2016/5/21 「第9位魔法」 → 「第9位階魔法」 訂正しました
句点がないところがありましたので、句点を付けました
「効いたことのないような」 → 「聞いたことのないような」 訂正しました
2016/7/24 2カ所、魔法詠唱者のルビが「マジツク・キャスター」となっていたところを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/10/5 ルビの小書き文字が通常サイズの文字になっていたところを訂正しました
「ぺろぺろキャンディ―」→「ぺろぺろキャンディー」訂正しました
〈
2016/11/13 メートルの表記をMからmに訂正しました
移動して、まず気がついたのは匂い。
初めて体験する匂いのオンパレード。
湿った土の匂い。切断された草の断面から香る青臭い匂い。
そして、鉄の香りがする血の匂い。
家屋の焦げた煙からは重金属や排ガスの匂いがせず、木片が焦げた香ばしい匂いがしている。
燻製という調理法を聞いたことがある。
確か、肉や魚などの食物を木材などの煙で燻すやり方だと聞いた。その話を聞いた時は、なんでわざわざ、そのままでも食べられるものを煙で汚すんだと思ったものだが、ふむ、こんな香りを食物にうつすというのもありかもしれない。
周囲を見渡すと、目の前には先ほど〈
その向こうには、これも画面で見ていた騎士二人。剣を正面に構えて困惑と怯えの混じった表情を見せている。
そして両者の間に立ちふさがるのは、我らがギルドマスターモモンガさん。豪奢な装飾のなされた漆黒のローブを身に纏い、様々な苦悶の表情を浮かべては消える半透明のエフェクトを表示させるねじくれたスタッフを持つ、不気味なオーラを放つ骸骨。
うん。どう見ても悪者だ。
「女子供は追い回せても、毛色の変わった相手は無理か?」
そう言って、第9位階魔法〈
効けば必殺。効かなくても朦朧効果があるという魔法だが、幸い抵抗に失敗したようで、声も出さずに対象となった騎士は崩れ落ちる。
残ったもう一人へと、その顔を向ける。
男は突然現れたアンデッド、そして仲間が一瞬で殺されたことに恐慌に陥ったようだ。雄たけび、というか悲鳴をあげながら、手にした剣で切りかかってきた。
お、拙いか。
俺はモモンガさんの横をすり抜けて飛び出し、剣を持つ手を力いっぱい蹴り飛ばした。
聞いたことのないような音を立てて、腕が引き裂け吹き飛んだ。
悲鳴を上げてあおむけに倒れこむ。
ええぇ?
はっきり言って予想よりはるかに弱い。
それこそ、
試してみるか。
ちぎれた腕を押さえて、のたうち回っている騎士に近づく。怯えた目が俺をとらえ、腰に差した予備のショートソードを抜き、ただやみくもに振り回す。何の剣技もない、ただ子供が自分に近寄らないように棒っきれを振り回しているのと同じだ。
だが、その刃の鋭さを見て、ちょっと躊躇する。
――痛いの苦手なんだよな。注射とかも刺される瞬間は思わず目をそらしちゃうし。うーん、でも、いつかは試してみないといけないしなぁ。うん。現実じゃないんだから怪我してもすぐ治るし。
心の中で大丈夫、大丈夫と唱えながら、更に近づく。
そいつが俺に向かって剣を突き立ててきた。
うん。十分、目で追える速度だ。ダメージはたいしてないだろう。
たぶん。
思い切って切っ先を手のひらで受ける。トンという衝撃が手に伝わる。
おぉ、刺さらない。スキルがあるとやはりダメージは受けないのか。手のひらを見つめてみるが痕すら残っていない。そうしている間もぶんぶんと振り回される剣をもう片方の手で払う。試しに指先で受けてみたが、やはり切れない。衝撃もたいしてない。
ふむ。こちらからの攻撃はどうなのかな? 剣の刃先を指でつまんで固定し、腰の脇差を抜いて肘のところを切ってみる。
お、凄い!
何の抵抗もなく、すっぱり切れた。面白い!
指につまんでいた剣とそれを握っていたその先の肘先をぽいと捨て、肩口を踏みつけて残った腕を千切りにしてみると、面白いように切れる。骨も筋も全く抵抗がない。
この脇差が凄いのか? それとも武器スキルがあるからかな? 試しにこいつらの持っていた剣で腕を切ってみると、やはり少し抵抗があり、切り口も少し潰れてしまった。
いい加減、倒れて大声をあげている騎士の声がうるさいので、その胴体を踏みつけてみた。カエルが踏みつぶされたみたいとでもいうような、肺から空気が一気に声帯を通り抜けた声というか音が漏れて、そいつは死んだ。まあ、『カエルが踏みつぶされたみたい』とかいう修辞表現は古い書籍でしか見たことないし、そもそも、カエルって図鑑でしか見たことないけど。
足をもって引っ張ってみると、ブチブチと繊維がちぎれるような音を立てて簡単にちぎれた。あれだ。裂けるチーズを縦じゃなく横に無理に引っ張った時の感じ。
……しかし、人体ってこんなに脆いもんなのかな?
