オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/8/26 章に侵入者編と入れたため、タイトルから「侵入者編」を取りました


第44話 突入

「あれですか?」

「おお、間違いありません。あの洞窟です」

 

 真上から照らされる陽光の下で、目にも瑞々しい青や緑の色がキラキラと輝く。池の水はよく澄んでいて、涼し気で清らかな印象を与えてくれる。湖畔に生い茂る植物もまた、皆一様にその威勢を誇っており、時折吹き抜ける風が新鮮な草木の香りを運んでくる。

 

 そんな野外の散策には絶好のロケーション。

 山際にある湖の水面付近には、ぽっかりと空いた空洞があった。

 

「あれこそが、かつてこの地において隆盛を誇ったダークエルフの地下遺跡。古文書の通りです」

 

 手にした革張りの装丁の書物を布袋から取り出し、そこに書き記された記述と眼前の光景を見比べながら幾度もうなづいていた。

 そんな臙脂色(えんじいろ)のローブを着た男――ボーマと名乗っていた――を横目に、藍色のローブを着たもう一人の学者エッセは優雅に微笑み、傍らのモモンに声をかけた。

 

「ようやくたどり着けました。護衛ありがとうございます、モモンさん」

「いえいえ、仕事ですので。それに道中、怪物(モンスター)にも遭わずに来れて幸運でした」

 

 そうして二人で、湖畔の洞窟に目を向ける。

 付近に生える木の根で見えにくくなっているが、その作りは土ではなく石、それも切り整えられた石材が並べられているのが見て取れた。あきらかに自然の洞窟ではありえない。なんらかの知恵のある者が手を加えたものだ。

 

「さて、……では、まだ日も高い事ですから、このまま潜りましょうか?」

 

 モモンは微妙に困った口調でそう言うと、後ろに首を巡らす。

 

「ええ、そうですね。さすがにここで1日野営する事もないでしょう」

 

 そう言って、学者のエッセこと、漆黒聖典第五席次クワイエッセ・ハゼイア・クインティアもまた、少し当惑した様子をにじませながら、後ろを振り返った。

 

 

 

「では、俺たちはこの入り口付近にベースキャンプを作って待っていますね。こちらは任せておいてください」

 

 顔を向けられ、ミスリル級冒険者チーム『虹』のモックナックが言った。

 

「じゃあ、このまま突入ですね。すぐに準備します」

 

 『漆黒の剣』のペテルが言う。

 

「了解。まあ、モモンさんたちと一緒だから大丈夫だろ」

「うむ。非才なる我らであるが、ちゃんと仕事はやり遂げる所存である」

「あ。でも、あの洞窟だと、ハムスケさんはさすがに無理ですね」

「うーん、残念でござるがしょうがないでござる。殿、それがしはここでお留守番しているでござるよ」

 

 次々と『漆黒の剣』のメンバーらとハムスケが言葉を続ける。

 そして――。

 

「うむ。では、迷宮攻略に入る。皆の者、私がいるからには浮沈艦に乗ったつもりでいるがよいぞ」

 

 そうアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のティアが、いつもの抑揚のない口調で口を開いた。

 

 

 ワイワイと騒ぎながら作業を続ける彼らの姿に、モモンとクワイエッセは内心でため息をついた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 そもそも今回の遺跡探索が、このような冒険者達を交えた大所帯になったのは、いくつかの思惑や誤算が重なったためだ。

 

 

 当初、クワイエッセに下されていた指令は、トブの大森林内でのダークエルフの捜索であった。

 そうして、魔獣たちを召喚できる彼の能力によって捜索したところ、今いる湖のほとりの洞窟入り口で、ナーガを始めとした怪物(モンスター)達とともにいるダークエルフを見つけたのだ。

 

 肩口で切りそろえられた金髪。赤い軽装鎧の上から白い服を身に纏ったその姿。そしてなにより、左右の目で青と緑に異なる瞳。

 

 まさに、先の戦いで唯一生き残った漆黒聖典の隊長が語った言葉通りの外見。

 

 この少年(・・)こそが、漆黒聖典の者達をたった一つの魔法で殺しつくした2人のダークエルフの片割れだろう。

 

 

 それを本国に報告し、その洞窟の調査の準備を進めていたところ、クワイエッセに新たに一つの緊急任務が言い渡された。

 

 

 

 『冒険者モモンを暗殺し、かの者が持っていった六大神の遺産『ケイ・セケ・コゥク』を奪還せよ』

 

 

 

 その命令には驚かされた。

 冒険者モモンについては以前、隊長から陽光聖典の者が持って行った魔封じの水晶を使用した形跡があると聞かされており、その噂は注意して集めていたが、まさかその者が『ケイ・セケ・コゥク』をも持ち去った犯人であるとは思ってもみなかった。

 

 それと同時に怒りがわいて来た。

 クワイエッセの六大神、特に死の神スルシャーナに対する信仰は狂信といってもいいほどだ。

 かの遺産は人間を守るために戦った偉大な神が残された至宝。それをかすめ取った者など万死に値する。

 内心、憤怒に打ち震えつつも、彼は着々と準備を整えていった。

 かなりの強者と想定されるモモンを確実に抹殺するために、彼の下へは新たに漆黒聖典に加わったボーマルシェが送られてきた。

 そして、古代遺跡を調査している学者という仮面をかぶり、帝国の落ちぶれた元貴族をそそのかして、そいつ経由でワーカーを数チーム手配した。彼らには最初、昔のダークエルフの遺跡調査であると言って雇い入れ、エ・ランテルに向かう道中で真の依頼内容は冒険者モモンの暗殺であることを告げた。それを告げられたチームの中には、話が違うと任務を降りた者達もいたが、幸い2チームは残ったし、降りた者達の口封じも済んだ。

 

