インフィニット・ストラトス -CERBERUS- 作:クラッチペダル
「俺の右腕が~」じゃないですよ!!
そこ! 「俺の右目が~」でもない!!
ラウラとの戦闘の後、ヒューゴは誰に声をかけるでもなく一人でまっすぐに寮の自室へと向かっていた。
その顔には脂汗がにじみ、足取りもおぼつかない。
呼吸も荒く、視点も定まっていないと傍から見ても尋常ではない様子だ。
時折脚がふらつくため、壁にもたれかかりながら体を支え、やっとの思いで自室にたどり着く。
しかし、そこまでだった。
「……っ! がぁ!!」
ヒューゴが死に体の様子で部屋に入った瞬間、胸を押さえその場で倒れこむ。
なんとか立ち上がろうとするが、まるで氷の上に腕を置いているかのようにすべり、そして再び倒れこんでしまう。
それでもヒューゴは、這いずりながらも部屋の奥へと進んでいく。
そして、自身がつかっているベッドの脇においてある鞄から薬瓶を取り出した。
その薬瓶の蓋を開けようとし、手にも出始めた汗のせいですべり、薬瓶はヒューゴの手を離れる。
(くそ……がぁ……っ!)
内心悪態をつくが、悪態をついたところで事態が好転するわけでもない。
だが、既にヒューゴにその場を動く気力は無い。
もはや這って進むことも不可能なのだ。
ヒューゴが何かを求めるように腕を伸ばす。
「ヒューゴ、もう帰ってきてる?」
その時、扉が開き、シャルルが部屋へと入ってきた。
「一夏がお礼言おうとしてたけど、いなかったから代わりに言っておいてくれって頼まれたんだけ……っ!? ヒューゴ!? どうしたの!?」
シャルルが尋常ではないヒューゴの様子に気が付き、慌てて駆け寄る。
床にうずくまり、返事が無いヒューゴの体を軽く揺すり、脂汗まみれの顔を見て、シャルルはヒューゴに首の側面に指を当てる。
そしてしばらくの後、その目が先ほどまで以上に見開かれる。
「……何これ!? 脈が早すぎる! 待ってて、今先生を……っ!」
明らかにただ事ではない。
そう悟ったシャルルは立ち上がり、養護教諭を呼んでこようとする。
しかし、何かに立ち上がることを邪魔されたかのように、立ち上がろうとした瞬間上半身が後ろに仰け反った。
見ると、上着の裾をヒューゴが握っていた。
その力はあまりに弱いものだ。
「いい……それより、薬を……」
「いいって、明らかに良くないよ! ちゃんと処置してもらわなきゃ!」
「いい!! それより、その薬を……早くっ!」
何とかヒューゴを説き伏せようとするシャルルだが、しかしほとんど死にかけという様子でありながら、強い口調でシャルルに返すヒューゴ。
そのヒューゴは力ない指で指し示した方向には、床に転がった薬瓶が。
中には白い錠剤が入っている。
「薬って、これ……?」
ヒューゴに薬を渡そうとして、しかし今渡したところで蓋は開けれないだろうと気が付いたシャルルは、薬瓶を蓋を開けた状態でヒューゴに手渡した。
震える手でそれを受け取ったヒューゴは、なんとか瓶から3錠の錠剤を取り出すと、それを口に放り込み、水もなしに飲み込んだ。
しばらくは荒い呼吸が続いたが、そのうちヒューゴの呼吸も落ち着きを取り戻し、最後に大きなため息をついて、ヒューゴは何とか上体を起こした。
「……助かった。礼を言う」
「あ、うん、それはいいんだけど、大丈夫なの?」
「……まぁ、持病みたいなもんだ。この通り、薬を飲めば何とかなるからな、それほど気にしなくてもいい」
そう言うと、ふらつきながらも何とか立ち上がり、右手首辺りをしきりこすりながらベッドに腰掛けた。
(ちっ、まだ症状残ってるか。腕がしびれてやがる。しかし戦闘一回でこれか……薬の量を増やすか?)
