オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/7/27 「降りかかるとから」→「降りかかるから」、「良い事動機付け」→「良いという動機付け」 訂正しました
2016/10/7 文末に「。」がついていないところがあったので、「。」をつけました
 会話文の最後に「。」がついていたところがあったので、削除しました
2016/12/10 「沸いた」→「湧いた」、「元」→「下」、「目線」→「視線」、「~来た」→「~きた」訂正しました


第22話 順風満帆……ん?

 街は雑踏に包まれていた。

 辺りは人であふれかえり、その喧騒は怒号にまで発展しそうなほどだった。

 

 

 ここはエ・ランテルの南地区。2番目の城壁の門を抜けたばかりのところである。

 

 付近には様々な商店が立ち並び、普段ならば出店も多くでていて活気があるのだが、最近は少々違った様相を見せている。

 

 通りの脇にある、しっかりとした柱と壁で建てられた普通の家々。

 今、その家々の脇やちょっとした路地には、木の棒に布や板を張っただけの粗末な住居が所狭しとひしめいていた。

 

 

 ここ、南門の付近は最も多くの避難民が押し寄せた場所である。

 先のアンデッド騒ぎでは西地区にある墓地からアンデッドを生む霧が押し寄せたため、皆が西側から避難した。だが、反対の東地区ではアンデッドを防ぐために道を封鎖したため、行き場をなくした者たちは南側にある門を目指し、街の外に粗末なバラックを建てて生活しなければならなくなった。

 

 その後、アンデッドの群れは退治され街の外にいた者たちは中へと戻ったのだが、そこにあったのは無残に破壊されたり、略奪を受けた我が家だった。

 

 また、その騒ぎによって家族を亡くした者も多い。

 こう言っては何だが、子供や年寄りなど扶養している家族ならばまだよい。だが、一家の働きどころ、大黒柱を亡くした者もいるのだ。

 そういった者達は路頭に迷う羽目になる。

 

 それでも、通常なら働き口はそれなりに見つかるだろう。

 だが、こんなにも被害を受けた後だ。そうそう人を雇おうとする者は多くない。

 

 そうした、食うに困ったり、家をなくした者たちが、この周辺へと集まっていた。

 

 

 なぜかというと、二つ理由がある。

 

 一つは、人が多いところにいた方が、働き口を探しやすいためである。労働者を探している雇用側の者にとっても、すぐ人が集まるところのほうが効率がいいため、この辺りにやってきて募集をかけている。その為、わずかな職を求めて人々がここに押し掛け、留まっている。

 

 二つ目は――。

 

「おーい。押すな! 量はたくさんある。お前ら、ちゃんと並べ!」

 強面の男が叫ぶ怒鳴り声もかき消すような喧噪。

 

 ギラード商会が行っている食料の配給である。

 

 

 

 通常ならば、当然食事には金がかかる。

 むしろ、庶民にとっては、食事のためにこそ労働が必要と言ってもいい。

 エンゲル係数という概念がこの地にあるなら、それは遥かに高い数値を叩きだすだろう。

 

 だが、この周辺にいる者たちは働きたくても働き口がない者達である。

 水を飲み、すきっ腹をわずかでも癒すしかない者達である。

 食料を買いたくても金がないのだ。

 

 放っておけば、そのまま餓死するか、金や食料を得るために犯罪に走るかの二つに一つしかない。

 

 そこで、ギラード商会というところは、慈善事業の一環として無料で定期的に食料の配給を行っていた。

 

 正直、味はそれほどでもないが、腹が膨れるのが最優先だ。

 食うや食わずの者達は、誰もがその配給に群がった。

 

 今も、普段ならば近寄る事さえ躊躇(ためら)われるようなガラの悪い男たちの『列に並べ』という怒号と制止の声を振り切り、我先にと手を伸ばしている。

 

 

