オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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諸国の現状認識を2話くらいでやろうと思ったのに、書いても書いても終わらない……。


2016/3/20 タイトルの数字が半角だったので、全角に直しました
2016/3/21 「背後関係とか現われたりする」→「背後関係とか洗われたりする」 訂正しました
2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/7/28 「意味にない」→「意味のない」 訂正しました
2017/5/17 「剣の元」→「剣の下」、「スケリトルドラゴン」→「スケリトル・ドラゴン」、「開けてた」→「空けてた」、「例え」→「たとえ」、「超えて」→「越えて」、「行った」→「いった」、「建てられた」→「立てられた」、「収める」→「治める」、「シャドーデーモン」→「シャドウデーモン」、「来ていた」→「着ていた」 訂正しました
ナザリックの階層をアラビア数字に直しました


第27話 諸勢力の思惑ー2

「それで、どう思う?」

 

 そう言って、部屋の主は振り向いた。

 

 その目に飛び込んでくるのは、絢爛(けんらん)たる光景。金や銀は言うに及ばず、鮮やかな色の奔流(ほんりゅう)が室内にひしめいていた。高い天井は黄金、四方の壁にはつづら折りに鮮やかな色の垂れ布が張り巡らされ、壁際に並べられた調度品にはダイヤモンド、サファイア、ルビー、オパール、エメラルド等、ありとあらゆる宝石が惜しげもなく使われている。もし盗賊がこの部屋に入ったら、どれを盗もうか思案しているうちに日が昇るだろう。

 

 だが彼は、それらの目もくらむような調度品を一顧だにしなかった。

 

 この豪奢な部屋の持ち主、いや、このバハルス帝国全ての主である『鮮血帝』ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの視線は、深紅のソファーに腰掛け、読み終えた報告書をラピスラズリの天板をはった机に置き、目を閉じ黙考している人物に向けられていた。

 

 白色のローブに身を包み、髪もひげもすべて完全に色が抜け落ちるほどの老人。

 彼こそ常人には到達できぬ遥か長き時を生き、第六位階魔法というとてつもない魔術の頂に到達した伝説の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。フールーダ・パラダインその人であった。

 

「申し訳ありませんが、分かりかねますな」

 

 だが、フールーダはその頭を横に振った。

 

「第七位階魔法に〈死者の軍勢(アンデス・アーミー)〉という魔法がございます。これは低位のアンデッドを際限なく召喚し続けるというものですが、これはあくまで一つ所よりアンデッドを召喚するというもの。この報告書によると、ここに書かれていることが事実だとするならばですが、エ・ランテルで起こった件においては、まず霧が発生し、この霧が立ち込めているところからアンデッドが現れたとのこと。このようなアンデッドを生み出す霧というのは聞いたことがございません」

「仮にこの帝都で同様の事態が起こった時、対処できるか?」

「死の螺旋と呼ばれる現象がございます。大量のアンデッドが集まる場所では、より強大なアンデッドが生み出されるのです。お聞きの帝都で起こった場合の対処ですが、初動が肝心となるでしょう。低級のアンデッドしか出現しない状況のうちに、速やかに戦力を投入し解決を図るのが最善でございますな。エ・ランテルの場合では対処が遅れに遅れ、これは未確定情報ながら、デスナイトまで現れたとの報告まであります」

「デスナイト? なんだそれは?」

「伝説級のアンデッドでございます。圧倒的な白兵能力を持ち、おそらく個としては最強クラスでしょう。そして、その剣の下に伏した者は、()の者に従うアンデッドとなり、更にそのアンデッドに倒された者はまたアンデッドになり……と際限なく不死者の軍勢を増やしていくという特性を持っております」

「ふむ。……帝国魔法院の奥に捕らえてあるという奴か?」

 

 じろりとしたジルクニフの視線に、フールーダは顔色一つ変えなかった。

 

「あのう、フールーダ様」

 

 そんな二人の視線のやり取りに物怖じもせず声をかけたのは、向かい側のソファーに腰掛ける帝国四騎士の1人、バジウッド・ペシュメルである。この室内にはジルクニフとフールーダの他に、10名程度の帝国上層部の者達、ジルクニフの懐刀といえる者達が同席していた。

 

「圧倒的な白兵能力って言ってましたが、そのデスナイトって奴はどのくらい強いんですかい?」

 

 いかに帝国四騎士とはいえ、フールーダとの序列の差は明確であり、その野卑な言葉は礼を失していると叱責されかねないものであったが、その場にいた者達はそんなこと気にも留めない。彼は自分の主人である皇帝にすら、こうした表の目がないところに限るが、このような口調で話しかけ、当のジルクニフもそれを許しているのだから。

 

「ふむ。そうだな。……表に名を出している者に限れば、王国戦士長ならばなんとかといったくらいか。裏の者たちまで含めるとさすがに判断つかんがな。すこし想像してみるがいい。アンデッドの特性として全く疲労もせず、手傷を負わせてもひるむことなく完全に息の根を止めるまで闘い続ける()の王国戦士長。そして、その剣にかかった相手がアンデッドとなり復活していく様を」

「うわ。そりゃ凄いですな」

 

 思わず顔をゆがめた。

 幾たびか戦場で見かけ、その戦いぶりを目の当たりにしたことがあるが、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの剣技は余人の追随を許さない。それに、今言われたような特性がつくとなれば、悪夢としか思えない。

 

「私も少々よろしいでしょうか? そのデスナイトというアンデッドですが、フールーダ様でしたら討伐できるのでしょうか?」

 

 バジウッドの隣に腰掛ける、同じ帝国四騎士の1人、ニンブル・アーク・デイル・アノックが質問した。

 今の説明であった恐ろしい能力を誇るアンデッド。それが主の言によればここ帝都の帝国魔法院内にいるというのだ。もし、それが逃走した場合、対処できるのかという不安からの言葉だった。

 

 その問いにフールーダは、「出来るとも」と首肯した。

 

 逡巡すらない答えに、その場にいた者達は「おお……」と感嘆の声をあげた。

 

 フールーダはその場にいる者達に、教授するように丁寧に説明した。

 

「先ほど言ったようにデスナイトは恐ろしい能力を保有する。だが、決して対処法がないという訳ではない。デスナイトは近接能力には長けていても、遠距離攻撃能力が全くないのだ。だから、その剣の届かぬ場所からの遠距離攻撃を行えばよい。そうは言っても、弓や弩など通常の射撃武器で到底倒しきれるものではない。また、そうしているうちに近づかれてしまうだろう。高い足場や濠などで地の利をとったとしても、その剛力と耐久性の前にいつかは剣の間合いまで接近されてしまう事は避けられない。それゆえ、飛行の魔法で上空から魔法による攻撃を加えるのが最も良い」

 

 そこまで言ったところで、目の前に置かれた象牙の杯をあおり、その口を湿らせた。

 

