パンッという乾いた音がマイル―ムに響き、それまでの空気を断ち切る。音の正体はサラのもので、彼女が手を叩いたのだと遅れて気付いた。
「えっと……ほ、本題? じゃあさっきまでのは?」
てっきり俺の体質の解明のためにいろいろ手を貸してくれたのかと思ったのに、それじゃあいったいどうしてこんなことを?
「もちろんお前の体質に関して調べたかったのも事実だが、それとは別に確かめたいことがあってな」
言いながらライダーの方に向き直り、真剣な眼差しでまっすぐに見据える。
「強がりをする必要もないし、天軒由良に気を使う必要もない。
正直なところ今の状態でアサシンに勝てると思うかしら?」
問いかけられた少女はこちらを一瞥したあとしばらく目をつぶって黙考したのち、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「相手はアサシンですが、今までの戦い方を見るに暗殺者というよりは戦士のそれに近いです。なので主どのの補助があれば今のところは互角といえましょう。しかしそれは相手のマスターが手助けしないことが前提となります。さらに向こうはまだ令呪を残しているのに対してこちらは実質なし。
決戦でも今日のような戦闘であれば五分五分。しかし未だわかっていないアサシンめの宝具、そして相手マスターの手助けが入りますとこちらに勝ち目はないでしょう」
「お前が宝具を使ってもか?」
「……………………」
その指摘にライダーはいつもの堂々とした立ち居振る舞いは鳴りを潜めて、肩をすくめて小さくなる。
「お前のステータスを閲覧できるのは天軒由良だけじゃない。少しコツはいるが、天軒由良の礼装扱いの私も閲覧することができる。
お前の宝具は威力、規模、魔力消費どの観点から見てもトップクラスの性能を持っている。三回戦のときにもこの宝具を使われれば私たちは成すすべなく負けていただろうな。
慢心から使っていないという感じには見えない。どちらかというと最初からこの宝具を使わないように勝つために試行錯誤をしているように見える。
これだけ優秀な宝具だというのに、なぜそんな危険な道を渡るのかしら?」
ライダーがだんまりを決め込んだとわかるやいなや追い打ちのようにサラは詰め寄る。
「……チンギス・ハン由来の宝具だからか?」
「っ!」
「図星か」
一瞬の反応を見逃さず確信を得たらしいサラはため息をついて近くにあった机に行儀悪く腰を下ろす。
「天軒由良を前線に立たせるかどうかの口論の時に察してはいたんだが、お前裏切られた兄やその兄が作った幕府に恨みは持ってないんだな」
「恨むなど、とんでもない。私は兄上が大好きですので。
なぜ追われることになったのか未だにわかっていませんが……もし願っていいのであれば、兄上とまた仲良くしたいと思っています」
照れくさそうに、しかし確固たる意志で語るその姿に嘘偽りはない。そのことは相手の胸の内を把握しやすいサラでなくとも容易に理解できた。
一回戦決戦後にある程度の事情は把握していたつもりだが、こうして改めて聞いてみるとライダーの芯の強さがよくわかる。
自分が反感を買ったということを全然理解していないのはライダーらしいが……
だからこそなのか、サラは先ほどよりも重いため息をついてうなだれた。
