オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 今回は完全に本編とは異なるパラレルな話です。

 オーバーロードのオリ主ものと言えば、最終日、久しぶりにやって来たオリギルメンがアインズ様と共に転移に巻き込まれ、仲良く異世界で奮闘するというのが定番ですが、ふと、アインズ様が皆がいなくなったことに腹を立てたままだったら、というのを思いついたもので。


2016/2/11 2カ所ほど「使える」と表記していたところを「仕える」に訂正しました
2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/7/26 「帰そうとしない」→「返そうとしない」、「ナザリックの全ての自分のものに」→「ナザリックの全てを自分のものに」 訂正しました
2016/10/7 文末に「。」がついていないところがあったので、つけました
2016/12/1 「元」→「許」、「前方の方」→「前方」、「来ている」→「着ている」、「攻勢防壁」→「攻性防壁」、「王女」→「女王」、「持ってして」→「以てして」、「火ぶたが切って落とされました」→「火ぶたが切られました」


おまけ ~破滅の少女~ IF

「モモンガ様に質問する愚をお許しください」

「構わん。続けよ」

「はい。先ほどからモモンガ様の後ろに立つ、その人間は何者でしょうか? 〈~中略~〉 下賤な人間の分際で、ナザリック大地下墳墓の支配者にして、至高なるアインズ・ウール・ゴウンの最高責任者であるモモンガ様を前にして膝もつかぬ、その者は何者なのでしょうか?」

 

 一息に発したアルベドの声に合わせて、守護者たちから強烈な気が当てられました。

 当惑。敵意。そして殺気。

 

 普通の人間はもちろん、かなり高位の怪物でさえ怯み、震え、逃げ出すような濃密な空気を苦にもせずに、前へと進――

 

 ――む前に、モモンガが口を開きました。

 

 

 

「侵入者だ。殺せ」

 

 

 

 ファッ!?

 突然何を言い出しているんでしょう、この顎尖り骸骨は。

 

《ちょ、ちょっと、モモンガさん! なに言ってるんですか!?》

 

《誰もいなくなったアインズ・ウール・ゴウンをたった一人で支えてきたのは俺なんだ……。ずっと放っておいた癖に、……最後の時だけふらっと現れたような奴には渡さない! ここにある物はみな俺の物。このナザリックのすべては、俺だけのものだ!》

 

 ホラー物やパニック物で定番な、武器や食料を独り占めにしようとするウザキャラみたいなことを言いだしました。

 悪魔にだって友情はあるというのに、アンデッドには無いとでもいうのでしょうか。

 

 

 それはそれとして、大ピンチでございます。

 守護者たちは明確な怒りの空気をまとい、武器を構えて立ち上がりました。

 数人ならともかく、守護者全員+セバス+モモンガなどというドリームチームと戦えるはずもございません。

 デミウルゴスが腕をあげかけた瞬間、ベルモットは即座にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させました。

 

 転移場所はナザリック地下大墳墓1階の出入り口。

 そこからわき目も振らずに飛び出しました。

 

 

 外には危険があるかもしれません。

 ですが、全員が自分に敵対しているナザリックの中よりは、確実にマシだと思われました。

 

 そうして、ベルモットは一人で未知の世界へと足を踏み出したのでございます。

 

 

 ベルモットはしばらく森や草原をさまよいました。

 そうして、野生動物などと戦ううちに、自分はかなり強いことに気がつきました。ゲーム時代、ユグドラシルの時と同じような力を発揮でき、さらに現地の生き物は自分と比べてかなり弱いようです。

 また、いくら歩いても全く疲れも感じませんでした。眠くもならないし、空腹も感じません。どうやら、こちらもユグドラシルの時と同様、アンデッドとしての特性を保有しているようです。

 

 

 まさに、解放されたような気分でございました。

 今まで見知らぬ世界にビクビクしていたのが馬鹿みたいに感じられました。

 ここでは自分は圧倒的な強者であり、身の危険すら感じません。その身を脅かす者もおりません。

 それに今の自分は一人だけ。

 何の責任もなければ、何の守る物もありません。友人や配下などのしがらみすらありません。

 ベルモットは記録映像でしか見聞きしたことのないこの美しい大自然の中で、完全に自由な存在でございました。

 

 

 ベルモットは鼻歌交じりで、雄大な景色を楽しみながら歩いていきました。

 

 すると、前方から、何やら人の足音が近づいてきます。金属のたてるガチャガチャという音も聞こえてきます。

 

 とりあえず、ベルモットは木の陰に隠れました。

 すると、JKくらいの少女ともっと幼い少女が手を取り合って走ってきました。その後ろからは中世ファンタジーの騎士の様な格好をした男二人が剣を手に追いかけてきました。

 やがて、男たちは娘二人に追いつき、その剣を振るい、年かさの娘がその身を切りつけられました。

 

 その様子を物陰から見ていたベルモットは、姿を隠したまま、自身の武器であるフローティングウエポンを飛ばしました。

 人間の戦闘力は未知数だったために警戒したがゆえの事でございます。

 ですが、その警戒は杞憂のようでした。投げつけられた武器は狙いたがわず、一撃で騎士たちを倒すことに成功したのでございます。

 騎士達が起き上がらないのを確認してから、ベルモットは木陰から出て、姿を見せました。

 「え、ええっと、あなたは? 私はエンリ、こっちはネム……」突然現れた謎の少女に、エンリは困惑しながら声をかけました。

 

 ベルモットは何も言わず、エンリとネムの方へと歩み寄り――二人の首をぽきりとへし折りました。

 

 二人の服を剥ぎ取りにかかります。

 ベルモットが今着ている服は昔の巨人アンデッドだった頃の服でございます。幸い装備のアジャスト機能があるため、脱げたりはしなかったのですが、男物のボロボロに引き裂かれた服ですので、それを少女が着ると露出度的に拙い感じがいたします。