「とは言え、私一人で倒しきるのは少々難しいな。帝国魔法院の者達を動員して波状攻撃をした方が確実だ。かつて、カッツェ平野に現れたデスナイトを捕獲した時はそのようなやり方をとった。ただ、それはあくまで障害物の無い場所だからできたこと、市街地での戦闘になった場合は、デスナイトもただ黙ってやられず遮蔽物の影などに移動するだろうから、魔法攻撃も効果的にはできないだろう。それにその特性上、デスナイトに殺された者はアンデッドになるため、その手下を作らせぬよう、付近の人間の避難が重要になるだろうな」

 

 皆が「なるほど」と頭を上下させる中、ジルクニフは口を開いた。

 

「しかし、フールーダよ。そのデスナイトとやらはエ・ランテルに現れたのだろう? エ・ランテルは都市だ。そして、当然ながら帝国の様に魔法使いも多くはない。一体、どうやって倒したというのだ? もしや、お前がこっそりエ・ランテルにでも行って倒してきたのか?」

 

 思わず、部屋に笑い声が響く。フールーダはその白いひげをしごきながら答えた。

 

「そのデスナイトが倒された瞬間は目撃されておりません。そもそも、デスナイトらしき姿が多くの者に目撃されたというだけで、それが実際にデスナイトであったかは確認されておりません。見間違いの可能性ももちろんございます。ただ、デスナイトをも上回るだろう存在が召喚されておりますので、それならば倒すことも可能かと思われます」

「デスナイトを上回る存在? 今、お前が散々強大だと言いつのっていたデスナイトをか? 一体なんだ?」

「はい。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)でございます」

 

 聞いたことのない名前に一同首をひねった。

 

「? そいつは強いんですかい?」

「200年前、十三英雄の時代に暴れていた魔神を単騎で倒したほどの天使と言えば分かるかな?」

「魔神を!?」

「ちょっと待て、フールーダ! 魔神を単騎で倒す? それほどの存在をいったい誰が、どうやって召喚したというのだ? お前ならば出来るのか?」

「いえ、私でも不可能ですな」

 

 それを口にした瞬間、ひげで隠された口元がわずかに歪められた。

 

「なんでも、それの召喚魔法が込められた魔封じの水晶が使用されたという事です」

「いったい、誰が?」

「冒険者『漆黒』のモモンだそうです」

 

 ちらりと、傍らのロウネ・ヴァミリネンに目をやる。

 そして、ロウネは先にフールーダへ語った説明を、皆の前で繰り返した。

 

「冒険者『漆黒』のモモン。このアンデッド騒ぎが起こるわずか前、エ・ランテルに姿を見せた人物です。そして、街に現れた直後、冒険者として登録。仲間はルプーという名の褐色の肌を持つ赤毛の女神官のみ。依頼で数日、街を離れている間にアンデッド騒ぎが起き、帰ってくると同時にアンデッドの大群を蹴散らし、多くの民衆が救助を待つ避難所へ急行。そこで魔封じの水晶を使い、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚。そして、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は住民保護の為に避難所へ残し、自分たちのみで墓地に向かい、事の発端となったズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒して騒動を解決したそうです。その後、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を引き連れ街中のアンデッドを駆逐していったのだとか」

 

 「はぁ」というため息しか出ない。

 

「え? つまり、そのモモンとかいう奴は。わざわざ呼び出した威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)も使わずにズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒したって事か?」

「はい。しかもその際、ズーラーノーン配下の者の他、スケリトル・ドラゴン2体を撃破したらしいです」

「スケリトル・ドラゴンを2体? 仲間はルプーっていう女神官だけなんだろう?」

「いえ、それ以外にトブの大森林に生息していた魔獣『森の賢王』を屈服させ、仲間にしたらしいですが」

「いや、それにしても凄えな。スケリトル・ドラゴン1体ならともかく2体同時。それもズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)までとはな」

「ええ。エ・ランテルの冒険者組合はその実力と功績を評価し、特例ながら評価試験無しでミスリルのプレートを渡したそうです」

「ミスリル!?」

 

 通常、冒険者の階級は評価試験を受けることによって上昇する。上のランクの評価試験を受けるためには、現在の階級の依頼を5回以上こなさなければならない。その地道な研鑽を飛ばして、初期の銅から6つは階級が上のミスリルに一足飛びに上がるとは……。

 

 

「なるほど。冒険者『漆黒』のモモンか」

 

 ジルクニフがつぶやいた。

 

「それで、その男が凄いのは分かった。で? 詳しい素性は?」

「それが……全く分からないのです?」

「? どういう事だ?」

 

 ロウネは額の汗を拭き、答えた。

 

「このモモンですが、……エ・ランテルに現れる前の経歴が全く分からないのです。調査したのですが、それらしい人物の情報は皆無。また、常にその名のごとく、漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に着けており、その素顔も明らかではありません。エ・ランテルに流れる噂レベルですが金髪碧眼の偉丈夫、禿頭で銀の顎髭を生やした男、黒目黒髪の壮年男性、はたまた目も冴えるような美しい女性などという話まで」

「なんだ、そりゃ? ずっと全身鎧(フルプレート)を着たまま? 飯とかどうしてるんだ? 冒険者なら護衛とか長期の任務もあるだろ」

「食事等をしているところをだれも見ていないのです。人前で食事をしないという、宗教上の事だとかで」

 

 それを聞いた者達は不思議な表情を浮かべる。あまりにも奇妙だ。いや、奇妙すぎる。冒険者には変わり者も多く、敢えて目立つ格好をしている者も多いとはいえ、常に全身鎧(フルプレート)を着続け、その素性を全く明かさないなど目立つという範疇を超えている。

 また、続いて報告された、大剣(グレートソード)を両手に2本持った二刀流の使い手という情報には度肝を抜かれた。

 その場にいた者達が、頭の中に思いつく限りの強者の名を出し、モモンの鎧の中身を討議しだした。

 

 

 だが、皆がその冒険者モモンの素性を詮索し合っている中、一人黙考していたフールーダにジルクニフが声をかけた。

 

「どうした?」

「はい、少々気になる事が」

 

 フールーダの言葉に、皆が耳を傾けた。

 

「その者が使用したという魔封じの水晶ですが、これは非常に貴重なもので高難度ダンジョンの奥底などでしか見つからない希少なものでございます。帝国魔法院でも80年ほど前のアダマンタイト級冒険者が見つけてきた数個しか保有しておりません」

「ん、そうか。ふむ、それがとても希少なものという事は分かった。それがどうした?」

「はい。そんな希少な魔封じの水晶ですが、……それをある程度の数、保有している者達がございます」

「なに? それはどいつだ?」

「スレイン法国でございます」

 

 

 その答えに、一瞬、場が水を打ったように静まり返った。

 

 

「そして、スレイン法国は六大神の残した遺産と呼ばれるケタ外れのマジックアイテムを多く保有しており、その中には特殊な儀式を行う事で、本来使用できる位階を超えた魔法の行使を可能にするものなどがあるそうです」

「……つまり、お前でも使えぬという威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する魔法とやらもか」

「おそらくは」

 

 誰かがごくりと喉を鳴らした。

「もしや、冒険者『漆黒』のモモンの正体は法国の人間……」

 

 

