オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/5/19 「何にトラブルもなく」 → 「何のトラブルもなく」 訂正しました
2016/12/21 「野党」→「野党」 訂正しました
2017/5/17 「見せねば」→「みせねば」、「だろし」→「だろうし」、「好意」→「厚意」、「間髪入れず」→「間髪容れず」、「案内の下」→「案内の下」、「ブレタ」→「ブリタ」、「行く」→「いく」、「来る」→「くる」 訂正しました


第23話 アウラとマーレ 初めてのお使い

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

 荘厳な造りの室内が、天井から吊るされた複数のシャンデリアから降り注ぐ光を浴びて、幻想的な光景を生み出していた。

 この部屋に入ったものは誰もが、目の前に広がる光景に畏敬と感嘆の念を禁じえず、その厳かさに口をつぐむだろう。

 

 そして、今、この玉座の間には守護者統括アルベドを筆頭に各階層守護者が頭を連ね、そして、最奥の階段状になった頂点にある水晶で作られたような玉座には、ナザリック地下大墳墓主人、至高なるギルドマスター、アインズ・ウール・ゴウンその人が腰かけていた。

 その玉座の脇には至高なる41人の娘である少女、ベルもいる。

 

 言うなれば、ナザリック地下大墳墓の上位者たちが一堂に会しているのである。

 

 その光景は圧巻というほかはなかった。

 

 

 だが、今、その玉座の間には何とも言えない空気が漂っていた。

 

  

 原因は玉座へと続く階段の下、そこに立つ第6階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレがその手につまんでいる存在。

 首根っこを掴まれ、じたばたともがいている黒ネクタイをしたペンギン。

 ナザリックの執事助手エクレア・エクリール・エイクリアーである。

 

 その姿はまさにペンギンであるため、子供のマーレが持ち上げているだけで、盛んに動かしている足や、手だか翼だかは空を切っている。

 

 

 

 自らの顎に手をやり、思案気にその様子を眺めていたアインズは、重い口を開いた。

 

 

「で? なんなのだ、これは?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ガタン。

 

 突起物を踏んだらしく、馬車が縦に揺れた。

 割としっかりとした造りの馬車なのだが、サスペンションで吸収できる揺れにも限界がある。

 この辺りは街道に石畳が整備されていて、馬車で走っても比較的振動は少ないのだが、それでも整備の手までは行き届いてはいないようで、たまにこのようなことがある。

 

 今、6人はゆうに乗ることが出来る大型馬車の中には5人の者達がいた。

 5人……と言っていいのかは疑問が残った。

 外見だけで言うなら、少なくとも4人は人型なのだが後の一人が……。

 

「それで、なんであなたまで来てるわけ?」

 アウラがやや不機嫌そうな声で自分の隣に座ったものに問う。

 

 問われた黒ネクタイのペンギンは翼をばたばたさせた。

「ふむ。愚問ですな。私がいずれナザリックを支配するにあたって、忠実なシモベが必要になります。そういう者をスカウトしに行くのですよ」

 

 デミウルゴスならば、エクレアは至高の御方に代わってナザリックを支配しようとしている、というふうに生み出されているからと特に気にもせず流すのだろうが、アウラとマーレにとって、そうは分かっていても腹の立つ答えだった。

 

 車内に微妙に険悪な空気が流れる。

 

 今回の任務は、情報収集並びに現地の人間の確保を目的としたものだ。

 ナーベラルが大商人の娘、セバスがそれに仕える執事として行動し、街で活動して情報を集める。その際、わざと従者に胡散臭い人間を選び、その者の仲間である盗賊たちをアウラとマーレが捕まえナザリックに送るというものだった。

 

 至高の存在から、自分たちに与えられた任務。

 是が非でも見事こなしてみせねばならない。

 そう思い、気合を入れていたのだ。

 

 それなのに、出発しようとしたら突然エクレアが自分も行くと言い出しついて来たのだ。

 

 セバスは特に顔には出していないが、幼いアウラとマーレは不満の表情を浮かべていた。

 

「それに、私がお二人に同行するのはアインズ様の許可をちゃんと取っているのですよ」

 

 その答えに向かいの席に視線を向けると、ナーベラルが困惑したような顔でうなづいた。

 

