原作では、はっきりと明言されているのは恐怖のみで、シャルティア戦の際にヘイト管理っぽいのはやっていましたが、ビーストテイマーという事でスカ〇リムの幻惑魔法のような効果くらいは出来るのではないかと思いまして。
2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/7/27 「当てずっぽうレベル」→「当てずっぽうなレベル」訂正しました。
2016/8/11 二重最強化のルビが「ダブルマキシマイズ」となっていたのを「ツインマキシマイズ」に訂正しました
2016/12/10 「早さ」→「速さ」、「埒が開かない」→「埒が明かない」、「元」→「下」、「本意」→「本位」、「例え」→「たとえ」 訂正しました
「ば、馬鹿な……」
ブレインはあまりの衝撃に気が遠くなりつつも、刀での斬撃を幾重にも繰り出す。
だが、常人ならば剣を振るった事に気づくことすら出来ず、達人でさえ反応することは困難であろうその卓越した剣閃を、目の前にいる白銀の鎧の人物は手にした剣と盾で事もなげにすべて弾いていた。
その光景は、まさに悪夢の中にいるようだった。
かつて不覚を取ったガゼフ・ストロノーフを倒すために必死で磨いてきた剣技。
強さを追い求めたどり着いた、遠い砂漠の街で作られるという刀。
表の栄光に背を向け、野盗の用心棒にまで身を落としてでも、人を切る経験を積んできた。他の人生の楽しみなどいらなかった。すべての金をを自分の強さを増すための装備に費やし、全ての時間を強さを増すための鍛錬にあててきた。
自分は強くなった。
あの時の井の中の蛙だったころの自分とは違う。
今の自分に敵はいない。
今の自分であればガゼフ・ストロノーフすら切ってみせる。
そう思いつつも、決して慢心せずに、ずっと修練を続けてきた。
それが……。
ブレインは大きく飛びのき、一度距離をとった。
白銀の鎧はそれを追撃しなかった。
それどころか剣を下げ、その場に自然体で立ちつくした。
刀を鞘に戻し、膝を曲げ、身を低くした姿勢で動きを止める。
武器をしまったからといって、戦闘をやめたわけではない。
これこそ、ブレインが編み出した必殺の剣技の一つ。
抜刀と同時に高速かつ精密な一撃を叩きこむ、彼オリジナルの武技を組み合わせたまさに必殺の攻撃。
だが、「なぁ、君……」と話しながら無造作に間合いへと踏み込んできたその男――正体は分からないが、声からして男と思われる――には、雲耀の速さで繰り出された一閃すら、「おっと」と軽く声をあげさせただけにとどまり、容易くその剣の腹で受け止められてしまった。
自分は万全の構えから攻撃を仕掛けたのに対して、向こうはただ闘う気もなく武器を下ろした状態だった。
それなのに、こちらが攻撃したのを見てから防御が間に合ったのだ。
自分の出しうる最高の速さの剣閃すら、こいつにとって子供だましでしかないというのか……。
ブレインは足元から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えていた。
ブレインの攻撃を容易く防ぎ続ける鎧の男。
今まで攻勢に移ったことは無いものの、決して秀でているのは防御だけで、攻撃に関しては劣っているという訳でもあるまい。
しかし、その男は力の差をまざまざと見せながらも、逆に攻撃を仕掛けようとはせずに、当惑したような空気を漂わせていた。
「いや、君。ちょっと待ってくれないかな。私は君と戦う気はないのだがね」
先程から、何度も口にした言葉を再度発する。
だが、ブレインは止まらない。
止まることが出来ない。
剣の道、己の強さを高める事だけにすべてを注いできたブレインにとって、その全てが目の前の男には通用しないという事実と向き合うことは出来なかった。
効かないと分かっていても、攻撃をやめることが出来なかった。
