インフィニット・ストラトス -CERBERUS- 作:クラッチペダル
しんと静まり返った深夜の寮。
生徒の誰もが寝静まっているであろうその時間に、寮の中で活動している影があった。
その影は、上下にジャージを着込み、その顔はジャージのフードによって隠れており、何者かを判断することは出来ない。
唯一、その影が纏うジャージの胸部が大きく押し上げられているということから、その影の正体が女性であるということは分かる。
その影はある部屋にいた。
周囲に視線を配り、自身の存在が誰にも認識されていないかを念入りに確認すると、その部屋に備え付けられている、二つあるベッドのうち一つの傍にある鞄から端末を取り出す、
そして、その端末を起動した。
モニターの放つ光がその人物を照らすが、それでも彼女の顔を隠す闇は払拭されなかった。
彼女は音を立てないように慎重に端末のキーボードを操作していく。
それに伴い、次々と現れては消えていくウインドウ。
やがて、あるウインドウが表示されると同時に、キーボードを操作する手が止まった。
「……見つけた」
そして、端末に懐から取り出した小型の情報端末をケーブルで接続。
その小型端末にデータをコピーしようと再びキーボードを操作し始めた。
「そこまでだ」
情報をコピーし、転送するかの最終確認の文章に、キーボードのYを押すことで答えようとした彼女は、しかし背後から頭に突きつけられている何かの感触に、その指の動きを止めた。
フード越しからも彼女は突きつけられている物体から冷たさを感じている。
「人の端末に何をしているかは、おおよそ想像は付く。黙ってやらせておくわけにはいかんな」
影の後頭部に銃口を密着させている端末の持ち主……ヒューゴがそういうと、空いている左手で不審者のフードを掴む。
それを察して抵抗しようとする不審者だが、密着させられている銃口をヒューゴがより強く押し付けることにより抵抗を止める。
「こんなもんの使い方を叩き込まれたところで、いつ使うのかと思ったが、まさか使う羽目になるとはな。さて、お前の面を拝ませてもらう」
不審者に密着させていた銃口を少し離し、ヒューゴは左手でフードを思い切り引き下げた。
まず目に入ったのは金色。
ブロンドヘアーが月明かりにのみ照らされているヒューゴの視界を舞う。
それはヒューゴにとってひどく見慣れた色。
ヒューゴの脳内にまさかと言う思いが浮かび上がってくる。
その思いが口に出る事をなんとか押さえ込んだヒューゴは、銃を突きつけたまま、ゆっくりと不審者の前のほうへと移動していく。
そして、不審者の顔をみた時、ヒューゴの目は驚愕で見開かれた。
「……まさかお前がこんな事をするなんてな」
不審者はヒューゴの言葉に、俯かせていた顔をゆっくりと上げる。
その顔は……
「シャルル・デュノア」
ヒューゴのルームメイト、シャルル・デュノアの物だった。
※ ※ ※
「…………」
「…………」
既に生徒が寝ていなければならない深夜ということで部屋の電気をつけるわけにも行かず、相変わらず月明かりのみが照らす部屋の中、ヒューゴとシャルルはテーブルを挟んで向かい合っていた。
いや、正確に言えば、向かい合っている相手をしっかりと見据えているのはヒューゴのほうであり、シャルルは俯き、ヒューゴに目をあわせようとしない。
テーブルを挟んで、無言でいるという状況。
軽々と口を開けるような雰囲気ではないが、それでも自身の端末を勝手にいじられ、あまつさえデータをコピーされそうになったヒューゴはその点について問いたださなければならない。
「で、どう言う事だ?」
「…………」
「詳しく聞かなければ何を聞かれているのか分からないか? 何故俺の端末からサーベラスのデータをコピーしようとした?」
「それは……」
先ほどシャルルがコピーしようとしていたデータは、端末に保存されているサーベラスのデータだった。
幸い、コピーされる直前でヒューゴが気づき、阻止したためデータは盗まれていない。
言いよどむシャルルの姿にため息をつき、ヒューゴは再び口を開く。
「……お前が性別を偽ってここに来ているということにも関係しているのか?」
「……うん」
ようやく観念したのか、シャルルが怯えながらも俯かせていた顔を上げ、ヒューゴを見る。
そして、ぽつりぽつりと口を開き始めた。
自分がIS学園でも訓練機として使用されているラファール・リヴァイヴを製造した、フランスのIS製造会社、デュノア社の社長令嬢であるということ。
社長令嬢であると入っても、その実は社長と愛人の間に出来た子供だということ。
何故性別を偽ってIS学園に来たのかといえば、デュノア社が第三世代ISを未だに作り上げることが出来ず、ヨーロッパ各国のIS関連企業が構想している統合防衛計画、イグニッションプランにおいて他のヨーロッパの国々から一歩以上遅れをとっているということ。