 そうして、エ・ランテルにたどり着き、冒険者組合でモモンに対して指名依頼を行ったのだが、ここで誤算が生じた。

 

 

 クワイエッセは冒険者組合で、トブの大森林内にあるダークエルフの古代遺跡を調べるために、冒険者チーム『漆黒』を雇いたいと依頼した。

 もともとの任務はそちらであったため、学者としての素性を偽装する目的で最初に潜伏した帝国でも表向きそのように説明しており、わざわざ当初と話が変わったことを誤魔化してまでそこを変更する必要性が感じられなかった。

 それと、エ・ランテルの冒険者組合は現在トブの大森林内でダークエルフの捜索を行っているとの情報があったため、ダークエルフの名を出せば容易に、この地において最高ランクであるオリハルコン級冒険者であるモモン含む『漆黒』を雇えるだろうという目算(もくさん)もあった。

 

 だが、それは一つの困った事態を生み出した。

 

 帝国の帝都アーウィンタールからエ・ランテルまでは通常10日ほどかかる。特別な早馬などを用意しても5日ほどだ。そして、彼らは怪しまれないため、普通に馬車で移動してきたのであるが、その間に状況が変わっていたのだ。

 

 

 彼らが旅をしている間に、冒険者チーム『漆黒』とワーカーチーム『フォーサイト』合同調査が終わり、それをもってエ・ランテルは都市として、ダークエルフ並びに野盗集団『死を撒く剣団』は他の地に移ったと安全宣言を出していたのだ。

 

 

 それはここ最近ずっとかかりっぱなしであった懸念事項の終了を意味し、これでようやくけり(・・)がついたとエ・ランテル関係者たちは、ほっと胸をなでおろしていた。

 

 だが、その宣言から数日後、旅の学者を名乗る男が街に現れ、冒険者組合として聞いたこともないダークエルフの古代遺跡を調べたいと言ってきたのだ。

 

 半信半疑ながら、当の『漆黒』は調査終了後、別の討伐依頼の為に街を離れていて時間があった事もあり、彼らが戻ってくるまでの間に、冒険者組合でその古代遺跡があると話していたところに冒険者を送って裏を取ってみた。

 

 

 その結果、本当に言われたところに遺跡らしきものがあったのである。

 

 

 その湖の存在に関しては、冒険者組合としても既知のものであった。もう何十年も前から定期的にその周辺は調べられ、そして完全に何もないただの湖だと判断されていたところであり、今回のダークエルフ捜索の網からも外されていた。

 だが、今回、人を送ってみたところ、山際の湖畔にぽっかりと、それまでは確認されていなかった洞窟が口をあけていたのである。

 

 

 これには冒険者組合だけではなく、エ・ランテル上層部まで巻き込んで、てんやわんやの大騒ぎとなった。

 

 あれだけの人間と予算を費やし調査したにもかかわらず、何の手がかりも得られなかったため、全ては偶然が重なった事であったとして、ようやく安全宣言を出したのだ。

 それが、その直後に。

 名も知られていない学者が言った、まさにその場所に手掛かりが転がっていたのである。

 

 もし、本当にその遺跡にダークエルフ等の痕跡があったならば、冒険者組合並びにエ・ランテルの行政として立つ瀬がない。

 ただでさえ、今のエ・ランテルは先のアンデッド騒ぎによる混乱によって信頼が揺らいでいるところだ。

 ここで下手を打ったら、自分たちの沽券にかかかわる。

 

 そこで、組合長のアインザックは、そのエッセと名乗る若い学者に、冒険者組合としての全面的なバックアップを約束した。

 事が街の安全にもかかわる重大な事柄であるとして、エ・ランテルとして金を出し、冒険者の一団をつけ、街との共同調査としようと持ち掛けたのだ。

 

 

 これに困ったのはクワイエッセである。

 ダークエルフの調査は今では副次的なものでしかなく、彼の現在一番の目的はモモンを暗殺し、彼の持つ法国の至宝『ケイ・セケ・コゥク』を取り戻すことである。

 他の冒険者などつけられては、事が露見しかねず、また暗殺の邪魔でしかない。

 そこで、学者としての功績を横取りされてはと口実をつけ、彼は必死でその話を断ろうとしたのだが、アインザックは引き下がろうとせず、たまたまこの街に滞在しているアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のティアまでつけるとまで言い出した。

 

 アダマンタイト級冒険者。

 その名は冒険者だけではなく、市井(しせい)の者にまで広く知れ渡っている。

 わずかに自分たちの生活圏を出るだけで、襲い来る怪物(モンスター)の危険にさらされる世界に生きる人間たちにとって、あまりに高く貴く、そして希望の存在である。

 そんなアダマンタイト級冒険者の名まで出されては、それを断るなど自分の存在が悪目立ちするなどというレベルですらない。その行動や、素性すらも疑念の目で見られる事は火を見るより明らかだ。

 そう判断した彼は、表向きは深く感謝の意を示し、内心では泣く泣くその話を受ける事となった。

 

 

 その為、当初の予定ではあまり時間をかけず、トブの大森林に入ったら野営の時を狙ってさっさとかた(・・)をつけるという段取りであったのだが、その計画の変更を余儀なくされた。

 一応、道中、隙を(うかが)ってみもしたのだが、さすがに野外においては油断の色はなく、またその周りには常に冒険者たちが集まっていたため、とてもではないが他の者に知られずオリハルコン級冒険者を始末する機会などなかった。

 そうしているうちに、ずるずると旅は進み、とうとう本当に例の遺跡までたどり着いてしまったのである。

 

 ――かくなる上は洞窟内で、始末するしかない。

 

 クワイエッセは、共に来たボーマルシェにそっと目くばせをし、背負った背嚢(はいのう)の中身をより分け、ダンジョンに潜る準備を始めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ハッ!」

