オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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途中、少しグロシーンがありますのでお気を付けください。

2016/5/21 「血を吹き出す」 → 「血を噴き出す」 訂正しました
 「画像」 → 「映像」 訂正しました
 「異形種狩りに会う」 → 「異形種狩りに遭う」 訂正しました
2016/7/24 2カ所、魔法詠唱者のルビが「マジツク・キャスター」となっていたところを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/10/5 遠隔視の鏡のルビが「ミラー・オブ・リモートビユーイング」となっていたので「ミラー・オブ・リモートビューイング」に訂正しました
 魔法詠唱者のルビが「マジック・キヤスター」となっていたところを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/11/13 「例え」→「たとえ」、「力づく」→「力ずく」、「異業種」→「異形種」「魔方陣」→「魔法陣」訂正しました


第4話 見てるだけのつもりだったのに

 ナザリック第9階層の執務室。

 

 

 豪華ホテルの高級スイートルームのような作りの部屋。

 中央には大きな執務机が置かれ、その横にL字になるように一回り小さな机が設置されている。

 そして、中央の椅子に腰掛けた人物が正面に置いた鏡に向き合い、グネグネとその手を動かしていた。

 すぐ傍にはセバスが控えている。

 あと、天井には透明化したエイト・エッジ・アサシンが6体。

 

 半日前と違うことは、俺は横のソファーに身体を預けていて、椅子に座って〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉をいじっているのはモモンガさんということだ。

 

 あの後、ナザリックに戻ってきたモモンガさんをセバスが出迎えたらしい。

 そして小一時間ほどセバスから、供も連れずに行動したことを(たしな)められたらしい。

 

 その結果、今、モモンガさんは横にいるセバスの視線に微妙に怯えながら、〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉での監視業に精を出している。

 まあ、たとえNPCに説教されようとも、こちらの方がはるかに立場が上なんだから黙れと言ってしまえばそれでいいのだろうが、まさかそんな事出来るはずもない。

 

 そして、俺も全く止めなかった。

 こっちが外の景色は素晴らしいから、後でモモンガさんも誘って実際に行ってみよう――とか考えていたら、当のモモンガさんは仕事ほっぽってさっさと一人で外を楽しんでいたのである。モモンガさんからヘルプの視線は何度か向けられたが、口笛を吹いてそっぽを向いていた。

 

 俺はソファーにもたれかかりながら、ペストーニャからもらった飴、細長い棒の先に縞模様の細長い棒状の飴をくるくると螺旋状に巻いた物、いわゆるぺろぺろキャンディーを舐めている。

 

 

 正直、

 結論から言うと、すごい美味しい。

 

 すごい美味しいんだけど

 

 すごい美味しいんだけど、中身はいい年した成人男性がこれを舐めているのはどうかと思う。

 

 まあ、見た目は女の子だけどさ。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルメンであるベルモットが、マジックアイテムのせいでこんな姿になったなんて言わずに、娘であると言っておいてよかった。イメージダウンなんてレベルじゃないだろう。

 

 

「ベル様、いかがですか、お味の方は?」

「うん。すごい美味しいよ」

「それはよかった。後でペストーニャにも伝えておきます」

「ああ、いいよ。後でボクがペストーニャのところに行って、美味しかったって伝えるよ」

「いえ、そのような些事でベル様が足を運ぶ必要などございません。後ほど、ペストーニャにベル様の私室に来るように伝えておきます」

「いいや、これはあくまでボクから感謝の言葉を伝えたいんだよ。だから、ボクの方から足を運ぶよ」

 

 その言葉を聞き、セバスは深く頭を下げる。

 

 とりあえず、モモンガさん以外と話すときは、一人称を『ボク』にして『~だよ』と子供っぽい口調で話すことにした。その方が無難だろう。実際、外見は子供だし。それに子供っぽく振る舞うことで、向こうからは子供だから、とそれなりの評価と対応で相手をしてもらえる。特に、モモンガさんはナザリック全てのトップなのだから、こちらは格下の立場で組織の中を動けた方が色々と都合がいい。

 ただ、子供口調は精神的にこたえるが。

 

 ちなみに着ている服は、いかにもセレブと言われる人間がパーティの時にでも着ていそうな、紫色のスーツにピカピカの革靴という出で立ちだ。

 元のベルモットの服は私室のドレスルームにあったのだが、基本的に元のイメージに合わせ、外見上ボロボロの服や壊れかけた鎧に見えるような代物がほとんどだった。

 それ以外のものというと、元の姿とのギャップを狙った高級そうな衣装くらいしかなかった。

 

