オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/11/12 「シャドーデーモン」→「シャドウデーモン」訂正しました
2017/5/31 「行った」→「いった」、「見せた」→「みせた」、「来た」→「きた」、「(おもんばか)り」→「(おもんぱか)り」 訂正しました


第40話 ボーイ・ミーツ・? -3

「ティアさん。お聞きしてもいいですか?」

 

 わずかに変わったベルの声色に、ティアは本題に入ったかと心の奥で気を引き締めた。

 

「ええと、ティアさんは冒険者という事でしたが、やはりお仕事でエ・ランテルに?」

「うん。私は普段王都の方にいる。今日はいろいろと調べものに」

「へえ、そうなんですか。うかがってもよろしいですか? 何を調べに?」

「先日、この付近にあるカルネ村っていうところを襲った法国の人間を、王国戦士長のガゼフ殿と一緒に退治した、アインズ・ウール・ゴウンっていう魔法詠唱者(マジック・キャスター)とそのお供をしていたアルベドっていう戦士、そしてベルっていう名の少女について調べに来た」

 

 ティアはいきなり直球を叩きこむ。

 まさか牽制のやりとりすらなく、突然、本丸に切り込んではこないだろうと考える相手の意表をついた作戦だったが、ティアの予想に反し、その言葉に激しく動揺したのはベルではなく、(かたわ)らにいた少年の方だった。

 

 

 ガチャリ!

 音を立てて、ティーカップをソーサーにぶつけてしまった。幸いにも割れはしなかったものの、その音は周囲の者達の注目を集めてしまう。

 ベルは手を振り、こちらに視線を向けた者達に何でもないと伝える。関心を失い、彼らは自分たちのおしゃべりに戻っていった。

 

 

 だが、彼にはそんな周囲の状況に気を配る余裕はなかった。

 今、ティアがさらりと言ったのはとんでもなく重要な情報である。

 

 エ・ランテル近郊においてガゼフ暗殺におもむいた陽光聖典の者達は任務に失敗し、隊長のニグンを残して全滅。そのニグンもまた囚われの身になった。

 その一件はガゼフストロノーフ率いる王国戦士団に返り討ちにあったものであり、その任務に際してニグンに渡されていたものと同一のものであると思しき魔封じの水晶を、その後に使用したというエ・ランテルの冒険者モモンも関わっている可能性が強いと思われていた。

 少なくとも、現在の法国上層部の判断もそうだ。

 

 だが、この女忍者はさらりと、聞いたこともない魔法詠唱者(マジック・キャスター)の名をあげ、そいつがガゼフと協力して陽光聖典を倒したと言ったのだ。

 

 嘘を見抜く指輪に反応はない。

 ティアが言った言葉に嘘はない。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウンといったか、そいつは何者なのだ?

 彼の脳内はその疑問で埋め尽くされた。

 

 

 一方のベルはティアの言葉にも狼狽(ろうばい)することなく取り(つくろ)えた。

 ベルとて、いきなりの直球には驚いたものの、そばにいた少年の度を越した慌てぶりに、自分の方はかえって冷静になることが出来たのだ。

 

 ベルを動揺させようとした自分の思惑を潰された形になったティアは、アレックスと名乗る少年に若干険のこもった瞳を向けた。

 

 だが、少年はそんな視線には構わず、ティアに問いかけた。

 

「ティ、ティアさん。今の話は本当なんですか?」

「なにが?」

「法国の人間をガゼフ……様と一緒に、そのアインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者(マジック・キャスター)が倒したというのは」

「本当。ガゼフ殿本人に聞いた。でも、なんで少年がそれを気にする?」

 

 その言葉には思わず、声が詰まった。

 

「あ、いえ、そんな名前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)って聞いたことが無かったので。そんな無名の人が周辺国最強と名高いガゼフ様と協力したというのに驚いてですね……。それになんで、法国の人間がこんなところにと思いまして……」

「ええ、私もティアさんの言葉には驚かされました。アレックスさんが驚くのも無理はないですよね」

 

 自分が懸想(けそう)する少女が助け舟を出してくれたことに、彼は喜びを感じて照れ笑いを浮かべた。

 

「それで、そのアインズ・ウール・ゴウンと一緒にいた女の子っていうのが、ベルって名前を名乗ってた。同じ名前だけど、知らない?」

「そう申されましても……。先ほども言ったように、ベルというのはあくまで偽名ですし。それにアインズ・ウール・ゴウンという人間(・・)は知りませんよ」

 

 あらためて、再度投げつけるが、それに対しベルは小首をかしげた。

 

