オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 あまりに暑くて書く時間が取れなかったためと、一度書きかけたデータが飛んでしまったために、少し遅くなってしまいました。

2016/8/11 「ネム様にこっそり」→「ベル様にこっそり」訂正しておきました。数名の方から誤字指摘いただきました。申し訳ありません。
2016/8/11 村長宅での会議のシーンで、いないはずのンフィーレアの名前を削除しました
2016/8/11 火球(ファイアー・ボール)〉となっていたところを〈火球(ファイアー・ボール)〉に訂正しました


第49話 おまけ ペットは家族

 まばゆいばかりに輝く陽光が、のどかな農村を照らし出す。

 すでに太陽は真上を過ぎ、村の皆はそれぞれ、休憩をとる者、畑でもうひと稼ぎする者、家の手伝いをする者、戦闘の訓練をする者などと各人の都合に合わせて行動している。

 

 

 そんなカルネ村に、久しぶりに2人の人物が訪れていた。

 

「いやあ、カルネ村ですねぇ」

「はい。カルネ村ですねぇ」

「見るからに、カルネ村ですねぇ」

「紛うことなく、カルネ村ですねぇ」

「十中八九、カルネ村ですねぇ」

「九分九厘九毛、カルネ村ですねぇ」

「これでもかという程、カルネ村ですねぇ」

「まさに怒涛の勢いで、カルネ村ですねぇ」

 

 何やら、どちらが先に突っ込むかという謎の勝負をしているアインズとベル。

 2人の前で、出迎えたエンリが困った顔をしたまま、いつ声をかけたものやらと困惑していた。

 

 

 

「やあ、エンリ。調子はどう?」

 

 そうベルが声をかける。

 ちなみに勝負は、「まさにナウなヤングにバカウケのトレンディでイタメシなスポットですね。カルネ村だけに」という言葉に、思わずアインズが「いや、カルネ村に全然かかってませんし、なんですか、その訳の分からない言葉の羅列は?」と突っ込んでしまい、ベルの勝ちとなった。どうでもいいのだが。

 

 

「お久しぶりです、ゴウン様、ベル様」

 

 2人のおかしなやり取りにつき合わされた事により、いささか疲れた様子ながらも頭を下げ挨拶するエンリ。

 

「話には聞いているが、随分と住人が増えたようだが大丈夫かね? もし、上手くいかなくなっているところがあるようなら、応援を出してもいいぞ?」

 

 アインズのエンリを気遣う言葉。

 だが、彼女は首を振った。

 

「オーガ達もちゃんとこちらの指示に従ってくれてますし、蜥蜴人(リザードマン)の方たちも色々と協力してくれていますので、村としては問題はありません。周囲を取り囲む防壁もありますし……」

 

 アインズは「ふむ、そうか」とうなづきながら、周囲を見渡した。

 高さにして数メートルはあろう防壁。その外側には空堀と水堀が張り巡らされており、攻城兵器などが直接外壁までたどり着くのは難しいだろう。また、各所には(やぐら)(しつら)えてあり、そこに設置されたバリスタは、防壁に取り付けぬよう設置された堀により歩みが遅くなった敵に対し、恐るべき威力を発揮しそうだ。

 

 

 だが、ベルは気がついた。

 エンリの顔が、こうしている今もわずかに曇っていることを。

 そして、この出迎えに、なぜかネムがいないことを。

 

「あれ? ネムはどうしたの? いつもなら、久しぶりに会えたって言って喜んで来るはずなのに」

 

 そう尋ねてみると、エンリはとても言いづらそうに口にした。

 

「ええ、ちょっと……今回、ゴウン様達がいらっしゃるのはネムには伝えておりませんので」

「ん?」

「あ、あの、実は……お話ししたいことが……」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

  

 

 

「ネム―!」

「あ、ベル様!」

 

 村の外れを一人歩いていたネムは聞こえた声にきょろきょろと辺りを見回し、その視線の先に見知った顔を見つけ、手を振った。

 ベルはそれに手を振り返す。

 

 てこてこと駆けよって来たネムがベルの前で立ち止まる。

 

「ようこそ、いらっしゃいましたー」

「やあ、久しぶり」

 

 しばし、近況を話し合う。

 にぎやかになったカルネ村の話。

 ゴブリンたちがいかに村人たちの役に立っているか。オーガらの持つ巨大な武器をどう工面したか。新しく村にやって来た蜥蜴人(リザードマン)達の働きぶりはどうか。なんだか最近、デスナイトのリュースの近くを通ると、うなり声以外に知らない人間の言葉が聞こえることがあるとか。倒れたンフィーレアがエンリにお姫様抱っこで運ばれたとか、そんななんでもない話に花を咲かせた。

 

 

 そして、話が一段落ついたところで、ベルは本題を切り出した。

 

「ところで、なんでこんなところにいたの?」

 

 先ほどエンリから一通りの話は聞いてはいたため、大方の事情は察しているが、そう質問してみた。

 案の定、その事を聞かれたネムは言葉に詰まった様子だった。

 

「え? う、うーん? な、何でもないよ……」

 

 ネムは悩んでいるようだった。その小さな額にしわを寄せている

 話していいのか、それとも秘密にしていた方がいいのか迷っている様子である。そんな表情を人前で見せていること自体、なにか隠していることがあると白状しているも同様であるのだが。

 

「なにか、この辺にいなきゃいけない理由があるとか?」

 

 その言葉にネムの背がビクッとはねた。

 

「そ、そんなことないよ! この辺を歩いてたのはたまたまだよ!」

 

 思わず言葉が大きくなった。

 誤魔化そうとしたのであるが、それこそ逆効果である。

 だが、ベルは気付かないそぶりで、その言葉にうなづいて見せた。

 

「ふーん。そうなんだ」

「う、うん。そうだよ」

 

 目をそらすネム。

 ベルはにやりと笑った。

 