 

 気合の声とともに閃く剣閃。

 次の瞬間、飛びかかった最後のサーベルウルフの身体と頭が分かれ、体は敷き詰められた花崗岩の床上に、頭は血しぶきをあげながら壁へとぶつかり跳ね落ちた。

 

 一体倒したのちも油断なく、両手の剣を構え、周囲を見渡すモモン。

 辺りを警戒していたティアが、敵意あるものの不在を知らせ、戦闘終了を告げた。

 

 皆、安堵の息を吐く中、剣についた血糊を振り払うモモンの背に、拍手と共に声がかけられた。

 

「いやあ、さすが、モモンさん。あなたを雇ってよかった」

「いえいえ、私がやっているのは依頼の範疇ですから、特に褒められるようなことは」

 

 そう謙遜するモモンの言葉をききながら、迷宮に同行した冒険者たちは素早く自分たちの被害状況を確認していた。迷宮内の広い大部屋に足を踏み入れたところ、突如、サーベルウルフの群れに襲われたのだ。圧倒的な強さを誇るモモンは怪我一つしなかったものの、他の者の中には多少の手傷を追ったものも幾人かいた。

 

 そんな治療をしている者達をしり目に、今回の探索に参加したワーカーの1人――〈緑葉(グリーン・リーフ)〉の異名の通り濡れたような緑の鎧を身に着けた老人――パルパトラが首をひねった。

 

「ふうむ。妙しゃのう」

「どうかされたんですか? パルパトラさん」

 

 冒険者チーム『漆黒の剣』のペテルが、そのつぶやきを耳にし問いかけた。

 

 彼――パルパトラはワーカーではあるが、かつては冒険者として活動していたこともあり、また現在において(よわい)80をも超える老体ながらいまだに現役であり続けるその姿には、冒険者たちからも敬意を持って接せられていた。

 

 そして、今回の『漆黒の剣』の面々に与えられた仕事は、あくまで自分の身を守れる荷物運び(ポーター)である。その扱いには、彼らとて忸怩たる思いを抱かざるを得ないが、共に迷宮に挑む錚々(そうそう)たる面子の前には、そんな役目も仕方がないと思う他はない。そして、どうせ彼らと同行するなら、少しでもその知識や技術を学んでやろうと気持ちを切り替えていた。

 

 

 そんなペテルに声をかけられた当のパルパトラはしげしげと、たった今モモンによって切り飛ばされた魔獣の首を見つめる。

 

「これはサーベルウルフしゃな。こいつは普通、森の中に生息する魔獣しゃぞ。これがこんな迷宮の中にいるとはおかしな話しゃ」

「確かに、妙ですが……。ここを巣にしていたのでは? 子づくりのためとか」

 

 言葉を返したペテルに、老人はちらっと眼をやった。

 

「子づくりのう? こんなアンデッドだらけの所で、安心して子供をそたてられるか?」

「……確かにそうですね。入ってすぐの所で、いきなりエルダーリッチなどが出てきましたし」

「そうしゃろ? それにサーベルウルフの狩りっしゅうもんは、自分より大型の、それこそ野牛や巨熊とかを狩るもんしゃぞ。洞窟のちっこいネズミとか獲物にはせんし、そもそもあのでかい牙じゃそんなもん捕まえられんわな」

 

 次々とあげられる奇妙な点に、周囲で聞いていた他の者達も納得のいく考えを探し、思考を巡らせる。皆であれこれと推察を口にする中、それまで無言で聞いていたモモンが口を開いた。

 

「我々は湖の入り口から入って来たが、入り口があそこだけとは限らないのではないか? ここは古代遺跡というから、もしかしたら長い年月の果てに遺跡に一部が崩れ、どこかの洞窟の奥と繋がっており、そこからサーベルウルフなどの野生の魔獣が入り込んだのかもしれん」

「なるほど。その可能性はありますね」

 

 学者のエッセもまた、その言葉に同意する。

 

「とにかく、細心の注意が必要という事で、みなさんよろしくお願いしますよ。それと、ちょうど広い場所まで来たのですから、ここで少し休憩しましょうか?」

 

 雇用主の言葉に、そこでひとまず議論は終いとなった。

 皆、続く通路からの襲撃は警戒しつつも、水筒から水を飲む、携行食を口にするなど、思い思いに疲れをいやす。同じ室内には先ほど始末したばかりのサーベルウルフの死体が転がっているのだが、それらは一カ所に集めておいた。

 探索メンバーの中にはついでとばかりに、その魔獣の討伐部位や、その巨大な牙――それなりに金になる――を剥ぎ取っている者もいる。

 

 そんな中、ルクルットが先ほどから気になっていたことを聞いた。

 

「なあ、ルプーさん。どうも、普段と比べて様子がおかしいみたいだけど、大丈夫かい?」

 

 その問いに、ルプーことルプスレギナは大きな声で答えた。

 

「はい。今、『せーりつー』なんっすよ!」

 

 その言葉にはさすがのルクルットもなんと言っていいのか分からず、「そ、そうなんだ……」とだけ返した。

 だが、それに素早く反応した者もいる。

 

「うん。それはいけない。生理痛には人肌で温めるのが一番。これはアダマンタイト級冒険者に伝わる秘伝」

 

 そう言って、話を聞いていたティアがルプスレギナに抱きつく。

 抱きつかれたルプスレギナもきゃいきゃいと声をあげる。

 計ったものかは分からないが、ルプスレギナの発言によって何とも言えない空気になっていたのが和らいだ。

 

 そうしているとニニャがごそごそとバックパックから一つのものを取り出す。

 

「あの、ルプーさん。よろしかったらどうぞ。クラルの実を干したものです。色々薬効があるんですが、生理痛とかも和らぎますよ」

「おおー、それはありがたいっす」

 

