オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 作中に、牧場のシーンを含みますのでご注意ください。

2016/4/8 「貧欲に」→「貪欲に」 訂正しました
2016/7/28 「娘にあたら」→「娘にあたる」 訂正しました
2016/10/9 ルビで小書き文字が通常サイズの文字となっていたところを訂正しました
 半角スペースおよび「、」が誤ってついているところがありましたので削除しました
2017/5/17 「シャドーデーモン」→「シャドウデーモン」、「浮足立ってしまう」→「浮き立ってしまう」
 ナザリックの階層をアラビア数字に訂正しました
 読点が重なっていたところがありましたので、訂正しました


第30話 おまけ 悪魔の懊悩

「なるほど。では、巻物(スクロール)に使用する皮、それの安定供給のめどが立ったという事か」

 

「はい。あくまでまだ低位の魔法を込められるものでしかありませんが。すでに採取する生物は十分な数を捕らえております。これから、治癒魔法やポーションを使用することによる、その皮の再生、および再度採取できるかの実験を行うつもりでございますが、仮に再採取がうまくいかない場合の効率の低下を勘案しましても、その生息数自体が多く捕獲も容易であるため、特に問題はないかと思われます」

 

「そうか。よくやったぞ」

 

 ナザリック第九階層の執務室にて、デミウルゴスの報告を受けたアインズは安堵の息を吐いた。

 主から直接、賛辞の言葉をかけられ、デミウルゴスは歓喜の表情をその顔にたたえて、深々と頭を下げた。

 

 

 巻物(スクロール)

 様々な魔法を込めておくことが出来る消費型アイテムである。

 これを使用することにより、魔法が使えない者も魔法を使用する事が出来るようになり、また、魔法が使える者にとっても、MPを消費することなく魔法が使えるため、非常に使い勝手がいいアイテムである。

 ナザリックの防衛のみが主任務であったこれまでより、各員が多種多様な任務に就くことになっている現況において、その需要は鰻登り。その消費量もかなりのものとなっている。

 

 だが、一つ問題もある。

 巻物(スクロール)はあくまで消費アイテム。

 使えば無くなるのである。

 

 このナザリックにはまさに膨大な数の多種多様なマジックアイテムがため込まれている。当然、巻物(スクロール)も凄まじい量があり、数えるだけで日が暮れるどころか、常人ならば数え続けることに耐えかね発狂するほどの在庫がある。

 

 だが、ほぼ無限に近いほどあるとはいえ、あくまで『ほぼ』『近い』であり、その数は有限だ。

 無分別に使用し続けていけば、いつかは枯渇する恐れがある。

 

 それを防ぐ為には新たに作成すればいいのであるが――。

 

 

 ――その作成に際し、魔法を込める羊皮紙が手に入らないのである。

 

 高位の魔法を込めるには、より特別な皮――例えばドラゴンなど――が必要になるのであるが、ユグドラシル時代ならいざ知らず、この地ではそうそう手に入れることが出来ない。試しに、この地で流通している羊皮紙を使用したところ、第1位階魔法でやっと、それ以上の魔法を込めようとすると羊皮紙の方が持たずに燃え尽きてしまうという結果となった。

 

 その為、第10位階とまでは行かなくとも、ある程度の位階を込めることが出来、比較的容易かつ大量に皮を採取可能な生物を見つけることが喫緊(きっきん)の課題となり、この度、デミウルゴスがついにそれを見つけ出すことに成功したのだ。

 

 

「それで、その皮の採取はおまえの『牧場』だけで大丈夫なのか? なんなら増員や増設も許可しよう」

「お心遣いいただきましてありがとうございます。ですが現状においては、まだ実験段階という事もありまして、私の配下のみで不足はございません。もちろん他の者の手が必要であり、それがナザリックの為と判断いたしましたら、その時はあらためて請願させていただきます」

「なんなら、いっその事、その任は他の者に任せてしまってもよいが?」

「いえ、大変やりがいのある仕事でございますので、負担になるほどの事ではございません」

「そうか。ナザリックの為に身を粉にして働くお前の忠義、賞賛に値しよう」

「おお、なんともったいないお言葉! その言葉だけで、このデミウルゴス! この身、この命の尽き果てるまで、忠誠を尽くすことを誓います」

 

 デミウルゴスの発した赤心(せきしん)の言に、アインズは満足げにうなづいた。

 