 そう言われると、二人としてもそれ以上なにも言えなくなる。

 余人の考えるところなど足元にも及ばない叡智にあふれたアインズがじきじきに許可を出したという事は、一見何の役にも立たない執事助手エクレアが同行することにも深い意味があるのだろう。

 

 

 

 実際のところは、ただの誤解である。

 ナザリックに戻っていたアインズが、再び冒険者モモンとしてエ・ランテルに行こうとしていた時にナーベラルから、執事助手がアウラ、マーレ両名と共にナザリック外で行動をする許可を求めていると聞かされた。

 だが、アインズはすでにいつもの全身鎧(フルプレート)を着て歩いていたところへ報告されたため、自身のたてる鎧の金属音が原因でその全てをはっきりとは聞き取れず、執事助手と言ったのを執事と聞き間違えてしまったのである。

 なにせ執事であるセバスには、すでにアウラ、マーレ及びナーベラルと共に外で行動する任務を命じていた。そのため、ナーベラル、アウラ、マーレ、それとナザリックの外に執事というキーワードが並んだ瞬間、セバスの事だと自動的に結びつけてしまったのだ。

 鎧の音でよく聞き取れなかったからもう一度喋れ、というのも支配者としてかっこ悪いかなぁと思い聞き直さなかったのも、原因の一つである。

 また、ただの1レベルバードマンであり戦闘能力もないエクレアが、ナザリックの外に出るなど夢にも思わなかったためでもある。

 結果、もう命令は出してあるのに何故わざわざまた許可を求めてきているのかと疑問には思ったものの、出がけで忙しかったものだから、ナーベラルがセバスの事を『執事』と呼ぶはずもないという事にも頭が回らず、生返事で許可を出してしまったというのが真相であった。

 

 

 

 そうしているうちに、ガタンと音を立てて馬車が大きく揺れた。どうやら停止したようだった。

 

「まあ、とにかく。獲物もかかったみたいだから、始めようか」

 

 そう言って、アウラが勢いよく立ち上がり、馬車を降りようとしたところ、「あ、ちょっと待ってください」とその背に声がかかった。

 

 せっかくやる気を出したところに水を差され、ムッとした顔で振り向くと、声をかけたエクレアは翼にリュックサックをひっかけていた。

 

「なに、それ?」

「見て分かりませんか? リュックサックです」

「そりゃ分かるよ! あたしが聞きたいのは、そのリュックサックがどうしたのかって事!」

「いえ、私がこの中に入るので背負っていってください」

「はぁ!? なんであたしが!」

「愚問ですな。私は普段、男性使用人に運ばせているのですが、今、この場には連れてきてはおりません。ですので、あなたに背負ってもらわねばついていくことが出来ないではありませんか」

 

 非常に腹の立つことであったが、エクレアの同行はアインズの策の一つらしい。無下にすることは出来ない。

 不承不承、リュックサックを背負うと、その開いた口にエクレアがぴょんと飛びこんだ。

 

「もう、さっさとやるよ」

 

 不機嫌さを隠そうともせず、マーレに声をかけると、アウラは馬車の外へと飛び出した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 馬車の外で武器を構え、獲物が出てくるのを舌なめずりしていた男たちは、困惑したように顔を見合わせた。

 自分たちの仲間であり、従者のふりをしてこの罠まで誘い込んだザックからは、馬車に乗っているのは見たこともないほど美しい気取った女と老いぼれの執事の2人だと聞いていた。

 

 だが、今、扉を開けて出てきたのはどう見ても少年だった。仕立てのいい高級そうな服を身に纏い、その背には彼らが今まで見たこともない奇怪な鳥を入れたリュックサックを背負っている。

 その少年は馬車から高く飛び上がると、空中でくるくると回転してから、ピタリと足をそろえて着地した。

 その場にいた目端の利く人間は、月光の薄明りの下ながら、その正体に気づいた。

 

「こいつ……人間じゃないぞ。ダークエルフだ……」

 

 金色の髪から突き出た耳の先は細くとがっており、その肌は、通常白い肌を持つエルフではありえないほど薄黒い。

 

 予想だにしなかった人物の出現にどうすべきか判断が尽きかね、考えあぐねている間に、馬車の中からもう一人ダークエルフが現れた。

 こちらは可愛らしい少女だ。ねじくれた木の杖を両手でしがみつくように抱え、えいっと声をあげて地面に降り立つ。

 

