オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/3/14 『野党と間違えてもおかしくないような』 → 『野盗と間違えてもおかしくないような』 訂正しました
2016/10/9 会話文の最後に「。」がついていたところがあったので削除しました
2016/12/10 「合う」→「遭う」、「~来た」→「~きた」、「~行った」→「~いった」、「代わった」→「変わった」、「変えられる」→「替えられる」、「沸いて」→「湧いて」 訂正しました


第四章 諸勢力編
第26話 諸勢力の思惑ー1


「失敗か……」

 

 パナソレイは天を仰いだ。

 その目に映るのは、それなりに立派な応接室のわずかながらスス汚れが付着している天井。

 

 エ・ランテルの最奥部である行政区。

 そこに(しつら)えられた豪奢とはさすがに呼べないが、それでも金の燭台や繻子のクッションなど、品のいい調度品が並べられた、しっかりとした造りの応接室に、今、3人の男が顔を合わせていた。

 

 1人は、エ・ランテルの都市長であるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。

 2人目は、冒険者組合の組合長プルトン・アインザック。

 3人目である最後の1人は、魔術師組合長のテオ・ラケシル。

 

 エ・ランテルでも名士の人間ばかり。

 そして立場の違いなどはあっても、それなりに気心の知れた仲の者達だ。

 

 

「まあ、そうなりますね。あれだけの冒険者とワーカーを動員したのに、実際に討伐できなかったわけですし」

 

 そうアインザックが言った。

 それに対し、ラケシルがとりなすように言う。

 

「いや、しかし、確かに盗賊たちを始末することは出来なかった訳ですが、そのアジトを制圧し、囚われた人たちを救い出したのですから、ある意味、成功と言ってもいいのでは?」

 

 だが、その言葉にアインザックは首を振った。

 

「いや、『死を撒く剣団』の根拠地は押さえたものの、肝心の野盗そのものは一人たりとも討伐出来ていないんだ。もしそれで討伐に成功したと言って、その後、そいつらが隊商とかを襲撃してみろ。実際は退治していないのに退治したと言った、嘘で自分たちをだました、ぬか喜びさせた、と思いっきり叩かれるぞ」

「ああ、なるほど」

 

 うんざりしたような口調で、納得の声をあげた。

 とかく大衆というのは、近視眼的に文句だけを言うものだ。下手に成果を強調すれば、ふとしたきっかけで一気に評価が急落するだろう。僅かな成果ならば、かえって口に出さない方が良かったりする。

 

「それに、実際問題これは結構拙い事態だ」

「そうなのか? 『死を撒く剣団』は拠点も集めた資金もすべて失ったんだ。これまでの勢力を大きく減ずることになるのでは?」

「いや、それは違うぞラケシル。確かにお前の言うように、奴らは根拠地も資金も失った。だからこそ、それを取り戻すために、なりふり構わず暴れる可能性がある」

「む。そうか。失地回復の為、エ・ランテル近郊を行き交う隊商を狙う可能性が逆に高くなったという事か」

「そういう事だな。むしろ、手負いの獣が野に放たれたというところか。上手くすれば、そのままくたばるが、下手をすると、決死の覚悟で向かってくる。面倒なことになる可能性があるな」

 

 ようやくラケシルも事態を理解でき、沈鬱な表情を見せた。

 

 

 今、エ・ランテルの街は先のアンデッド騒ぎからいまだ立ち直ることは出来ず、人の心はすさみ、治安の悪化に歯止めがかからない状況だ。

 

 そこで目に見える成果を見せ、人々の心に希望と落ち着きを取り戻そうと行ったのが、今回の計画だった。

 乏しくなった予算から資金を出し、街として冒険者組合に依頼を出す。最近、エ・ランテル近郊で傍若無人な暴れぶりが問題になって来た『死を撒く剣団』という普段は傭兵団、都合が悪くなったら野盗へと変貌する集団を殲滅することで、大々的に成果をアピールしようと思っていたのだ。

 

 だが、そうやって高い金を払ってまで出動させた冒険者たちだったが、すでに拠点はもぬけの殻で、『死を撒く剣団』に遭遇することさえできなかった。

 

 はっきり言えば、無駄に予算を失っただけに終わってしまった。

 

 

「まあ、今回の依頼は『死を撒く剣団』の殲滅でしたから、一人も討伐できていない状況からして、依頼の完全達成とはみなさず、冒険者たちに支払う報酬は半分のみとしようと思います。残りの半分はお返ししますよ」

 

 アインザックの言葉に、パナソレイは分厚い脂肪に覆われた首を戻した。

 

「いいのかね、それで? 冒険者たちに不満が出るのでは?」

「いえ、『死を撒く剣団』の拠点にはそれなりの財貨がありました。個別に持ち主から取り戻す依頼が出ているものを除いて、それらを参加した者達で分け合う事にしますので、それほど不服を申し立てる者はいないでしょう。実際、誰も危険な目にも遭うことなく金が手に入ったわけですし。まあトラップに引っ掛かって怪我をした者はおりましたがね」