「ああ、ありがとう、デミウルゴスよ。……そう言えば、その皮を持つ獣はなんという生物なのだ?」

「ふむ……名前ですか……聖王国両脚羊でアベリオンシープというのはいかがでしょうか?」

「ふふふ……羊か。山羊の方が良いと思うがな。まあ、よい。あらためて言うが、もし牧場に不足のものがあったら言うのだぞ」

「はい。ありがとうございます。ですが、先ほど申し上げたように、現段階におきましては難渋(なんじゅう)している事はございません。皆で知恵を出し合い創意工夫を行う事により、よりよい方法を日々検討、並びに実行しているところでございます。先だっても、ベル様が視察においでになられ、色々と助言をくださいました」

「ふむ、ベルさん……か……」

 

 その時、主の言葉に含まれた感情の変化、わずかな陰りをデミウルゴスは聞き逃さなかった。

 

「ベル様がいかがなさいましたか?」

「む? いや、何でもない……」

 

 アインズは机の上で指を組み、思案気な様子を見せた。

 その姿を、デミウルゴスは無言で見守る。

 

 やがてアインズは、思い切ったように口を開いた。

 

「デミウルゴスよ。……最近のベルさんの様子はどうだ?」

「どう? と、申されますと?」

「いや、つまりだな。普段と変わった様子というか……」

「ふむ……。最近は主にエ・ランテルにおける裏社会の支配に関しまして、精力的に働いておられるご様子。そちらが多忙のため、以前、よく行っていたカルネ村の方からは少々足が遠きがちなようですが。それでも、なんとか時間を作ってはおもむかれているようです」

「う、うむ、そうか。いや、そういう事ではなくてな……。その、カルネ村で……な……」

 

 妙に歯切れの悪い言葉に、首をかしげる。

 しばらく懊悩(おうのう)していたアインズだったが、心の中で納得したのか、小さくうなづいて言った。

 

「……いや、まあよいか。すまんな。おかしなことを聞いてしまって」

 

 アインズの言葉にデミウルゴスは「とんでもございません」と恐縮して頭を下げた。

 

 

 そして、その後は他の議題に移り、いくつかの報告やそれに対する許可などを出し、謁見は終わった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 カツ、カツ、カツ。

 

 デミウルゴスの靴が固まった溶岩の上で音を立てる。

 灼熱の風がその場のもの全てを焦がし、水分の一滴までを奪い尽くそうと吹き抜けるが、獄炎の支配者たるデミウルゴスは汗一つかかず、そよ風の中を歩くように足を進めた。

 

 ナザリック第7階層、溶岩地帯。

 アインズとの会談が終わった後、デミウルゴスは即座に牧場には戻らず、自らの管轄であるこの炎熱の地へと足を踏み入れていた。

 

 第7階層に集う悪魔たちは、自分たちを指揮する者が歩み去るのを声もなく見送る。

 それは今、デミウルゴスが考え事をしながら歩いているため。

 その頭脳が思考することはナザリックが為の事であると理解しているがゆえに、その邪魔をすることはあってはならないと口をつぐんでいるのであった。

 

 そんなデミウルゴスが考えているのは、先ほどのアインズとの会談。

 その際に、ベルの事を口にした途端、アインズの顔が曇ったことだ。

 

 

 デミウルゴスは、ナザリックの(しもべ)たるもの、主の心中を察し、その命なくとも準備と行動を進めるべきだと考えている。

 その為には、主の言外の思惑を察知し、主の心にある狙い、その真意を読み取らねばならない。

 

 そうして考える。

 あの時、何故アインズはベルの話になった途端、心悩ませるものを見せたのか?

