オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2015/12/26 サブタイトルの話数を漢数字からアラビア数字に変更しました
2016/2/5 「異業種」→「異形種」に訂正しました
2016/5/21 「・・・・・」 → 「……」 訂正しました
 「降りきれた」 → 「振りきれた」 訂正しました
 第〇階層の「第」がついていない所があったので、「第」をつけました
2016/10/5 会話文の最後に「。」がついていたところがあったので削除しました
2016/11/13 「力づく」→「力ずく」訂正しました


第1話 さて、どうしようか?

「さて。まず、我々が行わなければいけないことは、現状の確認です。なぜ、こんなことになったのか?」

 

 ナザリック地下大墳墓の宝物殿。

 見上げるほどの高さのある棚が、数えるのも嫌になるくらい並べられ、さらにそこには様々な金銀財宝に芸術品が所狭しと並べられている。いや、ほとんどのものが並べることすらできずに、棚と棚の合間の床に無造作に積み上げられ、広大な山脈を形成している。

 まさに目のくらむような光景だ。

 そんな財宝の山脈から突き出している棚の上端。そこに俺とモモンガさんは向かい合って腰かけていた。

 

「とりあえず可能性は5つほど考えられます」

 

 いまだ違和感を感じる、透き通るように白い小さな手の指をピッと立てて、声をつづける。

 

「一つ目の可能性としては、ユグドラシルの終了が延期された事。その際、大型アップデートが行われたというものですね。二つ目はユグドラシルから直接ユグドラシルⅡに切り替わったという可能性ですか」

 

「なるほど。しかし、それだとログアウトが出来ないどころか、コンソール画面すら開けないというのは?」

 

「なんらかの別の方法でコンソールを開くよう設定が変わったのかもしれません。もしくは、初期不良とか」

 

「ふむふむ」

 

「まあ、3つ目と4つ目はあれですね。ファンタジーな話です。我々が異世界に転移したとか、ゲームの世界に入ってしまったとか」

 

「まあ、突拍子もない話ですが、あながち無いとも言えませんねぇ」

 

 モモンガさんは話すたびにカタカタと動く自分のアゴに手をやった。

 そう、顎が動くのである。もともとのユグドラシルはDMMO-RPGであるので顔の表情等は動かず、代わりに顔アイコンを使う必要があった。しかも、本来ならば味覚、嗅覚はまったく感じることが出来ず、触覚もかなり制限されていたはずなのに、今の身体はすべてがリアルに体感できる。これは法律で決められている事なので仮にゲームだとするならば法改正でもなければならないはずだが、そんなニュースは聞いたことがない。もしくはうっかり規制を外した状態で開発して、長い時間ととんでもない金をかけて完成させたのち、更にチェック漏れから規制をかけるの忘れたまま提供してしまったとかいう、馬鹿げた事でも起こらない限りあり得ない。

 

「ちなみに最後の5つ目はなんです?」

「交通事故で植物人間状態になった俺たちが見ている夢です」

「そんなブラックなネタは止めてくださいー!」

 

 そう叫んで、頭を抱えながらモモンガさんが棚の上をゴロゴロと転がる。

 黄金色の財宝に埋め尽くされた場所で、子供のように左右に転がりまわりながら、奇声を上げる骸骨。

 シュールな光景だ。

 と、ピタリと急に静かになり、体を起こした。

 

「どうしました?」

「いや、なんだか突然、気持ちが落ち着いて」

「……賢者モード?」

「お、おかしな事はしてないですよ」

「分かってますよ。俺たちってゲーム中のキャラはアンデッドですよね」

「ええ。ベルモットさんは今、少女ですけど」

「誰のせいですか?」

「すみません」

「ええ、まあ、とにかくですね。異形種のアンデッド系って精神作用無効ってありましたよね。あれが効いてるんじゃないですか?」

「ふむ……ある程度以上、感情が強くなるとそれが抑制されると」

「はい。そう考えると、先程のことも納得いくんですよ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ユグドラシル終了の時を待っていた玉座の間。

 だが、なぜか12時の時間が過ぎても、ゲームからログアウトされず、コンソールも開かず、そして身体に起こったおかしな現象に混乱するばかりだった二人に声をかけてきたのだ。

 NPCのアルベドが。

 戦闘中の声自体は設定してあったものの、自分から話しかけるなど、そんなAIは搭載していなかったはずなのに。

 試しに他のNPC、たまたま玉座の間に連れてきていたセバス及びプレアデスの面々に、ゲームで定められていた正式な命令(コマンド)以外の指示を出したのだが、実に滑らかにそれに受け答えが出来た。

 困惑しつつも、モモンガさんはそんな心の内をおくびにも出さずに、セバスに対して周辺状況の確認を命令した。

 おお、さすがは営業職。

 とっさのアドリブは苦手だと言っていたけど、いざとなったら何とかやってのける。

 そう、感心していたらアルベドに向かって、「アルベド……む、胸を触ってもいいか」とか言い出した。

 

 

 何考えてんだ、この人!

