オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/9/29 「非情に優れていた」→「非常に優れていた」訂正しました
「連れて言った」→「連れて行った」 訂正しました
2016/10/9 「存在だっのだた」→「存在だったのだ」 訂正しました
 文末に「。」がついていないところがあったので「。」をつけました


第56話 急転直下

「こ、これは……」

 

 邸の様子を見て、セバスは絶句した。

 ナーベラルらと共にウレイリカを保護して邸に帰り、玄関を開けたところ、目の前に広がっていたのは血の海であった。

 

 

「どうしたの?」

「み、見るな!」

 

 ウレイリカが覗き込もうとしたところを慌ててザックが止めた。視線を遮るように自らの胸の中に抱き寄せる。

 彼らには馬車の中で待っているように指示し、セバスとナーベラルは血臭の立ち込める邸内に足を踏み入れた。

 

 

  

 セバスは入り口付近に倒れていたルベリナの死体に目をやる。

 

 遺体の損傷は一カ所。

 喉の中央である。

 それも尖ったもので、前から貫かれている。

 

「フム……」

 

 セバスはうなった。

 

 ルベリナはかなりの使い手だ。

 そんな彼を正面からの攻撃で、正確に急所、それも体の中心線を狙うことが出来る人物とは、いったい何者だろう?

 彼の手には愛用の武器、〈心臓貫き(ハート・ペネトレート)〉がある。死してなお、その手に握られたままだ。

 つまり、この襲撃犯は武器を手にしたルベリナを相手に、正面から一撃で急所を貫き、殺害したという事になる。

 

 無論、ナザリックの者達ならばその程度、苦にすることもなく出来る。

 だが、この地の者において、そんなことが出来る存在というのは、任務として強者の情報を集めてきたセバスをして知りえなかった。

 もちろん、ルベリナを上回る強さの人物はそれなりにいるというのは把握している。冒険者の基準で言うとアダマンタイト級ならば、おそらくルベリナにも競り勝てるだろう。

 だが、戦闘態勢になった彼を正面から一撃で下すとなると皆目見当もつかず、それこそ本当に噂レベルの人物、組織くらいしか思いつかなかった。

 

 

 とにかく、一旦ルベリナの事は置いておいて、セバスとナーベラルの2人は屋敷の中を調べた。

 だが、そこには生命の火を残している者は一人たりともいなかった。

 その光景は見るも無残としか言いようがなかった。何人もの男女が驚愕、それと苦悶の表情のまま息絶えていた。そのどれもが刺突武器によって仕留められていた。

 

 

「……クーデリカの死体がありませんね」

 

 ナーベラルがつぶやく。

 邸内をくまなく調べたのであるが、死して転がっているのは元八本指の者達ばかりで、あの幼い少女はどこにも見当たらなかった。

 となると、この襲撃犯の狙いはクーデリカの誘拐なのだろうか?

 

「ナーベラル。昨日、この家にクーデリカを捜しに来た者がいたといっていましたね。どんな人物でしたか?」

魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしい若い女でした。ですが、正直、大した強さは持っているようには思われず、あの者がこれを行ったとは考えにくいかと」

「そうですか。となると、手掛かりはこの足跡くらいですね」

 

 室内から廊下まで、いたる所に広がる血だまり。

 そこには素人目に見ても、はっきりと分かる足跡が残されていた。

 それも複数。

 

 盗賊系の技能がある人物ならばそれが何人分の者なのか判別できるだろう。もしかしたらどのような者なのかまで推測出来るのかもしれない。だが、そんなスキルなど保有していない彼らでは、まったく分からなかった。

 

 

 

「恐れながらセバス様。この件はアインズ様にご報告すべき案件かと思います」

 

 ナーベラルからの進言に、セバスは唸った。

 彼としては、この帝都における調査の全権を至高なる御方アインズとその後継者たるベルから任せて貰っていたという自負がある。けっして自惚れではなく、あの方々は自分達を信頼して、この任務を命ぜられたのだ。それなのに、起きたトラブルを解決することなくそのまま報告としてあげ、指示を仰ぐというのは自らの無能を示し、ひいては彼に委細(いさい)にいたる全てを任せたアインズとベルの顔に泥を塗りかねない行為であり、それは彼をして躊躇(ためら)わせるのに十分なものであった。

 

 だが、彼女の進言は実に正しい。

 自分たちの活動拠点としていた邸が襲撃され、そこに控えていた大半の人間が殺害されたという事態は、自分達の胸の内に収められる範囲をはるかに超えている。

 

 またセバス及びナーベラルは2人とも戦闘能力は高いものの、情報を収集するのにはあまり適しているとは言い難い。特にナーベラルは。

 街にとけこみ、噂話を集め、その集めた情報から重要度の高いものの取捨選択するといった行為はまた別個の能力が必要であり、そちらに関しては、送り込まれた元八本指の者達の能力は非常に優れていた。この地で生き、そして騙し騙されるのが日常である裏の世界に身を置いて来た彼らは、セバスらの手の届かないところにまで手を伸ばす事の出来る、実にありがたい存在だったのだ。

 だが、今回の襲撃により彼らは壊滅してしまった。生き残ったのは、ウレイリカの迎えに連れて行った数人のみ。

 

 念のため、蘇生アイテムは渡されてはいるが、もちろんそれは主の許可なく、おいそれと使っていいものではない。

 また、別の場所での実験結果として聞かされていたが、ある程度の強さを持たないものは蘇生の際の生命力の減少に耐えきれずに消滅してしまうらしい。おそらくルベリナなら大丈夫だろうが、それ以外の者達が復活できるかは、はなはだ疑問であった。

 

 そうなると実際、館に残していった者達はほぼ全滅と言える。

 しかも、館にいたはずのクーデリカの行方も不明である。 

 このままでは、帝都での活動に支障が出るのは避けられない。

 

 

 任務の失敗よりは、主からの叱責を選ぶ。

 セバスは断腸の思いながら決断した。

 