 

 

 ベル。

 しばらく前、至高なる御方ベルモット・ハーフ・アンド・ハーフの娘としてナザリックを訪れられた少女だ。

 その戦闘力は、父であるベルモットほどではないにしても、デミウルゴスらナザリックの階層守護者に匹敵するやも知れぬほどの力を保有してる様子。

 またその頭脳も明晰である。

 むろん、至高なる御方々の中でも特に知性に(ひい)で、そのまとめ役を任されていたアインズには及ばないが。

 まあ、それはさすがに比較対象が悪すぎるだろう。

 

 彼女はアインズがこの地の世俗に身を潜ませ、情報を収集している間、このナザリックの指揮管理を任されていた。

 

 少なくともデミウルゴスが実際に目にし、また聞き及んでいる範疇において、その能力は決して劣っているものではない。

 自らの知りえないことに関しては、貪欲に他人の知識を欲し、自己研鑽に努めている。そして、部下の者達を信頼して仕事を任せる一方、自分から進んで、本来上位者であるベルがやらずともよいであろう仕事を手ずから行い、それを実体験として知識と経験の向上に努めている。

 

 

 また、その性質もデミウルゴスにとって、好ましいものだった。

 

 

 

 現在、ここよりはるか遠く離れたローブル聖王国に近い荒野、亜人たちが紛争を繰り返す地に、デミウルゴスの『牧場』がある。

 

 この地における魔法や薬品等の性質、応用法など様々な検証を行う壮大な実験場と言ってもいい。

 その中でも、最大の成果と言っていいものが、先ほどアインズに報告した、巻物(スクロール)作成の際に魔法に耐えられる羊皮紙、その原料となる皮の発見であろう。

 

 この皮にたどり着くために、様々な生物、多種多様な亜人たちを捕まえ、気が遠くなるほどの実験に供してきた。

 

 その進捗(しんちょく)は亀の歩みのようにゆっくりとしたものだった。

 主が為に早く結果を出したいと、デミウルゴスの心に焦りが生まれるほどに。

 

 だが、正解は遠くではなく、すぐ足元にあった。

 

 青い鳥は目の前にいたのだ。

 

 普通の人間。

 そこらにいくらでもいるような人間の皮こそが、低位のもののみでありながらも、彼の求める巻物(スクロール)の素材、魔法に耐えきれる羊皮紙の材料として適していた。

 

 これからもより高位の魔法を込められる巻物(スクロール)の生産の為に研究を進めなくてはならないだろうが、ともかく一息つくことが出来た。

 

 今後はまず、人間の皮……いや山羊の皮を大量生産する為の効率性を重視して考えねばならない。

 なにせ皮を剥ぐのは一人一人……一体一体、手作業で行わなくてはならないのだから。

 どのような方法が最善か検討しなくてはならない。

 

 

 どうすれば、より大量に、より簡単に、より綺麗に――

 

 ――そしてより残酷に。

 

 

 己の知識にある様々な方法を頭に思い浮かべ、それを施すことを考えるだけで、デミウルゴスの心は楽しいパーティに誘われたかのように思わず浮き立ってしまう。

 これからの牧場は忙しくなるだろう。

 

 

 デミウルゴスは、先だって、そんな『牧場』をベル自らが訪れた際の事を思い浮かべた。

 

 

 ベルはいつも通り、お供のソリュシャンを連れて来訪した。

 アインズが冒険者モモンとしての仕事で忙しいため、代理としての視察だ。

 

 あくまで研究実証を優先したため、牧場の施設はまだ即席のものであり、至高の御方の娘にあたるベルの目に入れるのにふさわしいとはとてもではないが言えるものではなかった。そのために一度は固辞したものの、ナザリックに属する者達が働く場を見るのは重要であるという、ベルの意向を尊重する形で行われた。

 本来なら、つたないながらも飾りつけや歓迎の準備――建物に生皮を剥がした人間を吊るしたり、様々な亜人の頭蓋骨を並べたり、可憐に悲鳴を上げる人間と拷問具を用意したり――をしようとしたのだが、それもご遠慮された。

 

 デミウルゴスは各種施設を案内し、可能な限り、丁寧かつ詳細に説明した。

 

 ベルは熱心にその説明を聞き、そして、人間の皮が巻物(スクロール)作成に適していると聞かされ、長い試行錯誤の末にたどり着いたその発見に感心した様子だった。

 そして、エ・ランテルの方でギラード商会の支配を受け入れず、かと言って死体が発見されると面倒なことになる人間を行方不明という事でこちらに送ってよいかと聞いてきた。

 

 もちろんデミウルゴスは満面の笑みで快諾した。

 

