オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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今回、バトルシーンばっかりです。


2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/10/7 文中で誤って改行していたところがあったので訂正しました。
 「鈴がなるような」→「鈴が鳴るような」 訂正しました
2016/11/27 「~来た」→「~きた」、「~言った」→「~いった」、「元」→「下」訂正しました


第17話 エ・ランテル それぞれの戦いー2

 ガッ!

 

 クレマンティーヌの振るったモーニングスターが、スケリトル・ドラゴンの右足をへし折る。

 

 バランスを崩したスケリトル・ドラゴンがその身を地に落とす。だがクレマンティーヌはそれより早くその下を潜り抜け、次の獲物へと身を躍らせた。

 

 つい先ほどまでカジットの配下として仕えていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)、今はその身が何年もかけて習得した幾多の魔法もたったの一つすら使えずただのゾンビとして動くその膝を蹴り砕く。そして、その体が倒れるより先に、へし折った膝を踏み台として蹴りを放った。クレマンティーヌの戦闘用に補強されたブーツのつま先がその頸椎を完全に砕く。偽りの生命を与えられた死体は、再び物言わぬ死体へと戻った。

 

 カジットが魔法を唱える。緑の槍状の光がクレマンティーヌめがけて飛ぶ。

 

 クレマンティーヌはそれから逃げるように飛びのいて距離をとった。だが、その前にもう一体のスケリトル・ドラゴンが立ちはだかる。

 スケリトル・ドラゴンがクレマンティーヌを踏みつぶそうと前足を振り下ろす。だが、それを前にしてクレマンティーヌは速度を落とすどころか、さらに加速した。

 前足が地面に叩きつけられるより早く、踊るようなステップでスケリトル・ドラゴンの足の間をすり抜ける。カジットの放った〈酸の投げ槍(アシッド・ジャベリン)〉が魔法を無効化するスケリトル・ドラゴンの身体にぶつかり雲散霧消する。

 

 駆けるクレマンティーヌの狙いは先ほど右足を砕いた方のスケリトル・ドラゴン――。

 

 ――と見せかけ、今体の下をくぐったばかりのスケリトル・ドラゴンがもう一体に近づけさせまいと放つ尾による薙ぎ払いを高く跳躍してかわし、落下する身体を回転させ、攻撃の直後でまだ体勢の整わないその背に必殺の一撃を放った。

 その一撃は狙いたがわず背骨を打ち砕く。力を失ったスケリトル・ドラゴンの身体が大地に叩きつけられ、その自重で巨大な体を構成していた人骨がばらばらと四散した。

 

「うぬぅっ!」

 

 カジットは憎々し気なうなり声をあげ、〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉を右足を折られたスケリトル・ドラゴンに当てる。

 先程クレマンティーヌに砕かれた自身の左腕も治したいが、そちらを先にすると、その間にスケリトル・ドラゴンが完全に破壊されてしまう。そうなれば前衛のいない魔法詠唱者(マジック・キャスター)である自分はたやすく倒されてしまうだろう。

 すでにゾンビにした自分の元配下たちは、あらかたクレマンティーヌに倒され、動けるのはたった2体しかいない。スケリトル・ドラゴンも今、1体倒されたため、治療中の1体のみ。そして、自分は片腕が砕かれ、頼みになるのは〈死の宝珠〉のみという有様だ。

 

 対してクレマンティーヌは怪我一つせず、体力的にもまだまだ余裕があった。今もへらへらとした笑いを浮かべながら手慰みにモーニングスターをぐるぐると回している。

 

「あのさぁ。確かに私って得意なのは刺突だけどさー。もしかして、それさえ何とかすれば何とかできちゃうとか思ってた?」

「な、なんなのだ、貴様は! た、たかが人間が、このアンデッドとなった儂に!」

 

 言われたクレマンティーヌはふむふむと訳知り顔でうなづいた。

 

「ねぇ、カジッちゃん。あなたさぁ、なーんか体の感じがいつもと違う気がしない?」

 

 一瞬、カジットは呆気にとられた。

 自分は人間をやめてアンデッドとなったのだ。以前と違うのは当然ではないか。

 

「ああ、そういう意味じゃなくてさ。なんか身体がちょっと前より動かせないとか。んーと、カジッちゃんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)だから、魔法が前より使いづらくなったとか」

 

 !?