 でも、中身は成人男性なので、このキャラは18歳以上ですと言い張れるかもしれませんが。

 

 エンリの服は少々大きかったうえに騎士に斬りつけられて大きく裂けております。しかも血がついております。そこで、ネムの方の服を身に着けることにしました。サイズ的にもばっちりです。さすがに下着も剥ぎ取って身に着ける事はためらわれたので、そちらは残したままでございます。

 

 見るからに美少女の村娘といった風体になったベルモットは、騎士達のポケットや胸元を探り、金目の物を漁りました。

 倒した敵から戦利品を得るのは当然の事でございます。

 袋に入った硬貨や薬品瓶などが手に入りました。瓶の口を開けて匂いを嗅ぐと、なにかの油のようでした。

 そこで、下着姿の村娘たちの死体と金目の物を奪った後の騎士の死体を重ね合わせ、その瓶の中身をかけると、自らの保有するものの中で火属性の武器を使って火をつけました。

 死体が焼ける嫌な匂いを背に、ベルモットは彼らがやって来た方向、黒い煙が空にたなびく方へと歩いていったのでございます。

 

 

 そこでは先程の騎士達と同じ格好をした者たちが、村人らしき人間たちを一カ所に追い集め、迫害しておりました。

 

 ベルモットが近づくと、騎士の一人がその姿に気がつきました。

 まだ村娘が残っていたのかと、ベルモットに掴みかかろうといたしました。

 ですが、横なぎに払われた戦斧の一撃で身体を真っ二つに切り落とされました。

 周りの騎士達が一斉に襲い掛かってきましたが、さくっと返り討ちにいたしました。

 その様子を見た別の騎士が怯えた声をあげて逃げようとしましたが、そいつの背にフローティングウエポンを投げつけ殺しました。

 騎士たちは怯えるようにベルモットから距離をとりましたが、彼らを囲むようにフローティングウエポンを飛ばし逃げられないようにいたしました。

 

 先ほどまでの様子とは一転、怯える騎士達。

 すると、隊長のベリュースという男が金をやるから助けてくれと言い出しました。

 ベルモットは手を差し出しました。

 ベリュースは震える手で胸元から金が入った袋を取り出し、その小さな手の上に載せました。

 ベルモットは袋を開け、中にこの地の通貨らしき様々な材質で出来た硬貨が入っているのを確認すると、それをポケットにしまい――ベリュースを殴りつけました。

 くれるという物を貰ってから、更に殴ってもっと貰うというのが賢いやり方でございます。

 巧妙な交渉の結果、ベリュースは後で金貨500枚をさらにくれるという事を約束いたしました。

 

 その顛末を見た騎士たちは武器を捨てベルモットに命乞いを始めました。

 ようやく助かったと思った村長は、ベルモットに近づき感謝の言葉を述べました。

 ベルモットはその村長を剣で斬り殺しました。

 特に生かしておいても得もなさそうだったからでございます。

 そして、フローティングウエポン群を飛ばし、その場に60人ばかりおりました村人たちを全て殺してしまいました。

 

 騎士たちはその光景に呆然としておりました。

 ベルモットはその尻を蹴り飛ばし、村中から金目の物を集めてくるように命じました。騎士たちは恐怖を顔に浮かべながら、ベルモットの機嫌を損ねないように、慌てて村の家々を漁りました。

 

 そうして広場に積みあがる物の山、何やら本当に価値があるのかすらわからないような代物でしたが、それが積み上げられていく様子を眺めていると、遠くから馬蹄の音が聞こえてきました。

 見ると、歴戦の戦士集団とでもいうような者たちがこちらに向かってきます。その中から、一際屈強な体躯の男が進み出ました。その顔は怒りに歪んでおりました。

 

「き、貴様ら……無辜の民に対し、こんなにも非道なことをするとは! その悪行の報いを受けよ! 俺は王国戦士長ガゼフ・ストロ『ザク!』」

 

 男が名乗りを上げている所に、ベルモットは戦斧を飛ばし、殺してしまいました。

 なんと卑劣なのでしょう。挨拶は大事と古事記にも書いてありますのに。

 

 リーダーが殺され浮足立つ戦士達。ベルモットはフローティングウエポン群で瞬く間に皆殺しにしてしまいました。

 

 近隣で最も強いと知られる王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの呆気ない死に、唖然とする騎士達。

 ベルモットは手を止めた騎士達を容赦なく蹴り飛ばしました。騎士達は慌てて作業に戻りました。

 

 しばらくすると、また別の一団がやってきました。

 さすがにウンザリしてベルモットが見ると、今度来たのは魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一群のようです。その姿を見た騎士達は顔を引きつらせて、直立し背筋を伸ばしました。

 そいつらの中から、いかにも偉そうな男が進み出て、子安声で話しかけてきました。

 

「お前たちがガゼフ・ストロノーフを倒したのか?」

 言われた騎士達は全員視線をベルモットに向けました。

 その様子を見た男は怪訝そうな表情でございます。

 そこでベルモットは、未だガゼフの頭に突き立ったままの戦斧を飛ばし、自分の手に収めました。

 

 その光景を見た男は、一瞬目を丸くしたものの、納得した様子でその変わった村娘のような存在に声をかけました。

 「お前は何者だ?」と問われたので、本名を名乗るのもなんだなと思い、とりあえずベルと名乗りました。

 「これからどうする気だ?」と問われたので、ベリュースを指さし「こいつの家に行く」と答えました。

 金をくれると約束したので、それを取りに行くつもりだと答えました。

 ベリュースは顔が真っ青です。

 

 男――ニグンは「お前はかなり異質な強さを持っているようだから、自分たち、法国に仕えないか?」と勧誘してきました。なんでも彼らは法国の中でも陽光聖典というエリート集団なのだそうです。ガゼフ・ストロノーフを殺すほどの腕前の持ち主をぜひとも欲しいとの事でございました。

