オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 さっぱりモチベが上がらない……。

2016/11/10 「指示」→「支持」、「仕様」→「使用」、「臨ん」→「臨む」 訂正しました。
 段落の初めに1字下げしていなかったところがありましたので、1字下げをしました。
 「匹敵るほどの」→「匹敵するほどの」訂正しました
2016/11/23 「一件を案じた」→「一計を案じた」 訂正しました
2016/12/29 「法国」→「報告」 訂正しました


第62話 翻弄される帝国

「では、失礼させていただこう」

 

 そう慇懃にして、一応は無礼ではない程度の言葉を残し、漆黒の戦士は部屋を出て行った。

 

 

 扉が閉められる音。

 そして立ち去って行く足音に、室内に残された者達の間に、おもわず安堵の息がもれた。

 彼がこの部屋にいる間中、張り詰めたような、それこそ身を切るような空気が立ち込めていたのだから。

 

 

 はあ、と盛大に息を吐き、ことさら大きく額の汗をぬぐう仕草をすると、会見に同席していた『雷光』バジウッド・ペシュメルは口を開いた。

 

「ふう。いっやあ、緊張したなぁ。なあ、ニンブル」

 

 明らかに不機嫌そうなレイナースは避けて、同僚のニンブル・アーク・デイル・アノックに話を振る。

 彼もまた、疲れた様子で肩の力を抜いた。

 

「ええ、まったくですね。あれがアダマンタイト級冒険者ですか。……『銀糸鳥』や『漣八連』の方々とは少々趣きが異なるようですが」

 

 そのつぶやきはジルクニフも同意せざるを得ないものであった。

 

 彼は今回の亜人騒動で帝都の冒険者たちの力を借りる際、冒険者組合長、並びに冒険者の代表として、それらのアダマンタイト級冒険者たちとも顔を合わせている。

 その際、彼らはこの帝国における最高権力者たる自分に対し、非常に丁重かつ丁寧な態度をとっていた。

 媚びへつらいなどはしなかったものの、当然のことながらジルクニフを上位者として扱い、礼儀と節度を守っていた。

 

 

 

 少なくとも今、会った『漆黒』のモモンのように、周囲に殺気を垂れ流しにするなどといった非常識極まりない行為などはしなかった。

 

 

 

 ノックの音が響く。近くの者が扉を開けると、側仕えの者達が室内に飲み物を運んでくる。

 それと同時に、隣の隠し部屋で会見の様子を(うかが)っていた者達もまたこの応接室に入って来た。

 

 

 そうして全員がそろったのを確かめると、目の前のテーブルに差し出された紅茶を一口飲み、ジルクニフは声を発した。

 

「さて、皆よ。彼らの事をどう思う?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 無造作に扉を開く。

 力を込めて開け放った扉はそのままに、大股で室内へずかずかと足を踏み入れた。

 扉の取っ手を掴んだ時の様子といい、扉を勢い良く開けた行為といい、その乱暴な歩き方といい、それぞれの行為からそれをやった人間の心の内を占める不快の感情が見て取れた。

 

 その後に続いた女が開いたままの扉を閉める。

 さすがに最高級の宿だけあって、扉を動かしても蝶番がきしむことは無い。

 重い音と共にチーク材の扉が閉じられた。 

 広い室内には自分たちだけ。

 周囲に他の者の目がなくなり、漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ男は内心の苛立ちを振り払うかの如く頭を振り、意識を切り替える。

 そして豪奢な部屋の内部を見回した。

 

 帝国最高級の宿だけあって目のつくところに置かれているあらゆる物、暖炉の上に置かれた光輝く宝石を埋め込まれた彫像、壁にかけられた色鮮やかな垂れ布、卓上の金の燭台、美しい光沢をはなつ大理石の床、非常に珍しいアルビノの剣歯虎の敷物など、すべてが高価ながら派手過ぎない品の良さを感じさせるものであった。

 しかし、ここはあくまでも冒険者が使う宿である。

 一見、華美(かび)に見えつつも、室内に置かれた調度品などは実用性も重視している。その美しい光沢を放つ黒檀のテーブルはどっしりとした重さのあるものであり、その卓上に固い金属などを乗せても傷がつかないよう表面を処理されている。また、その椅子は鎧兜を身に着けた者が腰かけてもガタつくことなどない頑丈なものであった。

