原作では出番が多い(特にWEB版)はずなのに人気がないので。
でも、意外と動かしにくい……。
2016/3/31 「先だってのワーム件」 → 「先だってのワームの件」 訂正しました
2016/5/21 「再選」 → 「再戦」 訂正しました
階層前に「第」がついていない所がありましたので、「第」を付けました
「アイテムボックスない」 → 「アイテムボックス内」 訂正しました
2016/10/7 ルビの小書き文字が通常サイズの文字になっていたところを訂正しました
2016/11/18 「非情に」→「非常に」、「例え」→「たとえ」 訂正しました
第6階層の一角、40メートルはある巨木の中に作られたアウラとマーレの住居。そこの一室に置かれた丸テーブルに並べられた椅子に守護者らが腰かけ、その周りではセバス、ならびにベルのお世話をするためにいったソリュシャンを除いたプレアデスの面々が給仕をしている。
いささか人員過剰だが、それはわざわざアルベドによってこのメンツが招集されたためだ。
「ところで、コキュートス。先ほど、ベル様と模擬戦をしていたようだが、どうだったかね?」
デミウルゴスの問いにコキュートスが答える。
「大シタ強サヲオ持チダ。最初ハ私ガベル様ヲ一人前ノ戦士トシテ育テ上ゲネバト思ッテイタノダガ、ソノヨウナコトハ必要ナイヨウダ」
「それほどの腕前なんでありんすか?」
「アア。正直、先ノ戦イデハ私ガ幾分優勢ダッタガ、アクマデベル様ハ自身ノ戦闘能力ノ確認トイッタ程度ノゴ様子ダッタ。オソラクハアレガ真ノ全力デハナク、実戦ニ際シテハ切リ札ヲ、ソレモ複数ハゴ用意サレテイルノダロウ」
「そ、そんなにお強んいですか?」
「ウム。戦イノ最中、一瞬モシヤベルモット様ゴ本人ト戦ッテイルノカト錯覚スル程ダ」
ほう、とその場にいる者達から声が漏れる。
少女でありながら、すでにそれほどの腕前なのか。
「ベルモット様といえば」
デミウルゴスが居並ぶ面々を見回す。
「小耳にはさんだのだがね。先だって、わずかな時間ながら、このナザリックにベルモット様がご帰還なさっていたというのは本当かね?」
アルベドを除く守護者たちにわずかな驚愕が走る。
そんな中、セバスが言葉をつないだ。
「はい。ベル様がこのナザリックにおいでなさる直前ですが、ベルモット様がお帰りになられておいででした」
「詳しいことを聞いても?」
「はい。私とプレアデスらに付き従うようご命令になり、ベルモット様はアインズ様と共に玉座の間へとおもむかれました。どうやらお二人とも円卓の間よりいらっしゃったようですが。そして、玉座の間でアインズ様と何事か話された後、転移していかれたようでした。そして、気がついた時にはベル様が玉座の間にいらっしゃったのです」
「そのアインズ様とベルモット様との話とは?」
「至高なる御方の会話は非常に難解で、おぼろげにしか聞き取れなかったのですが……。たしか『最後』、『アイテム』、『言うより使ってみた方が』などとおっしゃられていました」
その答えに、聞いていた者たちは首をひねる。
だが、その中でもナザリック一の知恵者、デミウルゴスはそのわずかなキーワードから答えを導き出した。
「ふぅむ。それは私が思うに、ベルモット様の保有されるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、それをベル様にお渡しする許可をアインズ様にお求めになられに来られたのではないかな」
その場にいる全員がデミウルゴスの説明に耳を傾ける。
「『最後』というのはベルモット様がナザリックを訪れることが出来るのが『最後』ということ。『アイテム』とはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。そして『言うより使ってみた方が』とはベル様がリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを実際に使用してみる事だろうね」
「つまり、どういう事?」
