オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/2/9 『見た目は外見に現れないというのは』→『中身は外見に現れないというのは』 訂正しました
2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/8/11 「荒くれ物」→「荒くれ者」 訂正しました
2016/12/10 「超え」→「越え」、「ブルドック」→「ブルドッグ」、「張り出されて」→「貼り出されて」、「効く」→「利く」、「務めない」→「勤めない」、「例え」→「たとえ」「元」→「下」訂正しました


第三章 遭遇編
第21話 エ・ランテルの現況


 城塞都市エ・ランテル。

 その中でも3番目、最奥の城壁に守られた、最も安全な場所に作られた行政区。

 

 そこでエ・ランテルの都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアは、一人頭を抱えていた。

 

 一見、ただ肥え太り、さえない人物のような風貌であるが、その実、戦争の前線地ともなりえるこのエ・ランテルを統治するだけの英知と才覚を隠し持っている。

 その彼が書類の山に囲まれ、うなり声をあげていた。

 

 

 頭を悩ませるのは先日のアンデッド騒ぎからの街の復興だ。

 

 あの一件で街は大打撃を受けた。多くの者たちが家を追われ、着の身着のまま街の外へと逃げ出した。そして、とりあえず逃げはしたものの、そのまま他の街に避難できるものは少なく、金も食料も無いなか、そこで困窮生活を余儀なくされた。

 ただそうやって逃げ出しみじめな生活をおくれた者はまだいい。多くの人間が逃げることすら敵わず、無残に殺されたのだから。避難の際に家族とはぐれ、その行方を捜す者達の慟哭は、いまだ街に響いている。

 

 そうした悲惨な体験を越え、今、街は再興を目指そうとしていた。

 

 アンデッド達はいなくなったとはいえ、人々の日々の生活はすぐに元に戻るという訳ではない。

 その爪痕は大きい。

 大きすぎると言ってもいい。

 街のあちこちには、気力を失った者たちが膝を抱えうずくまっている。 

 今は何より、なにか目に見えるものが欲しい。タダのパフォーマンスでもいい。なにかこう、民衆の前に出せる具体的な成果を見せてやりたい。

 皆に明日への希望を与えてやりたい。

 

 だが……。

 

 パナソレイは傍らの書類に目をやり、深くため息をついた。

 

 

 金がない。

 

 

 あのアンデッド騒ぎの際に、何者かが恥知らずにも略奪を行ったらしい。

 突然の事に、皆が取るものも取らず避難した隙に各施設、家屋、商店等が狙われた。特に富裕層の住宅が立ち並ぶ区画では根こそぎやられたようだ。

 

 エ・ランテルを運営するための資金、街中から集められた税を収めている金庫。万が一に備えて数カ所に分散させていたのだが、そのうちのいくつかまでやられてしまっていた。

 幸い無事だったところもあり、そちらの資金があるため、即座に予算に困ったりはしないが、やはり色々と厳しいというほかはない。

 これまで緊急時にやっていたように、裕福な商人に信用手形で金を貸してもらおうにも、彼らの家もそもそも被害にあってしまっており、街の外に持ち出せた分しかその手には無いのだ。むしろ、少なくない税を払っていたのに街を守れなかったという突き上げが、そちらからガンガン来る。

 

 とりあえず、エ・ランテルは王の直轄領という扱いなため、王都に早馬を出し、資金を送ってもらうよう請願している。

 それが届けば、一息つけるだろう。

 

 

 とりあえず、金の問題は置いておくほかない。

 考えても、今は出来ることなどないのだから。

 

 

 そして、別の書類を手にする。

 パナソレイのブルドッグのような顔がさらに渋面になる。

 

 

 そこに書かれているのは、さらに頭を痛ませている問題。

 

 街の治安の悪化だ。

 

 

 何の前触れもなく、突如、発生した霧のなかから現れたアンデッドの大群。あまりに大量かつ広範囲に及んだ襲撃に、都市を守る衛兵たちはなすすべもなかった。

 かろうじて東部地域への侵入を阻止したり、ごく一部地域で逃げ遅れた民衆を守って奮戦していた者達もいたが、あくまで一部であり、この異変の解決に貢献したかというと疑問が残る。

 街の外に逃げた民衆たちを襲ってくる怪物(モンスター)達から守っていたり、スラムとなった地域での警邏などもして治安維持に努めていたため役には立ったのだが、街の者からすると不満を感じるものでしかなかった。

 そんなことをしている暇があったら早く街中のアンデッドを退治すべきだったと考えるものが大半だった。

 口さがない者たちなどは、なぜ問題が起こる前になんとかできなかったのかと非難の声すらあげている。

 

 もちろん、もし出来るのならばやっている。

 現に、今まで何度も様々な者たちがエ・ランテルで邪悪な企みを企て、それが重大な被害を起こす前に衛兵たちはその計画を未然に防ぎ、阻止してきたという実績があるのだ。あるのだが、民衆というものは目の前にあるものしか見ようとしないものらしい。

 

