オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/5/20 「利来を達成するには」 → 「依頼を達成するには」 訂正しました
2016/10/9 「代わりのもう一杯が届いた時を同じくして」→「代わりのもう一杯が届いたのと時を同じくして現れたのは」訂正しました
 段落の初めに一字下げしていない個所がありましたので、修正しました
 文末に「。」がついていない所がありましたので、「。」をつけました
2016/11/12 「シャドーデーモン」→「シャドウデーモン」訂正しました
2017/5/17 「言う」→「いう」、「スケリトルドラゴン」→「スケリトル・ドラゴン」、「例え」→「たとえ」、「使える」→「仕える」、「捕らえた」→「捉えた」、「ブレタ」→「ブリタ 訂正しました
 


第28話 諸勢力の思惑ー3

「な、なんだと!? その姿はまさか……デスナイト!」

 

 

 王都でも最上級の冒険者の宿屋。

 その一階にある酒場兼食堂に驚愕の声が響いた。

 

 この場での会話は耳に入ってもお互い口を挟まず、聞かないふりをするというのがここを定宿とする冒険者たちの不文律であったが、常に冷静沈着にしてその実力も随一であるアダマンタイト級冒険者イビルアイの叫び声に、思わず振り返った。

 

 さすがに、その視線に気づき、イビルアイは再び席に着く。

 そして、この場での話が他人に聞かれぬように魔法を使った。

 

 こちらに向いていた他の席に座る者達の視線が無くなるのを確認してから、改めてガゼフに問いただした。

 

「それは確かなのか? 本当にデスナイトだったのか?」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ここはリ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼ。

 

 普段であれば、行き交う人並みのざわめきや商品を売り込む露店の呼びかけが響き渡り、活気あふれる大通りであるが、すでに夜の薄暗がりが近づいてきている今の時間帯には通りを行くものの姿もまばらだった。

 昼の顔である商店の立ち並ぶ大通りは眠りにつき、これから賑わいを見せるのは眠る事のない歓楽街だ。

 通りを行く者達は家路を急ぐか、それとも金の入った革袋を懐に夜の街に繰り出すか。どちらにせよ、皆、足早に通り過ぎていった。

 

 

 そんな中、灰色の外套を羽織(はお)り、一人の男が道を急いでいた。

 

 そうして、ようやく目当ての場所までたどり着き、安堵の息を吐く。

 

 門柱につるした角灯に火を入れようとしていた男、この宿屋の警備兵が人の気配に振り返り、目の前に立つ人物を見て目を丸くした。

 その男は軽く挨拶をして、中へと入る。

 警備の男はその肩を止めようともせず、背を正し「どうぞ」と見送った。

 

 ここは王都でも最上級の宿屋であり、不穏な外見の人物やふさわしくないと判断された者は、入ろうとしても宿の警備兵に止められ、つまみだされることになる。

 だが、今現れたその男を不審人物として止められようはずもない。

 

 近隣諸国にまでその武名が轟いている人物、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの事を。

 

 

 

 ガゼフが入り口をくぐると、宿屋の音が一斉に静まった。

 誰もが入ってきた人物を確かめようと振り向き、そのまま凍りついた。

 

 そんな視線を気にも留めず、ゆっくりと室内を見回すと、目的の人物達を見かけたらしく、そちらへと足を進めた。

 

 宿屋のなかでも最も奥まったところにある丸テーブル。

 

 王国に2つしかないアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』の定位置である。

 そして、今そこには蒼の薔薇のメンバー4人が顔をそろえていた。

 

 

 

「時間をとっていただき申し訳ない」

 

 そう言って椅子に腰かけるガゼフ。そんな彼に蒼の薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アランドラは首を振りつつ恐縮の声をあげた。

「いえいえ、こちらこそ。ストロノーフ様に足を運ばせてしまい申し訳ありません。王城内で会うと色々と目立ちますので。とりあえず、お飲み物を頼みましょうか?」

 

 疲れた様子のガゼフを見て、手をあげ給仕の者を呼ぶ。

 ガゼフは水で割った葡萄酒を頼み、運んできたそれを一息で飲み干した。そして、そのままグラスを返し同じ物をもう一杯頼むと、ようやく人心地ついたように息を吐いた。

 

 

 そう、今のガゼフは疲れていた。

 肉体的にきつい任務を終えたばかりという訳ではない。

 つい先程まで王城で、いつもの結論の出ない、迂遠な皮肉と直接的な罵倒という相反する2種類のものばかりが飛び交う会議という名目の権力争いに顔を出していたためだ。

 

 正直、あれらの行為には何の意味があるのかすら、平民出身のガゼフには分からない。

 貴族にとっては剣を使わない戦争そのものであり、そこでの敗北は己の進退にもかかわる重大な問題なのであろう。

 だが、かと言って、それに巻き込まれた方としてはたまらない。彼らには彼らの考えや掟があるのだろうが、それより敵国との生存競争を最優先してほしいというのがガゼフの思いだった。

 

 

 特に今回長引いた原因は、帝国との国境付近にあるエ・ランテル近郊の村を襲撃していた者達の件である。

 何者かがエ・ランテル近郊の村を襲撃しているという話があった。その為、ガゼフが一軍を率いて討伐に向かおうとした際、貴族の一部がそれに反対した。

 

 曰く、エ・ランテルは王の直轄地なので、国軍を動員することは出来ない。

 曰く、そのような無法者討伐程度に国の秘宝を用いるわけにはいかない。

 曰く……。

 

 その結果、ガゼフに使用が許可されているはずの国宝である装備も身に着けることは出来ず、自分直属の部下達のみを連れて、討伐に向かう羽目になったのだ。

 

 そうして、本来であれば枷をつけられた獣は為す術もなく狩られる運命にあったのだが、その地で知己となった者の助けで、死地を生き延びたばかりか、襲撃者を返り討ちにして生きたまま捕虜として連れ帰ってきてしまった。

 

 しかも、その者の口から聞かされたのは法国の陰謀。

 それが露見し、更に事態は紛糾することとなった。

 

 法国を滅ぼせという者。そいつを使って法国との交渉を有利に進めようという者。そもそも、その者のいう事は信用出来ず、これは王国と法国を戦わせようとする帝国の陰謀だという者。中には全てガゼフの出まかせであると主張する者まで出る始末。