 確かに以前と比べて魔法の使用に違和感はあるが……。

 なぜ、こいつがそれを知っている!?

 

「えへへ。あのねぇ、カジッちゃんみたいに人間から他の種族に変化した時の事なんだけどさ。確かに人間より優れた種族の肉体能力とか、その種族特有の能力を手に入れられるから強くはなれるの。なれるんだけどさ。でもね、それをちゃんと使いこなせるようになるには時間がかかるんだぁ」

「な、なに!?」

「だからぁ、それやると変化によっていろんな能力が手に入ったりするんだけどさ、変化した後は以前と比べて戦士としての力も、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力も低下するって事。まあ、もう一度鍛錬して強くなれば、最終的には人外の力がベースな分強くはなるんだけどね。要するに、今のカジッちゃんはアンデッドとしての基本的な力は手に入れたものの、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としては前より弱くなってるって事」

「な……そ、そんな馬鹿な……」

「あはは。正直、アンデッドになる前のカジッちゃんとスケリトル・ドラゴン、それとカジッちゃんが殺してアンデッドにしちゃった部下たちが生きたままだったら、私もちょおっと分が悪かったよ。スケリトル・ドラゴンが盾になってる間に魔法をガンガン使われたら、さすがに厄介だったもんね。まあ、自分から弱くしてくれたカジッちゃんには感謝感謝」

 

 おどけて話すクレマンティーヌの言葉に、思わず、身体がグラッと傾いた。

 何とか踏みとどまったものの、その心の中の衝撃は激しい。

 

「んー、でも、まあ、そろそろ潮時かな? 私もそろそろ逃げなきゃいけないし、あの霧を出してるアイテムさえあればこの状況は続くから、別にカジッちゃんはもういらないよねー」

 

 そう言って、クレマンティーヌが一歩前へ出る。

 

 カジットは一歩後ずさった。

 

 なにか、何か手段はないか?

 長き時の果て、ようやくアンデッドとなったのに!

 このまま、ここで終わるのか!?

 

 歯噛みするカジット。

 

 

 その時。

 その耳に、すでに外耳はないが、なにか地鳴りのようなものが届いた。

 

 驚いて振り向く。

 

 立ち込める霧の奥から、重い足音を立ててこちらに走ってくる巨体があった。

 カジットの口から思わず笑いが漏れる。

 

「ふ……ふはは、ふはははは。素晴らしい。なんと素晴らしいのだ。死の螺旋は、まさかこんなアンデッドすら生み出そうとは! ははははは!」

 

 狂ったように笑うカジットの声が響く中、一体のアンデッドが姿を現した。

 

「見よ、クレマンティーヌよ! これこそ英雄と呼ばれるものしか太刀打ちできぬ伝説のアンデッド! 生命を憎み、この世を死で満たす究極の存在! デスナイトだ!!」

 

 ズンと地響きを立てて、死の騎士が大地にしっかと立つ。

 その姿は圧倒的な死を振りまく暴君そのものだった。

 今もどこかで暴虐を繰り広げてきたのか、その巨大な盾、それに手にしたフランベルジュの柄頭は、まだ乾いていない鮮血がてらてらと輝いていた。

 

 先ほどまで余裕しゃくしゃくだったクレマンティーヌは顔をひきつらせた。

 その姿を前にしただけで、氷のような悪寒が背筋を登ってくるのを抑えることが出来なかった。

 

「ふはは! 行け、デスナイトよ!」

 

 カジットの声に応えるように、デスナイトはクレマンティーヌに襲い掛かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「しゃあ!」

 

 化鳥のような叫び声とともに〈薔薇の棘(ローズ・ソーン)〉の突きが繰り出される。それも一度ではなく、相手をそれこそ穴だらけにするかの如く幾重にも。

 しかし、その降雨のような連撃をユリはすべて両手の籠手で防いでいた。

 