 ナーベラルが〈伝言(メッセージ)〉の魔法を使おうとしたのを押しとどめ、ポケットから指輪を取り出す。

 この指輪はマジックアイテムであり、これを装備していれば、対応した魔法の職業(クラス)を習得していなくとも、あらゆる巻物(スクロール)が使えるという盗賊系の特殊技術(スキル)と同じ効果を発することが出来る。ユグドラシル時代は、貴重な指輪の装備箇所にそんなどうでもいい効果のアイテムをつけるなんてと、ほぼゴミアイテム扱いであり、結果、大量に死蔵されていたのであるが、現在ではその有用性からナザリックの外で活動する者には広く貸与されていた。

 

 それを指にはめ、懐から巻物(スクロール)を取り出す。

 ナーベラルならば、巻物(スクロール)を使うことなく〈伝言(メッセージ)〉を使えるのだが、今回は失態の報告という事になる。部下のナーベラルにやらせるのではなく、セバス自らが行うべきだと判断した。

 羊皮紙が燃え落ちると同時に、アインズと〈伝言(メッセージ)〉が繋がった。

 

 

《アインズ様。セバスでございます。今、お時間をよろしいでしょうか?》

《む? セバスか? どうしたのだ、お前の方から連絡してくるとは。何か緊急の問題でも起きたのか?》

 

 さすがはアインズ様。すべて御見通しとは――とセバスはその身を震わせた。

 

《はい。実は少々問題がおきまして》

 

 セバスは屋敷が何者かの襲撃を受け、配下としてつけられた元八本指の者達が壊滅したことを報告した。

 

 

《申し訳ございません。アインズ様、並びにベル様より送られました者達に被害を出してしまい――》

《いや、よい。予期せぬトラブルとは、どうしても起きるものだ。仔細は後で聞くが、先ずは今すぐの事だな。それで今後の事はどうなる?》

《はい。人員を失った事に伴い、帝都での情報収集の任も現況のままではいささか困難になるかと……》

《そうか……。いや、お前たちに帝都での新たな任務を頼みたかったのだがな》

 

 何の気なしに言ったアインズの言葉であるが、その言葉にセバスは身を震わせた。

 主が自分たちにかけた信頼に応えられなかった己が無能を恥じた。

 

《それは一体、どのようなものでしょうか? 確かに以前より困難とはいえ、このセバス、不佞(ふねい)の身ながら粉骨砕身し任に当たる所存にございます》

《ああ、いや、ちょっとしたことだったのだがな》

 

 そして、アインズは言葉をつづけた。

 

《実はお前たちには、クーデリカとウレイリカという双子の捜索を頼みたかったのだ》

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ふざけるなぁっ!!」

 

 部屋に怒声が轟いた。

 〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉のほのかな灯りに照らされる、その顔は憤怒のあまり、どす黒く染まっている。

 

「お、お前は何をしたのか分かっているのか!?」

 

 そのあまりの怒りにすぐ横にいた、見るからに粗暴かつ粗野な印象を与える男は、他人を怯えさせるその顔に、今は逆に怯えの色を見せていた。

 円帽子と司祭服に身を包む神官もまた顔を歪ませ、内心の動揺を抑えていた。

 

 それに対し、この場で平然としていたのは2人。

 そのうちの1人である、怒りをぶつけられた当人のクレマンティーヌは相変わらず、へらへらとした表情を浮かべていた。

 

 

「だあって、仕方ないじゃん。迎えに行ったら、人がたくさんいたんだしさー」

「だから殺したんだとでもいうつもりかっ!」

「そうだよー。私はちゃーんと礼儀正しく、玄関のノッカーを鳴らして、出てきた奴に『クーデリカいますかー』って聞いたんだよ。『その子は邪神様の生贄にするから連れてくねー』ってね。そうしたら、急にレイピアを抜いたんで、殺しちゃったの。正当防衛だよね」

 

 更に怒りを買うのを分かったうえで茶化すクレマンティーヌ。

 それに対し、普段は冷徹で切れ者という印象を与えるその顔に今は鬼のような形相をたたえているウィンブルグ公爵へ、神官は声をかけた。

 

「公爵、過ぎたことは仕方ありませんよ」

「神官殿、これはそんなことで済まされませんぞ!」

 

 普段、声を荒げることのない神官に対してまでも、彼は怒りの様子を抑えきれなかった。

 

「そのモーリッツという者は、王国貴族の血を引いているのですぞ! 三流とはいえ! 下賤な商人に身をやつしているとはいえ他国の貴族! そんな家に強引に押し入って、その家の者達を皆殺しにして娘を攫ってくるなど、あの皇帝の耳に入らない訳がありません!」

 

 そう怒声を撒き散らし、彼は身を震わせた。

 だが、その震えは怒りのみのものではなく、怯えもまた混じっていた。

 

 

 鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

 その若き皇帝のやった苛烈な粛清の嵐は、最近はあらかたの背信者を狩り尽くしたことから少々控えめになっているとはいえ、その最盛期を知っている者にとっては、今なお語り草となる恐怖そのものであった。

 

 

 その様を思い出したウィンブルグ公爵は、我知らず生唾を飲み込む。服の下には鳥肌が立っていた。

 だが、その怯懦(きょうだ)たる有様を傍から見ていたクレマンティーヌは嘲りに口をゆがめた。

 

「あのさぁ。そんな事言ってる場合な訳? この前も言ったけどさ。この組織の事が失敗したらどうなると思うの? とくに今回のクーデリカの情報はロベルバドの奴からの情報だよ。まあ、そっちからの情報で取り返しても、ロベルバドの点数にはなっちゃうかもしれないけどさ。情報が入ったのに、その上で失敗したとなれば、それ以上にアンタの点数が一気に下がるんだよ。下剋上もあるかもしれないよ? トップの座から転げ落ちて、まさかそのまま組織の中にとどまっていられるとか思ってんの?」

 

 その指摘に、「ウッ」と声を詰まらせた。

 そう、モーリッツ家というしばらく前から帝都にいる王国貴族の館に、自分たちの手を逃れたフルト家のクーデリカがいるという情報を掴んだのが自分であればよかった。

 だが、どういうルートを使っての事だかは知らないが、その情報を手に入れてきたのは、ロベルバドの奴だった。

 

 

 ――ロベルバド。

 忌々しい気取り屋め。 

 大した事も出来ないくせに、貴族たちには大言を吐き、この邪教組織での地位を高めようとする背乗り屋めが。

 

 