 

「おい、ザック! どういう事だ!」

 

 集まっていた男たちの中でリーダー格と思われる粗暴な空気を身に纏った男が、先ほどまで馬車の御者を務めていたはずのザックにいら立ちの声をぶつける。

 

 その怒声にザックは怯えて首をすくめた。

 怒鳴られても、ザックにも意味が分からないのだ。いつの間に、この二人が馬車に乗っていたのだろう。

 

「……まあ、予定は違っちまったが、とりあえずこいつらだけでも攫っていくか」

 

 あいにくと彼は成熟した女が好みであって、あまりに幼すぎるこのダークエルフの少年少女は欲望の対象としては見ることは出来なかった。

 だが、仲間の中にはこういう幼いのでも興奮する者もいるだろし、王都あたりにはおかしな性癖を持つ者の為の娼館もあるので、そちらに流してしまってもいいだろう。

 それに着ている服ははた目にも高級そうな逸品だ。剥ぎ取って売ればそれなりの金になりそうだ。

 

 

 その時、アウラが息を吐いた。

 

 アウラは自らの吐息に『恐怖』や『沈静』、『激昂』、『錯乱』など、感情や意思を操作する様々な効果を付与することが出来る。いま、アウラが行ったのは『友好』。デミウルゴスの『支配の呪言』ほど強力ではなく、相手の意に反する行動はとらせるようなことは出来ない。戦闘に参加させることも出来ないし、その状態の相手にダメージが入ると簡単に効果を失ってしまうという程度のものである。ユグドラシルでは抵抗に失敗した相手から一手奪う程度の効果でしかなく、直接戦闘に効果のある他のものの方が使い勝手が良いのだが、圧倒的にレベル差があるこの地ではそれなりに使いようがある。

 現に今、この場にいた野盗たちは皆、つい先ほどまでの殺気立った空気は消え、武器を下ろしていた。

 

「ああん。で? なんでぇ、坊主たちは?」

 

 リーダー格の男が困ったような顔で頭を掻き、話しかけてきた。

 

 その声にマーレはシャドウ・オブ・ユグドラシルを下ろした。もし、姉の吐息に抵抗する者がいたら、間髪容れず〈全種族魅了(チャームスピシーズ)〉を使おうと身構えていたのだ。

 

「やぁ、あなたたちってさ、他に仲間とかいるの?」

「あん? 俺たちは『死を撒く剣団』って傭兵団でな。少し離れたところに隠れ家があって、そこにはあと60人はいるぜ」

「ふぅん。そうなんだ。じゃあ、そこに連れてってよ」

「坊主と嬢ちゃんをか?」

 

 うーん、と思案顔になる。

 そもそも、ここに来たのは世間知らずの金持ち連中を襲って、金と女を手に入れるためだった。だが、見ず知らずの連中ならともかく、友人の一行を襲う訳にもいくまい。そして、襲撃が無くなったんだから、自分たちもこんな夜中に外でぶらついてないで、さっさと帰って酒でも飲んだ方が良い。帰るついでにねぐらを案内してやっても別にいいか。

 

「おう、分かったぜ、坊主。案内してやるよ」

「うん、それはありがとう。だけど、ちょっと言っておくけどさ」

 

 そう言ってアウラは自分を指さした。

 

「あたしは女! 坊主じゃないの!」

 

 そして、脇にいるマーレを指さす。

 

「そして、あっちのマーレが男。いい? 間違えないでよね! ああ、あたしの名前はアウラだから」

 

「んん? 坊主じゃなくて嬢ちゃんだったのかい? そりゃあ、すまねえな。でも、男としてもちゃんとやっていけると思うぜ」

 

 男の冗談に、他の者達もゲラゲラと笑い声をあげた。

 アウラは気を悪くしたが、マーレが袖を引いて止めたため、ムッとした顔をする程度で抑えた。

 

 そう言えば、背中に背負ったエクレアがずいぶん静かだなと思い振り向いてみると、最初の馬車から飛び降りるときの空中回転でいきなり気絶していた。

 

 

 そうして、野盗たちが帰り支度をするなか、セバスが馬を馬車に繋ぎ直し、御者席に座った。

 

