オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/11/27 「くらい程」→「くらいの程」、「間髪入れず」→「間髪容れず」、「非情に」→「非常に」、「跳ね飛ばされた」→「撥ね飛ばされた」、「足り無い」→「足りない」、「元」→「許」 訂正しました


第18話 エ・ランテル それぞれの戦いー3

「なんとかなったか……」

 

 マルムヴィストは額の汗をぬぐう。

 

「はぁ……まったく、なんなのよ……」

 

 エドストレームは地面にべたっと座り込んだまま、疲れ果てた様子で声をあげた。横でペシュリアンもうなづいている。

 

「最初から三日月刀(シミター)舞踏(ダンス)を使わなかったのは正解だったな。意表をついた上で、俺たちが気をそらさなかったら、こいつにはきかなかったろうな」

 

 エドストレームも自分の技には自信があり、認めるのは少々(しゃく)だったもののマルムヴィストの言う通りだろうと思う。

 

「しかし、本当にこいつは何者だったんだ?」

 

 その目が、首を切断され地面に倒れ伏しているメイドに向けられる。

 一見、たおやかな外見で虫も殺せそうにもないのに、あの戦闘力。

 あれは……

 

「正直、ボス並みどころか、ボスより強かったんじゃない?」

「ば、馬鹿よせ」

 

 エドストレームの言葉にマルムヴィストが慌てる。

 彼らのボス、『闘鬼ゼロ』の苛烈さは身に染みている。冗談でもそんなことを言ったというのが耳にでも入ったら、どんなことになるか……。

 

「誰も聞き耳なんて立ててないわよ。それに、どうせその相手のこいつはもう死んでるんだし」

「まあ、確かにな」

 

 よっと声をあげてマルムヴィストが立ち上がる。「おっさんくさいわよ」とエドストレームに言われて、「やかましい」と顔をしかめる。

 ふと見ると、ペシュリアンは話に加わらず倒れたメイドの方に顔を向けたままだ。

 

「どうした? その女にでも惚れたかい? まあ、目を見張るような美人さんだがな。もしや、お前さん、死姦趣味の持ち主とか?」

 

 マルムヴィストの軽口にちらりと目を向けたが、再びその視線をメイドに戻した。

 

「あの女」

「あん?」

「あの女だが、傷口から血が出ていない。……アンデッドかもしれん」

 

 言われて二人は慌ててメイドの死体に目を向ける。

 よく見れば、ペシュリアンの指摘通り、確かに赤い血の一滴も周辺に流れていない。

 

 三人とも殺しに関しては熟練の腕だ。今まで殺した人数に関しては、優に二桁、もしかしたら三桁を超えるかもしれないくらいの程。そんな彼らが、血が出ていないという単純なことにすら即座に気がつかないほど、ここ数日の事で精神的に参っていたのだろう。

 

「どういうこと? あのメイドも、この街に現れてるアンデッドの一体だったってこと?」

「さあ、それは分からん。しかし、余計な事などせずに急いでこの街を出た方がいいかもしれん」

「ああ、そうだな。とてもお土産の一つもなんて言っていられないな」

 

 三人がこの家を通りかかったのは、城門へのルート上にあったという他に、事のついでに誰もいなくなった金持ちの家から、行きがけの駄賃として金目のものでも持っていこうという下心があったからだ。

 そんなちょっとした動機で家の前を通りかかったら、家の中で動いているアンデッドを見つけ、さらにあのユリとかいうメイドと戦闘になった事には己の不運を嘆いた。己の欲深さも嘆いた。もっともそれは、悪事を働いたため(ばち)が当たったという事ではなく、自分の身の安全より金銭欲を優先してしまったという後悔だが。

 

「仕方ない。とにかく、さっさとこの街とおさらばしようぜ」

「そうね。命あっての物種だわ」

 ペシュリアンも無言でうなづいた。

 

 そうして三人が立ち去ろうとした時――「お待ちくださいませ」と女の声がした。

 

 

