オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/5/21 「移すことができる」 → 「映すことができる」 訂正しました
 「疎外系の」 → 「阻害系の」 訂正しました
 「収集」 → 「収拾」 訂正しました
 「第五階層」 → 「第5階層」 訂正しました
2016/10/5 遠隔視の鏡のルビが「ミラー・オブ・リモートビユーイング」となっていたので「ミラー・オブ・リモートビューイング」に訂正しました
2016/11/13 「作業の集中する」→「作業に集中する」訂正しました


第3話 アイテムを使ってみよう

 3日が経った。

 

 ナザリック第9階層の執務室。

 

 本来、ナザリックに執務室というものはなかった。だが、俺とモモンガさん二人で相談したり、作業するのにいちいち自分たちどちらかの部屋で行うというのもやりづらい。かと言って、玉座の間や円卓の間だと、二人で使うには無駄に広すぎるということで、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンが増えたときのために作っておいた予備の部屋を、共用の執務室として使用することにしたのだ。

 

 豪華ホテルの高級スイートルームのような作りの部屋で、俺は椅子に腰かけて、正面に置いた鏡に向き合い、グネグネと手を動かしていた。

 すぐ傍にはセバスが控えている。あと、天井には透明化したエイト・エッジ・アサシンが3体。

 見られていることは意識の外に置き、作業に集中する。

 

 あー、どうするんだ、これ?

 

 鏡の中には、正面にいるはずの少女姿の俺ではなく、風になびく草原が映っている。

 この鏡は〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉というマジックアイテムだ。

 その名の通り、遠くの場所を映すことができる。だが、阻害系の魔法やスキル、アイテム等で妨害出来るため、ユグドラシル時代はそれほど使えるというものでもなかった。

 だが、ナザリック外部を比較的リスクが無く見ることができるというのは、今の状況ではそれなりに役に立つ。

 そう思って引っ張り出したんだが――使い方がいまいち分からん。普通の人間くらいの視線の高さで見ることは出来るんだが、もっと高所から俯瞰したり出来ないんだろうか? 横に動かしたりは出来るんだが。

 それを調べるために、俺はさっきから小一時間程鏡の前でうなりながら手をあれこれ動かしている。

 

 ちなみにモモンガさんとは別行動中だ。

 モモンガさんは、今は自室で武装の実験をしているはず。

 この世界は現実ではあるが、ゲームのルールの影響も受けるという訳の分からない法則が適用されているようだ。どの辺が行動の壁になるか。これも早めに調べておかなくてはならない。

 

 俺はあくまでアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの娘という設定だが、モモンガさんは当のメンバーであり、その中でもギルドマスターという最高の地位にいる。そんな人物がまさかマジックアイテムの使い方ひとつ分からないという姿を他人に見せるのは拙かろう。そう判断したため、一段地位が下で、しかも子供ということになっている俺が、これの使い方を調べるのに四苦八苦することになっている。

 

 このギルドメンバーの娘というのは即興ながら、なかなか良い設定だったようだ。ナザリック内部について、すでに忘れてしまっていることをあらためて聞いても不審に思われないし、ギルドメンバーとしての信頼も失われない。忘れてしまったではなく、そこは父から聞いていなかったと言えばいいのだから。

 特にNPCの名前だ。階層守護者クラスならともかく、一般NPC全員の名前なんて憶えていない。ましてや、大量にいるメイドの名前全てなんて。そこで俺とモモンガさんが二人一緒に行動し、出会ったNPCに俺が挨拶するというやり方で全員に名前を聞いて回った。

 ……一応はひととおり聞いたが、全員分憶えていられる自信はない。 

 

 考え事をしながらも、色々やってみるが変化はない。

  

 ふぅ。

 一応アンデッドの特性があるから肉体的な疲労はしないが、精神的な疲労はする。

 ため息をついて鏡の縁に手をやる。本来なら質素な飾りしかついていないそこには、ごてごてとアイテムやら護符やらが無理矢理取り付けられている。

 

 これはすでにやらかしたためだ。

 

 

 闘技場で守護者たちと会った後、空いている部屋を執務室と決め、二人でこれからの計画を練っていたのだが、そうしてナザリックの警戒網を作るという話になった時、そう言えば〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉が使えるんじゃないかとハタと思い浮かんだ。

 さっそく、アイテムボックスから取り出して、何の気なしに自分たちを見てみようとしたのだが――

 

 

 

 ――いきなり大爆発した。

 

 

 

 特に何の防御手段も対策も取っていない〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉で自分たちを見たために、自分たち自身に設定してあった対監視魔法の攻性防壁が発動したのである。

 さらにはナザリック内部に監視が行われたとして、ナザリック地下大墳墓の防御システムまで発動し、大量のトラップモンスターがばらまかれたのである。

 

 