「ネム。何か隠し事をしてない?」

「そ、そんなことしてないよ!」

「いや、しているね。当てて見せようか?」

 

 ベルは人差し指をピンと立て、額に当てると目をつぶり、しばし考え込む――フリをした。

 そして、その指をビッとネムに向ける。

 

「ネム。君は何かをこっそり飼っているね」

 

 その言葉にネムは目を丸くした。

 

「えー、なんで分かるの!?」

 

 突然、自分の秘密を言い当てられたことに目をぱちくりするネム。

 対して、手を腰に当ててドヤ顔をするベル。

 

 

 なぜ分かったかというと、何のことは無い、さっきエンリからネムがこっそり何かを飼っているらしいと聞いていたからである。

 

 

 

 子供がこっそり動物を飼う。

 

 ある意味、よくある話である。 

 たしかにその動物にやる餌は必要になるが、問題となるのはその程度だろう。もちろん、大きくなった後の世話とかをどうするのかとかいう問題もでてくるだろうが、別に人間の住む都会のど真ん中という訳でもなく、もともとカルネ村は自然に囲まれている村だ。それこそ、飼えなくなったらその辺に放してしまっても、余所に迷惑をかけることもないだろうし、そいつもそれなりに生きていくだろう。生態系が壊れるとかもまず考えられない。それに飼育の責任とか問われる様な環境でもない。

 

 アインズやベルからすると、大したことでもないような気がする。

 だが、エンリから話を聞いたところ、実はペットに関して、こう言った村ではかなりの問題となる事例も多くあるようだ。

 

 

 一匹でいた動物の子供を見つけたので、餌をやるなどして世話をしていたら、子供をさらわれたと思った動物の親が村を襲った。

 幼獣に餌をやっていたら、どんどん大きくなってしまい、食べさせる餌に困って森に放したら、餌を求めてその獣が当の村を襲った。

 子供のころから世話をしていた人間が、村の共同作業中に怪我をしたら、その人間が他の人間に襲われたと勘違いした獣が村人を襲った等々……。

 

 辺境の村では下手に拾ってきた動物を飼ったがためにトラブルになるというのは、枚挙(まいきょ)にいとまがないほどらしい。

 それでもただの動物ならまだいいのだが、拾ってきた幼獣が実は魔獣の子供だったりすると、さらに被害が拡大し、下手をするとその村が滅んだり、近隣の地域にまで被害が出る恐れまであるそうだ。

 

 

 そのため、近くで何かを拾ってきてどこかで飼っているらしいネムから、どこで何を拾ってきたのか聞きだそうとしているのだが、ネムはそれを隠して言おうとはしないのだそうな。

 

 エンリとしてはカルネ村の村長として、村に対しての責任があるため放っても置けない。

 ネムとしても、そんなエンリに村の安全を優先して捨ててこいと言われるのではないかと恐れて、拾ったこと自体を言い出せないでいた。

 

 今までずっと一緒に暮らしてきた、何ら隠し事などすることもなかった姉妹の間で、話せないことがある。

 そんな状態にエモット家の空気はぎこちないものとなり、それを見ている周囲の者達にとっても、常に薄氷の上にいるような居心地の悪い状態が続いていた。

 

 

 だが、いつまでもこうして宙ぶらりんなままでいる訳にもいかない。

 エンリは強引にでもネムから聞き出さねばと心に決めた。

 たとえ、それで喧嘩になったとしても。

 

 だが、そのとき偶然にも、アインズとベルがカルネ村を訪れると連絡があったのだ。

 

 自分ではなく、恩人である2人ならネムも話してくれるのでは? そう思い、虫のいい話ではあるが彼らに事の次第を話し、どうかネムが飼っているものについて聞き出してほしいと頼み込んだのである。

 

 そこで、いきなりアインズが聞き出そうとするより、見た目年齢が近いベルがまず話してみようという事になったのだ。

 

 

 

 ネムは思案顔である。

 彼女としても、姉であるエンリに対し、ずっと隠し続けている事に後ろめたさを覚えていた。だが、今更言い出すのも躊躇(ためら)われた。今まで黙っていた事を怒られるのではないかと心配するあまり、ついつい先延ばしにしてしまっていたのだ。

 

 だが、幸いにも、この事に気がついたのはベルである。

 自分より少し年上くらいで、姉であるエンリよりは年下らしい少女。そんな可愛らしい外見ながら、この村を救ってくれた恩人。村人たちの話によると、とても強いらしいし、また、村を囲む防壁を作ってくれた人物でもある。彼女にならば話してしまってもいいのではないか? 何とかしてくれるのではないか? そんな考えが頭の中に浮かんできた。

 

 

 わずかに逡巡したのち――。

 

「うん。じゃあ、ベル様にこっそりタマの事、教えるね」

 

 そう言って、彼女が拾ったペットを隠している場所へと、ベルを案内していった。

 

 

 ネムに連れられ歩くベルであるが、彼女としてはエンリがしていたような心配などしていない。

 

 エンリはその飼っている存在の正体を気にかけているようだったが、例えどんな代物――普通の動物だろうが、凶悪な魔獣だろうが――だろうと、大して問題はないと思っている。

 この村は完全に防衛体制が整っており、ゴブリン、オーガ、蜥蜴人(リザードマン)、さらにはデスナイトのリュースなど、桁外れと言ってもいいほどの戦力を有している。ネムが拾ったものが魔獣だったとしても、その親が取り返しにきたところで、返り討ちに出来る戦力は十分にあるだろう。それに、いざとなればシズがナザリックに報告をし、それを聞いてアインズらが駆けつけるなり、逆に転移で村人を逃がすことも可能である。

 また、仮にその魔獣の子供自体が凶暴化しても、デスナイトがいれば他の村人が怪我をする事もないだろう。

 なんなら、一時的にナザリックに連れて行ってアウラに躾させるという事も出来る。

 