「なんらかの理由でベルモット様はナザリックを当分お離れにならなければならなくなった。代わりとしてベル様を派遣するつもりだが、その際に身分の保証、並びに万が一の際にはいつでも安全なナザリックに戻れるようにと、ご自分のお持ちになられているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをベル様に譲渡したい。だが、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは至高なる御方しか保有が許されない至宝。たとえ血がつながっていようと、そのようなことは自分の一存で勝手に出来る事ではない。そこで、御自分の娘であるという事で特別に譲渡を許可してもらいたいと、ギルドマスターであるアインズ様に要望しに来られたのではないかと思う」
「なるほど。それでアインズ様よりその許可をいただけたので、ベルモット様は外へと転移し、そこでベル様にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをお渡しになられ、そしてベル様は指輪の力によって玉座の間へ転移してこられたという事でありんすか?」
「ああ、そうだろうね。」
「あ、あの、アインズ様が指輪の譲渡の件をご承認された事や、最初からベル様の指輪のご使用に関して『使ってみた方が』とおっしゃるという事は、アインズ様はベル様がこちらに来られるより前から、ベル様の事をお知りになられていたのでしょうか?」
「ふむ。その可能性は高いだろうね」
「そういえば、ベル様は玉座の間にいらっしゃった際、すぐにアインズ様と親しく会話をなされ、アインズ様も機嫌よく笑い声を上げておられました。それとるし★ふぁー様の事も口にしておいででしたので、以前より御息女という事で他の至高の方々とも交流があったのではないでしょうか?」
なるほどと全員が得心する。
だが、一人だけ、内心首をかしげていたものがいた。
プレアデスの一人、シズである。
シズはナザリックのギミック及びその解除方法を熟知しているキャラである。その関係もあり、ナザリックの構造や特殊なアイテムに関してもそれなりの知識がある。そして、その知識と今までの会話に出てきた説明の間には齟齬が生じている事に気が付いた。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは特別な能力を持つアイテムである。至高の方々しか保有を許されないという事はさておき、基本的に一部の区画以外転移が許されないナザリック内を自由に、回数無限で転移できる。また、ナザリックの外からだろうとも直接の転移が可能だ。
だが、この指輪にも制限が存在する。
ナザリックのごく一部の箇所には転移できないのだ。
例えば、至高の御方の私室。
例えば――玉座の間。
そう、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでは玉座の間には転移出来ない。
すなわち、この指輪の力を使おうとも、ベルは玉座の間に転移してくることなど出来はしないのだ。
しかし、シズもその場に居合わせたが、あの時たしかにベルは玉座の間に突然現れた。
一体、どういう事なのだろう?
確かめようにも現在リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを保有しているのはアインズとベルの二人だけ。他のナザリックの者は使用したことも手にしたこともない。実験などできるはずもない。
なにか特別な条件で玉座の間への転移が可能になるのだろうか? それとも先ほどの推測になにか見落としや誤り、もしくは前提の抜け落ちがあるのだろうか?
普段から表情を変えることのないため、思考に沈むシズの内心には誰も気が付かず、話は続いていた。
「それにしても、不思議なんだけど」
アウラが疑問を口にする。
「なんでベル様って強さが感じれないのかな? なんだかこう、気配とかもほとんど感じないし」
守護者たちのように戦いに習熟した者たちは、見ただけで相手の大まかな力量を感じ取ることが出来る。それによって戦闘の判断を行うのだが、ベルに関してはそのような強さが全く感じ取れないのだ。もちろん強くないからという訳ではない。先のコキュートスとの戦いでよく分かる。それが疑問だった。
「
「うーんそうなのかなぁ。でも、あそこまで消せるのは尋常じゃないと思うよ。ナザリックに所属してるかどうかの気配すら、よっっく見ないと気づけないじゃない」
それは他の者も疑問に思っていた。確かにステータス等を隠す
その疑問に答えたのは、丸テーブルを囲んでいる守護者たちではなく、後ろに控えていたプレアデスのエントマであった。