 ジルクニフは口元に手を当て室内を歩きながら思考をまとめようとした。彼自身の体によって、青銅の香炉から立ち上るジャコウの香りがかき乱される。

 

 ジルクニフの脳内で、報告書に書かれていた重要な情報から、微かに耳に入ったようなささいな情報までが入り乱れ、その中から点と線がつながり一つの形となって浮き上がってくる。

 

 

「おい、ロウネ。たしか、エ・ランテルに潜む正体不明の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に法国の人間らしき者が接触しているという話があったな」

 

 皇帝の問いに、ロウネは目を見開いた。

 

「は、はい。あまり信頼性の高い情報とは言えず、調査継続とされたままでしたが、確かに」

「まさか、ズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)に法国が接触し、あのアンデッド騒ぎを起こさせたというのですか?」

 

 その言葉から推測されるものに、ニンブルが思わず声をあげ、それが呼び水となり、皆が銘々に声を発した。

 

「あり得ぬ話ではないな。スレイン法国は人類守護という名目の為、全ての人間を法国の傘下に収めることを目的としている。その為であれば、一時的な犠牲、すなわち殺戮等も平気で行う連中だ」

「少々補足させていただくなら、最初に私はエ・ランテルで起きた現象を分からぬと申しましたが、それはあくまで私が知る限りの魔法知識の上での事。六大神の遺産といわれるアイテムの中にはアンデッドを生み出す霧を発生させるという効果を持つ物もあるやもしれませぬな」

「……そして、同じスレイン法国の人間がモモンという名で冒険者になり、事件を解決したという事ですか?」

「なるほどな。しかし、そう言われりゃ納得ですな。騒ぎの直前にモモンがエ・ランテルで冒険者登録した事。その魔封じの水晶とやらで、すげぇ天使を召喚した事。そして、自分たちだけで墓地に突っ込んで騒ぎを解決した事。ああ、霧が発生して大騒ぎになった時に、自分たちは街を空けてた事もですな。騒ぎが起こってすぐに解決するよりは、街中が混乱に陥ってから助けた方が評判は上がりますし」

 

 バジウッドの言葉に、誰もが得心がいった。

 

 まず、法国の人間――おそらくその強さから六色聖典の誰かと推測される――がモモンという名で冒険者として登録する。

 次にエ・ランテルに潜伏するズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)に、法国の人間がアンデッドを生み出す霧を発生させるという特別なマジックアイテムを渡す。

 ズーラーノーンはそのアイテムを使い、エ・ランテルを破壊と混乱で包み込む。

 そして、人々が絶望の淵に沈んだところでそのモモンが颯爽(さっそう)と現れ、民衆の前で魔封じの水晶を使い威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する。ここでの民衆は自分の名声を高めるための材料だ。生き残ってその名を広めてもらわなくてはならない。そこで威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)をその場に残し、民衆をアンデッドから守らせる。

 そうして自分は墓地へ行き、ズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を退治する。口封じもかねて。そうして、その者に渡していた霧を発生させるアイテムを人知れず回収するという訳だ。

 デスナイトの出現は、あまり噂になっていない所から、意図してのものではないかもしれないが、後は威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を引き連れ、街中の人間にモモンという名を知らしめたということなのだろう。

 

「しかし、なぜ、そんなことを?」

 

 ニンブルの疑問に、ジルクニフ(みずか)らが答えた。

 

「帝国と王国の戦争。もう座視している気はなくなったのだろう」

 

 帝国と王国はここ数年、定期的に戦争を繰り広げている。

 戦争をしていると言っても、大規模な戦闘を行っているという訳ではない。あくまで王国の国力を減らすため、並びに帝国内でジルクニフに逆らう貴族の力をそぐために、戦争という形で兵員を動かすことが目的だ。何せ兵隊を動かすには金や食料がいる。実際に戦わずとも、戦争という形をとらせるだけで、王国は毎回民衆を徴兵し運用しなくてはならなくなり、それにかかる費用の捻出や兵役中の労働者不足からくる作物の生産性の悪化で、王国の国力をどんどん減少させることが可能なのである。数年の後には、王国の国内は虫に食われた桑の葉のようにボロボロになるだろう。その時こそ、兵を動かし王国軍を打ち破るときである。

 

 だが、それを自国による人類の統一を目的とする法国が黙って見ているだろうか?

 帝国が王国を破れば、パワーバランスが大きく崩れることになる。王国を下した帝国は今よりはるかに強大になるだろう。下手をしたら、法国を下すことが出来るほどに。

 おそらく法国が帝国と王国の紛争に介入しなかったのは、漁夫の利を得るためだったのだろう。

 片方が、もしくは互いに疲弊し弱った所を併呑(へいどん)する。

 それを狙っていたのだ。

 

 エ・ランテルは帝国、王国、法国への交易路が交わる交通の要衝である。ここを法国が押さえればたとえ王国が崩壊したとしても、帝国は軍を進めることが出来ない。また、仮に帝国が戦争の結果、エ・ランテルを王国から割譲してもこの街で民衆を扇動されたり、レジスタンスなどを組織されたりすれば、その後の王国侵略も差し障りが出る。

 

 そう、民衆の扇動や抵抗組織の結成。

 強大な実力の持ち主で、その名声が広く知れ渡っている人望の厚い人物などがいれば適任だ。

 

 

 すなわち、冒険者『漆黒』のモモン。

 

 

 おそらく法国は、王国がこのままだと数年で瓦解することを見越して、布石を打ってきたのだろう。

 

 

 誰もがこの後の次善策を考える中、声を出したものがいる。

 

「そう言えば、陛下。一つよろしいですか」

 

 ロウネである。

 ジルクニフは顎で続けろと指示した。

 

「先日より、王国から流入するライラの粉末を始めとした麻薬が、著しく減少しております」

 

 その場にいた者達は内心、首をひねった。

 なぜ、ロウネは突然そんなことを言いだしたのだろう? この件と関係あるとは到底考えられないし、麻薬が帝国に入ってこなくなったのだから、それは良い事だろう。

 そんな視線を受けつつも、ロウネは言葉を続ける。

 

「麻薬が入ってこなくなった原因ですが、エ・ランテルにあるようです。そもそも、王国内で麻薬売買を始めとした犯罪行為を組織立って行っていたのは、八本指と呼ばれる犯罪組織。そして、その組織の息のかかった者達がエ・ランテル経由で帝国に麻薬を運んでおりました。ところが、先日より、エ・ランテルで八本指以外の闇組織が急激に勢力を伸ばしております。その勢力争いにより、エ・ランテルを越えて自由に麻薬が運べなくなり、帝国への流入量が一気に減少しております」

 

 それは分かった。だが、それが今の話と何の関係があるのか?