 衛兵への信頼は薄れ、治安は悪化する一方だ。

 

 つい先日も痛ましい事件が起こったばかりだ。

 街で篤志家として知られる富豪のゴーバッシュという男が、その家に押し入った何者かにより、一家皆殺しになったそうだ。

 貧しい者達へ施しをするなど、慈善活動を行う人物として知られていたが、ある日の朝、元戦士として鍛えられていたその体が教会の尖塔に突き刺さっていた。

 彼の家族もすべて、穏やかな微笑みが印象的だった妻も、利発そうな顔つきの息子も、そして生まれたばかりの愛娘さえも一緒にだ。

 

 東地区にあった屋敷の中は、壁や天井一面に血が飛び散り、使用人たちさえ一人残らず殺戮されていた。

 

 その傷跡を見るに、刃物による刀瘡や槍での刺突痕、また鎚鉾らしき殴打の跡など多種多様にわたり、よっぽど大勢の者たちが襲撃を行ったらしい。そして、金目のものがあらかた奪われてしまっていた。

 ただ、それほど大規模な襲撃だったのに、周囲の者たちが、誰も気がつかなかったというのは不思議なことだったが。

 

 唯一、彼の長女、孤児院などで慰問などを行っており人望も厚かった娘だけが、いまだ死体が見つからず行方不明になっており、街の者たちはなんとかあの娘だけは無事でいてほしいと願っていた。

 

 

 そして、この治安の悪化につけ込んだ者もいる。

 

 パナソレイは書類をめくる。

 

 そこに書かれているのはギラード商会という商組織の調査報告だ。

 

 

 もともとギラード商会というのは、貧民街の近くに居を構えていた少々胡散臭げな古物商だった。一応、表向きは合法的な事をやっていたため、とくに気にもされていなかったような小さな店。

 まあ、叩けば埃は出るだろうが、出る埃の量より叩く労力の方が大きいために、それほどまじめに取り締まりもしなかったというのが正しい。

 おそらく巡回の衛兵に多少の鼻薬をかがせていた程度だろう。

 さすがにそれくらいでいちいち処罰していたら、エ・ランテルの衛兵も店もかなりの数がなくなってしまう。

 街の治安を預かるものは清廉潔白でなければならないと言い切るほど、パナソレイは青くもない。よっぽど度が過ぎるのでもなければ、多少の清濁くらいは合わせて飲まなければやってはいけない。

 

 まあ、とにかく元はただのチンピラに毛が生えたような奴がやっている店だったのだが、ここ最近で急速にその名を広げていた。

 

 

 主に裏の方面で。

 

 

 エ・ランテルにある闇社会の枠組みの中、隅っこでせせこましく小金を稼いでいた程度の者が、突然中央へと躍り出たのだ。そして、圧倒的な金の力で周囲をねじ伏せ、その勢力を広げている。噂では王国に根を張る犯罪組織『八本指』の中枢とも関わりがあるのではという報告もある。

 この困窮しているエ・ランテルの現状につけ込んで、この街中に八本指の影響力を強めようというのだろうか?

 

 何とかしようにも、なんとかするためのその予算が不足しているというところに話が戻ってしまい、これといった手が打てないという途方に暮れるような現状だ。

 

 

 ついでに言えば、街中の治安悪化だけではなく、街の外も問題となっている。

 

 この前の件では、多数の冒険者たちも駆り出され、そして懸命に戦った。

 当然、中には命を落としたり、活動を休止する羽目になった者達も多くいる。

 

 冒険者とは主に対怪物(モンスター)相手の傭兵といってもいい。

 その冒険者が減少するという事は、退治される怪物(モンスター)が減るという事。すると怪物(モンスター)たちが活発に活動をするようになり、エ・ランテル郊外の安全が確保できなくなる。

 

 結果として、エ・ランテルに交易で来る者が減り、品薄から物の価格が跳ね上がる。もしくはしっかりとした護衛を雇わなくてはエ・ランテルにやって来れなくなるため、その分、やはり交易品の価格が上がるといったことになる。

 ただでさえ、現金の持ち合わせを失っている一般庶民には手が届かなくなり、利益が見込めない商人は寄り付かなくなる。するとさらに品薄になって、物の値段があがるという悪循環に(おちい)りかけている。

 

 不幸中の幸いだが、先だっての略奪の際、金銭は狙われ失ったものの、例年の戦争の為に普段からある程度余裕を持って備蓄されている食料には手をつけられていなかった。

 それを少しずつ市場に流すことで、なんとか食糧事情は平穏を保っている。

 だが、いまだ餓死などはそれほど報告はされていないものの、このまま続けば拙いことになる。 特に、このまま戦争の季節になったら……。

 

 腹の立つことに、例のギラード商会は社会貢献と称して、一般人への無料での食糧配給なども行っている。

 その為、市民の人気は上々で、とても取り締まりなどできるような空気ではない。

 