「チンギス・ハンは鎌倉幕府を襲撃する元を建国した人物。そしてチンギス・ハンの宝具を使うということは望まない復讐を果たす史実を肯定することになり、苦痛にしかならない、と。
難儀な生涯を歩んでるわね……」
「そうでしょうか?」
「そうなんだよ。それにしても別側面の自分を嫌悪するサーヴァントか。そういうサーヴァントもいるんだんな。
まあ、それなら解決案としては霊基を変質させるのが手っ取り早いかしら」
顎に手を置いて視線を巡らしながらつぶやくサラ。
霊基というのは、サーヴァントが顕現する際に作られる器のことだ。サーヴァントがクラスに分類して召喚されるのもこの霊基の性質が影響するからと思っていい。
確かに霊基を変えれば宝具にも影響が出る。チンギス・ハンと同視されていない霊基に変えることができれば、ライダーの宝具もチンギス・ハンに関係ないものになる可能性も十分にあり得る。
「でも、霊基の変質なんてそう簡単にできるものなの?」
「そうだな……手っ取り早くて確実なのは令呪三画を用いた勅命だろうが、お前には余分に使える令呪はない。
魔力だけなら用意できるんだけど……」
「令呪三画相当の魔力って四回戦のときのルールブレイクのやつ?」
「それもあるが、それだけじゃない。私の身体は特別性でな。
安全なのは保障するが、詳しくは企業秘密よ」
茶化して人差し指を口に添えるサラは空いた手で端末を操作していく。
「だが魔力だけじゃダメだ。令呪による強制力がない魔力は方向性のない『力』でしかない。霊基を変質させるにはその『力』を制御するに足る触媒が必要だ。
ライダーが持ってる日本刀でもいけなくはないが、できれば今のライダーが所有していないものがベスト。
そうすれば、触媒を参考にどこを書き換えればいいのかがわかるわ」
「そんな都合がいいものがそう簡単に手に入るとは思えないよ?」
「そんなことは百も承知……」
眉をひそめながらディスプレイとにらめっこして忙しく操作していた手が不意に止まる。
「天軒由良、アイテムストレージにあるこの巻物はなんだ?」
「え、アイテムストレージ? というか、なんで俺の手持ち確認できるの!?」
「ライダーのステータスを把握できるんだぞ。
アイテムの確認と取り出しぐらい造作もないに決まってるでしょう?」
言いながら有無も言わさずアイテムを取り出したサラ。もはやプライバシーもへったくれもない。
「っ! 主どのその絵巻をいったいどこで!?」
「え、俺が凛とラニの決戦に乱入して脱出したあと、凛のサーヴァントから貰ったものだけど?」
身を乗り出してきたライダーに驚いて危うく後ろに転げるところだったがなんとか持ちこたえた。
「そう、ですか。凛どののサーヴァントが……」
「ライダー、この絵巻について何か知ってるの?」
様子を見ればライダーが何か知っているのは一目瞭然だが思わず聞いてしまう。凛のサーヴァントは、いつか俺の手助けになるかもしれない、と言っていたが……
「軽く調べてみたが、誰かのステータスデータのようだな。だが、こんなものをサーヴァントが持ってるものなのか?
誰かの従者として付き添って、なおかつその人物を事細かに記したサーヴァントとかかしら?」
「……………………」
サラにとっては適当な推測であっただろうに、その言葉にライダーは顔をゆがめる。
これは、ライダーを追及するべきだろうか……?