 

「新たに勢力を伸ばしているのは、元は傘下の一店でしかなかったギラード商会という故買屋です。それがどこから手にしたものなのか、圧倒的な資金力と逆らうものは皆殺しにするという強引なまでの力でエ・ランテルの裏社会をその手に収めていっております。それも、アンデッド騒ぎの直後から」

「「「!?」」」

 

 ようやくロウネの言わんとしている事が分かった。

 

 ズーラーノーンの騒ぎが終わった途端、急速にエ・ランテルの闇社会を手中に収めていっている、不自然なまでの資金力と軍事力をもつ、ただの一商会。

 タイミング的にも偶然であろうはずがない。

 考えられるのは……。

 

「なるほど、冒険者モモンが表で名声を広め、同時にエ・ランテルの裏社会をも牛耳るという計画か」

 

 表と裏、その両方にスレイン法国は手を伸ばしているのだ。

 

 その大胆かつ、あまりにも素早い動きに皆は戦慄した。

 これでは、仮に戦争に勝ちエ・ランテルを手に入れても、その抵抗運動は激しさを増すばかり。かつ先導者にうながされるまま、せっかく勝ち取った都市が法国へと帰属する羽目になるかもしれない。

 血を流してまで手に入れたのに、成果なしとなっては立つ瀬がない。

 だが、最も恐るるべくは、エ・ランテルを手中にし、さらに王国内へ兵を進めた時を狙って反乱を起こされることだ。そうなった場合、帝国兵に選べるのは、背後から襲い掛かる王国兵におびえながらエ・ランテルを攻略してこじ開けるか、さもなくば補給の不安を抱えたまま進軍し王国の都市を占領して孤立するかだ。

 どちらにせよ、帝国、王国共に大きく疲弊し、法国の侵略に耐える余力は残らないだろう。

 

 その未来予想に誰もが身震いした。

 

 

 とにかく、今は法国の策略をすべて知ることが肝要だ。ジルクニフは居並ぶ者達に、なにか少しでもエ・ランテル付近並びに法国の動向について知っていることがあったら言ってみよと命じた。

 幾人かが自分の知りえる情報を、それが重要か重要でないかはさておき、報告した。エ・ランテル近郊で法国の兵士が帝国の騎士に偽装して虐殺を行っていた等の、語られる大半はジルクニフも耳にしていたものだった。

 

 そんな中、一人の文官が声を出した。

 報告が届いたばかりで精査もしていない情報ですが、と前置きしたうえで、法国の兵士らしき部隊、およそ50人ほどがトブの大森林に入っていった。そして、2日ほど後、入って行った時の半数ほどの兵士が出ていったと語った。

 その場にいる者は、法国がよくやる魔物狩りだろうと思った。実際、これまでも法国はトブの大森林を始めとした場所で、人類に仇なす怪物(モンスター)を狩る事があった。森から出ていった人数が入っていった時と違うのは、戦いによって犠牲者が出たからだろう。

 そう判断され、次の者が口を開こうとした瞬間、彼らの皇帝が「待て!」と制止の声をあげた。

 

 驚きに目を見開くなか、ジルクニフは誰の顔も見ず、思考の海に浮かんだまま問うた。

「トブの大森林内に、兵の駐屯地を作る事は可能か?」

 

 その問いには、バジウッドでさえ妙なことを聞かれたと困惑の表情を浮かべた。

 

「陛下、そりゃ無理でしょう。トブの大森林は魔物の領域。駐屯地どころか留まる事すら困難でしょうな」

 

 当然の答え。

 それに対し、問いを行ったジルクニフはうなづきながら言った。

 

「ああ、そうだろうな。普通であれば。だが――」

 

 

 

「――だが、トブの大森林を縄張りとする強大な魔獣の助けがあればどうだ?」

 

 はっと皆、息をのんだ。

 

「モモンの従えているという森の賢王!」

 

 そうだ。トブの大森林を縄張りとするという伝説の魔獣。それがおそらく法国の人間と目される冒険者モモンに付き従っているのだ。

 

「そう言えば」

 

 ロウネが喘ぐように口を開いた。

 

「冒険者モモンはアンデッド騒ぎの前、冒険者としての依頼、それも指名依頼を受けてエ・ランテルを離れました。その依頼というのがトブの大森林での薬草採取だそうです。そして、その際に、森の賢王をねじ伏せ、配下にしたという報告を受けております」

「なるほどな。薬草採取にかこつけてエ・ランテルを離れる。そしてトブの大森林でその一帯を支配していた魔獣を倒す。最初は討伐する気だったかもしれんが、恭順の意を示したため、モモンの名声づくりに一役買うかと思い、連れまわしているというあたりか。その時点では、モモンはエ・ランテルに来て冒険者登録をしたばかりのはず。そんなぽっと出の新人に指名依頼などする奴がいるはずもない」

 

 

 これまでトブの大森林は人間の住まう土地ではないとして、国家間の争いからは無縁の地であった。これまで幾人もの近隣の統治者が、森の魔獣達を根絶しようと大規模な討伐隊を組んだが、行軍に不向きな深い密林と、そこに潜む怪物たちの前に大きな被害を受け、帰らぬ人となった。その為、無駄に犠牲を払う必要もないと、魔物の領域である森林は避けるようになり、森の切れる南の地に交易路が出来、エ・ランテルが出来たのだ。

 

 だが、仮にそのトブの大森林内に、人間の兵を留め置く駐留地を作ることが出来れば……。

 

 まず、森の中にあるため、そこにいる兵を排除するには魔物たちを倒さねばそこに近づくことも出来ず、まさに難攻不落の拠点となる。

 そして、その兵たちが自由に森の外への出入りが出来るのならば、先ほど考えたエ・ランテルでの蜂起の際に投入する兵士の待機など、いくらでも使い道は考えられる。

 それだけではない。もし仮にトブの大森林内を兵士が長距離移動することが出来た場合、帝国、王国共に敵の攻撃に対する警戒線が格段に広がることになる。知らず知らずのうちに領内奥深くへ攻撃が加えられるかもしれない。すると、それに対する警戒に使う兵士も必要になる。

 もし、これらの想像が現実のものとなったら、王国との戦争どころではない。下手をすれば帝国そのものさえ危うくなる。

 

 

 周到に立てられたであろう計画、そしてそれが及ぼす結果の予想に、その場にいた者達の背に一様に冷たいものが走る中、フールーダが静かに口を開いた。

 

「先ずは実際に調べてみないことには話になりませんな。最悪は想定しつつも、影におびえていてはなりません」

 

 その言葉に皆、気を取り直した。

 そう、ぼうっとしている場合ではない。ここにいるのは帝国でも皇帝の信任厚い側近たち。自分たちの判断によって帝国は動き、行動することで帝国の道は切り開けるのだから。

 

「とりあえずはトブの大森林の調査ですか」

「ああ、魔獣に襲われる危険があるし、くわえてこんな状況だ。いつもより厳重に部隊を組んだ方が良いな」

「帝国領に接する箇所を調べるのも重要ですが、その法国兵士が目撃された辺りも捜索させた方が良いのでは?」

「それは少々危険かと。王国領の奥深くですので」

「なに、帝国の騎士鎧を着ていかなきゃいいだろう。冒険者なりワーカーなりのまねごとをして」

「なるほど。では、手配しましょう」

「それと、エ・ランテルでの諜報に力を入れては? 冒険者モモンや、そのギラード商会とやらの情報を集める必要があります」

「人員も出来るだけ増やした方が良いな」

「では予算を増額して……」

 

