オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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原作準拠シーンはさくっと飛ばします。


2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/5/21 「・・・・・・」 → 「……」 訂正しました
2016/11/18 「いつもどうり」→「いつもどおり」、「するだけ飽きたらず」→「するだけに飽きたらず」、「早さ」→「速さ」、「延び」→「伸び」、「~来た」→「~きた」訂正しました


第14話 災厄の始まり

 村を救った事への心からの感謝の言葉を残し、ンフィーレアは背を向けて歩き出す。

 

 その背をベルと、漆黒の鎧で身を包んだ冒険者モモン=アインズは見送っていた。

 

「……いきなり、バレましたね……」

「……ええ……」

「ルプスレギナ、アルベドの名前出しちゃったんですか?」

「はい。ルクルットさんに私の恋人かと尋ねられた時に、ついポロっと」

「うーん。人当たりの良さからアインズさんのお供にルプスレギナを選びましたけど、……ナーベラルの方が良かったかもしれませんね」

「ああ、確かにそつなくこなしそうですから、そんな失言はしないでしょうね。ちょっと他人へのあたりがきつそうだったので止めましたけど」

 

 ここはカルネ村。

 冒険者モモン=アインズが、冒険者組合で文字が読めないために諍いを起こして後、銀クラスの冒険者『漆黒の剣』並びに薬師ンフィーレアとともに怪物(モンスター)討伐、薬草採取の護衛、そしてカルネ村への配達という任務のためにやって来ていた。そして、村の手助けに訪れていたベルと偶然(・・)出会い、二人で話していたところにンフィーレアがやって来たのだった。

 

「…………」

「…………」

「……エンリ。……アルベドの胸をアインズさんが揉みしだいたって言ったの憶えてましたね」

「……まあ、口止めしたのは私がアンデッドであるって事と現在の基礎知識を知らないって事だけでしたし」

「ま、まあ、いいのでは?」

「よかないでしょ。エンリ、女の子ですよ。伝聞でもそんなことしたって知ってるって、今後、どんな顔してエンリに会えばいいんです?」

「いつもの顔でいいでしょう。どうせ骸骨なんですし」

「他人事みたいに言いますね」

「めっちゃ他人事ですし」

「言い切りましたね! そもそもベルさんが言ったからでしょう!」

「だって事実でしょうが!」

 

 馬鹿な二人のやり取りに、アルベドの名前を出したことの謝罪を切り出すタイミングがつかめず、ルプスレギナはいつまでもまごついていた。

 

 

「それにしても、アインズさんがガゼフの報酬を届けに来るとは思いませんでしたよ」

「私もです。文字が読めずに適当にとったものが、まさかガゼフが内々に依頼した、この前の報酬の配達依頼だったとは」

 

 しばらくして、いつもどおり強制的に精神が落ち着いた二人は、スライディングするように土下座したルプスレギナに対して支配者然とした態度で再び同様の過ちは行わないようにと注意をしたうえで、先ほどのやり取りは他の者には言わないように言い含めた。そして、モモンが運んできた荷物に一緒に入っていた手紙をあらためて広げてみる。

 当然ながら、そこに書いてある文字は読めない。先程、カルネ村のアインズ達にあてがわれた家に入り、そこで〈解読〉のスクロールを使って内容を読んだのだ。

 

 そこには前回の件の感謝の言葉、本来自分が直接カルネ村を再訪すべきところだが貴族の目があり行けなくなったことへの謝罪が書かれていた。

 

 ガゼフとしては正式に先だっての件を報告し、アインズ達に王国からの報奨の支給と王都への招待を行いたかったのだが、それは叶わなかった。

 王派閥と貴族派閥で争う今の王国では、それは貴族たちによる口舌の争いの的となったのだ。

 名前も知られていない見ず知らずの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が王国の兵士それも王国戦士長という地位にあるものを差し置いて王国の民を救った。それも民を襲っていたのは法国の人間で、それを明確に示す証拠物品があり、さらに当の指揮官まで生け捕りにしたというおまけつきだ。