 歯ぎしりしたくもなるが、実際、その行為によって街が助かっているのも事実だ。

 普通の人間にとっては裏社会の勢力争いなど全く関係がない。出来れば、争い事は裏だけでやって、表には迷惑をかけないでくれていればいいのだが。

 

 

 話がずれたが、冒険者の減少は実際、困ったことだった。

 

 特にエ・ランテルの冒険者はミスリルが最高だったのだが、そのうちの一つクラルグラはあの戦いの最中に行方不明になった。なんでも、貴族閥の貴族を脱出させるために駆り出され、その後、連絡が取れなくなったそうだ。まあ、その貴族も行方不明だが、とりあえず、そちらはどうでもいい。おそらく、後で貴族閥の方から嫌味や嫌がらせを受けるだろうが、今の状況でそちらまで構っていられない。

 

 クラルグラはリーダーの性格に少々難があったが、確かに優秀だったと聞いている。それがいなくなった穴は大きい。

 

 そこで、冒険者組合の組合長アインザックは、あの時防衛に協力したワーカーたちを冒険者に勧誘した。例外的な措置ではあるが、銅級として一から始めるのではなく、ワーカーたちの実力に応じて、ある程度上の階級に据えるという、ある意味破格の条件を提示した。

 それも、あの件では冒険者とワーカーが肩を並べて戦ったというのも大きいだろう。

 互いに反目し合う事も多い二者だが、共に戦う事で実力を認めあった形になり、一足飛びに階級が上がることに対する冒険者側からの反発も少なかろうという判断からだった。

 実際、その提案を受けて冒険者になったワーカーは多くはないものの、冒険者に鞍替えしたワーカーへの風当たりは強くはない。また、その提案を受けなかったワーカーと冒険者との間柄も比較的良好なまま推移している。

 

 

 

 ああ、そうだ。

 冒険者と言えば。

 

 

 パナソレイは、自分の全体重をかけても軋みもしない頑丈な黒檀の椅子の背もたれに身を預け、大きく息を吐いた。

 

 

 このエ・ランテルには暗いニュースばかりだったが、そんな中、唯一と言っていい明るいニュースがある。

 

 

 それは、冒険者モモンの存在だ。

 

 

 このエ・ランテルに彗星のごとく現れた英雄。

 

 その実力は、先のアンデッドの襲撃の件でまざまざと見せつけられた。

 

 絶対に到達は不可能だと思われていた事態の根源の場所である墓地。そこへ無数のアンデッドを駆逐しながら突入し、そこにいたズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)らを倒して見せたのだという。それもスケリトル・ドラゴン2体(・・)を同時に撃破して。

 更には、街の人間たちを救うために魔封じの水晶という希少アイテムを使用し、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)という伝説クラスの強大な天使――怪物(モンスター)を召喚したのだという。戦闘に関しては門外漢であるパナソレイには、それがどれだけ凄いのかはいまいち分からなかったが、魔術師組合のラケシルがいかにあれが凄まじいものなのか説明してくれた。目を血走らせ、唾を飛ばしながら、延々と。

 

 街の多くの者たちが実際に彼の強さを目の当たりにし、その話、伝説は燎原の火のように街中に広まった。

 

 

 『漆黒の英雄』の名と共に。

 

 

 彼には特例ながら、ミスリルのプレートが即座に発行された。

 

 だが、彼の実力はミスリルにとどまるようなものではなかったようだ。

 

 彼はその後も、冒険者組合にある様々な討伐依頼を受けては、あっという間に達成していった。およそ、ミスリル級でも1週間から1か月はかかるだろうと思われるような依頼を、たった1日から数日でこなし、瞬く間に冒険者組合のボードに貼り出されている高難度の依頼をする羊皮紙はなくなってしまった。

 そうやってモモンが高難度依頼をこなしていくおかげで、他の冒険者たちの手が空き、商隊の護衛などの依頼に回れるようになっている。それでなんとか、減少した冒険者の穴を埋めることが出来ている状況だ。

 

 また、彼は人格的にも素晴らしい人物のようだ。

 強者、それも荒くれ者の冒険者にありがちな、強さゆえの(おご)りや弱者に対する(あざけ)りがない。淡々として自信にあふれた態度だが、どんな人間に対しても礼節を持って接している。

 

 そして、彼の共もまた人目を惹く。

 健康的な魅力にあふれ、誰かれなく親しく振る舞う女神官ルプー。かつてはトブの大森林で伝説となっていた森の賢王ハムスケ。

 

 実際、彼らの人気は凄まじく、街を歩くだけで羨望と崇敬のまなざしがついて回る。

 

 

 打ちひしがれた街の者達にとって、彼らはまさに希望の星となっている。

 

 

 出来る事ならば、この先もずっと、このエ・ランテルにいてくれたらな。

 少なくとも、もうしばらくの間は。

 

 パナソレイはそう願わざるを得ない。

 

 

 モモンは冒険者だ。

 