 差し出された干し果実をむしゃむしゃと頬張る。

 

「ほうほう。結構、甘くておいしいっすねー。それにしても、男なのに生理痛に効くものを持ち歩いてるなんて、ニニャさんも隅に置けないっすねー。一緒に旅した女性冒険者とかにこれを渡してナンパとかするっすか?」

 

 ルプスレギナのからかう言葉に、ニニャは「そ、そんなんじゃないですよ」と顔を真っ赤にしていた。

 

 

 ――『生理痛』と言って誤魔化すべきという案は正しかったか……。確かに、これ言われると男としては何も言えなくなるからなぁ。

 

 そうアインズは心の中でつぶやいた。

 

 

 

 ルプスレギナのこの『生理痛』発言は、いかんともしがたい事実が突如判明したからであった。

 

 当初、このダミーダンジョンに潜るとなった時、迷宮内に巣食う敵としてアインズがそのスキルで作ったアンデッドを出せばいいと思っていた。

 エ・ランテルやリザードマンの集落で大量の死体が手に入り、日課として自身の持つアンデッド作成を毎日行い続けた結果、それこそ掃いて捨てる程、アンデッドのストックは溜まっていた。

 アインズらにとって、アンデッド作成で作れるアンデッドというのはそれほど強いものではないが、この世界においては十分、というか圧倒的と言えるほど強大な存在らしい。

 そこで冒険者『漆黒』のデモンストレーションもかねて、それらを敵として送り出し、モモンらに蹴散らさせようとしたのであるが、ここで一つの問題が生じた。

 

 彼らアンデッド軍団並びに冒険者チーム『漆黒』のメンバーにしてモモンの相棒、女神官ルプー役のルプスレギナが互いに戦おうとしないのである。

 〈伝言(メッセージ)〉で密かに話した結果、同じナザリックに属する者を傷つけるのは……と言われた。

 どうやら、フレンドリーファイアは解禁されたものの、かと言って仲間とされるものを傷つけるのは抑制が働くようなのである。

 

 このことには後でさらなる検証が必要であるという事になったのであるが、問題は今この場での事だ。

 

 とりあえず、ルプスレギナの不調は生理痛で誤魔化せという事になった。今回のメンバーはほとんどが男であり、女はティアとワーカーであるエルフたち3名――メンバーというより奴隷のようだが――しかいないため、そう言えば突っ込める人間はいないだろうという判断からであった。

 

 

 そして、ダンジョン内の敵としては代わりに、アンデッドがたくさんいるこの迷宮内に自動湧きしてきた者達などを集めてけしかけたのであるが、こちらも難点があった。

 そいつらに関しては、ナザリックに属する者という仲間意識は働かなかったものの、モモンに扮しているアインズもまたアンデッドであるため、彼をスルーして他の者達にだけ襲い掛かったのである。

 これもまた明らかに不自然に見えるため、慌ててそいつらはすべて始末し、さらなる相手として、アゼルリシア山脈で捕まえてきたサーベルウルフを敵として迷宮内に放したのであるが……。

 

 

 アインズは〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 

《ベルさん。駄目です。サーベルウルフもアウト。不審がられてますよ》

《えー。それも駄目なんですか? せっかくたくさん捕まえたのに……》

《はい。サーベルウルフがダンジョンにいるのはおかしいとか言われてますよ》

《うーん。そんなこと言われても、そう簡単には……。精霊とか悪魔とかは明らかに人為的なものが働いてるって分かりますから、この探索の本当の目的がはっきりするまでは控えたいですし……。そうだ! 蜘蛛とかならならどうですかね》

《あ、いいんじゃないですか? 迷宮とかにいてもおかしくはなさそうですし》

《そうですね。じゃあ、トブの大森林内で蜘蛛とかの虫取りを優先させますね》

《よろしくお願いします》

《はいはい。じゃあ、ちょっと探索ペース遅くしといてください。今、獲りに行かせますので》

 

 

 ベルとの〈伝言(メッセージ)〉が切れる。

 

 当初予定していた怪物(モンスター)の都合が悪くなったので、新たに投入する怪物(モンスター)の確保は自転車操業状態である。

 今、こうしている間も、普段ナザリック第七階層にいる悪魔たちがトブの大森林やアゼルリシア山脈で、必死で捕獲作業に大わらわである

 

 見るからに恐ろしい形相をした悪魔たちが、虫取り網で蜘蛛などの捕獲に汗を流している姿を想像し、ちょっとした可笑しさと共に、彼らにそんな苦労をさせている現状にいささか苛立ちがつのってくる。

 

 

 

 休憩が終わり、アインズが苛立ちながらも歩くその目に、壁に書かれた迷宮内の区域のコードとこの先に仕掛けられているトラップが詳細な説明と共に図入りで描かれているのが見えた。

 

 この迷宮内には、アインズが冒険者として中に入るという事になってから、誤ってトラップに引っ掛かったり、中で迷ったりしないよう、あちらこちらに注意書きが書き込まれていた。

 それらは特殊な顔料で書かれた透明な文字であり、普通の人間の目には見えないが、透明看破の特殊技術(スキル)を持つアインズならば問題なく見ることが出来る。この迷宮に挑む他の者の中に見ることが出来る者がいると困るのだが、そのような能力がないことは入り口に書かれた図形が見えるかどうかで確認済みであるし、そもそもそれらの説明は日本語で書いてあるため、この世界の人間には読むことが出来ないはずである。

 それを読むことが出来るのはアインズと、今回透明看破のマジックアイテムを貸与されているルプスレギナの2人だけであった。

 

 とにかく、そこに書き込まれた説明から、この先にシュートが設置されていることが分かった。

 アインズはそれを見て取り、今度こそはと祈る気持ちで歩を進める。

 

 