 会議は紛糾し、ガゼフの能力を疑問視するだけに飽きたらず、そのゴウンとかいう魔法詠唱者を引っ立てるために軍を派遣すべきだとか、この件を基に法国に攻め入るべきだなどという話まで出た。

 その場は王の声で何とか収まったが、もしガゼフと互角に戦った少女ベルの話までしていたら、それこそとんでもないことになっていたはずだ。

 

 アインズ達に約束した先の件を反故にするのは信義に反するし、あのような強大な力を持つ者たちを冷遇するのは王国の為にもならない。だが表立ってはそういった事は行えない。

 

 そこでガゼフは一計を案じた。

 貴族の目が届かないよう、伝手を使ってエ・ランテルへ報酬と手紙を運び、そこで他人の名でミスリル級冒険者への依頼として冒険者ギルドへ頼んでもらったのだ。

 だが、そこで齟齬が生じた。ガゼフとしては自分が直接おもむけないことへの詫びとして、わざわざエ・ランテルで雇える最高の冒険者であるミスリル級に託すことで、王国が決してアインズ達を軽視していないことを示そうとしたのだが、当の冒険者たちはそんな内実は当然ながら理解していない。

 ミスリル級の冒険者ともなると、ほぼ一生分の金は稼ぎ切っている。冒険者としての依頼を受けるのは生活の為というより、自らの探求心や功名心を満足させるため、そして力を持つものとしての使命感の為に依頼を受けている。銀や鉄、銅級の冒険者ならよだれを垂らして飛びつくような、報酬は高額だが、ただの配達任務というものを受けようとはしなかった。

 その為、他の任務が請け負われ張り出された羊皮紙が剥がされていく中、この任務のみが周囲に他の依頼の紙がない状態で、一枚だけぽつんと貼ってあった。

 それを冒険者組合に来たものの文字が読めなくて困ったアインズが、ただ目についたという理由で手にとり、受付に持っていったのだ。

 しかし、ミスリル級冒険者が受けようとしなかったとはいえ、それはあくまでミスリル級冒険者に依頼された任務である。

 当然のことながら、問題が起き――

 

「ミスリル級冒険者を吹っ飛ばしちゃったんですか?」

「ええ、まあ……。前日に宿屋でやったように胸ぐらをつかんで放り投げたんですけど、その時横に投げ飛ばしたら他のテーブルにぶつかっちゃってトラブルになったので、そうならないようにと今度は上に投げたら、そいつ天井に頭をぶつけて気を失ってしまいましてね」

「うーん。文字が読めないことをごまかすための苦肉の策から起こった仕方のないことですけど……。まあ、良くはないですねぇ」

「やはりそうですか」

「なんせ、相手はミスリル級冒険者ですからね。そいつがどんな奴かは分かりませんが、下手に恨みを持つ奴だと嫌がらせとか悪評立てるとかあるかもしれません」

「はぁ、参りましたね」

 アインズは肩を落とす。

「いやいや、さっきも言いましたけど、良くはないですが仕方のないことですよ。とにかく何か行動すればトラブルはつきものです。それにそのおかげで、そのミスリル級の依頼を銅級の新人モモンが受けられたんですから。おかげでガゼフの報酬以外に、冒険者としての依頼金まで手に入る事になりますから、だいぶ財政が潤いますよ」

「そう言っていただけると、少し気が楽になります」

「それより対処法を考えときましょう。それで、その投げ飛ばしたっていうミスリル級冒険者はなんて奴なんです?」

「ええと、なんだったかな? たしかクラル……いや、カラルグラ、クロラグル……なんだかそんな感じの変なチーム名でしたね」

「はっきり憶えていないんですか?」

「あ、私にケンカを売ってきたのは、そこのリーダーだとかいうイグヴァルジって男でしたね」

「ふむ。冒険者組合付近でシャドウデーモンに聞き耳を立てさせておけば、いずれ特定できるでしょう。ミスリル級の冒険者、それも銅級に負けた存在となると色々噂とか立つでしょうし」

