ぐだぐだ本能寺もそろそろラストスパートですね
今回はいろいろと謎が増える回です
「――っ、かはっ!」
意識が覚醒する。
今にも破裂しそうな心臓の鼓動を抑えようと深呼吸をすること数回、ようやく状況整理ができるほど落ち着くことができた。
遠坂のアドバイスのおかげで大事には至らなかったが、ありすの固有結界は予想以上に精神的なダメージを受けることになった。
まるで自分が消えていく感覚。その辺に転がる石ころと変わらないレベルまでアイデンティティを消去されるのはもう体験したくないと思うほどだ。
「ありすは……いないか」
目に映る景色は校舎の屋上のそれで、アリーナから脱出できたことを遅れて理解した。
ひとまず危機が去ったことに安堵のため息を漏らす。
状況整理がひと段落ついたことで、次にするべきことは一つ。
周りに誰もいないことを確認し、ありったけの息を吸う。そして口にするのは諸悪の根源である……
「ライダァァァァァッ!」
「は、はいぃぃ!!」
慌てて実体化したせいか正座で対応してしまう自分の従者に視線を向ける。
「呼ばれた理由はわかるよね?」
「……メモに悪戯をしました」
「どうしてそんなことしたんだ?」
「で、出来心です……」
「わりと危ない状況だったよね?」
「こ、こんなことになるとは思わず……」
どんどん萎縮していく彼女は、まるで主人に怒られてシュンとする少犬のようだ。
……まあ、メモのことを思い出したのもライダーのおかげだから、こちらもあんまり強く言えないのだが。
「反省してるならいいよ。
それにしても、ライダーがこんなことするなんて」
「い、いつもは全力で自重してるんですが、あの幼女を見てると血が騒いだと言いますか……」
「常々やりたいとは思ってるんだ」
予想外の回答に肩を落とした。
これ以上責めるのも悪いし、話題を変えようとしたそのとき、校内と屋上を仕切る扉が開く。
「変な魔力を感じたから来てみたら、何してるの天軒君」
「遠坂……」
遠坂は目を丸くしてこちらを見ている。
扉が開いた直後ライダーはとっさに霊体化していたため、そこには俺一人しか見えていないはずだが、状況を理解した遠坂はホッとしたように胸を撫で下ろした。
「九死に一生を得たって感じかしら」
「ああ、遠坂のおかげで助かった」
「礼には及ばないわ。
……なるほど、誰かが校舎内に不正なハッキングを施してるみたいね」
遠坂の視線はさきほど吸い込まれた壁に向けられる。
しばらくの間壁一面をくまなく観察していたかと思うと、おもむろに壁に手を添えた。
「アリーナと同じ構造の空間をこの壁に接続してるのね。
接続先は……予選で使われた通路かしら。
一回戦のアリーナを作る際に削除されたものを復元して、ごく小規模なアリーナとして利用してる感じね。
何にしても、とんだルールブレイカーだわ。大方、マスター殺しの仕業でしょうね。どおりでSE.RA.PHが見つけられないわけよ。
校舎内の殺害ならいざ知らず、紛いなりにもアリーナに引きずり込んで殺してるんだもの。ここ以外にも至る所にありそうね」
舌打ちをした遠坂は端末を操作して誰かに連絡をとる。
「とりあえずあのエセ神父に言っておけばどうにかなるでしょう。
どこにあるのかは向こうに確認してもらうしかなさそうだし。
にしても、よく戻ってこれたわね。SE.RA.PHすら把握できてないかもしれないイレギュラーなアリーナだから、帰り道があるかすら微妙なところなのに」
「メモを読んで、ありすの固有結界を解除したらそのままここに強制転移させられたんだ」
「……変ね。
固有結界が解除されても発動前の空間に戻されるだけのはず。
この校舎内で固有結界を使ったわけじゃなさそうだし、本来ならアリーナに戻されるだけのはずよ」
「と言われても、現にこうして戻ってきているし」
「そうなのよねぇ……
ありすが戻すわけないし、もしかして誰かが引っ張り上げたのかしら?