 堅牢さと優美さを兼ね備えた、正に一級品とでもいうべき代物である。

 

 だが、男の意識はそんなものに心動かされた様子はない。

 豪華極まりない調度品の並ぶ部屋であったが、そこに並べられているものなど、本拠地であるナザリックのそれとは比べ物にもなりはしない。

 

 

 辺りを見回した彼の視線は、室内の一点。壁際に置かれた紫檀の椅子へと向けられた。

 今、そこには誰も腰かける者などいないのであるが、彼の視線はそこで止まった。

 

 ちらと脇に立つ、一緒に室内に入って来た赤髪の女を見る。

 彼女は声を出すことなく、その視線に頷いた。彼女の聴力及び嗅覚で察知した範囲内において、室外より様子を窺っている者はいない。

 

 

 再び、彼が誰もいない椅子へと目を向けると、突如、気圧が変化した時のような奇妙な感覚が一瞬耳を襲い、部屋の外から聞こえる音が消えさった。

 

 それと同時に、男の目の前に置かれた優美な曲線を描く椅子、その上に煌めく銀髪の少女が現れた。傍らには美しい金髪を縦ロールにした美しいメイドが控えている。

 その手元からは、ボロボロになった巻物(スクロール)の破片が零れ、床へと落ちる前に掻き消す様に消え去った。

 

 

 彼女らは突如、そこに現れた訳ではない。〈透明化〉で姿を消していただけだ。

 そして〈透明看破〉のスキルを持つ男は、最初から椅子に腰かけている少女の姿に気がついていたという訳だ。

 

 

 

「やあ、ベルさん。お待たせしました」

「お疲れ様です、アインズさん」

 

 ねぎらう友人の声に、ようやっと一息ついた気がする。

 

「どうでしたか、首尾は?」

 

 ふう、と息を漏らし、肉体的な疲労はしないのであるが、精神的に疲れたとアインズはぐるりと肩を回しながら答えた。

 

「ええ、皇帝との面会はひとまず、無事終えましたよ」

「ほうほう。それで、どんな具合だったんです?」

「ええ、それがですね――」

 

 

 そうしてアインズは、先ほど皇帝らと会った際の事を、友人であるベルに説明した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ジルクニフと『漆黒』との会談は急遽(きゅうきょ)組まれた。

 

 突然、この帝都に現れた他の都市、他の国を拠点とするアダマンタイト級冒険者。

 しかも、ちょうど帝国を悩ませていたビーストマンの襲来、それもこの帝都への襲撃を速やかに解決したのである。

 

 一体、彼らが何者なのか。

 何故、この帝都に突如として現れたのか?

 

 いち早く、知る必要があった。

 

 もちろん、帝国としても彼らの情報は掴んではいた。

 法国の人間ではないかという疑念もあったため、特に念入りに調べられていた。

 だが、エ・ランテルに現れたのが比較的最近、しかもそれまでの足取りは全くつかめないという状態であり、その詳細は何一つ判明しなかったのであるが。

 

 そのため、皇帝直々に帝都の民衆を救ってくれた感謝の言葉をかけるという名目で、自らの居城へと呼び出したのだ。

 

 連絡はすぐについた。

 彼らは、その地位にふさわしく、この帝都において冒険者が使用するものの中で最上級の所に宿をとっていたからだ。

 

 そして、翌日すぐに招いたのであるが……。

 

 

 ジルクニフ並びに、フールーダやロウネ、帝国4騎士などが待つ応接室――謁見の間は固辞された――に入って来たその姿を見て、彼らは息をのんだ。

 

 

 その身を包む、彼らの異名ともなった漆黒の全身鎧(フルプレート)

 それが血の朱で染められていたからだ。

 

 

 聞けば、今日、ここに来る途中も帝都内においてビーストマンの襲撃があり、通りがかった彼らが始末してきたところだという。

 命を懸けた戦闘の直後という事もあってか、鎧の返り血がいまだ乾いた様子すらないモモンからは、火山の奥底において今か今かと噴き出す瞬間を待っているマグマのような、どろりとした殺気が内包されているのが感じ取れた。

