つい、カッとなってやった。
反省している。
2016/10/7 会話文の最後に「。」がついていたところがあったので削除しました
2016/12/1 「収集」→「収拾」 訂正しました
「なんです、それ?」
ナザリック第9階層。
本来はギルドメンバーの私室の一つであったが、いまはアインズとベル共有の執務室となっている部屋に疑問の声が響いた。
問われた相手は、その骸骨の手で一つのポーションをつまみ取る。
「人化のポーションですよ。昔、あったでしょう」
「ああ、そういえば。そんなのありましたっけ」
ユグドラシル時代、特定種族でないと作れないアイテムなどがあった。そのため、そのようなアイテムを作るときに短時間だけその種族になれるアイテムというのが存在した。これは、その短時間だけ人間になれるというアイテム。
ちなみに本来の目的はそれだったのだが、実際は姿を変えて遊ぶだけのただのジョークグッズとして一般に使われていた。
「しかし、なんでまたそんなものを?」
「ええ、これを使えば、私も一時的にですが人間になれるでしょう? つまり、食事や睡眠が楽しめるんです」
その答えにベルは納得した。
正直、このアンデッドの肉体というのは便利な反面、不都合な点も多い。
特にゲーム的な意味ではない所でだ。
疲労がないのはいい。ずっと手を使っていても腱鞘炎にもならないし、長時間座っていても腰が痛くならない。食事も必要ないし、睡眠も必要ないから、ずっと作業に没頭できる。
だが、逆に言えば肉体的な制約で精神を癒す休息が取れないという事だ。
人間ならば仕事をしたら疲労を感じ、それを癒すために睡眠や美味しい食事といったことでリフレッシュ出来るが、アンデッドの身体だとそれがない。
マイナスはないが、プラスも体験できないという状態である。
疲労には休息を、眠気には睡眠を、空腹には食事を。
休息も睡眠も食事もいらないが、代わりにそれらの行為による精神的な充足感が感じられない。
それは、人間からいきなりアンデッドになった身には堪えた。
「もう、バッドステータス状態なのは分かりますが、とにかく睡眠なり、酔いなりを楽しみたいんですよ」
「まあ、休みなくずっと働き続けることが出来ますからね。肉体的には大丈夫でも、精神的に磨り減るような感じがしますし」
まだ、ベルは一応人間の少女の姿の為、食事はすること自体は出来るが、アインズはそれすらも出来ないのである。
現在のアインズのリフレッシュ方法としては、せいぜい風呂に入る事くらいしかできない。
しかし、風呂に入ると全身骨の体をちゃんと洗えているか気になってしまい、かえって精神が休まらないという困った状態である。
「暖かな布団の中で心地よく眠る、それ以上の幸せがあるだろうか、とか眼鏡の少年も言っていましたね。昔はユグドラシルやってた方が有益だろうと思っていましたが、今なら納得できます」
「そうですねえ。……ん? でも、そのアイテムってわりと短時間しか効果ないんですよね。仮にそれを使って人間の姿になっても、布団に入って眠りについたらすぐアイテムの効果が切れて、目覚めてしまうんじゃないですか?」
「あ……」
言われてアインズは絶句した。
思ったより衝撃を受けているのに気がつき、慌ててベルが取りなす。
「ま、まあ、食事とかは出来ますからいいじゃないですか」
「あ……ええ、そうですね。食事は大丈夫ですよね」
「ナザリックの食事は素晴らしいですよ。それこそ、ほっぺたが落ちるという修辞表現の通りのようです」
「おお、そうなんですか? この前、ベルさん美味しそうに食べてましたからねぇ。リアルではほとんど液状食ばっかりでしたから、楽しみだなぁ」
「で、使ってみないんですか?」
「いえ、ハムスケを呼び出してありますので、先にハムスケに使ってみようかと」
「そりゃまた、なんで?」
「この前みたいに下手にアイテム使って大騒ぎになったら困りますし」
「ああ、〈完全なる狂騒〉の時は大騒ぎでしたからねぇ」
あの時の収拾のつかない大騒ぎを思い返し、二人はウンザリとした気分になった。
「ええ。一時的にカルマ値を下げるとかいうアイテムの時も、ひどかったですしね」
自分たちは元からカルマ値が最低値なため、下がる余地があるアウラとマーレに使ってみたのだが、その結果、アウラはコキュートスに「おらぁ、全裸ヤロー!!」と蹴りを入れたり、マーレは一般メイドたちのスカートめくりをしたりとまた騒ぎになった。
……ただ、なぜかメイドたちは、やったマーレにはろくに怒りもせず、はにかんだ表情を浮かべ照れた様子で
そうして理不尽な怒りを覚えていると、ノックの音がした。
入るように命じると、一般メイドのリュミエールがハムスケを連れて入室してきた。
「殿―。お呼びでござるか?」
リュミエールには退室するように伝え、部屋を出るのを確認してから、ハムスケにポーションを放ってやった。
「はて? これは何でござる?」
「形態を変化させるポーションだ。お前がこれから私の配下として活動するうえで、それが有用と分かれば、お前にとってなにかと便利かと思ってな」