 どんなペットを飼っているかは知らないが、そいつのせいで村が被害を受けることは考えにくい。

 そもそもな話、ペットがそんな危険な生き物ではない可能性だって十分にあるのだ。

 

 

 そんなわけで、ベルとしては特に気負う事もなく、どんな生き物を飼ったんだろうなぁ、タマって言うから猫か? いや、猫ならもういるからこっそり飼う必要もないだろう。となると、なにか丸っこい生き物なのかな? と、呑気にあれこれ想像しながらネムの後をついていった。

 

 

「ここにいるんだけど……」

 

 ネムが辿り来たのは村はずれにある小屋の前。

 先の襲撃で、この小屋の持ち主は死亡。その家はオーガらの住居として利用される事となった。 その後、村を囲むように防壁を作ったのだが、彼の畑は入り口から遠くなってしまい、非常に便が悪くなってしまった。また、畑自体も襲撃の際にかなり荒らされており、それにもともと収量もたいして期待できなかった土地のため、再度耕地として利用するのは現実的ではないと判断された。皮肉にも先の襲撃で村人が減少したことにより食料の消費は減っている上、ゴブリンを始めとした戦力が増えた事、付近を縄張りとしていた森の賢王がいなくなった事で、森での狩りが可能となったために、彼の農地はそのまま放棄されることになった。

 その為、小屋の中の道具だけは村で回収したものの、今は誰も使う事なく放置されていた物置小屋である。

 

 ここまで案内してきたところで、ネムはやはり少し不安になった。

 

「あの……ベル様。……捨ててこいとか、言ったりしない?」

「ああ、もちろん、そんな事言わないよ」

 

 その答えに、ネムは嬉しそうに笑みを浮かべ、そのガタついている引き戸を開けた。

 

「タマー。出ておいでー」

 

 ペットの名前らしきものを口にしながら、小屋の中へ入っていく。

 ベルもまた、その後に続いた。

 

 小屋は素人作業で作り上げた代物らしく、立てた柱に横木を渡し、板を打ち付けて覆った簡素な代物。壁板も雑な造りのため、あちこちの隙間から陽光が差し込んでいた。歩くと土埃がわずかに立ち昇る。

 そんな小屋の片隅に、それはいた。

 

 

 タマという名前の通り、そいつは丸々としていた。

 ぷっくりと膨れていた。

 鉛色の肌。髪一つない頭部。奇妙な肉瘤に包まれた肉体。わたわたと動く、一件ユーモラスにも見える短い手足。見る者全てに嫌悪感を与える醜悪なアンデッド。

 

 

 

 それは紛うことなく疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)であった。

 

 

 

「……捨ててきなさい」

 

「やーだー!」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 元村長宅において、緊急会議が開かれることになった。

 

 出席者は家の持ち主である元村長と現村長のエンリ、妹のネム。ゴブリンらを代表してジュゲムとカイジャリ。蜥蜴人(リザードマン)のザリュース、クルシュ、シャースーリュー、ゼンベル。他にはシズ、デスナイトのリュース。そして、オブザーバーとしてアインズ、ベルの総勢13名である。

 ンフィーレアは所用でエ・ランテルに行っているため欠席である。

 ……しかし、リュースまで連れてきて、どうするんだ?

 

 

 とにかく会議が始まった。

 議題はもちろんネムのペット、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)のタマである。

 

 

 いきなり口火を切ったのはベルであった。

 

「いや、どうもこうも。処分する以外ないでしょ」

 

 身もふたもないことをいきなり口にする。

 だが、その発言に誰もが言葉もなかった。

 あまりに正論すぎる。

 

 だが、その中でただ一人、ネムだけが口をとがらせていた。

 

「なんで? 処分なんてひどいよ!」

「いや、ひどいって言っても、仕方がないよ。あれはものすごく危険だし」

「タマは凄くおとなしいんだよ。人に悪さなんてしないよ」

「なんで、アレがネムを襲わなかったかは分からないけど、たとえ、あいつ自身が人間を襲わなくても、村に置いておくのは駄目」

 

 ベルの言葉に、ジュゲムが聞き返した。

 

「ベルさん。あのプレーク・ボンバーでしたっけ? あいつはそんなに危険なアンデッド何ですかい?」

 

 ベルは深くうなづいた。

 

「うん。疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)な。あれは直接的な戦闘能力は低いけど、ある程度ダメージを与えると、爆発して周囲に負のダメージを撒き散らすっていうはた迷惑なアンデッド」

「爆発……ですか?」

「そう、自分を中心に爆発する。特に問題なのは、その爆発が範囲攻撃という点。誰かを狙っての攻撃とかなら、デスナイトのリュースを近くにおいておけば、リュースがかばってしまえるけど、範囲攻撃だと防ぎようがない」

 

 その答えに、聞いていた誰もがうーんとうなった。

 

「なるほど。……さすがにそいつは危なすぎますな。言うなれば、いつ爆発するかもわからない〈火球(ファイアー・ボール)〉がその辺をうろついているって事ですな」

 

「でもでも、爆発するのはダメージが与えられたらなんでしょ? じゃあ、何もなければ爆発なんてしないじゃない」

「確かに何も無ければ爆発はしない」

 

 ネムの反論に、ベルが言葉を返す。

 

「でも、絶対にダメージを与えるような行為が行われないとは言えない。不慮の事故で爆発しかねないし、誰かに狙われることも考えられる。例えば、村が何者かに襲われた時、弓矢とかで疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)を攻撃されれば、とんでもないことになるよ」

 

 もし村人たちの真ん中で爆発したら、という光景を想像し、誰もが顔を青くした。

 

 

 

「確かにやべえな、そりゃ」

 

 静まり返る部屋の中、ゼンベルが口を開いた。

 

「あいつに襲われたときに、殴り返さなくてよかったぜ」

 

 その言葉に、皆はぎょっとした。

 慌ててゼンベルを問いただす。

 