「では、アウラ様、マーレ様。私たちはこの後、バハルス帝国の帝都に向かいます」

「ん? 帝国? 王都じゃなくて? 道、逆方向なんじゃないの?」

「はい。これはベル様の策でして。ザックさんというあからさまに胡散臭い人物を雇っていたのに、その者だけがいなくなり、私たちだけが何事もなく旅を続けているとなると何故無事だったのかと不審に思われるため、王都へ向かっていた私たちの足取りは一度途絶えた方が良いだろうという判断でございます。普通に考えれば次の街での消息が無ければ、道すがら怪しげな連中に襲われたと考え、そこで話は終わりますし。仮に帝国にいるところで知り合いにばったりお会いした場合は、ナーベラル扮するお嬢様の気が変わり目的地を変更したため、あくまで王国内の事しか知らなかったザックさんは解雇した、と理由をつけるのだそうです」

「ふぅん。面倒だね。でも、これから、逆戻りするの?」

「いえ、〈転移門(ゲート)〉でカルネ村近郊に行き、そこから帝都を目指すつもりです」

「そうなんだ。まあ、いいや。それじゃあね」

 

 手を振るアウラの前で、セバスが操る馬車が〈転移門(ゲート)〉の向こうへと消えていった。

 

 それを見届け、アウラは振り返った。

 

「さて、それじゃあ、あなたたちのねぐらに行こっか」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「おっと、そこにベアトラップがあるから気をつけなよ、アウラの嬢ちゃん」

 

 野伏(レンジャー)スキルがあるアウラは言われずとも気づいていたが、男の厚意は素直に受け

「ありがとう」と言い、それを避けた。

 

 あの後、しばらく夜の森を歩き目的地、彼らのねぐらに向かっている。

 月明りと手にしたランタンだけという心もとない光源のみだが、皆、しっかりとした足取りで歩いている。足取りが不安なのはザックだけだ。

 

 

「それで、あなたたちの仲間で強い人とかっているの?」

「おう、ブレインってすげえ強い奴がいるぜ。タレント持ちなうえに、武技をいくつも使えるんだ。あいつに勝てる奴はまずいねぇよ」

「へえぇ、そんなのがいるんだぁ」

 

 呑気に話しながら歩を進めるアウラと男。

 男の答えにアウラはほくそ笑んだ。

 

 野盗の群れだけではなく、タレント持ちや武技の使い手も捕まえられるのは実に都合がいい。この世界特有のそれらの能力について、アインズとベルは興味を持っている様子だった。

 

 きっと、そいつを捕まえたらアインズに褒めてもらえるに違いない。

 

 その光景を思い浮かべ、笑みがこぼれそうになるのを必死で隠した。

 

 

「おっと、着いたぜ」

 

 すり鉢型になった窪地の中央部に空いた洞窟。その入り口には人の腰ほどのバリケードがあり、二人の男が見張りに立っていた。

 

 アウラの隣に立つ男が、手にしたカンテラのシャッターを開け閉めし、見張りの男に合図を送る。

 すると、向こうからも灯りを点滅させるのが見えた。

 

 外出していた男たちを迎える見張りの男。

 だが、その眉が不審にしかめられた。

 

「おい。金持ちを襲いに行ったんじゃないのか? 金は? それに女はどうした?」

「ああ、それなんだがな。見ず知らずの連中じゃなくってよ。ダチの乗ってる馬車だったんだ」

 

 そう言って、横に立つアウラを顎で指す。

 

 見張りの男が首をかしげるより先に、再びアウラがふっと吐息を放った。

 

「……ああ、なるほどな。たしかに坊主のいる馬車なら襲う訳にはいかないよなぁ」

 

 見張りの男のつぶやきに、アウラは憮然とした表情を隠しもせず、横に立つ襲撃犯のリーダー格は腹を抱えて笑った。

 

 

 

 そして、男たちの案内の下、内部に招かれたアウラとマーレ(それと気絶しているエクレア)は何のトラブルもなく、彼らを率いる団長のところへ行った。団長はすぐに命令を出し、洞窟内で一番の広間に全員を集めた。

 そうして、何の抵抗も出来ずに傭兵団『死を撒く剣団』の全員は、アウラの吐息の魔手に絡めとられた。

 

 その場にいるガラの悪そうな風体の男たちは皆、自分でも何故だか分からないが、このダークエルフの双子に親近感を抱いている状態だ。

 

 

「えーっと。これで全部?」

 

 アウラの問いに居並ぶ面々を見回していた団長が、「ん?」と首をひねった。

 

「おい! ブレインはどうした?」

 

 ブレイン。

 確か、さっき聞いた話の中で出てきた、こいつらの中で最も強い存在のはずだ。そいつがいないのだろうか?