 さらに、そうした議論が続いている間に、そのニグンが何者かに暗殺されてしまい、もはや妄想に近い、というか妄想そのものでしかない陰謀論が互いに繰り広げられ、収拾のつかないような事態になってしまった。

 

 最終的に王の一声で何とか収まりを見せたものの、その火種はくすぶったままだ。

 

 

 代わりのもう一杯が届いたのと時を同じくして現れたのは、蒼の薔薇のメンバー5人のうち、この場にいなかった最後の1人、見上げるような偉丈()ガガーランと、こちらはよく見知った顔、ラナー付きの騎士クライムだった。

 クライムの登場には少々驚いた。少し顔を紅潮させている程度のガガーランと汗だくのクライムという組み合わせから、宿の裏庭で稽古をつけていたのだろう。そのような話は耳にしていた。決して、他の者が語っていた下賤な噂のとおりではないだろう。

 

 そこにガゼフがいるのを見て取り、疲れ切った表情を見せていたクライムが慌てて背筋を伸ばし、深く頭を下げて挨拶した。そして「内々の話であれば、自分はこれで失礼いたします」と言い、ガガーランに礼をのべてその場を去ろうとしたが、ガゼフがそれを止めた。 

 

 クライムは現王の第三王女ラナーの信任厚い騎士である。彼の耳に入るものは、ラナーの耳に入るものと考えてもいい。

 派閥争いで揺れる王国であるが、個人的にクライムは信頼できると思っているし、ラナーは特にバックはいないものの王女という身分の為、ガゼフと同じ王派閥に属していると考えられる。それにラナーは知恵者としても知られている。剣戟と血臭(けっしゅう)しか詰まっていない自分の頭にのみ情報を占有しているよりは、そちらにも話を伝わらせた方が良いだろうと思えた。

 

 

 そして、ガガーランとクライムに飲み物を運んできた給仕が去るのを合図に、先だってのカルネ村での一件を詳しく話して聞かせた。

 

 貴族でもあるラキュースはそれらの報告を聞いており、彼女の口から蒼の薔薇のメンバーも耳にしてはいたが、それはあくまで上への報告として挙げられた情報である。法国の工作員がかかわっていたなどは聞いていたが、戦闘の詳細などは聞き及んではいない。貴族たちにとって重要なのは、誰が何の目的でそれを行ったかであり、どのように撃退したのかは枝葉末節でしかないのだ。その為、カルネ村で通りがかりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)一行が、ガゼフと協力してそれらを退治した程度にしか聞いていなかった。

 

 彼女らも冒険者として剣に命を懸ける者達である。

 強者の情報を仕入れることは、命にかかわる大事であり、ガゼフの語る内容には熱心に耳を傾けた。

 

 そして、その魔法詠唱者(マジック・キャスター)が召喚したアンデッドを聞いたイビルアイは、彼女らしからぬ様子で叫び声をあげた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「それは確かなのか? 本当にデスナイトだったのか?」

 

 息せきかけ尋ねる仮面の人物に、ガゼフは当惑しながらも答えた。

 

「たしか、……そのように話していたな。俺が直接聞いたわけではないが、彼らは仲間内で、あのアンデッドの事をそう呼んでいた」

 

 その答えに、がんと頭を殴られたように硬直し、イビルアイは言葉をなくした。

 

「信じられん。7体ものデスナイトをたやすく召喚し、しかも従えるなど……」

 呆然とつぶやいた。

 

 その様子にガゼフとクライムだけではなく、付き合いの長い他の者達も当惑したような表情を浮かべた。

 

 彼女たちも冒険者だ。代償もなくアンデッドを生み出す魔法というのは高位のものであるという事は知っており、それを行ったアインズ・ウール・ゴウンという聞き覚えの無い魔法詠唱者(マジック・キャスター)の実力は大したものなのだろうとは思う。

 だが、デスナイトという聞き覚えの無いアンデッドの名前を聞かされても、それがどれだけのものかは分からなかった。

 

「おう、なんでぇ。そのデスナイトって奴はそんなに凄いもんなのか?」

「凄いなどというものではない。伝説クラスのアンデッドだ」

 

 そう言うと、デスナイトというアンデッドはどれだけ危険な存在なのか滔々と語った。

 最初はふむふむと聞いていた顔が、見る見るうちに蒼白なものに変わっていく。

 

「なんだ、そりゃ? なんで、そんなもんを従えられるんだよ」

「知るか! 1体でも下手な都市国家一つくらいは壊滅させられるほどのアンデッドだ。それを同時に7体など……。かつての十三英雄すら超えるやもしれんぞ」

 

 その言葉に皆息をのんだ。

 

 十三英雄。

 200年前、何処(いずこ)から現れたかもしれぬ魔神との戦争で人類を勝利へと導いた伝説の英雄たちだ。

 そのカルネ村に現れたというアインズ・ウール・ゴウンはそれに匹敵するという。

 

「おそらく通常のアダマンタイト級冒険者パーティー1つで、デスナイト1体を相手に出来るくらいだろうな」

「イビルアイなら勝てる?」

 

 その問いには首肯した。

 

「勝つことは出来る。だが、あれはとかく防御に長けたアンデッドだ。倒すのは、かなり手間だな。もし7体ものデスナイトが王都を襲ったとしたら、……すべて倒しきる頃には、この都は死の街になっているだろうな」

 

 あの時、下手な態度をとっていれば、王国も危うかったかもしれない。

 イビルアイの言葉に、ガゼフは氷柱から滴る水滴がその背を打ったような感覚を覚えた。

 

 

 

 仮面の少女の言葉に誰もが言葉を失うなか、ガガーランはジョッキのエールを一息にあおった。

 

「まあ、しかしよ。そいつがその村を助けてくれたって事は、困ってる人を助けるくらい義侠心がある奴なんだろ? それも報酬の話もろくに聞きもしないで、後回しでいいっていうくらい。だから、アンデッド操ってるったっても、善い奴って事なんじゃねえの?」

 

「まあ、確かにそうね。そんな強大なアンデッドを操ってるって聞いてびっくりしたけど、やったこととかを聞く限り、決して悪人って訳じゃなさそうだわ。出来れば、落ち着いて話をしてみたいところね」

 

 その言葉にティアがうんうんとうなづいた。

「うん。そのかわいい女の子とゆっくり話してみたい」

 

