューゴ・メディオだった。
やがて他の生徒達もヒューゴの姿を認め、彼に視線を集中させている。
しかし、彼が近づいてくるうちにその視線も彼から外れていくこととなる。
ほとんどは自然を装って視線をそらしたのだが、中には不自然に視線をそらした者もいた。
当然、その様子はヒューゴにも見えていた。
しかし、彼は彼女らに対して怒りを覚えはしなかった。
普通はそのようなことをされたら不機嫌さが顔に出てもおかしくは無いが、彼はあいにく『普通』ではなかった。
そして、彼は集団の前の方にあけられたスペースで立ち止まる。
そこはちょうど千冬の目の前。
「メディオ、それは……」
「入学書類と一緒に提出してあった書類に書かれていたはずですが」
「あ、あぁ、そうだったな。しかし、それほどとは……」
ヒューゴを見て、かの織斑千冬までもが言葉を濁してしまう。
その様子にヒューゴはため息をつき、そして自分の体を見下ろした。
視界に見えるのは、大小さまざまな、おびただしい数の傷跡。
切り傷があり、刺し傷もあり、焼け爛れたような跡もあり、と、さまざまな傷跡が彼の体を埋め尽くさんばかりにあるのだ。
これらの傷跡は、彼がまだ普通の少年だった頃の最後の日。
自身の人生を決めたある事故の際に負った傷の跡だ。
これほどの傷を負ったのであれば、普通は死んでもおかしくは無く、実際彼は死に向かって一直線に進んでいたのだ。
しかし、それをかのウサギが引きとめた。
(しかし、あの女も嫌味なことをする。この様な物を見せられたほうも見せるほうもいい気分にはならないと分かりきっているだろうに……)
だというのに、わざわざ肌の露出が多い、上下に分かれたISスーツを用意しているのだから、彼が束の事を嫌味だと思っても仕方の無いことだ。
ちなみに、束の名誉のためと言うわけではないが、彼女は素で傷跡がもたらす物について考えが及んでいなかったのだ。
理由はなんてことは無い、興味が無いことだからである。
彼女にとって今興味があるのは親友の織斑千冬の事、その弟の織斑一夏の事、そして自身の妹の篠ノ之箒の事だけだ。
その他の事については興味を持とうとすらせず、両親にいたっても「あ、この人が両親だったかな?」程度にしか思っていなかったりする。
ヒューゴも束が異様に人に興味を持っていないということはうすうす感じてはいたが、ここまで考えていないとはさすがに思っていなかった。
閑話休題
彼の体の傷跡を見て、誰もが目を背けたり、顔をうつむかせたりしている。
その様子を見て、今日の篠ノ之束への連絡で傷が隠れる形状をしたISスーツを何とか用意してもらえないかと言ってみようかとヒューゴは考えていた。
確かに、束はヒューゴ自身に興味は無くても、彼女の計画のための駒と言う存在としては、少なくとも認識してもらえる程度の興味は持っているのだし、計画遂行に支障が出るとか何とか言えば用意してもらえるだろう。
結局、この重苦しい空気はシャルルと一夏が校庭へやってきて始業のチャイムが鳴るまで振り払われることは無かった。
※ ※ ※
「1026、1026……っと、ここか」
あの後、チャイムが鳴ったことをこれ幸いと不自然なまでに声を張り上げた千冬の始業の合図により、完全ではないが重苦しい空気は振り払われ、無事授業を開始することが出来た。
授業では副担任の山田真耶がイギリスと中国の代表候補生二人を一人で圧倒する、専用機持ちが主体となって他の生徒にISの操縦を教えたりなどと言うことがあった。
その際、ヒューゴのグループに当たった生徒はほとんどが彼の体中の傷跡を見て萎縮してしまっていたため、さすがのヒューゴもへこんだが、珍しい事にその傷をまったく気にしていない布仏本音と言う生徒により授業終了まで何とか教えきることが出来た。
その際、本音の活躍により同じグループになった生徒は、まだ多少ぎこちなさは残るものの親しくなれたと言うことはここに追記しておこう。
そしてそれからの授業も何とか乗り越え、真耶から渡された寮の鍵の数字を見ながら、彼は割り当てられた部屋へとたどり着いた。
部屋の前にたどり着き、まずはノック。
ルームメイトがいた場合、ノックなしに入った際に何かしらの問題が発生する場合があるからだ。
ノックに対する返事は……ない。
手が離せないのか、はたまた今はいないのか。
一瞬悩むものの、廊下で突っ立ているわけにも行かず、鍵を使って部屋に入る。
入って見ると、誰かの荷物があるわけでもなく、どうやらこの部屋は誰もいなかったようだ。
その事にため息をつくと、窓際のベッドに荷物を放り投げ、自身もベッドに座る。
そして放り投げた荷物の中からタブレット端末と手のひらサイズの四角く黒い箱を取り出した。
四角い箱には、真ん中に赤いボタンが一つ付いているだけで、他には何も無い。
ヒューゴはその箱のボタンをためらいも無く押すと、箱をかばんの中へと投げ捨て、タブレット端末を起動させた。
端末がその画面に光を灯すと、やがてその画面で砂嵐が発生する。
そしてしばらくするとどこかの映像が映し出された。
その映像の右のほうから、ひょっこりと飛び出してきたのは……機械式のウサギの耳だ。
「……何をしている、篠ノ之束」
『うっわ、つまんない反応だねー。もう少し面白い反応してくれたらミドリムシの半分くらいは好きになってあげてもいいのに』
「お前からの好意などいらん。さっさと報告をさせろ」
『もー、頭堅いなぁ。もっとこう、束さんみたいに柔軟な頭持たないと。ま、それは置いといて、どう? 首尾は』
ヒューゴの声にウサギ耳の主は画面にその姿を現した。
その姿は、現在世界中からその行方を捜索されている稀代の大天才にして大天災、篠ノ之束その人の物だった。