 

 俺はてっきりゴミ虫を見るような表情がアルベドの端正な顔に浮かぶかと思ったが、あにはからんや、アルベドは微笑みながらその大きな双丘を前に出した。

 

 どんなラブコメ漫画だよ!

 

 そうして、モモンガさんは震える手でアルベドの胸を触った。

 それを見て俺は首をひねった。今のは本来ならば、明確にアウト行為なはずだ。即BANされてもおかしくない。だが、これは……。

 

 アルベドの胸をもむモモンガさんと、微かな喘ぎ声をあげるアルベド。その姿を眺めながら、今、起こっている不可解な現象について考えていると、突然、モモンガさんの手が止まった。

 どうやらすぐ横で見ていた俺、友人にして現在ちびっ子の存在を思い返したらしい。

 慌てて取り繕うように咳払いをして、手を放す。

 残念そうな声を漏らすアルベドに「今はそんなことをしている場合ではない」と、自分からやったくせにモモンガさんはそう言った。

 

 

 次の瞬間。

 

 アルベドはゆっくりと俺の方を振り向いた。

 はっきり言って、俺は今までゲームの中ならともかく、リアルでの荒事経験なんてない。力ずくでのケンカとかも子供の時以来だ。

 あれほど憎悪に満ちた表情と殺気を浴びたのは生まれて初めてだった。

 

 だが、

 不思議なことに、俺はそれを見てもたいして動じもしなかった。

 最初の一瞬だけ、寒気のような感覚が背筋を走ったが、瞬く間にそんな感覚は消え去った。言うならば人ごとのような、まるでそういう表情を浮かべる女性の写真を眺めているだけのような、そんな程度にしか感じなくなっていたのだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その後、モモンガさんは守護者全員を第6階層の闘技場に集めるように指示し、俺たち二人は一度レメゲトンに戻り、ゴーレムが起動するのを確かめた後、こうして宝物殿にやってきたのだ。

 

「おそらくは、常に平坦なのではなくて、ある一定以上に精神が振りきれた時だけなんでしょうが」

「なるほど、ゲームキャラとしての影響を受ける……ですか」

「アルベドの胸を揉んでいて、途中でハッと我に返ったのもそのせいでしょうね」

「本当にすみませんでした」

 

 まあ、目の前で堂々と美女の胸を揉むとかいう行動をした事をからかうのはこれくらいにして、これからのことを考えなくてはならない。

 

「それで、これから守護者たちに会う訳ですが……」

「とりあえず、今まで会ったNPC達に反抗の意図のようなものはなかったようですが、気を付けなければなりませんね」

「ええ、とにかく会ってみて様子を探ってみましょう。幸い、こうして――」

 

《こんな感じで〈伝言(メッセージ)〉は送れるみたいですから。目の前の相手にばれずに秘密の相談も出来ますし》

《フォローはお願いしますよ》

《はい》

 

「でも、ですね。もし万が一、不穏なことになった時はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで宝物殿に転移しましょう」

「この宝物殿にですか? 第1階層の出入り口に転移してナザリックから外に脱出というのもありなのでは?」

「いえ、まだ外の状況が分かっていない状況ではそれは危険です。我々は今、異常な事態に直面していますが、ナザリックだけじゃなくナザリック外の世界でもおかしなことが起きている可能性があります」

「なるほど」

「それにこの宝物殿は、ナザリックで最も安全です。ここに入ってくる方法はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの転移を使用したときのみ。つまり、それを保有している俺たち二人以外は絶対に他から侵入できません。そして、この中にいるのはアヴァターラのゴーレムたちとパンドラズ・アクターだけ。ゴーレムたちは指輪を持っている相手にだけ反応するはずですから、最悪の場合でも、実質、パンドラ一人を倒せば、ここは絶対安全の場所になります」

「おお、たしかに。それにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えば、どこからでもここ(宝物殿)に来れますしね」

「ええ。ですから、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの管理は厳重に行わなくてはなりませんね。とりあえず、外すのは禁止。盗難防止のアイテムも常備しておく。あと、予備のものがあったはずですが、それも他の者には渡さない方がいいでしょう」

「はい。あ、でも、奥に行くときはどうします? 指輪をつけているとアヴァターラのゴーレムが襲ってきますから、ワールドアイテムを取りに行けないですよ」

「あ、そうか……。そうですね。では、ワールドアイテムを取りに行くときは我々二人で宝物殿を訪れる。そして、どちらか片方は入り口に残って留守番をし、奥に行く方は残った方に指輪を預けるということで」