黙秘権を行使する少女に対して俺とサラは静かに見つめるのみ。その視線に耐えられなくなったのか、それとも自分の考えが正しいのかわからず戸惑っているのか、どちらにしろライダーはゆっくりと口を開く。
「おそらく、その絵巻は源義経としての霊基が記されているものだと思います」
「ということは遠坂凛のサーヴァントはお前の関係者ということか?」
「真名までは予想つきかねますが、間違いないでしょう。ただ、罠である可能性も考えられます」
「それはそうだが……この触媒を試してみる価値はあるだろう。ウイルスの類は見られないし、データの損傷もない。本当にこれが源義経のデータであるならば、今のお前の霊基を変質させるにはおあつらえ向きだからな。
でも、ライダーはお前のサーヴァントだ。
最終的な判断はマスターであるお前に任せるわよ」
絵巻を手渡され、決断を迫られる。
この絵巻を渡してきたサーヴァントと対面したことがあるのはこの中では俺一人。
相手の心の内を調べるのが得意なサラでもなく、そのサーヴァントの関係者であるライダーでもない。
罠である可能性も十分に考えらえるが、このまま宝具を封印したままユリウスに挑んでも勝てる可能性は低い。
「どっちに転んでも博打、か」
冷静に分析すればするほどどうしようもない状況思わず笑ってしまった。同時に、そのことに気づいた瞬間ふっと肩の荷が下りた気がする。
「俺は、凛のサーヴァントを信じるよ。ライダーの霊基の変質をお願い」
再び絵巻をサラに返すと、一瞬だが彼女は優しく微笑んだ。
おそらく俺がどういう判断を下すかわかりきっていたのだろう。それはそれでしてやられた気がして納得がいかないわけだが……
「申し訳ありません、主どの。私の我が儘のせいでこのようなことになってしまって」
「俺も無茶言って戦闘に参加してるわけだし、それはお互い様だよ。……勝とう、絶対に」
「もちろんです!」
笑みを交わしたところに丁度サラの準備が終わり手招きされた。
「令呪を行使するのに比べれば手順は複雑になるが、だいたいのことは私がやるから心配しなくていい。
とはいえ、おおよその流れは把握しておいてほしいからざっくり説明していくぞ。
まず前段階としてライダーには凍結状態になってもらう。これは霊基変質の際に私たちの干渉以外でライダーの身体に影響が出ないようにするためだ。手術を手術室で行うようなものだと考えてくれ。
……霊基変質の影響がどう出るかわからないから、もしライダーが暴れ始めるようなとこがあっても大丈夫なように檻に閉じ込めておくって理由もあるがな。
そして次が本題の霊基変質作業だ。私の用意した魔力を天軒由良を経由してライダーに流すんだが、同時に絵巻のデータを使って霊基を書き換えもお前の身体経由で行っていく。
ライダーは凍結状態で何も感じないかもしれないが、天軒由良の方は身体の中を得体の知れないものが這い回るような感覚があるかもしれない。でも間違っても抵抗するなよ。したら失敗の可能性が跳ねあがるからな。
手順は大きく分ければこの二つだ。
それから最後にもう一つ。これは本来なら弾かれてしまうデータの書き込みを膨大な魔力にまかせて力技で可能にさせているわけだから、かなり霊基に負担がかかる。
たとえ成功しても一日ぐらいは絶対安静だからそれだけは覚えておきなさい」
そこまで説明されたところで、何か質問はないかと尋ねられるが俺もライダーも首を振る。
「なら始めていくぞ。まずは凍結処理から。
段々身動きが取れなくなるから少し気持ち悪い感覚だと思うが、抵抗しないでくれると助かるわ」
手際よくキーをタイプしていくとライダーを中心に六角柱の結界が展開。その中にいるライダーの動きが次第に鈍くなり、最後にはその結界の内部だけ時間が止まったかのように少女の動きが完全に静止した。
「凍結処理、完了。
これでもう私が解除しない限り正攻法ではライダーに干渉することはできなくなったわ」
ふう、と息を吐いて細い指をキーボードから手を放し、流れ作業のように手袋を脱ぎ捨てた。その行為にどんな意味があるのかわからなかったが、それよりも俺は目の前のライダーから目が離せなかった。
完全に静止した彼女はまるで人形のようで、生命活動が維持できているのか少し不安になってしまう。
「サラがやることだから大丈夫なんだろうけど、ちょっと怖いね」
「見た目が見た目だから心配になるのは仕方ないだろうな。今のライダーは五感は完全に遮断されているうえ、自分の意志で行動することができない人形のような状態だ。