これまでの自分の全てを否定されたくないという、子供がいやいやして頭を振るような、そんな現実逃避でしかなかった。
このままでは
再び振るわれたブレインの一閃。
それを先程と同様に剣で受ける。
――と同時に、その刃先に沿って剣を滑らせた。
金属のこすれる音、そして、互いに極限まで研ぎ澄まされた剣先が火花を発した。
瞬きの間すらなく、互いの剣が鍔元まで交差し――鎧の男の籠手に包まれた指、その第一関節が刀を握るブレインの指を上下から挟み込んだ。
ブレインは慌てて引きはがそうとするが、その指はまるで万力にでも挟まれたかの如くビクともしない。
更には、次の瞬間、男の
片方ずつながら、手と足を押さえつけられ身動きが取れなくなる。
つばぜり合いの間合いにある、鏡のように
この距離にあってなお、その奥にあるはずの瞳すら見出すことが出来ない。
ほんのわずか前には、この世に恐れるものなど居ないと思っていたブレインの顔に恐怖の色が浮かんだ。
鎧の男はその顔色を見て、ことさら安心させるように穏やかに話しかけた。
「落ち着いてくれないか。君はブレイン・アングラウス君ではないかな? ええと、君はリグリットは知っているはずだね。私は彼女の友人だよ。私は……そうだな。ツアーとでも呼んでくれないかな?」
会話の中に出てきた名前に、ブレインの心臓がドクンとはねた。
リグリット。
ガゼフを除けば唯一ブレインが引き分けた相手である。いや、痛み分けという形に終わったが、向こうが追撃を止めたからというほうが正しい。剣技だけに限って言うなら自分の方が上であったと言えるだろうが、剣技のみではなく死霊術を基本とした魔法の数々は実に恐ろしかった。最終的に、向こうが退いたため決着はつかなかったという形だったが、あのまま戦っていれば、敗北したのは自分の方だったろう。
あの老婆と知り合いだという、この白銀の鎧の男は何者なのだろう?
偶々、自分が身を寄せていた傭兵団「死を撒く剣団」から一人離れ剣の練習をしていた際、この白銀の鎧に身を包んだ男を見かけた。かなりの強敵と見たため修行もかねて戦いを挑んだのだが、この男は――強いなどというレベルをかけ離れている。
「いったい、お前は何者なんだ……?」
呆然とつぶやいたブレインの言葉に、ツアーは安堵の声を発した。
「ようやく話を聞いてくれる気になったようだね。あらためて言うが私の事はツアーと呼んでくれ。今日、私がここを通りかかったのは、何も君やその所属している組織と敵対するつもりではなくてね……」
そこまで話しかけた折、空から音を立てて降りてきた影があった。
それも2つ。
突然の闖入者に2人が目を丸くしていると、その浅黒い肌に肩で切りそろえた金髪を揺らしながら、2人の姿を何度もきょろきょろと見回していたダークエルフは一人大きくうなづいた。
そして、「あなたがブレインでしょ」と、びしっと指をさした。
白銀の鎧に身を包んだツアーの事を。
何とも言えない空気が漂う。
一緒に現れた同じダークエルフの少女は「え? お姉ちゃん、なんで分かるの?」と驚きの声をあげた。
言われた、少年風の格好だが実は姉らしい少女は、ふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
「それはね。あいつらが言ってたでしょ、ブレインってのは自分たちより強いって。そっちの青い髪のおっさんはあの野盗連中と大して違わない程度の強さしかないけど、こっちの鎧は結構な強さを持ってるじゃない。わざわざ強いっていうくらいだから、2人いるうち、強い方がブレインって事は簡単に分かるわ」
そう言って、将来性はあるかもしれないが、現状はとても薄い胸を張った。
その分析とすら言えないような推理、というか当てずっぽうなレベルの決めつけを聞いて、
自信満々な少女の姿に、ツアーは気の毒そうに声をかける。