 その声に驚き、振り向こうとした瞬間。

 

「がはっ」

 

 ペシュリアンが苦悶の声をあげた。

 

 首のないメイドの身体。つい先ほどまで地に倒れ伏していた身体が立って動き、その拳がペシュリアンの腹部に突き立てられていた。

 

 くの字に身体を折るペシュリアン。

 その身体を続けざまに放たれたストレートが吹き飛ばす。

 ペシュリアンの身体が門柱に叩きつけられる。

 

 まさに刈り取るようなという表現のとおりの足払いを受け、マルムヴィストの身体が宙に浮く。

 そこへ回転を殺さずに放たれた裏拳が直撃。

 弾き飛ばされた身体がペシュリアン同様、門柱へと叩きつけられた。

 

 そして、一足飛びにエドストレームの前へと距離を詰める。エドストレームはひきつった顔で腰の鞘から三日月刀(シミター)舞踏(ダンス)で飛ばそうとする。しかし、首のないメイドは鞘から出かかったその三日月刀(シミター)の柄頭を上からたたいて再び鞘の中へと押し戻した。そして、間髪容れず、その剥き出しの腹部に双掌の一撃を叩き込む。

 エドストレームの身体が吹き飛ばされ、起き上がりかけたペシュリアンとマルムヴィストへぶち当たった。

 もんどりうって、三人とも絡み合うように倒れる。

 

 うめき声をあげる三人をしり目に、メイドの身体はパンパンと服についた土埃を払いながら、地面に転がる自分の首へと歩み寄る。そして、その頭を抱えると元あった通り首の上へ据え、再びチョーカーで固定した。

 

 何度か首を回して位置の具合を確かめると、再び三人と向かい合った。

 

 マルムヴィストらは苦痛の声をあげながらも、なんとか立ち上がる。

 それを見届け、ユリが声をかけた。

 

「さて、皆様。皆様にお伝えいたします。私の主は私共の邪魔をした皆様方にご立腹ながら、皆様方のその戦い方にとても強い関心を寄せられております。特に――」

 

 ユリの眼がエドストレームに向く。

 視線を向けられたエドストレームはビクッと身体を震わせた。

 

「そちらの踊る三日月刀(シミター)のエドストレーム様。あなたの武器を飛ばす戦い方には非常に興味があるそうです。そこで、私と戦う事で皆様方の強さを見せていただきます。主の満足いくほどの戦いを見せたのならば、今回の事はご寛恕(かんじょ)くださり、命は助けて差し上げるそうです。ですが――」

 

 冷たい視線を走らせる。

 

「ですが、もし主の眼鏡に叶うほどの満足のいく戦い方が出来なかった場合には、絶対に誰の助けも来ない所に幽閉し、何日も、何か月も、何年もかけて決して死なないように拷問するとのお達しでございます。ですので皆さま、主を退屈させないように頑張ってください」

 

 あまりと言えばあまりの言葉に三人は呆然とした。

 もはや上から目線などというレベルではなく、圧倒的な上位者からの命令。それも自分たちに道化になれと命じているのだ。怒りなどとうに通り過ぎて、唖然とするほかはなかった。

 

「さて、では私も少々本気を出させていただきます」

 

 え? と三人が疑問に思う間もなく――ユリは抑えていた闘気を解放した。

 

「「「はああっ!!」」」

 

 三人異口同音に驚愕の声をあげた。

 

 彼らは戦士としての勘から、ユリの実力を自分たちのボス、ゼロと同格くらいと判断していたのだ。

 だが、今、本気になったユリはそんなレベルをはるかに超えている。

 自分と比べてゼロは強いとか、こいつとは同格とか、あいつは弱いとかいったそんな物差しで測れる強さではない。

 今まで、これほどの領域に立つ者は一度たりとも見たことがない。まさに人間としての限界をはるかに超えた強さ。

 つい先ほどまでですら、自分たち三人がかりで戦い、それでも押されるほどだったのに、それが今度は本気を出すという。

 