 相手の呼吸を見極め、放たれた無数の突きのうちの一つを連撃の最後の突きと判断する。それを腕を回すように回転させからめとる。突然変化した防御にマルムヴィストが反応しきれずバランスを崩したところへ、踏み込んで肘の一撃をたたき込む。

 うめき声をあげるマルムヴィストに、鎖骨への鉄槌、胸への肩での体当たり、そして後ろへ身体が反った所で、足の膝裏付近を跳ね上げる。マルムヴィストの身体が数メートルは宙を飛んだ。

 

 その攻撃の隙を狙ったのはエドストレーム。手にした三日月刀(シミター)で切りかかってきた。

 その攻撃を、ユリは難なく籠手で受け、更に一歩踏み込む。剣の間合いより近く踏み込まれてしまったエドストレームは後ろに飛びのき距離をとろうとする。

 だが、当然、ユリはそれを許さず再び間合いを詰めた。エドストレームが反撃するなり、更に動くなりするより早く、下から、横から、そして上に伸びあがってからの振り下ろしという肘の連撃をたたき込む。

 

 エドストレームがその場に倒れ込む。

 その時、わずかに光るものがほんの一瞬前までエドストレームの身体があった所を通り過ぎる。ペシュリアンの操る鋼線と言ってもいいほどの薄さを持つ剣だ。

 およそどんなものでも切断するであろうし、その剣というか鞭の軌道を認識することすら人間にはほぼ不可能と思われるそれを、ユリは下から籠手で払いのけた。わずかに軌道が変わったその斬撃を背をそらして避ける。

 その後、続けざまに放たれる斬撃をすべてスウェーやダッキングで避ける。焦れたペシュリアンが下半身を狙って低い薙ぎ払いをすると、瞬間、ユリは飛んだ。数メートルの距離を一瞬で詰め、ペシュリアンの頭へ兜越しに膝蹴りをたたき込む。

 金属鎧を着ていてさえ防げない衝撃に、ペシュリアンの身体は大きく揺らぐ。後ろにそのまま倒れかける。

 だが、ユリはそれを許さず、その首筋を両手で掴んだ。

 ペシュリアンに体勢を整えることを許さず、右に左にその体を振り回しながら、足へのローキックや腹部への膝蹴りの雨を降らせる。そして、飛び上がって膝蹴りを胸部へたたき込むと、ペシュリアンの身体はビクンと大きく身を震わせ、人形のように力なく倒れる。

 しかし、そのまま地面に倒れ伏すのを待たず、ユリはサイドキックでその身体を蹴り飛ばした。重い全身鎧(フルプレート)に包まれた身体がぼろきれのように吹き飛ばされた。

 

 

 ユリは軽く肩を回すと、そのレンズが入っていない眼鏡の位置を直した。

 

 

 マルムヴィストらがうめき声をあげながら、緩慢な動きで何とか立ち上がる。

 

「少々お聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 

 鈴の鳴るようなという表現の似合う美しい声。

 それを発したメイドは息一つ切らしていない。

 対して、言われた三人は息が切れるどころか、その身の苦痛でまともに呼吸することすらままならない。

 

 マルムヴィストは、今は少しでも会話で引き伸ばして体力を回復させた方がいいと、その会話に付き合う事にした。

 

「なんだい、お嬢さん?」

 その言葉に一瞬、ユリの眉がひそめられた。だが、すぐに平静を取り戻す。

「はい。大変失礼ですが、皆様はお強いのですか?」

 

 言葉通り、大変失礼にもほどがある質問だ。

 ましてや、今、自分が叩きのめした相手に向かってである。

 さすがにマルムヴィストの心にも怒りが芽生えるが、そんなことはおくびにも出さずに答えた。

 

「ああ。強いつもりでいたがね」

「なるほど。大体どれくらいなのでしょうか?」

「ん? ……ま、まあ、アダマンタイト級の冒険者とやりあえると自負しているが……」

「アダマンタイト級冒険者? それはどのくらい強いのですか?」

「は?」

 

 あまりの言葉にマルムヴィストは絶句した。

 

 いったい、このメイドは何を言っているんだ? アダマンタイト級冒険者を知らない? そんな人間いるわけがない。ましてや、ここまで自分たちを圧倒するほどの強さの持ち主だ。そんな人物が強さの基準すら知らないなどという事があるだろうか。