「えーと、すまないんだが。私はツアーと言ってね。ブレインというのはあちらの男性の方なのだが……」
言われたアウラはその片方ずつ違う色の瞳を、今現在、混乱の極みにある男の顔へと向けた。
時が止まったように、言葉を発する者もない。
「あー、もう。そんなのどうでもいいの! 二人とも捕まえるんだから!」
アウラはがぁーっと声をあげた。おそらく気恥ずかしさからだろう。
「ん? 両方とも捕まえちゃうの?」
「うん。もともといなくなっても身元を洗われる心配がないような野盗で、出来るだけ強い奴を捕まえてこいって命令だったし。それにブレインってヤツじゃなくても、この鎧のが強そうなのは分かるでしょ。なら、こいつも捕まえちゃえばいいじゃない」
そう言ってアウラはふっと、その吐息をツアーに吹きかける。
吹きかけられたツアーは驚いて飛びのいた。
現在のツアーは、遥か遠隔地から空っぽの鎧を動かしている状態のため、精神的な攻撃は効きはしない。
今、少女が何をしようとしたのかは正確には分からなかった。
だが、なんらかの攻撃を仕掛けてきたのは確かのようだ。
剣と盾を構え、ダークエルフの少女の一挙手一投足に全神経を傾ける。
自分の攻撃が効かなかったことを悔しがるでもなく、むしろ面白そうにアウラは口をゆがめ笑った。
これまで相手にした野盗連中は、自分の吐息一つ抵抗できないような有様だった。
だが、このツアーという人物はそれに抵抗したうえで、なおかつとっさの動きが出来る相手だ。
アウラには、シャルティアやデミウルゴスらとは違い、弱者をいたぶって楽しむ趣味はない。
アインズから与えられた任務こそ至上であり、強敵と相対するのはその任務に対する障害の排除のためであるとはいえ、ようやく少しばかり骨のある相手に出会えたのだ。
アウラの小さな胸に心躍るものがあった。
「行くよ、マーレ!」
口にすると同時、どこから出したのか、その手には銀の輝きを放つ鞭が握られていた。
それはアウラの頭上でゆるりと一回りしたかと思うと、次の瞬間、ツアーめがけて雷光のように襲い掛かった。
だが、ツアーもさるもの。
その常人では分かっていても反応しきれないような攻撃を、しっかと盾で受け止めた。
しかし、アウラの攻撃はそこで止まらない。
手元のわずかな動きにより、振り払われた鞭は持ち主の下へ戻らず、そのまま幾重にも絡みつく蛇のように打撃が繰り出される。
ツアーは当初、それらを盾で防いでいたものの、機を見て体を回転させて放った一撃でそれを迎え撃った。
わずかな刹那ながら、鞭の先がアウラの制御を離れ、大きく揺らぐ。
その隙を見逃さず、ツアーは低い体勢のまま踏み込む。
アウラははじかれた鞭を無理に戻さず、流れを利用して宙で回転させ、再度、白銀の身体を襲わせた。
瞬間、ツアーは地を蹴った。
元から低い姿勢のツアーを狙った一閃。それを虎の様に跳躍し躱すと同時に、一息にアウラに飛びかかる。
だが、どういう
ツアーの襲撃に反応し、マーレが魔法を使用したためだ。
マーレが前へとかざした手の先で空間がゆがむ。
その水面の波紋のような揺らぎから、植物の棘のような形状のものが機関銃のように次々と打ち出される。
その連弾が、つい一瞬前までツアーがいた空間を切り裂いた。
ツアーが着地すると同時に、その足元から濃緑色のツタが幾本も現れ、その身に絡みつこうとする。
それに対してツアーがした行動は、その足を強く踏み込むことだった。
瞬間、踏みしめた場所から衝撃波のようなものが発生する。
何らかの魔法的な効果があったのだろう、その衝撃波に触れたツタは溶けるように消えていった。
マーレは前へとかざした手を動かし、いまだ硬直時間にあるツアーへと再度、棘の連射を放った。あまりの連射速度に電気のこぎりのような音を立てる魔法の連射がツアーを襲う。
ツアーはその一陣を盾ではじくと、再度飛びのいて距離をとった。