 ウィンブルグ公爵は歯ぎしりをした。

 そして、ロベルバドに邪教組織のまとめ役を追い落とされる危険と、今回の事が皇帝の耳に入り、次なる粛清の対象にされる危険を比べ、力なくうなだれた。

 

「そのモーリッツとやらにスパイの濡れ衣をかける……いや、それは危険か……。事件の訴え自体をもみ消すのが上策か……」

 

 彼は口の中でぶつぶつとつぶやいた。

 その様子を見て、神官は言った。

 

「次なる生贄の儀式ですが、急ですが今夜にした方が良さそうですね。とにかく、邪魔が入らないうちにすませてしまった方がいいでしょう」

 

 その発言は頷けるものだった。

 そのモーリッツの件が下手に広まりでもしたら、皇帝の目から逃れるために、しばらくは活動を控えざるを得なくなる可能性が強い。前回の失態を補う意味でも、事が大きくなる前に、一度大々的に活動して印象付けておいた方がいい。

 また、時間をおくと、その間にロベルバドの奴がクーデリカの情報をいち早くつかんだのは自分であることを、あちこちで言いふらしかねない。そうして話が広まった後で、実際にその娘が生贄に使われたとなれば、ロベルバドの株が跳ね上がる事になる。だがその前に、さっさと生贄にしてしまっておけば、後からロベルバドがそれは自分の功績だと言っても、終わった後で他人の功績を横取りしようとしている程度にしか思われないだろう。

 

 

 そういった算段をしていた彼に声をかけた者がいる。

 

「…………」

 

 その場に佇んでいたズル=バ=ザルが言葉を紡ぐ。

 だが、やはりその言葉は他の誰にも聞き取れなかった。唯一聞き取ることが出来たクレマンティーヌが、彼の言葉を代弁した。

 

「それで、生贄を複数準備するって話はどうなっているのか? ってさ」

「ふ、複数の生贄?」

 

 公爵はその問いに狼狽(うろた)えた。

 

「そ、そんな事を言われても、突然今日やると決まったのに、急に準備できる訳なかろう」

「あっれぇ? この前の話で、次は複数って話になってなかった?」

「確かに言っていたが、実際にやるとなると……」

「なぁに? まーだ、踏ん切りがついてなかったの? いつまでも、何言ってんのよ」

「き、貴様は状況が……」

「状況が分かってないのはアンタの方でしょう?」

 

 剣呑な視線を交わすウィンブルグ公爵とクレマンティーヌ。

 そこへ再びズル=バ=ザルが口を挟んだ。

 

「…………」

 

 はぁ、とため息一つついて、クレマンティーヌが通訳する。

 

「とりあえず、生贄にする貴族の目星だけでもつけているのかってさ」

「一応は調べさせはしているが……まだ、リストアップした程度で表立ったことにならないような工作も何もしておらんぞ」

「まあ、目星だけでもつけてるんならいいや」

「どうするのだ? まさか……」

「うん。これからちょっとひとっ走り行って攫ってくるよ。後、2人もいればいいかな?」

「…………」

「そうだね。それ以上だと、さすがに大ごとになっちゃうしね。んじゃ公爵、そのリストとやらから適当な2人を急いで見繕って」

「ほ、本当にやるのか」

「当たり前でしょ。また、何かで妨害があって、生贄がいないまま儀式が始まったら、今度こそ完全に終わりだよ」

 

 その言葉に公爵はごくりと息をのんだ。

 そんな彼に、内心やれやれと思いつつも、クレマンティーヌは優しく声をかける。

 

「ほら、そんなに慌てることもないって。絶対に皇帝の耳に入るとは限らないんだからさ」

「お前はあの男を甘く見ているのだ。そんなに無能だったなら、どれだけ良かったことか」

「落ち着いてよ。べつにさぁ、いいじゃん。だったら考え方を変えようよ。皇帝にばれるのは仕方ないとして、誰かに責任をなすりつけちゃえばさ」

「なに?」

 

 言われて彼はクレマンティーヌの赤い瞳をまじまじと見た。

 クレマンティーヌは狡猾そうな視線を向けた。

 

「ほら、ロベルバドとかいう奴が目障りだったんでしょう? ならさ、そいつに全責任押し付けちゃえばいいじゃん」

 

 言われた公爵は、ハッとした表情を浮かべた。。

 そして髭に隠された口元を釣り上げ、目障りな政敵を追い落とす陰険かつ邪悪な計画に思いをめぐらす。

 

 

 しばらく後、彼は深くうなづいた。

 

「……分かった。私も腹を決めた。用意しよう」

 

 自明の理であることをグチグチと悩み続け、ようやっとのことで決心した公爵に、腹の内の侮蔑を隠して笑顔を見せるクレマンティーヌ。

 

「よっし。じゃあ、始めよっか」

「いや、待て。用意はするが、やはり表ざたにならないよう工作は必要だ。さすがに時間はかけられんが、建前程度でも失踪の理由となるものを作らねばならん」

「えー。それ、すぐ出来んの?」

「急ぎだが、人と金を動かして何とかする。夕方までには何とかできるだろう」

 

 それまで顔に浮かんでいた怯えの色が消え、普段の大貴族らしい冷徹さと自信を取り戻したウィンブルグ公爵。

 そんな彼に、神官が話しかけた。

 

「どうやら、今夜の儀式には間に合いそうですね。それではそちらの手筈はお願いします。それと儀式の場所ですが、今回はいつもの場所から変えた方が良さそうですね」

「万が一を考えると、そうした方がいいでしょうな。なにせ、今回は突発な上に幾分、危ない橋を渡っての事になりますから」

「では、参加される貴族の方たちにも、ギリギリまで正確な場所をお教えしない方がいいでしょうね。問題は生贄の輸送ですが」

「ふむ……。おい、その攫ってきたクーデリカとやらは今、どうしているのだ?」

 

 そばに控えていたガラの悪い男に声をかける。

 男は傷のある顔に卑屈な愛想笑いを浮かべて答えた。

 

「へい。今は絶対安全なところに捕まえてあります。逃げられやしませんよ」

「そのクーデリカを始めとした今回の生贄ですが、確保したらそれぞれ別の場所に捕まえておいた方がいいでしょうね」

「なるほど。その方が何者かの邪魔が入っても、全員が生贄に使えなくなることは無くなりますからな。そうやって別々に確保しておき、直前になったら、儀式の場に移送を開始する。その際にも、捕まえているところから一直線に儀式の場に運ぶのではなく、複数の者の手を介させましょう。その方が場所の特定もされにくいでしょうし」