 ティアの興味は、魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウンではなく、彼と一緒にいたベルという少女に向いていた。

 彼女の性癖を知らないガゼフとクライムを除く他のメンバーは、やれやれという表情を浮かべた。

 

「でも、確かに気になる。戦士長とまともに戦える少女とか、信じがたい」

「うちのおちびちゃんの知り合いか?」

 笑いながら、イビルアイに目をやる。

 視線を向けられた見た目だけ少女は顔色一つ変えずに、まあ仮面をかぶっているから顔色は分からないのだが、わずかに虚空に視線を巡らせ口を開いた。

 

「ベルか……。聞いたことは無いな。しかも、南方で着るというスーツ、それも男物を身に纏い、フローティング・ウエポンを使いこなすとはな」

 

「その手の武器は意表をつくには使えるけど、使いこなすのは困難。そんな武器を使いこなせるなんて、うちのボスとエドストレームくらいしか聞いたことない」

 ラキュースが浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)というマジックアイテムを使用することは有名だが、一緒に語られたもう一人の名前はその場にいる者達、ティアを除いては、聞き覚えのないものだった。

 

 言ったティナに、クライムは誰なのか尋ねた。

 

「エドストレームは王国の裏社会を束ねる犯罪組織『八本指』の中で、荒事に長けた警備部門の人間。そして、その中でも最強と言われる『六腕』の1人。『踊る三日月刀(シミター)』の異名を持つ。まあ、今はもう八本指にはいないけど」

「? どういう事なのですか?」

「エドストレームは八本指を抜けた。彼女だけじゃない。同じ六腕の『千殺』マルムヴィスト、『空間斬』ペシュリアンも同時に抜けて、エ・ランテルで八本指に対抗する組織を作ってる。そのせいで、今、八本指は大騒ぎ」

「組織を抜けた? しかも対抗組織を作った!? なんだ、そりゃ?」

 

 ガガーランが驚きの声をあげるが、それはこの場にいる皆にとっても、再びティアを除いては、初耳の情報だった。驚きの表情を浮かべたラキュースが詳しい情報を言うよう促す。

 

「エ・ランテルで八本指に代わる組織が立ちあげられた。エドストレーム、マルムヴィスト、ペシュリアンらの有名どころが加わったこともあって、今、エ・ランテルの裏社会は完全にそっちに乗っ取られてる。そっちへの対処のおかげで今、八本指は王都での活動が減ってる感じ」

 

 誰かは分からないが、ごくりと生唾を飲む音が聞こえた。

 もしその話が本当だとするならば、それこそ王国にはびこる派閥争いにまでかかわる大事となりかねない。

 

「その組織って?」

「ギラード商会っていう、エ・ランテルの故買屋。もともと八本指傘下ではあったけど、名前も覚えられないようなはるか下の商会。というか、ただの店。それが突然、急速に勢力を拡大している」

「なにそれ? そんなところが、その八本指の中でも実力者の3人を引き抜いて、独立したって訳? そして一気にエ・ランテルを押さえている? どういう事よ?」

 

 疑問符だらけの言葉だが、まさに聞いているものの心のうちを明確に表していた。

 

 闇社会に生きるものが裏切る。

 当然、そこには法はない。

 生きるか死ぬかの選択は、より力のある方につくという、完全なる弱肉強食の世界。

 裏切るという事は、人質を取られたでもない限り、明確に勝算あっての事。

 

 しかし、聞かされたギラード商会。

 よもや、聞いた通りそのままであるはずがない。

 商会はあくまで矢面に立つ存在にすぎず、裏に何かがいるのは明白だ。

 では、そのバックに立つものは一体……?

 

 皆、頭をひねるが情報が少なすぎる今の状況では結論までには至らない。

 

「そう言や。エ・ランテルって、この前、大騒ぎになったんだって? アンデッドが大量に湧いたとかで」

「ああ、なんでも、ズーラーノーンの者が騒ぎを起こしたらしいな。解決はしたものの、それで街は大きな被害を受けた。その混乱につけ込んだという事なんだろう」

 

 ガガーランとイビルアイの話に、ガゼフは渋い顔をする。

 その騒ぎの際に、何者かが街中で火事場泥棒を行い、エ・ランテルに住まう民草達の財産や、頑丈な金庫にしまわれた都市そのものの運営費が奪われたらしい。そのため、財産を失ったものが着の身着のまま飢えている状況なのに、エ・ランテル自身では資金不足から対処できず、王都から大量の資金を回す羽目になった。

 

 その時、ふと今話していた事と繋がるものを感じた。

 

 ガゼフは、「あまり口外しないでほしいのだが」と前置きし、先だっての騒ぎの際、エ・ランテルで起きた大規模な盗難について蒼の薔薇らに話して聞かせた。

 

 みなまで言わずとも、その話はすんなりと得心がいった。

 

「なるほど。そのギラード商会とやらの連中がズーラーノーンの騒ぎにかこつけて、街中で略奪を行った。そして、その時奪った資金を元手に、エ・ランテルの裏社会を牛耳ったという事か」

「ほんとうにふざけた話ね」

 

 ラキュースはその端正な顔に明確に憤りを表し、吐き捨てるように言った。他の者達も大なり小なり、その腹に据えかねるものを感じている。

 

「案外、そのギラード商会はズーラーノーンにも手を貸していたのかも。そうでもなければ自分たちもアンデッドに襲われて、金を盗むどころじゃないし」

「確かにその可能性もあるわね」

「ふむ。ズーラーノーン、すなわちアンデッドや魔物との繋がりもあるとすれば、先日から王都に紛れ込んでくる連中の説明もつくか」

 

「イビルアイ様、王都に紛れ込んでいる連中とは?」

 クライムが息せき切って問いかける。

 

 この王都には彼の敬愛する主、ラナーがいるのだ。

 この都が今、話に聞いたエ・ランテルのように地獄となったら、と想像し恐怖を覚えた。

 

「ああ、先日から数体、シャドウデーモンが王都に侵入しようとしているようだ」

 

 聞き覚えのない名前にクライムとガゼフは首をひねった。

 2人は冒険者である蒼の薔薇と違い、あまりそういった怪物の知識に長けているわけではない。

 

「冒険者の難度で言えば90くらいか。まあ、一体一体はアダマンタイト級冒険者1人に匹敵、もしくはやや上回ると言えばいいか」

 