アウラは鞭を手元に戻す。マーレも姉をフォローするため、その斜め後ろへと位置する。
ツアーも飛びのいた姿勢から身を起こし、その剣と盾を構え直した。
緊迫する空気。
アウラは久方ぶりに味わう、このひりひりとした空気に笑みをこぼした。
互いに生命をかけて戦っている。
こんな感覚を味わうのは、本当に久しぶりだ。
自分の生命をかけてまで、至高なるアインズより与えられた任務を達成するのは、まさに格別の心地だろう。
アウラは、この素晴らしい獲物をどう仕留めようか、心の内で舌なめずりしていた。
だから、その時聞こえたマーレの「あ……」という声に呆気にとられた。
「ん?」
間の抜けた声を発し、振り向く。
手にした鞭の柄を少し上にあげた。
その柄の先に、ブレインの放った刀の一閃がトンと当たった。
何とも言えないような困惑した瞳がブレインを捉えた。
ブレインはその視線を受けているのを知ってか知らずか、気合のこもった声と共に、何度も何度も刀を振るう。
それらの全てを、先程と同様に鞭の柄、アウラの握りから数センチも出ていない部分で受け止める。
刀という金属の塊がぶつかっているのに音も立てない。それはアウラがぶつかる瞬間、鞭の柄を少し引き、そっとその力を消して優しく受け止めているからだ。
「あのさぁ……」
やがて、アウラが呆れたような声を出した。
「悪いんだけど、邪魔だからどっか行っててくれない? あたし、あいつみたいに弱いの相手にする趣味とか無いの」
「よ、弱い……。俺は……弱いのか」
ブレインは心ここにあらずといった感じで呆然とつぶやいた。
分かってはいた。
分かってはいたが、それを認めることが出来なかったが故の攻撃だった。
「うん、そうだよ。どう見ても弱いじゃん。まあ、人間だから仕方ないけどね」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん。かわいそうだよー」
マーレの慰めるような声に、ブレインの心はさらに切り刻まれる。
ガッ。
ブレインは膝をついた。
眩暈と共に訪れる、自分の身体が自分のものでないような浮遊感。心のよりどころを完膚なきまで破壊され、すでにその足は自分の体重すらも支え切れなかった。
そんなブレインにアウラは見向きもしなかった。
アウラは弱者をいたぶる趣味はないが、かと言って優しく相手するほどの関心もない。
むしろ、これでようやくツアーとの戦いを邪魔する者がいなくなったと満足げに息を吐いた。
「ん? 新手?」
その時、アウラの知覚が近づいてくる者達をとらえた。
その数、およそ10名程度。
ツアーも気づいたらしく、首をそちらに巡らせる。
やがて、森の陰から幾人もの人影が現れた。
それは奇妙な集団だった。
全員が全員、バラバラの装備。それらは実用本位ではなく不思議な形状をしており、アウラの眼から見てもかなりの力を保有する武装のようだった。
現れた一団もまた、アウラにマーレ、そしてツアーの姿を見て、驚愕に目を見開いた。
まさか彼らも、この地で他の誰かに遭遇することなど想像だに出来なかったのだろう。
いったい何者なのかと警戒の視線を向けながら、戦闘陣形を整えた。
アウラは警戒の視線を、そっとツアーに回した。
この一団がツアーの仲間であるかと思ったためだ。
だがツアーにしても、彼らがこのダークエルフの2人と関係があるのか測りかねていた。
3者とも互いの素性をわかりかね、その姿を警戒するばかりで、行動に移しあぐねていた。
その空気を破ったのは、この中で最も長く生き、この地の知識に溢れているツアーだった。
「ふむ。君たちは法国の……たしか、漆黒聖典の者達だったかな? 何か用なのかね?」
その声に一団を率いていたリーダー格、大地に届くかというほど長い黒髪を垂らした男は、その身を包む装備に見合わぬ粗末な槍を振りかざし、配下の漆黒聖典たちに攻撃を指示した。
