2016/5/21 「さらなる忠誠と」 → 「さらなる忠誠を」 訂正しました
2016/11/13 「例え」→「たとえ」 訂正しました
2017/5/4 「事割」→「
自分たちの創造者であり崇拝すべき主人が去ってなお、姿勢を崩すものはいなかった。
やがて、アルベドが立ち上がり、それに続くように他の者たちも体を起こす。
そして誰ともなく口を開いた。
「すごかったね、お姉ちゃん」
「うん。あれが本当のモモンガ様なんだね」
「さすがはモモンガ様。我らが仕えるお方」
「ウム。強イコトハ分カッテイタガ、マサカコレホドマデトハ……」
みな口々に、ナザリック地下大墳墓の支配者モモンガの力を褒め称える。
それは皆の心のうちとして、しごく率直なものであったが、別の意味合いもあった。
あえて、ある事を話題に出さぬように、と。
「しかし」
遂にデミウルゴスが頭を振りながら、声を出す。
「まさか、ベルモット・ハーフ・アンド・ハーフ様のご息女とは……」
その言葉に皆が口をつぐむ。
思い返すのは先ほどの光景。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人間が何故、この場にいるのかという事は皆疑問に思っていた。
だが、主であるモモンガも特に気にも留めずにいたし、当人も何も発言せずにいたため、聞く機会を失っていたのだ。
だが、アルベドが遂にそれを質問した。
そして、アルベドが語った内容は驚愕に値するものだった。
第10階層、それも最奥部の玉座の間はナザリックの心臓部。守護者統括アルベドの他は、ナザリックに属するものでさえ通常の立ち入りを許可されない場所だ。
そんな場所に人間が。ひ弱で愚かな人間の、それも少女が入っていたというのだ。
しかも、我らの創造主、至高なるアインズ・ウール・ゴウンに名を連ねる41人の御方々しか保有を許されていない秘宝リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをその指にはめている。
その事実に、皆胸の内にどろどろと蠢くものを感じていた。直接的な攻撃などの行動はとっていないものの、その感情の発露はまるで視界が歪むような濃密な悪意として発せられていた。
だが、そんな中、少女は表情を変えることなく前へ出て微笑みながら言ったのだ。
「皆さん、初めまして。私はベル・ハーフ・アンド・ハーフ。アインズ・ウール・ゴウンの一員であるベルモット・ハーフ・アンド・ハーフの娘です」
と、
その言葉に守護者一同、呆然とした。
「皆さんの事は父からよく伺っています。残念ながら、父はある理由からしばらくこの地を離れなければならなくなりました。そこで私が父の代理として、ここ、ナザリックへと遣わされました。至らぬところもあると思いますが、よろしくお願いします」
「うむ。そういうことだ。彼女、ベルにはベルモットさんの代理として働いてもらう。ベルモットさんの保有するアイテムや私室の使用を我が名において許可する。また、ナザリック内での地位だが、ベルモットさんの代理ということであるがまだ経験が不足しているため、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たち同等とはせず、それより一段下とする。異論はあるか?」
全員、突然の事にまともな思考をすることすらできない。それに至高なる主の決定に異論をはさむ者などいるはずもない。
「では、皆よ。各々の働きに期待しているぞ」
そう言って、モモンガとベルは転移していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「シ、至高ナル御方ノゴ息女……、ワ、私ハナントイウコトヲ……」
ガッと音を立ててコキュートスが膝をつく。
本来なら、たとえどんな敵が来ようとも決して怯むこともないであろうその巨大な体躯が、今は風にすら吹き飛ばされそうなほど、とても弱々しく小さく見える。
だが、それはこの場にいる守護者、並びにセバスも一緒だ。
自分たちが警戒し敵意を見せた相手が、自分たちの創造主であり無限の敬意を払い崇拝する至高の41人の御方の娘だったのだ。しかも、至高の41人の中でも最も英知に優れ、最後までこの地に残ってくださった偉大なる支配者モモンガ様も、彼女の事はアインズ・ウール・ゴウンの方々よりは下としながらも、丁重に扱うように命じられたのだ。
そのような人物に知らずとはいえ、あのような無礼なふるまいをした責。
一体、どのようにして償えばよいのか?