 その言葉に絶句した。

 アダマンタイト級冒険者と言えば、怪物(モンスター)に対する人類の切り札。

 その者達と同格とも言える魔物が何体も人知れず、絶対安全と思われていた、この王都に忍び込もうとしていたのだ。

 

「その怪物(モンスター)達は……?」

「ああ、心配いらん。全部で5体ほどいたが、全て私が倒した」

 事もなげにイビルアイは答えた。

 

 その答えに安堵の息を吐くと同時に、わずかに疑問を覚えた。

 先の説明では、シャドウデーモン1体はアダマンタイト級冒険者1人と同等のはず。そんな怪物(モンスター)をたった一人で倒せるイビルアイは何者なのか、と。

 先程のデスナイトの説明でも、そうだった。アダマンタイト級冒険者パーティー1つでようやくデスナイト1体を相手できると言っていたのに、そのアダマンタイト級冒険者であるイビルアイはデスナイトを倒せると言っていた。

 アダマンタイト級を超えるクラスは存在しない。イビルアイは通常のアダマンタイト級よりはるかに強者なのに、ランクとして上の階級が存在しないため、同じ地位に甘んじているという事なのだろうか? そのような人間がいるのだろうか? 常にかぶっている、その仮面に隠された正体は何者なのか?

 

 疑問がクライムの頭に浮かぶ間にも場の話は進み、皆の関心はエ・ランテルでの事件の詳細に戻っていた。

 

「それで、結局のところ、『漆黒』のモモンがその件を片づけたようだ」

「『漆黒』? 冒険者のチーム名よね? 聞いたことないんだけど」

「ああ、つい先日、冒険者登録したばかりだからな。それでいて、実力は十分。エ・ランテルの事件を解決した功績でミスリル級が与えられ、その後も通常のミスリル級が1~3か月ほどかかる依頼をわずか数日でこなすという離れ業を繰り返し、今度、オリハルコンへの昇格が決まった所だそうだ」

「はあ!? 何よ、それ?」

 そのケタ外れの業績に、ラキュースは思わず声をあげた。

 

 冒険者が依頼を達成するにあたって、最も重要なのは情報である。

 その為、一つの依頼を達成するには入念な前準備が必要となる。

 だが、数日で依頼をこなすという事は、情報を集めることなく、実力のみで諸問題をねじ伏せているという事。

 一体、どれほどの力を有するのか。

 

 イビルアイはとりあえず今のところ知りえる情報を語る。その武装、容姿、パーティー構成など。

 

「ちょっと聞くけど、エ・ランテルの件を解決するのにはどうやったの?」

「なんでも、仲間たちを引き連れズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒したらしい。護衛のスケリトルドラゴン2体を倒してだ。逃げ遅れた者達を助けるためには、魔封じの水晶で威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)まで召喚したらしいぞ」

「それは……凄いわね」

 

 正直あきれ返って、言葉もなくすほどだ。

 一体、どこから驚いていいのだろう。

 

 今、語られたところによると『漆黒』の構成は2人と1体。それで、ズーラーノーンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)にスケリトル・ドラゴン2体まで倒す? 一体、どれだけのものだというのか。

 しかも、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の召喚とまで来た。200年前、十三英雄の時代に召喚されたという、魔神すら倒すほどの最強クラスの天使。じつにふざけているとしかいいようがない。

 さらに、これは未確定情報を合わせた自分の推測だがとイビルアイは前置きして、先に話したデスナイトらしきアンデッドがエ・ランテルで目撃された事、その後はそれらしい目撃情報がないので、もしかしたらモモンが倒してしまった可能性もある事を話した。

 

 

 女性陣およびクライムがあれこれと言葉を交わす中、ガゼフは一人思考の海に沈んでいた。

 

 そんなガゼフにクライムは声をかけた。

「どうなさいました、ガゼフ様?」

「うむ……。少し尋ねても言いか?」

 

 ガゼフの言葉に、何だろうと皆振り返る。

 

「その威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が封じられているという魔封じの水晶。それはどれほど希少な物なのか?」

 

「はっきり言って言葉に出来ぬくらいだな。魔封じの水晶はいかなる位階の魔法もその内に封じ込めることが出来るというアイテム。その価値は計り知れん。私も数度見たことがあるくらいだな。金銭に換算出来る物ではないが、それこそ黄金が馬車単位で数えねばならぬほどは必要だろう。まあ、市場に出回る事などなく、国がその宝物庫の奥深くにしまい込んでしまうだろうがな。噂では、法国がいくつか保有しているらしいが。それに威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する魔法など、現在の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に使用出来るものではない。そんな魔法が封じ込められている魔封じの水晶など、よっぽど高難度の迷宮(ダンジョン)の奥深くにでも行かねば手に入らぬだろう」

 

 イビルアイの解説に、ガゼフは再び「うむむ……」とうなる。

 

 

 その脳裏に浮かぶのは、カルネ村での光景。

 

 思い返すのは、自分を殺すためにやって来た陽光聖典の隊長ニグンと恐るべき魔術の使い手アインズ・ウール・ゴウン、ならびにベルという少女の会話。

 

 優位と思っていたところ、逆に自分たちが囲まれたうえに、頼みにしていた天使たちがその恐るべき魔法により壊滅させられた後、あのニグンという男は切り札として懐からアイテムを取り出した。

 使用する前にベルによって奪われてしまっていたが、あの時の会話の中で確かに、そのアイテムは魔封じの水晶であり、そして封じられているのは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)であると言っていた。

 

 ガゼフはマジックアイテムなどに関して、各地を放浪してきた戦士としてそれなりの知識は有していたが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)など専門の者ほど詳しくはない。それがどれほどのものかその場では理解できなかったが、たしかにそれらの言葉が耳に残っていた。

 

 今、イビルアイによって語られた、計り知れない価値を持つ威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚できる魔封じの水晶。

 

 それがカルネ村とエ・ランテルという、ごく近い場所でかつ短期間のうちに、その名が出てくるなど偶然と呼ぶには出来過ぎている。

 

 

 突然、マジックアイテムに興味を示し、難しい顔で思案にふけるガゼフを皆、不審げに見ていた。

 

 

 ガゼフは、思い切って話してみることにした。

 

 