「たしかぁ、ベル様の御父君のベルモット様は、非常に強力なステータス隠蔽の
言われて記憶を辿る。
確かにベルモット様は他の至高の方々と比べて、非常に気配が読みづらい御方だった。しかし、あそこまで読み取れないほどだっただろうか。もしくは隠蔽に関する
「まあ、たしかにアウラが気にするのは分かるよ。不問にしていただいたとしても、先だってのワームの件を気にしているんだろう?」
その言葉にアウラとマーレは胸の苦痛に耐えるような表情を浮かべた。
ナザリックに属する者たちはお互い気配によって仲間かどうか判別できる。
だが、ベルはその気配があまりにも希薄すぎるのだ。
それでも、目視でベルと判断することは可能なため、それまではさほど問題とはならずに対処できたていた。
だが、ナザリックに属する者の中には視覚がない者もいるのだ。
先日、ベルが第6階層を訪れた際の事。地中に潜むワームが同じナザリックの仲間という気配を感じ取れずに、ベルにかみつくという事件が起きたのだ。
幸い、そのワームは警戒用のものでレベルが低かったことからベルに傷一つつけることは出来なかったのだが、至高なる御方の御息女であるベルにナザリックのシモベが攻撃を加えたという事は、一大事となった。第6階層をまとめるアウラ、マーレだけではなく守護者一同、その愚かな判断をしたシモベに怒り、ベルから下される裁きを想像し身を震わせた。
だが、寛大にもベルは全く怒ることなく、むしろ気配が希薄な自分に非があると謝罪したうえで、全て不問に処された。そして、大地の震動で相手を判別するワームたちのために、第6階層で歩いて見せ自分の足音を教えてくださるという、加害者に対して溢れるばかりの温情を注いでくださったのだ。
守護者たちの心のうちはそれで収まりはしなかったものの、ベルだけではなく、アインズまでもその裁定で良しとしたため、何も言えなくなった。
それに失態というのならば、自分たちも行っている。
この第6階層で初めてベルと会ったあの時に。
皆、あの時の事は思い返すだけで、呼吸が必要でないものですら、息が苦しくなる。その身を血が出るまで掻きむしりたくなる。もし、許されるならば、自害することが最も楽かもしれない。
パンパンパン。
乾いた音が響く。
アルベドがその手を叩いた。
「みんな、前も言ったでしょう。さらなる忠義と功をもって、無礼を覆すべきだと。アインズ様は先だっての件は知らずに行った事として不問に処すとされたわ。そしてベル様もその事は気にしなくていいと言ってくださったわ。でも、あなた方は、それでも罰を求める。それは、あなた方はアインズ様並びにベル様に対し、不服の意を示しているという事になるのよ」
その言葉に皆、身を固くした。
「もう一度言うわ。さらなる忠義と功をもって無礼を覆すべき。至高の御方は過去の罪より未来の功を求めているわ。それでもあなたたちは、至高なる御方の意に反し、未来の功を捧げようとしないというの?」
すでに皆の心は決まっている。
至高の御方へ、ふさわしい栄光を捧げる。それだけが自分たちの存在意義。迷いも後悔もいらない。
表情を変えた守護者並びにセバスとプレアデスらを見回して、アルベドはさらなる口を開く。
「皆! 今日、皆に今日ここに集まってもらった理由。それは先にも話したナザリックがこの世界を征服するという大いなる目的を実行に移すためよ。そして、今から語るのはベル様がその世界征服の第一歩として考案された計画なのよ。この計画を見事に果たすことで先の償い、そして新たな忠誠の証となるわ。誰か、このことに不服の者はいるかしら?」
アルベドが全員を見回す。
当然、反対するものなど居ようはずがない。
満足したようにうなづき、全員にベルが計画した任務を説明し、仕事を割り振っていく。
(まあ、なかなかに役に立つじゃない)
アルベドは内心笑みを浮かべた。
守護者たちは初めてベルと会った際、ベルに敵意を向けてしまったことに悔恨の念を抱いている。
色々と言い訳はできる。
曰く、ナザリックにとって敵である人間だったからだ。
曰く、ベルはナザリックの味方だという気配を消していたからだ。
曰く、アルベドの敵意に引っ張られたからだ。
だが、そんな言い訳に何の意味があろうか。
ナザリックの所属する者は至高なる41人に奉仕するために存在する。いかなる理由あろうと、至高なる御方に不快を感じさせる行為などあってはならぬのだ。