 ベルは腕組みをしながら考えていたが、ふと思いだしたようにアインズを見上げた。

「そう言えば、なんかタレントってのあるんですって?」

「ああ、そうらしいです。なんだか、特別な才能――異能と言ってもいいようなものを持って生まれる人間がいるらしくてですね。なんというか、生まれる際に低確率で、かつランダムにスキルを取得するような感じらしいですね。一緒に来た冒険者のニニャは魔法の習熟が通常より容易になるというタレントを持っているらしいですし、あのンフィーレアは使用制限を無視してありとあらゆるマジックアイテムを使うことが出来るそうです」

 

 ベルは目を細めた。

 

「アインズさん、それ……」

「ええ、注意が必要ですね」

「タレントですか……、どんなものなのか、調べてみたいですね。持っている人間を手に入れるか、囲い込むか……。ああ、それはそれとして」

 

 パンと手を叩く。

 

「これから皆で薬草取りに行くんでしょう?」

「ええ、ついでに森の賢王も倒して、可能ならば従えてしまおうと思ってます」

「ああ、そりゃいいですね。カルネ村の発展を考える時に、なにかとあいつの存在が引っかかってきて、とにかく邪魔で邪魔でしょうがなかったですし。……っと、それでこれから森に行って、カルネ村で一泊して明日には帰るって日程なんですよね?」

「はい。今のところ、そんな予定ですけど」

「それなんですけど。エ・ランテルに帰るの、もう少し遅らせられませんか? ちょっと、面白そうなの見つけたんで。あとデミウルゴスのとこの嫉妬の魔将(イビルロード・ラスト)って〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉使えましたよね? 少し、アイツ貸して下さい」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 クレマンティーヌはエ・ランテルの貧民街。それも廃棄された地区を歩いていた。

 今日はここで待ち合わせがある。金の為なら汚れ仕事も請け負うワーカーを雇うためだ。

 目標であるンフィーレアは、タイミングよく薬草を取りにエ・ランテルを出てカルネ村という集落の方へ行ったらしい。そして護衛は銀級と銅級という有様。まさに攫ってくれと言わんばかりの状況だ。

 ただ、さすがに一人でそいつらを襲ったとしたら、いかに自分と言えども数に押されて獲物の逃走を許してしまう事になるかも知れない。

 そこで、数には数という事でワーカーを雇うことにした。

 出来れば捕まえた後に足がつかないように、普段からエ・ランテルにいる連中じゃない方がいい。さすがにそういう条件付きだと探すのは面倒かと思ったが、もうエ・ランテルに数年潜伏しているカジットに頼んだら伝手を使って条件にあてはまる数チームを探し、さらに連絡まで取ってくれた。とりあえず、頭数さえいてくれればいい。ンフィーレアを捕まえたら、あとは全員殺してしまってもいい。

 一仕事終わった後、ワーカー達にどうネタ晴らしして、そしてどう殺そうかと考えながら鼻歌交じりに歩いていた足がピタリと止まった。

 

 直感。

 

 やばい。

 なにか危険がこの先にある。

 

 血の匂いはしない。

 だが、長年危険と隣り合わせに暮らし、多くの死を見、そして作りだしてきたクレマンティーヌは空気に漂う死の匂いを感じていた。

 

 周囲に注意を巡らす。

 何の音も聞こえない。

 いや――不自然なほど静かすぎる。

  

 引き返すべきか?

 わずかにあとずさりした、その瞬間、また足が止まる。

 

 前だけではない。後ろからも危険な感じがする。

 囲まれている?

 どうする? 全速力で走って逃げるか? こちらから奇襲して倒すか? それとも交渉してみるか?