――たとえば、目の前でこんなことが起こったとしても、ライダーは気づかない」
背後で衣擦れの音と共に何かが床に落ちた音がしたかと思った直後、座っていた俺の肩に自分以外の重みが加わった。
「なん――」
とっさに起き上がろうとしたが俺が動く前に上着とシャツを裾からめくられ、袖を固く結ばれる。
非常にシンプルな拘束だが、手を袖口から出そうにも結ばれているため叶わず、かといって逆に袖穴から手を抜こうにも肘が引っかかってスムーズに抜け出せない。さらにめくられた胴体部分の布が顎から頭頂部まで覆っているため自分が今どんな状況なのか目視で判断することもできない。
……冷静に考えると、慌てず片方ずつ腕を抜けば脱出出来たかもしれないが、それに気づくには状況が目まぐるしく変わりすぎていた。
「動くな」
暴れてどうにかしようとしたところ抑揚のない声で警告される。声からして背後にいるのはサラなのは間違いない。いつの間に背後に回ったのかわからないが、おそらく俺がライダーの心配をしている間に移動したのだろう。
ただ、声の雰囲気が今までの知っている彼女と乖離しすぎている。
「っ、ちょ……!」
そこからさらに体重をかけられ、本格的に身動きができない状態の中、身体を何かが這い回る。
それが彼女の手だと気付くのに数秒かかった。
女性らしい細い指が左手の甲を撫でているのは感覚でわかったが、そもそもなぜこんな状況になったのか全然理解できない。
ライダーの凍結は彼女の霊基を変質させるための前手順だったはず。だがさきほどのサラの言葉はそれ以外にも目的があるかのような口ぶりだった。
「――我を恐れず受け入れる者に英知の施しを」
頭の中で情報が整理できないまま、状況は刻一刻と変化していく。
耳元で聞き取れない詠唱が囁かれると、それにともない背中と、彼女に触れられている左腕がピリピリと痺れていく。
本能的に危険を感じているのか、視覚以外で今の状況を鮮明に分析しようと聴覚や触覚の感覚が研ぎ澄まされる。耳元の蠱惑的な声と背中を這う手つきは状況が違えば相手の心を解かす蜜となるのだろうが、今の俺のにとっては毒牙のようにしか感じない。
蛇に睨まれた蛙の気分で身じろぎ一つ取れない極限状態が続くと、しだいに全身から冷や汗をかき始める。
「……拒絶が強すぎてうまくいかないな。まだ快楽より恐怖の方が大きいのか?
心拍数から心境が測れないのはやっぱり不便ね」
わざとらしい落胆の声が聞こえたかと思えば拘束が解かれた。
数秒ぶりに目にした光に思わず顔を背ける。
「っ……! い、いったい何が……?」
「こっちは見るなよ。私、今上に何も着てないから」
「…………はあっ!?」
さっきとは違う緊張感があたりに張り詰める。
上に何も着ていない……?
そういえばさっきのしかかられたとき、背中に柔らかい感触が当たってたような……っ!?
「っ!? っ!?!?!?!?!?!?」
「ふふふ、これはまた面白いぐらい反応してくれてるな。耳まで真っ赤だ。
なるほど、これぐらいストレートな方がお前には合っているのか。
恐怖と快楽は表裏一体だったりするんだが、お前には理解できない感覚だったかしら?」
くすくすと笑う声から背後の彼女がどんな表情をしているのかは容易に想像できるのだが、文句を言おうにも半裸かもしれない女性に面と向かって言えるとも思えない。
「な、なんだっていきなりこんなことしてんのさ!?」
「もちろん霊基変質のための下準備だが? 令呪相当の魔力を一気に流すのには端末経由のデジタル的な繋がりだとうまくいかないから、直接肌を密着させることで精神を同調させて相互パスを作るんだ。
今回はパスを繋ぎながらそれを強固なものにする詠唱を使う予定なんだが、それには恐怖を与えないままある程度性的興奮が必要だったりするのよ」
「そんなことさっき一言も言ってなかったよね!? というか、いきなり拘束されたら誰だって恐怖感じるに決まってると思うんだけど!?」
「だからその恐怖を利用しようと思ったんだ。
あと、ライダーがいる前でそんなこと言えるわけないだろう。言ったら反対されるのは目に見えていたし、最悪切り捨てられてたからな。
凍結処理した理由も半分くらいはこの光景を見られないためよ」
「そんなこと今知りたくなかった!!」
「はいはい、抵抗してももう遅いぞ。あとは霊基変質が成功するか失敗するかしかないんだ。
ここまで来たら覚悟して服脱ぎなさい」
「……え、俺も脱ぐの?」
「肌を合わせるって言っただろう? なんなら粘膜接触か体液の交換にするか?