 

 とてもではないが皇帝を前にしてとる態度ではない。

 例え、呼ばれた賓客だとしても許される様なものではない。

 だが、本来ならば叱責すべき帝国の忠臣たる彼らをして、その人物から発する獰猛さを内に抑え込んでいるような雰囲気を前に、口に出すのは躊躇われた。

 

 とりあえず、そんなモモンをあまり刺激せぬようにと、彼の語る所の宗教上の都合とやらで皇帝を前にして兜を取らぬことをも触れぬままであった。

 

 その後のやり取り――自己紹介や、帝都の領民を救ってくれた感謝の言葉など――も、まるで入っただけで身を凍らせる海に張った薄氷の上を歩むかのごときものであり、(はた)で見ているだけで冷や汗が滂沱(ぼうだ)のように流れるかのごとき時間であった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「アインズさん、皇帝の前で怒りださなかったでしょうね?」

 

 確認するような言葉に、アインズは少し言葉を濁しつつ答えた。

 

「ま、まあ、我慢しましたよ。……なんとか」

「頼みますよ。まあ、色々と想定外の事も起こるでしょうし、様々な展開や状況次第で流動的に動くつもりですけど、さすがに今、そこで直接暴れられたら困りますよ」

「ええ、大丈夫です。ただ、やはり少々腹が立ちましたがね」

 

 言った後で、アインズは誤魔化すように言葉をつづけた。

 

「ほら、ベルさんが念のため、前もってやっておいた方がいいって言ってたやつ。あれ、大正解でしたよ。おかげで向こうは何も言ってきませんでしたし」

 

 

 アインズが『漆黒』のモモンとして、皇帝と会うのに際し、一つ懸念があった。

 それは、ナーベラルを傷つけた張本人らしき者たちを目の前にして、アインズがその怒りを抑えておけるかというものだった。

 

 対面する相手は帝国のトップである皇帝並びに、その脇を固める重鎮たちである。彼らは普段から面従腹背(めんじゅうふくはい)人面獣心(じんめんじゅうしん)の貴族らと接している者達であり、相手の感情や心のうちを推し量る能力に長けている事は想像に難くない。そんな彼らを前にして、内心の怒りを抑えていることなど、容易く見抜かれてしまうであろう。その結果、何故怒りの感情を持っているのかと疑念に思い、あれこれ詮索されるのは間違いない。

   

 さらに、また別の心配もあった。

 向こうは他国の人間たちと機知や口先で渡り合い、多種多様な外交交渉をまとめてきたほどの人物たちである。そんな者達を相手に、あくまで営業畑とはいえ、普通のサラリーマンとしての知識と経験しか持たないアインズがまともに話した場合、どんなボロを出したり、おかしな言質(げんち)を取られるか分かったものではない。

 

 

 そこで、ベルは一計を案じた。

 アインズが招かれて城に行く中途、再びビーストマンを帝都に送り込んだのだ。そして、そいつらと戦った後、時間も押しているからと、返り血も拭わぬまま会見に臨むという案であった。

 

 そのような事情があったとするならば、刺々しいアインズの態度も戦いの後の興奮状態の為と判断されるだろうという思惑あっての事だ。

 そして結果は、先に述べた通り。

 帝国側は、血に染まったその外見にのまれ、またアインズの態度にも触れようとはせず、腫れ物に触れるかの如き対応となったのである。

 一応、念のため、もし何か拙い状態になったら、怒ったふりをして絶望のオーラレベルⅠを使ってもいいとは言っておいたが、幸いな事にそれを使うまでもなかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「アレをどうみる?」

 

 ジルクニフの言葉に答えたのはバジウッドだった。

 

「いやあ、確かに戦闘の後ってのは殺気立ちはしますがね。まあ、それがどれくらい続くかは人次第ですが……あれほどってのはちょいと無いと思いますよ」

「では、わざとか?」

「その可能性は無きにしも非ずですな」

 

 バジウッドの代わりにロウネが答える。

 

「モモン本人もですが、私は彼の仲間であるルプーという女神官も気になりましたがね」

 