 その人波の合間を縫い、一人の少女が食べ物を手にした。

 肩口辺りまでの金髪は緩やかなウェーブがかかり、顔には微かにそばかすが浮いている。

 少女は器に盛られた汁物を口にする。その熱さに一瞬、口を離すが、我慢して一気に飲み込む。器は卓に返した。そして、一緒に配られたパンをわずかの間眺めたものの、口に湧いたつばを飲み込み、大事そうにその手に抱え込んだ。

 これは家で待つ弟の為に持って帰らなければならない。

 

 そして、その場を離れようとした。

 

 その進路を塞ぐ者達があった。

 少女が顔をあげると、少女と同年代くらいの少年たちが数人、そこにいた。その服装はサイズもちぐはぐで、襟元はビロビロに伸び、元が何かわからないような汚れが付着していた。

 

 あきらかに貧困層の子供たちだった。

 

 その脇をすり抜けて家路を帰ろうとすると、少年達はわざと肩をぶつけてきた。靴と馬蹄で踏み固められた地面に少女が転がる。

 

 少女が起き上がろうとしたところを、少年たちは手で押して再び突き倒した。

 

 何度も、何度も。

 

 少年たちが少女を標的にし、いたぶっているのは、少女の服装が原因だった。

 汚れがつき、少しほつれも出来ているものの、元は仕立てのよさそうなちゃんとした服装。

 

 富裕層の地区に住んでいた者の証だった。

 

 

 この前のアンデッド騒ぎの際、人がいなくなった街中で何者かが略奪を行った。

 特に富裕層の居住区では根こそぎやられたらしい。

 

 このエ・ランテル以外にも資産や住居を持っていたりする者は、そちらから資金を回したり、別の街に移っていくという選択肢もあった。

 だが、誰しもが各都市をまたにかけるほど多くの資産を持っていたわけでもなく、それほどの資産を持たない者達も多くいたのだ。

 エ・ランテルのみに居を構え、そこに私財を蓄えていた者達。

 彼らの身に、今回の騒ぎに乗じた略奪は直撃した。

 

 蓄えていた私財も何もかも奪われ、あるのは早々には金にならないような家具だけが残された屋敷のみ。

 それでも、まだ家族がそろっている者たちはいい。なかには、騒ぎの際に家族を亡くした者もいる。

 

 

 特に親を亡くした子供たちも。

 

 

 そういった子供たちは街を出る事も出来ず、かと言って食事のために働くことも出来ず、ただ残された家に住み、こうして貧しい者達に混じって配給の食べ物を貰うくらいしか出来ないのだ。

 

 エ・ランテルはそれほど階級制が厳しかったわけでもないのだが、やはり金持ちと貧民ではわだかまりが出来ていた。

 

 それが、今、抵抗するすべもない少女に対してぶつけられていた。

 

 周囲の者達は何もしない。

 今のこの街、とくにこの界隈ではそんなことよくある事なのだから。

 

 少女が弟の為に必死で抱えていたパンが、蹴られた拍子に宙に飛んだ。ここ数日、降雨がなかったためすっかり乾いた地面の上を、土埃を巻き上げて転がる。

 

 そのパンが、通りがかった男の装甲靴(サバトン)にぶつかり、止まった。

 

 

 いたぶっていた少年グループの一人が、それを手にとろうとして、パンがぶつかった足の持ち主を見上げた。

 

 すると、その顔が凍り付いた。

 

 

 その少年だけではない。

 子供達のいざこざの様子を眺めていた周囲の者達も皆、息を止めて、その人物を見た。

 

 

 漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包み、紅いマントを身に着け、背中に2本のグレートソードを背負った人物。

 供として、褐色の肌と赤い髪を持つ見目麗しい女神官と、凛々しい姿の強大な魔獣を引き連れた、その人物。

 

 

 

 『漆黒の英雄 モモン』

 

 

 

 今、エ・ランテルでその名を知らぬ者はいない。

 