全員に暗澹たる思いがのしかかる中、アルベドが声を発した。
「落ち着きなさい。確かに先だっての件は私たちの失態。これは誤魔化しようのないものよ。でも、ならばこそ、さらなる忠義と功をもって、無礼を覆すべきだわ」
アルベドの言葉に皆、上を向く。
先程の件、誰が最も罪が重いかというと、間違いなくアルベドだ。たとえ、守護者全員の総意として疑問を呈したとしても、至高なる方の前で異論を口にし、至高なる方の娘を疑ったのはアルベドである。本来なら、とんでもない大失態であり、この場で自害してもおかしくないほどの衝撃を受けているのであろう。
だが、そのアルベドが言っているのだ。
罪を功ですすげと。
最も重き罪を背負い、最も慙愧の念に心奪われるはずの者が言っているのだ。
前へ進めと。
その言葉に、皆、心を新たにする。
至高なる御方にさらなる忠誠を、至高なる御方にさらなる栄光をと。
「確かに。これからますますの働きをもってナザリックに貢献し、ベル様に報いるべきだろうね」
デミウルゴスは続ける。
「ナザリック最大の問題であった御世継ぎに関して、一先ずの解決はなされたようだしね」
皆が、デミウルゴスの顔を見た。
「至高なる御方々はモモンガ様を除いて皆、姿を御隠しになられた。だが、もしかするとモモンガ様も他の方々と同様に『りある』に旅立たれ、戻ってこられないかもしれない。そうなった時、我々は一体、どなたに忠義をささげるべきだろうか」
「それは不敬な考えではありんせんか。そうならないように忠義をつくし、ここに残っていただけるよう努力すべきでは?」
「ああ、それはもちろんさ。シャルティア。だが、万が一のことも考えておくべきだろう」
モモンガ様が、このナザリックを去られる。
この場にいる皆、考えただけで身が凍り付くような思いだ。
だが、仮にそうなったときに、アインズ・ウール・ゴウンの後継者、新たな支配者がいたら……。
「なるほど。至高なる御方の血を引く御方、……これ以上にふさわしい存在はないかもしれないでありんすね」
「フム。……シカシ」
「どうしたんだい、コキュートス?」
「イヤ、ベルモット・ハーフ・アンド・ハーフ様ハ、アンデッドダッタハズ。ドウヤッテ子孫を残サレタノカ、ト思ッテナ」
「確かに。不思議な気がするでありんすね」
「あー、うん、そうだねー。ベルモット様の娘なのに、ベル様って人間なんだよね」
「恐れながら」
セバスが口をはさんだ。
「確かにベル様は人間のようでしたが、完全な人間とも言い難いような、アンデッドに似た気の波動を感じました」
「え、ええと、それってもしかしてアンデッドと人間のハーフとかですか?」
「聞いたことはないが……、あるかもしれないね。たしかモモンガ様は通常の魔法の
おお、と皆が自分たちの支配者モモンガの偉大な魔導の一端を聞き感嘆の声をあげた時、
「デミウルゴス!」
叫び声をあげた人物がいた。
叫んだのは誰であろうかアルベドである。
殺気立ち、血走った眼を大きく見開いたその姿は、悪魔であるデミウルゴスでさえ一歩退きたくなるような光景である。
「デミウルゴス」
「……なにかな? アルベド」
「デミウルゴス、さっきの話は本当なの?」
「さっきとは?」
「モモンガ様の! その超位魔法を使えば! アンデッドとも子を作れるという話よー!」
「……ああ、……おそらく、出来るのではないかと思うがね」
「くくく」
「ふはははは」
「はーっはっはっは!」
含み笑いから笑い声、そして哄笑と三段階でボルテージを上げて声をあげる。
「今! この瞬間をもって、私とモモンガ様の間をたがえるものは存在しなくなった! その魔法さえあれば、その魔法をモモンガ様ご本人が使ってくだされば、モモンガ様とこの私の子供がー!」
異様なテンションに皆一歩下がって距離をとる。
だが、一人だけ、距離をとるどころか距離を詰めた者がいる。
「あら、アルベド。その脳どころか脊髄まで筋肉で詰められているから、あなたは気づかんせんけど、どうせ、次世代の子を産むのならば同じアンデッド同士の方がよろしいと思わせんこと」
その声にギッと振り向く。
「至高なる御方には最高の女こそ、横に立つのがふさわしいと思わないのかしら?」
「最高? それはペロロンチーノ様から、最高の要素を詰め込んだと言われたこの私の事でありんせんか?」
「あら? 詰め込み過ぎでどの要素も薄まってしまっていると思うけど? その薄まった分を埋めるために胸だけマトリョーシカ構造なのかしら?」
「あん? 何言ってんだ、大口ゴリラ」
「蒲焼にしたうえで食べずに捨ててあげましょうか、ヤツメウナギ」
睨みあう二人と関わり合いになりたくないと無視を決め込んで、デミウルゴスはマーレに声をかけた。
「ところで、マーレ。君はなぜ女性の服を着ているのかね?」
「あ、ええと、ぶくぶく茶釜様が選んでくださった服です。
ふむ、とデミウルゴスは考える。至高の御方が選んだ服というのなら、それが正しいのだろう。そう言えばアウラも一見、男子にしか見えないような服装だし、先のベル様もお父上であらせられるベルモット様を真似てか、ボロボロになった男物のスーツを着ていた。
だが、シャルティアは普通に女物の服だ。
至高の御方には、子供に男女の性別が逆の服を着せる習慣があったのだろうか? シャルティアはアンデッドだから別ということで。
「じゃあ、モモンガ様がその辺の女に手を出していたとでも言うのかしら?」
「モモンガ様がその手に抱くのはこの世で最も素晴らしい女。つまり私でありんすね」
デミウルゴスが思考に浸っている間にも、アルベドとシャルティア、二人の言い争いはまだ続いていた。
「はあ? あなたもまだ抱かれてないんでしょ。じゃあ、どういうつもり、あなたまさか、モモンガ様が童貞だとかおかしなことを言う気なのかしら?」
二人のやり取りに正直うんざりしてきた時、思いもがけない人物が声を発した。
「えー? マジ、『どーてー』? きんもー☆! 『どーてー』が許されるのは、『しょーがくせー』までだよねー」
アウラの言葉にアルベドは吹き出し、シャルティアはこぼれそうなほど目を吹き出し、デミウルゴスは凍りつき、セバスは顔を引きつらせ、コキュートスですらあんぐりと口を開けた。
その場の者たちの中では、言った当人のアウラと意味が分からなかったマーレだけが普通にしている。
「お、お姉ちゃん。『どーてー』とか『しょーがくせー』とかって何?」
「ん? 知らないけど、『どーてー』っていうのには、そう言うんだってペロロンチーノ様が言ってた」
ペロロンチーノ様が!
姿を御見せにならなくなったとはいえ、至高の41人の方がおっしゃったというのなら、そこには深い意味があるのだろう。
何とも言えない空気の中、デミウルゴスが口を開く。
「あー、ではアルベド。雑談もこれくらいにして、我々に指示をくれないかね」
「そ、そうね。では、モモンガ様の意にかなうための立案するわ。先ず……」
「「――ペロロンチーノ!!」」