 思わず、三人は及び腰になった。

 とっさに逃げ道を探す。

 

 だが、さりげない(てい)だったが、その視線の動きはメイドに見つかってしまっていた。

 

「ああ、逃げられるとは思わないでくださいませ」

 

 すぐ脇の出入り口である門に目をやり――身体が震えあがった。

 自分たちの気づかぬうちに、いつの間にやら、そこには悪夢の中から姿を現したような漆黒の影が立っていた。痩せた体躯に、蝙蝠の羽。そして手には鋭利な爪。明らかに悪魔の一種であろう。それがのっぺりとした頭部についた病的な印象を持つ黄色い目を爛々と輝かせ、自分たちを見つめていた。

 

 がちゃり。

 扉が開く音がした。

 屋敷の両開きの扉が開き、その中からスケルトンの大群が整列して出てくる。この屋敷中にどれだけ詰め込んでいたのかと思うような大量のアンデッドの軍団が、ユリと三人から一定の距離を置いて幾重にも取り囲む。

 

「さて、始める前に、少々皆様に申し上げておきますが」

 

 ユリはクイッと眼鏡をあげる。

 そして、やや険のこもった眼を向けた。

 

「非常に個人的なことで恐縮なのですが。私は首無し騎士(デュラハン)であり、首は元から外れているところをチョーカーで押さえているだけですので、衝撃を受けると比較的簡単に取れるようになっております。ですが、私の創造主は現在のように頭部を身体から外さない、この姿でお作りになられました。ですので、この完成された姿から首を切り落とすといった事を行った皆様方に対しまして、私は少々苛立っております。もし、万が一、やりすぎてしまった場合はお許しくださいませ。まあ、仮にそうなったといたしましても、主より皆様へのポーション等の使用許可が出ておりますので、何度でも治して差し上げます」

 

 その言葉に、マルムヴィストら三人は顔に絶望の表情を浮かべた。

 

「では、始めましょうか」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 踏み込みと同時に両手の大剣が風すら切り裂くように振るわれる。

 鉄の塊が暴風となって襲い掛かる。だが、そのすべてをデスナイトは巨大な盾とフランベルジュで防ぎきる。

 そして、わずかに空いた攻撃と攻撃の合間を縫って、逆に斬りつけてきた。

 モモンはその剛力をもって振るいかけた大剣を止め、とっさに身をそらす。

 デスナイトのフランベルジュが空を切る。

 剣を振り切った所を狙ってモモンは一撃をくらわせようとしたが、デスナイトはさらに踏み込み、返す刃で再度斬りつけてきた。

 さすがにそれには虚を突かれ、反撃をする暇もなく、モモンは大きく飛びのいて距離をとった。

 デスナイトは油断なく武器を戻し、今の攻防のために距離があいてしまっていたカジットの方へと後ずさる。

 

 互いに一足飛びには攻撃出来ない間合いまで離れたため、わずかに緊張が解けた。

 モモンは片手の剣を地面に突き刺し、空になった手で首の辺りを押さえて回す。そして、平坦な口調でつぶやいた。

 

「ふむ。なかなか倒せんものだな」

 

「あのなあ……。当たり前だろうが!」

 

 その背にクレマンティーヌの罵声が飛んだ。

 

「アホか、お前! てめぇのは単にその凄い肉体能力で剣をぶん回してるだけなんだよ。虚実すらない、ガキが剣を振り回すのと同じなんだよ。だいたいよぉ、両手にそれぞれ武器を持ったとしてもそいつをうまく使いこなせないんなら、片手だけに持った方がいいんだよ。戦士を舐めてんのかぁ!」

 

 痛む身体を抱えながら、クレマンティーヌがスケリトル・ドラゴンの攻撃をかわしながら叫ぶ。

 

 

 現在の情勢はギリギリ互角といえる状況だ。

 

 この高価そうな全身鎧(フルプレート)を身につけているのに何故か銅のプレートをつけた冒険者モモンとその仲間たちが加わったものの、前よりマシになったとはいえ、劣勢を挽回し逆に攻勢を強めるまでには至っていない。