 そして、数名の男たちが連れてこられた。

 皆の見ている前で、ベルは素晴らしい処置を行った。

 なんでも『りある』の『ちゅうおうあじあ』というところで行われていたという『シャツ脱ぎ』というやり方だという。

 人間の腰付近で横にぐるりと切れ目を入れ、さらに左右脇を縦方向に刃を入れたあと、腹側と背中側、両方の生皮を脇下の高さまで剥ぎあげる。そして身体の前後にぶら下がった状態の皮を頭の上で茶巾ずしのように縛り上げるというものだ。もしくは、長袖シャツに相当する部分の皮をそっくりそのまま剥ぎ取ってしまうやり方もあるらしい。

 だが、ベルはそこにもう一つアレンジを加えた。

 両手は後ろで結び、頭の上で結んだ皮を足の届かない高所に渡した横木に通し、ぶら下げたのだ。

 そうして放置することによって、自らの体重により、じわじわと生皮が引き剥がされるという寸法である。

 綺麗に剥がれず、千切れたりしないように、肩口には回り込むようにノースリーブ状に切れ目を入れ、そこから頭部へ横一直線に刃を入れておくという万全のアフターケアもしておいた。

 苦痛に耐えきれず、暴れれば暴れる程、その振動で皮が引き剥がされる。皮が剥がれないように身動きせずに堪えていると、より苦痛が長くなり、ゆっくりと皮が引きはがされることになる。

 

 その状態で吊るされた男たちに、ベルは麻薬の流通ルートについて尋ねた。

 当然、男達は無言を貫いたが、長時間そうしてぶら下げられ、身体を棒の先で突きまわされた。さらに戯れに投げつけられる刺激物の苦痛、そして身をよじるとメリメリと音を立てて自らの皮が剥がれていく(さま)に一人の男が耐え兼ね、ついに口を割った。

 するとベルは、身長が足りなかったために踏み台を使って、血の滴る生皮の向こうにある男の顔と高さを合わせると、「そう、教えてくれてありがとう」とその肩を上からバンと叩いた。

 その肩への衝撃により、一息に頭頂部までずるりと皮がめくれ、支えが無くなった男の身体が下へと落ちた。赤身の姿となったその身が、下に敷き詰められた尖った砕石の上に叩きつけられ、その口から悲鳴が高々と上がった。苦痛で叫び声をあげながら、打ち上げられたエビのように跳ねまわる。そして、暴れれば暴れるほど、新たな石が皮を剥がれた肉に突き刺さり、終わりなき苦痛を与え続けた。

 

 その哀れにして愚かしい姿に、ベルやデミウルゴス、ソリュシャン、そして牧場で働くトーチャーを始めとしたデミウルゴス配下の者達、誰もが立場の違いを超えて、皆仲良く声をあげて笑ったものだ。

 

 

 その時の光景を思い出すだけで、デミウルゴスの口元がにんまりと歪む。

 

 デミウルゴスですら知らない知識を有し、なおかつその知識のみに頼らず、新たな創意工夫を行う。その才はまさに支配者としての資質を有していると言ってもいい。

 

 

 そんなベルに対するデミウルゴスの評価は、格段に上がっている。

 当初は、あくまで至高の御方の御息女として大切にしなくてはという程度の思いだったが、今では至高の41人とは並び立たずとも、それに限りなく近いほどの崇敬の念を抱いている。

 この方にならば、膝を折ってもいいと思えるほどに。

 

 

 そんなにもベルに対して畏敬の念を持っているからこそ、先ほどのアインズの態度がどうしても気になった。

 

 なぜ、ベルの様子を気にかけたのだろう?

 それも最近と言っていた。

 変わった様子と。

 何か聞かねばならぬような事があったのだろうか?

 

 

 

 悩みながら歩くうち、デミウルゴスの足は自らの居城へとたどり着いた。

 元は白く壮麗で美しかったであろう神殿、それを悪意に満ちた者達が破壊と冒涜の限りを尽くした跡、というような設定で作られた場所。

 その神殿跡地を抜け、奥に据えられた白い玉座へと腰かける。

 

 周囲の者達は、物思いにふけるデミウルゴスに配慮し、皆席を外した。

 誰一人いなくなった小高い丘の上の玉座で、デミウルゴスは思索にふける。

 

 

 先ず考えられるのは、守護者の目から見たベルの最近の仕事ぶりを聞きたかっただけという、ごく普通のもの。

 だが、それならば、何も言いよどむことは無い。「お前の目から見たベルさんの評価はどうだ?」と聞けばいいだけの話だ。そう聞かれれば、デミウルゴスは何ら包み隠さず、自分の評価を口にするだろう。

 

 だが、あの時、アインズは言い淀んでいた。

 ナザリックの主であるアインズが、言いづらいような事?