「ええ、それでいいと思いますよ」

「へい。分かりました。ではそのようにいたします」

 

 

 そうしてようやく話がまとまった。

 ウィンブルグ公爵は急いで準備しなくてはと、席を外した。ガラの悪い男もまた、輸送にかかる者達の手配に走り去った。

 

 

 

 あとに残されたのは神官とクレマンティーヌ、それとズル=バ=ザルの3人のみ。

 他の者がいなくなり、神官は大きく息を吐いた。

 

「ふう。何とかなりそうですね」

 

 安堵の表情を浮かべる男にちらりと視線を走らせ、クレマンティーヌは言った。

 

「まあねぇ。ここであいつに怖気づかれちゃ、せっかく大きくしたこの組織も空中分解だもんね」

「盟主さまのご期待を裏切ることなく済んで良かったですね」

 

 ただ盲目的にズーラーノーンの盟主とやらを崇拝している神官役の男に呆れつつ、クレマンティーヌは言った。

 

「まあ、それはちゃんと今回の仕事を終わらせてからね」

「ん? なにか気になる事でも?」

「この前も、ホントは何もなかったはずなのに、生贄の娘がいなくなるとかあったじゃない。またそういう事が無いようにね」

「しかし、今回はそのような事態に備えて3人準備するという話ではありませんでしたか? それなら大丈夫では?」

 

 男の能天気さに若干(じゃっかん)苛つきをおぼえたクレマンティーヌはズル=バ=ザルへと顔を向けた。

 

「で? どうするの?」

「…………」

「んー、そっか。やっぱり生贄の防衛に回った方がいいか。今回の集会所も守りを固めた方がいいかと思ったんだけど」

「…………」

「それもそうだね。わざわざ最初から守らなくても、生贄と一緒に集会所まで来て、そのまま警戒に入ればいいか」

 

 そこで再びクレマンティーヌは、訳の分からないという顔をしていた神官の男に向き直った。

 

「んじゃ、そういう訳だから。私らは生贄の護衛に回るよ」

「生贄の護衛ですか?」

「そう。前回みたいにいなくなられちゃ困るでしょ。集会所の方は最悪別の場所に変えてもいいわけだしさ」

「おお、なるほど」

 

 そうして話し合い、クレマンティーヌとズル=バ=ザルが生贄の護衛に、そして神官は予定された場所で儀式の準備をすると決まった。

 生贄は3人なのだが、この神官の男はそこそこ魔法を使えるといった程度で彼女たち2人との戦闘能力は、オーガと子猫ほども違う。そんな人物を1人で戦闘がおこるかもしれない所に回すよりは、裏方を任せておいた方がマシだというのが2人の判断であった。当の神官だけはそんな理由には思い当たらなかったのだが。

 とにかく生贄のうち、最悪でも誰か1人でも儀式に連れてこれればそれでいいのだ。およそクレマンティーヌとズル=バ=ザルに敵う者など、この帝都ではフールーダ・パラダインくらいしか思い浮かばない。つまりは、2人が1人ずつ生贄の娘の護衛につくとなれば、護衛のついていない1人は最悪失われるかもしれないが、彼女たちがついていた2人はほぼ確実に生贄として使用できるという事だ。

 

「じゃあ、配置はどうする?」

「…………」

「お? クーデリカの方につく? あれぇ、もしかして、そういうのが趣味だとか?」

「…………」

「え? なになに、やっぱり幼女は最高だぜって?」

「……あの、クレマンティーヌ様。ズル=バ=ザルは首を振ってらっしゃいますが……」

 

 さすがに神官も口を挟んできた。

 

「いやいや、ちゃんとそう言ってんのよ」

「…………」

「ほら。クーデリカたん最高! マジ天使! ぺろぺろしたーい! って言ってんじゃん。……っと!」

 

 飛びのいたクレマンティーヌが一瞬前まで立っていたところを赤い光弾が貫いた。ズル=バ=ザルの両手に血のような赤い光がまとわりついている。

 

「もう冗談冗談だってば。そんなに怒んないでよ。前回もその娘がいなくなったし、今回も連れてくるとき私が一悶着起こしたから、その娘のとこが一番妨害が来る可能性が高いってんで、アンタがつくって事でしょ」

「…………」

「はいはい、ごめんなさいでした。ったくユーモアを理解しない奴は困るわ。ま、私は残った方どっちでもいいから、適当に決めるねー」

 

 そう言うと、クレマンティーヌは身をひるがえして、灯りの下から走り去った。

 ズル=バ=ザルもまた、その手の光を消すと、ゆらゆらと体を揺らしながら歩み去った。

 残された神官は、しばらく呆気にとられていたものの、自分のやるべき任務を思い返し、その使命の重さとこの重要な任務を任せてくれた偉大な盟主への思いに1人身を震わせていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「陛下。ご報告したき件が」

「なんだ? こんな時に」

 

 ジルクニフは、当人には背を向けたまま、姿見に映ったロウネ・ヴァミリオンに声をかける。

 侍女たちはその視線を遮らぬように、主の着付けを続けていた。

 

 

「どう思う、この服装は? 少々地味すぎるか?」

 

 そう言って、白と明るい緑、それと目の冴えるような蒼が織りなすコントラストに包まれた自身の姿を()めつ(すが)めつ鏡に映して見返した。

 主からの問いではあるが、それに対してロウネは首を振って言った。

 

「申し訳ありませんが、何とも言いかねます。私はあまりそういった方面は詳しくないもので」

「それはいかんな。文官として、こういった衣装の良し悪しを判断できぬというのは」

「儀典等の際の正装ならば見識はありますが、ファッションの流行までは追いかけ続けられません。それに餅は餅屋、そのような方面については、私のような政務につくものではなく、服飾の専門家に意見を聞くのが一番でしょう」

「ふむ。多少は自分の専門外の知識に触れるのも、教養を高めることになるぞ」

「そうですな。自分の仕事がおろそかにならない程度には学んでおこうと思います」

 

 いつもの掛け合いをすることなく、さっさと退いたロウネに、ジルクニフは重要な案件かと意識を切り替えた。

 