「マルコ、あなたはアインズ・ウール・ゴウンって人は知ってる?」

「ん? アインズ・ウール・ゴウンですか? いや、知りませんね」

 

 これまで、言葉を発していなかったマルムヴィストに話を振る。マルムヴィストは先ほどからのベルの普段と違う取り繕った言葉に笑いをかみ殺すのに必死であったが、とりあえず率直に答えた。

 彼はナザリックの存在は知ってはいても、その内実の全てを知っているわけではない。あくまでマルムヴィストらはナザリックのこの地における尖兵の1人でしかなく、ベルがナザリックの上位者であることは知ってはいても、その更に上の存在であるアインズの事までは聞かされていないのだ。知らないものは知らないとしか答えようがない。

 

「でも、偶然同じ名前というには……」

「あの、ティアさん。失礼ですが、あまりそういった事を探ろうとするのはどうかと思いますよ。先ほど、ベルさんもおっしゃっていましたが、ベルさんはご実家に迷惑をかけたくないから本名も秘密にしているとの事ですし」

「いや、しかし……」

「それに、冒険者としてはあまり他人の素性を探るのは良くないでしょう」

 

 ベルのことをかばう少年。

 彼がこんなにもベルに肩入れしたのは、何も好意を持った相手だからという訳だけではない。彼の持つ嘘を見抜く指輪に反応がないからである。ベルが嘘は言っていないと分かっているから、こうまでその肩を持ったのだ。

 それに、先ほど気が動転してしまった自分をフォローしてくれたからという恩義もある。

 しかし一番の理由は、彼本人は自分の胸懐(きょうかい)に気づいていないかもしれないが、法国の六色聖典の一つである漆黒聖典の人間として、蒼の薔薇の一員であるティアに対し、決して良いとは言えない感情を抱いていたためだ。

 

 自分を擁護してくれた少年に、ベルは感謝の言葉をかけた。

 

「ありがとうございます。アレックスさん」

「あ、いえ……」

 

 彼の様子を見て、ベルはしてやったりと心の中で笑みを浮かべる。

 

 ――このアレックスという少年の能力。それはおそらく嘘を見抜くというものだ。

 

 

 最初、ベルという名前が偽名だと言い当てられた時は、嘘発見、真実を見抜く、読心術、もしくは名前の探知等、いくつかの可能性を考えた。

 それで、ついさっき紅茶に砂糖と偽り、塩を入れるといういたずらによって彼の能力を試してみたのである。

 

 あの時、最初はスプーンに塩をすくい、砂糖であると口にした。それを彼は、砂糖ではないと当ててみせた。そして、次は先程と同様にスプーンに塩をすくい、今度は何も言わずに紅茶に混ぜたら、彼は砂糖ではなく塩だという事には気づくことなく口にした。

 

 もし、真実を見抜いたり、心を読むことが出来たのならば、ベルが砂糖と偽り塩を入れようとしている事に、2回とも気がついたはずだ。また、名前の探知だった場合、それが無機物まで効果が及ぶのであれば、スプーンの上の物体が塩であることは2回とも分かるはずだし、無機物には及ばないのであれば、2回とも分からないはずだ。

 だが彼は、最初、口に出して言った時には砂糖でない事には気がついたが、それがなんであるかまでは分からなかったようだった。次に何も言わずに塩を入れたときは、それが砂糖でない事には気がつかなかった。

 

 そこから彼の持つ能力は嘘発見であると推察した。

 それも言葉を発した時、それを口に出したものが嘘だと認識しているかどうか分かるというタイプ。言わば嘘発見器のようなものだと確信を持った。

 

 

 そしてその予想にそって、嘘を言うのではなく、質問を微妙に歪曲させて答えるという嘘発見の裏をかく定番のやり方をとったところ、この少年には気づいた様子は見られなかった。

 

 賭けに勝ったと、ベルは内心ではほくそ笑み、外面ではにこやかに微笑んだ。

 

 

 顔を合わせて笑いあう2人。

 その様子に面白くなかったのはティアである。自分の言った言葉がきっかけで、見ず知らずの少年と自分好みの美少女が笑みを交わし合う事になったのだから。

 しかも、自分はまるでベルを執拗に追及するかのような形になったのである。

 情報をひっぱり出すには仕方ないと思っていても、その事はティアの心にひっかかり、次はガゼフから聞いたベルの身体的特徴をつきつけようとしていたのを思わず躊躇(ためら)わせる事となった。