 

  皆が帝国の為を思い、為すべき事を議論し合う討議は、その後、夜を徹して行われた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「結局分からないかー」

 

 ベルは疲れた声を出した。

 実際に疲労はしないが、気苦労は確実に蓄積される。特に生命の危険があるとなればなおさらだ。

 

 机を挟んで正面に立つデミウルゴスとユリにしても、大切な至高の御方の御息女に落胆の声をあげさせるのは本意ではない。だが、その顔をほころばせるために虚偽の報告を上げるわけにもいかない。それこそ、不敬であるし、ベル当人の意に反している行いであることは明白である。

 だから二人はその悲嘆の混じった声を聞き、ベルに責める意図はないにしても、自らの不備に恥じ入った。

 

 

 ここはナザリック第9階層。アインズとベル共有の執務室。

 今、この場ではデミウルゴス並びにユリから一連の調査結果の報告を、高さが合わないためクッションを敷いた椅子に腰かけたベルが受けていた。

 

 ぺらぺらと報告書をめくり、その内容を流し読みする。

 しかし、読むにしても、そこに書かれていることは少ない。

 ほとんど分からなかったという事なのだから。

 

 それは先日、アウラとマーレが遭遇した者達、ツアーという人物と法国の漆黒聖典に関する調査結果。

 100レベルキャラである二人とそれなりに戦えるツアー、並びに謎の精神操作を行える漆黒聖典。

 

 この地に敵する者はいないと思っていたアインズとベルにとって衝撃だった。

 

 その為、慌ててそれらについて調べさせたのだが……。

 

「法国については、上層部は謎に包まれていてよく分からない。ただ、六色聖典とかいう特殊機関があるという噂はある、か……。そして、ツアーについては噂レベルすら無し、と」

 

 法国、六色聖典と聞いて思い出したのは、カルネ村で闘った陽光聖典。同じ法国で聖典と付くという事は、似たような機関があってそっちが漆黒聖典なのだろうか? そもそも、六色聖典と陽光聖典、漆黒聖典は別物なのだろうか?

 

 やはり、あの時、陽光聖典の誰かを攫っておくべきだったかと後悔した。あのニグンとかいう男をガゼフに渡さなければよかったかもしれない。

 しかし、あの時はこのよく分からない世界で、ナザリック地下大墳墓が存在する地を治める王国とパイプが出来るというのは捨てがたいものがあった。

 

 それと、エ・ランテルでのクレマンティーヌ。あの者も法国の人間だった。あの時はとにかくこの地で使われる金が欲しかった。その為、騒ぎを起こさせるために使ってしまったのだが、あれも今から考えれば惜しかった。

 アイテムを仲間に渡させた後、どうにかして連れ出し、そのまま攫ってしまえばよかったかもしれない。

 もしかしたら、漆黒聖典について何か知っていた可能性もある。

 ……さすがに、そんな都合のいい話はないか。

 

 

 そして、ツアーについてはまったく手掛かりはなし。

 アインズ扮するモモンが冒険者組合で白銀の全身鎧(フルプレート)の強者についてそれとなく聞いてみたが、一切該当しそうな者はいなかった。

 

 

「うーん……。結局のところ、あのエクレアがおかしくなった原因は何だったんだろう?」

 

 

 思い返すのは、あの後、現場へ行ってみたときの事。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 戦闘があった場所から少し離れた所へ〈転移門(ゲート)〉で移動し、単身、現場へおもむいた。

 〈伝言(メッセージ)〉の指示に従い進んでいくと、不意に見通しのきかない密林にぽっかりと視線が通った。

 森の中の一角。樹木が焼け落ち、そこだけ周囲の森林から切り離したように円い広場となっていた。

 

 目指すものはすぐに見つかった。

 十人程度の人間の死体。その肉体は黒く焼け焦げ、肉が炭化したため奇妙にねじくれている。

 

 さっそくそれらの死体を漁ったのだが――。

 

 

 ――すでに、漁られた跡があった。

 

 戦闘報告にあった大斧使いの大斧や奇妙な剣を持つ男の鎧など、よっぽどかさばる物は残されていたのだが、そうではない物――衣服や片手武器などは失われていた。

 

 魔法の炎によって焼け落ちたわけではない。

 

 その証拠に、転がる焼死体には装備を剥ぎとるために、鋭利な刃物で肉体を切り割いた痕があった。

 

 〈伝言(メッセージ)〉を使い、〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビユーイング)〉でこちらを見ているはずのアインズ、およびアウラ、マーレとやり取りしながら確認したのだが、死体の位置などから、エクレアに光の竜を放った老婆の死体も特定した。

 だが、その身体も同様に切断され、もしマジックアイテムならば焼け残っているかもと思っていた衣服も無くなっていた。

 

 

 どういう事だろう?

 アイテムだけ回収して、死体は回収していないという事は、重要なのはアイテムであって使った本人ではないという事か?

 つまり、エクレアを襲った竜は、個人の持つタレントや魔法等ではないという事なのだろうか?

 

 

 しかし――。

 

 あらためて関節がねじくれ奇怪な姿となった者達を見下ろす。

 

 死体も回収していない?

 なぜだ?

 蘇生魔法が使えないのだろうか? 

 この世界にも蘇生魔法自体はあるらしい。それは国単位でも使えない程、希少なのだろうか?

 エクレアで試したNPC復活のように、蘇生に死体は必要ないのだろうか? 遠隔地から蘇生魔法をかけることで、死体はホームで復活するとか。

 もしくは、重要アイテムだけを回収して、一旦、この場を離脱。後で死体や持ち切れなかったアイテム等を再び回収に来るつもりなのだろうか?

 

 ……分からないことだらけだ。

 だが、とにかく、この漆黒聖典たちの保有していたアイテムの一部を、ベルが手に入れることは出来ないようだ。

 

 

 出遅れたか……。

 

 エクレアの状態回復に時間をとられていたため、ここに到着するのに、戦闘から半日ほど時間をおいてしまっていた。

 その間に、何者かがすでに持ち去ってしまったらしい。

 

 ……では、誰が?