「そうしておくがいい。それで? 報告とは何なのだ? まさか今夜開かれる聖王国の大使とのパーティーに自分も出席したいとでもいうのか?」

「いえ、今夜のパーティーは現大使の親戚がお国で失脚したことにより、大使の任を解かれて国に戻される送迎のものですから、今後重要でなくなる人間と顔をつないでも仕方がありません」

「むしろ、そうして落ち目の人間なら、少し餌を与えるだけでこちらのいいように出来るのではないか?」

「正直、現大使はただのお飾りですから、下手に顔をつないでおいて、後々おかしなところでこちらの名を出されたくありません。ご心配せずとも、影でまとめ役をしていた者とは親交を結んでおりますので。それで、報告なのですが」

 

 そう言って、ロウネはちらりと侍女たちに目をやった。

 その視線に、彼女たちは頭を下げ、部屋を退出する。

 

 

「さて、では聞かせてもらおう。そのパーティーの前にこれからもう2つ、園遊会の予定も入っていてな。そちらの時間も迫っている有様だ」

「陛下は皇帝なのですから、むしろ少し遅れて行った方がいいのでは?」

「それぞれ、その遅れる分を考慮したうえでのスケジュールだ」

 

 ロウネは頭を下げた。

 

「それは失礼を。では、さっそく本題なのですが。例の邪教集団の事でございます」

「動きがあったのか?」

「はい。突然ですが、今夜、新たな儀式を行うそうでございます」

「ほう。この前、やったばかりだというのに随分早いな。前回、生贄の娘を用意できなかったから、失地回復に焦ったか。……それで? 今夜、そいつらの集まりがあるのは分かったが、それを急いで俺のところまで報告に来たのはなぜだ?」

「今回の儀式なのですが、生贄として3人ほど貴族の娘を用意するようです」

「3人? よく集められたものだな」 

「それなのですが……いささか、荒い手管を使って集めたようで……」

「ほう?」

 

 わずかに声を潜めていったロウネの言葉。

 ジルクニフは面白そうな表情を浮かべた。

 

「あくまで下級の貴族が相手のようですが、偽りの職場の斡旋や臨時の手伝いなどの口実を作って誘い出し、そのまま誘拐したようです」

「ははは。随分と思い切ったではないか」

 

 ジルクニフとロウネ、そして近衛の騎士達しかいないドレスルームに若き皇帝の笑いが響く。

 

「いかがいたしましょう? これまでとは違い、いささか度が過ぎていると思いますが」

「ああ、さすがに現役貴族に手を出したのを、このまま座視しているわけにもいかんな」

「では騎士団を集め、集会を摘発いたしますか? 今回は普段使用している墓地の地下にある秘密空間ではなく、どうやら別の場所を集会所にするようなので、まだその場所の把握は出来ていないのですが」

「いや、そこまではしなくともよい」

 

 ロウネの固くなった声色に反し、ジルクニフは気楽な口調で答えた。

 

「警告程度で十分だ」

「どうなさるので?」

「裏社会の連中に、こちらが掴んだ今回の情報をすこしばらまいてやれ。連中も後ろ暗い者達との繋がりはあるだろうから、派手に動いた今回の情報がそちらに流れていたと知れれば、今後はおとなしくなるだろうさ」

 

 ジルクニフは侍女がいなくなったため、近くにいた近衛の騎士に水差しとグラスを持ってこさせ、そこに入っていた果実水を飲み干した。

 

「おそらく連中は、前回の失敗を取り繕うために、俺の耳に入る危険を冒してまで、そういう手段をとったのであろう。強引で乱暴な手を使ってはいるが、その内心はこの件が俺の知るところにならないかと戦々恐々(せんせんきょうきょう)しているといったところか。なら、今回は見て見ぬふりをしてやるが、再びこういうことをしたら、俺の耳に届くかもしれないぞと警告するに留めておけば十分だ」

 

 空になったグラスを傍らの卓に置く。

 

「その生贄にされた下級貴族の家の者達が訴えてきたら、一人くらいは引っ張ってもいいがな。まあ、連中もそれくらいは織り込み済みだろうよ。誰が切り捨てられるか見ものだな」

 

 そう言って、彼は再度笑い声をあげた。

 

 

「畏まりました。ではそのように」

 

 深く頭を下げ、主の意に了承する態度を見せるロウネ。

 そんな彼にジルクニフは声をかけた。

 

「ああ、では、すぐに手筈を整えろ。それと、外にいる侍女たちを呼んで来い。いささか、時間を取りすぎた。これではせっかく園遊会に行っても、すでに料理が冷めてしまっているかもしれんな」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「じゃあ、準備はいいですか、ベル様?」

 

 エドストレームの言葉に、ベルは憮然(ぶぜん)とした表情ながらも首を縦に振った。

 

 その身を包むのは、いつもの男物の服でも、帝都に来てから着ていたフリルがふんだんにあしらわれた少女らしい服でもない。それなりに仕立ては良さそうなものの、少しばかり埃と汚れの付着した、くたびれた感のあるワンピースである。

 普段、その髪は主にソリュシャンの手によって綺麗に洗われているのであるが、今はマルムヴィストによって、その辺の土くれをバサバサと髪に擦りつけられ、いつもの煌めくような輝きは失われていた。

 

 その様子を目じりをぴくぴくとさせながらソリュシャンは見つめている。

 本来ならばベルがそんな扱いを受けている事に怒りを爆発させるところだが、これはあくまで任務の為、そして至高の御方アインズならびにベル本人がお決めになられた事だからと我慢し、マルムヴィストの目元に(あざ)を一つ作るにとどめていた。

 

 

 そんな彼らの傍らには、所在無さげに立つ男が1人。

 彼は馬車の御者である。邪教組織が集会所まで生贄となる貴族の娘を運ぶ際の途中に選ばれた人物であった。

 彼はその輸送途中で、この場所に立ち寄るよう、指示を受けていた。

 ここで馬車に積んだ貴族の娘を別の人物、すなわちベルに入れ替えるのだ。

 