「ええ、それでいきましょう」

「パンドラに持ってきてもらうとか、パンドラに指輪を預けるとかいう案もありますが、それは一〇〇%パンドラが信頼できない限りはしない方向で」

「……その方がいいですね」

 

 いまだにパンドラの話題になると、歯にものが挟まったようになるな。いい加減、やってしまったものはしょうがないと割り切ってしまってもいいと思うんだけど。

 

「それにしても、ナイスな案ばかりですね。さすがはぷにっと萌えさん、ベルリバーさんと並ぶナザリック三大軍師」

「なんです? その呼び方」

「ウルベルトさんがそう名付けていましたよ」

「あの人は……」

「ちなみにぷにっと萌えさんが『ナザリックの孔明』、ベルリバーさんが『ナザリックの司馬懿』、ベルモットさんが『ナザリックの朶思(だし)』だそうです」

朶思(だし)って南蛮一の知恵者とか言いながら、特に知恵も使ってなかった奴じゃないですかー! それになんで蜀、魏ときたのに、呉を飛ばして南蛮に行ってるんですかー!」

「さて、そろそろ時間だから行きますか」

「おお、自分でネタを振っておいて強引に話題を打ち切る。さすが悪のギルドのギルドマスター。悪魔より悪魔味」

「はいはい」

「ああ、それとですね。守護者たちに会うにあたって、俺の事なんですが……」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 第6階層の円形闘技場。

 出迎えたアウラとマーレと会話し、魔法が実際に発動するかの実験を行い、やがてやって来たシャルティア、コキュートス、デミウルゴス、そしてアルベドらから忠誠の儀とやらを受け、戻ってきたセバスから周辺状況を聞き、ナザリックの警戒レベルを上げることを指示し、守護者達は自分に対してどう思っているのかを聞いた。

 

 

 全部、モモンガさんが。

 

 

 俺は後ろで、ぼーっとしてるだけでよかったし。

 モモンガさんは少しテンパりつつも、上位者然とした口調でわりと的確にやり取りしていたから、特に何もする必要もなかった。ときどき〈伝言(メッセージ)〉で助言したり、ツッコミを入れたりする程度だった。

 

「……なるほど。各員の考えは十分に理解した。今後とも忠義に励め」

「恐れながら。発言をよろしいでしょうか?」

 

 無難にモモンガさんがまとめたと思ったら、大きく頭を下げた拝謁の姿勢のまま、アルベドが声を発した。

 

「……なんだ?」

 

 やや低い声でモモンガさんが応える。取引先相手を前にしたプレゼンが終わり、ホッと一息ついたと思った瞬間、ちょっと聞いていいかねと向こうの上役から質問された会社員のような心境とみた。

 

 アルベドは、すっと顔をあげ

「モモンガ様に質問する愚をお許しください」

「構わん。続けよ」

「はい。先ほどからモモンガ様の後ろに立つ、その人間は何者でしょうか?」

 

 その言葉に、他の守護者たちも顔をあげる。

 

「このナザリック地下大墳墓は我らが祝福の地。そこに人間が侵入するなど異例の事態でございます。しかも、その者は、先ほど第10階層にあります玉座の間にもおりました」

 

 その声に、守護者たちから驚愕の空気が起きる。

 

「それだけではなく、その者が指にしている指輪。至高なる41人の御方々しか持つことを許されないリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。それを手にしているその者は何者なのですか? 下賤な人間の分際で、ナザリック大地下墳墓の支配者にして、至高なるアインズ・ウール・ゴウンの最高責任者であるモモンガ様を前にして膝もつかぬ、その者は何者なのでしょうか?」

 

 一息に発したアルベドの声に合わせて、守護者たちから強烈な気が当てられる。

 当惑。敵意。そして殺気。

 

 普通の人間はもちろん、かなり高位の怪物でさえ怯み、震え、逃げ出すような濃密な空気を苦にもせずに、俺は前へと進んだ。

 

 被っていた帽子をとり、挨拶する。

 

「皆さん、初めまして。私はベル・ハーフ・アンド・ハーフ。アインズ・ウール・ゴウンの一員であるベルモット・ハーフ・アンド・ハーフの娘です」

 

 




モモンガ「でも、いきなりリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで宝物殿に転移しても大丈夫だったんですか? 異常事態という事ですし転移した時、ちゃんと指定したところに飛ばずにおかしなところに飛ばされる可能性もあったのでは?」

ベルモット「ん? んん……し、心配いりません。そうなった時の事も考えてありますとも……」

モモンガ「さすが、ベルモットさん」


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