 やがて通常の通路と異なり、大人十人ほどが横に整列して歩けるほどの広い廊下にたどり着いた。

 そうして、先を急ごうとしたところ、制止したものがいる。

 

 

 先ほどからアインズを苛立たせる原因のもう一つ。

 ティアである。

 

 

 彼女は共に来た者達に、これ以上先に進むなと指示し、自分一人注意深く足を進めた。

 そして、敷き詰められた花崗岩の石畳に耳をつけたり、コツコツと叩いたりして調べ上げ、やがてチョークで広い一角を囲った。

 

「ここはトラップがあるから、この端っこを歩くといい」

 

 そう言うと、横幅のある廊下の左端、50センチほどの区域に白いチョークで斜線を引いた。

 ルクルットが物珍し気に近づいてくる。

 

「へえ、こっちの方には何があるんです?」

 

 問われたティアは、メンバーの一人が持っていた10フィート棒を手にとると、その先で大きく四角に囲われた区域の入り口側を突いた。

 

 

 ……だが、何も起こらない。

 

 

 他の者達が不思議そうな表情を向ける中、彼女はその細い通路を通って区域の向こう側に立つと、自分の足元をつついた。

 

 すると何の前触れもなく、ほんの一瞬前まで確かな足元だった床が消えた。

 

 突然空いた、はるか奈落へと続く穴に、誰もが息をのんだ。

 数秒もそうしていただろうか。魔法なのか機械的な装置なのかは分からないが、下方へと折りたたまれる様になっていた石畳が微かな軋みの音を立て元へと戻った。

 そこは何一つ、先ほどの光景があったとは思えない、ただの石床にしか見えなかった。

 

「なるほとのう。先頭を行く者がトラップの範囲に入っても、そこで発動すると引っ掛かるのは先頭を行く者だけしゃ。しゃから、すくには作動させずに、一番奥まで先頭が到達したところで初めてトラップが発動するようになっておるのか。たしかにこれなら、後に続く全員が罠にかかるのう。ずいふんと、陰険な罠しゃ」

 

 パルパトラの言葉に、皆がなるほどとうなづいた。

 ティアはびしっとこちらに、おそらくルプスレギナに向けて、親指を立てて自分の凄さをアピールする。

 

「さすがはティアさんですね。助かりました」

 

 アインズはそう口にしつつも――。

 

(余計な事すんな、ボケ!)

 

 と、内心、毒づいていた。

 

 

 

 そう、問題はティアである。

 このアダマンタイト級冒険者という触れ込みでついて来た忍者であるが――とにかく、先程から迷宮内に仕掛けられた罠をことごとく解除し続けてきたのである。

 

 

 

 そもそもアインズらは最初から、今回の探索には疑念を抱いていた。

 特に、このメンバーの中でも学者を名乗る2人が怪しいと踏んでいる。

 

 それは、文献の調査により、この場にダークエルフの古代遺跡があると言っていたためである。

 

 このダンジョンは、ナザリック地下大墳墓がこの地に転移してきて後に、課金アイテムを使用して作った迷宮である。

 当然のことながら、古書などにその存在が書かれているわけもないのだ。

 

 偶然、遺跡の上にダンジョンを作ってしまったのかと思い、念のため、ナザリックの者達に周辺地域の調査をさせたものの、湖の奥や地中まで調べても、なんら遺跡の存在をにおわせるものなど、欠片も存在しなかった。

 

 それなのに文献に遺跡の記述があるという。

 それに、迷宮内に入ってからも、内部の様子が書の記述の通りだと度々(たびたび)口にしていた。

 

 

 明らかにおかしい。

 

 

 アインズとしては、もうこうして探索ごっこに付き合って、ナザリックの者達に無駄な労苦をさせる意味も感じられないため、出来る事ならば、さっさとこの学者たちを捕まえて、拷問だろうが何でもして情報を吐かせたいところではあるのだが、そうするには一緒について来ている冒険者たちが邪魔なのであった。

 

 冒険者としての名声を考える上で、ワーカーならまだしも、同じ冒険者が犠牲になる中、自分だけ帰ってくるという事は出来るだけ避けたかった。もちろん、学者が依頼主である以上、彼らが帰ってこなかった場合、任務失敗になるのであるが、そこは何とでも誤魔化す自信があった。要は、一緒に冒険に行って帰って来れなかったら問題なのであり、一度帰った後、消息を絶つのならば問題はない。魔法で操る、幻覚で成りすますなどして、冒険者組合に依頼達成を報告、つまりはこの迷宮には何もなかったと伝えた後で、処分してしまえばよい。

 その為にも何とかして、現在一団として行動しているパーティーをバラバラに分断したい。

 

 だが、それが出来ないでいた。

 

 分かれ道があったので、別行動を取る事を提案してみたりもしたのだが、今回の任務は迷宮を調査する学者の護衛である。2人いるとはいえ、調査の為には進むパーティーの中には学者がいなければならず、各パーティーごとにバラバラには行動できなかった。

 その為、こうして20人ほどの大所帯でぞろぞろ移動し続けるという羽目になっている。

 

 それならばと偶然、迷宮内のトラップに引っ掛かったことにしてメンバーを分断しようと目論んでいるのだが、その罠はこのティアが片っ端から解除してしまっているのである。

 

 

(ああ、もう面倒くさい! どうにかして、この一行を分断する方法はないのか?)