 しかし、まずベリュースから金を受け取ってからだと言うと、ベリュースの家は法国にあるから一緒に来ればいいとニグンは言いました。

 ベルはわずかに考えてから顔を縦に振りました。どうせ行く場所が変わらないなら、一緒に行っても問題なかろうと思ったからでございます。それに何らかの組織の庇護下に入るというのも悪くないという判断でした。

 ちなみにベリュースはもうひきつけを起こしそうな顔をしておりました。

 

 そうして話していると突然、空間がゆがみ、またすぐ元に戻りました。

 陽光聖典の者たちは慌てて謎の現象に対して警戒態勢をとりましたが、ベルは平然としておりました。

 おそらく、この陽光聖典の者達を監視していた存在があり、ベルの保有する対監視の攻性防壁アイテムに引っ掛かったようです。ですが、監視をしていた者が敵ならばいいのですが、それが味方であり、なおかつ素直にその事を話した場合、自分の責任がどうのとか言われそうな気もしたので黙っていることにいたしました。

 

 そして、ニグン率いる陽光聖典、並びにベルと騎士達はガゼフの死体を馬に乗せ、足早にその場を立ち去りました。

 

 騎士達がカルネ村中から集めた物品は大した価値もなさそうだったのでそのままでございます。

 自分たちの苦労は何だったのかと騎士達は涙しました。

 

 

 

 そうして何日も馬に揺られ法国につくと、何やら騒ぎになっておりました。

 聞くと、土の巫女姫とやらがいる神殿で数日前、突然奇妙なキノコが大量発生し、その胞子を吸い込んだ者たちはキノコ人間になってしまうのだそうです。

 陽光聖典の者たちは慌てて神殿へやってきました。

 すでにその建物は封鎖されており、胞子を吸わないように口元を隠した者たちが必死で、中から出てこようとするキノコ人間と戦っておりました。

 そこへ、ベルはさっそうと現れ、瞬く間にキノコ人間を倒してしまいました。そして、自分は毒は効かないからこの異変を解決してみせると大見得切って神殿内へ入っていきました。

 他の者達はその小さな背中を頼もしく見守り、無事に帰ってくる事を神に祈りました。

 

 さて、内部に侵入しましたベルですが、火属性の武器を取り出し、ちゃっちゃとキノコ駆除にかかりました。

 このキノコがなんなのかは分かっています。

 ベルが常備していた対監視の攻性防壁アイテムです。誰かが情報魔法等で覗いた時、キノコの胞子がその者に吹き付けられ、それを吸った者はキノコ人間になり、そのキノコ人間はさらに人間をキノコに変える胞子をばらまくという代物です。

 早いとこ解決して証拠を隠滅しておかないと、ベルが原因だとばれてしまう危険性もあります。

 ベルはサクサクと怪物たちを退治しました。

 そして、文字は読めなかったものの、数日前に陽光聖典たちを監視していたという記録が残っている可能性がありますので、その辺の書類等も処分しておきました。

 ついでにキノコ人間が持っていた金目の物も漁っておきました。

 

 ほどなくして、異変は解決いたしました。

 

 ベルは異変解決の立役者として、法国のお偉いさんと謁見することになりました。

 現在はニグンらに連れられてお城の廊下を歩いております。

 ガゼフ殺害の報告をするために、あの時の騎士に扮していたベリュースとロンデスも一緒でございます。

 ニグンはほくほく顔でした。なにせ、自分がスカウトしてきた人間がいきなり一つの神殿の危機を救ったのですから。

 ベリュースとロンデスは蒼白な顔でした。もう、こいつと関わり合いになりたくないという気持ちがまるわかりです。

 

 そうしてぞろぞろと歩いておりますと、前から奇妙な一群が現れました。気取ったような騎士から中二病をこじらせたような者まで様々です。

 

 彼らこそスレイン法国の中でも、最強と謳われる漆黒聖典と呼ばれる者達でした。

 

 その中でも一人の人物がベルの目を引きました。

 老婆です。

 ですがその身に纏うのは、五本爪の竜が空に向かって飛び立っていく姿が黄金の意図で描かれている白銀のチャイナドレス。

 正直、皺だらけの老婆がそんな露出度の高い服を着ている姿は、視界にも入れたくない所でございますが、ベルはそちらへまっすぐ歩み寄りました。

 見知らぬ少女、ですが陽光聖典の者が連れ立って歩いているという謎の人物の不思議な行動に一団が首をかしげました。

 そうしている内に、ベルは老婆の前へ立ちました。

 

 そして、その頭に鎚鉾を振り下ろしたのでございます。

 

 

 鈍い音とともに老婆の頭がスイカのように砕け散りました。

 

 突然の凶行に誰もが目を疑いました。

 周囲のすべての者たちがその場で凍り付きました。荒事になれているはずの漆黒聖典や陽光聖典の者達もです。

 周りの人間の反応には目もくれず、ベルは死んだ老婆の腕を叩き潰して引きちぎり、その服を剥ぎ取りました。

 

 そこでようやく周りの者達も正気に返りました。

 漆黒聖典の者たちはベルにその武器をつきつけました。そして、その服――六大神が残した秘宝『ケイ・セケ・コウク』を返すように命じました。

 

 ですが、なんとベルは断りました。

 何せ、これは普通のアイテムとはわけが違います。

 これこそワールドアイテム『傾城傾国』。

 このアイテム自体の使い勝手もさることながら、ワールドアイテムを持っていれば原則的に他のワールドアイテムから身を守ることが出来るのです。

 これを手に入れるためならば、一国を敵に回してしまっても惜しくはないとベルは判断いたしました。

 