 その名を出され、先ほどから何度か聞こえてきた舌打ちが、再度室内に響いた。

 

 

 

 

 今にも襲い掛かってきそうな獰猛な獣にも似た雰囲気を漂わせるモモンの代わりに、ジルクニフは共にいたモモンの仲間の方へと話を振ることにした。

 

 彼の後ろに続く、燃えるような赤い髪の女神官。

 チェインメイルと金属鎧に包まれていながら、その実、肉感的な肢体の持ち主であるという事は見て取れた。そして、その顔もまるで芸術品のように非の打ちどころがなく、どこからか舌打ちが聞こえてくるほどであった。

 

 刺々しさの感じるモモンよりは、こっちの女から親しくなり会話を交えた方がいいと、ジルクニフは考えた。

 

 

「噂には聞いているが、君が『漆黒』モモンの仲間である女神官ルプーかな?」

「はい。私はルプーと申します。私めの事まで皇帝陛下のお耳に入っているとは恐悦至極にございます」

 

 淡々と手弱女(たおやめ)のように、静かで(かしこ)まった口調の女神官。

 そんな彼女に向かって、ジルクニフは(ほが)らかに笑いかけた。

 

「ははは、あまり(かしこ)まらないでいいとも。堅苦しく皇帝などと呼ばずに、そうだな、親しみを込めてジルと呼んでもらっても結構さ。むしろ君にはそう呼んでもらいたいな」

 

 言われた彼女は下げていた(かんばせ)をあげた。

 その黄色い瞳が、ジルクニフをとらえる。

 そして次の瞬間、厳かなる印象を与えていた顔が、不意に日が照ったかのごとく、ぱあっと明るく輝いた。

 

「いっやあ、そう言ってくれると助かるっす。こういった、真面目な感じなのは苦手なもんで。さっすがジルちゃんは話が分かるっすねぇ」

 

 先ほどまでとのあまりの落差に、誰もが声を無くしてしまった。

 本来ならば、皇帝が直々に言った事とはいえ、そのあまりにも気安い態度――特にジルちゃんなどという呼び方――は咎められてしかるべきものであったが、大輪の花が咲いたように顔いっぱいに笑みを浮かべるその様を前にすると、誰も注意などは出来なかった。

 

 

 

 

「あれですが。もしや、計算したものの可能性もあるかと」

「ん? あのとぼけた様子がか?」

 

 ロウネに言われて、先ほど交わした会話を思い浮かべる。

  

「うーん。お言葉ですが、あまりそんな印象はうけませんでしたが」

 

 ニンブルは眉根を寄せて考えながら、言葉を返した。

 

「どちらかといえば、頭に浮かんだものを特に考えもせず次々と口に出すタイプかと思われますが」

 

 それを聞いていたバジウッドもまた首を縦に振る。

 だが、それに対しロウネを首を横に振った。

 

「いえ。つまりはそれ自体が偽装である可能性があります。あえて、空気を読まないような発言をすることによって、場を振り回し、こちら側が落ち着いて質問できぬようにしたのではないかと思われます」

 

 確かに言われてみれば、と思い返す。

 あのルプーという女神官は、とにかくやたらと馴れ馴れしく、皇帝の前であるという事など忘れているかの如く、冗談を言ったり、こちらのいう事を茶化したりとせわしなく話を振り回し続けていた。

 

 威圧的な態度のモモン、そしてテンション高く話し続けるルプーという組み合わせの前に、本来帝国側のホームであるこの場でありながら、始終ペースをかき乱されていたのは否定できない。

 

「もしかして、あの2人のあまりに対照的な態度は、自分たちに対する追及の機会を与えないようにするための故意のものでしょうか?」

「おそらくは」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ああ、そうだ。その会談ですけど、私はちょっと腹が立っていて固い対応になってしまったんですけどね、ルプスレギナが役に立ちましたよ」

「おや、そうだったんですか?」

「ええ、皇帝がルプスレギナに畏まらなくてもいいと言ってくれましてね。おかげでいつもの感じでルプスレギナが喋りまくって、上手く話を回してました」

「へえ。大したもんですね」

 