 しかし、10歳くらいの女の子が、男物のパーティスーツを着ている姿は、それこそ子供の仮装にしか見えない。

 それに加えて、ぺろぺろキャンディーである。

 さらに、そこに子供っぽい演技も加わる。

 ……なんだか最近、本当に精神年齢も下がってきたような気さえしてくる。

 

 ……不安だ。

 

 

 そうして、色々、大人としての葛藤を心の中で繰り広げ悶々としていると――

 

「おっ! 見つけた」

 と、モモンガさんが声をあげた。

 

 顔を向けると、モモンガさんが向かい合っている鏡の中の景色に人里らしきものが映っている。

 傍に行って覗き込もうとすると、

 

「ん? ……祭りか?」

 モモンガさんがつぶやいた。

 確かに、鏡の中では大勢の人間が走り回っている。

 

「いえ、これは違います」

 横から覗き込んだセバスが硬い声で答えた。

 

 よく見てみると、

 ん?

 赤いものが映ってる。

 

 血か?

 

 ええと。

 つまり、戦闘中か? 

 その割にはフルプレートを身に纏った騎士が、布の服を着た村人らしき人間を一方的に殺しているように見える。

 

 あー。

 つまり、一方的に虐殺されているところか。

 

 モモンガさんは「ちっ」と言って、さっさと別のところに鏡の視点を動かそうとするが、俺はそれを制した。

 この世界の実際の戦闘シーン。

 いまだ、こちらの世界の危険度が分からない状態では、これはかなりの情報になる。

 じっくりと戦いの様子、というか殺戮の様子に目を凝らす。

 

 騎士が老婆めがけて広刃の剣を薙ぎ払う。

 おっ、一撃で首が吹き飛んだ。

 当然ながら、頭がなくなった胴体からは噴水のように血が噴き出している。ゲームではここまで血を噴き出すなんてありえない。そんなことをしたら有害データ扱いだ。

 どう、と倒れる身体に縋りつく子供を蹴り倒し、剣の柄で頬を殴りつける。歯が幾本か折れ、空を飛んだ。口元から血を流し怯える子供を再度蹴りつけ、村の中央へと追いやっていく。

 

 鏡越しに、その光景を眺めていた。

「うーん……」 

 見た感じ、あまり強くなさそうな感じだなぁ。 

 

 最初にモモンガさんと話して決めたことだ。

 敵および敵になると思しきの相手の力量は正確に見極めなくてはならない。

 ユグドラシルのゲーム中は100レベルが最高だったが、こちらでは、そんなレベル上限なんてないかもしれない。一般人のレベルは10くらいかもしれないが、逆に100000という可能性もある。

 すべてが、不明なのだ。

 そんな何もわからない状況で動くのは愚かとしか言いようがない。

 

 しかし、〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉に映される映像を見る限りは、やはりそれほど強くもなさそうだ。

 おそらく武器の素材は鋼鉄。魔法の有無は映像では分からないが、それなりの切れ味はあるようだ。

 だが、あくまでそれなり程度だ。

 村人の肉体能力が不明なため、まだ断定は出来ないが、せいぜいよく切れる程度。防御を無視するとか、あたればクリティカルダメージになるとか、攻撃に成功すると状態異常や継続ダメージを負わせる、などの機能はなさそうだ。

 それに武器を振るうスピードも遅い。力を込めているからだろうが、それこそ、リアルの少し体力がある人間が重量のある棒状のものを振るっているのと、大して変わらないくらいだ。ゲーム中の高レベルキャラの動きとは比べものにもならない。

 

「どう致しますか?」

「見捨てる。助けに行く理由も価値、利益もないからな」

「――畏まりました」

 

 セバスとモモンガさんの会話が耳に入る。

 

 

 まあ、そうだよね。

 一見すると弱そうだけど、実はこっちとは全く異なる法則や作用が働いて、逆にやられる可能性があるし。

 そもそも、モモンガさんが言った通り、わざわざ助けてあげる理由もない。それもこっちを危険にさらしてまで。

 しかも、現在、こちらは全く安全に監視することができる状態だ。

 このまま、観察を続けるのが正解だろう。

 あ! でも、虐殺が終わったら死体を何体か取ってくるのはいいかもしれない。アンデッドとかの実験はしたいから。

 そうだな。もし生き残りがいたら、戦闘能力のなさそうな子供あたりを一人二人攫ってみようかな。子供なら危険もなさそうだし、こんな状況なら虐殺に巻き込まれたと思って、わざわざ探そうとは思わないだろうし。