 

 このモモンという男は、その筋力、反射神経など肉体能力は余人を超越しているものの、戦士としての技量が全くない。今はその反則級の力で何とかデスナイトを抑えているといった程度だ。

 一緒に来た、クレマンティーヌも嫉妬しそうになるほどの美しさを持った女神官は、カジットから放たれる魔法の防御で忙殺されているし、強大な魔獣はなぜだか周囲から大量に集まってきたアンデッドの群れをこちらに近づけないようにすることで手いっぱいだ。

 当のクレマンティーヌも、女神官の回復魔法で足や顎を治してもらったおかげでこうして悪態がつけるようにはなったものの、完全回復とまでは行かないために、スケリトル・ドラゴン1体の相手をするのがせいぜいという有様だ。

 

 今はなんとか均衡を保っているものの、相手はアンデッド。対してこちらは生身だ。いつかは疲労で動きが鈍り、逆に疲労など存在しないアンデッド達に最後はやられてしまうだろう。

 

 それが分かっているからこそ、クレマンティーヌは切り札となるべき強さを持っているのに、それを生かせないモモンに苛立つ。

 

 だが、そんなクレマンティーヌの(とが)り声にも、当のモモンは呑気な口調だ。

 

「なるほど。勉強になるな」

 

 先ほど、クレマンティーヌを治してくれた女神官が凄い視線をこちらに向けてくるがそんなこと構うものか。せめて、もう少しこいつらが強くてカジットらを抑え込んでくれるか、もしくはもっと完全に自分の身体を治してくれるかしてくれれば、自分だけでもここからさっさと逃走できるのに。

 

 

「ふふふ。クレマンティーヌよ。もう諦めるがよい。おぬしも分かっておるだろう。いずれは力尽き、この儂の足元に屍をさらす羽目になると。おぬしならば、アンデットの材料として末永く儂のために働かせてやろう」

 

 カジットも、もはやこの戦いの趨勢を見極めたようだ。

 この先、いくら戦いを続けてもデスナイトの守りは貫けない。

 

「ごめんね、カジッちゃん。私、諦めが悪いタイプだから、最後まで粘らせてもらうよ。それよりカジッちゃんも自分のこの先の事心配したら?」

「この先の事?」

「カジッちゃんの目的って、自分の母親を生き返らせることでしょ。アンデッドになって長い時間かけてリスクのない蘇生の魔法を開発して、ようやく生き返らせても、その骸骨顔を見せたらお母さんショック死しちゃうんじゃない?」

 

「ぬ? 何を言っておる?」

 カジットはきょとんとした。

 

「母? 母だと? 何故、そんな人間を生き返らせねばならんのだ? 魔導の奥義はもっと崇高な目的のために使うものだ。ただ、この儂をこの世に産み落としただけの人間を生き返らせるために、貴重な力と時間を浪費するなどありえん事だ」

 

 本当に、突然訳の分からないことを言われたという様子で首をひねっているカジットに、クレマンティーヌは内心で嘆息した。

 

「あーらら。本当に人間としての精神もなくしちゃったんだ。まあ、これも歪んだ思考でおかしな方向に邁進した人間の末路ってヤツよね……」

 

 クレマンティーヌのつぶやきも、カジットの耳には届かず風の中へ消えた。

 

 

「まあ、そろそろ頃合いのようだ。終わらせるとしよう」

 

 この一進一退の流れを断ち切るように、淡々とした口調だがよく通る声でモモンは宣言した。

 

 その手の大剣を握り直すと、デスナイトへとにじり寄る。

 デスナイトも気配の変化を感じ取ったのか、足を踏みかえ警戒の姿勢を見せる。

 

 突如変化した空気に、その場にいた誰もが二人に目をやった。

 

 

 両手の大剣を大きく構え、必殺の攻撃を叩き込もうとするモモン。

 タワーシールドを前に構え、相手の攻撃を防いだ上で反撃を叩きこもうとするデスナイト。

 

 両雄相立たず。

 今、二人のうちどちらかの命が尽きようとしていた。

 

 

 

 誰もが息をのむ緊迫した空気の中、モモンが声をあげた。

 

「では行くぞ、リュ――流星剣を受けろ!」

 

 モモンは全身の力をばねに、突っ込んだ。黒い弾丸となって襲い掛かる。

 デスナイトもそれに反応し、相手の攻撃を待つことなく、真っ向から突進する。

 

 

 

 そして、二つの影が交差した瞬間――。

 

 

 ゴオン!