 先の皇帝とは異なり、自分が本当に敬意を払うべき上位者たる2人からの視線、それも明らかに好意的なものを向けられ、ルプスレギナはパッと目を輝かせた。

 そんな彼女に、アインズは支配者然として語りかける。

 

「うむ。ルプスレギナよ。お前の対応は見事であったぞ」

「うん。えらい、えらい」

 

 アインズからのお褒めの言葉、並びにベル、そしてソリュシャンからのパチパチという拍手を贈られ、彼女はまさに鼻高々である。

 

「ははっ! お褒めに預かり光栄です」

「そうだね。じゃあ、後でルプスレギナには何かご褒美上げるね」

「マジッすか!」

 

 思わず素のままに喜びの声をあげるルプスレギナ。

 

 

 その御褒美というのが何なのか、それをアインズが知るのはしばらく後の事。

 ナザリックに戻り、執務室にいた彼の許を彼女が尋ねてきて、その目の前に見なれた筆跡で書かれた『アインズ様からのなでなで券』なるものを差し出された時である。

 

 ちなみに、その際、アルベドも同席していたため、一悶着あったのは別の話。

 

 その後、アルベドが『アインズ様のだっこ券』なる物を持ってきたのであるが、そこに描かれた魚の目の部分に針で穴が空けられていなかったことから、ベルが作ったものではなく偽造された物である事がばれ、アルベドは謹慎をくらうことになってしまったのは、さらに別の話。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「このタイミングで、彼らが帝都を訪れたのは偶然ではないでしょうね」

 

 ロウネは眉を(ひそ)めて言った。

 

「そりゃまた、なんで?」

「先ほど、彼らが言っていたでしょう。彼らがエ・ランテルから帝都に来た理由は、帝国においてビーストマンら、亜人達の襲撃が行われていると聞き及んだからだと」

「ああ、言ってましたな。他国の領民とはいえ、罪のない人間が被害に遭うのは許せなかったとか」

「ええ。しかし、それはおかしいのですよ。この帝都とエ・ランテルは片道で10日かかるくらいの距離があります。そして、帝国に亜人の襲撃が始まったのがほぼ10日前です」

「ん? 亜人の襲撃を知ったんで、すぐに帝都に移動したってなら、ちょうど10日で計算は合うんじゃないですかい?」

「いえ、違います。いいですか? 『漆黒』の拠点はエ・ランテルです。帝国ではありません。はたして彼らは帝国国外にいながらにして、何時(いつ)どのようにして帝国の窮状を知ったというのですか?」

 

 あっ、と声が漏れた。

 

 情報というものはすぐに知れ渡るものではない。

 信頼性に欠ける〈伝言(メッセージ)〉の魔法でも使わない限りは、1日離れた場所の事を知るのには片道1日、往復で2日かかる。

 

 一体、いつの間に帝国国内の事をエ・ランテルにいる『漆黒』は知ったというのであろうか?

 

 エ・ランテルは帝国との境にある都市の為、帝国国境付近の町や村が被害にあったという情報は帝都に伝わるより早く届くかもしれない。しかし、それでも2日程度はかかるはずだ。それを聞いた後に移動したとすると、かなりの強行軍をとってまでやって来たことになる。仮にそうだとするのならば、なぜ、そうまでして帝都にやってくる必要があるというのだろうか。

 

 会見の際、ロウネはそれを疑問に思った。そして、その事について尋ねようとした。

 一体、いつ、どのようにして帝国の窮状を知ったのか、そして、どうやって彼らはこの帝国にやって来たのかと。

 だが、それを聞きだそうと探りの質問を一つしたところ、対するモモンの答えは『帝国の無辜の民が脅威にさらされていると、小耳に挟んだからすぐにエ・ランテルを出て、その後10日かけてこの帝都アーウィンタールに来た』というものであった。

 そして『それが何か?』と聞き返してきた。

 まるで威圧するかの如く。

 

 すなわち――。

 

 

「こちらがその日数の齟齬に気がつくのは織り込み済みという事でしょうな。その上で傲岸にも、助けに来たことに何か問題でもあるのかと、白々しくもふてぶてしい態度をとったのでしょう」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そう言えば、ベルさん」

「なんです?」

 