「ふむ、そうか。それならありがたいな。今はわずかでも支出を抑えたい時だしな」

「それに、ここしばらくは冒険者たちが街中で、手に入れた金を派手に使うでしょうから、酒場や娼館は繁盛すると思いますよ」

「金が回れば、そこに税金も生まれる。多少、金周りが良くなりそうなのが、不幸中の幸いか」

 パナソレイはコップの水を口に含んだ。魔法がかかった水差しから注がれた水は冷たく、その喉を通っていった。

 

 

「そう言えば、ラケシル。例のダークエルフの件は何かわかったかね?」

「いや、色々文献や冒険者として旅した者の記録を漁ってみたのだが、まったくだな」

「ダークエルフ? 何のことだ?」

 

 アインザックとラケシルの会話に出てきた、ここ最近耳にもしないダークエルフという言葉にパナソレイは反応した。

 

「いえ、先行して『死を撒く剣団』の拠点を監視していたワーカーと冒険者が、その拠点から出てくるダークエルフの少女二人組と遭遇したという報告がありまして」

「何故、そんなところにダークエルフが? 昔はトブの大森林を縄張りにしていたと聞くが」

「ええ、その辺が全く分かりません。実際に会った者達によると、とても高価そうな衣服を身に纏っていたそうです。そして、拠点の中には『もう誰もいない』と語って去っていったそうですね。もしかしたら、トブの大森林のどこかにダークエルフの集落があり、そこに住む子供たちが誰もいなくなった廃墟、この場合『死を撒く剣団』の拠点になりますか、を探索でもしていたんでしょうか?」

 

「まて。『もう誰もいない』? そう語っていたのかね?」

 

 突然、目を光らせたパナソレイに、アインザックがたじろいだ。

 

「は、はい。そう聞いておりますが」

「それは奇妙だな。中には誰もいない、もしくはいなかったと言うだけならまだしも、『もう』という事はその前まで、そこに人がいたのを知っていたという事だ。それに、その拠点の中には『死を撒く剣団』に囚われていた人間がいたのだろう? 中に『誰もいない』わけではないじゃないか」

「……確かに」

「それに、その拠点には冒険者たちで分け合っても十分なほどの財宝がそのまま残されていたのだよな。となると、金目のものを漁っていたという事もあるまい。……ふぅむ。その2人は冒険者たちと会った時、どんな様子だったのだ?」

「ええと、とくに怯えもせずに普通に話していたそうですが」

「つまり、外で初めて会う者達を前にしても、平然としていたという事かね? 野盗の根城のすぐ近くで、野盗と間違えてもおかしくないような武装した人間を前にして」

 

 次から次へと紡がれるパナソレイの言葉に、報告にあったダークエルフの2人がどれだけおかしな存在であるか、霧が晴れるかのようにどんどん明瞭になっていく。

 『死を撒く剣団』討伐の失敗に気を奪われていたため、そちらは特に気にもしていなかったが、考えれば考えるほど奇妙な話だ。 

 アインザックの頭に、ワーカーの1人が言っていた推測、そのダークエルフたちが『死を撒く剣団』の仲間ではないかという一言が再浮上してきた。

 

「それで、そのダークエルフのその後については何か情報はあるかね?」

「拠点に『死を撒く剣団』がいないことが判明したのち、そのダークエルフに接触したワーカーが気になって、その後を追ったそうですが、別れてから時間が経っていたこともあり手掛かりはつかめなかったそうです」

 

 

 パナソレイはどっかと背もたれに寄りかかり、腕を組んで考え込んだ。

 

「アインザック」

「はい」

「エ・ランテルとして金は出す。そのダークエルフの捜索、並びに潜んでいる可能性があるトブの大森林を捜索させろ」

「良いのですか?」

「そうも言っていられまい。下手をすれば、この前のズーラーノーンの一件のように、再びエ・ランテルに危害が加えられる可能性もある。一つずつでもはっきりさせておかなくてはな」

「分かりました。では、トブの大森林の調査を手配しましょう」

「頼む。必要であれば、よそからアダマンタイト、とまではさすがにいかなくてもオリハルコンくらいは呼ぶための予算は出すつもりだ。もちろんより危険なことが分かれば、そちらを呼ぶために手は尽くす」

 

 パナソレイの本気度合いを知り、アインザックとラケシルは深くうなづいた。

 

 

「そうだ、オリハルコンと言えば。例のモモン殿は今度オリハルコンに昇格するんだったな」

 

 重たくなった空気を和ませようと、ラケシルが世間話のように軽い口調で言った。

 その場にいた者達の脳裏に、つい先日エ・ランテルにやって来た、あの冒険者たちの姿が思い浮かぶ。

 

「ああ、ここ最近の彼の働きは頭一つ飛び出ているからな。俺はもしかしたら彼はアダマンタイトに届くのではないかと思っているよ」

「アダマンタイト……! ふむ、確かに彼なら、ふさわしいかもしれんな。……アダマンタイトか。いっそ、トブの大森林の捜索も彼に頼むか? 例の薬草調達もあるしな」

 

「む? 薬草調達とは何かね?」

 

 再びパナソレイが聞いてきた。

 