 ナザリックの警戒レベルを上げるように命じた直後。

 そして、いまだかつてどんな者にも侵入を許したことがない第9階層で。

 更には最後まで残ったアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターモモンガとアインズ・ウール・ゴウンの一員の娘としてやってきたばかりであるベルが狙われたのだ。

 

 ハチの巣を、つついたどころか、爆竹を投げつけたような状態になった。

 

 騒ぎを聞きつけ慌てて駆け付けた護衛の者たちが最初に現れたライトフィンガード・デーモンを殲滅すると、次のモンスターが。そのモンスターを殲滅すると、さらに次のモンスターがと、際限なく事態は収拾することなく拡散し続け、最終的に玉座の間で防御システムを一時的に切るまで大騒ぎになった。

 

 その後、再発防止策として、まずナザリック内は〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉では見ないことを決めた。

 そして様々なマジックアイテムを無理矢理な感じで付与し設定し直し、ナザリックに属する者を見ても味方ということで阻害やカウンターは発動しない、ナザリックに属さない者でなんらかの対抗措置の発動もしくは監視が露見しそうなときは、その前に自動で強制遮断する、ついでに録画、再生、一時停止、コマ送り、4倍速、拡大、縮小などの機能も付けた。

 そう拡大、縮小も出来る。だから後は高度の変更さえできれば、上からの俯瞰なども出来るはずなのだ。

 ゲームの時は出来たから、たぶん使い方次第で出来るはずなのに……。

 

 鏡に手をついたまま考えていると、「ベル様、お疲れのようですから、いったん食事にされては?」と横からセバスが声をかけてきた。

 その言葉に、あの味を思い出して口の中に唾液が溜まる。

 

 ナザリックの食事は、まさに素晴らしいの一言だった。

 今、俺の身体は外見は人間の少女だが、中身はアンデッドのままらしい。アンデッドの特性上、食事をすることでステータスアップの恩恵は受けられないが、口や舌があることで食事自体は出来るし、味も感じることができるようだ。

 その実験としてプレアデスらが持ってきた食事を試しに口にしたのだが、味、香り、触感、全てが全く体験したことのないものだった。

 今まで俺は人生を損していた、とこれだけでも十分に断言できる代物だった。なんせ、現実で食べていた物は料理と言うより、栄養の補給品という言葉の方が似合う代物だった。わざと不味い味付けをしているんじゃないかと思うような物ばかりだった。実際、そうだったのだろう。美味いものが欲しければ金を払え、払わないんなら食わせてやらないという思惑が透けて見えるようだった。

 ナザリックの食事を口にした瞬間、あまりの美味さに「うーまーいーぞー!」と叫んでしまい、セバスにたしなめられてしまった。

 でも、口元に笑みを浮かべながらだったから、やはり自分たちナザリックの食事が褒められたのが嬉しかったんだろう。

 ちなみに、俺のその様子を見てモモンガさんも一口食べてみたのだが、当然のことながら口に入れても顎の下からただぼっとりと落ちるだけで、その後、しばらくしょんぼりしていた。

 

 だが、つばを飲み込み我慢する。

 今は一刻も早く、この〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉の操作方法を見つける必要がある。

 面倒なことは配下の者に任せて、自分はただ飯を食っているという訳にもいかない。

 

 

 ……面倒なことは配下の者に任せて、自分はただ飯を食っていても、べつにいい気もする。

 

 

 いや、ここは我慢すべきだ。

 一応でも、上に立つものが組織のために働いていると示すべきだろう。

 

「ありがとう。だけど、今はいいよ」

 そう言い、もはや投げやりに手を動かす。

 

 と、その時、鏡の中が動いた。

 

 ん?

 もう一度、同じように動かしてみる。すると、鏡の中の景色がどんどん遠くなる。いや、視点が高くなっていく。

 

 「見つけたー」

 大きく息をつき、背もたれにドンと身を預ける。

 

 横から、拍手の音が聞こえた。

 

「ベル様。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。長いことすまなかったね」

「とんでもない。ベル様は我ら臣下の者のために身を砕いて働いてくださっている。その一端でもお手伝いできれば、これ以上の幸いはございません」

 

 たぶん、他の人間が言ったら絶対に『胡散臭え』と心の中でつぶやくような美辞麗句だが、セバスが言うと嫌味に聞こえない。本当の執事ってすごいもんだ。

 

 それにしても、NPCと話すときの俺の口調もどうするかな? モモンガさんは最初に守護者たちと会った時みたいに尊大な口調で行くって決めたみたいだけど。さすがに子供の外見で一人称『俺』とかもどうかと思うし、タメ口っていうのもまずいだろう。うーん……、ですます口調にしようか? 一人称『私』で。社会人経験も長いから出来なくもないが、とっさの時にそれですらすらと指示できるのか? むしろ、モモンガさんのように演技の方向を強くするか。例えば、もっと子供っぽい口調でいくとか……。

 

 まあ、いいや。そういう事は、とりあえず後で。

 とにかく動かし方が分かったんだから、こいつをちょっと動かしてみるか。

 鏡の視点を一気に上へ。そこで360度回転させてみる。

 おお、と思わず感嘆の声が出る。

 月の光に照らされた宵闇の光景。草原の草は風に揺れ、遠くには木々が密集し森を作り、はるか果てまで続いている。

 はるか昔の記録映像アーカイブか、それこそゲームの中でしか見ることのできない光景だ。鏡から覗くだけでなく、実際にあそこに行ってみたら、どんなに素晴らしいんだろうか。

 

 安全が確認されたら、モモンガさんを誘って行ってみようかな?