 その事は、この場に来てから初めて聞かされた。元の依頼主について詳しくは知らないが、おそらく貴族の関係だと思われた。下手をしたら、そんな者の不興を買いかねないという事実に彼は怯えたのであるが、彼が金を借りている犯罪組織からの命令にも逆らえない。貴族も怖いが、それよりなにより借金取りの方も怖かった。そこで彼は何も見て見ぬふりするという、問題の先延ばしと結果を他人に任せるという選択肢を選んだ。

 

 その男がそういう判断をするのはベルたちにとっても好都合だった。

 ここで、変な正義感とか起こされても、この状況を利用して誰かに媚びを売ろうとされても困る。

 なにせ、男には先に言われたとおりの仕事をしてもらわなくてはならない。

 そうでなくては、ベルがその生贄の娘と入れ替わり、邪教組織とやらの集会所を突き止めるという計画が水の泡となってしまう。

 

 

 

 そう。

 もはや面倒な全ての事は邪教組織のせいにしようというのが、アインズとベルの腹積もりであった。

 

 

 

 とにかく事態は急転直下を迎えた。

 

 

 事の発端は今日の昼下がりの事。

 セバスがアインズに屋敷が襲撃された件を報告しようと〈伝言(メッセージ)〉を送った際、アインズが彼らにクーデリカとウレイリカの捜索をさせようと思っていた事を、何の気なしに話してしまった所から始まる。

 

 そこでセバスから、ウレイリカはすでに確保してある事、そしてクーデリカの方はというと、そちらはなんとしばらく前から保護していたのに、つい先程何者かに逗留していた邸を襲撃され、攫われてしまったのだという事が語られた。

 

 その話にアインズは大いに慌てた。

 とくにセバスから、クーデリカについてはこれまで提出していた報告書にも書いていたという事を聞かされ、何度も精神沈静が起こる程だった。そしてとっさに、あくまで二人一緒に確保するのが重要なのだと言って、そこはなんとか取り繕うことが出来たのであるが、さらにウレイリカを保護していたのはベルと一緒に帝都に行ったはずのザックであると聞かされたアインズはもはや何がどうなっているのか分からず混乱のあまり、ベルが現在帝都を訪れていることまで話してしまったのだ。

 

 当然、聞かされたセバスは驚いていたようだった。

 すぐにアインズも拙いと思ったがもはや後の祭りである。

 とりあえず、いつもの深い考えやら計画がうんたらで誤魔化して待機を命じ、ベルに〈伝言(メッセージ)〉を飛ばして相談したのである。

 

 

 帝都からの撤収を決めた後、暇つぶしにホテル内をうろついていた所、片隅に置かれたピンボール台を見つけ、それで遊んでいたベルはアインズからの〈伝言(メッセージ)〉に、盛大に飲んでいたコーラを吹く羽目になった。

 

 とにかく何とか誤魔化さねばと頭をひねった2人は、生き返ったルベリナの証言、『襲撃してきた女は、クーデリカを邪神の生贄にするから連れて行くと言っていた』という事や、コーラをぬぐったマルムヴィストの集めてきた情報、『死の神とやらを崇める秘密組織があり、そこでは若い娘が生贄として捧げられている』という話から、全部その邪教組織のせいにしようと決めたのだ。

 

 

 ベルが帝都に来たのはギラード商会として邪教組織を調べての事。

 セバスらにそれを秘密にしていたのは、すでに王国貴族として帝都になじんでいるセバスに接触したら、そちらにまで累が及ぶ可能性があったため。

 クーデリカとウレイリカを捜していたのは、彼女らは実力のあるワーカーチーム『フォーサイト』のメンバー、アルシェの妹であり、彼女に恩を売るため。

 

 それらの事を黙っていて申し訳ないと、帝都のセバスたちが逗留していた邸に足を運び、セバスとナーベラル、2人の前に立ったベルは頭を下げた。

 

 そのような事情を聞かされ、自分たちが忠義を捧げるべき至高の御方の娘であるベルが自分たちに頭を下げたことに、セバスとナーベラルは大いに慌てふためいた。その言葉に追及はおろか、疑念を抱くことすら頭の中から消え果てた。

 そして「我々にお気遣いくださいましてありがとうございます」と、向こうも頭を下げ、そうしてベルたちが秘かに帝都に来ていた件は、なんとかうやむやながらも収束を見せる事となった。

 

 

 後は攫われたクーデリカの捜索、ならびにこの惨劇を起こした者達への報復をどうすべきかという事になったのだが、セバスらの滞在していた邸をソリュシャンが調べた限りでは、数人の人間が邸内をうろついたらしいという事は分かったものの、手掛かりとなるようなものは見つからなかった。〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉を使っても、クーデリカが着ていた衣服が路地裏のゴミ箱に捨てられていたのが発見されただけであった。

 

 そこでもう一度マルムヴィストに、邪教組織の会合について、裏社会の方でもっと詳しい情報を集めて来るように命じた結果が、今、こうしてベルがみすぼらしい服装でズダ袋に詰められるといった事に繋がるのである。

 

 

 

 なんでも、邪教集団は会合場所を突き止められるのを警戒して、生贄となる娘の輸送に何人もの人間を介するつもりらしい。つまり、それぞれ指定された場所から次の場所まで袋に詰められた娘を運んでは、そこで次の者に渡すことになっているそうだ。

 そして幸運にも、その輸送に関わる者の1人が特定できたうえ、都合のよいことにその男はこちらに接触してきていた犯罪組織から借金があるというのだ。

 そこで、その男と渡りをつけ、輸送中にこちらが待機している場所に立ちよらせ、本来の生贄の娘とベルを入れ替える事にした。そうしてベルが生贄のふりをして会合場所まで運ばれ、その場所を特定したらアインズに連絡を取り、そこにいる邪教組織を殲滅する。その間にベルはクーデリカを助け出すという手筈となった。

 別にベルとしてはクーデリカは助けなくともよいのだが、セバスらへ語った言い訳の手前、探し出す必要はあった。最低でも死体くらいは見つけておかなければならなかった。

 

 

 その為、ベルは生贄としてパッと見だけでも不自然の無いよう偽装した、自分の着ている服を見下ろす。平民の着ている服より上質ながら、すこしばかり見すぼらしい格好である。これなら落ちぶれた下級貴族の娘としておかしくはないだろう。

 

 そんな感じで、自分の服を見回していたベルに、マルムヴィストが声をかけてきた。

 