 

 逡巡するクレマンティーヌの前に、路地の暗闇から二人の人影が現れる。

 

 一人は少女。腰まで伸ばした白に近いブロンドの髪に紫色の不思議な衣服を身に纏っている。

 もう一人は金髪のメイド。その容姿、体形、全てがまるで何者かに作り出された芸術品のように整っている。

 

 感覚で分かる。

 このメイドは危険だ。おそらく自分に匹敵、もしかしたら自分よりも強いかもしれない。

 いったい何者だ? クレマンティーヌはスレイン法国の漆黒聖典として、強者の知識は十分蓄えている。風花の調査でも、法国の外で自分にかなうのはこの近辺では5人だけという事だった。そして、このメイドはその5人のだれとも容姿が似通っていない。

 

 目立たないようにわずかに腰を落とし、即座に行動を起こせるように態勢を整えていると、少女の方が近寄ってきた。

 

「やあ、こん……」

 

 クレマンティーヌはスティレットを手に、矢のように飛びかかった。

 

 相手の正体は分からない。意図も分からない。

 だが、主導権は渡さない方がいい。

 見たところ、あのメイドの方はかなりの使い手だが、こちらの少女は全くの素人だ。ただの金持ちの娘か、それともどこかの組織に属する高位の者なのかもしれない。もしかしたら見た目は幼くても、竜王国のロリババアのように年を誤魔化しているのかもしれない。金持ちの娘ならともかく、どこかの組織の人間なら拙いことになるかもしれないが、この状況で何もしないでいるよりはマシだと判断した。

 とりあえず、足でも突き刺して人質にしてから話を聞けばいい。

 

 電光のような速さの載った突き。

 だが、その刃先は少女の手にしっかと掴まれた。

 

 クレマンティーヌは驚愕に目を見開く。

 いまだかつて、自分の必殺の突きをそのようにされた事は一度たりともない。

 力を込めて振りほどこうとするが、まるで万力に挟まれているかの如く、びくともしない。

 

「うーん。えっとさ、ボクは君に……」

 

 空いているもう片方の手で別のスティレットを手にとり、少女に突き立てようとするが、それも同様に掴まれてしまった。

 

「あのね……」

 

 次の瞬間。

 クレマンティーヌはスティレットに込められていた魔法の力を解放した。触れていたベルの身体に〈雷撃(ライトニング)〉が流れる。本来は刃先を相手の身体に突き立て、体の内部に直接魔法をぶちこむという必殺の業だ。刃先を掴まれているだけという状況で使うのは、あまり良い手段とは言えないが、今のこの状態を打破しないことにはもうどうしようもない。とにかく、相手の手を離させることが最優先だ。

 だが――

 

「ん? これは〈雷撃(ライトニング)〉かな? 属性武器というより、魔法を追撃として放っているのか? 面白いね」

 

 〈雷撃(ライトニング)〉を受けたはずの少女は何の苦痛も効果もないように、平然と声を発している。

 

 そんな、馬鹿な!

 

 もう片方の〈火球(ファイヤーボール)〉も発動する。

 だが、一瞬、少女の身体が炎に包まれるも、瞬く間に雲散霧消した。

 

「へえ、いろんな魔法を好きに装填出来るんだ。色々と応用がききそうだね。……でもさ、ちょっと、人の話は聞こうよ」

 

 微かにイラついた声が耳に届いた瞬間、ものすごい力で両手のスティレットが奪い取られる。そして、少女がクレマンテーヌの顔に手を伸ばす。

 それを後ろに下がって避けようとしたが、

「っ!?」

 後退しようとした足を払われた。

 自分の背後にはいつの間に回り込んだのか、金髪のメイドが立っている。

 

 羽交い絞めにされる!

 

 とっさに、残った予備のスティレット2本を手にとり、掴まれた瞬間メイドの脇腹に突き立てようとしたが――

 

 

 ――ズブリ。

 

 クレマンティーヌの身体が、メイドの身体に沈み込んだ。

  

 クレマンティーヌは混乱した。

 背がぶつかると思った瞬間、その背に当たるはずの感覚がなく、代わりに泥に潜るような感触とともに自分の身体が他人の身体にめり込み、そして突き抜けたのだ。しかも、その直後、今度はびくともしなくなる。

 

 今、目の前に見えているのは金髪の後頭部だけ。口から下はメイドの身体の中にある。

 

 訳が分からない。

 口元から胸、上腕部までがメイドの体内にめり込んでいる。

 クレマンティーヌは自由に動く足をばたつかせる。足を曲げて、メイドの膝をへし折ってやろうと踵を叩きつける。だが、その足も体のときと同様に、泥に足を突っ込んだような感触の後に引き抜けなくなる。もう片方の足も同様だ。