「トブの大森林内のとある場所に、あらゆる難病を治す効果がある薬草が生えているのですよ。それの採取です」

「たかが薬草採取にモモンほどの人物を投入するのかね?」

「いえ、それがその薬草の採取は非常に困難なのです。30年ほど前、当時のアダマンタイト級冒険者がサポートにミスリル級冒険者を引き連れていき、ようやく採取に成功したという程でして」

「なるほど、それでアダマンタイト級に匹敵するかもしれないというモモンを投入したら、という事か」

「はい。それに彼はトブの大森林で伝説と言われた森の賢王を騎獣としています。彼ならば、薬草の採取並びに、トブの大森林の捜索も可能かと」

「……いや、それは止めた方が良いな」

 

 だが、そのラケシルの案はアインザックが否定の言葉を口にした。

 

「モモン君は現状、我々――城塞都市エ・ランテルが切れる最高の切り札だ。そんな彼に、その薬草採取や森の捜索を割り当てたら、そちらに数か月はかかりきりになってしまうだろう。ただでさえ冒険者たちが減っているときに、モモン君という貴重な戦力をそちらに張り付けるのは愚策だ」

「確かにな。モモンは私の耳に入る限りでも、ここ最近、ごく短期間で強大な怪物(モンスター)を次々と討伐し続けていると聞く。一つ所に張り付けるのではなく、いざというときの火消として使うべきだろうな」

「ええ。可能な限り、調査は他の冒険者たちで行いましょう。薬草の方は……まあ、諦めざるを得ないか。少なくとも数年ほどは」

 

 

 おそらく実際は漏れだらけだろうが、とりあえずは当面の方針が決定した。

 3人の男たちは大きく息を吐いた。

 

「まったく、いつになったら気が休まるか。最近は鼻息をやる暇もないな」

 

 そう言いながら、いつもの「ぷひー」という鼻息を立ててみせる。

 それに思わずアインザック、ラケシル共に笑った。

 してやったりと、パナソレイもにやりと笑う。

 

「まったく考える事ばかりで、胃が痛くなるな。薬師のリイジーがカルネ村に移って手に入りにくくなったから、今のうちに胃薬を買い占めておかねばならんか」

「いっそのこと、都市長の権限でエ・ランテルで胃薬を大増産させては? 都市長も使用している胃薬として、エ・ランテルの特産品に出来るかもしれませんよ」

 

 ラケシルの軽口に、パナソレイはぽんとその手を自分の頭に乗せた。

 

「いや、あいにくだが、大増産計画は胃薬より髪に効く薬の方が先だな。こっちはもう後がない」

 

 重苦しい雰囲気が続いていた応接室に、ようやく笑い声が響いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 静謐な空気が流れる空間。

 ここでは音すら場をわきまえたように静まりかえり、遥か高くにあるステンドグラスから投げかけられる幾色もの光が、汚れ一つない神官服に身を包んだ廊下を歩く者達に降りそそぎ、まるで現実の世界とは隔絶したような印象を与える。

 

 そんな場所を踏み荒らすように、足音を立ててぶらぶらと歩く女性の姿。

 

 ボブカットと呼べるほど短く刈った金髪。その奥底に何を湛えているのか分からない深紅の瞳。気まぐれなネコ科の猛獣を想像させる空気を身に纏う、しなやかでみずみずしい肉体。

 

 スレイン法国の誇る特殊部隊、漆黒聖典。

 その中で第九席次を占めるクレマンティーヌである。

 

 その体を包むのは愛用の、自分が狩った冒険者のプレートを埋め込んだ鎧ではない。相変わらずスピードを生かすために、その肉体を余すことなくさらした露出度の高いものではあるが、しっかりとつや消し加工のされた金属でできた鎧を身に纏っている。

 

 

 エ・ランテルでの一件の後、クレマンティーヌはしばらくの間、各地を放浪した。

 スレイン法国の秘宝の一つを強奪したため、追手がかかっているはずと思ったからだ。

 

 だが、待てど暮らせど、自分を襲う暗殺者の姿は影も形もなかった。

 

 思い返してみれば、そもそも自分は一体どこで、アンデッドを際限なく生み出す霧を発生させるマジックアイテムの話を耳にしたのだろう? そんなものがあるなどと聞いた覚えがない。

 だが、確かにそういう物がスレイン法国の秘宝としてあり、自分がそれを奪ったという記憶があった。

 しかし、具体的にどこで、どうやって、誰から奪ったのかはいくら考えても思い出せなかった。

 

 それと、何故だか、その時のことを思い返すと、脳裏に一人の少女の姿が思い浮かぶ。

 南方で作られるというスーツ。それも男物の代物に身を包んだ、白に近いほどのブロンドで腰まである長い髪の少女の姿。

 

 これがいったい何なのか。

 どれだけ悩んでも答えは出なかった。

 

 そこで、クレマンティーヌは法国の工作員にさりげなく接触してみた。

 もちろん、自分が裏切ったことを知っていて即座に報告されると拙いため、十全の注意を払い、一人でいるところを狙って姿を現してみた。

 だが、その結果は豈図(あにはか)らんや、特段変わったリアクションもなかった。

 