 カルネ村での戦闘でアインズ一行が魔封じの水晶を手に入れたという事は、報告としても上げていない。

 法国の人間が王国内で暗躍し、それを捕らえたというだけでも貴族たちは大騒ぎしているのだ。その法国の者が保有していた、たとえよくは分からなくとも、重要そうなアイテムを謎の人物が自分のものにしたと知れれば、貴族たちからそのアイテムを取り返せ、接収しろという声が出る事は想像に難くない。

 下手をすれば、持ち主である法国の人間を王国が捕らえた以上、そのアイテムの所有権は王国にあり、その魔法詠唱者(マジック・キャスター)の行為は窃盗にあたるため、縄でくくって引き連れてこいなどと言い出す可能性すらあった。

 強大な力を持つと思われる魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウンと友好関係を築きたいと願っているガゼフとしては、そのような事になる事態は絶対に避けたいところだった。

 自らが仕える王にだけは秘かに耳に入れていたものの、現国王ランポッサ三世もまた、自らに忠実な戦士長と意見を同じくし、その件は秘しておく事にした。

 

 だが、ここにいるのは信用が出来る者たちだ。自分一人の胸の内にしまっておくよりは、知恵を借り、情報を共有した方がよかろうと判断した。

 なにせ事が事だ。

 あの時は、何か分からないがそれなりに強力なアイテムくらいにしか思っていなかったが、今、聞かされた話によると桁違いのアイテムだったらしい。すこしでも情報を得ておきたい。

 

 

 そうしてガゼフの口から語られた事実。

 2つの場所で存在を示された威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚できる魔封じの水晶。

 

 そこから想像できる事柄に、皆、息をのんだ。

 

「つまり、冒険者モモンがエ・ランテルで使った魔封じの水晶は、カルネ村で魔法詠唱者(マジック・キャスター)ゴウンが陽光聖典から奪ったものって事?」

「可能性は高いな。そんな希少な物。それも封じてあるものまで同じである別物というのは考えられれん」

「どういうこった? つまり、そのゴウンってのと、モモンは仲間って事か?」

「売った可能性もある」

「ないと思う。さっき、イビルアイが言ったみたいに、それを買うのには莫大な金額がかかる」

 

 蒼の薔薇が口々に語る中、クライムはふと思いついた。

 

「あの、ただの思い付きで差し出がましいのですが、よろしいですか?」

「ん? なんだ? なんでもいいから言うがよい」

「今、話に聞きました冒険者モモン一行と、魔法詠唱者(マジック・キャスター)ゴウン殿の一行で共通しているような人物が」

「え? 誰のこと?」

「はい。どちらの一行にも黒の全身鎧(フルプレート)を着た戦士がおります」

 

 ハタと思い浮かんだ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間は、その顔を仮面で覆い隠した魔法詠唱者(マジック・キャスター)ゴウン本人と、スーツを身に纏ったベルという少女、そして黒い全身鎧(フルプレート)で身を包んだアルベドという名の女戦士だった。

 対してモモン一行は、ルプーという女神官、トブの大森林で森の賢王と呼ばれていた魔獣ハムスケ、そして漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだモモンその人だ。

 

 黒の全身鎧(フルプレート)

 その価格はかなりのものである。また、その重量からずっと着続けることが出来るような筋力の持ち主もそうはいない。そして、どちらの人物も常に頭部全体を覆う兜をかぶり、その顔は分からない。

 だが、確かに全身鎧(フルプレート)に身を包んではいたものの、ガゼフが目にしたアルベドは女性らしい体形が見て取れるものを身に着けており、モモンの鎧とは似ても似つかぬ物だった。けれども、あいにくとこの場にいる者達の中にはモモンの姿を直接見た者はいなかった。

 

 

「いや、クライム。私が出会ったアルベドという御仁は、顔こそ見ていないものの、確かに声は女性だったぞ」

 

 ガゼフの記憶にあるアルベド。ガゼフ自身は直接話したことは無いものの、アインズとの会話でその声や口調は耳にしていた。

 

「それはいくらでも誤魔化(ごまか)す方法がある」

 

 ティナが反駁(はんぱく)する。

 かつて暗殺者として闇社会に生きたティナには、その方法がいくらでも考えついた。

 薬、マジックアイテム、特殊技術(スキル)、それに口にするのもおぞましいある種の蟲を使ったやり方……。

 声だけで判断するのは早計というものだ。

 

 

 モモン=アルベドの可能性。

 

 それとアルベドと名乗る人物は巨大なバルディッシュを使用していたとガゼフの言。そして、モモンは本来両手で扱う大剣(グレートソード)を片手に一本ずつ、二刀流で扱うという。どちらもかなりの膂力の持ち主のようだ。

 

「少々尋ねるが、そのモモンの供をしているという女神官はどのような外見なのだ?」

「褐色の肌を持つ赤毛の女と聞いたな。見た者によれば年の頃は20程度、少なくとも、10前後の年ではないらしい」

 

 一瞬、そのルプーと名乗る女神官が、カルネ村で会ったベルかとも思ったが、それは無いようだ。

 

「考えられるのは、アルベドという女性が、モモンと名乗って男性のふりをして冒険者登録したということかしら? 逆も考えられるけどね」

 

 アインズ、モモン、アルベド。

 3者ともにその素顔を見た者がいないため、何とも判断しかねる。

 アインズと名乗る魔法詠唱者(マジック・キャスター)の中身が女で、ルプーだったという可能性もあるわけだ。

 

 しばらく頭を突き合わせて考えてみたが、結局のところその答えは、今、エ・ランテルにいる冒険者モモンの正体を突き止めないことにはどうしようもないという結論に至った。

 

 

 問題は、どうやって調べるかであるが……。

 

「はいはーい。私が調べる。エ・ランテルに行ってくる」

 

 ティアがいつもの飄々(ひょうひょう)とした口調ながら、ぶんぶかと手をあげる。

 

 男より美しい女性を好むティアとしては、アルベドという女性の可能性があるモモンの素顔や、ベルというかわいい女の子の行方に興味があった。そちらは空振りするかもしれないが、最低でも、ラナーに匹敵するという噂のある女神官ルプーとは会えるだろうという思惑もあった。

 

 だが――。

 

 

「うーん。……エ・ランテルに行くの?」

 