 

 最も考えられるのは、ツアーという人物だ。

 アウラ、マーレと戦えるほどの戦闘力。当然、レベルも相応に高い事は予想できる。マーレが使用した〈獄炎の森林(ヘルファイヤーフォレスト)〉。あれは継続ダメージを与え続ける魔法のため、全て受けると総ダメージは結構なものになる。だが、あくまで結構なダメージを与えることは出来るが、高レベルキャラが相手だと、それだけで仕留めることは出来ない。

 ツアーがあの魔法を生き残ったことは想像に難くない。

 現に、周辺には白銀の鎧など転がっていないのだから。

 

 それと、そう考えた場合、もう一人生き残った可能性がある人物がいる。

 漆黒聖典の隊長格らしい長い黒髪の男だ。

 その男はツアー程の強さはないが、それでもアウラの鞭を防ぐなどしたらしい。

 その男もまたマーレの魔法を耐えきった可能性がある。

 報告にあったあからさまに怪しい武器。みすぼらしい槍を持った死体もまた存在しない。まあ、槍はそれほどかさばらないので、回収者によって持ち去られた可能性はあるが。

 

 

 どちらにせよ、今、ここで出来ることはあまりない。

 これらの死体を回収していこうかとも思ったが、それは止めておいた。

 魔法で蘇生させた場合の実験がまだだったからだ。もし復活場所が死体のある場所でなくホームでの復活だった場合、ナザリックから死体が消え法国で復活するという事態になり、もしかしたらナザリックの情報が洩れる危険性がある。エクレアの蘇生実験では、ホーム復活だったが、それがギルドのNPC復活特有のものなのか、魔法によるものもそうなのかはまだ判断できない。

 

 一応、死体回収に来る可能性もあるためと、アイテムが手に入らなかった腹いせのために、死体の下に罠を設置しておいた。もし死体を動かそうとしたら、消費型のマジックアイテムが発動して、回収しようとした奴が被害を受けるだろう。

 

 そして、大斧など回収できるアイテムは、すべてアイテムボックスに放り込んだ。

 

 もう一度、森の緑の中、焼け焦げ黒に染め上げられた一帯に目を向けるが、いくら惜しんでもそこにはもう何もない。

 後ろ髪引かれる思いながら、ベルはナザリックに帰還することにした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ナザリックに戻ってから、そこで回収したアイテムをアインズに魔法で鑑定してもらったが、やはりそれらはユグドラシルのものだった。効果はそれほど高くないようだったが。

 

 やはり自分たちより前に、この世界に来たプレイヤーがいる。

 もしかしたら、今もどこかに存在しているかもしれない。

 共通の魔法やなぜか適用される特殊技術(スキル)、翻訳される言葉により、うっすらとその可能性はあるかもくらいに思っていたが、これではっきりした。

 

 より一層、警戒を厳にしなくてはならない。

 今のナザリックは、プレイヤーであるギルドメンバーは2人だけ。しかも、現在ベルは子供の身体になっているため、戦闘能力が(いちじる)しく減少してしまっている状態だ。

 こちらにはNPC達がいるとはいえ、向こうにも同様にいるかもしれない。

 

 本当にいるのか?

 どこにいるのか?

 何人いるのか?

 ナザリックのようにギルド拠点まで来ているのか?

 

 暗闇の中を手探りで探るように、不明瞭ながら慎重に慎重を重ね、それでいて相手より先にこちらが向こうの尻尾を捕まえなくてはならない。

 

 その為、ナザリックの警戒態勢を一から見直した。侵入者への警戒はより厳重に。

 そして、ナザリックの外へ出る者達のなかで、重要度が低いと判断した者達は任務を取り消した。

 重要性が高いと判断したものには、防備を整えるためのアイテムを追加支給した。

 

 

 そうして情報収集を優先させ、諜報活動に力を入れたのだが……。

 

「それで、王都の方は?」

「残念ながら、失敗です」

 

 デミウルゴスが顔を曇らせながら首を振った。

 

「王都に派遣したシャドウデーモン5名。すべて全滅しました」

 

 その報告に思わず歯を噛みしめる。

 

 

 シャドウデーモン。

 影に潜む能力を保有しているため、隠密活動に適した悪魔である。だが、かと言ってその戦闘能力は、ナザリックではなく現地の者達と比較するなら、決して低くはない。多少の魔法を使えるほかは、あまり戦闘に適した特殊能力(スキル)は保有していないものの、シャドウデーモン自体のレベルは30に達する。そのため、その肉体能力だけでも十分強力と言える。この地の者達の強さはそれなりに調べたつもりだが、その中でシャドウデーモンと一対一で闘うことが出来るのは、ガゼフやハムスケくらいのものだろう。

 

 そんなシャドウデーモンが5体とも倒されるとは……。

 

「全滅した原因は?」

「はい。戦闘によるものです」

「相手は?」

「シャドウデーモンの一体がとどめを刺される間際、相手にその素性を聞いたのですが、冥土の土産として蒼の薔薇のイビルアイであると語ったそうです」

「蒼の薔薇のイビルアイ? どんな奴なのか、情報はある?」

「リ・エスティーゼ王国に2組しかいないアダマンタイト級冒険者チームのうちの1人だそうです。常に仮面をつけた小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)。それでいて、肉体能力にも優れ白兵戦闘も出来るとか」

「ブラフの可能性は?」

「少ないと思われます。死の間際にされた報告により得られた身体的特徴などの情報、アインズ様自らが冒険者に扮し、エ・ランテルの冒険者組合から入手なさいました情報と一致いたします」

「そっか……。うん。そのシャドウデーモン達は死したとはいえ、ナザリックの為に良き働きをしてくれた」

 

 ベルの発したいつもと違う厳かな口調に、デミウルゴス並びにユリは深く頭を下げた。

 

「なんともったいないお言葉。あの者達には最高の手向けとなるでしょう」

 

 

 

 ベルは内心で嘆息した。

 現段階で王都にこれ以上シャドウデーモンを送り込んでも仕方がないだろう。かと言って、もっと強力な魔物を送り込むのも躊躇する。より強力な魔物なら、もしくはより隠密活動が得意な高レベルモンスターなら、そのイビルアイに邪魔されずに諜報活動が出来るかもしれない。だが、仮に、そのイビルアイ自体がより強大であったり、もしくはイビルアイは餌で更にバックに強大なもの――それこそプレイヤーが潜んでいた場合、そこからナザリックの存在が露呈する可能性がある。

 力押しではなく、誰かを人間として潜伏させて情報を探らせるか。

 

 しかし……。

 

 

 どうしようもない事実がベルの頭を悩ませる。

 

 送り出せる人材がいないのだ。

 

 

 まず、ナザリックの者達はほとんどがアンデッドや魔族などの異形種であることがあげられる。人間の姿をしている者が圧倒的に少ない。人間に偽装し、人の住む街に潜伏出来るようなものがほとんどいないのだ。

 

 そして、問題はそれだけではない。

 

 かつてナザリックは第8階層まで攻め込まれた事がある。

 すなわち、その時の攻略に参加、もしくは攻略動画を見たプレイヤーならば、第8階層より上の階層にいた者達の顔を見知っている可能性があるのだ。

 

 考えすぎかもしれないが、何もかもが不明瞭な中、可能な限りリスクは押さえたい。

 

 そうして考えると、絶対に顔バレしていないのは第9階層以下にいた者達。

 だが、それらの者達の中には人間に近い姿をしている者が多くいたものの、戦闘能力を保有していない者がほとんどだった。

 さすがに、そんな者達をナザリックの外に出して危険にさらすのは躊躇(ためら)われる。

 

 そうすると、誰も侵入したことがない第9階層以下におり、なおかつ戦闘能力がある者として考えた場合、ゴーレムらを除くと、アルベド、セバス、それとプレアデスくらいのものだった。

 

 まあ、実際には桜花のあれや宝物殿のパンドラもいるのだが、前者には任務があるし、後者のパンドラは出すとアインズの精神状態が危うくなるので除外する。

 

 とにかくその中で人間世界に混じれるものとして考えると、アルベドは明確に悪魔の姿をしているので駄目。シズはギリギリ。エントマはアウト。と、実質動かせるのはセバス、ユリ、ナーベラル、ルプスレギナ、ソリュシャンの5名だけ。

 付け加えるならば、ユグドラシル時代と姿形が変わったベルも加えた6名である。

 

 この内、セバスとナーベラルは情報収集のため帝国へ向かわせているし、ルプスレギナはアインズのパートナーとしてエ・ランテルで冒険者である。そして、ベルはソリュシャンをお供としてカルネ村やエ・ランテルで活動している。

 

 そうなると残るはユリしかいない。

 

 ユリを王都に向かわせるか?