 

 およそ、ナザリックの全ては至高の御方のためにあり、ナザリックの全ての者は至高の御方に忠義を果たすために存在している。

 たとえ、どのような事であろうと――それこそ「死ね」という命令だろうと、――主が口に出して差しさわりがあるようなことなど存在しない。

 

 いったいなんだろうか?

 

「……アインズ様が言いづらい事……?」

 

 

 そこで、ふと思いつく。

 思いついてしまった。

 

 誰(はばか)ることない存在、アインズ・ウール・ゴウンがその口に出すのを躊躇するような事柄。

 

 

「もしや、アインズ様も『りある』にお隠れになるのでは?」

 

 自らの発した言葉に、思わず寒気が走った。

 

 だが、その事を否定はできなかった。

 かつてデミウルゴス自身もその事を考えたことがあるではないか。

 

 たしかにアインズは最後まで残ってくださった。

 だが、これまで残っていたからと言って、これからも残っているとは限らないのではないか?

 ただ、順番として最後になっただけであり、これから御姿を隠される事もあるのではないか?

 

 そして、アインズがいなくなった後、忠義を尽くすべき相手。

 それがベルということなのだろうか。 

 ついにアインズはこのナザリックを立ち去る決意をし、後継者として、ベルにすべてを禅譲(ぜんじょう)しようと考えたのだろうか?

 

 そう言えば、以前、アインズはベルの事を呼び捨てで呼び、その口調も上位者然としたものだったが、最近は『さん』づけで呼び、その口調も他の至高の御方と話されていた時と同様に丁寧なものだ。あれは自分がいなくなった後、ベルが至高の41人と同様に上位者として扱われるようにという、周りの者達に対する自然なアピールではないだろうか?

 

 まさか、本当に……?

 

 だが、その想像を頭を振ってかき消す。 

 

 今迄においても、アインズがこの地を去るようなそぶり(・・・)や発言などしたことがなかった。

 確かにいつかは、その時が来るかもしれない。

 だが、かと言って、今回のわずかな発言から、そんな結論を導き出すのは早計と言わざるを得ない。

 

 

 もう一度、落ち着いて一から考えてみよう。

 

 アインズは、最近のベルの様子を尋ねていた。

 ――変わった事とか……。

 

 最近ベルは冒険者をしているアインズと離れ、単独行動をしている。単独と言っても、ソリュシャンら、ナザリックの供のものがついているが。

 ベルが単独行動しているときのことを知りたがる?

 なぜ?

 

 

 ――なにか、ベルがアインズの意に反している行為を行っている可能性?

 

 

 その答えに思い当たり、デミウルゴスはその身を震わせた。

 

「まさか……、裏切りを想定されている……!?」

 

 もしや、アインズが冒険者としてナザリックの外に出ているのは、敢えて自分がナザリックから離れることで、ベルが不審な策動をしないか泳がせてみるためでは?

 

 デミウルゴスの身に冷たいものが走る。

 

 

 ――裏切り――。

 

 

 在る訳はない。

 くだらない想像だ。

 一顧だにする価値すらない妄想だ。

 

 しかし、もしあったとしたら……。

 

 

 デミウルゴスの忠誠は至高の御方にささげられている。

 すなわち、最優先すべきは至高の御方にしてギルドマスターであるアインズだ。ベルはあくまで、至高の御方の娘であり、それに向けられるものは一段落ちる。

 もし、どちらの味方に付くと言われたら、デミウルゴスは当然、アインズの側に立つだろう。他の者もそうだ。

 いかにベル当人の性質が好ましいものであり、その才気がナザリックの統治者としてふさわしいものであろうと、その事実は絶対に変わらない。

 

 しかし――当のベルがそれに気づいていないだろうか?

 賢く聡明な御方だ、もちろん自分の側に立つものがほとんどいないことは気がついているはず。

 ならばこそ、あり得るはずが……。

 

 ……いや、だからこそ、ベルは精力的に活動しているのか? ナザリックの中と外で。

 ベルは裏切りに向けて着々と手を進めている?

 

 しかし、どうしても手が足りるはずがない。

 いかな人物でもたった一人で……。

 

 ……いや、一人ではないとしたら?