「ちょ、ちょっと待った! ゼンベル、お前、そのアンデッドに襲われたのか?」

「ああ。ちょっと前、村の外で訓練してたら、そいつがそこにいるネムの嬢ちゃんと一緒に野っ原を歩いて来てな。そんで何やってんだと思って、近づいたらなんだか突進してきてよ。そんで俺もやり返そうとしたら、嬢ちゃんが間に入って攻撃を止めさせたんで、まあ、そこで収まったんだが」

「うーん……つまり、人を襲ったって事か……。ん? ゼンベル、今の話が本当だとすると、つまりお前は、しばらく前からその疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の事を知ってたって事じゃない? なんで、皆に知らせなかったんだ?」

「つってもよお。もともと、この村にゃあゴブリンだのオーガだの、それに見当もつかねえアンデッドの騎士みたいなのまでいるじゃねぇか。その太ったアンデッドっていうのも、普通にこの村に住み着いてる奴だと思ったんだよ」

 

 その言葉には苦笑するしかない。

 カルネ村は現在、様々な種族、亜人だけではなくアンデッドまでがいるのだ。新参のゼンベルとしてはどこからどこまでが、皆が周知しているものなのか判断のしようがない。

 

 

 だが、ゼンベルの証言で、さらなる問題が明らかとなった。

 

 あの疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)は人を襲う。

 

 

 疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の攻撃力は大したことは無いとはいえ、それでも襲われたら怪我は免れないだろうし、下手をすれば死ぬことすらありうる。

 なぜ、ネムを襲わないのかは分からないが、座視したままでいるわけにもいかない。

 

 全員が頭を突き合わせ、解決策を探して模索する中――1人声を発した者がいた。

 

「恐れながら、発言をよろしいでしょうか?」

 

 声がした方に皆が振り向くと――そこにいたのは漆黒の鎧に身を包んだアンデッド、デスナイトのリュースである。

 

 

 ――デスナイトがしゃべった!?

 

 

 驚きに誰もが身を凍らせる中、再び落ち着いた声が響く。

 だが、よく聞くと、その言葉の発信源はリュースが胸元に下げている可愛らしいポシェットの中のようだ。

 

 そう言えば、エ・ランテルでズーラーノーンのやつから手に入れたインテリジェンスアイテム、死の宝珠とかいうのをリュースに渡していたんだっけ、という事を思い出した。

 

 皆の注目を浴びる中、死の宝珠は語りだした。

 

「つまり、今回の問題はその疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)が、生者である村人を襲う可能性がある。疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)が爆発した際に発せられる負のエネルギーによって、村人が被害を受ける可能性がある。という2点に集約されると思われます」

「ああ、そうだね。何か、良い案でも?」

「はい。ございます」

 

 自信をもって発せられた言葉に、誰もが身を乗り出した。

 

「へえ、どうするの?」

「はい。私の考えうるところ、どちらの問題も村人が生者であることが問題となって起きております。よって、村人全員を私の力でアンデッドにしてしまえば、問題は両方とも片付くと愚考いたします」

「うん、なるほど。お前は当分、黙ってろ」

 

 

 静かになった死の宝珠の事は頭から捨て去り、再びどうするか皆で話し合う。

 だが、さすがに全てを解決する冴えた方法など出てくるはずもない。

 

「やっぱり処分するしかないか」

 つぶやいたベルに、皆も言葉を続けた。

 

「いたし方ありませんな」と、元村長。

「生きている奴を襲うってぇのはなぁ……」と、カイジャリ。

「村の人間にも被害が出かねないっていうのは、どうしようもありやせんな」と、ジュゲム。

「うーん。そいつに襲われるくらいならともかくよぉ。ある程度ダメージを与えたら爆発するってのがなぁ」と、ゼンベル。

「そうね。それに爆発は不慮の事故等で起きる可能性もあるし」と、クルシュ。

「うむ。大局的に考えるに、被害が出る前に始末した方が良かろう」と、シャースーリュー。

「爆発に関しては、ダメージを与えない以外に防ぎようがないからな」とアインズ。

疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)はかわいくない。始末した方がいい」と、シズ。

「そう……ですね。村の人に被害が出たら、それこそ取り返しが尽きません」と、エンリ。

 

 次々と出る同意の言葉。

 ネムは涙目である。

 だが、かわいそうでもこればっかりはどうしようもない。

 

 

 しかし、その時、声をあげた者がいる。

 

「待ってほしい!」

 

 

 皆の目がその者に集まる。

 発言したのは――ザリュースであった。

 

「俺はあのアンデッドを始末するのには反対だ」

 

 その答えには誰もが驚いた。ザリュースは蜥蜴人(リザードマン)達の中でも、いや、今カルネ村に住む者達の中でも、最も冷静で理性的な考え方をすると思われている。そんな彼が、起こりうる確率の高い危険性の排除に異議を唱えたのだ。

 誰もが、一体どういう理由があっての事なのかと、彼の発言の続きに耳を傾けた。

 

「皆は、あのアンデッドは危険だという。アンデッドであるから生者を襲うと。それは替えがたい性質であると。俺は、最初からそう決めてかかるのには反対する。たとえアンデッドであろうと、知性はある。愛情と慈しみの心を持って接してやれば、きっとあいつも分かってくれるはずだ!」

 

 

 ……は?

 

 ザリュースの言葉に、誰もが呆気にとられた。

 

  

「ペットはただペットとして、ただのその身に宿った野生のままに、無分別に行動するようなものではない。悪意を持って扱えばそれには悪意を。ちゃんとした愛情を持って扱ってやれば、愛情を返してくれるものだ。それはアンデッドであろうと変わらないと俺は確信している」

 

 

――って、何言ってんだ、こいつ? お前、真面目枠なのに、なんでそんなおかしなことを力説してるんだよ。

 ……ああ、そう言えば……こいつって、捨てられていたとはいえ、多頭水蛇(ヒュドラ)の子供を拾ってきて育てるようなおかしな奴だったな。

 ……その多頭水蛇(ヒュドラ)蜥蜴人(リザードマン)の集落を襲ったらどうするつもりだったんだろう?