 

 アインズはイライラとした頭を抱えながら、迷宮内を進んでいった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 だが、アインズの他にも、この状態に困り果てている者達がいた。

 

(どうしたものですかねぇ……)

 

 学者に偽装している漆黒聖典のクワイエッセ、そしてボーマルシェである。

 

 彼らの目的は、先にも述べたが、モモン暗殺である。

 漆黒聖典として選ばれた彼ら二人であれば、おそらく直接戦っても倒すことは容易いであろうが、とにかく失敗が絶対に許されない任務であるため、特に慎重に行動せよと本国からは仰せつかっている。また、そのためにはいかなる犠牲を払ってもよいと。

 

 そこで、彼らはまずワーカーをけしかけるやり方を考えついた。

 ワーカーを先にモモン暗殺の為に戦わせる。そこで彼らがモモンを倒してしまえばよし。

 ……おそらくは無理だろうが。

 倒せなくても、彼らとの戦いでモモンの力の底は見極められるし、戦闘を終えて疲弊したところを狙えば、モモンを抹殺するのも容易になるであろう。

 

 そう考え、帝国においてワーカーを3チーム雇い入れた。

 彼らには最初ただの遺跡探索という名目で仕事を依頼し、旅の途中でモモン暗殺の目的を明かし、さらなる報酬を約束した。結果、降りることを言いだしたのは1チームだけであり、2チームは残ったので十分その役目は果たせると思っていた。

 

 しかし、エ・ランテルについてモモンを雇おうとしたら、冒険者組合からの横やりが入り、おかしな大所帯でそのダンジョンに向かう事になってしまった。

 

 その為、道中での暗殺は叶わず、こうしてなし崩し的に、本当に迷宮に挑むことになってしまったのである。

 彼らとしては、確かにダークエルフがいるであろう迷宮の調査も重要な事項なのであるが、今はそれよりなによりモモン暗殺の方が重要である。無駄に迷宮内を進んで、せっかく雇ったワーカーたちの戦力を減らしたくはないし、なによりクワイエッセの一人師団と呼ばれるまでの能力、大量の魔獣を召喚し操る力は、狭い迷宮内では十全に発揮できるとは言い難い。

 幸い、そこそこの広さのある玄室は幾度かあったため、仕掛けること自体は可能かと思われた。

 だが、それをやるには一緒について来ている冒険者が邪魔である。

 

 この『漆黒の剣』という冒険者たちであれば始末は容易であろう。

 銀級冒険者などは漆黒聖典の者の前には敵ではない。ボーマルシェ一人でも簡単に対処できるだろう。

 

 だが、問題となるのはアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のティアである。

 

 アダマンタイト級という人間としては最高レベルの実力を持ち、しかも戦士や魔法使いならまだしも、彼女は隠密に長けたシノビである。

 さすがにこちらが負けることは無いだろうが、確実に止めをさせる自信はない。その能力を逃走に使われたら、とり逃がすことは十分に考えられる。そうなれば、彼らがここでやろうとしたことが明るみに出てしまうだろう。

 考えうる最悪の展開は、『ケイ・セケ・コゥク』をティアが手にし、そして遁走される事だ。

 そうなれば、法国の下に再び『ケイ・セケ・コゥク』が戻ってくることはないだろう。『蒼の薔薇』はそのリーダーが王国貴族であることもあり、王国上層部とも繋がっている。その伝手を辿って、『ケイ・セケ・コゥク』が王国上層部へと流れる事は十分に考えられる。六大神の遺産が益体(やくたい)もない王国での政争に使われるという、物の価値も理解せぬ愚か者たちによる不敬極まりない事になるのは断じて許しがたかった。 

 

(とにかく何とかして、この一行を分断しなくてはなりませんね)

 

 クワイエッセはその牙を心の奥に隠し、襲撃の機会をうかがい続けていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 期せずして同行する2組から疎まれる羽目になっているティアであるが、彼女もこの探索に妙なものを感じていた。

 

 もともと、彼女がエ・ランテルに来たのには複数の目的があり、そのうちの一つはトブの大森林内におけるダークエルフの捜索というものもあった。

 

 彼女がエ・ランテルに行くことが決まり準備していたところ、突如、かつて共に行動していたこともあるリグリットが彼女らを訪ねてきたのだ。

 そして、彼女らに対し、エ・ランテル近郊でダークエルフの情報を集めるよう言った。

 

 だが『蒼の薔薇』として、エ・ランテルに全員でおもむく訳にもいかなかった。

 

 その理由は先日、王都にシャドーデーモンが潜入しようとしていたためである。

 幸いそれに関しては、問題が起きる前にイビルアイが先んじて倒してしまったため、事なきを得たのであるが、再度、シャドーデーモンが侵入してこようとはしないとは言い難い。

 もし、イビルアイが王都を離れている間に同様の事があれば、誰が王都を守れるというのか。

 

 その為、最初に決まっていた通り、エ・ランテルに行くのはティア1人のみとなった。

 だが、いかにアダマンタイト級冒険者である彼女とて、たった一人でトブの大森林内をうろつくのは危険極まりないため、冒険者組合に話を通し、そこでダークエルフの情報を集めるという事になった。

 

 タイミングよくエ・ランテルにおいても、近隣でダークエルフが目撃されていたことは憂慮(ゆうりょ)されており、冒険者組合ではその捜索も行われていた。

 そこで、ティアはダークエルフに関する情報があったら自分に教えるよう組合長に伝え、その間、自分は本来の任務であるアインズ・ウール・ゴウンの情報収集や、エ・ランテルにあるギラード商会の調査に時間を費やしていた。

 

 だが、結局のところ、冒険者組合の調査ではダークエルフの情報は全く手に入らないまま、その捜索は終了となってしまったのである。

 

 こうなっては仕方がないので、あとは冒険者モモンの身辺調査をもって、エ・ランテルでの活動を終了し、王都に戻ろうと考えていたところであった。

 

 そうしたところ、旅の学者がこの近辺にあるというダークエルフの古代遺跡を調査したいと言っているという話が飛び込んできた。しかも、彼はモモン率いる『漆黒』を指名しているという。そして、さらに冒険者組合の思惑も加わり、その調査にティアもついていってほしいというのだ。