しかし、そのあってはならぬことを行ってしまった。至高なる御方の御息女に敵意を向けてしまったのだ。それは、ご本人が許したからと言って、守護者ら当人が自分の事を許せるはずがない。その後悔はいつまでも、ゆっくりと守護者らの心を傷つけていく。
だが、アルベドは違う。
アルベドは先の一件に対して、失敗であったとは思っているが、何の慙愧の念も不敬の念も感じていない。
現在のアルベドにとって、その思考も感情も、すべては自分の愛するモモンガ=アインズ・ウール・ゴウンに向けられている。
アインズを一人置いていなくなったベルモットの事などどうでもいいし、その娘、しかもベルとかいう人間の事など、更に輪をかけてどうでもいい。
むしろ、ナザリックのエロ最悪と言われていたアイツにでも放り投げてやりたいくらいだ。
だが――当のベルとアインズはそれなりに仲がいいようだ。
そんな状況でベルを邪険にして、万が一でもアインズの不興を買うのは困る。
言うなれば、彼氏の前で『犬嫌いなんだよね~』と言ったら、実は後で彼氏が犬飼いだったと分かった彼女のようなものである。
幸いな事に、アインズ並びにベルは、先の件は特に気にはしていないようだ。
そして、ベルはアインズの利益となるような計画をあれこれ立てている。
アルベドとしては、まあ、それなりに役に立つようだし、
(しっかりアインズ様のお役に立ちなさい。アインズ様があなたを飽きないでいる間は、私も目をかけるくらいの事はしてやるわ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、ベル様。お体を洗いましょう」
そう言って、ソリュシャンがスポンジをもって立つ。
ベルは腰が引け気味になりながらも、言われるがままに背中を向け、ごしごしと洗ってもらう。
ここはかつてのベルモットの私室。今はベルの私室だ。
そのバスルームでベルはソリュシャンに体を洗ってもらっていた。
当然ながら、もともとベルは一人で風呂に入っていた。メイドが手伝うといっても、さすがにそれは固辞した。風呂に入ってる時くらい一人でゆっくりしたい。
だが、一つ問題があった。
髪を洗うのが面倒なのである。
ベルは中身は男なので、腰まである長髪を洗うという行為はしたことがない。毎回毎回、これが実に面倒なのであった。
あるとき、もううんざりして適当に洗って出たら、まだ髪にシャンプーの泡が残っていた上に、ちゃんと拭いて乾かしてもいなかったことが見咎められ、それ以来、ベルの入浴時は誰かが一緒に入って洗うという事になった。
だが、何度も言うが、ベルの中身は男である。
そしてプレアデスを始めとしたナザリックのメイドたちは、ほぼ全員がリアルでは見たことがないくらいの美女ぞろいである。そんな見目麗しい女性が一糸まとわぬ姿で自分の身体を洗ってくれるというのは心臓に悪かった。エントマは別の意味で心臓に悪かった。
そこで、ベルはお付きのメイドとしてソリュシャンを選ぶことにした。
ソリュシャンも当然ながら美しく、またその身体つきはメイドたちの中でも上位に位置するほどであったが、ソリュシャンを選ぶ理由があった。
それは正体が
不定形で自分の身体も変えられることから、湯気や光で消さなければいけないようなところも、最初から無いことに出来るという、とてもレーティングにやさしい身体になる事が可能だったためだ。
とはいえ、肝心なところは隠してもその素晴らしい体形はそのままの為、出来るだけ見ないようにしながら、体を洗ってもらっていた。
スポンジを持つソリュシャンの手が、ベルのしていた腕輪にあたる。
「ベル様。お風呂に入るときは、これらの装身具は外してしまった方が……」
その言葉に慌てて理由をでっちあげ、何とか誤魔化した。
この腕輪や指輪など、風呂に入っているときも着けたままの装備には理由がある。
これらはマジックアイテムで、ベルの持つステータス隠蔽の
最初は、ただ単に久しぶりにユグドラシルにログインしたため、そんな能力を全開で発動しっぱなしだったことを忘れていたためだった。そして転移後は、NPC達が反意を示した際、逃げやすいようにと常に発動させていた。これを発動しておいた方が〈偽死〉や〈透明化〉などの
その後、アインズさんのダークウォーリアの顛末が明らかになった時は肝を冷やした。