そしてイグニッションプランに採用されないと言うことは会社にとっても重大な問題だ。
技術力が足りないとなれば、当然国からの支援も打ち切りとなり、結果デュノア社は倒産するやも知れぬと言う状況なのだ、
そこで、シャルルがあらゆる国のISが集まるIS学園に入学し、そこでISの……出来れば第三世代ISのデータを入手して来いといわれたこと。
そして可能ならば、一夏の白式か、ヒューゴのサーベラスのデータも入手して来いといわれたこと。
そして入学の際、一夏とヒューゴに接触しやすくするため、またデュノア社の広告塔と言う意味合いも持たせるため、性別を男と偽って入学させられたのだ。
「ほんとはこんなことしたく無かったよ。でも、それでも僕はやるしかなかった。母さんも死んじゃって、僕の居場所は父の下にしかなかったんだ。嫌でも従わなきゃ、僕は……」
そうやって再び俯くシャルルを見て、ヒューゴは思う。
(……同じだ)
彼女は、間違いなく自分と同じだ。
運命などと言う物に巻き込まれ、望まぬ事を強要される。
断ることさえ、相手に握られている物ゆえに許されない。
その事にもがき、苦しんでいる。
その点で、ヒューゴとシャルルは似ている。
いや、同じだったのだ。
「……お前も、俺と同じなんだな、シャルル」
「へ?」
ヒューゴの声に顔を上げたシャルルは驚愕した。
なぜなら、ヒューゴが今まで学園の誰にも見せたことが無いような優しい表情をシャルルに向けているから。
それはシャルルにとって、まるで微笑みかけているようにも見え、また、シャルルが今の境遇に叩き落されたということを悲しんでくれているようにも見え、シャルルを現状に叩き落した存在に対して怒っているようにも見えた。
「俺もさ、詳しくは言えないけど、同じようなものだ……つらいよな、望まないことをやらされるってのは」
今までのヒューゴからは想像できない、優しい声音。
それを聞いて、シャルルは唖然とし、やがてポツリと呟いた。
「ヒューゴも、なの?」
「ああ」
その言葉を聞き、シャルルの涙腺は限界を迎えた。
涙が瞬く間にあふれ、シャルルの視界をぼやけさせる。
嬉しかったのだ。
父や父の正妻は、自分に優しい言葉など何一つかけてくれなかった。
それどころか、正妻にいたっては自分を打ち、酷い言葉を投げかけるほどだ。
けれども、ここに来てヒューゴに優しい言葉をかけられ、自分の辛さを理解してくれる人からの言葉を受け、今までシャルルの中で張り詰めていた糸がついに切れたのだ。
涙を流すシャルルを、ヒューゴは恋愛小説の登場人物のように抱きしめたりなどはしなかった。
ただ、涙を流すシャルルを優しく見守り、やがて泣き止みつつある彼女にそっと涙を拭うタオルを手渡すだけ。
けれども、シャルルはそれがたまらなく嬉しかった。
※ ※ ※
真夜中の一件から数日。
現在、ヒューゴはアリーナの控え室にいた。
その隣にはシャルルの姿があり、それどころか控え室の中には多くの生徒の姿がある。
そして部屋にいる生徒たちは、一様にして壁に設置されている大型モニターを見ていた。
今日は以前から告知されていたタッグトーナメント当日。
ほとんどの組が、どの組と当たるのかをパートナーと推理し合っている中、ヒューゴはただ無言でモニターを見つめていた。
「……ヒューゴ」
「ん?」
モニターを見つめていたヒューゴに、シャルルがためらいがちに声をかける。
それに対し、ヒューゴはいつものようなそっけなさを若干無くした態度で返事をする。
ヒューゴがシャルルを自身の同類だと認識してから、ヒューゴはシャルルへの態度を若干改めていた。
それは望まぬ運命に翻弄されているシャルルへの同情と言う意味もあり、また自身と同じ存在がいるという事実が彼の精神を安定させているためでもある。
「あの時、最後に言われたことだけど、やっぱりまだ決められないよ」
「だろうな」
あの日、ヒューゴの前で泣き出したシャルルが泣き止んだ後、ヒューゴはシャルルに向かってある問いを投げかけていた。
これからどうするつもりなのか、と。
それに対し、シャルルは答えられなかった。
このまま学園で過ごして行きたいという思いは、当然あった。
詳しい事情は分からないが、自分と同じ境遇に苦しんでおり、自身の苦しみを理解できているヒューゴと言う理解者がいる場所を離れることも、彼女は内心嫌がっていた。
しかし、そんな自分の思いも叶うことは無いだろうということも重々承知している。
何せ自身の性別を偽ってIS学園に入学したのだ。
しかも自身はフランス代表候補生。
国の顔ともとれる代表候補が、性別を偽ってましたなどとなれば、それは国のスキャンダルとなる。
そんな小さなことで、と思う人もいるだろうが、国にとっては僅かなほころびでさえ見過ごすことの出来ない物なのだ。
そして、そうなったならば、彼女はどうなるのだろうか。
代表候補の肩書きを剥奪される? ISを没収される?