 このエ・ランテルがこのような事態にまで陥った原因であるアンデッドの大群を退治した強大な力を持つ冒険者。そして、そのような強者でありながら礼儀正しく、弱き者にも手を差し伸べる優しき大英雄。

 

 今、その偉大な人物は足元に転がったパンを手にとった。

 倒れている少女の下へと足を進める。少女を囲んでいた少年たちは気圧されるように後ずさった。

 モモンの足が倒れている少女の目の前に立つ。

 少女はその顔をあげた。

 漆黒の鎧に包まれた男は膝をつき、少女に手を差し伸べ立たせると、その手のパンを土埃を払って差し出した。

 

 少女はわずかに驚いた様子だったが、差し出されたパンを抱きかかえ、笑ってみせた。

 

 その笑顔にうなづいて見せ、少女の頭をなでる。

 そして立ち上がると、先ほどまでの光景を見ているだけだった周囲の者達を見回した。

 

 そのスリット越しの視線に耐えきれず、誰もが視線を落とした。

 

 この英雄は何も言わなかった。

 だが、その思うところは察していた。

 

 なぜ、困っている人がいるのに何もしなかったのか、と。

 

 皆、心の内で言い訳をした。

 そんなことよくある事だ、ただの子供のケンカだからだ、威張っていた金持ちの娘みたいだったからだ、命に危険がありそうだったら止めに入っていた、などと。

 

 だが、そんな理由に何の価値があるだろう。

 ただそこにあるのは、いじめられている少女を助けなかったという事実だけだ。

 

 

 誰もが声もないその場の中で、モモンは食料の配給を行っているギラード商会のテントに目を向けた。

 テントの前で我先にと配給品の奪い合いをしていた者達は、その身を固くした。慌てて列を作って並び始めた。

 

 その様子を満足そうに見届け、大きくうなづくと、モモンはその足を冒険者組合に向けた。

 

 

 立ち去っていくモモン。その後ろを供の者達が追っていく。

 

 その背を見つめる者達からさざ波のように、最初は微かに、だが段々と大きくその名を讃える声が広がっていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「――っていう事があったんですよ」

「へえ、そうなんですか」

 

 

 ナザリック第9階層の執務室。

 

 合流したアインズとベルは互いの現況を報告し合っていた。

 

 あの後、アインズは冒険者ギルドに行き、受けていた依頼の達成を報告した。そして、新たな依頼がないことを確認すると、宿に戻っていると言い、連絡用にルプスレギナを宿に残したまま、単身ナザリックに戻ってきていた。

 

 

「順調に評判が上がっていって何よりです。でも、くれぐれも不用意な行為や発言などには十分注意してくださいね。民衆というのは、その人がやったことの絶対値ではなく、現状との落差で判断しますから。悪人はほんの少しの善意で高評価を得ますが、逆に善人はほんの少しの意に沿わない態度をとっただけで一気に評価が急落しますからね」

「そんなものなんですか」

「はい。ツンデレと同じです。ツンの状態に慣らされているから、ほんの少しのデレでコロッといくんですよ。逆もまたしかり。ちゃんとしたヒロインなのに、ほんのわずか冷たいような態度をとっただけで、一気に腹黒とか言われるんです」

 

 よく分からないが、なんとなく分かった気もする。

 

「ええ、分かりました。行動とかには気を付けておきますね。……しかし、それにしても、ああいう光景をみるとちょっとへこみますね」

「何がです?」

「いや、あの子のような食うに困る人間が出るようになった原因は、私たちがエ・ランテルで騒ぎを起こして、そして人知れず略奪したからじゃないですか。そう考えると、ちょっと良心が痛みますね」

 

 アインズの脳裏に、今日、街であったあの少女が浮かんでくる。

 