 

「ああ、ブレインなら、剣のトレーニングとか言ってちょっと前に出て行きましたぜ。いつものところだと思いますから、呼んできましょうか?」

 

 それを聞いて、アウラは少し悩んだ。

 出来れば、ブレインという男も連れていきたい。

 だが、最優先の目的はこの野盗というか傭兵団というかの連中をナザリックに連れ帰る事だ。まずは、こちらをこなすべきだろう。

 それに、現状、彼らはアウラの吐息の影響で友好的になっているだけに過ぎない。アウラが近くにいる分にはその効力は持続するが、距離が離れると効果が無くなってしまう。

 まあ、対策としては全員でぞろぞろ、そのブレインを迎えに行くことだが、かえって大所帯だとはぐれる者も出る可能性がある。

 

 そこで、とりあえず、こいつらだけ先にナザリックに送り、自分たちだけでそのブレインのところに行って捕まえることにした。

 

 

「はいはい。じゃあ、みんな聞いて!」

 

 パンパンと手を打ち鳴らし、注目を集める。

 

「じゃあ、あたしの友達である皆の事を、あたしの家に招待しようと思いまーす。そこでは楽しい遊びを用意してるし、綺麗な女の人がたっくさんいるから、たっぷり楽しんでね!」

 

 その声に男たちは歓声をあげた。

 

 

 マーレが〈伝言(メッセージ)〉で事の次第を伝える。

 そうして、しばしの時間が経った後、広間の片隅に〈転移門(ゲート)〉が現れた。

 

 初めて見る現象に動揺する男たちの前で、その揺らめく黒い影から一人の少女が現れた。

 やや不機嫌そうな表情も、少女の端正な顔に浮かんでいれば、目を引き付けられる美の姿となる。

 

「こちらの準備は整ったでありんすよ」

「はいはい。ご苦労さま」

 

 アウラはさらりと礼の言葉をシャルティアにかけると、傭兵団に向かって声をあげた。

 

「はーい! この黒い影は魔法の産物で、これを通り抜ければあっという間にあたしの家に行けるよ。じゃあ、みんな、いってらっしゃーい!」

 

 男たちは最初おっかなびっくりだったが、一人が勢い込んで〈転移門(ゲート)〉に飛び込むと、他の者達もそれに続いた。

 

「おう、行くのはいいが、アウラの嬢ちゃんは来ないのか?」

「あたしは、そのブレインってのを探して連れていくよ。一人だけ仲間外れはかわいそうでしょ」

 

 男は「そうだな」と笑い、ブレインがいつも剣の練習をしている場所を告げて、〈転移門(ゲート)〉の中へと入っていった。

 

 

 その光景を見ていたシャルティアがブチブチと愚痴をこぼす。

 

「まったく、なんでこのわたしがこんな裏方作業ばかり……」

「そりゃ、あなたが〈転移門(ゲート)〉使えて、便利だからでしょ」

「分かってはいるでありんすけど……。わたしもこう、アインズ様のお役に立つため身体をはって任務につければ……」

「はん! あなたが現場に出ていって何かしようとしたら、『血の狂乱』で任務どころじゃなくなって、大変なことになるじゃない」

「そ、そんなのやり方次第でなんとでもなるわよ!」

「どーかなー? 100%信頼できないから、アインズ様はあなたを表には出さずに〈転移門(ゲート)〉係を任せてるんじゃないの?」

「ぐぎぎ……」

 

 姉とシャルティアのやり取りをおろおろしながら見ていたマーレだったが、思い切って口を開こうとした瞬間、洞窟の広間に絶叫が響いた。

 

 

 その場にいた者たちが目を見開く。

 その視線の先、野盗の一人が〈転移門(ゲート)〉の向こうから転がり出てきた。地面をはいずるように進み、近くにいた仲間の胸ぐらをつかんだ。

 シャルティアの配下である吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が2人、慌てた様子で〈転移門(ゲート)〉を通ってやってくる。

 

「お、おい! お前ら、行くな! この先は化け物の(そう)……」

 