 しかし、欝々(うつうつ)たる気分だがそれでも問わなくてはと気を取り直して口を開きかけた刹那、今度は機先を制するようにベルが逆に声をかけた。

 

「では、今度はティアさんにお聞きしていいですか?」

「う、うん」

 

 先ほどまで自分がベルに質問していたのに、自分が逆に質問されたら、まさかそれを断るわけにもいかない。ティアは不承不承(ふしょうぶしょう)うなづいた。

 

「ティアさんは冒険者なんですよね。それもアダマンタイト級冒険者なのだとか」

「うん。現在王国には2チームしかいない」

「凄いですねえ。そんな方とお話しできるなんて。せっかくですから、ご友人の方々についてお聞かせ願えますか?」

 

 ふむ、と一瞬考えたが、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』は色々と有名である。

 彼女らの事は割と一般的に知れ渡っている。もちろん、隠したい事、隠さなければいけない事はあるが、それ以外の事に関しては話してしまってもいいだろう。むしろ、こちらから情報を出すことで向こうの信頼を手に入れたい。

 そう思ったティアは、自分たちの事を話しだす。当たり障りのない範囲で。

 彼女らのパーティー構成、仲間であるリーダーのラキュース、姉妹であるティナ、筋肉の塊であるガガーラン、そして凄まじい魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイ。

 適当に冒険話なども交え、面白おかしく語ってみせた。

 その話にベル、アレックス、そしてマルムヴィストまでもが耳を傾けていた。

 

 

 ある程度話し、ティアの語りが一息ついたところでベルが質問した。

 

「そう言えば、イビルアイさんって魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんですよね。どれくらい凄いんですか?」

 

 その言葉に、隊長もまた耳をそばだてた。

 蒼の薔薇でもガガーランの実力は広く知られていたが、イビルアイに関しては法国でもいまいち情報をつかめてはいなかった。

 

 その問いに、探りを入れてきたなとティアは身構えた。

 

「ん。まあ、かなり強い」

「へぇ、そうなんですか? じゃあ、イビルアイさんとティアさんを比べたら、どっちが強いんですか?」

 

 無邪気な少女の素朴な疑問を装ったその問いには、聞いていた隊長、それにマルムヴィストも頬をひきつらせた。

 こうして(なご)やかに話しているティアとて、自分の腕を頼りに世を渡り歩いている冒険者である。当然、自身の力には信を置いており、その実力を他者と比較されるなど、激昂されてもおかしくはない行為である。

 だが、ティアは一瞬、わずかに目を細めただけで、何でもないように語った。

 

「まあ、パーティを組んでるんだし、向き不向きはあるけど、強さはみんな一緒の横並び程度。イビルアイも同じくらい。」

「え……?」

 

 瞬間、聞こえたかすれた声にティアは問いただした。

 

「どうした? なにか疑問でも?」

 

 射すくめるようなそのまなざしに、少年は取り繕うように言った。

 

「あ、いえ……ええっと、小耳にはさんだ話だと、蒼の薔薇の皆さんとイビルアイさんは強さがちょっと違うとか……」

 

 少年は、先ほどのティアの台詞が聞こえた瞬間、指輪から嘘だという反応があり、思わず声を出してしまったのだ。

 拙いとは思いつつも、蒼の薔薇の実力を知るまたとないチャンスだと考えた。

 

 ティアは、しばしの間、その少年を見つめていたが、やがて視線を落としてコーヒーに口をつけた。

 

「うん。少し見栄を張った。イビルアイは強い。私たちとは別格に。イビルアイ一人で私を含めた他の四人を倒せる」

 

 その言葉に「そうなんですか……」とアレックスはつぶやいた。

 これは、法国として非常に重要な情報だ。

 口を挟まずにいたベルもまた、内心、重要な情報を手に入れることが出来たとほくそ笑んだ。

 

 

 

 事ここに至って、ティアもまた、このアレックスと名乗る少年の異様な点に気がついた。

 

 蒼の薔薇がアダマンタイト級冒険者であるという事は知れ渡っているが、イビルアイが他の者と比べて桁外れの強さを持っている事については、表沙汰にはなっていないはずだ。

 それなのに、この少年はそれを知っていた。

 

 ――知っていた?

 いや、その割には何だか反応の仕方が奇妙だった。

 先程ティアは皆の強さが同じと言った。それに対して、彼は驚きの声をあげた後、『強さがちょっと違う』と言った。『イビルアイが強い』ではなくてだ。

 

 ――もしや、この少年はなんらかの方法で嘘を見抜くことができる? だから、『強さが同じ』という言葉に対して、『イビルアイが強い』ではなく、『強さが違う』のでは、と返した?