自分たち、漆黒聖典は法国の中でも厳重に秘匿されており、名前だけならまだしも、その姿を知る者はまずいない。
それなのに、この白銀の鎧を着た人物は自分たちの素性を目視しただけで見抜いた。
何者かは知らないが、このまま放っておくわけにもいくまい。
たとえ敵ではなかったとしても、自分たちの事を知ってしまったこのダークエルフの少年少女も生かして返すわけにはいかなくなった。
裸身をさらし大斧を手にした大男と、奇怪な節のある大剣を手にした青い鎧の男が、それぞれアウラとマーレ、そしてツアーに迫る。
だが、常人ならば防御も回避も不可能の一撃も、アウラからすれば止まっているも同然だった。ひょいっと飛びのきざま、腹部に回し蹴りを放つ。
2メートルはゆうに超えるその巨体が、まるでゴムボールの様に蹴り飛ばされた。「ぬわあぁぁ!」という叫び声とともに宙を舞うその巨体が、後ろで魔法を唱えようとしていたローブの男や眼鏡をかけた女を巻き込み地を転げた。
軽装の服を身をまとい刺突武器を手にした者が、さっと他の者の影を縫うように駆け抜け、アウラに肉薄しようとする。
だが、それをマーレは見逃さなかった。
素早く呪文を唱え杖を向ける。その者の足元が一瞬揺れたかと思うと、大地から幾多の
その姿を目立たせないよう地を這うかのごとく身を低くしていた所を、下からの攻撃が襲ったのだ。躱す暇もなく全身へしたたかに飛礫を受け、打ちのめされたその体は、うめき声をあげて大地に伏した。
そうしている間に、ツアーも襲ってきた男の攻撃を受け流し、剣で斬ることなくその柄で殴り倒したようだ。
アウラの鞭が両手に盾を持った男に迫る。
男は両の盾をしっかりと構え、その攻撃を受け止めようとした。だが、その鞭の一撃は男の予想をはるかに超えていた。それはあまりにも重かった。男は驚愕の表情を浮かべたまま、背後に吹き飛ばされ、勢いよく木へと叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。
次に鞭の餌食となったのは、先ほど指示を出した髪の長い隊長格の男だった。
だが、男は飛来した鞭の先を、手にした槍で力を込めて叩きつける事で防いだ。それでも、完全には力を消しきれず、その身が宙に浮き、たたらを踏んで後ずさった。
自分の攻撃を受け踏みとどまったのは、すぐそこにいるツアーという鎧の男に続いて二人目だ。アウラは「へぇ」と感嘆の声を漏らした。
しかし、その称賛の混じった声に対し、隊長は苦虫をかみつぶしたような表情で返す。
そして、「使え!」と彼らの持つ切り札を切る判断を下した。
今まで陣形の中央、最も安全な場所に控えていた老婆が口を開く。
「して、誰に?」
問われた隊長は素早く視線を巡らせる。
標的となる対象は3人。
白銀の鎧の男。
鞭を使うダークエルフの少年。
魔法を使うダークエルフの少女。
もう一人、膝をついている青髪の男もいるが、そちらは対象に含めなくともよい。
迷いは一瞬。
「その鞭を使うダークエルフだ」
先程のわずかな攻防から、アウラこそが3人の中で最も危険な存在だと判断した。
瞬間。
アウラの背筋に冷たいものが走った。それは決して冷えた汗などではない。その身の警戒を示す鐘が鳴ったのだ。
とっさに鞭を振り払う。
狙いは当然、その老婆。
だが、とっさだったが故に力のこもらない一撃は、再び隊長の槍によって叩き落とされた。
老婆の白銀の衣服が光る。
模様として描かれた天へと昇る黄金の竜が光を放ち、まるで生きているかのように服から這いでる。
そしてぶるりと身を震わせると、ほとばしる稲妻の様にアウラに向かって飛びかかった。
アウラの視界一杯を、白い光が覆う。
その瞬間――。
――まったく、緊張感のない声が響いた。
「ほう。あなた、見たところ、中々の腕の持ち主のようですね。どうです? 私の部下になりませんか?」