 再び、アウラがその男にその吐息を吹きかける。

 

 男は一瞬硬直し、落ち着いた様相を見せた。

 

「ああ、ええと……なんだっけな……?」

「はいはい。落ち着いてね。きっと、びっくりするほど綺麗な女の人たちがたくさんいたから興奮しちゃったんだよ」

 

 アウラの取りなす声に、男は「ああ」と納得した声をあげた。

 

「そうだ。あの影をくぐったら、すげえべっぴんの女がたくさんいたんだよ。それで、俺は矢も楯もたまらずに走って戻ってきて……。あれ? なんで、戻ろうとしたんだ?」

「きっと、他の皆に知らせてあげようとしたんだよ」

「ああ、そうか。……そう、だな」 

 

 男は大きく息を吐いた。その男の肩を他の仲間たちがたたく。「ははは、なんだお前。ずいぶん、仲間思いじゃねえか」、「おう、俺だったら、他の奴には知らせねえぜ」、「ああ。全部ひとり占めだな」、そう言って笑いあっている。

 

 その笑いを背に聞きながら、アウラの目はシャルティアに向けられる。

 そして、そのシャルティアの目は、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達に。

 怒りという言葉では足りぬほどの憤怒が湛えられた視線に、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達は顔を引きつらせ、震えあがった。

 

 アウラの吐息は抵抗に失敗した者の感情や意思を操作することが出来る。とは言っても、あくまで効果範囲はアウラの周辺にいる者に限られるため、〈転移門(ゲート)〉を抜けた先では効果が切れてしまう。

 その為、転移先ではシャルティア配下の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が待ち構え、即座に魅惑の魔眼で魅了するか、直接捕らえるかする手はずとなっていた。

 それなのに、向こうでの確保に失敗したうえ、男をこちら側までとり逃がし、更には再度アウラの手によってなんとか事無きを得たのだ。

 

 これは明確にシャルティアの配下の失態であり、ひいては上司であるシャルティアがアウラに借りを作った形になる。

 この場にはまだ捕獲任務の対象である野盗たちが残っているため、シャルティアも癇癪(かんしゃく)を抑え込んでいるものの、ナザリックに戻ったらどのような勘気を受けるか、もはや吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達は生きた心地がしなかった。

 

 

 やがて、その場にいた者達はすべて〈転移門(ゲート)〉の向こうへと姿を消した。およそトラブルとなったのは、その一件のみだった。

 

「じゃあ、あたしとマーレは、そのブレインって男を探してくるね。また、連絡するから」

「ええ、そうしておくんなまし。わたしらはナザリックに戻っているでありんすから」

「次はさっきみたいな失敗はしないでよね」

 

 その言葉にシャルティアから殺気が吹き上がる。後ろに控えた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は恐れ(おのの)いた。

 

「ええ。二度と! このような事はさせんでありんす」

 

 苛立ちを交えた声と共にシャルティア達も〈転移門(ゲート)〉の向こうに消えていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 アウラとマーレは入り口のバリケードを乗り越え、洞窟の外へと出た。

 

 まだ夜の闇には包まれているが、頭上に遮るものがないと開放感が違う。ナザリックの他の者達なら違うかもしれないが、疑似的とはいえ空まで作られている広大な第6階層に常駐している2人としてはこちらの方が落ち着く光景だった。

 ぐっと背を伸ばして体をほぐすと、さぁもう一仕事と窪地を出て森の中を歩きだす。

 

 そうして、しばらく歩みを進めた後、ピタリと立ち止まった。

 

「で? 何、あなたたち?」

 

 その声に、木々に隠れて監視していた人影が姿を現す。

 

 出てきたのは3人。腰に複数の武器を下げた金髪の若い男、全身鎧(フルプレート)の上から聖印の入ったサーコートを着た屈強そうな男、最後は帯鎧(バンデッド・アーマー)を着た赤毛の女戦士だ。彼女だけが首から鉄のプレートを下げていた。

 

「やあ、えーっとな、……少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「あたしも少し聞きたいことがあるんだけど。あなたたちの誰かがブレインっていう奴なの?」

 

 問われた男は聞き覚えのない名前に首をひねった。後ろの2人に顔を向けるが、そちらも顔を横に振る。

 