しばらく手首をこすり、痺れがなくなったことを確認すると、未だに自分に向けられている視線に気づく。
視線をたどると、行き着いた先にはシャルルが。
「なんだ?」
「持病って言ってたけど、それじゃあISなんか動かしてたら大変なんじゃないの?」
「……事情があるんだよ、いろいろな」
「……そっか」
それっきり、シャルルは追及の手を緩めた。
その事に、ヒューゴは疑問を覚える。
まさか今の言葉を信じたわけでもあるまいに、何故? と。
しかし、下手に藪を突いて蛇を出す必要性を感じていないため、ヒューゴはその事について言及しない。
しかし、これについては聞く必要はあるか? と内心思っていた。
「で? 何でさっきからお前は見てるんだよ……しかも笑いながら」
そう、先ほどで話は終わりとヒューゴ自身は思っていた。
しかし、シャルルは未だにヒューゴを見ており、あまつさえクスクスと微笑んですらいる。
「あ、気を悪くしたならごめんね。でも、こうやってヒューゴと話すのって初めてだからさ、なんか初めてルームメイトっぽいことしてるなぁって思うとね?」
「あぁ、そういえばそうだったか」
シャルルの言葉に、そういえば今までまともに話してなかったなと言うことを思い出すヒューゴ。
朝は朝でシャルルが起きるか起きないかという時間帯に部屋を出て、寮の屋上で朝食とも呼べない朝食。
昼も昼休みになると同時に周りから向けられる興味や恐怖などが混じった視線から逃げる為に校舎の屋上のさらに隅でこれまた昼食といえない昼食。
放課後は、部活などには参加していないため、まっすぐ寮に帰るかアリーナで一人黙々と自主訓練。
そして部屋に帰ったところでルームメイトのシャルルともそれほど話すわけでもなし。
その間、誰かと挨拶程度はするものの、このように面と向かって誰かと話すと言うことはそうそう無かった。
それは彼自身が誰かと関わろうとしていないせいもあるが、何よりあの傷跡の一件で、それを見た生徒のほとんどが彼を怖がってしまい、無意識に避けているためでもある。
「そうだよ! いつもヒューゴ気が付いたらいなくなってるし。部屋でもこうして話すことってあまり無かったんだよ? こんなんじゃトーナメントで大丈夫かなぁ……?」
頬を膨らませてすねるシャルルを、子供みたいだと思いながら見ていたヒューゴは、しかし彼の言葉の中で聞いたことが無い単語があったように思った。
「まて、トーナメント? なんだそりゃ」
「あれ? 昨日授業中に聞いてなかったの? ……ほんとに大丈夫なのか不安になってきたよ、僕」
「俺の事はどうでもいい。なんだ、トーナメントってのは」
「えっとね、一週間後に全生徒参加のトーナメントをやるんだよ。ちゃんと先生が昨日の授業のとき言ってたよ?」
そういわれ、ヒューゴは昨日の授業中の事を思い出してみる。
例の二組との合同授業のときは一応まじめに参加はしていたが、その時にトーナメントと言う単語は聞いていない。
ではそれから後の授業は?
それから後は座学だったが、言ってしまえば、彼はまともに参加していなかった。
なぜなら、ISに関する知識は他でもない、製作者である束自らに叩き込まれているのだ。
学生としてはよろしいことではないが、既に知っていることをまた学ぶと言うのはよほどでない限り苦痛だ。
それに、合同授業のときの傷跡の一件で恐怖交じりの視線を向けられていて、言ってしまえば彼の精神状態はかなり追い詰められていたのだった。
故に、彼は傍から見ればまじめに授業に取り組んでいるように見せかけて、その実話を何も聞いていなかったのだ。
「……聞いてなかった」
「それにさっき急にそのトーナメントがタッグでやることになったってお知らせが来たんだよ?」
「……マジかよ」
全生徒参加と言うからにはヒューゴも参加しなければならないだろう。
しかし、先ほども言ったように半ば怖がられている彼と組みたがる生徒はいるのだろうか?
いるわけが無い。
かといってそのまま決まらなければ参加しなくて言いかと言われればそれも違うらしく、どうやらタッグが決まらなかった生徒は決まらなかった生徒同士で無作為に組まされるらしい。
想像してみよう。
タッグが決まらなかったと言うだけでヒューゴと組まされる生徒。
その生徒の怯える視線。
……また先ほどの発作が起きてもおかしくない。
「それと、ランダムで組を決めるときにあぶれた生徒は参加しないみたいだけど、専用機持ちはどの道強制参加だよ?」
要するに、万一専用機持ちじゃない生徒があまるとしても専用機持ちは参加させるようだ。
これには、IS委員会や各国の重鎮が観覧に来ると言う事情も関係しているのだろう。
「はぁ。まぁ、決まったことに異を唱えたところでどうにもならない、か。となるとタッグパートナーを探さないとな」
「あ、えっと、それなんだけどね? そのぉ……」
「? どうした? やけに歯切れの悪い」
結局、いくら悩もうが文句を言おうが決まってしまったことをたかが一生徒が変えることなどできやしない。
もしかしたら束に頼めば出来るかも知れないが、彼女はむしろ一夏関係で留める気は無いだろうし、仮に出来たとしてもわざわざ頼むほどの事じゃない。