 一触即発の空気。

 もはやニグンや陽光聖典の者たちすら息をのむような状態です。ベリュースやロンデスにいたっては気を失っていないのが奇跡のようです。

 

 漆黒聖典の隊長はベルに向かって、尋ねました。

 何者か、と

 ベルは答えました。

 自分はベルである、と

 

 漆黒聖典の隊長は尋ねました。

 何の目的でここに来たのか、と

 ベルは答えました。

 法国についたら土の神殿が大騒ぎになっていたので、それを解決したら城に呼ばれた、と

 

 漆黒聖典の隊長は尋ねました。

 なぜ法国にきたのか、と

 ベルは答えました。

 金をくれると言われたのと法国に仕えないかと誘われたからだ、と

 

 その答えにニグンは顔を引きつらせました。ベリュースはもはや息も絶え絶えです。

 

 漆黒聖典の隊長は、ニグンに向かってどういう事かと尋ねました。ニグンは、この少女がリ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを倒した腕前を持つ人物だと答えました。

 ですが、自分は実際にはガゼフを倒したところは見ていないので、詳しいことはその二人に聞いてくれと後ろの二人を指さしました。

 ベリュースはすでに気を失って倒れております。ロンデスはなぜこんなことになったと、世の無常を呪いながら震える声で必死であの時の事を説明いたしました。

 

 一通り説明を聞いた漆黒聖典の隊長は悩みました。

 カイレを殺し、神が残した遺物を奪って返そうとしないこの少女を許すことは出来ない。だが、かと言って、凄まじい戦闘力を有するこの少女を殺すのは大きな損失ではないか? そもそも、この少女は法国に仕えることを望んできたようなので、なにか首に鈴をつけて飼いならすことは出来ないか?

 

 誰もが隊長の示す方針を息をのんで見守っておりました。

 

 そんな中、空気を読まずあくびをする者がおりました。

 あろうことか、渦中の人間である当のベルでございます。

 

 正直、闘うなら闘う、闘わないなら闘わないでさっさと方針を決めてほしかったのですが、いつまでも話が終わる気がしません。

 そこで、その老婆が死んだのが問題の一つなんだろうと、さっさと生き返らせることにしました。

 アイテムボックスからそこそこ高レベルの蘇生の短杖(ワンド)を取り出して、死体に使います。

 すると、見る見るうちに死体の欠損部分が再生し、その老婆が起き上がりました。

 

 皆がその光景に目を見張りました。

 そして、目をそらしました。

 ベルによって身に着けていた『傾城傾国』を剥ぎ取られていたため、その肢体は下着のみという状況でございましたので。

 

 隊長は唖然としている一同の中で真っ先に理性を取り戻しました。

 そして、ベルに向かって尋ねました。

 何者か、と。

 ベルは答えました。

 自分はベルである、と

 

 わずかに思考した後、ベルに向かって、法国に仕える意思はあるかと尋ねました。

 ベルはその手の『傾城傾国』を見せ、これをくれるんならと答えました。

 

 

 

 数日後、ベルの姿はエ・ランテルにありました。

 

 あの後、ベルは問われるままに自身の身の上を話しました。少しぼかしてですが。

 もともと、自分はとある組織の戦士だったこと。

 その組織の長に企みによってマジックアイテムで少女の姿に変えられた事。

 そして、長の裏切りによって組織を追われ今は放浪の身だという事。

 

 そうして色々話し合った結果、ベルには一つの任務が与えられました。

 その任務をこなしたら、土の神殿の異変解決の功も考慮に入れ今回の事は大目に見るし、漆黒聖典の一員となることを認め、『ケイ・セケ・コウク』の所持も許可するという事でした。

 

 隊長としては、かなりの戦闘力も保有しており、希少なアイテムを多数保有しているであろう人物であるならば、素性が不明な点があっても確保しておきたいという思惑がありました。あまり信用は出来なくても、とりあえず餌を与えているうちはおとなしくしているだろうという魂胆です。

 また、仮に戦いになった場合、どれだけの被害が出るのか、そもそも勝てるのかという算段がつかなかったためでもあります。普通、相対すれば戦士としての実力はある程度分かるのですが、この少女はその実力のほどが全く分からなかったのです。

 まるで、何の明かりもない夜の海に漕ぎ出すような、そんな不確かなものに法国の命運を賭けたくはなかったのでございます。

 

 お目付け役として、かなり強面で剛力の持ち主である『巨盾万壁(きょじゅんばんへき)』セドラン、それにベリュースとロンデスがつけられました。

 特にベリュースには、ベルに関する全ての世話役の任が与えられました。

 そもそもベルに目を付けたのはベリュースなのであるから、ベリュースが全責任を負うべきだとされたためです。

 実際のところ、ベリュースはベルに脅されて金をやると言ってしまっただけにすぎません。本当にベルを法国に招いたのは陽光聖典のニグンです。

 ですが、ニグンは自分がそう言った事をおくびにも出さず、ベリュースに丸投げいたしました。

 ベリュースとしても反論したかったのですが、陽光聖典、それも隊長の任を持つニグンに異を唱えることが出来るはずもありません。

 そういった実に卑怯な大人のやり方によって、全ての面倒ごとはベリュースに押し付けられたのです。

 ベリュースはあとでマジ泣きいたしました。

 ちなみにロンデスは、ただあの場にいたというだけで盛大なとばっちりでございます。

 

 とにかく今回ベルが果たすべき任務でございますが、元漆黒聖典の一員でしたが法国を裏切り叡者の額冠という物を奪って逃げた人物を殺すことでした。

 数年前からエ・ランテルに店を出して潜伏していたという風花の男のところに行くと、すでにその情報網によってある程度の情報を掴んでおりました。これまではあちこち飛び回っていたため、足取りがつかめなかったのですが、ここ最近はこのエ・ランテルにとどまって活動していたため、ついに網に引っ掛かったそうです。 