 唯一動かせる肘先で必死にスティレットをメイドの脇腹に突き立てるが、メイドは意に介した様子もなく、「はいはい。暴れないでくださいませ」と言って、その手首をつかみクレマンティーヌのへその上辺りに押し付ける。

 

 もはやクレマンティーヌは何一つ身動きが取れない状態だ。

 見る人がいれば、それは奇怪な光景だったろう。端正な顔と素晴らしい身体つきをした美しいメイドの直立しているその身体に、肌もあらわな鎧を着た別の女がエビぞりのような状態でめり込んでいるのだ。

 女の身体に潜り込んでいる部分では、まるで無数の触手が皮膚を撫でているようなおぞましい感触が伝わってくる。

 

 クレマンティーヌは唯一動かせる目を大きく見開き、周囲を見回す。

 その目は暗闇から現れた第三の存在をとらえた。

 

 肉感的な身体を持つ女。黒い革で出来た身体の要所要所だけを覆う衣服を身に纏っている。だが、最大の特徴はその頭部。女の頭は人間のそれではなく、黒い鴉そのものだった。

 

 悪魔。

 

 クレマンティーヌの身体に震えが走る。

 いま、目の前にいるこの悪魔は明らかに桁が違う。

 人間が体を鍛えたからどうしたの、修行をしたからどうしたのといった些細なものを超越している。

 

 圧倒的な強者の空気。

 

 それがクレマンティーヌの肌にビリビリと伝わってくる。

 

 クレマンティーヌもそれこそ数え切れないほどの修羅場をくぐり、強敵と相対してきた。幾度も視線をくぐった。死も覚悟した。死よりもつらい拷問を受けた。だが、そんなものは、今、目の前にいる存在と比べれば何の意味も価値もないものだった。

 はるか昔、子供の時、他愛もない闇や影におびえたように、クレマンティーヌはただ無力な幼子のように恐怖に身体を震わせていた。

 

 その悪魔が、身動きの取れないクレマンティーヌの額に手を伸ばす。

 クレマンティーヌは悲鳴をあげたかったが、その口はメイドの身体の中なため、それすらもかなわなかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「やっほー。カジッちゃん、ただいまー」

 

 声をかけられカジットは眉を、カジットには眉毛などないが、ひそませた。

 

「どうした、クレマンティーヌ? ワーカーを雇って、街を出たンフィーレアを攫いに行くと言っておったではないか?」

「ああ、それね。やめちゃった」

 

 カジットの瞳が危険な形に吊り上がる。

 

「クレマンティーヌよ。何を考えている? 儂はこの街を死の街へ変えるために、数年の準備をしてきたのだ。儂の邪魔をするのなら……殺すぞ?」

 

 僅かばかりでない苛立ちと殺意のこもった声。

 しかし、その声にクレマンティーヌは平然と答えた。

 

「まあまあ、怒らないでよ。代わりに凄くいい物、持ってきたんだ」

 

 そう言って、背負い袋からアイテムを取り出す。

 それは奇怪な姿をしていた。見たこともないような金属で出来た物体。細長い円錐のようなものが螺旋をまいて上へと伸び、さらにはその途中途中から奇怪に折れ曲がる筒状の突起が生えている。

 

「なんじゃ、これは?」

 

 見るからに謎の物体。外見からはまったく用途もわからない。だが、念のため、カジットは〈道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)〉〈付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)〉をかけてみる。

 

 その顔色が瞬時に変わった。

 

「なっ! ば、ばかな、これは……!? き,貴様、いったいこれをどこで……」

「えへへへへ。凄いでしょ。これはね。スレイン法国が厳重に保管している秘宝の一つでー、ふふん、発動させると、この先っちょのところから霧が出て、かなり広範囲に広がるんだよ。そして、その霧でおおわれている場所では際限なくアンデッドが召喚されるって代物。いうなれば、範囲にかける〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉って所だね。法国がこの近くを輸送するっていうから、ちょっと行って奪ってきちゃった」

 

 そう言ってにひひと笑う。

 

「ふはは。つまりは、このエ・ランテルそのものがカッツェ平野となるという事だな。素晴らしい。これがあれば、ンフィーレアなんぞ必要ない。早速、死の祭典を前倒しで進めよう」

 

 意気揚々とそのアイテムを運ばせ、準備を始めるカジット。

 

 

 だが、クレマンティーヌはその背を見ながら、ふと心に浮かんだ疑問を考えていた。

 

 スレイン法国の秘宝……?