 罠かと思い、その他の者達にも同様に接触してみるが、彼らも以前となんら変わった感じは受けない。

 そうして、少しずつ上位の者に姿を見せても、なにも警戒等の行動の色を見せなかったことから、思い切って法国に帰ってみることにした。

 

 そうしたところ、しばらく連絡が取れなくなったことを責められはしたものの、結局それだけだった。

 特にお咎めもなしだった。

 

 捕虜になった陽光聖典の隊長を暗殺した後、法国に帰る道中、エ・ランテルでズーラーノーンが起こした騒ぎに巻き込まれたんだろうと判断されていた。

 

 そうして、今現在、クレマンティーヌはスレイン法国の首都、その中でも全ての判断が下される最高決定機関である大聖堂、六大神のうち五柱の装備が眠る神域内を大手を振って歩いている。

 

 

 やがて、その足が一つの扉の前へとたどり着いた。

 縁を金メッキで覆った特殊な金属で補強された黒塗りの扉。一点のくすみもなく磨き抜かれた金色に輝くドアノッカーを無造作に何度か叩くと、扉を開いた。

 

「やぁ、どーも。何か用な……の……?」

 

 その声が尻すぼみに消える。

 

 扉の先、広い室内は四方を金糸で縁取られたビロードの壁掛けで覆われ、中央に置かれた金の浮き彫り装飾のされた紫檀のテーブルについていたのは、漆黒聖典の隊長である第一席次の姿と、クレマンティーヌが最も会いたくない人物、兄であるクワイエッセであった。

 

 急速に機嫌を低下させながらも、毛皮の敷かれた椅子につく。

 

 隊長は机上に肘をつき指を組んだまま、「では、会議を進める」と言った。

 

 

 静かに言葉を待つクワイエッセ。

 対してクレマンティーヌは頬杖をつき仏頂面のままだった。

 

 そんな二人の様子を気にもかけずに命令を発する。

「クレマンティーヌよ。お前は、帝国に行ってもらう」

「え? 帝国? なんでそんなところに行く必要があんの?」

 

 無作法なその言い方に、おもわずクワイエッセが注意の言葉を口にしそうになった。

 だが、隊長は気にもかけずに言葉を続けた。

 

「帝国の上流階級の者達に広めている邪教組織がある。その管理をやってもらう」

 

 その答えに「えー」と不満げな声をあげた。

「私、そういうのって苦手なんだよねー。『占星千里』とか『神聖呪歌』とかに任せたら?」

 

 クレマンティーヌは慌てる兄に見せつけるようにへらへらと笑って言った。クワイエッセはわずかに眉を(ひそ)めるも、隊長が黙っているのならと口を出しはしなかった。

 

「それは無理だな」

「ん? どしたの? もしかして、二人とも死んじゃったとかぁ?」

 

 その言葉に、さすがに見かねたクワイエッセが口を挟む。

「クレマンティーヌ。少し口が過ぎるよ。大切な仲間に対して、死んだとか軽々にいうものじゃない」

「あん? なによー」

 言われたクレマンティーヌはふくれっ面で返す。

 クワイエッセは困ったような表情を浮かべた。彼には何故、自分の妹がこのように子供っぽい反抗的な姿勢をわざわざとってみせるのか理解が出来なかった。彼ら二人のすれ違いは、過酷な環境でクレマンティーヌの精神がゆがんだことに加え、兄であるクワイエッセが優等生的思考の範疇から抜け出せなかったことにも原因があるのだろう。

 

 2人のやり取りにも表情を動かすことすらなかった隊長が言葉を紡ぐ。

「クレマンティーヌ。その通りだ」

「え? なにが?」

「『占星千里』に『神聖呪歌』、両者とも死んだ」

 

 衝撃的な言葉が場を揺るがせた。

 しかし、それを放った当人は更に言葉を続ける。

 

「それだけではない。他の者も、だ」

 

 一度言葉を区切り、2人を見回す。

 

「はっきり言おう。漆黒聖典は壊滅状態と言える。生き残っているのは今この場にいる3名、それと番外席次のみだ」

 

 その言葉にクワイエッセが、そしてさすがにクレマンティーヌも息をのんだ。

 

「な、何があったのですか……?」

 かすれた声でクワイエッセが問うた。

 

 

 一度大きく息を吐くと、隊長は静かに語りだした。

 万全の態勢を整え、破滅の竜王討伐におもむいた際に起きた、三人の謎の存在との戦闘について。

 

「ダークエルフの少年少女に、全身鎧(フルプレート)の人物ですか?」

「そうだ。誰もが恐るべき力を秘めていた。そして、ダークエルフの少女が使った魔法、たった一つの魔法の行使により、その場にいた漆黒聖典の皆は、私を除いてすべて死に絶えた」

 

 想像を超えた、内容に唖然とするクワイエッセ。

 だが、クレマンティーヌは気になる事があった。

 

「あのさ、……その全身鎧(フルプレート)の人物っていうのはどういう奴なの?」

 

 その言葉に隊長はピクリと眉根を寄せた。そして、白銀の鎧に身を包み剣と盾で武装した、声からして男性らしい人物と告げた。「心当たりがあるのか?」という問いに、「いや、ちょっと気になっただけ」と返した。