 

 ベルは至高の御方ベルモット・ハーフ・アンド・ハーフの娘。

 ならば、その後ろにベルモット・ハーフ・アンド・ハーフの存在があってもおかしくはないのではないか?

 

 

 そこでふと、デミウルゴスは思い出した。

 ベルがナザリックに現れた、その日の事を。

 

 あの日、ナザリックがこの地に転移したあの日、メイドたちの報告ではヘロヘロを始めとした数人の至高の御方々がわずかな時間ながら、ナザリックにお帰りになったらしい。

 そして、ベルモットもまた。

 

 ベルモットはアインズと共に、円卓の間から玉座の間へと移動したらしい。

 だが、後にナザリックの防衛態勢を整えるために各階層の(しもべ)たちと接したデミウルゴスは、一つ奇妙な報告を受けていた。

 

 あの日、ベルモットがナザリックの第四階層、地底湖を訪れていたと。

 

 地底湖。

 その奥底にガルガンチュアが沈められているほかは、特に見るべき所もない場所のはず。

 そんなところに何故? と思っていたのだが……。

 

 ――まさか、ガルガンチュアに何か細工をするために……?

 

 

 ごくりとその喉を鳴らした。

 

 

 このナザリックにいるのは知性ある者ばかりではない。ゴーレムのようにただ命令に従って動く者達もいる。その者達を動かすことが出来たならば……。

 そう考え始めると、事はそれだけにとどまらない。各所に仕掛けられた罠なども、通常はナザリックに属する者には反応しないが、その制限が解かれたとするならば……。

 

 

 しかし――デミウルゴスは頭をひねる。

 

 

 確かにそれらを押さえられ使用されれば、ナザリックの者達にかなりの被害は出る。

 出るものの、それだけでは勝利する事など出来ないはず。

 明らかに兵力が足りない。

 先ほども考えた通り、いくらベルが旗を振ろうが、至高の御方に逆らう者など居ようはずもない。至高の御方の権威、そしてそれに捧げる忠誠は絶対なのだ。

 

 至高の御方……。

 

 

 瞬間、思い浮かんだものに対して、デミウルゴスは思わず玉座から腰をあげてしまった。

 

 

 そう、至高の御方に逆らう者はいようはずもない。

 

 だが――至高の御方は1人ではないではないか。

 

 そう、ベルモット・ハーフ・アンド・ハーフ本人がいたとしたら!?

 そして、目の前に現れ、命令したとするならば!?

 

 その考えの行き着く先、ナザリックが2分されて争う(さま)を想像し、デミウルゴスは恐れ(おのの)いた。 

 

 

 自分は一体どうすべきか?

 

 デミウルゴスは再び玉座に深く腰掛け、そのナザリック随一と言われる思考を最大限に巡らせた。

 

 もしベルが兵をあげたときの為、秘密裏に防衛体制を整えておくべきだろうか?

 それとも、先にベルに話して思いとどまってくれるよう嘆願すべきか? いや、それがうまくいけばいいが、もし説得が失敗した場合、アインズがその計画を警戒していることをベルに知らしめるだけに終わり、かえって軽挙妄動のきっかけとなるかもしれない。

 

 このナザリックに不和の種をもたらさぬためにはどうすべきか。

 

 デミウルゴスは一人思案し続けた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「――という訳なんですよ。」

 

 再度、場面はナザリック第9階層執務室。

 

 今、ここではアインズとベル、ナザリックの支配者2人が顔を合わせ、互いの状況を報告し合っていた。

 

「麻薬、とくにライラの粉末とかいうのって、何でも王国領内の奥に原料栽培を専門とした農村がそれ用に作られているらしいです。生産も流通も全部八本指がかかわってますから、流通ルートに食い込むとかはちょっと難しそうですね」

 

 ここ最近、ベルが狙っていたのは近隣諸国に流通する麻薬だった。

 

  

 麻薬売買。

 

 実に心躍る響きだ。

 

 リアルでもそちらに関わったことなどあるはずもないベルだが、なんとなくぼろ儲けできるのではないかと想像は出来る。

 儲からないなら、わざわざ犯罪組織が手を出すこともないだろう。

 

 とにかく、そういったものは依存性があるものだから、最初は軽いものを安い値段で、そして犯罪とはかけ離れた気軽なイメージをつけて流す。後は少しずつ効果が強いものを流していけばいい。