 

 だが、視線の先のメイドはまったくまじめな表情。その顔からは嘲笑の感情をわずかでも読み取ることは出来なかった。

 

「ええっと。冒険者ってのは強さ、まあ多少例外もあるけど、とにかく実力に応じてランク分けされてる。銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトの順だな」

「ほう。皆様方はアダマンタイト級と言っておられましたが、それはどれほどの数がいるのですか?」

「……まあ、王国には2チーム、帝国にも2チーム。あとは周辺国に何個かいるくらいか」

「ふむ。つまりアダマンタイト級というのは、この近辺の国には数えるほどしかいない強者。そして、皆様方はそのアダマンタイト級に匹敵する強さという事で間違いないでしょうか?」

 

 なんだか先程から、六腕としてのプライドをぐりぐりと焼けた鉄鉤でえぐられるような質問ばかりだが、とりあえず答えた。

 

「ああ、そうだな。……そんな俺たちと戦えるお嬢さんは何者だい?」

 

 だが、その質問には答えずユリは考え込んだ。

 

 

 アインズとベルは現地の人間の情報、特に強者の情報を求めている。

 この者たちは、彼らの話通りだとするならば、この周辺ではかなりの使い手。

 殺すよりは攫っていった方がいいのではないか?

 

 

 判断に困ったユリは指示を仰ごうと、〈伝言(メッセージ)〉の巻物(スクロール)を取り出す。それを使いベルに連絡を取ろうとした瞬間――。

 

 ――彼らが動いた。

 

 ペシュリアンの剣が閃く。

 だが、先程よりも鋭さがない。たやすく籠手で受け流す。

 同時にマルムヴィストとエドストレームが飛びかかる。マルムヴィストの突きを籠手で防ぐ。手から離れた巻物(スクロール)が燃えながら落ちていった。

 

 エドストレームがその三日月刀(シミター)を大きく振りかぶり――そのまま投げつけた。

 

 これにはユリも意表をつかれた。

 だが所詮、投擲専用の武器ではないものを投げつけただけ。ユリがわずかに首をひねると、そのまま空を切って後ろへ飛んでいった。ユリの耳にそれが地面に落ちた音が届く。

 エドストレームは何本もある刀を次々と投げつけるが、当然そんなもの当たるはずもない。すぐに投げつくしてしまった。攻撃手段を失ったその身体をとりあえず蹴り飛ばす。エドストレームの身体が吹っ飛んだ。

 マルムヴィストが幾重にも連撃を行うが、その剣閃はつい先ほどまでの鋭さを持っていない。腰が引けたような浅い突きを何度も繰り出す。それら全てを片腕だけで弾き返した。

 

 ユリは少々困惑していた。

 どうも、彼らの攻撃が先刻までと異なっている。こちらの命を仕留めようとする気合の下に繰り出されているのではなく、なんというか、ただ形だけ攻撃を繰り出しているといった感じの気の抜けたものになったからだ。

 

 そこそこの強さとはいえ、ひ弱な人間だから、もう諦めてしまったのだろうか?

 

 内心疑問に思いながら、彼ら一人一人の顔を見回す。

 回避すら容易い攻撃を繰り返すマルムヴィスト。剣を鞘に戻したまま動こうとしないペシュリアン。そして地面に倒れたまま顔をこちらに向けるエドストレーム……。

 

 ?

 ユリは違和感に気づいた。

 

 地面に倒れ伏したエドストレームはこちらを爛々とした目で見ていた事。決して恐怖や憎しみ、諦観といったものではない、あの目は……。

 

 次の瞬間、ユリの背筋に走るものがあった。

 それは直感。

 

 刹那、マルムヴィストが突きを放った。

 先ほどまでの腰が引けたものとは違う、本当の殺気の載った刺突。

 

 突然の変化に戸惑いながらも、その攻撃を受けとめつつ、自分の背後に視線を回す。そこには先ほどエドストレームが投げつけ地面に転がっていたはずの三日月刀(シミター)が空中に浮かび上がっていた。そして、幾本もの剣先が自分に向かって襲いかかった。