 全身鎧(フルプレート)に身を包んだ凄まじい強さの男と聞いたため、エ・ランテルであった冒険者モモンの事かと思ったのだが、あちらは鎧は漆黒で、武装も大剣(グレートソード)を両手に2本持つという戦闘スタイルの為、別人だと分かった。それにそいつはツアーと名乗っていたらしい。聞いたことのない名前だ。

 

 クワイエッセはごくりと生唾を飲み込んだ。

「それで……完全装備で向かったとのことですが、……装備の回収は?」

 

 その問いに隊長は顔色を変えなかった。しかし、奥歯を噛みしめることまでは我慢できなかった。聞かれることは想定していたものの、それを口にするのは忸怩たる思いがあった。

 

「失われた。……全てだ」

 

 思わずクワイエッセとクレマンティーヌ、決して仲の良いとは言えない(クレマンティーヌが一方的に嫌っているだけともいうが)兄妹だったが、二人とも同様にあんぐりと口を開けて固まった。

 

 装備をすべて失う。

 漆黒聖典の者が身に纏う装備を。

 それは普通の者や部隊が、その武装を失ってしまうというのとはわけが違う。

 

 漆黒聖典に選ばれた者達が身に着けるものは、六大神もしくはプレイヤーらによってもたらされた『ユグドラシル』の装備が多く含まれている。それらは通常の武装と異なり、この地では再現できないような破格の効果を持つ物が多い。

 それが失われたとなると……。

 金銭に替えられるようなものでもないが、その損失は目もくらむほどだ。

 

 

 だが――。

 

 クワイエッセは緊張の表情を浮かべ、聞きにくい事ではあったがどうしても確認しなければならない事を聞いた。

 

「それで、カイレ様もおもむかれたという事ですが、……『ケイ・セケ・コウク』は……?」

「ああ、失われた」

 

 『ケイ・セケ・コウク』

 六大神が残した装備の中でも、最も強力にして重要と位置づけられるアイテムの中の一つ。その扱いは慎重に慎重を期したものとして取り扱われていた。通常はこの聖堂の中、漆黒聖典番外席次が守る宝物殿の中に厳重にしまい込まれ、六色聖典の神官長全ての許可が無ければ持ち出せず、現在においては法国に住むすべての国民の中で、漆黒聖典のカイレただ一人がその身に纏い使用することが許可されていた代物だ。

 その能力は他に比することすらできない。

 一度(ひとたび)その効果を発動すれば、強大な力を持つドラゴンだろうと、精神支配を無効化する吸血鬼の王(ヴァンパイア・ロード)だろうと、その精神をのっとり使用者の思うままに命令することを可能とする、まさに禁断のマジックアイテム。

 

 それが失われたという。

 さらには他の『ユグドラシル』装備も、そしてそれを使う人間たちまで含めて。

 

 

 現在、法国は未曽有の困難に巻き込まれていると言っていい。

 隊長を含めた陽光聖典の精鋭たち、総数で100人もいないうちの45人が失われ、更には魔法による監視を可能とする土の巫女姫が謎の爆発によって死亡。

 そんな状況下で、漆黒聖典がほぼ壊滅状態。身に着けていた強力な装備もすべて消失という悪夢のような事態だ。

 

 下手をしたら、今、自分たちは、法国始まって以来の難事に直面しているのかもしれない。

 

 

「犯人の目星はついているのですか?」

「それも分かっていない。おそらくそのダークエルフの2人組か、ツアーと名乗る人物のどちらかが持っていったのではないかと推測されるがな。伝承にある特定の物品の位置を探査するという魔法が使用出来ればよかったのだが」

 

 何もない空間を見つめ、記憶をたどるように静かに語りだす。

 

「あの戦闘、というかあの魔法によって、私は死なないまでも重傷を負った。何とか生き延びその場を離れ、法国の部隊が隠れて待機していた宿営地まで戻ろうとしたのだが、途中で気を失い倒れた。さいわい、異常を察して調べに来たその者達によって助けられ、宿営地まで運ばれて、そこで治療を受けることが出来た。何とか歩けるまでに回復し、控え部隊の者たちを連れて現場に戻った時には、すでに丸一日は過ぎていた。そして、そこには装備を剥ぎ取られた死体だけが転がっていた」

「魔法で焼け落ちた、とかではなくですか?」

「ああ。マジックアイテムならば魔法では焼失しないはずだし、死体には衣服を剥ぎ取るために、鋭利な刃物で切り割いた痕が残されていた。それに、ご丁寧に罠までな」

「罠?」

「死体だけでも回収しようとその場から動かすと、消費型のマジックアイテムによって魔法が発動するようになっていた。おかげで回収に連れていった者達に2桁に達する死者が出た」

「人を殺すほどの威力を持つ消費型マジックアイテムですか……。そのような希少な物を、こう言っては何ですが、遺体や装備の回収に来たような者達への嫌がらせのような罠に使用するとは……」

「物の価値的には、普通あり得んな。それにどれだけの価値があるのか知らないのか、もしくは仕掛けた本人にとっては大した価値がないものなのか」

 