頭を持って左右から力を加えてみると、ぺきりと音がして潰れた。
そうだ、内臓とかはどうなっているのかな? ちょっと腹部を切り裂いてみよ……あれ? なんだか意識が……。おあ! 力加減を間違えたのか、刃を少しあてたつもりがざっくりいってしまった。うわ、血が飛び散っちゃった。服が汚れちゃったな。あー、帰ったら洗濯してもらわないと。
あ、匂いがひどい。そうか、内臓を切ってしまったから、中のものが漏れてしまったのか。そりゃ、そうなるよな。これからは気を付けないと。
ふと気になって騎士の着ていた鎧を手にとってみると――おや、魔法がかかっているのかな? 見た目より硬い。少し力を加えたくらいだと、一度曲がりはするが、手を離せばまた元に戻る。力を込めて曲げたらべきりと折れたけど。
俺がそうして実験している間に、モモンガさんは村娘ズに話しかけていた。
「怪我をしているようだな」
振り向くと、モモンガさんが震えている二人に、その骸骨の顔を近づけていた。
瞬間、年かさの方が体を震わせると、スカートの股間が濡れていく。続いて年下の方も。
じーっと白い目で見ていると、しばし動揺し目を泳がせたが結局は見ないことにしたらしいモモンガさんは、アイテムボックスから
その赤い液体が入った小瓶を目と鼻の先に突き出した。
「飲め」
その声に姉らしき方が声を出す。
「の、飲みます!だから、妹には――」
「お姉ちゃん!」
そうして、お互いの命を助けるために、恐怖の大王の命令にどちらが従うかというやり取りを繰り広げる。当人たちは大真面目なんだろうが、モモンガさんとしては困惑状態だし、俺としては心の中で大笑いだ。
でも、きりがないから間に入ろう。
「ええと、二人とも。これは治癒の薬だよ。危ないものじゃないから大丈夫さ」
子供っぽい声と口調で話しかける。たぶん、骸骨が命令口調で話すよりは安心するだろう。このデメリットは子供口調をしたことに俺が後でへこむくらいだ。
ようやく姉の方が震える手で瓶をつかむ。
そして一息に飲み込むと、瞬く間に背中の傷が消え去った。
驚きの表情で背中を触っている。
「お前たちは魔法というものを知っているか?」
モモンガさんが尋ねる。
「は、はい。村にときどき来られる薬師の……私の友人が魔法を使えます」
「そうか。私は
モモンガさんは魔法を唱える。
〈
とりあえず、魔法以外からは、よっぽどでもない限りは安全だろう。
「しばらく、じっとしていろ。そこにいれば大抵は安心だ」
そう言って二人に背を向けた。
その背に、
「あ、あの――助けてくださって、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
声がかけられる。
モモンガさんは、肩越しに振り向き、
「気にするな」
と言った。
涙ぐむ二人。やがて押し殺したような嗚咽が聞こえてくる。
うーん。
とりあえず、何か甘いものでもあげて落ち着かせようか。
何かあったかな?