 元はちゃんと手入れされていたであろう髪はここしばらく洗っていない様子で、手甲越しだったがごわごわとした感触が伝わってきた。

 最初、落としたパンを差し出した時、疲れ果て濁った瞳をしていたのが驚愕に見開かれ、そして本来の年相応ともいえる日が照るような笑顔に変わっていったのを思い出す。

 

 

 だが、少なくとも見た目だけならその少女とたいして年が変わらないはずの、目の前の小娘はケラケラと笑いながら返した。

 

「ははは。なぁに、深く考える必要はありませんよ。そこに金があるんです。なら奪ってしまえばいい」

 

「しかし、彼女たちは人生を狂わされたわけで……」

 

「狂うも何も。レールに乗っていくか、レールから外れるかの違いだけで、人生には決まりなんてありませんよ。俺たちは新しい人生をくれてやったんです」

 

 そう(うそぶ)いてみせた。

 

 

 その答えに、アインズは内心、苦悩した。

 そこまで割り切って考えていいのだろうか?

 

 鈴木悟の人間としての残滓が、心のうちに絡みまとわりついて離れなかった。

 

 アインズが懊悩しているのに気づいたベルは、(なだ)めるように声をかけた。

 

「まあまあ、落ち着いてください。確かに、俺たちがやった行為によって、少々苦難の道を歩むことになった人もいるでしょう。ですが、ここは大局的な見地に立って考えないといけませんよ。俺たちが今、最優先で考えるべきはナザリックの存続です。俺たちは、ナザリックを守るために計画を立て、行動を選択し実行した。確かに最高のたった一つの冴えたやり方ではなかったかもしれません。ですが、あの時点で考えうる限りのベストを尽くしました。そして、それによってナザリックは利益を得た。それが最も重要です」

 

 そう言われると、アインズとしても返す言葉がない。

 

 このナザリックの者達は、かけがえのない友人たちが残していったもの。

 そんな彼らと見ず知らずの一般人では、天秤にかけるのも馬鹿馬鹿しいほどだ。

 

 完全には割り切れはしなかったものの、ナザリックの為になったという事で何とか胸の内を納得させることにする。

 

「そうですね。ナザリックの維持こそ最も重要。その為には……犠牲も必要ですね」

「ええ、そういう事です。ですが、どうせ犠牲を払うなら、それはナザリック外の者達に払ってもらいましょう」

 

 そう言ってベルは満足げに微笑んだ。

 

 

 

「さて、それでアインズさん。冒険者の方はどうですか?」

 

 パンと手を打ち、話題を変える。

 

 現在、アインズとベルはナザリックを離れ、別々に行動している。〈伝言(メッセージ)〉でやり取りは出来るものの、こうして顔を突き合わせた方が話はしやすい。互いの行動による影響、思惑の齟齬を回避するためにも、情報の共有は大事だ。

 特に、一分一秒の判断を必要とするほど、状況が切迫しているわけではないが、時間は有効に使わなくてはならない。

 

「ええ、順調ですね。組合に出されている依頼ですが、とにかくミスリル級の依頼を片っ端から受けてこなしていますよ。受付の人は、普通一月くらいかけて行う依頼を数日でこなすのはあり得ないって、目を丸くしてました。この調子だと、近いうちにオリハルコンへの昇級もあり得るかもって言ってましたね」

「おお、階級一つ飛ばして昇級ですか。そりゃ凄いですね」

 

 ?

 今ミスリルだから、上のオリハルコンになるのは別に階級を飛ばしてないわけで、ベルの発言は少々奇妙に思ったが、アインズは特に気にせず続けた。

 

「ですが、さすがに飛ばし過ぎたみたいで、すこし依頼が少なくなってきたみたいなんですね。しばらくはいいですが、その後どうするか……」

「ふむ。なんでしたら適当なアンデッドなり、怪物(モンスター)なりを暴れさせて、それを冒険者モモンが退治するってのやりますか? たしか、スケリトル・ドラゴン程度でも、十分強力って程度なんですよね」