 

「う、うん! そうだよね、ザリュースさん! タマだってちゃんと教えてやればおとなしくなるよ!」

「おお、もちろんだとも。ペットはただの動物ではない。家族なんだ。それぞれの胸に抱えた思いがある。それにより反目(はんもく)もするだろう。傷つけ合いもするだろう。だが、分かり合えないと、心を通じ合わせることは出来ないと切り捨てるんじゃない! 分かり合おうとすることが、共に歩んでいこうという絆を結ぶことが大切なんだ!」

 

 ネムとザリュースがひっしと手を重ねる。2人とも感極まって身を震わせていた。

 

 

 ――おい、ザリュース。

 ……クルシュ、ドン引きしているぞ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 カルネ村の防壁を出た外縁部。

 作成した防壁の入り口から遠くなってしまい利便性の悪さから放棄された耕地が、名も知らぬ雑草の伸びるままにされている。

 

 そんな丈の長い草の生い茂る元畑に囲まれた野原の中央、優しく見守る保護者の前で少女がペットと戯れている。

 

 言葉にするとのどかな光景のように思えるが、実際のところは、キャッキャッと声をあげる少女はともかく、そのペットの方はブクブクと膨れ上がった体を持つアンデッドであり、保護者というのも棘のついた黒い鎧に身を包んだ、これまたアンデッドである。

 少女を襲う化け物達という、ホラー映画のワンシーンとも思えなくもない。

 

 

 そんな、ネムと疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の追いかけっこを、離れた木陰に立つアインズとベルが見つめていた。

 

 

「どうしたもんですかねぇ」

 

 頭を掻きながら言うベル。

 

「このままって訳にもいかないでしょうしね」

 

 アインズもまた困り顔だ。嫉妬マスクをかぶっているうえに骸骨だが。

 

 

 

「そもそも、なんでこんなところに疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)なんていたんでしょうね? あれって、この世界的にはそこそこレベルが高いはずですから、そうそう現れないと思いますけど」

 

 何となしに根本的な疑問をつぶやいたベルだったが、それにアインズが答えた。

 

「ああ、私、その原因に心当たりありますよ」

「あるんですか!?」

「はい。あれがこの近くに現れたのは偶然ではなく、人為的なものですね」

 

 ――人為的なもの?

 誰かが、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)なんて厄介なものを人里近くに送り込んだって事か?

 誰だよ! そんな七面倒くさいことをした馬鹿は!?

 

「ベルさん、この前、ダミーダンジョンにあふれてたアンデッドたちを、その辺に転移で適当に捨てたでしょ? あれって、その時に捨てた中の一体だと思いますよ」

 

 ――って、原因俺かよ!!

 

 

 ベルは頭を抱えた。

 ちらりと野原の様子に目をやると、ネムと疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)のタマ。そしていざという時の護衛であるリュースの所に、一人の蜥蜴人(リザードマン)――見分けがつきづらいが、おそらくザリュース――がやって来た。

 タマを刺激しないようにゆっくりと近づいていく。

 そして、その鱗に包まれた手を伸ばし、体を撫でることで、スキンシップを計ろうとする。

 

 ……あ! 張り手を食らった。

 

 

 近づこうとしては、それを嫌って暴れる疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)。そして、それに弾き飛ばされるザリュース。

 何度も何度も繰り返される、その様子を眺めながら、ベルは首をひねった。

 

「うーん、それにしても……なんであいつってネムに襲い掛からないんでしょうね? アンデッドなら、相手が子供だろうが生きている者に襲い掛かりそうなものですが」

「ああ、アイテムを渡しているからでしょう」

「アイテム?」

「ええ。アンデッドは同じアンデッドの事を襲いませんから。持ち主を同じアンデッドと誤認させる欺瞞の護符(アミュレット)を、ネムとエンリには渡してあるんですよ。まあ、低レベルのアンデッドにしか効き目はありませんし、こちらから攻撃したら、途端に効果は切れるんですけどね」

「そんなの渡してたんですか?」

 

 ベルにしても初耳だった。

 

「ほら、デスナイトのリュースを常駐させていますから、あいつが原因で増えたアンデッドたちが万が一にも、彼女たちに危害を加えないようにと思ったんですよ」

「ああ、なるほど」

「ちなみに、それには下位の物理無効や魔法無効の効果もあります」

「はあっ!?」

「あと、ついでにその他の各種属性攻撃や状態異常などの全ても無効にさせます。まあ、無効化の対象となるのは、あくまで低レベルの者から受けるものに限られますが」

「い、いやいや。そんな物ポンポン渡さないでくださいよ! それ、下手に流出したら、この世界のパワーバランス崩れますよ。ここって基本的にレベルが低いようですから、それを身に着けていれば、この世界でほぼ無敵とかいうひどい状態になるじゃないですか!?」

「駄目ですかねぇ?」

「前から思ってましたけど、アインズさんってネムに少し過保護すぎますよ」

 

 

 2人が見ている前で、ザリュースはいくら拒絶されてもへこたれることなく、友好的に接することで、タマとの信頼関係を築こうとしている。

 だが、どう考えても、普通の生き物ならともかくアンデッドとは無理だろう。

 

「でも、本当に困りましたね。ネム自身はそのアイテムとやらで、被害はうけないにしても、他の者が疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)によって怪我をしたら、どうやっても責任問題になります。いくら現村長エンリの妹であるとはいえ、エンリ自身にもまださほどの功績もありませんから、問題が起きたときにかばうとかも出来ませんよ」