 居場所さえわかれば、あとはベルのやる事と言えば、その裏切り者クレマンティーヌのところに行って、直接殺せばいいだけです。

 

 話している間に、男の後ろの垂れ布が動き、さっと小さな紙片が差し出されました。男はそれにちらっと目を向けた後、現在地がつかめたので今からいう場所にすぐに向かうようにと告げました。

 

 男から言われた所に行くと、そこは薬屋というより工房といったおもむきの建物でした。

 中には誰かいるらしく、ベルの優れた聴力はその話し声をとらえました。

 ベルは特に躊躇もせずにバーンと扉をあけました。

 中にいた者たちが驚いて振り返ります。

 室内には結構な人がいました。

 つま先立ちになり、体をかしげて奥を覗き込むと、一番奥に隊長から言われたのと同じような特徴の女性がいるのが分かりました。

 

「な、なんだ、おま『ザク!』」

 一番手前にいたローブを着たハゲがしゃべり終わるのを待たず、殺してしまいました。

「き、君! 助けを呼『ザク!』」

 銀のプレートを付けた帯鎧(バンデッド・アーマー)を身に着けた男が声をかけてきましたが、殺してしまいました。

 金髪のやせた男、中性的な魔法詠唱者(マジック・キャスター)、野人のような大男も殺してしまいました。

 そして、なにやら放っておいたら、悪い奴にさらわれて半裸で助けられたり、好きな人に押し倒されたりしそうなヒロイン力高めの目隠れ男も殺してしまいました。

 標的であるクレマンティーヌのところに行くのに、間に立っていて邪魔だったからです。

 

 そうして、てくてくとクレマンティーヌの許へ歩み寄ります。クレマンティーヌは驚愕の表情を浮かべていましたが、慌ててその身を部屋の陰へと翻しました。

 ベルは扉や壁などの障害物など気にもせず、突撃して手にした戦斧を振り払いました。

 破壊された木片や漆喰のかけらが飛び散る中、クレマンティーヌはその体を断ち切られ、鮮血を撒き散らして絶命しました。

 

 ベルは後ろを振り向き、セドランに確認を求めました。セドランはそれがクレマンティーヌ本人であることを確認し、二つになった身体を調べ、腰の袋から無数の宝石がつけられたサークレットを見つけ出しました。これが叡者の額冠なのだそうです。ベルにとって、特に欲しくもないアイテムなので奪うのは止めておきました。

 セドランはベリュースとロンデスに後始末を命じました。二人は死体や建物に錬金油をかけ、火をかけました。割と手慣れた手つきです。

 4人が出てしばらくすると、やがて炎は外壁へと広がり、その建物を赤く包み込んでいきました。

 家の中を漁れなかったのが、ベルには少々心残りでした。

 

 任務は完了したので、足早に現場を離れ、通りの人ごみに紛れてそのまま街を出る心づもりでございました。

 ですが、通りを歩いていると、奇妙な一団が目に留まりました。

 特に目に付くのは一人の男。

 漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包み、紅いマントを羽織っております。

 ですが、最も目に付くのはその者が騎乗している動物。

 それは、巨大なジャンガリアンハムスターでした。

 

 

 その光景は、非常に率直に申し上げますと――

 

 

 ――バカ丸出し――でございました。

 

 

 世が世なら、即座に写メって『あほなおっさんいたーwww』とSNSで全世界に発信していたところでしょう。

 ですが、残念ながらこの世界にはその手の物はありません。心の中で爆笑するだけにしておきました。本当はその場で腹を抱えて転げまわりながら笑いたかったのですが、さすがに殺しをした後でそんな目立つ行為をしないだけの分別はありました。ベルはフードを顔の前まで引っ張ることで、口元の笑いを隠していました。

 一緒にいた黒髪をポニーテールにした女性はどこかで見覚えがあったような気もしますが、特に思い出せなかったので、気のせいかとそのまま歩き去りました。

 

 あと、街を出たところでイグヴァルジという男にあったので、とりあえず殺しておきました。

 

 

 

 法国に帰ってきました。

 

 これでベルは漆黒聖典の仲間入りでございます。とりあえず第十三席次というのが与えられました。

 そして、明確に『傾城傾国』、現地語で『ケイ・セケ・コウク』の所持が許可されました。

 さっそく着てみましたが、美少女のベルが着るとかなり似合っておりました。

 ちょっと外見年齢的にこのスリットはいいのかという按配でしたが。

 まあ、普段からこの格好で歩くのは恥ずかしいですが、この上から貫頭衣を羽織ったり、マントを身に着ければいいでしょう。

 

 再びカイレに着せようと言う者は、誰もおりませんでした。

 婆さんはもう用済みでございます。

 

 

 それから、ベルは漆黒聖典として精力的に働きました。

 正義の名のもとに悪の限りを尽くせるというのはまさに最高の体験でした。

 標的相手なら人を殺しても、金を略奪してもいいのです。とりあえずやりすぎない程度なら、ちょっと間違って被害を大きくしても大丈夫でした。任務の範囲をあまりにも(・・・・・)逸脱し過ぎない限りにおいては、好きなだけ暴れることが出来たのです。

 

 任務のために各地を回りました。

 法国内だけでなく、王国、帝国、聖王国……。

 あちこちを回りながら、言われた任務をこなしていきました。

 旅の準備など細かいことはベリュースとロンデスに任せておけばいいのです。

 最近、ベリュースは目がうつろでございましたが。

 自分は現地に行って、標的を暗殺したり、殲滅したりするだけでよかったのです。

 そういう任務ばかり回されたとも申します。

 しかし、適材適所の原則を守ったお偉いさんの判断は正解です。

 そういう任務に関して、ベルはまさに適任でした。

 

 