 

 ペシュリアンが剣を閃かせる。

 ユリはその斬撃を再度籠手で払おうとしたが――。

 ――ペシュリアンが僅かに手を動かすとその剣先は軌道を変え、蛇のようにユリの籠手へと絡みついた。

 普通は絡みついた籠手ごとその手首が切り落とされるところだが、特殊な素材でできたその籠手には傷一つつかなかった。その代わり、絡みついた腕が動かせなくなる。

 そしてペシュリアンはその全身の力をかけて引いた。

 通常ならば、ペシュリアンの全力といえどユリの力に勝てるはずもなく、逆に引きずられる羽目になっただろう。だが、エドストレームの三日月刀(シミター)が宙に浮いて自分を狙っておりそれを回避しようとしていた事、再びマルムヴィストが必殺の突きを繰り出しそれを防いだ事がかさなり、さすがのユリもバランスを崩した。

 

 思わずたたらを踏む。

 

 その瞬間、飛来した三日月刀(シミター)が狙いたがわず――。

 

 

 ――ユリの首を切り落とした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 クレマンティーヌは荒い息を吐き、汗をぬぐった。

 

 息を飲み込み、再度突進する。

 狙いはスケリトル・ドラゴン。

 ……と見せかけ、その斜め後ろに立つカジット。

 

 〈疾風走破〉

 風を切ってスケリトル・ドラゴンの脇を抜け、黒いオーブを掲げる骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)に接近する。

 

 だが、その前に。

 またあのアンデッドが、その巨体に見合わぬ速度で前へと立ちはだかった。

 

 手にした巨大なフランベルジュを振り下ろす。

 その一撃をクレマンティーヌは〈不落要塞〉で受け止める。その隙に脇をすり抜けようとしたが、デスナイトは素早くその進路をふさぐ。

 続けざまにデスナイトはシールドバッシュを放つ。とっさにガードし後ろに飛びのこうとしたが、デスナイトはその剛力で盾の軌道を変えた。タワーシールドが下へ突き立てるように振り下ろされる。その下端はクレマンティーヌの足をとらえ、その骨を粉砕した。

 たまらず苦悶の声をあげるクレマンティーヌ。そこへ今度は振り上げるように盾の上縁部を叩きつける。重い金属の塊がぶち当たり、クレマンティーヌの顎が砕ける。にやにやと笑うたびに口元から覗いていたあの白い歯を周囲にまき散らしながら、その体が吹き飛んだ。

 

 その様子にカジットは喜悦の笑みを浮かべた。

 

「どうした、クレマンティーヌ? 先ほどまでの威勢が嘘のようではないか?」

 

 先刻、もはやクレマンティーヌにカジットがやられるのは時間の問題といった時に現れたデスナイト。

 高い白兵能力を持つ伝説級のアンデッド。

 その出現によって情勢は一変した。

 

 これまでは相手の数の多さや多少の武装の不利などものともせず、戦士としての技量で圧倒出来た。

 だが、相手にもデスナイトという強力な戦士が加わった。戦士としての強さもさることながら、こいつはクレマンティーヌの攻撃からカジットらを守るように戦っている。

 固いデスナイトの守りに阻まれ、カジットへの攻撃が届かない。その間に、カジットは傷ついていたスケリトル・ドラゴンや自身の回復を終え、さらに再びアンデッドを幾体も作り出していた。デスナイトと戦っている間にも、カジットからの魔法攻撃やスケリトル・ドラゴンらの攻撃が飛んでくる。

 

 もはや形勢は完全に逆転していた。

 

 

 ガッ!