 

 そう考えると、つじつまが合う。

 先ほど、このベルという少女に対し、その名が本名ではないと看過した件だ。

 この少年はベルという名が本名ではないと言ったが、その本名は口にしなかったし、その後の態度を見るにその本名は分かってはいないだろう。

 おそらく他人がいった事が嘘かどうか見分ける能力を、なんらかの手段で持っている。

 

 

 その答えに行きついた時、ティアは今回の会談での失敗に気づいた。

 おそらく、最初に自分の名前が偽名であることを言われたとき、すでにベルは少年の能力に当たりをつけていたのだろう。そして、それを知ったうえで会話をし、少年からの信頼を積み上げていった。ティアが素性のしれない少年に警戒心を抱いている間に。

 少年がベルの肩を持っていたのは、なにもベルに対して恋慕の感情を抱いていたからのみではなく、ベルの言葉には嘘が含まれていなかったため。それによって少年はベルに対し気を許していったのだろう。

 

 ティアは内心歯噛みしつつも、もしこの少年が本当に嘘を見抜く能力があるなら、こちらとしても利用できると考えた。

 

「ベル」

「はい?」

「さっきからイビルアイについて聞いてるけど、そんなに気になる?」

「ええ、蒼の薔薇の皆さんは有名ですし、それにそんな凄いパーティーにいる魔法詠唱者(マジック・キャスター)って、どれくらい強いのか気になりまして」

「イビルアイは本当に強い。シャドウデーモンを一人で簡単に倒せるくらい」

 

 その言葉に、ベルは一瞬言葉を詰まらせた。

 ――まさか、王都にシャドウデーモンを送ったのが自分たちだと気づいているのだろうか? いや、はったり、ブラフか?

 

「シャドウデーモンですか?」

「そう、シャドウデーモンっていう悪魔。ベルは知ってる?」

 

 ティアがエ・ランテルに派遣される前、彼女たちのリーダー、ラキュースがラナーとあれこれ打ち合わせをした。

 その際、王都に現れたというシャドウデーモンにアインズ・ウール・ゴウンが関係している可能性もあると告げられた。

 アインズは善良な人物であると思い込んでいたラキュースはまさかと思ったが、ラナーはあくまで情報収集のためにシャドウデーモンを使ったのであって、何も悪さをさせようという気はなかったかもしれないと言いくるめて、アインズ・ウール・ゴウンについて調べるならシャドウデーモンとの関連性も考慮するようにと伝えた。

 その事があったので、アインズ・ウール・ゴウンの関係者と(おぼ)しきこの少女に、シャドウデーモンの話を振ってみたのだ。もし、彼女が本当は関係者であり、とぼけてシャドウデーモンなど知らないと言ったら、このアレックスという少年の嘘発見に引っ掛かるだろう。

 

 一挙手一投足も見逃さぬと目を皿のようにするティアの前で、何も知らぬ風にベルは顎に手をやり、宙に視線を巡らせ考え込む。

 

「うーん。シャド()()モンというのは知りませんねえ」

「違う、シャドウデーモン。知ってる?」

 

 ベルのごまかしに気づいたティアが重ねて問う。

 

「……シャドウデーモンというのはどんな悪魔なんですか?」

「長いかぎづめを持つ、かなりの肉体能力を持つ悪魔。さらに最大の特徴として、影に潜むこともできる」

 

 ベルはその顔に怯えの表情を浮かべた。

 

「まあ、なんという悪魔でしょうか。そのような恐ろしい能力を持つ悪魔に襲われでもしたらどうしましょう。でも、マルコならば、シャドウデーモンが群れを成して襲ってきても追い払えますよね」

 

 その言葉に、横でやり取りを聞いていた少年の持つ指輪が反応した。

 言葉に嘘があると。

 このベルという少女は、もしシャドウデーモンに襲われたら、このマルコという護衛だけでは追い払えないと思っていると、彼は知った。

 

「大丈夫です。そんな悪魔が襲ってくるなんてありえませんよ。それにもし襲ってきても、ボクがあなたを守ります!」

 

 口に出すのは躊躇(ためら)われたが、思い切って口にした。

 特に後半の部分。

 

 ――「あなたを守る」とかまるで告白じゃないか。

 思わず言ってしまった言葉に少年は顔を赤くした。

 

 それに対し、ベルはティアの追及をかわす事が出来たと彼の言葉にのった。

 