 とりあえず、させる事もないので、ルプスレギナとソリュシャンは室内で自由にさせていた。今、彼女らは、近況を姦しく報告し合っている。

 そんな彼女らの事をのんびりと眺めていた視線を、傍らの鎧の人物に向ける。

 

「なんだか側近らしい人間に、10日かけてエ・ランテルから来たのかって聞かれたんですよ。ちょっと変な、含みのあるような感じで。まあ、それで、それが何かって聞き返したら、向こうは黙ってしまったんですがね。何か拙かったですかね?」

「ん? エ・ランテルから帝都までは片道10日くらいなはずですから、なにもおかしなところはないはずですよね?」

「ですよねえ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さらにロウネは言葉をつづける。

 

「付け加えさせていただくならば、もし人間の領域に亜人が襲撃してきたなどという事を耳にしたのならば、まず真っ先にすべき事は何でしょうか?」

「……襲撃の規模の把握ですか?」

「ええ、そうです。一体、この襲撃はどれほどの規模なのか? 襲ってきた亜人というのはどんな種族の者達なのか? どれほどの数が襲ってきたのか? 襲撃はどれほどの範囲に及んでいるのか? その把握が重要になります。対岸の火事ならいざ知らず、自分たちに被害が及ぶ可能性があるなら、誰しもその行動は慎重にならざるを得ません」

 

 その場の者達は頷きつつも、彼が何を言いたいのか頭をひねった。

 

「いいですか? 今回の襲撃は亜人の襲撃です。それもビーストマンやオークなど、種族も行動もバラバラであり、統一した行動はとっておりません。つまり、国家と国家の戦争ではありません。被害は帝国だけに限らないはずなのです。王国、それも帝国と隣接しているエ・ランテルにも亜人の襲撃がないとは言い切れないはず。むしろ、エ・ランテルに住まう者なら、それを警戒すべきでしょう。それなのに、『漆黒』は帝国が亜人に襲撃されたという報を聞き、すぐにエ・ランテルを出たと言っておりました」

 

 皆、息をのんだ。ロウネの言いたいことが分かった。

 この亜人の襲撃にあっているのは帝国だけとは限らない。近隣諸国もまた、被害にあっている可能性もある。また、今はなくとも、これから亜人が襲ってくるかもしれないのだ。そう考えた場合、自分たちの領域の防御、襲撃への警戒を最優先するのが普通だ。

 そんなときに今現在、襲撃を受けている帝国のすぐ近く、エ・ランテルを拠点としている『漆黒』がわざわざ他の地に移動するはずがない。彼らが帝都に行ったとしら、ホームであるエ・ランテルの方が危険にさらされるではないか。

 

 それなのに、彼らが即座にエ・ランテルを離れ、帝国にやって来たという事は……。

 

 

「……おそらく、この亜人の襲撃は帝国のみにとどまっている。そして、『漆黒』はこの襲撃に関して何かを知っている?」

「その可能性が強いかと」

 

 ジルクニフのつぶやきに、ロウネが同意した。

 静まり返った部屋に、誰かがごくりと息をのむ音が響いた。

 

 

「どういう事でしょうか? 今回の亜人の襲撃、やはりどこかの組織が手を引いているのでしょうか? もしや、先の邪神とやらについても、何か知っているのでは?」

「そうかもしれんな」

「聞き出しますかい? なんなら、無理やりにでも」

 

 帝国の為であれば手を汚すのも、けっして忌避するものではない。

 目に剣呑な光をたたえ、荒っぽい手段を口にしたバジウッド。

 そんな彼に、ジルクニフは皮肉気な視線を投げかける。

 

「どうやってだ? お前なら、アダマンタイト級冒険者をどうにかできるのか?」

 

 そいつはさすがに、とガリガリ頭を掻いた。

 