 突然この街に現れたように、また別の街に行ってしまう可能性もある。

 さすがに都市長である自分が一介の冒険者相手にあれこれするのは(はばか)られるため、あまり表立っては動けないが、冒険者組合のアインザックは何とか引き留める手立てをいろいろと考えているようだ。金はあまり出せないが人との交流による街への愛着、また女を使う計画も立てているらしい。

 そちらにはそれとなく協力するように手を回してはいる。

 

 

 なにはともあれ、これ以上厄介ごとが増えないことを祈るばかりだ。

 禍福はあざなえる縄のごとしと言う。これだけ禍があったんだから、今度は福がたっぷり来てもいいだろう。まあ、たいていの場合、禍の後にはもっと禍が来るものだが。

 

 

 ため息とともに、パナソレイはすっかり薄くなった髪を撫でつけた。

 これ以上、残り少ない髪に負担がかかるような事は勘弁してほしい。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 城塞都市エ・ランテルで2番目と3番目の城壁に挟まれた地域。

 この地区が一般的に街と言われたときに想像する、人々が生活する区域になる。

 

 そこの商業地区の中でも、通りの中心から大分離れた場所。

 ほんの少し歩けば、治安の悪い貧民街に迷い込むという、かろうじて表の世界に属する地域。

 

 そこに居を構えるのが、表向き古物商として商売をしているギラード商会である。

 

 

 はた目には、それなりに大き目な普通の屋敷だが、建物を取り囲む塀は高く、その上には容易に乗り越えられないよう金属製の返しがついている。また、建物の窓はどれも小さく、一見、メッキがほどこされ美しい飾りのようになってはいるが、しっかりとした造りの鉄の格子がはめ込まれている。おそらく建物の内部も、初見の者は迷うような入り組んだ構造になっているのだろう。

 

 

 そんなギラード商会の応接間。

 いま、そこには3人の男が椅子に腰かけていた。

 

 一人は、いかにも胡散臭げなナマズ髭を生やした痩せぎすの中年男。

 一人は、顔にいくつもの傷がある強面の男。

 

 最初のナマズ髭を生やしている男こそ、このギラード商会の会長ギラードその人である。

 

 だが、自分の店の中で訪ねてきた客に相対しているというのに、先程からやたらとソワソワしたり、さかんに汗をぬぐったりと落ち着かない様子を見せていた。

 

 訪ねてきた相手というのが大物だからという訳ではない。

 実際、ギラードの正面に座っている強面の男も、額に汗を浮かべながら、子供はおろか大の大人ですら避けて歩くような外見に似合わぬ怯えたような様子で、テーブルの上に置かれた水を喉に流し込んでいる。

 

 二人が怯える原因はギラードの隣に座り、にこやかな笑顔を浮かべている人物。

 

 いかにも裏世界の住人らしい服装の二人とはかけ離れた、まるで優雅な舞踏会の最中にちょっと席を外して出てきたかのような煌びやかな服装。

 動作は優雅で無駄がなく、動くたびに微かな薔薇の香水の香りがする。

 しなやかな体に金糸刺繍を施した上着やチョッキ(トラヘ・デ・ルーセス)を着用した優男。

 八本指の中でも荒事を得意とする警備部門。その中でも六腕と称され、アダマンタイト級冒険者に匹敵するとまで言わしめられた存在。

 

 

 ――『千殺』マルムヴィストである。

 

 

 緊張のあまり、何度もつばを飲み込む二人に対し、何の気負いもなく穏やかに話を進める。

 

「まあ、つまりはそういう事さ。特に今までとやることは変わらない。いつも通り、ビジネスを進めてくれていい。あくまでギラード商会の傘下に入って、上納金もうちに納める。ただ、それだけでいい」

 

 そう言って、安心させるように顔に笑みを浮かべる。

 強面の男は、マルムヴィストの機嫌を損ねないようにと、慌てて追従の笑いを浮かべながらうなづいた。

 

「ああ、分かってくれて嬉しいよ。もちろん、うちの傘下に入ってくれれば、仕事も色々融通するさ。報酬だって、これ、この通り」

 

 傍らのテーブルから布袋を手にとると、それを逆さにする。

 強面男の手のひらの上に金貨の山が出来る。中には白金貨まで混じっている。

 男は目を丸く見開き驚いた様子でマルムヴィストの顔を見つめ、そして顔一面に喜色を浮かべた。

 

 いそいそと金をその懐に収める男に、マルムヴィストは声をかける。

「それはあくまで前金さ。うちのボスは気前が良くてね。頼んだ件をこなしてくれれば、更に報酬がある。おっと、これも渡すように言われてたんだった」

 

 そう言って、引き出しから一つの金属板を手にとり差し出す。

 

 はしゃいだ様子でそれを覗き込んだ男の顔が一瞬でこわばる。

 突然、刃物を突き付けられたような、冷水をぶちかけられたような、そんな表情で差し出された金属板を震える手で受け取る。

 それはすでに赤黒く変色した血で汚れた、とある富豪の家の家紋だった。

 

 それから目を離せないでいる男の肩にやさしく手を回し、部屋のドアへと誘導する。

 