 

 視界を下に向けると、そこでは現実なら目を疑うような事が起こっていた。かなり広範囲の大地が突然うねり出し、互いにぶつかり合いながら波のように一か所へ向けて押し寄せ、ナザリックの外壁へとぶつかる。

 そのまま上空から探してみると、はるか下の地面にミニスカートをはいたダークエルフの子供がいるのを見つけた。杖を掲げて集中しているところを見ると、これはマーレが魔法でやっているんだろう。

 〈大地の大波(アース・サージ)〉だっけ?

 ユグドラシルでは一時的な地形変化と巻き込んだ敵にダメージを与える魔法だったが、実際に現実として使うとかなり応用がききそうだ。

 

 そうだな。

 これに限らず、他の魔法やスキル、アイテムなども色々新しい使い道がありそうだ。

 ちょっとモモンガさんに話してみて、どこかで実験なりしてみようかな?

 

 そんなことを考えながら、視点を地面付近まで戻し、何の気なしに視界をあちこちにぐりぐり動かしていると――。

 

 

 ――ん?

 

 

 黒い鎧が映った。

 

 身長は2メートル弱程度だろうか。見た目かなり立派なフルプレートアーマーだ。全身を鎧で包んでいるため、どんな人物がそれを身に着けているのかは全く分からない。

 

「セバス、ちょっと」

 傍にいた執事を手招きする。

「こいつに見覚えは?」

 横から鏡を覗き込み、一瞬考えたのち、「いえ、ナザリック内で見たことはございません」と答えた。

 

 もう一度、視線を鏡に戻す。

 鏡の中に映る、その漆黒の鎧を着た人物はゆっくりと歩みを進める。

 

 気の向くままに〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉の映写地点を動かしていたため、この場所がどこなのかはっきりとはしないが、先程までの操作と移動速度から考えて、マーレが魔法を使っていた場所からそれほど離れていないはず。

 つまり、ナザリックのすぐ近くだ。

 

 

 ……ナザリックの目と鼻の先に、誰だかわからない武装した人間がいる?

 

 

 マーレは先程から広範囲に魔法を使用し、周辺に地形を変えている。

 そうなれば、当然、この人物もそれに気付いているはずだ。

 

「……セバス。ナザリック周辺の警戒は?」

「はい。デミウルゴス様が担当しており、すでに周辺地域にしもべを使った警戒網を作成したとのことです」

 もう警戒網は敷いてある。

 つまり、こいつはデミウルゴスが構築した警戒網すらすり抜けてきたのか!

 

「セバス! ナザリック全域に警戒警報を。シャルティアに最上層付近の防衛体制をとらせるように連絡。その際、敵の殲滅ではなく、遅滞作戦を優先。コキュートスは第5階層で迎撃態勢を準備。地上に出ているデミウルゴス、マーレ及びそれ以外のナザリック旗下の者たちは、一度デミウルゴスのもとに集結後、ナザリック内に帰還するように」

「はい。かしこまり――」

 

 セバスが声を返す前に、黒い鎧のそいつは何らかのネックレスを首にかけ、突然、空へと飛んだ。

 慌てて鏡を操作し、その後を追う。

 一瞬、画面の端にそいつの追随者らしき人物が映ったが、鎧の移動速度が速くて画面を拡大す余裕がない。

 見る見るうちに上空へと、垂直に上がっていく。

 

 ――どこまで行くつもりだ、こいつは?

 横方向へ移動するつもりがないということは、一度、上昇して地上の警戒網を外れてから、どこかへ移動するつもりか?

 それとも、高高度からどこかへ待機している仲間へナザリックの場所を連絡するつもりか?

 

 やがて、唐突にそいつは上昇をやめた。

 高度にして数百メートルは上がっただろうか。

 

 何をするつもりだ?

 

 固唾をのんで、そいつの行動を見張っていると、そいつは頭部全体を覆っている自らの兜に手をかけた。

 ハッと息をのみ、その姿を凝視する。

 

 そして、そいつはかぶっていた兜を脱ぎ捨て、その顔をさらした。

 

 

「え?」

「おや?」

 

 

 俺とセバスの声が被る。

 鏡に映っている黒色の全身鎧に身を包んだ人物の兜の下にあったのは、最近見慣れた、顎先がとがった骸骨――自室にいるはずのモモンガさんだった。

 

 

 


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