 いや、食べ物の中に混ぜてしまうというのはどうか? 人々は知らず知らずのうちに薬を常用することになる。いっそのこと、水源に混ぜてしまってもいいかもしれない。気づいた時には薬が無くては耐えられない体になっているだろう。 

 もちろんやりすぎれば、多くの者が薬のもたらす甘い酩酊にひたり続け、ただその悦楽を持続しようと薬を求める者ばかりになってしまうため、治安の悪化、産業力等の低下などをもたらす事になる。

 だが、べつに都市だの国だのの管理経営しているわけではないベルにはそんなことはどうでもいい。

 大切なことは金が儲かるかだ。それに、この地にある国の国力が落ちるという事は、相対的にナザリックの力が上昇することにもつながることになる。

 

 考えただけで夢が広がる。

 

 そう思って、麻薬ルートを手に入れようとしたのだが、そちらは生産から流通までがっちり八本指に押さえられていて、現状では手が出せなかった。

 

 現在の状況は、エ・ランテルの裏社会はあらかた牛耳ってしまっているが、エ・ランテル以外の地域に関しては、まだ情報収集の段階だ。

 特に、この前のアウラとマーレの一件以降、強者の存在を警戒し、より慎重に事を進めることを余儀なくされている。

 そんな中、八本指制圧を狙う前段階として、その拠点となっている王都の情報収集に送り出したシャドウデーモンたちは、蒼の薔薇のイビルアイという冒険者に倒されてしまう始末。

 その為、こちらから王都に居を構える八本指には手が出せずに、向こうから送られてくる工作員や暗殺者をちまちま撃退するだけという非効率的な守勢に回らざるを得ない状況だ。

 現に八本指を直接裏切ったことになっているマルムヴィストら3人に対しては、もう二桁ほどの暗殺者を送られている有様。

 

 とりあえず次善策として、人間に扮したユリを王都に潜入させることにしたが、情報収集力はシャドウデーモンの大量運用と比べて格段に落ちざるを得ないだろう。

 

 とにかく、イビルアイという存在が厄介者だった。

 王都にこの冒険者がいる限りはシャドウデーモンを送ることは出来ない。

 こいつさえいなければ、八本指の壊滅や乗っ取りも可能だろうに。

 そうすれば、夢の麻薬ルートが見えてくるのに。

 もしかして、イビルアイとやらは八本指と繋がっているんじゃないかと邪推したくもなる。

 

 何とか王都から引きはがせないか、「うむむ」と腕を組んで考えていると、ふと目の前のアインズが先程から沈んだ面持ちでいるのに気がついた。

 

 最近、よく顔を突き合わせているうちに、この骸骨顔の微妙な表情の変化というのが分かってきた気がする。

 他では確実に、全く役に立たない技能だが。

 

「どうしました?」

 

 その問いに、アインズは目線を下げたまま口を開いた。

 

「ベルさん……。何か……私に隠していることは無いですか?」

 

 突然の問いに「何かとは何ですか?」と、ベルは何を言っているのか分からないという(てい)で首をひねった。

 そのしぐさに嘘偽りはない。隠していることはそれなりにあるが、ありすぎて一体何を指すのかは分からない。

 

 アインズはアイテムボックスから〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉を取り出す。

 そして、その前で手を動かし操作した。

 

 この〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉には、いくつものマジックアイテムがごてごてと取りつけられている。その中には、画面に映ったものを記録し、そして再生する機能まで付与されている。

 

 パッと鏡面が明るく映った。

 

 それを見てベルは、はっとその身を固くした。

 そこに映し出されたのは、数日前のカルネ村の光景。ベルがおもむいた時の映像だ。

 

「ベルさん……。嘘ですよね?」

 

 アインズがかすれた声で問いかける。

 

 それに対しベルは――。

 

 

 ――くくっと口元を吊り上げた。

 

 あり得ないものを目の当たりにしたという風に、アインズはその身を震わせた。

 アインズの向ける驚愕の視線を平然と受け、ベルは口を開いた。

 

「嘘とは?」

「……ベルさん……」

「なにも疑問の余地もないじゃないですか? 見たとおりですよ。目で見たものが信じられませんか?」

「そ、そんな……」

 