アウラの背にあるリュックサックから、ぴょいとエクレアが飛び出し、その前へと着地する。
「……あ……」
「……あ……」
「……あ……」
その場にいる者たちが唖然とする中、音を立てて飛来した竜が、よりにもよってアウラの手前へと飛び降りたエクレアにぶち当たる。
「ぎゃああぁぁぁぁ!」
まるで雷に打たれたように身体をけいれんさせ、くるりとその場で体を回転させると、エクレアはぽてりと地面にひっくり返った。
その姿を見たマーレはとっさに魔法を放った。
エクレアはナザリックを支配するなどという妄言を日常的に放ち腹の立つ相手であったが、それでもナザリックの仲間の一人だ。その仲間を、どのような手段でかは知らないが、なんらかの危害を加えたことは許せなかった。
「〈
瞬間、視界の悪い森の中ながら見渡す限りの範囲を、突然に大地から数え切れないほどの蔦が絡み合う蛇のように這いあがり埋め尽くした。
その場にいた、行動阻害耐性を持っていない者たちすべてに緑の蔦が絡みつく。
だが、これはこの魔法の第一段階。
ここから、次の段階へと移るのだが……。
「ちょ、ちょっと、マーレ! アンタ、何やってんのよ!」
慌てたアウラの声が響いた。
「え? ……あっ!?」
一瞬、その声に呆けたものの、すぐにマーレは自分がした事を理解した。
もはや発動してしまった魔法に、マーレは「どうしよう……」と辺りを見回した。
〈
第10位階魔法の一つであり、自分を中心とした広範囲に行動阻害効果のある蔦を生やし、さらに火炎系の持続ダメージを与え続けるという魔法である。
そう、『
かつてユグドラシル時代はフレンドリィ・ファイアというものは存在しなかった。
その為、戦闘の際には周囲を気にせずこの魔法を使用して、相手の足止め+ダメージを与えながら戦うというのが、マーレの戦闘時における行動の一つとしてAIに組み込まれていた。
その為、本気で戦おうとした今、通常のセオリーとして何の気なしにこの魔法を使ってしまった。
だが、
このままでは自分も姉も、そしてエクレアもすべて巻き込んでしまう。
かと言って、すでに発動してしまった魔法をなかったことには出来ない。
マーレはただオロオロとするばかりであった。
そんな弟を目にし、アウラはとっさに動いた。
即座にマーレの襟首をつかみ、倒れたエクレアの首根っこをひっつかむと、すぐさまこの場を離脱する。
アウラ、マーレとも行動阻害の耐性があるため、絡みついてくる蔦もすり抜けられるのだが、そんなものはないエクレアの身体がいちいち絡みつかれては引っ張られ、動きにくいことこの上ない。だが、それはとにかく力で引っ張って何とかする。
逃げ出す途中、ただ茫然と地に膝をついているブレインが目の端に映った。
しかし、あいにく自分の両手はマーレとエクレアでふさがっている。
わざわざ捕まえにここまでやって来たものの、この状況下で何とかするのはさすがに手がかかるため、捕獲は諦めることにした。
やがて周囲の全てを飲み込んだ蔦は、更に成長を続けた。
その身はパンパンに膨れ上がり、今にも破裂しそうなほどに。
それでもその身はさらに膨れ上がり、押さえつける外皮が音を立てて裂け、内側から葉肉と樹液が外へと弾け飛ぶ。
そして、その外気に触れた身や液体が発火し燃え上がった。
周辺一帯は、瞬く間にすべて焦熱地獄と化した。
絡みつく蔦に全身を覆われたまま逃げることすら出来ずに、その場にいた者は皆、その炎に焼かれていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
周りがすべて赤く燃えていく中、ブレインは身じろぎもせず、ただ
今のブレインにとって、周りの炎も、聞こえてくる断末魔も些細なことでしかなかった。
ブレインは絶望していた。