 そう言って大きく息を吐いた。

 

「とにかく戦力の補充が急務だ。そこにあった漆黒聖典の者達の遺体は回収したが、あまりにも損壊が激しい。蘇生魔法がうまく使えるか、仮に使えて復活できても、その際に減少した戦闘力が回復できるのか。今、神官長会議の議題になっているが、全くどう判断されるか読めない状況だ」

 

「ふぅん。そんなときに私は帝国で頭のおかしな連中相手に、鼻先に人参振り回す役やってていいの?」

 クレマンティーヌのもっともな意見。

「ああ。そちらも重要な案件であるからな。その教団には帝国上層部の人間も多く参加している。上手く使えば帝国そのものを動かすことも可能になるほどな。手を引くことは出来ない。それに……今、下手に動いて、お前があいつらとぶつかっては困る」

「私じゃ勝てないと思ってる?」

「そうだ」

 

 断言する隊長。

 普段のクレマンティーヌなら、その言葉にかみついただろう。だが、彼女はつい先日、エ・ランテルで冒険者モモンの繰り出す凄まじい剣技を目の当たりにしている。だから、続く隊長の言もすんなりと受け入れることが出来た。

 

「おそらくあの者達は……『ぷれいやー』の可能性がある」

 

 もはや今日だけで何度驚き、言葉を失ったか分からなくなるほどだったが、クワイエッセは目を見開いた。

 

「まさか……そんなことが……」

「決しておかしな推測ではない。こう言っては何だが、私とまともに戦い、他の漆黒聖典の者達を容易く殺しきるほどの力量の持ち主だ。それと……伝承にある100年目がそろそろなはずだ」

「法国でも限られた者のみに、極秘裏に伝えられる伝承……。100年に一度、『ぷれいやー』という存在がこの地に現れる、という言い伝えですか」

「ああ、そうだ。そして『ぷれいやー』は人間に限らず、亜人や怪物(モンスター)、はたまた悪魔などの可能性もあるという。ダークエルフが『ぷれいやー』であっても、何ら不思議はない」

「『ぷれいやー』は人間に友好的とは限らない、でしたか?」

 

 隊長はうなづいた。

 

「歴史や伝承を研究している者によると、過去の例からして、亜人等の国を率い人間の国と敵対する場合も多くあるそうだ。まあそれでも、食人や虐殺を普通にする通常の蛮行に比べて、比較的人間に対して融和的な姿勢をとる事が多いらしいが」

「……この近辺ではダークエルフは地位が高いとは言えませんね。とくに我が国では」

「そうだな」

 隊長は苦笑した。

 人間という種を守るために行ってきた人間優先策だが、他の種族の者からすれば怒りを買いかねない政策だ。『ぷれいやー』は特に種族の繋がりやこだわりは薄いと言われているが、それでも同種の者が迫害されているとしたら、決して良くは思わないだろう。そうなれば、その国、特に法国とは敵対する可能性が高い。

 

 仮に『ぷれいやー』と敵対したのならばどうなるか?

 その保有する装備や配下の者達がどれだけいるのかにもよるが、少なくとも甚大な被害が出るのは予想できる。ましてや、今の法国は中枢を担う最精鋭の者たちが大損害を受けている状態だ。

 

 しかも、最悪の場合、奪われた『ケイ・セケ・コウク』を向こうが逆に使用してくる可能性もあるのだ。

 

 

 下手をしたら法国が――いや周辺国までが亡ぶ可能性もありえる。

 

 

 その想像にクワイエッセは身を震わせた。

 

「とにかく、相手が分からないことにはこちらも対応のしようがない。可能ならば、偶然の結果として戦闘になったことを詫び、法国に迎え入れたいところだが」

「はい、そうですね。では私はどうすれば?」

「クワイエッセ。お前にはトブの大森林の調査を頼みたい。とにかく今は全く情報がない状態だ。ツアーという奴も気がかりだが、まずはダークエルフの2人を優先しよう。かつて破滅の竜王が光臨するまでダークエルフがトブの大森林を支配していたと聞く。もしや、トブの大森林内のどこかにダークエルフの集落があり、そこにその二人が身を寄せている可能性もある」

「はっ。かしこまりました」

「クレマンティーヌ。先ほども言ったが、お前はバハルス帝国で邪教集団の管理だ。決して目立たず、何か異常の兆候があったらすぐに連絡しろ」

「はーい」

 

 そうして兄妹が席を立ち、扉へ向かおうとする。

 

 

 その背に、思い出したように隊長は声をかけた。

 

「そうだ。クレマンティーヌ。お前はエ・ランテルに行っていたそうだな」

 

 突然かけられたその言葉に、思わず背筋がピクリと動く。

 

「え……? う、うん。そうだけど……なにかした?」

「最近、エ・ランテルに現れた冒険者モモンという男を知っているか?」

 

 心臓がドクンとはねた。

 冒険者モモン。決して忘れられる名前ではない。

 陽光聖典隊長暗殺の後、自分がエ・ランテルに行っていたことは報告したが、カジットらの事やモモンと接触した一連の事は言ってはいない。

 なぜ、ここでモモンの名が出て、それを自分に尋ねるのだろうか?