自分本位な実験のはずなのに、まるでハムスケを思いやっての事のように平然と言い放った。
これはアンデッドになったための非情な精神によるものか、それとも過酷な企業戦争の中で営業サラリーマンとして磨いた鉄面皮によるものか。
ハムスケは
「おお、殿! それがしにそれほどお心をかけてくださるとは! このハムスケ、感涙のあまり前が見えないでござるよ」
純然たる敬愛の念がこもった視線にやや罪悪感を憶えながらも、早く使う事を促す。
ハムスケは2本足で立つと、首を上にして一気に飲み干す。
次の瞬間、ぼんっと煙が立ち、ハムスケのその身体が覆われる。
そして煙が晴れた後にいたのは――。
「おお、何でござるか? これは?」
そこにいたのは黄色人種の特徴を持つ女性。
普段のハムスケのござる口調に合わせたものか、長い黒髪を後ろでまとめ、凛々しい黒目を持つ、まさに女サムライといった姿の人影。
だが、特筆すべきはその姿。
全裸である。
大事なのでもう一度言おう――。
――全裸である。
まあ、それは当然だ。
ハムスケは普段から全裸なのだから。
だが、それを見たベルは呆然とした。
「え? ハムスケって……メス?」
「あれ? 知りませんでした?」
「知ってたんですか!?」
驚愕の瞳を向けるベルをよそに、ハムスケはわたわたと体を動かす。
これまでの姿と人間の姿では色々と勝手が違い、身体を動かすのにすら難儀しているようだ。
ふらふらと体を揺らしたり、慌てて転ばぬよう両手でバランスをとったり。
だが、その動きは見ている者にとって目の毒であった。
ハムスケはもともと全裸が身の上の生物であり、その姿を衣服等で隠すなどといったことはしたことがない。
そして、アインズらと会ってからも、なんらその行動を注意されることはなかった。
そんな者が、突然、人間としての姿になったのだ。
人間ならば本来隠すべき場所等も、そこを見えないように隠すという概念すらない。
あまりにも無防備な姿をさらしている。
ハムスケが体を揺らすたびに、その胸、プレアデスであるユリや守護者統括であるアルベドすら凌駕する双丘が激しく揺れる。
揺れ具合だけなら、パッドを入れたシャルティアも勝負できるだろう。
その光景をアインズとベルは言葉もなく見守っていた。
「……わざとですか?」
「ち、違いますよ!」
「殿ー、大変でござる!」
ハムスケの声に目をやると、
「それがしの尻尾が無くなってしまっているでござる。これでは戦闘の際に不利になってしまうでござるよ」
そう言って背中側を向け、本来であれば尻尾があった場所、今は当然尻尾などない場所を、爪先立ちになってアインズに見えやすいように上げて見せる。
「……これでもわざとではないと?」
「い、いや。ちょ、ちょっと待ってください。誤解ですよ」
「殿~」
「ええい。ハムスケ、ちょっと待て。これでも食べていろ!」
そう言ってアイテムボックスから、バスケットボールほどの木の実を取り出しハムスケに放ってやる。
「おお、これはかたじけないでござる」
そう言って、ハムスケは床に仰向けになり、手と足でしっかりと木の実を押さえ食べ始めた。
ハムスターがやるなら特に問題のない、ほほえましさすら覚える姿だが、それを人間の姿でやると……。
「わざとだ! 絶対にわざとだ! このエロ魔神! アンタ、本当はペロロンチーノさんだろ!」
「い、いや……。エロも何も人のこと言えるんですか? さっき、ベルさん、ハムスケの姿を凝視してたでしょ!?」
「そりゃ、目の前であんなことすりゃ誰だって見ますよ! アルベドに迫られて困ったとか言ってたけど、本当はエロい命令でもしてるんじゃないですか!?」
「してませんよ! そもそも、ベルさん、人のこと言えるんですか!? アンタ、ソリュシャンと一緒に風呂入ってるんでしょ!」
「入ったって、するモンも何も無いですよ!」
「そりゃ、私だって同じですよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(この木の実は絶品でござるなぁ)
ハムスケはただひたすら木の実を味わっていた。
今までハムスケはトブの大森林でたった一匹で暮らしていた。
他の者達と一緒に生活するなどという事は初めての体験だ。
社会生活を営むにあたって、一体どのような事に気を付ければいいのか、どのような事が大切なのかが全く分からない。
そこで、ナザリックに来る直前に知り合ったデスナイトのリュース殿に聞いてみたのだ。
彼は少々悩んだ様子だったが、大切なこととして一つの事を教えてくれた。
『口に出さずにいたほうが良いこともある』
含蓄深い言葉だと思ったが、おそらく今がその言葉を実践すべき時なのだろう。
主人たちの喧騒をBGMに、ハムスケは木の実の味を堪能することだけに、その全神経を集中させていた。
その数分後、アルベドとシャルティアが執務室を訪れ、さらに大パニックになるのはまた別の話。
「ハムスケ。子孫を作りたいって言ってたけど、あの格好ならいくらでも子づくりしたいって奴現れるんじゃ……」
「人の事、エロ魔神とか言っておいてそれですか?」