 リーダーであるラキュースは、困った声と表情で腕を組んだ。

 そうして、しばし悩んだが、「……ちょっと、今すぐには、判断できないわね」と否定の言葉を口にした。 

 ティアは「えー」と平坦ながら落胆の声をあげる。

 

 その声を耳にしても、軽々に首を縦に振ることは出来ない。

 

 今、自分たちが急ぎでやらねばならないような仕事はないとはいえ、この王都からエ・ランテルまでは、通常の手段であれば片道10日程度かかる。ティアがエ・ランテルに行くということは、その間、蒼の薔薇の戦力が落ちるという事。そして、ティアを呼び戻そうにも20日前後という、かなりの時間を有する事になる。

 蒼の薔薇は5人のパーティーである。そのメンバーの内、一人が抜けるのだ。幸い蒼の薔薇には、ティアの代わりに、ほぼ同じ能力があるティナがいるとはいえ、その戦闘力の低下は避けられない。また、行動の指針や戦闘の陣形もかなり変える必要があるだろう。

 

 かと言って、全員で動くというのも、また出来ない。

 

 今現在、通常なら王都にいるはずのもう一つのアダマンタイト級冒険者、『朱の雫』がこの地を離れているという実情がある。自分たちがいなくなっては、万が一の際、この王都を誰が守るというのか。現に今の王都には、シャドウデーモンというアダマンタイト級でなければ対処できない魔物が侵入しようとしているし、それこそデスナイトとやらが現れたら……。

 そもそも、別にモモンの正体を探る事は、重要ではあるだろうがアダマンタイト級冒険者である自分たちがやらねばならない喫緊(きっきん)の課題という訳でもない。

 

 しかし、ラキュースは胸騒ぎがしていた。

 この件は調査しなければ、重大事になるという勘が働いた。

 それこそ、この王国そのものに害になる可能性もあるほど重大な事に。

 冒険者として活動するうえで、この勘というものはけっして馬鹿にならないものだという事は身に染みて実感している。

 放っておくのは悪手だ。

 

 だが、リスクもまた考えねばならない。

 その為、保険はかけておかねばならない。

 

 ラキュースは、その場にいた男の目を見て言った。

「ねえ、クライム。悪いんだけど、このことはラナーの耳に入れておいてもらえるかしら? もしかしたら、ラナーの力を借りることになるかもしれないし。後で私も相談しに行くけど」

 

 そう頼んだ。

 

 もちろん今ここで話したことを、クライムがラナーにすべて報告することは分かっていた。

 だが、敢えてそう口にした。

 万が一、いざというときは王女であるラナーの権威を使わせてもらうためだ。

 

 無理矢理な方法だが、魔法の使い手を酷使することでエ・ランテルへの伝達、及びエ・ランテルから1日での帰還も可能ではある。だが、それには色々と、金銭的にも権限的にも、無茶をする必要がある。その際にラナーに口添えを頼むつもりだ。もちろん、それをやったことにより、派閥間に与える影響が考えられるため、可能な限りはそうはしないつもりではあるが。

 

 クライムも長年ラナーに仕えて、言葉の裏に隠された内実、様々な意図や思惑が裏にある事は分かっていた。仮にそれを行った場合、厄介な派閥の抗争に巻き込まれ、彼の仕える主に影響が及ぶことも。

 だが、ラナーの提案したそれが王国を守る事に繋がり、ひいてはラナーの安全の為になると理解したため、しっかとうなづいた。

 たとえ、非才の身なれど、何があってもラナーを守るという決意のもと。

 

 ガゼフはそんな彼の事を眩しそうに、何も語ることなく見つめていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンの鼻は、わずかな空気の揺らぎを捉え、その身を浅い眠りから目覚めさせた。

 

 その開いた瞼の奥が捉えたのは、かつての仲間の姿。

 白髪の老婆ながら、腰にはその身に似つかわぬ立派な剣を帯びている。

 

 リグリット・ベルスー・カウラウ。

 伝説に謳われた十三英雄にして、遥かな時の流れに人である身を蝕まれたものの、今なお人をはるかに超えた力をその身に湛えている人物である。

 

「久方ぶりじゃな」

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオン――ツアーは懐かしい人物の来訪に、その目を細めた。

 

「ああ、久しぶりだね。実は私も会いたいと思っていたんだ」

 

 その答えにリグリットは不審げな顔を見せた。

 

「なんじゃ? 用があるというのなら、昔、旅をしたわしの本当の仲間、そのがらんどうでも寄越せば……ん? 何があった?」

 

 リグリットが目をやるその先には、かつて自分達と共に旅をしていた際、ツアーが遠隔操作で動かしていた白銀の鎧が置いてあった。

 だが、今、美しい光を反射するその姿は焼け焦げ、黒いすすで汚れていた。

 

「そのことだよ。再び、世界を汚す力が動き出したかもしれない」

 

 そう言って、先日の遭遇、漆黒聖典とダークエルフの2人、それとブレインらとの経緯を話して聞かせた。

 

 

「ブレインか……。見込みのありそうな奴じゃったんじゃがの。そんな戦闘に巻き込まれたのではな」

 リグリットは遠い目でつぶやいた。

 

 だが、すぐ気を取り直して、目の前の竜へと聞いた。

 

「それでお主が気になっとるのは、ダークエルフの子供2人か」

「ああ、そうだよ。何故だか知らないけど、少女が少年の姿をして、少年が少女の姿をしていたがね。弟の方はマ-レと呼ばれていたかな」

「む? ふぅむ……。100年に一度現れる『ぷれいやー』は妙な姿をしている事が多いらしいし、それに配下の『えぬぴいしい』にも同様に、おかしな格好をさせていることが多々あるしの」

「うん。それに、あの魔法の威力は、竜ならともかく普通の人間たちには無理だろうね」

「それほどまでか?」

「何なら、場所を教えるから、調べに行ってみるかい?」

「面倒じゃな。わしは冒険者は引退したんじゃ。そんなのはあの泣き虫にでもやらせるか」

 

 そう言って、皺だらけになった顔でからからと笑った。

 ツアーはわずかに考え込む。頭に一人の人物が思い浮かんだ。

 

「あー、彼女か。君の代わりに冒険者をやらせているんだったかな?」

「良い勉強になるじゃろ。あいつにとっても、ラキュースらにとってもの」

 