「まあ、手の一つではあるでしょうが、仮にやるとしても慎重にやらなければなりませんね。おっと、そうだ。スケリトル・ドラゴンと言えば」

「どうしたんです」

「いえね。街のうわさ、というか冒険者組合での調査結果も踏まえてなんですが。この前のズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒した件で、なんだか私がスケリトル・ドラゴンを2体倒した扱いになってるんですよ」

 

 それを聞いてベルは首をひねった。

 

「ん? アインズさんが倒したのは1体ですよね?」

「はい。シャドウデーモンの話では私が来る前に、例の金級冒険者が1体倒していたらしいんですが」

「ああ、この前言っていた……。その冒険者が申告しなかったんですかね?」

「おそらくは。それと、あの時、私がデスナイトを倒したって話も流れてないんですよ」

「リュースに死んだふりをさせて、倒したことにしたっていうアレですか。それは、そもそもデスナイト自体がそれほど知られていないから、口にしても凄さが分からないんで、その話がスケリトル・ドラゴン退治の話に隠れて流れていないとかそういうのでは?」

「うーん。確かにそういうのはあるかもしれませんが……。でも、エ・ランテルの兵士や冒険者の中には遠目ながらも、街中をうろつくデスナイトの姿は見てる者もいるんですね。名前は知らないかもしれませんが、強大な騎士風のアンデッドがあの時、存在していたこと自体はそれなりに知られて噂になってるんですけど」

 

 危険な怪物(モンスター)の情報というのは貴重なものだ。とくに、実際に命を懸ける冒険者や衛兵らにとっては死活問題であり、その知識情報は万金に値する。

 もしそのような見た目だけでも強大そうなアンデッドが倒されたという話が流れたら、それは噂になっていていいはず。

 いや、噂になっていなければおかしい。

 それが流れていないという事は……。

 

「つまり、その金級冒険者は、モモンがズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒すところに居合わせたのに、その時のことを誰にも告げずにいなくなったってことですか?」

「そのようですね。実は、あの後、エ・ランテルの冒険者たちに話を聞いたんですが、誰もその冒険者の事を知っている人間がいないんですよ」

「たしかアインズさんの推測では、その冒険者はずっと、そのズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を追っていたんじゃないかという事でしたから、別の街からやってきて、そして、そのまま去って行ったんでしょうか」

「たぶん、そうじゃないかと」

 

 なるほど。

 他から流れてきた冒険者か。

 上手くすれば自分の名声にもつながるのに、それをしなかったって事は、かたき討ちを終えたのでもう引退するつもりなんだろうか?

 

 

 まあ、いいや。

 冒険者モモンの評判が広まらなかった事は少し残念だが、探し出して何かするほどでもあるまい。

 それよりは……。

 

「ふむ……スケリトル・ドラゴン2体倒したってのは自分で言った事あります?」

「いえ、無いですが? 後の冒険者組合の調査でスケリトル・ドラゴンの死体が2体分あったっていう事で、私が2体とも倒したという話になったみたいです」

「ええ、では、スケリトル・ドラゴンを倒した件は、はっきりと口にはしないでください。そういう噂があるからといって、2体倒したと吹聴していると、もし、その金級冒険者が現れて自分が1体倒したとか言い出したら、話がややこしくなって、モモンの評判も悪くなるかもしれませんので」

「ああ、なるほど。分かりました。まあ、そのことは口には出さずに、勝手に相手に勘違いさせる程度でいいですね」

「はい。それで問題ありません。まあ、そんなとこですかね」

「ええ。私の方からは他にはありません。では、ベルさんの方の首尾はどうですか?」

「俺の方はまずまず順調ですよ」

 

 

 そう言って、現状の説明をした。

 

 大まかな計画こそベルが立てているが、実地で動くのは元八本指に属していた人間たちだ。連中の首根っこを押さえ、裏切らないように気を付けてさえいればいい。

 