 

 横なぎに振るわれたスケリトル・ドラゴンの尾の一撃がクレマンティーヌの身体をとらえた。吹き飛ばされ、宙に浮いたところを前腕で霊廟の壁へと叩きつけられた。

 全身に受けたダメージとスケリトル・ドラゴンの怪力によって、クレマンティーヌは身動きが取れなくなる。折れた骨に力を加えられ、苦悶の表情をその顔に浮かべた。

 

 カジットはことさらゆっくりとした歩調で近寄った。

 

「ふふふ。いい様よなぁ、クレマンティーヌ」

 

 手を伸ばし、クレマンティーヌの鎧、そこに張り付けられていた無数の冒険者のプレート、その一つを剥ぎ取った。

 

「ははは。お前はこれを集めるのに執心しておったな」

 

 クレマンティーヌの目の前でこれ見よがしに振ってみせる。

 プレートはチャラチャラと音を立てた。

 

「お前はこれを集めることで、自分がしてきたことを誇っておったのだろう。自分はこんなにも強い、自分はこんなにも多くのものを倒した、とな。そうやって、自分に言い聞かせておったのだよ。自分は普通の人間どもとは違うのだと。だが――」

 

 カジットは手にしたプレートを地面へと投げ捨てた。

 

「――だが、お前は人間なのだ」

 

 別のプレートを剥ぎ取り、地面へと投げ捨てる。

 

「お前が殺してきた連中と何ら変わることはない」

 

 さらに別のプレートを剥ぎ取り、同様に地面へと投げ捨てる。

 

「ほんの僅か、誤差程度の強さの差があったに過ぎん」

 

 クレマンティーヌの鎧に着けていた金属板を次から次へとむしり取り、投げ捨てていく。

 顎を砕かれているクレマンティーヌは、憎まれ口一つ叩くことが出来ず、苦痛に顔を歪めていた。

 

 やがて、カジットの足元には様々な金属で出来たプレートの山が出来た。

 それを足をあげて踏みつける。

 

「分かったか、クレマンティーヌよ! お前の積み上げてきた剣技も、お前が幾戦の戦いで得た経験も、全て卑小な人間の身の内での事。この世の理の前には何の意味もないことだったのだ!」

 

 スケリトル・ドラゴンがその腕を振るった。

 クレマンティーヌの身体が、ゴミクズのように吹き飛ばされる。

 

「絶望して死ぬがいい、人間」

 

 身体を起こすことさえままならないクレマンティーヌにゾンビたちが群がる。クレマンティーヌはその手を跳ね除けようとするが、もはやあちこちの骨が折れた体ではそれすらもままならない。

 

 カジットが愉悦に口をゆがめた瞬間――。

 

 

 ドゴォッ!

 

 突如飛来した大剣が、群がるゾンビたちの身体を貫いた。

 

 

「な、何者だっ!」

 

 驚愕して振り向くカジット。

 

 そこには巨大な大剣を持ち、漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏った人物。その後ろには、見たこともないような強大な魔獣と、褐色の肌に赤い髪をした目を見張るような美しい女神官が続く。

 

 その者たちが放つ雰囲気に後ずさるカジット。

 

 やがて全身鎧(フルプレート)の人物は悠々とした足取りでクレマンティーヌの下へと歩み寄ると、先程ゾンビたちを打ち砕いた、よほどの筋力の持ち主でもかろうじて両手で持てるかという巨大なその大剣を片手で持ち上げた。

 そして、両手持ちの大剣を片手に一つずつ、二刀流で持ちカジットへと向き直った。

 

「き、貴様はいったい何者だ?」

 

 動揺の色を隠せないカジットの詰問に、ちらりと兜の奥の視線をクレマンティーヌに向けた後、高らかに名乗りを上げた。

 

「私の名はモモン。この異変を解決するよう頼まれた冒険者モモンだ!」

 

 

 

 




 
 調子に乗って大口叩いたものの、クレマンティーヌの圧倒的な戦闘力の前にフルボッコにされるカジット。

 そこへ伝説のアンデッド、デスナイトが現れた。

 デスナイトはカジットを後ろに隠し、クレマンティーヌの前に立ちはだかる。
 デスナイトが自分をかばって立ちはだかった瞬間、超巨大な城壁が目の前に生まれたような気分になった。心の底から安堵と安心感が湧き上がってくる。

 そして目の前で繰り広げられる凄まじい戦い。

 カジットの失われた心臓が一つ跳ねた気がした。胸に手を当ててみるが、やはりそこにはもう心臓は存在しない。
 
 カジットは両手を組んで祈った。

「……がんばれ、ですないとさま」


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