NPC達は姿を変えていても気配でアインズ・ウール・ゴウンのギルメンは判別できるらしいのだ。
しかし、最初に彼らと会った時にはベルがギルメンとは分からないようだった。つまり、ステータス隠蔽スキルをアイテムを使いながら全開で発動させていればベルモットだと気づかれないが、もしその能力を落とせば気づかれる可能性がある。
やばかった。
タイミングよく発動させていたから良かったものの、もし切っていたらバレバレだった。ベルモット本人だとばれている相手に、ベルモットの娘ですなんて言うところだった。
それからは、ステータス隠蔽スキルは絶対に切らないようにし、更にその効果を上昇させるアイテム類は外さないようにと心がけた。
もしかしたらスキルのみでも大丈夫で、アイテムは外してもいいのかもしれないが、まさか実験してみるわけにもいかない。たとえ、邪魔でもつけておかなくては。
ただ、このステータス隠蔽スキルとアイテムの併用には少々問題もあった。あまりにも効果が強すぎ、NPCやトラップの一部に味方だと判別されない場合があるのだ。幸いユグドラシルの頃はフレンドリィファイアはなかったためダメージを受けることはなかったが、いちいち攻撃されるのも面倒なので、ナザリックにいる間はアイテムを外していた。
だが、今の現状では外すことは出来ない。幸い、AIで動くゲーム中とは違い、NPC達は自分の頭で判断できるようになったため、誤って攻撃されることはなかったが。
それで安心してうろうろしていたのだが、ついにこの前、騒ぎになってしまった。
第6階層でワームにかみつかれたのだ。
その時は、大騒ぎになった。いくらベルがいいからと言っても収まらず、アウラやマーレは監督不行き届きだと、自分の前で頭をゴリゴリと床にこすりつけながら土下座するし、他の守護者たちは第6階層からワーム種を根絶しようとするし。
結局、アインズさんやアルベドに制止してもらい、何とか事は収まった。
足音で探知するワームらのために第6階層を歩いて自分の足音を憶えさせるという落としどころで済んでよかった。
ステータス隠蔽のスキルを抑えてくれと言われなくて本当によかった。
「はい。じゃあ、ベル様。今度は髪を洗いますわ」
ソリュシャンが指を細く変形させて、髪をすきながら洗ってくれる。時折、柔らかいものが背中に当たるが、極力気にしないことにして別の事を考える。
考えるのは先ほどのコキュートスとの模擬戦。
――戦闘能力の低下がはなはだしい。
もともとベルの戦い方は武器を持っての白兵戦がメインだ。フローティングウェポンを飛ばす、姿を隠して隙をつくといった戦い方は、巨躯による速度の遅さを補うためのあくまで補助的なものに過ぎない。
だが、現在はその本来の戦い方が出来ない。
この少女の身体のせいだ。
今までは長いリーチを生かして相手を自分の懐に飛び込ませない戦い方をしてきた。だが、今は逆に相手の懐に飛び込まないと攻撃をあてることすらできない。
それと武器の切り替えも問題だ。以前は巨大な体躯のその背に武器を突き刺していたため、背中に手を伸ばせばすぐに武器を替える事が出来た。それにより相手に合わせて武器を自在に使い分けて戦うことが出来た。
だが、今の身体ではそのようなことは出来ない。
自分のすぐ周囲に浮かべておくというのは、戦いの最中にそちらにわずかばかりでも意識を集中し続けなければいけないため、肝心の戦闘がおろそかになる。かと言って、今日のように少し離れた場所にあると、武器を手にするのが一拍遅くなる。
あの時、鎚鉾を手にした時も、飛んできたものを捕まえて振るうという事をしたために、攻撃がわずかばかり遅れてしまった。本来ならば、コキュートスの防御は間に合わず、反撃の余地も与えなかったはずなのだ。
ガゼフや陽光聖典との戦いの時は圧倒的なレベル、ステータスの差があったため何とかなったが、もし高レベルの敵と対峙した場合、かなり拙いことになる。
最初は、守護者数人程度なら相手に出来ると思っていたが、おそらくそれは無理だ。
一対一でようやく、複数相手だととんでもない。仮にそんなことになったら、幸いリーチは短くなったものの力自体はそのままのようなので、ダメージ覚悟で強引に相打ち攻撃を仕掛ければなんとか勝てるだろう。ただ、それも一回限りのやり方でしかない。連戦や同じ相手との再戦となったら、勝ち目はない。
どうにか戦い方を考えなければならない。
この体躯に合わせた戦術を考えるか?