「いや、違うよ。悪いけど、その名前は聞いたことは無いな。俺はヘッケラン。あっちのがたいがいいのはロバーデイクで、女戦士の方はブリタっていうんだ。それで質問なんだけどいいかい?」

「なんだ、違うのか……。まあ、いいよ。質問を聞いてあげる。……あ、でも先に言っておくけどね」

 

 びしっと自分を指さす。

 

「言っておくけど、あたしは女! 女だからね! 男じゃないよ。分かった?」

 

 さんざん野盗に男と間違われた経験から、先に言っておくことにしたアウラ。

 その宣言に驚きながらも、軽く笑いを浮かべながらヘッケランは了承した。

 

「ははは、分かった分かった。お嬢ちゃん。間違えたりはしないよ。おっと、それでこっちの質問なんだけどさ。君たちって、あの窪地にある洞窟から出てきたよな?」

「うん、そうだよ」

「やっぱり……。なぁ、あそこって……中に誰かいたりしないかな?」

「いや、今はもう誰もいないはずだよ」

 

 その答えに3人は驚愕の表情を浮かべた。

 

「え? いない!?」

「うん。もういないよ。聞きたいのってそれだけ? じゃあ、もういい?」

「あ、ああ、そうだけど……」

 

 ふと、アウラは思案顔になり、目の前の3人をじっくり観察した。

 一応それなりに戦闘経験はあるみたいな感じはするけど、どれくらいのものかはいまいち分からない。さっき捕まえた野盗連中と大差ない気もする。

 いちいち捕まえて、またシャルティアに頼んで〈転移門(ゲート)〉を繋げてもらうのも面倒だ。

 放っておいてもいいか。

 誰かと会うたびにそいつらを全部捕まえる必要もないだろう。

 それに、本来の任務である野盗の捕獲は済んでいるのだし、あとはブレインとやらを捕まえてさっさとナザリックに帰ろう。

 

「じゃ、用がないんなら、あたしたちは行くね」

「あ、君たち。行くって、これからどうするんだ? 少し、待っててくれれば町まで送ってくけど」

「いや、いいよ。あたしたちだけで帰れるし。じゃーねー、おじさん」

 

 ぱたぱたと手を振り駆けだすアウラ。

 マーレは慌てて3人にぺこりと頭を下げ、「待ってよ、おねーちゃーん」と言いながら、その後を追った。

 

 

 

 その姿を見送った3人。

 やや憮然とした表情でヘッケランはつぶやいた。

 

「おじさんって、俺、まだ20超えたばっかだぞ」

 

「なぁに、あれくらいの小さな子にとって、大人は『おじさん』ですよ。ようこそ、おじさんの世界へ」

 

 すでに30を超えているロバーデイクはにやにやとした顔を隠そうともしなかった。

 

「いや、でも、見た目とか全然違うだろ。なぁ、ブリタ」

 

 言われたブリタは困ったような笑いを浮かべた。

 

 今回ワーカーであるヘッケラン達フォーサイトと冒険者であるブリタが一緒に行動しているのは、『死を撒く剣団』という傭兵団、というか野盗と言ってもいい集団の討伐にエ・ランテルの冒険者組合が広く人を集めたためだ。

 先だっての騒ぎ以降、エ・ランテルでは冒険者とワーカーは良好な関係を築いている。そして、その際に減少した冒険者の数を補うため、ワーカーが協力を求められることもままあった。まあ、相応の報酬は約束されての事だが。

 

 今回、連絡係としてフォーサイトと共に行動しているブリタだが、彼女はあくまで下から2番目の鉄級冒険者に過ぎない。

 対して、フォーサイトの面々はワーカーながらその実力はミスリル級に匹敵すると言われている。ブリタからすれば雲の上の存在だ。

 けっして、機嫌を損ねたりできるような相手ではない。

 

「え、ええと。それより、あの子たちって、人間じゃなかったですよね」

 

 慌てた様子で、何とか話を変えた。

 

「ふむ。確かにあれはエルフ。……いえ、暗くて分かりづらかったですが、肌の色からしてダークエルフでしょうか?」

「ダークエルフ? 確か、昔、トブの大森林辺りを支配してたんだったか」

「確かそうですね。……あの子たちは、どこへかは分かりませんが『帰れる』と言っていましたね。まあ、少し距離はあるとはいえ、トブの大森林へも行けますし、どこかに隠れ里でもあるんでしょうか?」