「そうですね」

「うーん……。どうやっても、村人全員を守る対策とかは無理ですから、やはり、処分してしまうしかないですね。ネムには恨まれそうですけど」

「いや、そうとも限らないのでは?」

 

 その答えにベルは驚いてアインズの顔を見返した。

 

「え? どういうことです、アインズさん。何か名案でも?」

「はい。えーとですね。我々がタマを処分しようとするから、ネムは嘆き悲しむという事ですよね」

「? そりゃ、まあ、そうですね」

「つまり、タマが自発的にネムの許を去るという形にしてしまえばいいのでは?」

「……まあ、たしかにそれなら、ネムは悲しみもするでしょうが、仕方がないと諦めてくれるのではないかと思いますけどね。でも、どうやって? 村にアンデッド避けのアイテムでも撒きますか?」

「いえいえ、そういうやり方ではなくてですね。ほら、拾ってきた動物ものとしては定番のエピソードがありますよね……」

 

 そのアインズの提案は、すとんとベルの胸に落ちた。

 石がストーンと落ちる様に、胸に落ちた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ネム―! ご飯だよー!」

 

 エンリがジュゲム、そしてクルシュと共に、ネムを呼びに来た。

 妹の傍らに立つ(おぞ)ましい姿のアンデッドに、思わず鳥肌が立つ。ちなみに、リュースに関しては、すでにすっかり慣れてしまっていた。

 

 ネムは「はーい!」と返事をすると、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)のタマに、小屋に行くように指示する。だが、タマはそれを聞いているんだか聞いていないんだか分からない。ただ、立ったまま、身体をゆらゆらと揺らしている。

 

 アイテムがあるため、ネムの事を襲わないとはいえ、その命令を聞くわけでもない。

 最終的にはネムが手を引っ張って、小屋まで連れて行かなければならない。最近はリュースの手も借りれるのでだいぶ楽なのだが。

 

 

 そうして、いつもと同じくタマを連れて行こうとしたのだが、その日はいつもと違った。

 

 

 何か遠くから、地響きのようなものが聞こえてくる。

 

「これは……何かの足音か!?」

 

 タマと触れ合おうとして散々その身に攻撃を食らい続けたザリュースが、ボロボロの様子ながらも警戒の姿勢をとる。慌てて近寄ったクルシュが彼の傷を魔法で癒してやった。

 

 

 その場にいた皆は慌てて周囲に目を配る。

 そして、それらの目はすぐに、こちらに近づいてくる小屋ほどもある巨大な姿に釘付けとなった。

 

 

 ズン! ズン! と、音を立てて歩いてくるその姿。

 ぶよぶよと膨れ上がった肉体。明らかに生命の痕跡の無い鉛色の肌。自らの肉瘤に阻まれ、上手く動かせない、体の割には短い手足。

 

 紛うことなく、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)であった。

 

 だが、皆が目を見張ったのはその大きさ。

 タマと名付けられた個体より一回りほども大きい。

 

 

「な、なによ、あれ……」

 震える声でつぶやくクルシュの言葉をかき消すように、一歩一歩踏み進める足音が響く。

 

 

 そんな小山のような存在が、ゆっくりとこちらへ向かって、一直線に歩いてくる。

 

 

「おお、あれは!」

 

 いつの間に近くにいたのやら、ベルが叫び声をあげた。

 

「間違いない! あれは親疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)だ。おそらくタマがいなくなったのに気がついて探しに来たんだろう!」

 

 その言葉に皆、元からいるタマと、新たに現れた疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)を見比べる。

 確かに似ていると言えば似ている。親子であると言われても違和感はない。

 だが、そもそもこの場にいる者は皆、大きさ以外に疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の区別などできるはずもない。

 

 見分けはつかないのであるが、とにかくアンデッドや怪物(モンスター)などに深い知見を持つベルがそう自信満々に言うからには間違いないのだろうという結論に落ち着いた。アンデッドの親とかいう訳の分からない話にも、なんとなくそうなのかという感じになり、アンデッドに親なんかいるのかと突っ込めないような空気だ。

 

 

 皆の視線が集まる中で、その巨大疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)は、タマの許へと歩み寄る。そして、その手でタマを掴もうとえっちらおっちら体を動かす。その身体を掴み、どこかへ連れて行こうというそぶりを見せる。

 

 その様子を見て、ネムはつぶやいた。

 

「タマ……行っちゃうの……?」

 

 目の端に涙を浮かべ、そのアンデッドたちの挙動を見つめる。

 『親』はもたもたとした手つきでタマを触るが、タマは特に何をするでもなく突っ立っているだけだ。

 

「ネム……」

 

 その小さな肩に、いつの間にか傍らにやって来たアインズが手を置く。

 

「あいつにとっては、その方がいいんだよ。ここで人間と共に暮らすより、仲間と一緒に暮らす方が……」

「で、でも、タマは……」

「ネム。いなくなった子供を探して、あの『親』はきっとあちこちを探したんだろう。いなくなってから何日も、何日も。山の中も、川の近くも、そして人間に見つかりかねない危険な街道付近も。そんな危険に身をさらしてでも、自分の子供と一緒にいたかったんだよ。親……だからね」

 

 その言葉にネムの脳裏に思い出が浮かんでくる。

 あの懐かしい日々。

 ほんのすこし前まで、普通にあると思っていた、これからもずっと続くと思っていた日々。

 家に帰ると自分を待っていてくれる両親の姿。

 優しい父と母。

 理不尽な襲撃で奪われた父と母。

 目をつぶると瞼の裏には家族みんなで微笑んでいる、かつての姿が浮かび上がってきた。

 その幻影が今、目の前で触れあっている疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の親子と重なった。

 

 

 ごしごしとネムは自分の涙をぬぐう。

 

「うん。そうだね。タマもお父さん……なのか、お母さんなのかと一緒なのが一番いいもんね」

 

 そう言って笑って見せた。

 泣き顔ながら笑って見せた。

 アインズはその顔を見て、その頭をそっと優しく撫でてやった。

 