 

 ティアは一も二もなく首を縦に振った。

 懸念(けねん)だったダークエルフの件も、モモンの件も同時に調べがつくのだ。

 

 

 そうして、数日ながら共に旅を続ける内に、色々と気づいたことがある。

 まずはモモンの事であるが、うわさに聞いていた通り、彼は常にその全身鎧(フルプレート)を脱ごうとしない。また、宗教上の理由と言って飲食をしている所を全く見せなかった。彼がすこし同行者たちの輪から離れた時があったので、兜を脱いで食事をしているのかと、こっそり後をつけたことがあったのだが、尾行に感づかれていたためか、彼は兜を外すことなくただ立ち尽くし、遠くを眺めているだけだった。

 また、王都において皆で話し合った時に、モモンの正体はカルネ村を救った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の仲間であった黒い全身鎧(フルプレート)に身を包んだ女戦士アルベドではないかという推測が出ていた。

 しかし、彼の歩き方を見る限り、その正体が女性とは思えなかった。

 態度や仕草は取り繕えても、その歩き方まではそうそう誤魔化せるものではない。わずかの間ならともかく何日も、それも森の中を歩いていれば、そのうちボロが出るものだ。だが、その足取りを見る限り、モモンは女性が性別を偽っているとは考えられなかった。

 

 

 そして、歩き方と言えば――。

 

 ティアは通路の壁や天井を油断なく見回すふりをして、自分の後ろを歩く人物、学者のエッセとボーマという男を視界の縁に入れた。

 

 彼らは実に奇妙だった。

 学者と名乗ってはいるが、その足取りは山中の行軍にも慣れた様子であった。それだけならフィールドワークの経験を積んできたのだろうと思うにとどまるところであったが、それだけではなかった。巧みに隠しているようだったが、それは隠密の訓練を受けた者の足運びだった。

 

 名も知られていない学者を名乗る謎の人物が、他の街からワーカーを引き連れて現れ、何かと謎の多い新進気鋭の冒険者モモンに指名依頼を出し、これまで発見されていないダークエルフの古代遺跡の調査に向かう。

 

 

(随分ときな臭い……)

 

 ティアは周囲の迷宮の様子だけではなく、自分の後ろに続く者達の動きにも注意を払いながら、迷宮の奥へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

(やれやれ、いつになったら始めるんですかね?)

 

 ワーカーチーム『天武』のエルヤーは心の内で嘆息した。

 

 彼は今の状況に飽いていた。

 エ・ランテルからの道中、敵となるものはゴブリン一体たりとも現れなかったし、この迷宮に入ってからは最初こそ、いきなりエルダーリッチなどが出てきたものの、後はゾンビや虫、動物など大した敵は出てこない。

 

 さっさとモモンに襲い掛かればいいものを、彼の依頼主は共について来ている冒険者たちを気にしてか、いまだに(らち)を開けようとはしない。

 

 ――そんな連中など、まとめて始末してしまえばいいものを。

 

 彼は鞘に入れたままの自分の剣の柄をそっと手で撫でた。

 

 

 

 彼、エルヤーがこの依頼を受けたのは本当に偶然だった。

 今いるエルフ達には飽きが来ており、そろそろ新しい奴隷が欲しかったため、報酬が良さそうな依頼だからと受けたのだ。

 そんな折、旅の途中で突然、依頼主たちからさらなる別の依頼『冒険者モモンの暗殺』という話を持ち掛けられたのだ。

 それを受けた場合の報酬は倍。

 彼は二つ返事でそれを了承した。

 

 受けた理由は報酬の多さからだけではない。

 冒険者モモンの名は彼も聞き及んでいた。

 曰く、本来両手で持つ大剣を片手でひとつずつ、二刀流で操る剛腕の戦士。その実力は凄まじく、エ・ランテルに現れてからのわずかな期間でオリハルコンの地位に駆けあがり、もしかしたらアダマンタイトまで昇り詰めるのではないかと噂されていた。

 

 その話を聞き、エルヤーは憤懣(ふんまん)やるかたなかった。

 自分とて、冒険者で言うならば、アダマンタイトに匹敵すると自負している。それなのにぽっと出のよく分からない戦士が、自分よりはるか高い勇名をほしいままにしているのだ。彼の憤りは並大抵ではなく、危うく大枚はたいて買ったエルフの奴隷を無駄に殺してしまうところであった。

 

 そんな鬱屈を抱えていたところに、ふいに転がり込んできた依頼。

 成り上がり、思いあがったモモンとやらを始末できる上に、大金まで転がり込んでくる。

 エルヤーはこれこそ天の采配と、ほくそ笑んだ。

 

 

 そんなエルヤーであるから、目の前に獲物がいるのに手を出してはいけない今の状況にイライラしていた。

 

 ――邪魔者はまとめて消してしまえばいいだろうに。どうせ冒険者であるモモンを殺すのに、他の冒険者にまで気を回す必要があるのか? 

 確かに、『漆黒の剣』とかいう冒険者はどうでもいいとしても、アダマンタイト級の『蒼の薔薇』のティアは確実に始末しないと面倒な事になる。

 だが、彼女とて、エルヤーならば問題ない。

 いかにアダマンタイト級とは言え、彼女は隠密行動を得意とするニンジャであって、専業の戦士ではなく、エルヤーにかなうはずもない。

 確かに逃げの一手を打たれれば面倒ではあるが、最初に不意打ちで手傷を追わせてしまえば、あとはなんとでもなる。

 さすがに雑魚といえど、『漆黒の剣』が邪魔をすれば面倒ではあるが、一緒に来たパルパトラたちが時間稼ぎでもしていれば、その間にティアも、そしてモモンも仕留める自信がある。

 

 特にモモンとやらは張り子の虎でしかない。

 