「そうですね。そんな悪魔が私を襲うなんてあるはずがありませんし。そんなのはただの杞憂にすぎませんでしたね」

「は、はい……そうですよ。万が一に警戒は大事ですけど、可能性が低いことにまで怯えてはいけませんよ」

 

 

 2人のやり取りを前に、ティアは敗北を悟った。

 ベルという少女は、その外見に見合わず、小賢(こざか)しい知恵がまわる。

 それにどうやら、このアレックスという少年は自分にかなり非好意的であるようだ。

 これ以上、この場でティアが探りを入れようとも、知恵のまわるベルと嘘を見抜けるアレックス、2人がかりで言葉を返され、誤魔化されてしまう。2対1、先程から話にはかかわろうとはしないがマルムヴィストまで入れれば3対1ではさすがに言葉の戦いでも勝ち目がない。

 

 それにこの場所も問題だった。

 最初、この場に来たとき、なぜここを選んだのかと不思議に思った。普通、こういったやり取りをする場合は人目につきにくいところ、例えば店の奥まったところなどの席を選ぶ。

 どうして、わざわざオープンカフェのような、しきりの無い店の、それも通りに面した席を取ったのか分からなかった。

 ここでは人目についてしまうではないか。

 

 だが、今ならば分かる。

 これは最初から人目につくことを狙ったものだ。

 

 こんな人目のつくところでは、あまり強く言い争う事も出来ない。もしティアがベルを強く追及していたとすると、その姿は衆目にさらされることになる。なにせ、この場所は外も、そして外からもよく見えるのだから。

 ティアはアダマンタイト級冒険者として名声を得ている。対してベルはただの少女でしかない。口論の場を見られでもしたら悪評がたち、拙いことになるのはティアの方だ。

 それにベルは不利と見たら、泣き真似でもするだろう。先程から見ていて分かる。ベルの笑みや怯えの表情は作ったものだ。いざとなったらそういうことをするのに躊躇する(たち)ではない事は、このわずかな時間でもわかった。少女を泣かせるアダマンタイト級冒険者とか、外聞が悪いなどというレベルではない。

 

 それにベルは最初に、今は実家をこっそり抜け出してきている状態である旨を言っていた。

 もし話の形勢が不利にでもなったら、なんらかの手段で合図を送り迎えの人物を呼ぶ、もしくは知り合いが見えたから姿を隠さなければなどと理由をつけて、この場を離れる事も可能なのだ。

 

 ――最初から、策をちりばめていたのか

 

 

 ティアは忸怩(じくじ)たる思いに胸を詰まらせた。

 そして――ベルへの追及を諦めた。

 

 諦めると同時に、その矛先を変えた。

 今回はベルに対し、深く切り込むのは無理のようだ。

 ならば、このアレックスという少年について切り込んでみよう。この少年もまた、奇妙なところがある。自分に良い感情を抱いていない理由や彼本人の素性も知りたい。それに、彼がこのままベルと仲良くなるのなら、この少年経由で再びベルと接触できるかもしれない。

 

 

「えーと、アレックス。聞きたいことがある」

「はい?」

 

 突然、自分に話がふられた事に、彼は目を白黒させた。

 

「アレックスは商人と言ったけど、どこから来たの?」

「ええっと……法国からです」

 

 ここは特に隠すことでもないので素直に答えた。治安の良さから法国に居を構える商人も多くおり、聞かれたときにはそう答えるよう、言われていたから大丈夫だろう。

 

「へえ、そうなんですか? 法国って行った事無いんですよ。ぜひ、お話をうかがえれば。そういえば、アレックスさんはこの街には何をしにいらっしゃったのですか?」

 

 ベルもまた、知りたいと思っていた法国の話が手に入るかもと、こちらの話にも加わってきた。

 そんなことをベルから言われた少年は、狼狽(うろた)えた。

 

 

 エ・ランテルに来た目的。

 それはこの近辺での調査報告を直接聞くためだ。

 そして、神官長たちから言われた事は、もう一つある。

 

 その内容を思い出し、彼は目の前で屈託ない笑みを浮かべている少女を盗み見た。

 

 こんなことをいきなり言っていいのだろうか? それも今日初対面の相手に。

 煩悶(はんもん)する彼の心のうちを知らないベルが首を傾げるようにして、その顔を覗き込む。

 

 間近で見たその優しげな面立ちに、彼は心を決めた。

 

 

「ええとですね。ボクがこの街に来た目的は色々あるんですが……」

「はい」

「その……長……まあ、上役からですね、お前もいい加減、身を固める決意をしろとか言われていてですね」

「? そうなんですか」

「ま、まあ、身を固めると言ってもですね。その、すぐに結婚しろという訳でもなくてですね。まあ、ボクはまだこんな年ですし。でも、とりあえず、将来の結婚相手を決めろとかは言われてまして……」