 ある時は竜王国の女王に呼ばれて、侵攻してきたビーストマンどもを皆殺しにしました。

 その国の女王は一見少女なのですが、実は姿を変えているだけで実際はけっこう年がいっているようでした。

 要は合法ロリ、つまりはロリババアでございます。

 しかし、ベルもあまり人のことは言えません。向こうはロリババアですが、ベルはロリおっさんでございます。こちらの方が圧倒的に不利でございました。

 そこで、そのことには触れないようにして頼み事だけさっさと片づけ、この国を後にしました。

 これ以上、竜王国のアダマンタイト級冒険者『クリスタル・ティア』……というか、そのリーダーである『閃烈』セラブレイトのいる土地にいたくなかったからでございます。

 

 ある時は都市国家連合におもむきました。

 この辺りには亜人が国家を作ったりなどしているため、近辺での亜人たちの評判を下げろというのです。要は亜人のふりをして人間を襲い、憎しみを煽れという事でした。

 もちろん勤労少女のベルは真面目に任務をこなしました。

 覆面をして、旅する人間たちを襲いました。そして、人間は皆殺しにしても、亜人だけは命をとらずに逃します。その際、人間は助けないが亜人のお前は助ける、と話しているのをうっかり(・・・・)人間に聞かれてしまった上に、偶然(・・)にもその人間を取り逃がしてしまうという失態を犯してしまう事が多々ありました。

 そうしてお仕事していると、ある日、襲撃を受けました。

 その者たちは女だけの5人組で、がっちりとした体格の男と見紛(みまご)うような女戦士、露出の多いニンジャ装束の二人、ローブに全身を隠したうえに仮面で顔を隠した小さな魔法詠唱者(マジック・キャスター)、そしてリーダーらしい女性は六本もの光り輝く剣を周囲に浮かせ高貴な雰囲気を漂わせている、じつにオークの群れをけしかけてやりたくなるような人物でした。

 彼らはアダマンタイト級冒険者の『蒼の薔薇』だと名乗りました。

 他にも何か言っていた気がしますが、憶えておりません。

 問答無用で全員殺してしまいましたから。

 

 

 そして、ローブル聖王国へとおもむきました。

 なんでも聖王国付近の亜人たちが覇権を争っている荒野で、最近妙な勢力が力を増しているという報告があったためです。

 そうして、荒野に調査におもむいた際、思わぬ出会いをしました。

 

「これは、これは。まさかこのような場所でまたお会いするとは、実に奇遇ですね」

 

 そこにいたのは、まるで東洋系のやり手ビジネスマンと言った面持ち、三つ揃えのスーツにその身を包み、そして明らかに人間とは異なることを印象付ける銀のプレートに包まれた尻尾を有している人物。

 

 その姿は忘れもしない、ナザリック第7階層守護者デミウルゴスでございました。

 

 すみません。嘘です。

 すっかり忘れておりました。

 

 デミウルゴスが指をはじき合図を送ると、この『牧場』にいた怪物(モンスター)達がこちらを包囲するように集まってきました。

 結構、拙い状態でございます。

 ベルの保有する〈上位物理無効化Ⅲ〉や〈上位魔法無効化Ⅲ〉を突破できる者達もそれなりにいるようでした。

 なにより注意すべきは目の前のデミウルゴス。本気を出されると、かなり面倒です。

 それにもう一つ警戒しなければならないことがございます。

 

 ベルはわずかに後ずさりしました。

 

 それに目ざとく気づいたデミウルゴスは、再度、ぱちりと指を鳴らし特殊技術(スキル)次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉を発動しました。

「出会って早々、別れるのも辛いですし、転移は阻止させていただきますよ」

 そう言って微笑みました。

 

 ですが、それこそベルの狙いでした。

 〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉をひとたび発動してしまうと、使用者が解除しない限り、効果時間が切れるまでは転移することは出来ません。

 それはすべての者にあてはまります。

 そう、デミウルゴス自身にも。

 

 ベルが最も警戒したのは、自分がこうしていることがナザリック、すなわちモモンガにばれることです。

 自分の所在が分かれば、ナザリックの全軍をあげて法国に襲い掛かるでしょう。

 そうなれば、せっかく逃げたのに自分も再び危険にさらされます。

 それどころか、確実に狙いは自分です。

 おそらくこの世界で、モモンガを除けば、唯一ナザリックの内部に詳しい存在でございますので、そんな人間を自由にしておくはずがございません。マジックアイテムで封印するか、復活をあきらめるまでリスポーンキルするかのような運命が待っているのでしょう。

 

 そこでデミウルゴスに〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉を使わせることで、転移で情報を持ち帰ることを不可能にしたのでございます。デミウルゴスが〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉を解こうとしても、それには一アクション必要ですので、当然妨害してさせないつもりです。

 

 ベルは大きく息を吐きました。

 即座に転移で逃げることは防いだものの、今この場にいる怪物(モンスター)達を殲滅しなければなりません。これまでの戦いとはわけが違います。何せ、この世界の野良怪物(モンスター)ではなく、ナザリック謹製の怪物(モンスター)達でございますので。

 

 ベルは、アイテムボックスからフローティングウエポンをすべて出しました。そして、その身のステータス隠蔽スキルを切りました。常時発動型特殊技術(パッシブ・スキル)強化(バフ)弱体化(デバフ)問わず、ありったけ発動させました。

 確実に敵対が判明した状況で、実力を隠すことで相手に侮らせるのは不要。それより、圧倒的な強者として相手を威圧しながら、出し惜しみすることなく短期決戦でのぞんだ方が良いという判断からでした。

 

 ベルは今にも襲い掛かってくるであろう怪物(モンスター)達に、気合を入れてその攻撃を待ち受けました。

 

 ですが、襲撃は訪れませんでした。

 皆、雷に打たれたように体を大きく振るわせて硬直し――そしてその場にひれ伏しました。

 

 ベルは首をかしげました。

 そんなベルに、あのデミウルゴスでさえ慌てた様子で声をかけてきました。

「あ、あなたは……なぜ、ナザリックに属する者と同じ気配を……。そ、それも、至高の御方、アインズ・ウール・ゴウンの皆様方と同じ気配を発する、あなたはいったい何者……?」

 

 

 はてな?