 そんなものあったっけ?

 そもそも、そんな存在があるという事をいったいどこで聞いたんだったか……?

 輸送しているところを奪う? あれ? 自分はここ最近エ・ランテルを離れたことはない。いったい、どこを輸送していたんだ?

 それに自分の武器。愛用のスティレットは4本あったはずなのに、今は3本しかない。どこかに落としたのだろうか? それにそのうち1本は魔法蓄積(マジックアキュムレート)に込めていた魔法が何故か無くなっている。

 

 何か違和感を覚え、記憶をたどる。

 確か、自分はどこかに行こうとしていた。ワーカーに会う約束で……。人通りのない暗い道を歩いて……。

 

 ――少女。

 

 そう、少女を見たんだ。

 白に近いブロンドの髪を長く伸ばし、紫色のこの辺りでは見ない奇妙な服。

 

 でも、あれはどこで見たんだ?

 そもそもあれは誰だったんだ?

 

 クレマンティーヌの疑問は晴れぬまま、死の螺旋の準備は速やかに進んでいった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その日、異変に最も早く気付いたのは墓地を見張る衛兵だった。

 

「今日も静かな夜だなぁ」

「ああ、そうだな。いつもこうだといいんだけどな」

「そうだな。早く交代が来ないかね。酒でも飲みに行きてぇや」

「まったくだなぁ。 ……なんだか霧が出てきたな」

「ああ、そうみたいだな。俺の生まれ故郷では……」

「ちょっと待て! 何か聞こえなかったか?」

「おい、脅かすなって」

「いや、耳を澄ませてみろ」

 

 鎧が立てる音を抑えるため、身動きせず耳を澄ませる。

 なにか遠くから固い音が聞こえてくる気がする。

 

「なんだ?」

「墳墓を見回っている隊が帰ってきたんじゃないか?」

「もうか? しばらく前に行ったばっかりだろ」

 

 だが、見ると一人の衛兵が墓地の中から門の方へと走ってくる。

 たった一人?

 巡回の部隊は必ず10人一組で行動するはずだ。何故一人だけなのか。その衛兵は目は大きく見開き、必死の形相を浮かべ、明らかに異常な様子だ。

 やがて門へとたどり着き、走ってきた勢いのまま体当たりする。そして、上にいる仲間たちに門を開けるよう頼むことも忘れたように、ガチャガチャと扉を揺らし続け、握りこぶしを叩きつける。

 その様子に、塀の上にいた衛兵たちが慌てて扉を開ける。走って来た男は文字通り転がり込んできた。

「どうした? いったい何があった?」

 問う声に答えもせず、(おこり)のように身体を震わせた途端――。

 

 ビシャアッ!

 

 その腹が破裂し、中から内臓が飛び出した。

 

「ひやああぁぁっ!」

 

 近づいていた衛兵が悲鳴を上げる。飛び出した内臓はグネグネと生きた触手のように衛兵の身体に絡みつく。

 周囲の者達は慌てて引きはがそうとする。

 だが、そうして仲間を救うために格闘する耳に新たな音が聞こえてきた。

 門の向こう側から大挙して歩いてくる無数のアンデッドの群れ。

 

 

 

 その日がエ・ランテルの地獄の始まりだった。

 




ナーベラル
「もちろん私ならば、たとえどんなことがあろうとアルベド様のお名前をうっかり喋るような失態は致しません。もし万が一にもそのようなミスをしたら、小鉄のコスプレでもしてあげます(フフン)」



ようやくタイトル詐欺状態を脱せそうです。

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