それだけで済むわけが無い。
彼女は母国に強制送還され、そして母国にて罪人として裁かれる。
そして国は体面を保つのだ。
シャルル・デュノアを犠牲にして。
もちろん、この通りになるとも限らない。
だが、少なくともシャルルが今までどおりの生活を送れるかと言うと……それは無理だ。
そこまで悩んで、結局シャルルはヒューゴの問いには答えられなかった。
そしてそんなシャルルに対し、ヒューゴも何か道を示せたわけでもない。
彼女を救うだけの力を、ヒューゴは持ち合わせていないのだ。
「ヒューゴは……ううん、やっぱり何でもない」
「……? そうか」
途中で言葉を切ったシャルルに、ヒューゴは首を傾げるが、本人がそれ以上何も言う気がないと言うことを察するとシャルルへと向けていた視線を再びモニターへと戻した。
そんなヒューゴの横顔を見ながら、シャルルは思う。
(ヒューゴは僕にどうして欲しい? ……なんて聞いても、ヒューゴの迷惑だよね、やっぱり)
シャルルはシャルルでそんな事を考えていた。
これは自分の問題。
答えは自分で出すしかないのだ。
そして、各々がさまざまな事を考えている間に、ついにトーナメントの組み分けが決まった。
トーナメントの栄えある最初の試合。
Aブロック第一試合は、織斑一夏&布仏本音ペアvsラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒ペア。
「……布仏? 一夏は布仏と組んだのか」
「そうみたいだね。僕があの日保健室から出て行った後に何かあったのかな?」
モニターに表示された一夏のペアの名前を見て、ヒューゴは若干驚きで目を見開く。
布仏本音。
一夏やヒューゴ達と同じクラスメイトであり、なおかつヒューゴの傷跡を見てもまったく動じなかったつわものの一人として、ヒューゴは記憶している。
そしてヒューゴとシャルルは思う。
あの一夏が自らペアを選べるとは思えない。
絶対本音側からアプローチされたのだろう、と。
実際その通りだったりする。
そして肝心のヒューゴとシャルルのペアは誰との試合かと言うと……
「あ、僕達はシードだね」
「あぁ、オルコットや凰がいればそのペアとだっただろうがな」
ヒューゴの言葉通り、今回のトーナメントにセシリアと鈴音は参加していない。
数日前、ヒューゴがラウラと戦うことになったそもそもの発端の出来事、ラウラとセシリア&鈴音の模擬戦(と言う名のラウラの一方的な蹂躙)によりセシリアのIS『ブルー・ティアーズ』と鈴音のIS『甲龍』が甚大な損傷を受けてしまい、その修理がトーナメントに間に合わなかったためである。
なお、シャルルはその前に保健室から出て行っていたため知らないが、自分がトーナメントに参加できず、なおかつシャルルがヒューゴとペアを組むことを公言してしまったため、誰かは分からないが女子生徒と組むことが確定した一夏に対し、鈴音とセシリアがひと悶着を起こしてたりするが、それはまぁこの際どうでもいいことだろう。
「一夏達か篠ノ之達、勝ったほうと俺たちは戦うのか……」
そう呟きながら、ヒューゴは思う。
出来れば、一夏と戦いたい、と。
束の計画の事もあるが、自分の言葉で果たしてどれほど一夏が変わったのか、それを自ら感じ取りたい。
そう思っていたからだ。
トーナメント表を表示していたモニターが、アリーナ内の様子を映し出す。
画面の中で、目も覚めるような白と沈みそうなほど深い黒が飛び出していた。
と言うわけでトーナメント開始直後辺りまですすめてみました。
ちょっと間の描写飛ばしすぎましたかね?
さて、トーナメントで最初に戦うのは一夏達とラウラ達。
なぜ一夏のペアが本音かと言うと……ぶっちゃけ他に考え付かなかったというだけです。
だって簪さんと接点まだ無いもん! この話の一夏!!
それに……可愛いじゃん? 本音ちゃん。