 いまいち意味が分かりません。

 

 とりあえず、即座に敵対することはなくなったようなのでデミウルゴスに話を聞くと、ナザリックに属する者たちは気配で敵か味方か判別できるようでした。

 しかも、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーは、他とは全く違う絶対なる支配者としての気配を身に纏っているのだそうです。

 

 

 ……おや?

 ……もしかして、一番最初の時点で、普段常時発動しているステータス隠蔽を切れば、そもそもナザリックを追われる羽目にはならなかったのかもしれません……。

 

 

 とりあえず、デミウルゴスおよびその場にいた者達には自分の事を話しました。

 

 自分はアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、ベルモット・ハーフ・アンド・ハーフであるという事。

 ギルドマスターであるモモンガさんの陰謀によって人間の少女の姿に変えられてしまった事。

 ナザリックの全てを自分のものにしようとしたモモンガさんの企みによって、自分は侵入者の嫌疑をかけられ、ナザリックを追放された事。

 

 デミウルゴスはその身を震わせました。

 今、目の前の少女によって語られたことは、デミウルゴスを以てして、衝撃と言わざるを得ない内容でございました。

 考えるだけで魂飛魄散(こんひはくさん)、目を見張り、舌がこわばり、言葉も発せなくなる思いでした。

 まさか、至高なる御方アインズ・ウール・ゴウンの皆様方の中でそのような内紛があったとは……。

 そして……あの時自分が敵意を向けたお相手こそ、自分たちが崇敬の意を向けてやまない至高なる御方その人だったとは……。

 

 

 衝撃に声も出ないデミウルゴスに、ベルはもう一息だと思いました。

 

 そこでベルは証拠を見せようと言いました。

 

 デミウルゴスは目を見開きます。

 そのようなものがあるとでもいうのでしょうか?

 

 ごくりと喉を鳴らすデミウルゴスに、ここではなんだからと、どこか屋内で二人きりで見せる事を提案しました。

 デミウルゴスはここでの自分の住居へと案内しました。

 

 ベルがこのことを提案したのは、このままでは分が悪いと判断したからです。

 ギルドマスターであるモモンガと、あくまで一ギルメンでしかないベルモットとを両天秤にかけている状態です。時間をおいて冷静に思考させると、ギルメンたちがいなくなった後もナザリックを守っていたという事で、やはりモモンガを選ぶと言い出しかねなかったからでございました。

 

 そして、二人で住居に入り、デミウルゴスが扉を閉めるのを確認して、ベルはその身を覆っていた貫頭衣を脱ぎ捨てます。

 白銀のチャイナドレスが光を放ちました。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 そこに二つの陣営の者たちが対峙しておりました。

 

 片方は玉座の前に立つギルドマスターモモンガに忠誠を誓う者達。アルベド、セバス、シャルティアでございます。

 対するは不敵にも、まっすぐひかれた絨毯を堂々と進み、玉座を下から見上げる者達。デミウルゴス、コキュートス、アウラ、マーレ、そしてベルでした。

 

 

 あの後、ナザリック内でベルの味方をする一派の構築に専念いたしました。

 ベルに忠誠を誓ったデミウルゴスの働きにより、モモンガに気づかれることなく、秘かに同志を増やしていったのでございます。

 デミウルゴスによる説明と懐柔、そして、時にはベルが直接おもむき、『傾城傾国』を用いて説得することで、それは着々と進んでいきました。

 

 最終的には、全ての者達を寝返らせたかったのですが、それは叶いませんでした。

 

 ナザリックにおいて、デミウルゴスに匹敵する知恵の持ち主であるアルベドの為でございます。

 

 ベルとしてはデミウルゴスとアルベドの二人をこちらに引き込むことが出来れば勝利はもう目の前。もはやミルクレープの皮をはぐより容易く、モモンガ側の戦力を切り崩せたことでしょう。

 そのために、何とかアルベドの隙になるようなところを探しました。

 しかし、基本的にナザリックから出ることなく、『モモンガを愛している』という設定によりモモンガに絶対の忠誠を誓い、そしてワールドアイテムを保有しているアルベドには手の出しようがなかったのです。

 逆にナザリック内部に不審な動きをしているものの存在に感づかれてしまいました。

 

 事ここに至って、もはやこれ以上の浸透工作は不可能と判断し、決戦を挑むことにいたしました。

 

 ベルが最も警戒したのは、向こうが先手を打って、ベルの味方をしている者たちを様々な理由をつけて上階層に集めてしまうことでした。

 そうなれば、一からとは言いませんが、正攻法でナザリック地下大墳墓を攻略するはめになり、いかな戦力であろうとかなりの被害を受けるでしょう。特に第8階層の突破は、下手をすればそこで戦力が壊滅する恐れもございます。

 そこで、あらかじめデミウルゴスによってシンパの者達を各階層、特に第9階層以下のエリアに偶然を装って集めておき、一斉に蜂起させるというやり方をとりました。

 戦力の分散にはなりますが、それでも各地点でほぼ互角、そして第8階層を攻めあぐねるという事態にはなりませんでした。

 

 

「あなたは……。どうしても、このナザリックを欲するというのか? このナザリックを! 皆を捨てておきながら! 利用価値が出来た途端、手のひらを返して支配者面をするのか!?」

 

 モモンガは激昂して叫びました。

 それに対するベルは嗤笑(ししょう)で返しました。

 