性的興奮のことを踏まえても肌の密着より効率いいわよ?」
「う……なら、肌合わせでお願いします」
これ以上は藪蛇にしかならなそうだ。ライダーのためでもあるし、ここは覚悟を決めよう。
上着とTシャツを脱ぐ過程で心臓がバクバクとなっている気がするが、体質的にこれがサラに気づかれないのは唯一の救いだ。
「でも、俺の体内って無傷なら魔術回路の負荷にも耐えられるんじゃ?」
「可能性はあるな。だが確証はないしやっておいて損はない。少なくとも無駄にはならなさそうだしな。
これで疑問は晴れたな? それじゃあ再開するぞ。
抵抗せず、流れに身を任せるように意識しなさい」
再度密着してきた女性らしい柔らかい感触に思わず飛び跳ねそうになるのをこらえる。右腕が背後から伸びてきて両目を覆われたことで視界が真っ暗闇となり、柔らかい感触がより強く背中に押し付けられる。目の前が真っ暗になったことで視覚以外の感覚が鋭くなっていくが、背中の感触を満喫する余裕など全くなく、ただこの状況が早く終わること願って後ろの彼女に身をゆだねる。
「――我を恐れず受け入れる者に英知の施しを」
先と同じ詠唱が耳元で囁かれる。これがさっき言っていた魔術回路を補強するためのものなのだろう。
先ほどと違ってサラと触れ合っている部分がほんのりと熱を帯びていく。これがサラとのパスが直接繋がっているということなのだろうか。
ただ、背中越しに左手の甲を念入りに撫でられるのはやはり落ち着かない。それに……
「なんか手つきが手慣れてない?」
「私が悪魔に憑依されやすい体質っていうのは前に言っただろう?
私に取り憑くのは昔から色魔に属するやつばかりでな。まあ抵抗手段がなかったころの私の周囲に異性はエクソシストのハンフリーしかいなかったし、真性の悪魔じゃないらしいから大事には至らなかったが。
それでも憑依されてるときに知識だけは流れ込んでくるんだ。まともな魔除けが自分で施せるようになるまでそんな状況が一週間に一度は起こってた。思春期超えるぐらいまでずっとね。
てなわけで、耳年増であることは否定しないわよ」
「……出来れば恥じらいとかあってくれた方がよかったなー」
「医者が手術中に異性の裸に興奮しないのと一緒だ。
精神衛生上も含めて本命以外とのこういう行為は作業で終わらすのが一番よ」
俺としては目の前にライダーがいる状況でこんなことしている時点で精神衛生上よろしくないのだが……
視界を奪われているせいでライダーの表情が見えないことで、本当はライダーに軽蔑の眼差しを向けられているのではという不安が段々と強くなってくる。
もちろんそんな状況に興奮する性癖は持ち合わせていないため恐怖で鼓動が早くなると、先ほどまでほんのりと熱を帯びていた身体にピリピリとした痛みが走り、同時に背後にいるサラが息を漏らした。
「ん……っ! お前、怖がるなって言っただろ。ここまでくるとほぼ相互パスが通ってる状態だから、ここでミスるとお互いの魔術回路が危険なんだぞ。
いったい何をそんなに怖がってるのよ?」
と言いながらもおおよそのことを察したらしく、にやにやと笑い始めた。
「なるほどなるほど、そういうことか。たしかにこれはちょっと意地の悪い配置になってるな。
心配しなくてもちゃんとライダーの五感は遮断されてるわよ?」
「それはよかったけどなんか腑に落ちない……! そんな性格だったっけ?」
「感情にふり幅があるだけだ。たぶん、な。
……っと、ようやく準備が整ったわよ」