「なあに、心配することはないさ。お前さんは安全だよ。そんな風にはならないとも」

 

 にこりと微笑んだ。

 

「お前がボスを裏切らない限りはな」

 

 衝撃が抜けきらず呆然とする男を部屋の外へと追いやり、マルムヴィストは扉を閉める。

 そして部屋を横切り、奥の扉へと手をかけた。

 

「ギラード。そこのテーブルの上、片づけておきな」

 

 そう言うと、部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる音が響いてから優に10は数えられる時間の後、ギラードは精根尽き果てたという感で机に突っ伏した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ギラード商会の曲がりくねった廊下を歩くマルムヴィスト。

 

 建物が襲撃されたときに備えてこんな構造をしているとは分かっていても、少々面倒な気分になってくる。

 やがて奥まった場所にある、チーク材を鉄枠で囲った扉をノックする。

 

「終わりましたぜ。ボス」

 

 扉を開けた部屋の中は大きく、ごてごてと装飾品が並べられていた。壁や天井から下がる垂れ布はどれも目が冴えるような赤や青、様々な色の布地が金糸で縁取られており、壁際には色とりどりの宝石があしらわれた金の彫像や装飾品が並んでいる。はた目にもどぎつい色彩があふれていた。

 

 部屋に入ったマルムヴィストを迎えるのは4人。

 同僚の、薄絹をまとった女――エドストレームと全身鎧に身を包んだ男――ペシュリアン。

 それに、部屋の奥に鎮座する金箔で装飾の施された黒檀のテーブル、その向こうにある金色の椅子に腰掛ける小柄な姿と、その脇に立つ美しい金髪のメイド。ベルとソリュシャンである。

 

「はい。ご苦労さま」

 ベルは声をかけた。

 

 マルムヴィストは中央に置かれたソファーに腰掛け、テーブル上の冷却の魔法がかかった水差しからカップにアイスティーを注いだ。

 ベルに仕えるようになってから初めて飲んだのだが、こうして冷やした紅茶というのも中々に気に入っている。

 

「これで、まあ、四割がたくらいですかね。いや、連中、なかなかに目端が利くようで」

「もう数日経ったからねぇ。……これ以上、判断に迷うような連中はいらないか」

 

 ベルはテーブルの上に置かれた宝石を手にしたサルの金細工、いかにも悪趣味な代物を、その白い指の先でつんつんとつつきながら、天気の話でもするかのように喋った。

 

 少々抗弁させてもらうなら、この部屋の悪趣味な内装は、今この場にいる者達の見立てではない。屋敷の持ち主であるギラードの手によるものである。

 この部屋を初めて見たとき、ベルはその成金趣味に眉をひそめ、ソリュシャンはこんな粗末なところにベルが滞在するなんてと眉をひそめた。

 

「いや、こう言っちゃなんですが、組織が大きくなってくると、さすがに上だけの判断でどうこうってわけにもいきませんよ。あちこちに分散している連中の意見も聞かなきゃならない。もう少し、時間をかけて様子を見てもいいと思いますよ」

 

 マルムヴィストの言葉に「ふうん。そんなもんかな」と、見た目だけは金ぴかで美しいわりに座り心地はあまりよろしくないためクッションを置いている椅子の上で、ベルはぶらぶらと足を揺らしながら返した。

 

「ええ、そうです。まあ、もう少ししたら、また見せしめ代わりにどこか小さいところでいいですから、何かした方が良いと思いますが」

「そっか……。じゃあ、まだ、傘下に入ってない所で、特に潰しても問題ないようなところを見繕っておいて」

 

 マルムヴィストは了承の返事をした。

 

 

 

 かつては八本指の中でも最強の六腕と謳われたうちの三人、マルムヴィスト、エドストレーム、ペシュリアンは、ベルすなわちナザリックの傘下に入っていた。

 

 

 あのアンデッド騒ぎの際、脱出しようとした3人は、ユリと名乗る奇妙なメイドに出会い戦闘になった。

 最初は苦戦しつつも首を切り落とすことに成功し、勝ったと思ったのだが、なんと相手はアンデッドで首は最初から切り離されていたそうだ。

 そして、そのメイドから自分の主が見ているから主を満足させる戦いをしろと言い渡され、本気になったメイドに徹底的にボコボコにされた。

 

 その後、動くことすら出来なくなった3人は、何者かが作った〈転移門(ゲート)〉によって、どこかの円形闘技場へと転移させられた。

 

 そこには、高級そうなスーツを身に纏った少女が立っていた。

 不思議と強さは感じ取れないが、彼女こそがメイドの言っていた主らしい。

 

 その少女は、自分はベルであると名乗り、「お前らはなかなかの強さを持っているし、なかなか興味深い戦いをするようだ。自分と戦って強さを見せてみろ」と言った。

 

 3人は、あのメイドとの戦いで強さを見せれば命は助けてくれると言ったはずと抗議した。

 