「ああ、難しいですな。アダマンタイト級冒険者ってのはケタ違いの存在ですからな。下手に手をだしゃ、どんだけ被害が出るか」

「いっそ、イジャニーヤに依頼したらどうでしょう?」

「それも手の一つですが、下手をしたら、そいつらにおかしな情報が漏れかねないのではないでしょうか」

「いや、依頼ならば大丈夫ではないでしょうか。守秘義務は守るはずです」

「普通のものならばそうでしょうが、今回は事が事ですよ。謎の組織なり、邪神なりの知識を得た彼らが何をするかまでは、はっきりとは言えないでしょう」

「む……確かに。外の者達を使うのは控えた方がいいかもしれませんね。しかし、ならばどうします? 相手はアダマンタイト級冒険者ですよ」

「フールーダ様なら、何とかできるのでは?」

 

 皆の目が、数百年を生きた白髪の主席魔法使いに注がれる。

 フールーダはすっかり白くなった髭をしごきながら言った。

 

「ふむ。おそらく出来はするだろう」

 

 帝国の守護神たる人物の言葉に、一同から感嘆と安堵の息が漏れた。

 

「しかし出来はするかもしれんが当然、それには危険が伴うな。冒険者というのは個の力だけではなく、仲間同士での連携も優れている。一個のチームとして動く彼らは、自分たち一人一人では到底勝つことのできない相手すら、打ち倒して見せる。1+1が2ではなく、3にも4にもなるのだ。ましてや、アダマンタイト級冒険者というのはその力の上限も定かではない。さすがに私といえどリスクが高いと言わざるを得んな」

 

 その言葉に再び皆、頭を突き合わせ、他に何か手はないかと討議を始める。

 

「しかし、いかに強くとも人間ならば、数で圧倒できるのではないでしょうか?」

「出来るかもしれないけど、こちらにも甚大な被害が出るのは火を見るより明らかね。正直私ならごめん被るわ。それよりは、誰か知己(ちき)のものを人質に取るなどしてみてはいかがかしら?」

「人質か。確かに良い案だが、こっちには知り合いなんぞいないだろう。エ・ランテルに人をやって、知り合いを(さら)わせるか?」

「いえ、それは止めた方がいいでしょう」

 

 4騎士の内、この場にいないナザミを除いた3人の話にロウネが口を挟んだ。

 

「エ・ランテルまでだと、それこそ最短でも往復20日はかかってしまいますな。まあ、魔法院の力を借りれれば、数日で済むかもしれませんが。しかし他国でそのような事をした場合、任務遂行も困難ながら、下手をしたら外交問題になりかねません。それよりはこの帝都のものを人質にするのがいいかと思いますよ」

「? しかし、この帝都に『漆黒』の知り合いなどいるのですか?」

「こちらでは把握しておりません。ですが、いないというのなら作ってしまえばいいでしょう」

「……なるほど。これからでも、誰かを『漆黒』の者達に接近させるという事ですか」

「ええ。その通りです。どんな人間なら、彼らと交流を深められるかは不明ですが。まあ、子供を使うのが手っ取り早いでしょうか。子供には警戒も甘くなりますし、またさほど親しくはなくとも、子供を人質にされれば、普通の思考を持つ者ならば躊躇はするでしょう」

「さすがはロウネ。実に外道だな」

 

 ジルクニフの揶揄する声に、ロウネは眉を動かした。

 

「私とて子どもを巻き込むなどやりたくはありませんよ。ですが、この帝国にはそれこそ数え切れないほどの人間がいるのですよ。それこそ、子供も含めて。彼らを守るためならば手段は選べません。それに私がこのような非道な策を考えてしまうというのは、きっと仕えている主に影響を受けたからだと思われます」

「なんと、お前の仕えている主というのは実に酷い奴だな。一度顔を見てみたいものだ」

「顔を洗うときにでも存分に見てください。それよりも、あくまでそれは最後の手段としておきましょう。本当にそれをやって失敗でもしたら、それこそ本当に戦闘になりますよ。勝算はあるのですか?」

 

 一同、押し黙った。

 つまりは最初の話、アダマンタイト級冒険者『漆黒』をどうすれば攻略出来るかに戻るのだ。

 

 ロウネは一つ息を吐いて言葉をつづける。

 

「人質を取って言う事を聞かせるというのは決して称賛される行為ではありません。そのような事をしようものなら、それをやったが最後、こちらの敵か味方か、いまだ不明な者も明確にこちらの敵になりますよ」

 