 ふと、ツアーは思案気に視線を飛ばした。

 

「そうだね。リグリット、冒険者を止めた君には悪いんだが、すまないがちょっと調べてもらいたいことがあるんだけど、いいかな?」

「……まあ、何を言いたいのかは分かるが。言うてみい」

 

 ツアーは傍らにある、自分がここにいる理由――八欲王が残したギルド武器に目をやった。

 

「このギルド武器に匹敵するアイテム。もしくは『朱の雫』が保有しているようなユグドラシル製のアイテムの所在を調べてほしいんだ」

「分かったわい。それを探って行けば『ぷれいやー』の居所もつかめるかもしれんしの」

「頼むよ。そう言えば――」

 

 ツアーは顔をあげた。

 

「先程の話に戻るんだが、先の戦闘の際に漆黒聖典の者が奇妙なことをしていたんだが、何をしたのか分かるかな?」

 

 疑問の色を顔に浮かべるリグリットに、ツアーは先の出来事、老婆の服が光を放ったかと思うと、その服から光る竜が飛び立ったこと。それが前に飛び出たペンギンに当たって、ペンギンが倒れたことを語った。

 

 リグリットは、ペンギンのくだりで眉をしかめたものの、顎に手を当て考え込んだのち言った。

 

「そんな魔法とかタレントとかは聞いたことがないな。法国が持っているという六大神の遺産とやらではないのか?」

「うーん。やっぱりそうなのかな? あの魔法の後、気になって見てみたら、着ていた本人はすっかり焼け焦げて死んでしまっていたんだけど、その服はそのまま焼け残っていたし」

 

 それを聞いて、リグリットは呆れたような声を出した。

 

「なんじゃ。それなら、それを持ってくればよかったろうに」

「それも考えたんだけどね。でも、それを持ってたのは法国の漆黒聖典だったから、持ち去ったあとで現在の持ち主を調べられたら困るし。確か、今の魔法にはアイテムを探し当てるというものがあるんだよね?」

「〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉か? あれは第六位階魔法じゃから、使えるものはめったにおらんじゃろうが……。まあ、法国ならば、儀式をすることで使うことが出来るやもしれんな」

「うん。それで下手に私が持っているのが分かったら、外交問題になりかねないしね」

「まあ、確かにの」

 

 ツアーはアーグランド評議国の永久評議員という地位を得ている。そんなツアーの(もと)に法国の漆黒聖典が保有していた武装、それも殺されて奪われたものがあることが分かれば、どのような諍いの種になるか。

 

「それに、その漆黒聖典の隊長っぽい人物は、あの魔法でも生き残っていたからね。重傷は負ってたみたいだけど」

「ふむ。どの程度の魔法か、見ていないから分からんが、もしや法国では神人とか言っておる『ぷれいやー』の血を引く者か」

「可能性はあるね」

 

 ツアーは息を吐いた。

 

「うーん。やっぱり、今考えると、持ってくるべきだったかな。なにも手元に置かなくても、どこか人のたどり着けないような所に、50年くらい埋めておいても良かったし」

「後の祭りじゃな。しかし、いまさら行っても、その隊長が戻ってきて回収してしまっておるのではないか? 戦闘の後、数日は経っておるのじゃろう?」

 

 ツアーは竜の身体で、器用に肩をすくめてみせた。

 

「それで話は戻すけど、改めて考えてみると、そのダークエルフは『ぷれいやー』ではなく、『えぬぴいしい』の可能性も高いね。たしか、いなくなってもおかしくない野盗とかで出来るだけ強い者を攫うよう命令されていたみたいだったからね」

「ふむ。誰かに命令される様な存在か。たしかに『ぷれいやー』当人より、『ぷれいやー』に仕える『えぬぴいしい』の可能性の方が高いな。それに、野盗か。その近辺で消息が消えた野盗団でもいないか調べさせるか。ついでに、その戦闘跡やその付近の調査もな」

「その付近って言っても、端とはいえトブの大森林に入ってしまっているから、ついでで出来る簡単な調査にはならないと思うけど」

「とはいえ、そこで会ったダークエルフの2人以外手がかりもないのじゃろう。それにトブの大森林なら、人知れず潜伏するには絶好の場所じゃ。余人ならいざ知らず、『ぷれいやー』なら生命の危険はないじゃろうし」

「まあ、そうだね」

 

 

 そうして、リグリットは珍しく年相応のため息をついた。

 

「100年に一度現れる『ぷれいやー』か……。出来る事ならばリーダーのように世界に協力してくれる者ならばいいんじゃが……」

 

 ツアーは何も言わずに首肯した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「何よ、これ……」

 

 ブリタは思わず声を漏らした。

 

 目の前に広がるのは、黒く焼け焦げた跡。

 獣道の身が走る深い森の中、そこだけぽっかりと視界が開けていた。

 元は木々や草が幾重にも重なっていたであろう一帯が、焼け焦げたように黒くその姿を変えていた。

 

「これは……火事か? 落雷でもあったのか?」

 

 共に来た戦士がつぶやく。

 だが、仲間の野伏(レンジャー)がそれを否定した。

 

「違うな。焼け焦げているのはこの一帯だけ。もし、普通の森林火災なら、周辺まで燃え広がっているはずだ」

 

 言われてみれば確かに、燃えて焼け落ちた痕が残る木々のすぐ脇には、今も鮮やかな緑色を輝かせる木々が生い茂っている。炎からその身を守る固い幹を持たない下生えの草までもだ。

 

「むぅ……。自然の火ではなく、魔法によるものでしょうか?」

「魔法? この範囲をか?」

 

 ぐるり周囲を見渡す。

 今、彼らが立つ森の中の黒い広場は、文字通り見渡せるほどだ。

 それほど広い空間に焼けた跡がある。

 こんな広大な範囲に届く魔法など聞いたことがない。それこそ、(ドラゴン)吐息(ブレス)でも受けたのだろうと言われた方が納得できた。

 

「それにしても、こんなんで、どうやってダークエルフを探せって言うんだか……」

 

 雲をつかむような依頼に、ブリタは嘆息した。

 

 

 

 ブリタが冒険者組合から呼び出しを受けたのは、「死を撒く剣団」討伐の報酬を受け取りに行った際の事だ。

 

 その討伐は、結局アジトはもぬけの殻で野盗の1人も倒せなかったため、依頼の完全成功とはみなされず報酬は半分にされてしまった。

 