 だが、ベルは、

「別に命は助けると言ったが自由にするとは言っていない。それにどのくらいの期間、命を助けるかも言っていないな。ははは、ほら、今、こうしている間にも10秒くらい命を助けてやっているぞ」

 と長年、暴力と偽りの世界で生きてきた3人ですら唖然とするような悪辣極まりない事を平然とのたまった。

 

 そして、円形闘技場で散々ベルの戦闘能力の実証とやらにつき合わされた。

 地に倒れ、動けなくなったら、回復魔法やポーションで何度でも無理矢理立ち上がらされた。

 

 3人の中でも特にベルが目を引かれたのはエドストレームの三日月刀(シミター)を自由自在に飛ばして攻撃する舞踏(ダンス)

 同じように武器を飛来させる戦い方をする者として、あれを自分のものに出来れば、この子供の姿になったことによる戦力低下を補えるだろうという狙いがあった。

 

 

 だが実際に戦い、そして話を聞いてみた結果――。

 

 一本一本の武器をまるで生きているかの如く飛ばして攻撃するのには、いったいどんなタネがあるかと思っていたのだが、実は何のタネも無かった。

 

 ただエドストレームが天才だから出来るという身もふたもない理由だった。

 

 

 興味を失い、一度は始末してしまおうかと思ったベルだが、その気が変わった。

 

 それはこの3人が八本指という闇組織の人間で、しかも上位に位置する人物だと聞かされたためだ。

 

 

 そこでベルは、命を助ける代わりに自分の配下となって働くよう3人に取引を持ち掛けた。

 

 取引という(てい)だが、実際は受けなければ殺すという脅迫じみたものであり、3人は拒否することすら出来ずに受諾した。

 

 

 ベルにとって、この地の社会情勢や仕組みに詳しい人物というのは是が非でもほしかった存在だ。

 

 この地においてナザリックの勢力を増していく中で、ベルは自分が実地では大して役に立たないという事は痛感した。

 

 この前のカルネ村を発展させようとした件でだ。

 

 自分には内政もののように、現地の人間たちが思いもしないような現代知識を駆使して発展させる、とかいうのは無理だった。

 この世界で実地で役に立つ知識というのは、ベルが持つ22世紀の社会常識や趣味でため込んだ知識とはかけ離れている。

 また、現地の人間は決して木石(ぼくせき)ではない。ベルよりは知識は少ないかもしれないが、決して愚かという訳ではない。ゲーム的に言うなら、ベルは現地の人間に対して、インテリジェンス(知識)においては勝っているが、ウィズダム(賢明さ)では大して差がないという事だ。

 現地の人間達による長年の経験、その積み重ねによる知恵は、決して馬鹿にできないものがあった。

 とくに積み重ねもないベルでは、100年の積み重ねを100年かけてとまではいわないが、相応の時間をかけなければ知識も経験も習得できないだろう。

 とてもではないが、やってられるものではない。

 

 

 だが、ベルはふと気づいたのだ。

 

 別に自分自身が何とかしなければならないわけではない。適切な知識や技術を持つ者にやらせればいい。

 自分は人の上に立つ立場なのだから、大まかな方針だけ示して、実際に具体的な計画を立て現場で動くのは他の者でいいのだ。

 

 リアルでは下っ端の経験しかないベルとしては、現場の状況をたいして知りもせずにあれこれと指示を出してくる上役にはほとほと迷惑させられた記憶がある。

 そのため、自分が現場を知らなければと気負っていた。

 現場を知らない上役という者は困るものだ。

 そういう話はあちこちでしょっちゅう聞くくらい、よくある事だ。

 だが、逆に言えば、ありふれた話と言われるほど同じような事例を多く聞くという事は、そういう状況でも存続している組織はたくさんあるという事だ。もし存続できていなかったら、その会社はすぐにつぶれているはずで、運悪く倒産寸前の会社にでも勤めない限り、そういう体験をする人間もいないはずだ。そういう体験をする人間が少ないという事は、話として聞くこともそうそうはないはずなのだから。

 つまり、そういう状態になっても、組織はつぶれもせずに動くのだ。

 たとえ、上役が駄目でも、即座に機能が停止するわけでもない。下の人間がしっかりしていれば、それなりにつじつまを合わせて何とかするから大丈夫。

 

 上役が現場を知っていれば、より良いのであって、それは必ずしも必須ではない。

 あくまで上は上として、下から上がってくる報告を聞いて、それなりに改善点を講じていればそれで十分なのである。

 

 そう、組織として重要なのは分業。

 適切に対処できる出来る人間に、その仕事を任せてしまえばいいだけなのだ。

 

 

 

 そんな考えに至ったベルに、この3人の存在は渡りに船だった。

 

 

 最初から、この地の社会情勢に詳しく、その名や顔が知れ渡り、色々な伝手がある。

 つまり、ある程度任せられるのだ。

 ついでに、それなりに自分の身が守れるというのもお手頃だった。

 

 

 そうして、ベルはエ・ランテルの裏社会を牛耳る計画を立てた。

 