さすがに俺が今まで舐めていたぺろぺろキャンディーをそのままあげるのは駄目だろう。アイテムボックスを探ると、昔、季節限定のドロップ品だった千歳飴があった。それを二人にあげる。
その棒状のものが何なのか分からず不思議そうにしていたが、食べ物だということを教えると、恐る恐る口にした。
「甘い!」
目を丸くして驚き、そして二人とも涙をふきつつ、一心不乱に飴を舐める。
俺はモモンガさんに〈
《ちょっと、いいですか。モモンガさん》
《ベルさん、どうしました?》
緊張した様子の声。
《いえ、思ったんですがね――》
《――千歳飴を舐める女の子ってエロい気がす――》
「――すがあっ!!」
後頭部にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの一撃を受けて、顔から地面にたたきつけられた。
「なに、すんですか!?」
「黙れ、ムッツリ!」
「いきなりスタッフの先で後頭部突くなんて悪魔かアンタ?」
「俺はアンデッドだ! お前は千歳飴職人さんに謝れ!」
「あんなことしてハゲたらどうする!? ハゲのアンタと違って髪があるんだぞ!」
「ハゲ言うな! TPOわきまえずにエロに持っていきやがって!」
「あんたが言うな! いきなりアルベドの胸を揉みしだいたくせに!」
「そりゃ、目の前にあんなものがあったら誰だって揉むわ! 宇宙の真理より正しいだろうが!」
「開き直んな!」
突然、始まった口論に呆然とするエンリとネム。
そして、その前で繰り広げられる馬鹿な罵りあいは、その後〈
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えーっと、とりあえず。村の方に行ってみましょうか? そっちにもまだ騎士たちがいるでしょうし」
「そ、そうですねぇ」
なんとなくアルベド及びエンリ、ネムと視線を合わせたくなくて、あらぬ方向を向きながら相談する。
「おっと、その前に。この顔のままではさすがに拙いですね」
先ほどエンリに怖がられたのを教訓に、モモンガさんはアイテムボックスから一つのマスクを取り出した。
「それは? ……あー、ありましたね」
「ええ、まぁ。ベルさんには無関係の代物でしたけどね」
と、じとっとした目を向けてくる。
〈嫉妬する者たちのマスク〉
通称〈嫉妬マスク〉
クリスマスイブに2時間以上ユグドラシルをやり続けていると強制的に手に入るアイテムである。
ギルメンの半数程はこのアイテムを手に入れていた。
だが、俺は保有していない。
「たしか、ベルさんはクリスマスイブは予定があったんですよね」
ああ、そうだ。その日は予定があったのだ。
だが、言えない。
予定は予定でも、ただ単にその日も仕事だったのに見栄張っただけだということを。
「二人きりでお酒を飲んできたんですよね」
だが、言えない。
仕事が終わって帰ろうとしたら、上司に無理矢理飲みにつき合わされて、延々と続く上司の一人語りを愛想笑いで聞いていただけだったということを。
ようやく解放されて、家に帰ってユグドラシルにインしたら、その場にいたギルメン全員が嫉妬マスクをかぶって一斉に振り向いた。
……今、思うと、あの時がアインズ・ウール・ゴウン最大の危機だったかもしれない。
たっちさんや死獣天朱雀さん、ベルリバーさんら嫉妬マスクを持っていないリア充組と、モモンガさん、ウルベルトさん、ぷにっと萌えさんら嫉妬マスクを保有する非リア充組とにギルド内で派閥ができてしまったのだ。
俺も彼女がいないのに、嫉妬マスクを持っていないという理由でリア充組に入れられ、とても肩身が狭い思いをした。
最終的に嫉妬マスクを持っていないが、リアルで仕事があったことがはっきりしていたグループ、声優のクリスマスイベントがあったぶくぶく茶釜さんや年末進行で忙しかったホワイトブリムさんらが間に立ってとりなし、何とか分裂は避けられたのだ。
だが、今でも思う。
ペロロンチーノ。お前、嫉妬マスク持ってないリア充組にいたけど、お前はエロゲのクリスマスイベント制覇のために、その日、ユグドラシルやってなかっただけだろ。
閑話休題
モモンガさんは嫉妬マスクをかぶり、籠手を着け、骸骨部分をすっかり覆い隠す。
うん。
見るからに凶悪なアンデッドから、見るからに怪しげな魔法使いにクラスチェンジしたよ。
この場にいるメンバーを見回す。
後衛魔法職のモモンガさん。
すでに戦った二人の騎士から察するに、おそらく敵はかなり弱いことが予想される。だが、一応、まだ警戒は続けるべきだ。
捨て駒として威力偵察、および万が一の際の足止めが出来る奴が欲しいな。
先程、モモンガさんが〈
モモンガさんに目をやると、口で言うまでもなくうなづき、スキルを発動した。
〈中位アンデッド作成
空中に黒い霧が湧き起こり、それが死体を覆い尽くす。やがて、鎧の隙間から黒い液体がゴボリと溢れ出し全身を包んだかと思うと、見る見るうちにその死体が変容を遂げ、やがて身長2.3m、巨大なフランベルジュとタワーシールドを持ったアンデッドが姿を現す。
ユグドラシルの時とは違う出現方法に驚きつつも、指示を出す。
「
……あ。
モモンガさんが指でさすが、すでに俺が実験としてあんまり原形をとどめないくらいにバラバラにしちゃってる。
「――その騎士の鎧に似た物を着ている者達を殺せ」
ナイスフォロー。
創造主の命令を受けた
……。
…………。
……………………。
「……行っちゃいましたけど……」
「……ええ……」
「……追いかけますか」
「そうですね」
モモンガさんが〈
そうして、
なりきりたっちさんでハードボイルド気取っていたら、下ネタボケをやられたんで思わず物理ツッコミした上に素が出てしまいました。