 

「ですが、やはり、そういう連中ですと信用できるかどうか不安ですね」

「まあ、それはそうですがね。俺が思うに人を動かすのに適しているのは3つ。『利益』と『恐怖』と『正しさ』ですよ」

 

 利益。

 つまり、それをすることで自分が得をするから、そうした方が良いという動機付けだ。それは金や物だけに飽き足らず、人からの信用、安全なども含まれる。

 

 恐怖。

 それをやらないと自分に不利益が降りかかるから、そうした方が良いという動機付けだ。生命の危機、財産の危機、自由の喪失などがあげられる。

 

 最後が正しさ。

 それをやることが道義的に正しい行為だから、そうした方が良いという動機付けだ。倫理観からくる公共心や正義感、宗教などなら信仰心、組織に属しているものなら忠誠心などが当てはまる。

 

 これらを利用して人を動かすのが最もたやすい。

 金で釣れば人は動く。

 やらなければ死ぬと言われれば人は動く。

 それをやるのが人として当然だと言われれば人は動く。

 

 出来れば一つではなく、複数組み合わせられればなお良い。

 

 例えば、『これは異教徒を倒すべく神に命じられた聖なる戦いである。敵を倒せば、相手の財宝は自分たちのものだ。逆に敵を倒さなければ自分たちもその家族もが殺されるのだ』と、なれば、人は動かざるを得ないものだ。

 

 

 そして、エ・ランテルの裏社会を制するのに、残念ながら『正しさ』は用意できなかったが、『恐怖』と『利益』は与えることが出来た。

 強固な守りに囲まれているはずのゴーバッシュ、並びにその家族全てが無残に殺されたことで、逆らったら自分たちも同様に殺されるのではないかという恐怖を与えた。

 そして、派手に金を振る舞う事で、こちらにつけばもっと金をもらえるのではないかという利益を示してみせた。

 

 気を付けるべきは、こちらの情報を逆に八本指に売る事くらいだ。八本指からの報復を恐れて、もしくは情報を売る事で八本指内の地位を高める、それか直接金の誘惑とかも考えられる。

 

 まあ、シャドウデーモンで監視はしているから、察知は容易だろう。もし裏切りそうな奴がいたら、適当な別の人物に探りを入れるふりで、こちらから話を誘導して誰それが不審を抱いているという事を口にさせ、その事を噂として流す。そのうえで、その裏切りの可能性がある奴を殺して見せしめにすればいいのだ。

 その後、情報の報酬として、そいつに派手に金を流してやればいい。次からは喜んで、他の情報を集めてきてくれるだろう。

 もし、金目当てに偽の情報を持ってきたら、そいつが次の見せしめ対象になるが。

 

 それにどうせ、その金はナザリックからの持ち出しではなく、エ・ランテルから奪ったものだ。

 言うなれば、そいつの財布から奪った金を、そいつに再びくれてやっているだけだ。

 まあ、一度、こちらの懐に入れたものをくれてやるのは、少々腹立たしいわけだが。それでも、実際に身銭を切ったわけでもないからいいかとも思える程度には余裕はある。

 それに、もし足りなくなったら、もう一度奪えばいいだけの話だ。

 

 

 そういった事を説明する。

 ちょっと引いた様子だったが、アインズはなるほどとうなづいた。

 

「まあ、抑えるとこだけ抑えておけば大丈夫という事でしょう。そもそも、もとより、そちらの事をやっていた連中が、元の組織を抜けてうちの配下に鞍替えしたという事なので。要はあくまで上が代わったってだけです」

 

 そう、マルムヴィストら六腕の者達の得手は荒事であって、そちらが専門というわけではない。だが、それなりには密売、脅迫、売春、麻薬などのシノギの事を知っていたし、今回、支配下にした連中はそちらが専門なのだ。