 

「うん。知ってるよ。まあ、知ってるって言っても少し話したくらいだけどね」

 

 とっさに、全ては話さず、わずかな真実のみを一部話すという対尋問のやり口で誤魔化した。

 

「どんな男だ?」

「どんなって言っても、それこそ本当に少ししか話してないしね。まあ、なんというか変に、って言っていいのかな、とにかくこう余裕のある態度で話すような奴だったかな。それと普通は両手であつかう大剣(グレートソード)をそれぞれの手に一本ずつ持って二刀流で戦うみたい」

大剣(グレートソード)を二刀流?」

 

 傍で聞いていたクワイエッセが思わず声を出した。

 

「そうか。たいした膂力の持ち主だな。それで強さは?」

「……かなり強いみたいだけど」

 

 自分がズーラーノーンとつながっていた事、そして法国を裏切ろうとしていた事を感づいた上で質問しているのだろうかと身を固くするクレマンティーヌ。

 だが、当の隊長は特に探るような気配も見せず、沈思黙考した。

 

 

「そのモモンという男がどうしたんですか?」

 

 クワイエッセの問いに「実はな……」と前置きして話す。

 

「先だって陽光聖典の部隊が王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ抹殺の任を帯び、王国内で工作を行った。だが、任務は失敗。ガゼフ・ストロノーフに返り討ちに遭い、部隊は壊滅。隊長であったニグン・グリッド・ルーインは生きたまま捕らえられ捕虜となった」

「うん。知ってるー。私がそいつ殺しにわざわざ派遣されたんだもんね」

「そうだ。その隊長のニグンという者だが、出撃に際し、神官長からあるアイテムを渡されたそうだ」

「それは?」

「魔封じの水晶だ。しかも、それには威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する魔法が封じられていたそうだ」

 

 

 魔封じの水晶。それ自体が非常に貴重で、その一つ一つは法国でも厳重に管理されている代物だ。

 その上、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)だという。200年前、魔神が大陸中を荒らしまわった際、魔神の一体を単騎で葬り去ったという、伝説クラスの天使だ。

 それが召喚できる魔法が込められた魔封じの水晶など、いったいどれほどの価値があるのか、そしてそれを持つ者が捕らえられたということは、法国がそれを失ったという事であり、いったいどれだけの損失であるのか。考えるだけで眩暈がするほどであった。

 

「それでぇ? 確かにとんでもないことだけど、それがモモンと何の関係があるの? あ、ちなみに陽光の隊長殺した時は特に何も持ってなかったみたいだけど」

「……例のエ・ランテルでのズーラーノーンが起こしたアンデッド騒ぎの際、冒険者モモンは魔封じの水晶を使い、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚したそうだ」

 

「「!?」」

 

 

 エ・ランテル近郊で失われた、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚できる魔封じの水晶。

 そして、それが失われてからすぐ後、エ・ランテルで威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚できる魔封じの水晶が使われた。

 

 二つを結び付けるのはオークですら簡単な事だった。

 

「考えられるのは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと何らかのつながりがあり、陽光聖典を倒した際に手に入れた魔封じの水晶を譲り受けた、か」

「それは……さすがに無理が。どう考えても王国戦士長が、価値をはっきりと分かっていなかったと仮定しても、おいそれとマジックアイテムを譲り渡すとは思えません。ましてや自分を殺しに来た法国の人間が持っていた物を」

「そうだろうな。次の可能性としては、陽光聖典を倒したのは本当は冒険者モモンであり、その際捕らえた陽光聖典の隊長をガゼフに引き渡した」

 

 確かに。そちらの方が可能性としては高い気がする。

 

 だが、どちらにせよ、それは推測にすぎない。

 実際に調べてみないことには真相は分からないだろう。

 

「ふむ。……いっそ、暗殺した陽光聖典の隊長の死体を回収するか。漆黒聖典の者達は復活魔法が使えるかどうかすら分からんほどだ。それならば、そちらを復活させて話を聞くという手もあるな。戦力の回復としても陽光聖典の隊長ならば実力はあるだろうし」

「ああ、スティレットで後ろから首筋をグサッとやって殺したから、死体の損壊は少ないはずだよー。ただ、死んでからけっこう経ってるはずだから、腐ってるかもしれないけどね」

 

 暗殺した時の様子を手で再現しながら、クレマンティーヌが陽気に喋る。

 

「まあ、話はあげておこう。打てる手が多いことは良い事だ。確認してみて駄目だったら諦めればいいからな」

「それで、隊長。モモンの方の調査はどうします? 風花の方に頼みますか?」

「そちらにも依頼するし、戦力の拡充という意味で次席だったボーマルシェに漆黒聖典としての席次を与え、調査させようと思う」

 

 クワイエッセはなるほどとうなづいた。ボーマルシェの事は知っている。かの者ならば立派に漆黒聖典としての責を任せられるだろう。

 

「そのぐらいだな。では、行くがいい」

 

 そして今度こそ、二人は部屋を出ていった。

 

 

 