 だが、皆にとって、そんなことはどうでもよかった。

 そのアジトから見つかった財貨はかなりのものであり、参加した冒険者やワーカーで分けても結構な金額になった。それがあったため、冒険者組合からの報酬が半額になった事など、特に気にする者もほとんどいなかった。

 

 ブリタもこれまでの冒険者生活で初となるような額の金貨を手にし、七面倒なことは明日以降考えることにして、とにかくこの後は酒場にでも繰り出そうと考えていたところだった。

 

 そう思っていたら、あれよあれよという間に組合の上階に連れていかれ、普段、話すことすらない組合長アインザック・プルトンの前に座らされ、冷や汗をかいていた。

 

 組合長が聞きたかったことは、「死を撒く剣団」のアジトから出てきたダークエルフの少女2人の事だった。

 思わず震えそうになる言葉を必死で落ち着かせ、その時のことを説明する。そもそも、説明とは言っても、本当にわずかしか話もしていない。語れることなどたかが知れている。

 

 すべてを聞いた後、アインザックは腕を組んで考え込んだ。

 

 もうこの場から早く帰りたいと、ブリタは内心泣きたくなった。

 

 

 そして、アインザックの口から発せられたのが……。

 

 

 

「はあ……」

 

 ブリタはあの時の事を思い出し、再度ため息をついた。

 

 アインザックの口から出たのは、ブリタへの指名依頼。

 どんなものでもいいから、ブリタが目撃したというダークエルフの手掛かりを探れというもの。

 さらに、今すぐ取りかかれと言われた。

 

 「拒否とかできます?」と聞いてみたものの、その答えは「出来ると思うのか」という実に無体なものだった。

 

 

 おかげでブリタは酒もお預けのまま、仲間たちと共に再び「死を撒く剣団」のねぐらにトンボ帰りし、そこからダークエルフの2人があの時立ち去っていった方へと探索の足を向ける羽目になったのだ。

 正直、仲間のほうがいい迷惑である。

 

 あの時、そのダークエルフに出会ったのは3人。

 ブリタの他、ワーカーチーム『フォーサイト』のヘッケランとロバーデイクだったのだが、そちらには声はかからなかった。

 ワーカーとはいえ、彼らの実力はミスリル級冒険者に匹敵する。エ・ランテルにいる冒険者の最高もミスリルなため、この界隈では最強クラスと言っていい。まあ、今度、冒険者モモンがミスリルより上のオリハルコンになるらしいが。

 とにかく、彼らであれば条件的にも実力的にも最適であった。

 

 しかし、選ばれたのはブリタおよび彼女の所属する冒険者チームの方だった。

 

 理由はしごく単純。

 高いからである。

 

 ワーカーを動かすとなると、どうしても冒険者より割高になる。とにかく予算不足にあえぐ今のエ・ランテルでは少しでも予算は浮かせたかった。そこで、今のところ、特に危険も予想されないような調査任務であったため、鉄級という下から2番目の冒険者たちを行かせたのだ。

 安くすむために。

 

 彼らにしても、説明を受けた際に「どうしろと?」という言葉が頭に浮かぶような困った任務であった。

 だが、たとえ失敗でもそれなりの報酬、当然成功ならばもっと高く、を約束されたため、仕方なく遭遇場所から向かった方向を調べてみようと足を進めた。

 

 その結果、偶然にも森の中に奇妙な焼け跡を発見するに至ったのである。

 

 

「なにか、あったかー?」

「いや、ないなー」

 

 普段なら鳥や獣の鳴き声だけが響く森の中に、冒険者たちの声が響く。

 

 とりあえず、彼らは焼け跡を調べてみることにした。

 だが、特になにも見当たらない。仲間の野伏(レンジャー)は、何か焼け跡の上を歩いたものがいる事を発見したものの、すでにそれから数日は経っているようで、それが野生動物なのか知性あるものなのかは分からなかった。

 

 そうして、徒労という言葉が頭にちらつく中、手や顔を黒く汚しながら、しばらく捜索していると、「おーい! 来てくれ」と声が上がった。

 

 皆がそちらに向かうと、そこには一体の焼死体が転がっていた。

 

「この辺りを焼いた火に巻かれたのか?」

 

 もっともな推測を口にする。

 さらに周囲を調べてみるも、特段変わったものはなく、結局、ここにあったのはこの謎の死体ただ一つだった。

 

 皆がこの死体を取り囲む。

 

「調べてみるか。ブリタ、手を貸してくれ」

「ええぇっ!」

 

 思わず、ブリタは悲鳴を上げた。

 ブリタも冒険者ではある。死者を見たのは別段初めてという訳でもない。

 だが、死んでから何年もたち、骨や皮だけになった遺体から装備品を漁るくらいならともかく、数日前に死んだばかりの焼死体を調べる、というか触るのは敬遠したいものだった。

 

 だが、それなりにでも調査結果は報告せねばならず、それをやらなければならないというのも分かっていたため、顔をしかめつつも遺体のそばにしゃがみ込み、うつ伏せに倒れていた身体をひっくり返した。

 

 

 

 その瞬間――。

 

 ぽしゅ、という緊迫感のなさそうな音とともに握りこぶしくらいのものが、その下、身体によって隠されていた地面から飛び上がった。

 

 

「へ?」

 

 

 遺体を取り囲む者たちが呆けたように見ている前で、人の頭くらいまで飛び上がったそれは、カッという光と共に爆発した。

 

 その熱と風、そして衝撃は、ブリタの意識と生命を一瞬で吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 




 つ、次こそ、必ずやこの諸勢力編を終わらせます。


 えー、実は私はSSを書く際、長いルビがある単語などはいちいち入力するのが面倒だったため、文章の終わりにそういった単語をまとめて羅列しておいて、そこからコピペで文中に張り付けるという事をしておりました。
 なのですが、最初にそこに単語をまとめた際、何故だか魔法詠唱者のルビを「マジック・キャスター」ではなく「スペル・キャスター」と入力してしまっていました。
 その為、今まで作中の表記がずっと魔法詠唱者(スペル・キャスター)となっておりました。
 とりあえず、今までの投稿した話で見つけたところは魔法詠唱者(マジック・キャスター)に直しておきました。
 申し訳ありません。

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