天軒君、誰か見てない?」
突然そんなことを尋ねる遠坂に首をかしげる。
ありすを追いかけてここに来た時は自分とありすしかいなかった。固有結界から抜け出した後もここに誰もいないことは確認している。
もしここに誰かいたとすると、それは俺とありすが固有結界の中にいる間ということになる。
それなら俺がわかるはずもないが……
「赤の王様……」
ありすたちが消える直前に口にした言葉を思い出す。
ありすの言葉は独特な言い回しだが、何かを示唆している節がある。
なら、ありすが赤の王様と呼ぶ『誰か』がここにいた可能性はあるかもしれない。
「赤の王様っていうと、鏡の国のアリスに登場するキャラクターね。
物語の舞台である鏡の国での出来事が赤の王様の夢だったと考えると、赤の王様はいわば世界の創造者。
……ちょっと無理やりすぎるけど、それならムーンセルがSE.RA.PHという世界を作り出した赤の王様ってことになるかしら?
それなら天軒君たちを校舎に戻したのはムーンセルが作り出したSE.RA.PHのシステムが介入したと説明できるわ」
でも、首をひねる遠坂は視線を巡らせる。
不意に視線が合うと、おもむろに彼女の細い指が伸びてきて額に触れた。
「な、何?」
「少し天軒君の中を見てみるわ。もしかしたら何か痕跡が見つかるかも。
……心配しなくても死にはしないわよ」
「そう言われると余計不安になるんだけど!?」
いいからいいから、と遠坂は半ば強引に俺の中身を解読し始めた。
他人に自分の中身を調べられるという感覚はなんとも変な感覚で、皮膚の裏側を歩かれているようなむず痒さがある。
早く終わってくれないかと願っていると、バチィィィッ、と脊髄に直接スタンガンを突きつけられたような、痛いとかそういう次元ではない衝撃を受けて跳ね上がる。
対する目の前の遠坂は自分の右手を抑えてうずくまってた。
「と、遠坂――っ!」
どうすればいいのかわからなかったが、とっさに右手を前に出すと意図せずしてコードキャストが実行される。
――■■■■
ダン卿のサーヴァント、アーチャーとの戦闘時にも起動したそのコードキャストは遠坂に何らかの影響を与えた。
アーチャーの毒を解除したとき以上に魔力を消費した感覚に眉をひそめてていると、うずくまっていた遠坂がゆっくりとした動きで自分の身体の調子を確かめ始めた。
あらかた確認し終えると、次にこっちに視線を向ける。
「天軒君、貴方一体何をしたの!?」
「痛い、遠坂痛い! 肩掴まないで……!」
「さっきの、コードキャスト?
いやでも、さっきのはまるで……」
恐る恐る口を開く遠坂。
その姿はまるで、自分の考えが信じられないといったようだ。
「状態異常の治癒……いや違う。
異常のある部分を正常値に戻すんじゃなくて、もっと根本的に力が作用しているような……
でも、そんなこと可能なの?」
「それが俺のコードキャストの正体?」
「ちょっと待って。よくわかってないものを私に使ったの?」
「いや、勝手に起動したんだけど……ごめん」
ジトーっとした視線に耐えられずに頭を下げた。
「一応聞くけど、身体の方は大丈夫?」
「ええ、おかげさまでね。
そのコードキャスト、たぶん『状態を上書き』するものだわ」
「状態を、上書き?」
「私も詳しいことはちんぷんかんぷんだけど、それでも自分に『何か』が起こったことは把握できる。
その今の状況を何か言葉で表すとすれば、状態の上書き、もしくは初期化って言葉が一番近い。
たぶんだけど、強化だろうが弱体化だろうが、もちろんスタンや毒でも解除できるんじゃないかしら」
どうやらこのコードキャストは思った以上に強力な効果らしい。
思わぬ収穫を得たことに喜びながら、同時に無視できない話題に触れていく。
「さっき電気が走るような衝撃がしたけど、遠坂一体何をしたんだ」
「……さきに謝っておくわ。ごめんなさい」
そう言って頭を下げてから、遠坂は改めて事情を説明する。