「はあ」

「そ、それでですね。今回、旅に出たついでに結婚相手を見つけてこいとか言われていてですね……」

 

 ごくりと喉を鳴らして、彼は目の前の少女に目を向ける。

 きらきら陽光を受けて輝く銀髪。細い輪郭の小柄な顔。やや赤みがかった瞳。透き通るように白い肌。

 まるで精巧に作られた芸術品のようなその美しさに、腹をくくってここまで口にしたのに、また覚悟が揺らぎそうになる。

 だが、頭を振るってそんな弱気の虫を払い落した。

 

 

「べ、ベルさん!」

「は、はい」

「あの……す、好きです」

 

 

 

「……は?」

 

 

 思い切って発せられた告白の言葉。

 だが、ベルからすれば混乱するばかりだった。

 

(いったい、この少年は何を言っているのだろう? ……好きとか? この俺に? なんで?)

 

 頭の中は疑問符だらけである。

 つい先ほどまで必死で頭を働かせて、頭脳戦を繰り広げてきたのである。そんな頭でいたら、突然、告白とか。

 

(ええぇ……。何考えてんだ、こいつは? 俺に告白って……)

 

 突然の事にオーバーフローしかけているベルの思考には、自分が今、少女の姿であるため、男性から告白されるのは当然であるという事は思い浮かばなかった。

 

「ボクにはわかります。ベルさんが清廉潔白な心の持ち主だという事を。その澄んだ瞳の奥にある優しく穏やかな清流のような心を。ボクの目は節穴じゃありません」

 

 

 その言葉にマルムヴィストは思わず吹き出し、それを咳払いで誤魔化した。

 

(ねーよ! 俺が知る限り、ボス程心が汚れきってる奴なんて見た事ねーよ! ボスの心の中は清流どころかどぶ川、いや毒が垂れ流しになってる川だよ! お前の目は節穴以外のなにものでもないよ!)

 

 思わず叫びそうになるのを、彼は必死でこらえた。

 

 

「あ、あの、ベルさん。ベルさんは結婚相手に望むのはなんですか?」

 

 はっきり言って、好きか嫌いかの程度を通り越し、いきなり結婚まで話が飛ぶというのも無茶苦茶であるが、気持ちを振り絞った告白に頭が沸き上がっている彼には気が回らなかった。

 

 そして突然、結婚などという思いもよらないキーワードを言われたベルもまた、ろくに思考も出来ないまま、考えることなく思わずその本心を口にしてしまった。

 

 

「……お……」

「お?」

「お……大きなおっぱい」

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 …………………………………………。

 

 

 その場にいた誰もが言葉もなかった。

 これほどひどい答えも、そうないだろう。

 相手が男であるか女であるか関係なく最悪だ。

 これまで可憐な少女の演技をしてきたのも台無しである。

 

 

 そうして、にぎやかな喧騒の中、彼女たちのいるテーブルだけ沈黙が支配するところに声が響いた。

 

 

「ベル様!」

 

 

 その声に振り替えると、そこには息を乱したソリュシャンが立っていた。

 おそらくかなりの時間あちこちを捜し歩いたのだろう。その靴やメイド服には土埃が纏わりついている。

「あ、ソリュシャン……」

 

 ソリュシャンは一足飛びにベルのところへ近寄ると、そのままがばっと彼女を抱きしめた。

 

「ベル様……心配しました」

 

 そう言って、この場の者が誰も持ちえない、まさに『大きなおっぱい』と言える豊満な胸がベルの身に押し付けられる。

 どれだけの時間そうしていたか、見ている者も定かではないが、やがてソリュシャンはその身を離し、ベルに「帰りましょう。皆も心配していますよ」と告げた。

 勝手をやったという罪悪感と、ソリュシャンの柔らかい躰を押し付けられた感触に呆となっているベルは言われるがまま、彼女に手を引かれ去っていった。

 

 

 そうしてその場には、ただ唖然としている3人だけが残された。

 特に、告白の答えも聞かされず、相手にいなくなられてしまった少年は、ただその場で凍り付くしかなかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「今回の事はさすがに拙いというのは理解していますね?」

「……はい……」

「ベルさん、反省していますか?」

「……深く……」

 

 ベルは言葉少なく返す。

 その顔は憔悴(しょうすい)しきっている。

 