もしくは、フローティングウェポンによる遠距離戦をメインに据えた戦術を考えるか?
もし、この世界に同じような武器を飛ばすことが出来る人間がいたら話を聞いてもいいかもしれない。
「はい、洗い終わりましたわ。じゃあ、肩までつかって、よく温まってくださいね」
そう言って、湯につかったベルと向かい合うようにソリュシャンも同じ湯船に入る。
どこを向いても目に困る光景に、ベルは目を閉じ、今後の事を考え続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナザリックの第9階層。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー専用の私室に機嫌の良さそうな鼻歌が響いていた。
「さーって、何もってこうかな? まあ、全部アイテムボックス内だけど、使いそうなものは取り出しやすいようにしておかなくちゃ」
独り言をつぶやきながら、アインズはアイテムボックスから物を取り出してはまたしまっていく。
「そうだ。エンリを助けたときにポーションが役に立ったな。手にとりやすいところに置いておこうかな」
その光景は、まさに遠足の前の子供である。
「それにしても、こっちに来たのがベルさんと一緒でよかったなぁ。俺一人だったら絶対パニクってただろうな」
こう言うのは何だが、ともに巻き込まれた友人の存在をありがたく思う。
「昔から、頼りになったからなぁ」
そうして、昔、ユグドラシルの世界を駆け回った時のことを思い返す。
確かにベル――ベルモットは頼りになった。
口では冗談を言いつつも行動は控えめで、何も言わずとも作戦が失敗した時や撤退する時のことを考え、準備してくれていた。
そうだ。たしか、ベルモットさんは他の人が立てた作戦にのって、その上で、立案した本人が気がつかないような万が一の際のフォローをしてくれていた。あくまで常に一歩引いた、相手を立てるような態度だった。
ベルモットさんがいれば死ぬ確率が格段に減る、などとギルメンからは言われていた。
「あれ?」
ふと、疑問に思った。
記憶をたどる。
脳裏に浮かぶのは、この前の件。
警戒が必要、目立たないようにとか自分で言ってたのに、それを忘れたように派手なことをしたり、考えなしな行動をしていた。
常に慎重に思考し、デメリットを可能な限り減らしていく。それがかつてのベルモットさんだったはずだ。たとえ皆が興奮しているときでも、そういうときこそ冷静な人間が必要と、
そんなベルモットらしからぬ行為。
異世界ではしゃいでいたから?
だが、考えると疑問はほかにも出てくる。
ベルモットさんはホラー映画とかが好きだった。それで、よくタブラさんとかとホラー談義をしていた。
しかし……そう、たしか作り物はいいけど、実際のグロシーンは苦手って言ってたような気がする。本などで知識としてはそういうのを調べたりしていたが、実際の遺体の写真とかを見るのは嫌がっていた。
いい年してるけど注射を打たれるときは思わず目をそらすとか、リア友が自転車で転んで10センチくらい擦りむいたの見たらぞっとしたとか言ってたな。
でも、カルネ村での虐殺を〈
その後、実際にカルネ村に行った時も大はしゃぎで死体とかいじってたし。
何なのだろう?
なにか妙な感じが……。
感じたのはわずかな、ボタンを掛け違えたようなほんの微かな違和感。一つ一つは言葉にならず消えていくような、そんな些細なものだが、考えれば考えるほどチリが山となるように心のうちに積もっていく。
そんな曖昧な感覚を無理に一言で表すと――
なんだか、最近のベルさんの行動を見ていると――
――とても子供っぽく感じる――
ふと浮かんだ疑問。
その疑問は晴れることなく、いつまでも頭に残っていた。
ベル「武器を飛ばして攻撃出来る奴がいたら話してみようかな?」
おや?
誰かと誰かにフラグが立った気が……。
補足
アインズとベルは転移直後、いち早く自分たちの精神にもスキルの影響が及ぶことに気がつきました。
しかし、かえってその為に、何か疑問に思うことがあってもそれは何かのスキルの影響だろうと考えるようになってしまっています。スキル以外の部分、肉体によって精神が影響を受けることには気がついていません。