 

 ――モモンが軽々と吹き飛ばされた。

 

 

 

「「は?」」

 

 クレマンティーヌもカジットも思わず気の抜けた声をあげた。

 

 モモンの身体はデスナイトのシールドバッシュを受け、大きく撥ね飛ばされた。

 漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだその巨躯がおよそ数メートルは軽く吹っ飛び、霊廟の扉をぶち破って中に転がり落ち、その姿が見えなくなる。

 

 周囲に白けた空気が漂う。

 あれほどの大言を吐いた直後、実にあっさりとやられてしまったのだ。

 

 クレマンティーヌとカジット、ふたりとも口をあんぐりと明けたまま、硬直していた。

 

 

 どれほどの間そうしていただろうか、クレマンティーヌが身体を震わせながら、怒声をあげる。

 

「あ、あ、あ、……アホか、てめぇぇぇ!? なに大口叩いた途端、さっくりやられてんだよ!!」

 

 だが、その言葉にも霊廟の中から応える声はない。

 

「は、……ははははは。……どうやら、もはや儂にあらがう術はなくなったようだな」

 

 対して、カジットは焦るクレマンティーヌの声で落ち着きを取り戻したようだ。

 

 これまでの膠着状態は、あのモモンがデスナイトを押さえていたからだ。そのモモンがいなくなり、デスナイトが自由に動けるようになった今、もはやクレマンティーヌには勝ち目はない。

 

「己が死を受け入れるがよい、クレマンティーヌよ。なに、死とは終わりではない。新たなる人生の始まりだ。おっと、人としての生ではなく、アンデッドとしての生だがな」

 

 憫笑(びんしょう)を交えながら宣告するカジット。

 クレマンティーヌは、それでも何か手はないか思案し、歯噛みする。

 

 

 

 その時――。

 

 

 ――黒い疾風が駆け抜けた。

 

 

 

 霊廟から飛び出したその影は瞬く間にスケリトル・ドラゴンの許へとたどり着き、大剣の一撃でその体を打ち砕いた。

 そして、止まることなく周囲を駆け巡り、その黒い暴風になびかれたアンデッドたちは何も出来ぬまま、再び永遠の眠りについた。

 

 そして、モモンは再度、デスナイトへとその歩を進める。

 迎え撃つデスナイト。

 

 だが、防御に長けたデスナイトですら反応しきれない速度でモモンの大剣が襲い掛かる。

 

 一閃。

 

 ゆらりとその前を通り過ぎるモモンの後ろで、グラリと姿勢を崩すと、デスナイトはその場に倒れ伏した。

 

 

 

 眼前で起こった光景。

 突然の出来事。

 まるで白昼夢を見ているかのごとき現実感の無い、しかし確実に現実の事に誰もが声も発せなかった。

 

 

 その光景を前に、クレマンティーヌは動揺し、絶句していた。

 

 今のモモンの動き。

 長年戦士として訓練を積み、漆黒聖典にまで上り詰めた自分ですら、かろうじて目で追えると言える程の動き。

 先ほどまでの全く戦士としての心得がないようなあの戦いっぷりは何だったのだろうか?

 あの身のこなしは漆黒聖典の隊長、……いや、あの番外席次にすら匹敵するかもしれない。

 

 いったい、このモモンという男は何者なんだ?

 神人の一人だとでもいうのだろうか?

 それとも……まさか『ぷれいやー』だとでもいうのだろうか?