 うん、そうしよう。

 

 自分の考えにほくそ笑んでいると、画面に動きがあった。

 若い、いかにも中世ファンタジーの村娘といった感じの女が、騎士の一人に捕まった。娘は嫌がって抵抗するが、騎士は力ずくで自分の方へ引き寄せ、胸をつかみ、服の下へと手を滑り込ませようとする。

 

 おお、凌辱ものだ。

 レーティングなんてものがないのは素晴らしい。

 

 ワクワクしながら見ていたら、横から中年男性の村人がその騎士に掴みかかった。そのまま二人はもつれあって地面に倒れる。その拍子で村娘が騎士から離れた。揉みあう二人に視線を向け、すぐに周囲を見回し、傍にいたもっと小さい女の子の手を引いてその場を逃げ出した。この鏡は残念ながら音を聞くことは出来ないが、中年男性は何か叫んでいるように口を動かしている。『逃げろ』とでも言ったのかな?

 その騎士と中年男性は地面を転がりながら、お互い、自分の手にしている武器を相手に突き立てようと、そして相手の武器を自分に向かわせまいと力を籠める。

 だが、それはすぐに決着がついた。

 周囲から別の騎士二人が駆け寄り、村人を騎士から引きはがした。左右から両腕をつかまれた村人に対して、最初の騎士は自分の剣を突き刺した。確実に一撃で致命傷だったが、一度だけではなく二度、三度と何度も荒々しく剣を突き立てる。

 掴まれていた腕を放されると村人は膝から地面へと倒れた。

 最初の騎士はどこかを指さして、後からやってきた二人の騎士に何か怒鳴りつけている。やがて二人の騎士は剣を抜いて走って行った。

 

 たぶん、さっき逃げていった女の子たちだなぁ。

 追えって命令したんだろう。

 逃げ切れるかなぁ? 

 無理かなぁ?

 無理だろうなぁ。

 追いつかれて殺されるんだろうなぁ。

 

 その光景を見ようと、鏡を操作すると一瞬、倒れた村人が中央に映った。

 こちらを見ることは出来るはずもないから偶然だろうが、視線をこちらに向けて哀願するように口を動かす。

 当然ながら、何を言っているかは分からない。

 

 まあ、いいや。

 それよりあの娘たちを追おう。決定的瞬間を見逃すかもしれない。

 

 

 と、その瞬間

 

「なっ……たっちさん……」

 

 モモンガさんの驚愕の声が耳に届いた。

 

 

 

 え?

 たっちさん!?

 

 びっくりして振り向くと、そこにはアインズ・ウール・ゴウン最強の聖騎士たっち・みーさんなどおらず、ただモモンガさんがセバスを驚いた表情で見つめていた。

 

 ?

 たっちさんなんていないし、どうしたんだ?

 

 頭の中がクエスチョンマークだらけになっている俺の事を見向きもせず、モモンガさんは大きく息をつき、微かな笑いと決意の表情で立ち上がった。

「恩は返します。……どちらにせよ、この世界での自分の戦闘能力をいつか調べなくてはいけないですしね」

 そうつぶやくと、傍らのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取る。

 

 ちょ、ちょっと待った!

 何言ってんだ、この人?

 

「モ、モモンガさん! 何する気なんですか?!」

 

「あの村娘二人を助けます」

 

 何の迷いもない声ではっきりと答えた。

 唖然とする俺に、顔を向ける。

 

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前、……ですよ。かつて、俺が異形種狩りに遭い、PKされそうだった時、たっちさんはそう言って見ず知らずの俺を助けてくれました」

 

 過去を懐かしむようにそう言った。

 

 だが、モモンガさんには思い入れのある言葉なんだろうが、俺にはいまいちピンと来ない。

 確かに、昔、ユグドラシル内では異形種キャラを一方的に襲う『異形種狩り』というのが流行っていたらしい。アインズ・ウール・ゴウンのギルメンたちもその頃のことをよく話していた。そんな中、たっちさんがモモンガさんを助け、そして二人で同じように異形種狩りの被害に遭っていた人たちを助けていったという事は聞いている。そうして、それに賛同する仲間を増やしていったのがアインズ・ウール・ゴウンの前身にあたるナインズ・オウン・ゴールの始まりだったという。

 ただ、その頃を体験した人間にとっては特別なのかもしれないが、話としてしか知らない俺にとっては、そうなんだとしか言いようがない。

 俺は初期からユグドラシルをやっていたわけではなく、後発プレイヤーにあたる。

 一応、最初のナザリック占拠の時にはぎりぎり加わっていたものの、俺が始めたころには異形種狩りというのはすでに下火になっていた。むしろユグドラシルを始める際には、ナインズ・オウン・ゴールというPK集団がいるから気をつけろと注意されていたくらいだ。

 

 俺にとってその言葉は、この状況で危険を冒して行動するほどの動機にはなりえなかった。

 

 だが、さすがにそれを口にすることは出来ず困惑を心の中だけにとどめる俺をしり目に、モモンガさんは〈転移門(ゲート)〉を開く。

 

 えぇ?!