「天軒君のアバターを調べたのは、実はありすの言葉が気になっていたの」
「ありすの?」
「ほら、言っていたでしょう? 天軒君とありすは似ているって。
天軒君のアバターを調べればその意味がわかるんじゃないかって思ったのよ。
それで、天軒君のアイデンティティに関わる中枢部まで侵入したわけなんだけど」
「しれっとすごいところ侵入してるよね」
「だから先に謝ったじゃない。
それに、そこに至るまでの経路にファイアウォール設定していない天軒君も天軒君だと思うわよ。
セキュリティがばがばじゃない」
なるほど、これまでの記憶がないからウィザードがそのような設定をすることすら知らなかった。
やり方がわからないので今後もこの状態で挑むしかないのだが。
「……その様子だと、ファイアウォールについての知識も知らないみたいね」
なぜか遠坂は眉をひそめる。
いつもの無知にあきれる感じではなく、もっと何か重要なことのようだ。
「何かあったのか?」
「ええ、天軒君の中枢部、その中でも感情や記憶みたいな最重要データが入ってる部分に
「すでに俺の中枢部に誰かが入り込んでいた?」
「十中八九、中身も弄られてるでしょうね。
記憶がないのもそれが影響かもしらないわ」
確かに、誰かが俺の記憶を弄ったのであればSE.RA.PHが感知することもない。
犯人がなぜ防壁を張ったのかはわからないが、それでも筋は通っている。
「遠坂、そのファイアーウォールを解除することはできるかな?」
「まあ、きちんとした準備さえすればそこまで難しいことじゃないでしょうけど……
解除してどうするの?」
「俺のこの初期化のコードキャスト、遠坂の言う通りの効果なら上手く使えば弄られた記憶を戻せるかもしれない。
ファイアーウォールも出来れば自分でどうにかしたいけど、遠坂がそこまでの準備をしないといけないものを記憶がない俺がどうにかするのは難しいと思う」
我ながら変なことを頼んでいるとは自覚しているが、自分の記憶を取り戻すチャンスなのだ。使える手段は試しておきたい。
対する遠坂は顎に手を置き、俺の提案に乗るべきかどうか思案しているようだ。
待つこと数分。
ようやく口を開いた遠坂から漏れたのはため息だった。
「まあ、手を貸すって一回戦で言っちゃったし、仕方ないわね。
ただし、ファイアーウォールを解除するのは二回戦終了後よ。今解除して何かあったら決戦どころじゃないでしょう?
相手はあのダン=ブラックモアなんだし。記憶を取り戻すのも大事だけど、まずは目先の問題を解決してからにしなさい。
それまでに、私も対策立てておくから」
つまり、ダン卿に勝て、ということか。
その言葉で自分が今していることがとんでもない寄り道であることにようやく気付いた。
頻繁にありすに振り回されていたせいで無意識に優先順位が下がっていたらしい。
そう、今俺がどうにかするべきなのは明後日に控えたダン卿とアーチャーとの決戦なのだ。
それをどうにかしない限り、俺たちに未来はない。
情報は十分そろっている。しかしそれだけで勝てるわけではないのは、一回戦のシンジとの戦いで痛いほどわかったはずだ。
未熟なら未熟なりに、ダン卿たちと渡り合えるような努力をする必要がある。
意識を切り替えよう。
今は記憶のことは忘れよう。
ないものはないのだ。
それでも勝ち抜くと決めたのだから、『今』の天軒由良が持てる全てを持ってダン卿に挑むのだ。
「……ようやく地に足がついた、って感じね。
まあ天軒君の周りで起こったことを考慮すると同情しないわけじゃないけど」
腕を組んだ遠坂は小さく笑う。
そしてこちらに背を向けて屋上を後にした。
「……俺たちも行こう。
決戦までの残り少ない時間、少しも無駄にはできない」
『はい、主どの。
このライダー、全力でお供します!』
■■■■という謎のコードキャストの正体が本作で解き明かされる謎の一つなんですが、文字数に関しては全く関係ありません
ただそういうコードキャストがある、という認識だけで大丈夫です