 当初ベルは、たぶんナザリックに帰ったらアインズに散々怒られるんだろうな、程度に思っていた。リアルでの社会人生活で怒声を聞き流すのは慣れたもの、適当に頭を下げておけばいいやと(たか)をくくっていた。

 

 だが、ナザリックに戻ってきたベルを出迎えたのは、予想に反しナザリックのメイドたちであった。

 そして、彼女ら皆に泣きつかれたのである。

 

 滂沱(ぼうだ)の涙を流し、ベルの事を心配していたと切に訴えるメイドたち。

 リアルでも女性に泣かれるなどしたことのないベルにとって、嘘偽りなく本当に身の安否に心悩ませていた女性たちの哀哭(あいこく)は、その精神がガリガリと削り取られるようだった。

 

 精神的に疲れ切った様子で肩を落とし、ベルは大きくため息をつくとアインズに言った。

 

「まあ、代わりと言ってはなんですが、ちょっと情報を手に入れてきたんですがね」

「へえ、どんなのです?」

「ええ、ほら、王都の蒼の薔薇についてなんですがね。そのうちの1人が今、エ・ランテルに来ていてですね……」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

(ああ、楽しい見せ物だった)

 

 マルムヴィストは酔いを感じさせない足取りで、ギラード商会に帰ってきた。

 あの後、もはや会話をつづける空気でもなく、誰ともなくそのまま解散となったのだ。

 ティアの方はまだしも、アレックスと名乗った少年の方は、正直見ていて気の毒になるくらい憔悴(しょうすい)しきった様子だった。

 大丈夫かねぇ、とマルムヴィストが心配するほどに。

 

 まあ、どっちにしろ他人事だ。

 人の恋路ほど楽しいものはない。

 自分がそれに巻き込まれさえしなければ。

 

 そうして、割といい気分でギラード商会最奥部のいつもの部屋に足を踏み入れた。

 

 

 ――その瞬間。

 

 ガッと後頭部を掴まれた。

 自分が後ろをとられた驚愕に目を見開き、背後を窺おうとする彼の耳に澄んだ声が届いた。

 

「あなたは……。なぜ、ベル様がこちらにおいでになられていることを私に知らせなかったのかしら?」

 

 凍るような冷たい声でソリュシャンが言う。

 自分の頭を掴む、妙にひんやりとして柔らかい感触に戦慄を憶えながら、マルムヴィストは弁解する。

 

「い、いえ……。ボスがここに来ていることは秘密にしろと……」

「ベル様に責任を押し付けるという訳かしら?」

「そ、そういう訳では……」

「あなたには少し自分の立場を教えてあげなくてはいけないようね……」

 

 

 

 

「何やってんのよ、マルムヴィスト」

 

 外回りを終えてギラード商会に帰ってきたエドストレーム。

 彼女が商会奥の部屋に足を踏み入れたところ、部屋の片隅の金色の壺には、後ろ手に縛られ、顔を腫れあがらせたマルムヴィストが逆さに入れられ、半泣きしていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

(あら?)

 

 蒼の薔薇の定宿である冒険者の宿にやって来たラキュースは、彼らの指定席である奥まったテーブルから立ち去る人物を目にした。

 彼はラキュースに気づくと、一度ピタリと立ち止まり深く頭を下げると、再び足早に出ていってしまった。

 

 彼女は疑問に思い、そのテーブルにいた彼女の仲間、ティアがエ・ランテルに行っているため残る3人に声をかけた。

 

「今のって何?」

 

 それに対し、ガガーランが答えた。

 

「ああ、レエブン侯のところの人間だな」

「レエブン侯の?」

 

 思わず、ラキュースの顔が渋面になる。

 ティアをエ・ランテルに送り出すことに関し、どこから聞きつけたのかはしらないが彼が協力を約束してくれた。

 それはいいのだが、その時に、散々厭味ったらしくラキュースに恩を着せるかの如き物言いをしてきたのは、本当にうんざりした。

 王国の、ラナーの為でもなければ、あの蛇男となんて口もききたくもないのに。

 

 そんなラキュースの心を(おもんぱか)り、イビルアイは言葉をかける。

 

「まあ、嫌な奴でも役には立つ。そんな事よりティアからの手紙だ」

「ティアからの?」

 

 テーブルに目を向けると、そこには一通の封筒が置かれていた。先ほどの人物はこれを持ってきたのだろう。

 さっそく手にとってみるが、表書きですら、訳の分からない字で書かれており、まったく分からない。

 

「何よ、これ?」

「暗号で書かれている」

 

 言ってティナが手にとり、中に入っていた便箋に目をやる。

 皆が固唾をのんで見守る中、ティナが口を開いた。

 