 直接行くつもりか!

 

「では、ベルさん。後を頼みます」

 そう言って、〈転移門(ゲート)〉へと身を躍らせた。

 

 

 俺は迷った。

 向こうに行くのは危険だ。

 あちらの戦闘能力がまだはっきりしていない。戦力分析もしていない相手といきなり戦いに臨む。

 はっきり言って無謀だ。

 戦いの様子を見た限りでは大丈夫そうだが、かと言って断言できるほどではない。

 これがゲームならOKも出すのだが、今はただのゲームの中ではない。全く未知の状況で自分の命をベットすべきではない。

 

 だが、このまま、ここに留まるというのも良くない選択だ。

 

 ここ、ナザリック地下大墳墓はアインズ・ウール・ゴウンの拠点である。そして今の俺はアインズ・ウール・ゴウンのギルメン本人ではなく、ギルメンの娘という設定である。当然、ナザリックのNPC達の忠誠心も幾分落ちる。

 現在の状況で最も気を付けないといけないことは、ナザリックのNPC達と敵対する事だ。一人でも守護者数名くらいなら相手は出来るが、全員を敵にしたら歯が立たない。ましてや、それ以外の者達も敵に回ったら……。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガさんという庇護がなくなった場合、事態がどう転ぶかは分からない。

 最悪、宝物殿に逃げ込んだ後、そこで身動きが取れなくなる可能性もある。

  

 それに向こうに行ったモモンガさんを放っておくわけにもいかない。

 モモンガさんは死霊系統をメインとした魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 当然ながら、完全な後衛である。前線で戦う能力はない。そして、おそらく相手はプレートメイルで身を包んだ騎士だ。つまり近接攻撃を仕掛けてくる前衛キャラである。はっきり言って相性はかなり悪い。

 しかも、さっきのモモンガさんは一人称が『俺』になっていたくらいテンションが上がっていた。放っておくのは拙い。

 仮に出かけて行ったモモンガさんにもしもの事があり、その時、俺は助けに行かなかったと知れたら、NPC達の不興を買うなんてレベルじゃないだろう。

 

 盾職ではないのだが、それでも前衛職の俺も行くべきだろう。

  

 アイテムボックスを開く。

 転移の巻物(スクロール)に、煙幕や閃光を放つ目くらまし用のアイテム、モンスターを召喚する宝石、複数名を透明化させる短杖(ワンド)。その他諸々、かつて作戦が失敗した時に愛用していた様々な逃走用アイテムがあることを確認する。

 そして、その中から一つの宝石を手にとった。

 部屋の中で揺らめく〈転移門(ゲート)〉の前へと放り投げると、一瞬で床に魔法陣が描かれる。魔法によるトラップを仕掛けるアイテムだ。効果は範囲内に入った生命体の行動を阻害し、身動きをとれなくさせる。

 万が一、〈転移門(ゲート)〉で逃げてきた場合、向こうから追手が来てもこれに引っ掛かるはずだ。これの効果があるのは生命があるものだけ。俺もモモンガさんもアンデッドだから、対象にはならない。

 

「セバス。デミウルゴスに連絡して、ナザリックの警戒レベル引き上げを」

 

 アイテムボックスの中に、かつて自分の背に突き刺していた各種武器があることを確認する。とりあえず携行性の高い脇差とダガーだけ腰につける。

 さて、あとは……

 

「アルベドに完全装備――ワールドアイテムは無しで後を追うように言ってくれ……言ってね。あと、透明化が出来て隠密スキルに長けた者達を後詰として送って」

 

 手にとったアイテムをセバスに投げる。

 

「そのアイテムは、この魔法陣の効果を一度だけ無効化できる。それを使えば魔法陣に引っ掛かることはないから、それをアルベドに。後詰部隊はシャルティアに〈転移門(ゲート)〉を繋げてもらって」

 

 そう言って、〈転移門(ゲート)〉へと飛び込んだ。

 あまり気のりはしないけど。

 

 

 


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