 

 

 そして、皆が見ている前で、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の親子は連れ立って森の中へと帰って――行かなかった。

 

 『親』の方は、タマと呼ばれた個体を引っ張って行こうとするのだが、対してタマと呼ばれた方は、特に何をするでもなく立ち尽くしたまま動こうとしなかった。

 アインズによって作られた『親』は、創造主であるアインズの指示を受けており、その命令に従って同族を森の奥へと連れて行こうとしているのであるが、自然発生により生まれたタマは、とくにだれの指示を受けることもない。そいつにとっては『親』の指示など受けねばならない理由もない。

 また、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)は重量はあるが、特に力が強いという訳でもない。『親』がタマを無理やり引っ張って行こうとしても、その歩みは遅々として進まないのが現状である。

 

 その為、2体が去っていくのを若干の悲しみと共に涙交じりに眺めるはずだった一同の間にも、やや白けた感が漂っていた。

 

 

 このままでは拙いと、ベルが近寄る。

 

「きっとタマはこの村、ネムと別れるのがつらいんだよ。だから、なかなか行こうとしないんだ」

 

 そう皆に言いつつ、ぐいぐいともたつく2体を押していく。

 さすがにベルの力には抵抗できず、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の巨体もずりずりと押しやられていく。

 

「でもね。やっぱり、こうして親と一緒に! 自分たちの集落で! 暮らしていくのが! 一番いいんだよ!」

 

 力を込めて幾度も、その太った体を小さな手で押していく。そのたびに彼女と対比して、はるかに巨大な身体が少しずつ村から遠ざかっていく。

 

「だから、タマもきっと寂しくは――」

 

 言いながら、ベルが力を込めて一気に押しやると――。

 

 

 ――ズブ、とその手のひらに感じていた抵抗が不意になくなり、その手が突き抜けた。

 

「……んあ?」

 

 間抜けた声を出すベル。

 

 

 ベルはもともとガチ勢ではなく、自身の生存性を重視したビルドのキャラである。各種巻物(スクロール)等を使える様にとあれこれ様々な職業(クラス)を低レベルでだけ取ったり、また直接戦闘に関係ない職業(クラス)も取得するなど、あまり強さを重視しないビルドをしている。さらに少女の姿になったことでリーチが極端に短くなったことも相まって、その戦闘能力はかなり低いと言わざるを得ない。

 

 だが、腐っても100レベル前衛キャラであり、ステータスだけなら昔のまま、結構な値を誇っている。

 

 そんなベルが力を込めて手をつき出したため、その腕が疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の外皮を突き抜けてしまったのだ。

 

 そして、それは当然のことながら、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)爆発のダメージ許容値を容易く超える行為――攻撃であった。

 

 

 

 盛大な爆発音が響いた。

 それも2度。

 

 一瞬、黒い波動が広がった後、ぼとぼとと爆散した疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の内臓が飛散する。

 

 リュースが皆の前に立ち、その巨大な盾で降り注ぐ肉片から皆を守った。

 

 

 その肉片の雨が降り止んだ後、視線を巡らせてみると、そこには先ほどまでいた2体の疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)は影も形もいなくなっていた。

 

 

「タ、タマが……」

 

 ネムがぼろぼろと涙をこぼす。

 アインズはそっとその肩を抱いて、足を進めた。

 

「ネム……あれで良かったのかもしれないよ。もともと疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)というのは、そう長くは生きられないんだ。生活するうちにその体に爆発のエネルギーをドンドン貯め続けて、最終的にはどこかで爆散してしまうというアンデッドなんだよ。彼らは、そうなるときが少し早かったというだけなんだ」

「そうなの?」

 

 嘘である。

 

「……疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)って、なんだか可哀想」

 

 そう言って自らの身体にしがみつき歩くネムに、アインズは優しい目を向けて歩いた。

 

「そうだな。私たちからするとそういう生き方しかできない事は可哀想に思えるかもしれない。でも、彼らにとってすれば、彼ら自身の存在意義を全うしたという事だ。ある意味、とても幸せだったかも知れないよ」

 

「存在意義か……」

 

 遠くを見つめながら歩くザリュースがつぶやいた。

 

「何が本当の幸せなのかは分からない。その幸せというのは人によって違うのかもしれないという事か……」

「ああ。誰かの為になる。自分から見ればその人の為になる事をしているつもりでも、本当にそれはその人の為になっているのかという事だな……。だがな、ネム」

 

 歩みを進めながら、アインズは肩を抱いたネムを見下ろして言った。

 

「ネム。お前があの疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)、タマにしてやった行為は無意味ではないさ。あの時、『親』がタマを連れて行こうとしたとき、タマは動こうとしなかっただろう? つまり、タマもネムのそばを離れたくなかった。ネムが一緒にいたあの期間はタマにとっても大切な時間だったという事さ」

「タマ……」

 

 皆、爆発の方向を振り返ろうともせず、歩き続けた。

 

 

 

「……いい話ですねえ」

 

 微妙にやさぐれた雰囲気を醸しつつ、歩くベル。

 その疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の内臓にまみれて悪臭が漂う身体から身を遠ざける様に、アインズらはあらぬ方向を見つめたまま、止めることなく足を進めていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「フフフ。まさか、この年になってばい菌扱いされるなんて思ってもみませんでしたよ……」

 

 腐った魚の目でしゃべるベル。

 そんな彼女から微妙に目をそらしてアインズは言った。

 

「いや、だって仕方ないじゃないですか。疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)が爆発した後に飛び散る内臓とかって、本当に臭いんですから。ベルさん、全身にそれを浴びて汚かったですし。それに、なにか病気系のバッドステータスも引き起こしそうでしたし」

「『臭い』上に『汚い』、さらには『病気持ち』ですか? そりゃ近寄りたくありませんな。ええ、ええ。そんな臭くて汚い奴は、その辺の川原で一人、水浴びするのがお似合いですな」