「本人かどうかは不明と断ってあるけど、アインズ・ウール・ゴウンと一緒にいた可能性のあるベルっていう少女と接触したと書いてある」

 

 その言葉に皆息をのんだ。

 彼女らからして、アインズ・ウール・ゴウンの方の調査は望み薄だと思っていたのだ。

 

 イビルアイが先を読むように促す。

 しばしの間、ミミズがのたくるような特殊な文字を目で追っていたティナが言葉を発した。

 

「えーと、なになに。『ベルは巨乳好き』」

「……」

「……」

「……なによ、それ?」

 

 ティナは便箋に目を落としたまま言う。

 

「いや、確かに書いてある」

「ベルって、たしか女の子のことよね。そんな情報あげられてどうしろっていうのよ……」

 

 

 そうして、それ以外にもいろいろとベル及びエ・ランテルに関する情報は書かれていたため、それらの情報はラキュースがまとめて、ラナーのところへ届けられた。

 マルムヴィストらしき人物とベルと思しき人物が一緒にいた、ベルという名は偽名かもしれない、など。

 そんな中、ベルが巨乳好きという話は、さすがに要らないだろうとラナーには伝えられなかった。

 

 もし伝えられていたら、ベルという少女は魔法で姿を変えているものではないか、というラナーの推測を補強するものとなり、それによって新たなアプローチが出来ていた可能性もあるのだが。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 どっと笑い声が上がった。

 男たちは立ち上がり、「こいつに乾杯!」と声をあげると、その手のジョッキを飲み干し、蛮声をあげる人の間をせわしなく動いていた女中に酒の追加を頼み、また席についた。

 

 

 ここはエ・ランテルの宿屋。旅の商人たちが一夜の宿りとする場。

 壁際に設えられたランプの明かりに照らされ、男たちが食事に舌を打ち、酒を酌み交わしてはにぎやかな笑い声をあげていた。

 誰もが、今日という一日を無事に過ごせたことを祝い、明日も災難に遭わないことを祈る。そして、たまたま居合わせた同業者からは彼らが旅先で得た様々な情報を交換する。もちろん、そこは海千山千の者達。己が利益のために虚言や策略が渦巻いているが、中には身の安全に関するものまであるため、だれもが熱心に、酒を潤滑油として互いの口から流れ出る言葉に耳を傾けていた。

 

 そんな宿屋の片隅。

 こうこうと燃える暖炉の火を少年は椅子に座って見つめていた。

 その目は焦点を結ばず、ぼんやりとしており、ただ揺らめく炎が瞳に映っていた。

 

 あの時、思い切って言った自分の告白に彼女が答えた言葉。

 

 『大きなおっぱい』

 

 ――どうしろっていうんだ!

 少年は頭を抱えた。

 

 遠くにいた男の視界の片隅に、少年の奇行が目に入ったが、彼らはそういう年頃だからなと見て見ぬふりをしてくれた。

 そんな気遣いにも気づかず、少年は懊悩(おうのう)する。

 

 もし、かっこいい人と答えられたら、身だしなみに気を付けただろう。

 もし、たくましい人と答えられたら、今より体を鍛えることに専念しただろう。

 もし、賢い人と答えられたら、知識を得ることに励んだだろう。

 

 しかし……。

 『大きなおっぱい』など、どうしろというのだ?

 彼女がそう口にしたとき、嘘を見抜く指輪は反応しなかった。つまりは、結婚相手に求めるのは『大きなおっぱい』というのは本心であるという事だ。

 男である彼にはどう頑張っても、絶対にどうしようもない事である。

 しかも、あの時現れたソリュシャンと呼ばれた、あのメイドはそれこそとても大きな胸をしていた。あまり、女性を性的な目で見たことのなかった彼にはイマイチ詳しくは判別できなかったが、おそらくクレマンティーヌと同じくらいはあっただろう。

 自分ではどうやっても彼女の好む人間になれないという事実に、少年は苦悩していた。

 

 悩む少年の後ろを一人の酔漢が通り過ぎる。

 どれだけの酒を飲んだのか、もはやすっかり赤ら顔となり、足元もおぼつかない。

 千鳥足で歩いていた男は足をもつれさせ、手にしたジョッキの中身をこぼしながら、少年の座る椅子の背もたれにぶつかった。

 そうして、よろめく足で立ち上がる際、ジョッキを口にあてながら秘かにつぶやいた。

 

「クワイエッセから報告。トブの大森林内で奇妙な洞窟を見つけたとのことです」

 

 

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