 

 クレマンティーヌは息をのんだ。背中に流れる冷たいものは決して冷えた汗だけではない。

 

 

 カジットもまた動揺していた。

 目の前で起こったことが全く理解できなかった。

 

「ば、馬鹿な……。あり得ん! そんな事、あり得ん! あ、あり得るはずがないのだ! デスナイトが一撃で倒されるなど、絶対にあり得ん!!」

 

「もう十分だろう。それ以上、語る必要はない」

 

 カジットの前にモモンが立つ。

 

 カジットは後ずさった。

 今、ついに魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるカジットの前に立つ盾はただの一人たりともいなくなった。

 目前の死から、カジットを守る物は何もないのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 お、終わるのか? この儂が。

 

 長い年月をかけて積み上げてきた魔法の技術も、この世の理に関する知識も、全てが無に変えるのか?

 

 そ、そんなこと許されるはずがない。

 

 儂は何十年もかけて自分の過ちを正すために研究を重ねてきた。

 必死で信仰系魔法を学んだが、既存の信仰系の魔法では目的を果たす事は不可能だと分かった。目的を果たすためには新たな魔法を開発する必要がある。

 だが、魔法の開発には時間がかかる。高位階の魔法であればあるほどその難度は上がり、それに伴う研究時間も跳ね上がる。およそ数年、もしくは十年という単位では到底足りないものもある。

 

 そこでカジットは自身がアンデッドになる事を目指した。

 

 人間であれば寿命はせいぜい数十年。長くても100年程度でしかない。だが、アンデッドならば、それこそ半永久的に生きられる。

 アンデッドの寿命があれば、自分の目的を叶えるための魔法の開発を行うための時間が手に入る。

 

 そう、アンデッドにさえなれば……。

 

 そう願い続け、このエ・ランテルで数年かけて準備を行い、そして遂にアンデッドになったのだ。

 

 これで、自分の願いが叶う。

 これで時間は手に入った。

 あとは自分の目的のための魔法を開発するだけ。

 

 しかし……。

 

 ――はて?

 ――自分の目的とは何だったか?

 

 ……母……?

 

 なぜ、母を生き返らせるのか?

 人間を?

 そんなことをして何の意味があるんだ?

 自分の過ち?

 それは何だったか。

 

 あの日を思い出す。

 

 屈強な体躯を持つ父。穏やかな性格の母。

 二人に育てられ、スレイン法国の辺境の村でカジットはすくすくと育っていた。

 

 あの日。

 焼けるような夕日の中、カジットは家への道を走っていた。

 

 帰れば、母がいつもの笑顔で迎えてくれるはずだった。

 

 いつもより遅くなった理由はもはや記憶にない。街はずれできれいな石を探していたとか、友達との英雄ごっこに夢中になっていたとか、そんなたわいもない理由のはずだ。

 

 帰れば、そこにいつもの日常が待っているはずだった。

 

 勢いよく扉を開けたカジットの目に飛び込んできたのは、苦悶に満ちた表情で倒れている女だった。

 今までカジットが見たことのない、苦痛に歪んだ女の顔。

 

 そこまで思い返し、現在のカジットは疑問に思った。

 

 優しい微笑みをたたえているはずの母はどこに行ったのだろう?

 なぜ、帰ったはずの自分を迎えてくれなかったのか?

 

 なにか大切なパズルのピースを失ったように。

 何かが欠けている気がする。

 何か大事なものが失われている気がする。

 それが何かは分からない。

 だが、今、この瞬間も何かが欠落してく感覚がする。

 この感覚は何だろう?

 何か、大切なものがなくなっていくような……。

 

 カジットは消えていく何かの欠片を惜しむように、ふと、その言葉をつぶやいた。

 

「……おかぁ……」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 その瞬間、冒険者モモンの剣がカジットの偽りの生に終わりを告げた。

 

 

 




 人外になったことによる人間性の喪失と言えば、ジョジョ1部での赤ん坊を抱いた母親が印象的でしたね。

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