 任せておいても、というか、あまり口を出さないでいた方がいいだろう。

 もちろん、使える情報を手に入れたら、そちらに即座に流すつもりだが。特に利益になりやすい、街の復興にあたっての情報は。

 

 ベルとしても、部下にやる気を出させるやり方は分かっているつもりだ。

 部下がやる気を出すのは、上司が『お前らは自分が考えた最良の判断をやれ。何かあったら俺が責任をとる』という態度を示す事。

 逆にやる気をなくすのは、上司が『俺の言う通りにしろ。でも、何かあったらお前が責任をとれ』という態度を示す事だ。

 

 それを分かっているため、お前たちを信頼して任せているから余計なことの口出しは極力控える、という態度を示しているし、窓口となる六腕の3人にもそんな感じでいいとは言い伝えてある。

 

 

 ちなみに当然だが、実際に責任問題になった場合、ベルは責任をとる気なんかさらさらない。

 誰かに全責任を押し付けるつもりだ。

 

 だが、それをナザリックの者達にやるのは拙い。最悪だ。印象も一気に悪くなる。特にアインズほどに忠誠も受けていないベルがやったら致命的だ。

 

 しかし、この地の人間達なら話は別だ。

 彼らなら、責任をなすりつけた挙句、そのまま殲滅してしまっても何の問題もない。

 

 

「ま、そんなとこですか。俺の方からは以上です」

 

 話し合いをそう言ってまとめ、手元に置かれた資料をパラパラとめくり流し読みする。

 それはアルベドが作成したナザリック及び近縁地域の現況報告の資料だ。

 

 

 本来であれば、ナザリックの最高責任者であるアインズ、並びに実質的にナンバー2であるベルが様々な確認や決裁、指揮判断を行わなくてはならない。

 だが、今現在、二人ともそれぞれの任務のためにナザリックを離れている。

 

 〈伝言(メッセージ)〉ですぐ連絡はつくし、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで即座に戻る事も出来る。

 だが、忙しい二人を些末な雑事の為に、その手を煩わせることなど出来るはずもない。

 

 

 そこで二人の不在を補うため、守護者統括であるアルベドが、二人によって命じられた特別任務を除いては、ナザリックの全てを取り仕切っている状態だ。

 

 

 これはある意味、とても良い措置だった。

 

 ナザリックにおいてデミウルゴスと並んで最高の知能を持つアルベド。

 その頭脳は他の者を超越している。

 

 

 当然、アインズとベルの二人よりも。

 

 

 彼女はその才をフルに使い、全ての物事を処理していった。

 

 ベルはエ・ランテルにシャドウデーモンを使った情報網を作り上げた。だが、そうして集まった情報を処理するにはまた別種の技能や高度な知能がいる。そして、アインズ、ベル共にそんなものは持ち合わせていなかった。

 それも、二人の不在という名目でアルベドが処理をした。

 伝えられる様々な情報を一度頭に入れ、重要度のランクをつけ、種類によって分類し、それらを体系づけてまとめあげる。

 当初はベルが行っていたのだが、この前のアンデッド騒ぎの際、大量に入り続ける情報の津波の前に白旗をあげた。自分では無理だということが身にしみた。

 だが、アルベドは日々の日常業務をこなしたうえで、そちらも難なくやり遂げ、こうしてきっちり報告書としてまとめ上げてきた。

 すべて事柄を網羅した詳細な報告書の他に、大まかな概要だけまとめた簡易版まで。

 

 

 そうしたアルベドの働きによって、ナザリック内はつつがなく回っていた。

 

 

 

 正直、二人がやるより効率的に。

 

 

 ぶっちゃけた話、二人はいない方がマシなくらいに。

 

 

 

「特に問題はなさそうですね」

「ええ、肩の荷が下りました」

 

 二人は目を通し終わった資料を机上に放り、息を吐いた。

 アインズは背もたれに大きく寄りかかり、ベルはグーッと伸びをする。

 