すこし気になるぼかし方をした気がするが、それを聞く前に話題が反れてしまった。
「これでようやく私の中にある魔力を使って無理やりライダーの情報を書き換えることができる。
最初に言った通り基本的に処理は私がやる。お前は自分の体内に流れてくるデータに抵抗しなければそれでいい。
あ、でもライダーとの繋がりを強く意識してもらえると助かるわ」
「ライダーとの、繋がり……」
目をつぶり、令呪が刻まれている左手あたりに意識を集中させる。脳裏に浮かぶのは、糸のように細い管。それがまっすぐと目の前のライダーの下へと伸びている。
そして管を辿ってライダーへと意識を向ければ、彼女の状態が感覚的に伝わってくる。
これがサラの言っているライダーとの繋がりか。戦闘中は直感的にライダーの状態異常などを感知していたが、丁寧に辿ると正常かどうかまでわかるらしい。
「――その調子だ」
耳元で安心した様子のサラの声が囁かれる。しかしその声はどこか他人事のような、ぼんやりとしたものとして消えていく。意識がライダーとの繋がりに集中しているからだろうか。
だが、コードキャストを黒鍵から出力する時とは比べ物にならない量の魔力が一気に流れてきたことで、ぼんやりとしていた意識が一気に現実に押し戻された。
俺の魔術回路の許容量をオーバーした魔力がそれでも魔術回路を伝っていこうと無理やりこじ開けていく感覚。
ウィザードとして半人前な俺でも危険なことをしているということはわかるが、自身の体質なのかはたまたサラの処置のおかげなのか、そこまで深刻には感じない。
ただ、少し気になるのはこの魔力がサラのどこに内包されていたかだ。魔力そのものは以前ムーンセルから違法に回収したものだとしても、それをずっと内包するには魔術回路が悲鳴を上げてしまうはず。そうならないために俺には補強を行っているのだから。
もしかすると、彼女は他のウィザードとは常軌を逸した何かを持ち合わせているのかもしれない。しかし今この状況で尋ねるようなことではないだろう。
覚えていたらまた今度聞いてみればいい。
そう結論を出すと再び意識をサーヴァントとの繋がりに集中させる。
膨大な量の魔力に混ざって流れていくのは絵巻に保管されていた源義経を形成するデータか。
この絵巻を持っていたあのサーヴァントがライダーとどんな関係を持っていたのかはわからないが、彼女のことを心の底から尊敬しているということだけは感じ取れた。
そのことを妬ましく思うのは筋違いだろうか……?
俺がライダーと歩んできた数週間ばかりの出来事と比べれば、それこそあのサーヴァントとライダーは途方もない期間苦楽をともにしてきたのはわかる。
俺の知らない、彼だけが知るライダーの姿がある。そのことがチクリと胸に突き刺さる。それは愚かで浅ましい願望だ。そんなことはわかっている。
しかし、彼の知らない……俺だけが知るライダーの姿を見たいという小さな願望はなくなるどころかむしろ大きくなっていく……!
「――よし、もう少しで……おい天軒由良どうした。ちょっと待て、お前いったい何を――!?」
ぼんやりとした意識の中でサラの切羽詰まった声がこだまする。
何が起こったのかはわからない。しかし、俺の中を流れていた絵巻のデータの一部が異質なものに書き換わってしまう感覚があった。
絵巻を手渡してくれた純粋に人を思う綺麗なデータを、個人の欲望を濃縮した卑しく汚いものへと変質させる感覚が……
最初はPC版Stay Nightばりにやらかすつもりでしたが、途中で正気に戻りました()
ただ書いてて楽しかったです