「はっ。これはお笑いだ。誰がナザリックを捨てたと? ナザリックを捨てたのではない、捨てさせられたのだろうが。いったい、誰が? モモンガさん、あなたがだ」

 

 ベルは視線をモモンガを守るように立つシャルティア、セバス、そしてアルベドへと動かしました。

 

「お前たちは疑問に思わなかったのか? なぜ、自分たちを作ったアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーがナザリックを訪れなくなったかを」

 

 その言葉に皆、息をのみました。

 その場にいた誰もが帰ることのない自分の造物主たちをただひたすら待ち続けた、あの日々を憶えていたからです。

 

「それは皆を捨てたからではない。企みを巡らせたものがいたからだ! よこしまな企みを。ナザリックを自分の物にするために! アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが、このナザリックに帰還することが出来ないように! そう、そのモモンガさんの手によって!」

 

 その場にいたものは皆、雷に打たれたかの如く、その身を震わせました。

 

「モモンガさん。あなたはそうまでして、このナザリックが欲しかったのか? この地を、皆で作ったこのナザリックを独り占めにしたかったのか? その為に、ただそれだけの為に、あれだけ仲の良かったたっち・みーさんやペロロンチーノさんまで罠にかけたのか!?」

 

 ベルは慟哭するように声をあげました。

 自分たちの造物主の名前をあげられたシャルティアとセバスは思わず、その視線を背後のモモンガに向けました。

 

「な、なにを言っている!? くだらん出まかせを言うな!」

「出まかせか……。己がやったことすら一顧だにせず、全てを出まかせと誤魔化すのか……」

 

 ベルは哀感を漂わせてつぶやきました。

 

 

 いちいち解説するのもなんですが、もちろんベルのいう事はすべて出まかせでございます。

 ですが、構う事などございません。

 どうせ、真偽を確かめることなど出来るはずもないのですから。

 

 とりあえず、モモンガ側のシャルティアとセバスの動揺をさそえればそれでいいや、という魂胆でした。

 

 

「このような結末を迎えたのは残念だ。せめて最後に己が行為を悔いてくれたらな……。もういい……もはや語るまい」

 

 あまり長く話すとボロが出そうなので、この辺で止めておきました。

 

 

 そして、ナザリックを二分する戦いの火ぶたが切られました。

 

 

 

 あれから幾度も日が昇り、沈み、そしてまた昇りました。

 

 夕焼けに赤く染まる大地。

 ナザリック地下大墳墓の地表部。かつては常人であれば怖気の走るような景色をしていた墓地も、その大半が破壊され瓦礫と化していました。

 

 今そこに二つの人影が対峙しておりました。

 

 にらみ合うアインズとベル。共にかなりの負傷をしています。

 残りHPは互いにもう数割程度しかございません。

 

 ナザリックのシモベたちはすべて死に絶えました。今現在、ナザリック内部で生きているのは――アンデッドも含めた上で活動しているのは、ほんのわずかの低レベルPOPモンスターと恐怖公の眷属くらいでした。

 

 ですが、大して問題はございません。

 

 ナザリックの宝物殿にはシモベ全てを生き返らせる事の出来るほどの財宝が存在します。もちろん、さすがに全員復活させるとなれば、いかなナザリックと言えど、ちょっとどころではない大きな損失と言えるでしょう。ですが、元通りに出来ることに違いはありません。

 

 アインズとベル、二人のうち、どちらかの一方の支配者が生き残れば、ナザリックは再び再生できるのでございます。

 

 二人はじりじりと間合いを詰め、最後の決着をつけようと踏み込み――。

 

 

 ――その時、空に轟音が轟きました。

 

 

「「ん?」」

 

 

 何だろうと二人が天を仰いだ瞬間。

 

 

 

 上空から光が降り注ぎ、そこにいたすべてを吹き飛ばしました。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ツアーは閉じていた目をゆっくりと開きました。

 

「上手くいったか?」

 

 リグリットの声に、そちらに頭を向け頷きました。

「ああ、上手くいったよ。ちょうど彼らが仲たがいしていてよかった」

 

 そう言い、大きく息を吐きました。

 

「今回の100年目は何とかなったようじゃな」

「ああ、そうだね。人間の世界は大きく揺れたようだけど」

「なに。そのくらいは許容範囲じゃて」

「まあ、確かに。いつもと比べればね」

 

 確かに人間たちの国では大きな事になってはいるが、幸いなことに影響があったのは、あくまでアゼルリシア山脈近郊に限定された地域だけでした。ツアーが永久評議員として名を連ねている評議国などには大した被害は出ておりません。

 無事に終わったと言ってもいい程度でございます。

 

「次も出来れば、今回くらいで済んでくれることを願うよ」

「まったくじゃ。次の時にはわしも引退してしまって、騒ぎを高みの見物していたいものじゃな」

 

 高笑いするリグリットに、苦笑するツアー。

 

 二人とも、100年おきに起こる厄介事を無事乗り切ったことに、安堵の笑みを浮かべておりました。

 

 

 

       THE END

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 だが、二人は失念しておりました。

 

 八欲王の伝承は何と言っていたのでしょうか。

 

 

 伝承は語ります。

 八欲王は倒されるたびに弱くなっていった、と。

 

 

 そう、彼らにとって死とは終わりではないのでございます。

 

 

 

 月光に照らされるナザリック地下大墳墓の跡地。

 

 その地表部はワイルドマジックによって起こった大爆発により、墓も樹木も像も霊廟もその全てが土に埋まり、土砂の山と化しておりました。

 もはや、そこに墓地が広がっていたことは誰にもわかりませんでした。

 

 

 

 いま、その土塊(つちくれ)の中から――二つの手。

 

 少女と骸骨の手が地中から突き出しました。

 

 

 

 




 思いつきで始めたので、平坦な文体でさらっとやろうと思っていたんですが、かえって面倒だったうえに長くなってしまいました。


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