 

 

 とにかく、全ては順調だった。

 

 アインズ扮するモモンの冒険者としての地位は、すでに確固たるものを築き上げ始めている。

 

 ベルの行っているエ・ランテル裏社会乗っ取りは、今だ勢力としては半分にも満たないが、それが大勢を占めるのは時間の問題だろうと思われる。

 

 最近、ベルが主にエ・ランテルへおもむいているため、代わりにカルネ村に派遣されているシズからは、移住したンフィーレアとリイジーは村の者とうまくいっていると報告が上がっている。

 エンリは、トブの大森林から出てきたオーガを従えた、とか。

 ンフィーレアは、エンリとの仲はたいして進まず、それよりナザリックから与えられた薬学の知識や機器の使い方に夢中になっている、とか。

 ……何やってるんだろう、あの男は。

 

 周辺地域の調査は進めているが、マルムヴィストらからの知識でこの世界の大体の強さの平均や常識などは分かった。

 とりあえずは、ナザリックの者たちが心配するような存在はいないようだ。

 

 

 今のところ、自分たちの処理できる範囲ですべての物事は進んでいる。

 あくまでゆっくりと進めるつもりで焦る気はないが、この世界での支配圏を広げていく計画に差しさわりがあるような情報は今のところ見当たらない。

 危険と思われるものの兆候はない。

 

  

 それに万が一の際の保険もある。

 例え、何か事がうまく回らなくなった場合でも別に心配はいらない。

 

 今の二人には切り札がある。

 

 どんな状況下からでも切ることが出来、あらゆる情勢をひっくり返すことが出来る究極のワイルドカード――『デミウルゴスに丸投げ』――があるのだ。

 

 

 すべては順風満帆。万事快調。神は天にいまし、世はなべて事も無し。

 

 

 二人のいる執務室には弛緩した空気が流れていた。

 

 

 

 その時、ノックの音が響いた。

 

 

 二人はその音に姿勢を正し、さっと身づくろいをする。

 

 今までは内密の打ち合わせと称して、護衛の者達も含めて人払いをしていたのだが、誰かが来るとなると、威厳ある様子を見せなければならない。

 

 

 アインズが入室を許可するとプレアデスの一人、エントマが入ってきた。

 

 ぺこりとお辞儀をする。

 

「どうした?」

「はい。遠征なさっていたアウラ様とマーレ様がご帰還なさいました」

 

 その答えに、一瞬、思考を巡らせる。

 様々なことを並行して行っていたため、アウラとマーレには何を命令していたのか、とっさに思い出せなかったのだが、たしか野盗あたりを攫ってこいと命令し送り出していた事に思いいたった。

 

「うむ、そうか。それで首尾は? 怪我などはしていないか?」

 

 その問いに、エントマはわずかに逡巡して答えた。

 

「アウラ様、マーレ様、共にお怪我などはされていらっしゃいません。また、見事任務を果たされ、野盗の集団を捕まえることに成功されました。ただ、……一つご報告が」

 

「うん? どうしたのだ?」

 

「はい。執事助手のエクレア様がナザリックを離反しました」

 

 

 

 

「「……は?」」

 

 

 

 




 プレアデスの面々がエクレアの名前をどう呼ぶのか分からなかったので、とりあえず『様』付けにしました。


 原作アインズ様は、たった一人残ったAOGギルメンとしてナザリックの存続を双肩にかけて頑張っていますが、当二次SSでは自分よりしっかり者(とアインズは思っている)のベルと一緒なため、割と気楽に異世界を楽しんでいます。
 また、正義の冒険者RPをしながら活動しているうえ、様々な人と触れ合っているために、比較的人間性を保っています。
 対してベルは、ナザリックの維持のために手段をえらばず、カルマ値がものすごく低い連中に囲まれ、さらに犯罪者組織と関わりを持っているため、ガンガン人間性が下がっていっています。

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