 卓越した剣士であるエルヤーが見る限り、このモモンという男は、戦士とは呼べぬほどのお粗末な技量しかない。

 確かに両手剣を片手でたやすく振り回し、全身鎧(フルプレート)を常に着続けて疲れた様子も見せない、その筋力とタフネスは目を見張るものがある。

 だが、あくまでそれだけだ。

 本当に素人の手習い程度の技巧や足運びしかできず、ただの力任せにすぎない戦い方しか出来はしない。

 いうなれば、ある程度訓練された猛獣とでもいうべき存在だ。

 その暴風のような膂力に心胆をすくませさえしなければ、大した相手でもない。

 

(ふふふ。早く、あの男の泰然自若たる声が、動揺と絶望に震えるところが聞きたいですね。こいつを私が倒した事を大手を振って言えないのが残念ですが)

 

 エルヤーはそんな逸る気持ちを抑え込みながら、一行と足並みをそろえて進んでいった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

(さて、どうしたもんかのう?)

 

 齢80を超えるであろう老人、〈緑葉(グリーン・リーフ)〉の異名を持つパルパトラは頭を悩ませていた。

 

 彼はとにかく慎重な判断と行動を旨としていた。ワーカーというその身を危険にさらすことで、より大きなリターンを得るという職業に身を置きながら、常に用心を心がけ、そして生き延びてきた。

 それが老境に達するまで危険と隣り合わせの世界を生き抜いてこれた秘訣(ひけつ)である。

 

 そんな彼が今、悩んでいた。

 

 いったいどうすれば、この場から生き延びられるかと。

 

 

 彼がそう思い悩むのは、エ・ランテルに来る途中、追加として冒険者モモンの暗殺依頼を提案されたときの事。

 危険な事が多く、汚れ仕事も多くこなすワーカー相手とはいえ、依頼を受けた後で、さらに別の依頼を提示するというのは明らかに信義に反する。

 彼らの資本は自らの命であるがため、依頼を受けるかどうかに関しては冒険者よりはるかに厳しく吟味する必要がある。

 それなのに、後から依頼内容を変えるなどというのは、激昂されて当然の行為であった。

 

 実際、最初の護衛依頼を受けた中でもヘビーマッシャーというチームは憤慨(ふんがい)し、この依頼そのものを降りることを明言し、去って行った。

 パルパトラもまた依頼の破棄を選ぶだろうと彼の仲間は思っていたが、予想に反し、パルパトラは何も言わず、立ち去ろうともしなかった。

 仲間たちは疑念を感じつつも彼が引き受けるならと何も言わないでいたが、パルパトラ本人には勘が働いていた。

 

 長年のワーカー生活によって身にしみついていた、はっきりと言葉には出せない直感が。

 

 

 それが正しかったと分かったのは次の日である。

 

 翌日、野営を終えてまた旅を続けようとしたとき、その依頼主である学者とすれ違った。

 その時、死の匂いを感じた。

 実際の嗅覚に働きかける匂いではなく、曖昧模糊(あいまいもこ)たる言葉にならないような感覚。

 

 

 ――こいつら、ヘビーマッシャーを始末したな。

 

 

 彼らは何も語らず、またその立ち居振る舞いも変わりはなかったが、パルパトラには分かった。

 ヘビーマッシャーはモモン抹殺の依頼を知った後で断ったから殺されたのだと。

 

 死人に口なし。

 自分たちも断れば躊躇の余地なく殺されるだろう。

 

 

 そこでパルパトラは、服従するように見せかけ、彼らの手から逃げ出す機会を探り続けていた。

 何せ、口封じのためにワーカーチームすら暗殺するような奴らだ。自分たちに不審なそぶりを感じたら、即座にメンバー全員が皆殺しになるだろう。

 

 そこで彼はエ・ランテルから迷宮へ向かう道中、モモンと手合わせを願い出てみた。

 これでモモンの実力が分かるはずだと、他の者達、特に学者たちも喜んでいる様子で、特に不審がられずもいたようだった。

 

 結果から言えば、パルパトラの完全なる敗北。

 モモンにとっては、彼が手加減などなく殺す気で放った必殺の連撃すら、まるで児戯を目にしたかの如く、なんら痛痒も与えていない様子だった。対して、モモンは反撃すらしなかったが、もし手にした木の棒とはいえ攻撃していたら、パルパトラの命はそこで尽きていたであろうという事は身にしみてわかった。

 

 

 モモン暗殺は不可能。

 かと言って、暗殺しなければ、自分たちの方が口封じに殺されるだろう。

 

(どうすべきかのう? いっそ、モモンに暗殺の事を教えてしまうか?)

 

 パルパトラはどうすれば自分が生き残れるかと、必死で頭を働かせながら、その顎を撫でた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そんな複雑に絡み合う思惑の中、迷宮の奥へとゆっくりと足を進める彼らであったが――。

 

(いやあ、さすがモモンさん。相変わらず、あんな大剣を軽々と振り回すとはなんと素晴らしい。それにティアさんのトラップへの見極め方も参考になるなぁ。それにさすがはパルパトラさん、目の付け所が違う。ああいうところが長くこの稼業をつづける秘訣なんだろうなぁ。いやぁ、今回、他の方々と一緒に探索に出られたことは、幸運だったなぁ)

 

 そんな陰謀の事など露知らず、呑気にそんなことを考える『漆黒の剣』のペテルであった。

 

 




 侵入者編でやろうと思って、ベルが冒険者のランクを間違って覚えている(ミスリルより白金(プラチナ)の方が上だと思っている)というネタをこれまで何度か前フリしていましたが、そもそも白金(プラチナ)級相当のキャラって出てきたことがないという事に気づいたのと、当初プロットと違ってモモンまで迷宮に入ることになったので、そのネタはやらない事にしました。申し訳ありません。

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