ならば現在やるべきことは自分とタッグになってくれそうな人間を探すことだろう。
まずヒューゴが真っ先に思いついたのが一夏だった。
タッグを組めば大手を振って一夏にISの訓練を施せるからだ。
それに、同じ男と言うことで組もうと提案して断られることは無いだろうとも考えられる。
そう考えれば一夏と言う選択肢も悪いものではなく、むしろ最善の選択肢とさえ思えてきたヒューゴだった。
ならばと早速一夏にタッグの件を相談しに行こうとしたとき、シャルルが爆弾発言を投下した。
「その、ね? タッグなんだけど……僕とヒューゴで組むって言っちゃったんだよね……一杯生徒がいる中で」
「なん……だと……?」
ヒューゴが聞くところのよると、何でもシャルル達もあのラウラとの一件の後になってトーナメントがタッグになるということを聞いたらしい。
しかも教師から聞いたのではなくラウラに叩きのめされていた、一夏グループのセシリア・オルコットと凰鈴音の見舞い中に、多数の女子生徒にから。
当然、多数の女子生徒がただトーナメントがタッグになったことを伝えにきただけな訳が無い。
その直後に始まる多数の女子生徒からの『私とタッグを組んで』のラブコール。
一人二人からなら受けるなり断るなりのあしらいも出来ようものだが、何でもシャルルが言うには十何人以上の生徒からの熱烈コール。
さすがのシャルルも、一夏もこれには大慌て。
集団に迫られれば、それがどんな理由であれ人間は恐怖を感じるものだ。
その恐怖に後押しされたかのように、シャルルは錯乱状態ながらもこう叫んだのだった。
『僕はもうヒューゴと組むって決めましたっ!!』
「……と言うわけで、事後承諾でごめん! 僕とタッグを組んでくれないかな?」
「あ~、うん、まぁ、別に構わんが」
この錯乱したシャルルの必死の叫びは押しかけてきた生徒に受け入れられたようだ。
理由はと聞かれれば、やはりルームメイトだからだということらしい。
実際、シャルルの叫びを聞いた生徒は『まぁルームメイトだし仕方ないか』で納得したようだ。
なお、その後シャルルはすぐに保健室を出たため、残された一夏がどうなったかは知らないらしい。
ともかく、当初の思惑通りに一夏と組むということは出来なかったが、少なくともタッグが決まった事は喜ぶべきだろう。
確かに彼と組んだ際に特筆するようなメリットは無いが、その代わりデメリットも無い。
これはこれで、というものだ。
そんなヒューゴのやや失礼とも取れる内心を知らないシャルルは、ヒューゴの返答に瞳を輝かせる。
その様子を見て、ヒューゴはいちいち子供みたいだなと思い、次の瞬間自分も同じ年代だということに思い至り、若干へこんだ。
「えへへ……なんだかんだで優しいね、ヒューゴは」
「……は?」
そんな中、ふとシャルルが呟いた言葉に唖然とした表情になるヒューゴ。
今のやり取りのどこをどう捉えれば自分が優しいになるのかが分からなかったからだ。
「だって、僕のお願いを断っても良かったんだよ? 実は頼んでも断られちゃうと思ったし。いつもヒューゴそっけないから。でも、頼みを聞き入れてもらえたから、実はヒューゴって優しいなって思って」
「…………」
そう言ってまっすぐに笑顔を向けてくるシャルルを見ていられなくて、ヒューゴは無意識に顔を逸らす。
向けられてくる笑顔に裏が無く、今まで常日頃から束の裏のある笑顔しか向けられてこなかった彼は、その笑顔にどういう反応を返せばいいのかが分からなかったからだ。
だから彼は、しばらく顔を逸らした後。
「……別に礼を言われるようなことじゃない」
結局いつものようにそっけなくに返答したのだった。
しかし、顔を逸らしたままではそっけなくというより、必死にそっけない風を装う、みたいになってしまったが。
(ちっ、なんかやり難い)
自分でもそれを自覚したからか、シャルルから向けられてくる視線に生暖かいものが混じってきたように錯覚したヒューゴは、そのままベッドに横になり、向けられている視線を無視するように目を閉じた。
先ほどの発作によって体力がごっそりと削られていたからか、ヒューゴの意識は早々に睡魔に飲み込まれていった。
前回、最後らへんで不思議に思った人もいると思います。
千冬さんの口からいきなり出てきたトーナメントと言う言葉。
今まで影も形も無かったこれが急に出てきて、いきなりなんぞ? と思った人が多いと思います。
その理由がこの話にあったとおりの理由です。
彼は一夏のライバルにさせられるべく束に知識を叩き込まれているわけですよ。
しかも本人はIS関係にもとから興味があったわけでもなく、強制されて。
ただでさえ興味が無いものを強制されて、終わったと思ったらそれを再びやれといわれたら……誰だっていやですよね?
自分もいやです。
と言うわけで彼は実は授業を聞いていなかったということです。
故に、あの場面でいきなりトーナメントと言う単語が出たのです。
さて、これからトーナメントでの話になりますが、その前にヒューゴを一夏に勝たせたいなぁと思っております。
果たして、皆さんが期待するような負けさせ方に出来るのかどうか……