「しかし、ボス。……もうボスって言ってもいいですよね? それにしても、ちょっと妙な気もするんですが」

「なにが?」

「いや、この情報の集まり具合ですよ。邪教組織の事なんて、これまで裏社会でも全然話題にもならずに、情報なんて皆無だったのに、ここに来て急に広まってきましたからね。ついさっき、確認したら、もう生贄の娘の1人はクーデリカという名だ、なんて話まで出てきてましたし。とにかく今は一刻一刻ごとに、どんどん新しい情報が流れてきている状態です。こりゃあ、どうにもきな臭いですな」

「……罠かな?」

「さあて? おそらくですが、何者かが意図的に情報を流しているのは間違いないと思いますよ。それが邪教組織なのか、それとも、その組織と対立する何者なのかは分かりませんがね」

 

 なんだかその話を聞いて、やる気がそがれたのだが、これは別の人間に任せるという訳にいかない。

 セバスらに秘密のままベルが帝都に来ていた事は、なんとなく収まるところに収まったものの、やはり色々と行き違いが山のようにあり、それらが明るみに出た場合、今後の求心力の低下が心配された。それを避けるために、今回の件も全てがアインズらの深淵なる計画の一環であると印象付けておきたかった。

 その為にも、アインズ並びにベルが直接、今回の事件の終息に動いてみせるのが必要である、という結論に2人は落ち着いていた。

 

 

 

 ちなみにそもそもの話であるが、セバスらが活動している地域に、こっそりベルが訪れていた事がセバスたちの耳に入っては彼らの気分を害する事になるのではないかという懸念は、あくまでリアルでの社会人経験のあったアインズとベルの想像でしかない。彼ら自身の基準で、もし自分が同様の事をされたらと考え、こちらを信頼していない様子の上司に嫌気がさしてしまうのではと邪推し、部下たちの信頼の低下につながるのではと思ったのである。

 だが、はっきり言うとそれはアインズに対して絶対の忠誠を持つセバスらには当てはまるものではない。

 もし彼らがそのまま顛末を知り、わきあがる負の感情に蝕まれたとしても、それは自分は至高なる主の信頼に足る能力を有していなかったのだという自らに対する失意でしかなく、アインズに対する忠誠に揺らぎなどでるはずもない。次こそは主からの信頼を挽回しようと奮起こそすれ、決して反意など持ちえなかったであろう。

 要はただの杞憂だったのである。

 

 

 

 そうこうしているうちに準備も整った。

 ベルはズダ袋に半身を入れ、今後の手順を皆と確認する。

 それを済ませると、マルムヴィストの手によって頭まですっぽり袋をかぶせられ、口を縛られた。そのまま荷物のように馬車の荷台に転がされる。

 そして、合図とともに御者の男は馬に鞭を入れ、馬車は夜の闇へと消えていった。

 

 

 その姿がすっかり見えなくなってから、どこかへ行った馬車の背を見送っていた3人の背に声をかけてきたものがいる。

 

「ソリュシャン様」

 

 振り向くとそこにいたのは、骨に干からびた皮が張り付いた身体をぼろぼろのローブで身を包んだ人影。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)であった。その背後には武器や盾を構えた直立した骨格標本が並んでいる。

 自分たちにとって危険ではないと分かってはいても、マルムヴィストとエドストレームは思わず身を固くした。

 そんな2人の様子など気にも留めずに、ソリュシャンは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に声をかけた。

 

「準備は整っているのかしら?」

「はい。ご命令通り、そろっております。セバス様、並びにナーベラル様の所にも他の者達が集合しております」

「今回の件に関しては、アインズ様並びにベル様も直々に動かれているわ。もし、至高の御方並びにベル様の顔に泥を塗るような働きをしたものは、アンデッドですら死をこいねがう程の苦悶の果てに落とされると思いなさい」

「ははっ。この身全てが潰えようとも、偉大なる御方の為に」

 

 言葉とともに、全員が一斉に膝をつき、頭を下げた。

 

 

 邪教組織とやらは死の神だかを祀っているらしい。

 その組織でアンデッドを召喚したものの、それらを支配できずに自分たちも襲われ、組織は壊滅。そして、街にあふれだしたアンデッドたちにより帝都は混乱に陥るも、やがて帝国の騎士達によって事態は鎮静し、今回の一件は解決する。

 それが今回の筋書きである。

 そして、召喚したアンデッドたちが適当に暴れ、帝都の警備についている騎士たちと争っている間に、ナザリックの者達は帝都から撤収するという算段であった。

 

 

 そこでようやく、ソリュシャンはその場にいる2人の人間に顔を向けた。

 

「では、私たちは帝都に隠れ潜んで、その邪教集団とやらの会合場所の壊滅に向かうわ。あなたたちは予定通りに」

「はいはい。分かってますよ。セバスさんらがいた、あのお屋敷に火をかければいいんでしょ」

 

 それも今回の計画の一つであった。

 この件が終わったら、セバスらも同時に帝都から引きあげる予定である。

 人員としてつけていた元八本指が壊滅し、今後の活動が困難になったことが理由の一つ。

 二つ目は、もし今回の襲撃でも、セバスの騙るところであるモーリッツ家からクーデリカを攫った事を知っている者が生き残った場合、下手にその後もモーリッツ家として帝都に残っていたら、どんな妨害や詮索やらを受けるか分からなかったからだ。

 その為、邪教集団壊滅のついでに、召喚したアンデッドを適当に暴れさせて帝都が混乱した、そのどさくさに紛れ、セバスらが滞在していた邸に火をかけてしまうつもりであった。 

 もし、後にこれまで親交があった者とセバスが別の場所で出会ったら、幸いにも火の手は免れ、そのまま帝都を離れたとでも言えばいい。

 

 

「あっと、そうだ。この娘はどうします?」

「娘?」

「ええ、ボスと入れ替わった、本来の生贄の娘です」

 

 ソリュシャンは地に転がる娘に目をやった。その容姿には僅かに食指が動いたものの、そんなことをしている場合ではないと、気を取り直す。

 

「その辺にでも捨てておけばいいでしょう。運が良ければ、目が覚めて一人で帰れるんではなくて?」

「運が悪ければ?」

「捕まって、犯されて、殺されるんじゃないかしら? とにかく、そんな娘一人の事なんてどうでもいいわ。あなたたちは自分の仕事をきっちりやりなさい」

 

 そう言い捨てると、ソリュシャンはアンデッド軍団を引き連れ、去っていった。

 

 

 残されたマルムヴィストとエドストレームは顔を見合わせると、薬を使われたらしい意識を失ったままの娘を抱え上げ、どこか捨てるのに適したところを探して闇の中へと消えていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……う、うん……」

 

 うめき声をあげて、彼女は目を覚ました。

 うつ伏せに地に伏しているその体は、帝都の石畳の冷たさを感じる。

 

 彼女は重い瞼を開き、その細い腕でけっして重くはないその身を起こす。

 頭を振りつつ立ち上がったその場所は彼女の記憶にない場所だった。

 

 

 ――あれ? ここ、どこだろう?