「その線かね? 少なくとも奴隷扱いはされてはいないみたいだったけど」

 

 先ほど2人が消えていった森の奥に視線を向けながら考え込む。

 

 

 そうしていると、別行動していたイミーナとアルシェが合流してきた。

 

「お待たせ。これからの方針を協議してきたけど、逃走用の抜け道の警戒もしなきゃいけないから、周辺を包囲して警戒する班と中に突入する班とに分けるって。……どうしたの?」

 

「いえね。ヘッケランはちょっと、ついさっき出会ったダークエルフの少女の事で頭がいっぱいだったんですよ」

 

 ロバーデイクの言葉に、イミーナは眼を鋭くさせた。

 

「へえ? なんだか面白そうな話ね。詳しく聞かせてもらえるかしら? ねえ?」

「い、いや、ちょ、ちょっと待った。そ、そういう意味じゃなくてな。いや、ダークエルフの女の子に会ったのはホントで、その子の事を考えていたんだけどさ」

「うん、だからさ。その辺のことを聞きたいんだけど? 何か言うと拙い事でもあるの?」

 

 二人の犬も食わないようなやり取りは放っておいて、アルシェはロバーデイクから何があったのかを聞いた。

 そして考え込む。

 

 

 野盗討伐にねぐらまで来たのに、なぜかそのねぐらに野盗はいないという。そして、その情報を提供したのは、野盗のねぐらから出てきた人物。

 それもダークエルフの少女が二人(・・)

 

 本当は中に隠れているのに、それをごまかすために、その子たちに誰もいないと言わせた?

 でも、なぜ、ダークエルフが?

 捕まっていたのか?

 ロバーデイクの見立てでは迫害されていたような感じはないと言っていたが。

 それに、帰ると言っていなくなったというが、どこへ帰るというのだ?

 

 ……もしかして、そのダークエルフも野盗の仲間とか?

 

 ……あり得るかもしれない。エルフやダークエルフは人間よりはるかに長命だ。

 外見年齢は子供に見えても、数十歳から下手をしたら100歳を超えていてもおかしくはない。

 

 むしろ、もしかしたら、そのダークエルフの少女二人こそが『死を撒く剣団』の陰のボスとか?

 

 

 アルシェは様々な可能性を考慮しつつ、さらに思考は沈潜(ちんせん)していった。

 

 

 

 ひたすら痴話げんかを続けるヘッケランとイミーナ。それを面白そうに見つめるロバーデイク。全く無表情のままピクリともしない、何を考えているのか分からないアルシェ。

 

 そんなフォーサイトの面々を前に、一人ブリタはため息をついた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 アウラとマーレは森の中を駆けていた。

 

 街道と違い、うっそうとした樹木に覆われた森は、上空にある月からの光すらあまり通さず、人間の目では、伸ばした手の先すら見通すことも困難だったが、2人の目には日中と全く変わらず見通すことが出来る。

 

 

 しばし前、森の中を歩いていた二人は、木々の合間、すこし開けた場所へとたどり着いた。

 そこが教えられた、ブレインがよく鍛錬している場所のはずだったのだが、そこには誰もいなかった。

 諦めてさっさと帰るか、それとも適当な魔獣なりを召喚して探させるか。

 しばし、方針を考えながら付近を捜索していると、決断するより先に下生えの草に踏み折られた跡を見つけた。

 おそらく、そう長い時間は経っていないはず。

 

 その跡を追跡し移動していると、アウラの人並み外れた聴力が剣戟の音をとらえた。

 マーレに声をかけ、一気に音のする方へ加速する。マーレは慌てて様子で、しかし、ぴったりとくっついて後を追う。

 

 

 そうして飛ぶように森の中を駆け抜ける2人。

 冷たい夜の風が、二人の頬を撫でる。

 

 やがて、その視線の先に2つの人影が見えた。

 

 

 一人は、軽い鎖着(チェインシャツ)程度を身に纏った、切る事に特化した『刀』を振るう男。

 

 もう一人は、白銀の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ人物だった。

 

 

 

 

 




ベル「や、野党のアジトを襲ったのに、奴らがため込んだ財宝をかき集めもせずに放置!?」
アインズ「いや、そこは重要じゃないんで、ベルさん、すこし静かにしててください」
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