 

 あの後、ベルは悪臭を放つ肉片まみれだったため、そのままカルネ村に入る訳にもいかず、仕方なしに近くの川で体を洗い、自分で服も洗濯したのである。

 

 

 ()ねて机に突っ伏すベルに困った眼を向けつつも、アインズの心はネムの事で一杯であった。

 

 あの後、ネムはかなりのショックを受けていたようだった。

 疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)が死んだことに関しては何とかフォローしたつもりではあるが、その後のネムの様子を見聞きする限り、やはりいまだ落ち込んでいる様子であるようだ。

 短い間ながらも世話をし、共に時間を共有していたタマがいなくなったことにより、今までタマと共に過ごしていた時間を持て余し、ふとしたことで楽しかった記憶がよみがえり、空虚な気持ちに(さいな)まれてしまっているらしい。

 

 かつて、ギルメンの中にもペットのハムスターが死んだと言って1週間近くログインしなかった者もいた。まあ、ペットロスと言われるまではいかなくとも、心に傷を負っているのは間違いないだろう。

 

「ネムの事……どうしましょうかねぇ、ベルさん」

「ばい菌に話しかけていいんですか? アインズさんまで仲間外れにされますよ。えんがちょ(・・・・・)とかしました? ベル菌がうつりますよ?」

「いい加減、機嫌を直してください。拗ねないでくださいよ」

 

 はぁ、とベルはため息をついた。

 

「まあ、解決方法となると……一番いいのは時間による解決ですかね。そっとしておく事で、日常生活の中で、アレの事も思い出の一つになるのを待つというのです。こういっちゃなんですが、エンリとネムはペットどころか両親の死すらも乗り越えたんですから、ちょっと時間を置けば落ち着くでしょう。まあ、他には新たに別のペットを与えてやれば、そっちの世話に気を取られることになるでしょうから、それで胸の隙間を埋めてやるとかも手っ取り早いですかね」

 

 「ふうむ」とアインズはその尖った顎を撫でた。

 

「なるほど。別のペットですか……」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「旅に出ようと思う」

 

 ザリュースはそう言った。

 その言葉に、住む者のいなくなったその家をあてがわれ、共に暮らしていた他の蜥蜴人(リザードマン)たち、クルシュ、ゼンベル、シャースーリューの3人は目を丸くした。

 

「ど、どうしたの、ザリュース?」

「ああ、俺は今回の事で自分の未熟さを痛感した」

 

 椅子から立ち上がり、開けた窓から外を眺める。

 

「俺はどんな相手でも、愛情を持って接してやれば仲良くなれると思っていた。たとえ言葉が通じない動物だろうと、皆生きているのだから、その根底は一緒だと思ってな」

 

 彼は目をつぶって思い返す。

 ネムと戯れていた疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の姿を。

 だが、そんなあいつは自分には懐こうとしなかった。

 

「ゴウン様も言っておられた。自爆することが疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の存在意義であると。何のために生きるのか、それは人それぞれで違う。主君への忠義に生きる者もいれば、自分の幸せのために生きる者もいる。アンデッドであろうと、それは同じなはずだ。だが、俺はその事に気づこうともせず、ただロロロの時と同じようにあいつを懐かせようとしていたんだ」

 

 ゼンベルが「いや、そもそもアンデッドなんだから、生きてないだろ……」とつぶやいたが、それには気にも留めずに、ザリュースは戸口に置いていた頭陀袋(ずだぶくろ)を手にとった。

 

「俺は修行の旅に出る。いつか、全ての生き物と心を通わせられる様になって帰ってくる」

 

 そう宣言すると、ザリュースは振り向かずにこの家を出て行った。

 あとに残されたのは呆然とした表情のままの3人。

 

「なあ、お前の弟って……実は結構おかしくないか?」

 

 ゼンベルの言葉に、シャースーリューは遠い目をするだけだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「あ、ベル様」

 

 エンリがカルネ村にやって来たベルに気がついた。

 畑仕事をする手を休めて、手を振り、頭を下げる。

 ベルはそれに自分も手を振ってこたえた。

 

 

 あれから1週間がたった。

 今日、ベルがカルネ村にやって来たのはネムの様子を見るためである。

 

 

 結局、あの後、アインズは代わりとなるペットを与える事にした。

 今度は、危険性のない安全なものを用意するから安心してほしいと、骨だけの胸を張っていたのだが。

 

 

 きょろきょろと見回す。

 辺りにネムはいないようだ。

 

「ところで、エンリ。あのあと、ネムの様子はどう?」

「はい。しばらく落ち込んだものの、今は、気を取り直しております」

「そう、良かった。ところでアインズさんが何か新しいペットを送るって言ってたけど」

 

 その言葉にエンリは顔を引きつらせながらも笑顔を浮かべた。

 

「は、はい。代わりのペット……というのはシズさんが連れてきました。ネムも、可愛がっているようなんですが……」

 

 なにやら、歯にものが挟まったような感じでしゃべるエンリ。

 その様子に、どうしたんだろうと疑問に思っていると……。

 

 

「あ、ベル様ー!」

 

 ネムの声が響いた。

 

 声のした方に顔を向ける。

 そこにはネムと、おそらくアインズが送ったであろう新しいペットがいた。

 

 

 直径にして2メートルほどはあろうかという巨大な肉塊。健康的なピンク色に脈動する肉の表面には、濁った眼が無数に浮かび上がっている。

 そんな奇怪な化け物がふよふよと空に浮き、その上にネムがニコニコ顔で腰かけていた。

 

 

 その姿を見て、ベルはアインズに〈伝言(メッセージ)〉を送った。

 

 

疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)より安全は安全でも、集眼の屍(アイボール・コープス)なんて、高レベルアンデッド送んなよ!》

 

 

 

 


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