 2人の横にある〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉の鏡面。

 そこにはカルネ村でのベルの姿、アインズに対してベルがひた隠しにしていた行動。

 それが今、白日の下にさらされていた。

 

「〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉とは迂闊でした……。ええ。ご覧の通りですよ。これが俺の真実の姿です。アインズさん、俺は……」

「ま、待ってください! そんな……そんなことは言わないでください」

 

 アインズは聞きたくないとばかりに耳をおさえる。

 耳に相当する部分の骨を押さえて効果があるかは知らないが。

 

 ベルはそんなアインズへ力のこもった視線を向ける。

 

「いいえ。目をそらさないでください。耳をふさがないでください。事実と向き合ってください。これが俺ですよ」

 

 その言葉にアインズは恐れ(おのの)く。

 それ以上は続けないでほしい。嘘だと言ってほしい。ぱっと表情を変えひっかかりましたねと笑ってほしい。

 だが、ベルはそんなアインズの思いを十分理解したうえで、それを踏みにじるかのようにさらに言葉を紡いだ。

 

「いいですか? 聞いてください、アインズさん。本当は、俺は――」

 

 

 

 

「――俺は、犬派じゃなくて、猫派なんです!!」

 

 

 

 

 その答えに、アインズはハンマーで叩かれたかのような衝撃を受けた。

 

「そ、そんな……」

 

 アインズはよろめく。

 その拍子に指が〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉に当たった。

 〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉の鏡面には、カルネ村でちょっと前に生まれたらしい子猫をベルがなでたり、抱き上げたりする様子が映し出されていた。

 

「な、何故なんですか!? 何故、猫なんかを!」

「いや、かわいいじゃないですか、猫。丸々としてるとことか、仕草とか」

「猫なんて、人間を堕落させる邪悪な生き物ですよ! 俺たちは皆、犬派だったじゃなかったんですか!?」

「邪悪って、カルマ値マイナス500の人が言いますか……。それにギルメンにも結構、隠れ猫派いましたよ。スーラータンさんとか、チグリスさんとか」

「マジでッ!! Σ(゚Д゚;)」

 

 衝撃を受けるアインズ。

 

「ちなみにるし★ふぁーさんは、『犬派猫派で分けるのはおかしい、俺は蛇派だ!』って言ってましたよ」

「あ、べつにるし★ふぁーさんはどうでもいいんで」

「……前から思ってましたけど、アインズさんってるし★ふぁーさんにきつくありません?」

「じゃあ、ベルさんだったら、るし★ふぁーさんに寛大に接します?」

「いえ、まったく。これっぽっちも」

 

 そんなやり取りをしている間にベルは〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉を操作し、現在のカルネ村、そこにいる子猫たちを探し当てる。

 

 どうやらちょうどタイミングよく、ネムが子猫たちの(もと)を訪れているらしい。

 声は聞こえないものの、きゃっきゃっと笑いながら子猫たちを抱き上げたり、その辺の物で作り上げた猫じゃらしを振り回したりして遊んでいる様子が映し出された。

 

 ぽてぽてと足取りもまだおぼつかない、丸々とした子猫達と戯れる無邪気な少女という反則的なかわいさを振りまく映像に、アインズでさえも思わず相好(そうごう)を崩しそうになる。

 

 だが、それにハッと気がつき、アインズは慌てて目をそらした。

 対してベルは〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉を掴み、逸らしたアインズの目の前に鏡を持ってくる。

 

「ほれほれ。悩むことなどないんですよ。かわいいと思ったんでしょう? この光景を見て。なら、意地をはる事なんてない、自分の心に素直になればいいんですよ」

 

 だが、アインズは苦悶の声でそれに抗った。

 

「くっ。そ、そんな誘惑には負けん! 黙るがいい、悪魔よ!」

 

 きゃいきゃいと、ふざけ騒ぐ2人。

 

 

 

 その頃、当の悪魔は――。

 

「私は……このナザリックの為に、一体どうすべきか……」

 

 灼熱の風が吹きつける玉座の上で一人懊悩(おうのう)し続けていた。

 

 

 




 作中では、頭頂部まで一息に皮がめくれたと表現していますが、実際は顔面部(瞼や唇、頬)のところが引っかかるために力づくで綺麗にむくのは難しく、綺麗に剥ぐにはナイフなどを入れながらゆっくり丁寧にやらなければいけないそうです。

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