 3人から主だった顔役たちの住居を聞き出し、そこにシャドウデーモンを送り込んで、ある程度の情報を集める。

 

 並行して隠れ蓑となる存在を選抜する。

 調べた結果、ギラード商会という表向きは古物商、その実は胡散臭げな盗品売買を生業としている男が、ある程度の部下を使うノウハウを持ち、規模もそこそこ、そして拠点とするのに適した屋敷を持つなど、乗っ取りをかけるのに最も適していると判断された。

 

 そこで、3人を連れてギラードの下へ訪れ、自分の配下になるように告げた。六腕の威光だけでは裏切られる可能性もあったため、すこしベル自身の力を見せつけた上で、ナザリックへ『招待』し『歓待』してやると、ギラードは涙を流しながら配下になる事を誓った。

 

 そして、ギラードの名でエ・ランテルの顔役たちを集め、ギラード商会の下にエ・ランテルの闇組織をまとめることを宣告した。

 さすがに少女であるベルが出張って、自分の下につくように言っても誰もついてこないだろうから、口唇虫で声を変え、ソリュシャンの体内に収まったうえで黒いフード付きローブを羽織って謎の首領らしく振舞った。

 自分の下に降るのならば相応のものをやろうと、ジャラジャラと金貨や宝石を居並ぶ顔役の前でテーブルにばらまいてみせた。

 

 当然と言っては何だが、突然現れた謎の人物。いくら膨大な資金力を持ち、六腕の内の3人を従えているとはいえ、素性も知れない相手の言葉にホイホイと賛同する者はいなかった。

 たとえ、アンデッド騒ぎに乗じた火事場泥棒によって、自分たちの財産に大打撃を受けており、目の前の金は喉から手が出るほど欲しいとはいえ、さすがに八本指を裏切るというのはリスクが多すぎる。

 皆、困ったような表情で顔を見合わせていた。即座に否定しなかったのはマルムヴィストらの視線に怯えていたからだ。

 

 だが、その中でも一人の男が公然と反発したものがいた。

 ゴーバッシュという男だ。

 エ・ランテルの街では、貧しい者達への寄付などを積極的に行う篤志家としての表向きの顔を持つ。そして、裏の顔はエ・ランテルの裏社会で一、二を争うほどの勢力を誇る闇の帝王だ。また、運よく、アンデッド騒ぎを逃れた東地区に居を構えていたため、被害も少なかった。

 

 かつては武闘派として名を売ったその胆力で、マルムヴィストら六腕の面々に対しても公然と非難と罵声を浴びせかけた。

 その勢いに背を押されるように異を唱える者たちが増え、とりあえずその集まりは解散となった。

 

 

 ゴーバッシュは六腕相手にすら媚びを売らない男として、より一層の評価を高め、裏社会での地位を一段と高めた。

 

 

 

 

 次の日の朝、ゴーバッシュ、いやゴーバッシュだったものは教会の尖塔に串刺しになって発見された。

 

 

 

 彼の家族たちも一緒だった。

 その美しい妻も、後継ぎとされていた息子も、生まれたばかりの赤子すらも。

 

 

 その一報に、裏社会の人間たちは震えあがった。

 

 ゴーバッシュの館は彼の地位、権力にふさわしく、厳重な警備が敷かれていた。

 だが、その日、その屋敷にいた者たちは一人残らず、非戦闘員であるかないかの区別すらなく虐殺されたのだ。

 

 誰の手の者かは分かりきっていた。

 

 

 その日の昼頃から、ギラード商会には来客が増えるようになった。

 

 

 

「ははは。それにしても、みんなゴーバッシュの娘の行方を知りたがってたぜ」

「あら? あの孤児院とか回ってて『聖女』なんて呼ばれてた、あの女の事?」

 

 物事がうまくいっていると、空気も明るくなる。

 マルムヴィストとエドストレームは呑気に世間話をしていた。ペシュリアンは相変わらず、必要のないことは口にはしなかったが。

 

「そう、あの娘! ん? なに、聖女とか呼ばれてたのか?」

「ええ、そうよ。聖女様。はっ、外面がいいだけで、実際は孤児院のガキどもにクスリ流してたクズ女だけどね」

「クックック……。ライラの粉末の聖女様か。さぞ、孤児院では心配してるだろうな。黒粉が手に入らなくなってな」

「そうね。街中でもあの娘だけは無事に生き残っていてほしいって噂になってたわよ。特に男たちにはね」

「ああ、中身は外見に現れないというのは、あの娘を見るたびによく分かったからな。あの美しさといったら、行き過ぎる男たちは誰もが振り返ったもんさ。はてさて、どんな末路をたどったんだか」

 想像もしたくないと、マルムヴィストは肩をすくめた。

 

 

 その言葉に、ふとベルは気になった。

 首を巡らし、後ろに立つソリュシャンに目を向ける。

 

「そう言えば、あいつってまだ生きてるの?」

「はい。まだ元気ですよ。ご覧になりますか?」

 

 

 そう言った次の瞬間――。

 