 

 

 彼女はきょろきょろと辺りを見回すが、まったく見覚えがない。

 それだけではなく、何故、あんな場所に倒れていたのかという記憶もない。

 

 

 ――ん? 私ってどうしたんだっけ? たしか、どこかの貴族のパーティーに人手が足りないからちょっと手伝ってほしいとか言われたような……。

 

 ぼんやりと煙がかったようにはっきりとしない思考を抱え、ふらふらと暗くなった街路を歩く。目覚めたのは暗い路地裏だったが、少し歩くと街灯が輝く大きな通りが目に入った。

 さすがに、せっかく助けたのに、そのまま悪漢たちに攫われるのもなんだと考えたマルムヴィストとエドストレームの手によって、路地を行く人通りは少ないが、少し歩けば大きな通りに出る、比較的治安のよい場所に放置された彼女は、夜の灯りに吸い寄せられる虫のように明るい方へと足を向けた。

 

 そこは繁華街の一角のようだった。

 門柱に吊るされる角灯の灯りに照らされた通りには、今日の稼ぎを酒に変えた酔漢たちが千鳥足で歩いているが、歓楽街のような猥雑さは感じられない。

 

 そうして、彼女は見知らぬ街並みに怯えながらも、どうにかして自分の家に帰る道を捜そうと辺りをさまよっていると、声をかけられた。

 

 

「おい! ネメル!」

 

 聞き覚えのある声に振り替えると、そこには昔なじみの少年。

 顔の半分を包帯で隠した学院の同級生。ジエットの姿があった。

 

 ジエットはネメルの許へと走り寄る。

 

「はあはあ……。お前、こんな時間まで何してるんだよ。捜したぞ!」

 

 その言葉を裏付けるかの如く、少年の髪から汗が滴り落ちる。

 よっぽど長い時間、走り回っていたのであろう。

 

「うん、ごめんね。ジエット。なんだか、よく覚えていないんだけど……」

「いいから。とにかく帰るぞ」

 

 そう言って、少年は少女の手をしっかりと握った。

 その引く手の強さにネメルは驚いたものの、握った手から感じる心強さに嬉しそうに微笑み、2人は手をつないだまま家路を急いだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……あー……」

 

 ベルは退屈のあまり、うなり声をあげた。

 その声は袋に阻まれて、外にはほとんど漏れないはずだし、サスペンションもない安物の馬車は石畳の衝撃を緩和させることなく、激しく上下し音を立てるため、その音に紛れて御者の男の耳には届かないはずだ。

 

 

(暇だ……)

 

 

 あれからベルはずっと袋に入れられ馬車に転がされたっきりである。

 時折、馬車が止まるのは分かったが、そこでそのまま担ぎ出され別の馬車に放り込まれて、また走り出すのである。

 それが何度かあった。

 

(いや、1回、2回ならともかく、執拗すぎだろ)

 

 とにかくこうしている間は、ベルとしてもすることは無い。

 本当は御者が後ろの荷台に目を向けていないときは、のんびりしていてもいいんじゃないかという気にもなるのだが、一応、今もこうしている自分をなんらかの方法で監視している者がいたらという警戒から、仮にいるかもしれない監視者に不信感を抱かれないよう大人しくしていた。

 幸いな事にアンデッドの特性を持つため、固い木の板の上に転がされていても体は痛くならないのであるが、その代わりに退屈でも眠る事さえできない。

 その為、芋虫のように転がったまま、ぼーっとしている以外することもなかった。

 

 そうして退屈に耐え、ただひたすら寝っ転がり続けていたのであるが、その時、ガタンと馬車が揺れた。どうやら停止したようだ。

 

(ようやく、ついたかな? それとも、また馬車の乗り換えか? もういい加減にしてほしいな)

 

 そんなことを考えていると――。

 

 

 ――ドサリ。

 

 何かがベルのすぐ脇に転がされた音がした。

 なんだろうと思っていると、今度は袋に包まれたベルの身体が持ち上げられた。

 

 見えないのだが感触から人間の肩らしきところに担ぎ上げられたようだ。軽い衝撃と共に、固い靴が石畳の上に降りた音がした。

 そして、ベルの身体がそっと横たえられた。

 感触からすると下は石か。石畳の上か?

 

 

「こいつかな?」

「だといいけどね。とにかく、開けてみましょう」

 

 上から聞こえる男女の声とともに、袋の口が開けられる。

 そして、一気に引き下げられる。

 ベルの上半身が久しぶりに外気に触れる。

 

「おうっ?」

 

 ベルは目をぱちくりさせて、目の前にいた人物を見た。

 

 

 そこにいたのは2人の男女。

 1人は金髪を短く刈り込んだ若い男。もう1人は若い女。だが、その耳の先が長く尖っている。エルフの血を引いているようだ。

 

 2人は手にした紙とベルの顔を何度も見比べている。

 

「違うみたいだな」

「そうね。どう見ても年齢も合わないし」

 

 2人は困り顔でベルを見た。

 困っているのはベルも同じである。

 周囲をさりげなく見回すが、ここは建物と建物の間の路地であり、どう見ても目的の邪教組織の集会所には見えない。

 

(誰だよ、こいつら……)

 

 不審げな少女の表情に気づいたのであろうか、若い男の方が人好きするような笑顔を見せた。

 

「ああ、大丈夫かい? 俺の名はヘッケラン。こっちはイミーナ。ええっと、おかしな奴らに攫われた女の子を助けに来たんだ。心配しなくていいよ」

 

 

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