 ユリにはコックの職業(クラス)があるので、上手くやれるだろう。それに人間を下に見ることが多いナザリックの中でも、比較的人間に友好的という得難い性質がある。

 だが、ユリは今、そういった人間社会に潜伏という活動に関して言うならば、このナザリックで切れる唯一のカードだ。

 それを王都に投入してしまっていいのだろうか?

 

 

 とにかく、この人間社会に適応できる部下がいないというのが目下の悩みである。マルムヴィストらの伝手で八本指の人間をこちらに引き抜くというのもやっているが、そちらもペースを速めた方が良さそうだ。

 いや、八本指の人間をひそかに寝返らせ、そのまま八本指へのスパイとして内情を探らせるという事も出来るか。

 

 ……正直、難しいか。

 仮にそれをやろうとしたら、本当に知見と策略のみで八本指を制さなくてはならない。なにせ、諜報に送り出したシャドウデーモンは倒されている。

 はるか昔から、王の御膝元である王都で裏社会を牛耳り、生き馬の目を抜く権力争いを生き残ってきた八本指相手に、ナザリックの高レベルチート無しで、純粋に勢力争いのみで勝利する? 無理に決まっているだろう。

 

 いや、出来ないことは無い。出来る人材はいる。

 

 ちらっと、視線を目の前にいる悪魔に向ける。

 デミウルゴスはその眼鏡の奥にある宝石の視線を返した。

 

 そう、デミウルゴスならば出来る。

 この謀略と奸智に長けた悪魔ならば、たとえ、長年にわたって都市に根を張り続けてきた闇組織であろうと、膝を屈させることは十分に可能だろう。

 

 だが、それほど有益な駒であるからこそ、躊躇(ためら)われる。

 

 今現在、ナザリックはプレイヤーの存在に警戒を強めている状態である。

 万が一の時に投入できる知恵者。配下の指揮や運営まで全てを任せてしまっていい存在として、デミウルゴスの価値は鰻登りだ。すでに巻物(スクロール)に使える皮の調査という任務も任せてしまっている状態で、さらに王都での勢力争いまでやらせたら、それこそ本当に緊急事態が起きた肝心の時にデミウルゴスの力を使えなくなる恐れがあるのだ。

 

 

「そう言えば、帝都へ向かったセバスの方は?」

「現在、順調に旅をつづけ、もうすぐ帝都へ到着するようです。ただ……」

「ただ?」

「はい。報告によると、共に行った裕福な商人の娘役であるナーベラルが、少々問題を起こしているようです。人の名前を憶えない、人を面と向かって虫けらと言うなど、高慢というにはいささか過ぎた態度のようで」

 

 ベルは「ぬぅ」と声をあげた。

 

 ナザリックの者達は人間を見下す傾向にあるが、それでもドッペルゲンガーであるナーベラルならば演技もうまくやれるかもと思い送り出したのだが、かえってダメダメだったようだ。

 どうする?

 いっそ帝都につく前に役割を変えるか? 

 セバスをどこかの貴族でナーベラルを親戚の娘とか。いや、貴族はまずいか。背後関係とか洗われたりする危険性がある。どこかの引退した商人……、息子なり親戚なりに経営を譲って今は悠々自適に物見遊山の旅をしているとか。どこかの落ちぶれ貴族が商売に手を出し成功したとか設定をつけて……。

 いや、でもそうなると、さすがに二人きりで動いているというのは駄目だな。そういうのは下働きの者がするだろうし。

 誰か、人を……。そうだ。それこそ八本指から引っ張ってきた人間を下働きとして送るか。王国内だと顔を憶えている者もいるかもしれないが、帝国なら大丈夫だろうし。

 そうすると、ええっと、身分の偽装には何がいるんだ……?

 

 

 

 ……あああ、頭が痛い。

 なんで俺がこんなに働いてるんだろう?

 ちょっと前までは、異世界転移で俺Tueeeな感じで楽勝気分だったのに。

 

 そもそも、俺ってそんなに作戦とか考える(タチ)じゃないんだけどな。なんだか『ナザリックの朶思(だし)』とか変な仇名つけられてたみたいだけど。

 ただ単に、自分が死んでアイテムロストとかするのが嫌だったから、作戦が失敗した時にどう逃げ延びるかを考えて、あれこれ準備してたら、結果として他のギルメンも助けることになって、俺が一緒だと生存性が上がるって頼りにされる事になったんだよなぁ。

 

 なぜ、ぷにっと萌えさんは最終日に来なかったんだろう。一緒に来ていれば、こういうことはあの人に任せられたのに!

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ベルは内心で嘆いた。

 なんだかすべてを投げ出して逃げ出したくなった。

 

 だが、それをするわけにはいかないのである。

 

 

 この地の者達と100レベルプレイヤーであるベルの実力差は、それこそ天と地ほどの差がある。さらにベルは、低レベルキャラからのダメージを物理、魔法共に無効化する特殊能力(スキル)を持つ。ついでに精神操作系も無効だ。はっきり言って、害を加えられるものなどいまい。

 少女の姿とはいえ、この地で生きていくのに問題はないだろう。

 

 だが、忘れてはならない。

 

 この地にはもうナザリックが存在するのだ。

 

 ナザリックの力は破格だ。

 いずれ、その勢力圏はどんどん拡大していくだろう。

 たとえ、ベルがどんなに離れた場所で暮らそうとも、やがては接触する事になる。

 

 そうなった時どうなるか?