 ――ソリュシャンの美しい顔から、腕が突き出した。

 ほっそりとした女の腕と思しきものは、何かを掴むように必死で空を切って振り回される。その腕は皮膚が酸によって爛れ落ち、肉が剥き出しになっている。その手が身をくねらせもがくたびに、(したた)る液体が周囲へと飛び散った。

 

 

 突然の事に悲鳴を上げてエドストレームが飛びのく。ペシュリアンも椅子を蹴倒しながら立ち上がり距離をとった。マルムヴィストに至っては、ソファーごと後ろにひっくり返った。

 

 

「申し訳ありません。失礼いたしました」

 

 顔から暴れる腕が突き出されたまま、ソリュシャンが詫びの言葉を口にする。

 そして無造作に顔の中へもがき続ける腕を押し込めると、何事もなかったように元の端正な顔に戻り、笑みを浮かべる。

 

「へえ、結構生きてるもんだねぇ」

「はい。せっかくなので長く楽しもうと、時折回復魔法をかけてもらっています。食べ物は栄養のあるものを液体状にして、直接喉の奥に流し込むというやり方をとっておりますわ」

「ふぅん。体力の回復に適切な栄養か」

「ちゃんと管理すれば、結構長く持つものですわ。……ですが、ちょっとこの娘は残念でしたわね」

 

 そう言って頬に手をやり、ため息をつく。

 

「どうしたの?」

「ええ、(ちまた)で聖女とか呼ばれていると聞いて楽しみにしていたんですけど、実際は悪人の類だったというのが」

「ああ、そういえば、出来れば無垢の者の方が良いって言ってたね。やっぱりそっちの方がいいの?」

「はい。悪人を(なぶ)り痛めつけても、それはあくまでその者が悪の報いを受けているというだけですので、充足感があまりないのです。実際、こうして体の中で少しずつ溶かしてあげても、ただの悪態や命乞いしかしないので、楽しみが薄いんですわ」

 

 ソリュシャンは微笑んだ。

 

「ですが、善人を痛めつけた場合、先ず、助けて欲しいという哀願やきっと誰かが助けに来てくれるという無根拠な確信による希望、そしてなぜ自分がこんな目に遭うのかという嘆き、最後に自分は何の罪を犯してもいないのに何故こんな報いを受けなければいけないのかという神への身勝手な怒りと、次々と感情が入れ替わっていく様が実に愚かしくて楽しいのです」

 

「そうなんだ。でも、赤ん坊とかもいいって言ってたけど、あっちはそういう感情もまだあんまりないんじゃないの?」

「ええ、ですが、赤ん坊にはまた赤ん坊の楽しみがあるんですわ。ああ、この子は将来どうなっていくのだろう? 多感な青春時代を過ごすのだろうか? いずれ恋をして伴侶と幸せに暮らすのだろうか? 子供は何人出来るんだろうか? 多くの人に囲まれ、一生懸命仕事をし、幸せな家庭を気付いていくのだろうか? もしかしたら、その子のもとに訪れるかもしれない無数の未来の展望。枝分かれしていく無限の可能性の元にいずれ大輪を咲かせるかもしれない希望の芽。そういったまだ見ぬ明日へとつながる前途あふれた未来が、今、この場で手折り潰えてしまうかと思うと……実に甘美なのですわ」

 

 そういって、ソリュシャンはうっとりとした表情を浮かべる。

 

「そうか……じゃあ、悪かったねえ、あのゴー何とかの家で赤ん坊殺しちゃったの。そっちをソリュシャンにあげればよかった。あの母親を殺した時に、まさか腕に抱えてると思わなかったからなぁ」

 

 ベルはポリポリと頭を掻いた。

 その発言に、ソリュシャンは慌てて言った。

 

「い、いえ、とんでもない! 赤子でないにしても、このような贈り物を頂き、本当に光栄に思っております! ベル様の御温情、身に染みて感謝しておりますわ」

 

 そう言って、深く頭を下げる。

 

「ああ、いつもソリュシャンには世話になっているからね。出来るだけ希望は叶えたいと思ってるよ。さて、そろそろ時間だからナザリックに戻ろうか」

 

 そう言って、反動をつけて椅子からぴょいっと飛び降りた。

 

「じゃあ、あと、よろしくー」

 

 

 

 そうして、二人は部屋を後にした。

 

 

 残されたのは、いまだ呆然自失という(てい)の3人。

 

「……俺たち、おとなしくボスの配下になって良かったな……」

 

 マルムヴィストのつぶやきに、エドストレームとペシュリアンは声も出せずにうなづいた。

 

 

 

 




 現況の説明をしていたら、結構長くなってしまい、アインズ様のところまで行けませんでした。アインズ様の出番は次回に。


 ゴーバッシュ及びギラードは完全にオリキャラです。
 当初はベルが怪しげな商会を立ち上げ、エ・ランテルの裏を支配するという展開を考えていたのですが、それよりは既存のものを乗っ取るほうが、らしいかなと思いまして。

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