 他の者がいなくなった部屋の中で一人になった隊長は、

「あー、疲れた」

 と、組んでいた手を外し、背もたれにぐいっと寄りかかった。

 

「参ったことになったなぁ」

 独りごちる。

 そう口にする言葉は、魔法の仮面によって作られた20歳程度の姿ではなく、彼本来の、年相応のものだった。

 

 漆黒聖典の者達、すでに彼を除いて3人しかいないが、彼らはもちろん自分たちの隊長が任務の際に魔法の仮面で隠す本当の年齢は知っている。

 まだ若いながらも、その強さから漆黒聖典第一席次を任されているのだと。

 

 だが、そうは言っても上位者として命令を出すのには威厳も必要だ。その為、他の者と話す際には、先ほどまでのように硬質で威圧的な口調で話す必要があった。まかり間違っても、ボクとか言って子供っぽい口調で話すなどという訳にはいかないのだ。

 

 

 やるべき事、考えるべき事は山積みだ。

 

 死亡した者達の復活。戦力の拡充。あのダークエルフたちと鎧の人物の調査。失われた『ケイ・セケ・コウク』の捜索。冒険者モモンの素性の調査……。

 

 頭を抱えたくなる。

 いっそ、逃げ出してしまいたい。

 なんだか、病気もしていないのに胸の内に違和感のようなものが湧いてくる。これが胃が痛くなるという感覚なのだろうか?

 

「はぁ」

 

 正直、強さだけなら法国でも随一、いや番外がいるから2番か、とにかく指折りの強さを持つ彼だが、やはり中身はまだ少年と言ってもいい年齢なのだ。あまり頭を使うことを期待されても困るというのが本音だ。

 

 しかし、かと言ってやらないという選択もまたできない。

 自分は神人として覚醒した特別な人間であり、それに見合った責任があるのだから、と気を取り直した。

 

 少し斜に構えたり世の中に疲れた大人なら、特別な人間だっていうのと、だからと言って押し付けられる責任とは全く無関係だろ、と言い出すのだろうが、まだ若い少年は法国の理想を信じている。責任ある立場として裏の汚れた面を見はしても、大義の為だから仕方ないと誤魔化せるだけの純粋さを持っていた。

 

 それが果たしていつまで持つのか? そしてそれを信じられなくなったとき、仕方ないと割り切るか、それとも絶望するかは、先の話であり誰にも分からなかったが。

 

 

 とにかく、今は頭を悩ませることばかりだった。

 すこし、休みたいと思うが、そんなことをしている時間もない。

 

 立った状態でも地に着くかと思うほどの長さがある黒髪をいじる。邪魔になる事が多いから切ってしまいたいのだが、自身の能力に関わるため短くする事も出来ない。

 指ですくと、さらさらとした感触が手に残る。

 『占星千里』は綺麗な髪でうらやましいと言っていた。その彼女もすでに亡くなってしまい、復活させられるかも微妙な状況だが。

 

 そんな髪先を指でくるくると巻いていると、ふと不安が巻き起こる。

 

 考えすぎるとハゲるっていうけど、本当かな?

 今からこんなで、将来的に髪とか大丈夫なんだろうか?

 そうなったらポーションとか効くかな?

 

 少年特有の悩みにより、彼の意識は知らず知らずのうちに現実逃避という休憩に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 




 クレマンさんがまだ裏切っていないので、いまだに第九席次はクレマンさんのままです。
 そのおかげで、ボーマルシェ(カラコン君)はまだ第九席次についていませんでした。その為、アウラ、マーレとの戦闘には参加しておらず、いまだ生存しています。



――――思い付きネタ――――


 『エクレアの長い旅』


 青臭い匂いが鼻をくすぐり、エクレア・エクリール・エイクリアーは目を覚ました。
 その身を起こし、辺りを見回すが、そこは見覚えのない光景。
 
 うっそうと茂る緑の草木。
 耳に響くのは聞いた事もないような鳥の鳴き声。
 昼なお暗き原始林。

 そんなところにエクレアは一人横たわっていた。

 一瞬、ナザリック第六階層の密林にでも迷い込んだかと思ったが、肌に感じるいつもと違う心地よさの感じない空気、何かから切り離されたような感覚から、ここがナザリック地下大墳墓の中ではないことが察せられた。

「ふむ。ここはどこでしょうね」
 呟くが応える者もいない。

 困惑顔で、その頭の左右にはねた金の飾り羽を櫛でとかそうとし――。

 ――いつも後ろに控えている男性使用人すらもいないことに気がついた。


「とにかく、まずはこの森を出ましょうか。ここはこの私にふさわしいとは到底言えませんし」

 そうして、エクレアはこの森を出るため歩き出した。



 ――5日後。

「はて? 何でござろうか、これは?」

 縄張りの見回りに出ていた森の賢王は、不思議な匂いをかぎ取り、その場に行ってみると、そこには今まで見たこともないものがあった。
 どう考えてもそんなに小さくては飛べないだろうと思われる翼を持った、白黒模様の奇妙な鳥の死骸であった。

 原生林の下生えはペンギンの足では歩きづらく、エクレアは森の外に出る前に餓死した。

 
 そうしてエクレアの旅は終わった。


     終

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