 ただの家出くらいに思われるか、それとも裏切りとみられるか……。

 

 実際、戦闘になったら、ベル一人ではひとたまりもない。守護者クラス数人でもきついし、そこまでいかなくても多数いる高レベルキャラによる波状攻撃などされたら、勝ち目はないだろう。

 

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあるから、宝物殿に行ってあるだけワールドアイテムを持って逃げようかいうのも考えてみたことがあるが、どう考えても悪手でしかなかった。

 もしそんなことをしたら、ナザリック全軍で追ってくるだろう。ワールドアイテムがあればその襲撃を撃退できるかもしれないが、ワールドアイテムはワールドアイテムを持つ者には基本的に効果が無いというのがある。つまり、個人でワールドアイテムを保有しているアインズとアルベドの2人に攻撃されると、為す術もないのだ。

 色々考えた結果、現状、ナザリックの組織力の下を離れるのは得策ではないという結論にいたらざるを得ない。

 

 

 

 一見、ナザリック内で何不自由なく暮らせるのに、なぜナザリックを出ていったらなどということを考えるのかと疑問に思うかもしれないが、このようにベルが考えるのには理由がある。

 

 

 ベルは常に恐怖しているのだ。

 

 アインズと敵対することを。

 

 

 今現在、ナザリックはアインズとベル2人で話し合って方針を決め、運営している。言うなれば、ナザリックは現在、2人のものと言っていい。

 だが、もしアインズがナザリックの全てを自分一人のものにしようともくろんだ場合――ベルには為す術もないのだ。

 

 

 アインズの胸中を知るものならば、何を馬鹿なと笑い飛ばすかもしれない。

 アインズはこのナザリックのNPC達、そして友であるベルをいかに大切に思っているかは言うに及ばない。

 それこそ天が落ちてくるのを憂うようなものである。

 

 

 だが、ベルにとってこれは深刻な問題であった。

 

 ナザリック内でのベルの地位はアインズに次ぐとはいえ、そこには明確な差がある。

 アインズはこのナザリックの絶対的な支配者である。最後まで残ったギルドメンバーにしてギルドマスター。絶対的な忠誠をささげられる身である。

 対してベルはギルドメンバーの娘という設定である。その身に向けられる忠誠はあくまで間接的なものに過ぎない。

 

 もし仮に、アインズとベルが敵対した場合、ナザリックのNPC達は、多少の躊躇はするかもしれないが、全員がアインズの側に立つであろう。

 そうなれば、ベルに待つものは破滅しかない。

  

 例えるならば、アインズは常にその懐に拳銃を抱えているマフィアのボス。そして、ナザリックは敵対する者すらいないマフィアの組織である。対してベルは、それなりに腕っぷしはたつが、あくまでボスの友人であり、組織の役に立つちょっと知恵の回る者でしかない。ボスの機嫌次第では殺されかねないのだ。

 

 そんな不安定な地位にあるベルとしては、生き延びるために、己の立ち回りや万が一の保険に気を配らなくてはならない。

 

 マーレが焼き尽くした戦場に、己が身を危険にさらしても単身向かったのも、その為でもある。

 エクレアを精神操作した何かや、ツアーの装備などをいち早く調べて、使えるようなものがあったら自分のものにする魂胆だった。

 アリバイのように〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビユーイング)〉でアインズらに見てもらっていたが、もし何か重要な物を見つけたら、周辺の警戒など適当な口実で別の場所にその視界をずらさせ、その隙にアイテムボックスに放り込むつもりだった。

 

 まあ、結局そんなものはなかったわけだが。

 

 とにかく、今の地位に安穏としているわけにはいかない。可能な限り情報を集め、自分だけの切り札をその手にしなければならない。

 

 とりあえずは当分、ナザリックから離れられないのだから、今はナザリックの為になる事をして、有用性を示さなくてはならない。

 まずは今、目の前にある懸案を片づけなくては。

 

 

 気を取り直して、再び思考の海に戻る。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 とにかく情報収集という観点から、ここはやはりユリを王都へ潜入させるべきか。

 

 法国の調査も行わなければならないし、そちらに潜入させるというという手もあるが……。

 いや、それは止めた方が良いな。法国にはあのエクレアを洗脳した『何か』がある。数少ない使えるカードであるユリを送り出して、餌食となったら目も当てられない。

 情報がない中、下手に法国を刺激するより、帝国や王国で十分に情報を集めてから、法国に対応した方がいい。

 

 

 そうだ、エクレアと言えば。

 

「そう言えば、エクレアはその後どう?」

 

 ベルの問いに、ユリが頭を下げて答えた。

 

「現在のところ、不審な兆候はないようです。全く以前のまま、ナザリックを支配すると言っております」

「……この前の影響があるのかないのか、いまいち分からないけど……。まあ、いいか。それで業務も日常通り?」

「いえ、現在は特別任務に就いております。さすがに完全に信頼できない現状では、主任務であるトイレ掃除の際に何かを仕掛ける可能性について警戒しなくてはなりませんので」

 

 盗撮カメラとか?

 

「うーん。まあ、そうだね。それで特別任務って?」

「現在はニューロニスト様のところで、鼻から椎茸ヨーグルトを食べる実験を行っております」

「なに、その実験!?」

「私には理解しかねますが、アインズ様の許可を得た実験との事でございます」

 

 

 なるほど、さすがはアインズさん。一見、意味のない行為に見えて、その奥には深淵なる目的が隠されているのだろう。

 

 

 ……な訳ないな。

 たぶん、また、あげられた要望をよく聞きもせずに許可出したんだろう。

 

 まあ、いいか。

 先程も考えたが、アインズさんはギルドマスターであって、俺はかつてのギルメンの娘って設定。上下関係として、向こうが上で俺が下。

 よほどの重大事項ならともかく、多少の事でその決定に異議を挟むとかは控えたい。

 

 そう考えると、この前、エクレアがおかしくなった時に〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉で〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使うとか言い出さなくてよかった。

 

 アインズさんの発言、しかもナザリック旗下の者を助けるためという名目がつくと反対など出来ない。

 この何がどうなるか分からない世界で、万能な効果が期待できる〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉はとても貴重だ。もちろん、そのうち使用実験とかしてみなければならないが、正直、現段階で戦力にならないエクレアに使うのはあまりにも惜しい。

 最初、エクレアは当分の間、第5階層の氷結牢獄に閉じ込めておこうかと思ったのだが、あの時、アインズさんは一瞬、ちらりと〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉に目を向けた。早期の解決を考えて〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使うと言い出しかねなかった。なので、殺して再復活を提案したのだ。

 最悪、殺した後、復活できないことも考えたが、限りある〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉の使用回数を減らす事によるナザリック全体の戦力低下よりはマシと思えた。

 まあ、運よく復活に成功したから良かったが。

 

 

 結局のところ、エクレアのあれの原因は何だったんだろう?

 

 一切の魔法による治療も効かない状態異常。

 アイテムを使うのはもったいなかったのでやらなかったが、死亡でしか治せないバッドステータス? そんなのあるのか?

 この世界特有のものなのか?

 まさかとは思うが、〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使っても治せないという可能性もあるのか?

 うーん。やっぱり気になるのは無くなっていた老婆の服だよなぁ。

 実際に目にしていれば何かわかったかもしれないけど、伝聞で聞くだけでは、やはりはっきりとは判断できない。

 

 ……アイテム。

 …………アイテムなぁ……。

 ……………………アイテム……。

 

 

 

 

 

 その時、ベルの脳裏に天啓のように閃いたものがある。

 

 

 

 

 

 もしや、それはワールドアイテムだったのでは?

 

 

 

 老婆が着ていた服。

 それは、実ははるか昔、この地に来たプレイヤーが残したワールドアイテムだったとか!?

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、さすがにそれはないか」

 

 ベルはひとり呟いた。

 

 

 

 




 前々回、アインズ様は友情ゲージがMAXになりましたが、対するベルの魂胆はこんな有様です。
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