かつて、王国の御前試合でガゼフに負けたときの事など比べ物にもならなかった。
あの時、自分は挫折を味わった。
自分こそが最強と無邪気に信じていたのに、その自分の鼻っ柱をへし折る者の存在に初めて出会ったのだ。
それから一月あまり呆然自失とした後、それでもブレインは最強を目指して立ち上がった。
あの時のガゼフを超えるという思いだけを支えに。
だが――。
だが、今日ここで会った者達とは、次元が違うという言葉すら生ぬるいほどの隔たりがあった。
あの白銀の鎧を着たツアーという男。
ダークエルフの子供たち。
法国の漆黒聖典とやらの者達。
いったい、自分がたどり着いたはずの最強とはどの程度のものだったのか。
自分が求め、手に入れたはずの力は、彼らにとっては子供の御遊戯ほどですらなかった。風の前に塵に過ぎなかった。
血を吐き、泥水の中を這いまわり、自分の全てを強さを得るために費やしてきたものは、所詮、人外の力の前には蚊ほどの力すらなかった。
まさに蟷螂の斧で隆車どころか、ドラゴンに立ち向かうようなものだった。
ふいに、自分を取り巻くすべてが波打ち、大地すら歪むような感覚にとらわれた。
もはや倒れぬように踏ん張る力さえ、その鍛え上げられたはずの身体には無かった。
ブレインの肉体が地に転がる。
焼けた大地は熱を持ち、もはや痛みすら感じない体に心地よい暖かさを伝えてきた。
「はぁ」
小さな息を吐いた。
そして、強さを追い求める者達にとってガゼフ・ストロノーフと並び称された男――ブレイン・アングラウスは、誰にも看取られぬまま、本当の強さに手をかけることすら出来ずに、その生を終えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、魔法の効果範囲外まで逃げ出したアウラとマーレは疲れ切った様子で、その身を草の上に投げ出していた。
しばらくそうして息を整えた後、そう言えばエクレアはどうしたのかと目をやると、相変わらず気を失っていた。
そこでポーションをかけてやると、ぱちぱちと瞬きして気がついたようだった。
エクレアは目の開け閉めが出来るということをその時、初めてアウラは知った。
だが、エクレアはその場に立ち上がると――ただその場で立ち尽くした。
これにはアウラもマーレも首を傾げた。
このペンギンはとにかく暇があれば、自分がナザリックを支配するだの、自分の配下になれだの、自分ではろくに歩けないくせに他人に運べだのと喚く、とてもウザい存在だったが、こうしてただ突っ立っているだけというのは実に奇妙だった。
見かねたアウラが、「どうしたの?」と声をかけてみるが何の反応もない。
その額を指先でぐりぐりしてみると――。
――突然、奇怪な叫びをあげてアウラに襲い掛かった。
困ったような視線を向ける双子の前で、エクレアはそのペンギンの翼でアウラの向う脛をぺチぺちと叩く。
正直、1レベルバードマンな上に戦闘能力もないエクレアの攻撃など、痛くもかゆくもないのだが、こうして攻撃されるのは鬱陶しいことこの上ない。
ひょいっと首をつまみ上げると、空中で届かない手足をばたばたとさせている。
困り果てた二人は、とりあえず
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――という訳なんです」
アウラの説明を聞き、アインズとベルは大きく息を吐いた。
「事情は分かったが……どうしたもんかなぁ」
つぶやく視線の先には、マーレに首すじを掴まれ、もう疲れたのか、ぐったりとしているイワトビペンギンの姿があった。
〈
原作ではフレンドリィ・ファイアの解禁は、ただそうなっているんだくらいでしたが、あれって実は戦闘スタイルを大幅に見直さなきゃいけないほどの大問題な気がします。
特に範囲攻撃が得意なマーレにとって、単独行動ならいいですが、チームプレイなどはかなり困難になる気が。