 その言葉に皆、頭を切り替え、考えを改めた。

 たしかに、無理に敵対する必要もない。彼らの背後に何がいるかはいまだ分からないが、よく分からないものを無理に刺激するのも得策ではない。

 

 

「最悪の事態を考え、備えるのも大切だ。まあ、それをやるかどうかは別としてな。選択肢は多い方がいい。とりあえずの所、『漆黒』相手に伝手(つて)を作れ。子供でも女でも、愛人でもな。何なら女ではなく男を使っていい。あくまで親しい間柄の者を作る分に留めておけば損はあるまい。実際に人質にしなくとも、情に訴えることが出来るかもしれん」

 

 ジルクニフの言葉に一同、頭を下げ、その件について了承を示した。

 

 

 

 気を改めて、ジルクニフが言う。

 

「さて、それよりは今これからのこと、ビーストマンについての事を考えるとしよう」

「とすると先刻、モモンが語った策はどうします?」

 

 その言葉には、うーむと呻ってしまう。

 

「確かに、現在のように亜人の報告があった場所に騎士団を派遣して、各個撃破するよりはいいかもしれんが……」

「効率でいえば結果的には良いかと思いますが、領民に被害が出ますな。それもかなり」

 

 その答えに誰もが黙り込む。

 

 

 先ほどジルクニフはやって来たモモンに対し、現在帝国で対応に苦慮している亜人の襲撃に関して、何か良い案はないかと訪ねてみた。

 

 それに対し、モモンが提案したのは実に単純明快。

 

 獲物を一カ所に集め、包囲して叩く。

 根本的に言うならそういうものであった。

 

 つまり、帝国の各地を区域ごとに分け、その区域の外周部に部隊を派遣し戦いつつも区域の内側に逃げるよう誘導する。そして、その輪を狭めて行き、亜人達が一カ所に固まった所を、こちらも戦力を集めて叩く。これを区域ごとに繰り返していくというものだった。

 

 確かに効果的ではある。

 これまでは亜人達が集結し、戦力が増大することを恐れて、各個撃破にこだわっていた。しかし、そうやって強引にでも向こうに決戦を強いた方が早期に解決できるかもしれない。特に帝国にはビーストマンらや他国には無いアドバンテージ、大量に動員できる魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるのだ。一つ所に集結した亜人を遠距離からの魔法で徹底的に攻撃し、その後、騎士団で殲滅するというやり方ならば、被害も少なくなるだろう。

 

 

 しかし――。

 

 

 その場にいた者達、皆の顔に苦悩の表情が浮かぶ。

 

 それをやるという事は、包囲の輪の中、亜人たちが集まる中央においては、領民の被害が拡大する。いや、正確に言うならば、中央部にいる領民を犠牲にして周辺の亜人を殲滅する策だ。人間を餌とするビーストマン達、それも手負いの者達が集結するのだ。その運命は糧食ならばまだマシで、腹いせに嬲られ、死より過酷な運命をたどる事も十分考えられる。

 

「それをやるとしても、せめて対象地域の中央に位置する箇所に暮らしている領民は避難させては?」

「いや、それでは意味があるまい」

 

 ジルクニフは言う。

 

「あくまで食料となる者達がいるから、ビーストマン達はそちらに逃げ、留まるのだ。撤退した先が何もないと知れてしまえば、現状を打開するため、困窮する前に包囲網を必死で突破しようとするだろう。それに連中だって馬鹿ではない。そんな避難などしたら、こちらの策に気づく者もいるかもしれない。そうなってしまえば、大々的に兵力を動かした意味もなくなる。奴らには火にかけた水鍋の中のカエルでいてもらわなくては困る」

 

 非情すぎる答えであるが、それが実に理に適っている事は皆理解していた。

 沈痛な面持ちのまま、更に話をつづける。

 

「それで、どう思います? アダマンタイト級冒険者招聘(しょうへい)の件は?」

「ああ、それか」

 

 机の上で組んでいた手をほどき、ジルクニフは顔をあげた。

 

「……先ほど、モモンにも言ったが、それは却下だ」

 

 

 先ほどの会談で出た、モモンからの提案の一つ。

 それは、亜人相手ならば、正規の兵士より冒険者の方が役に立つ。その為、隣国、リ・エスティーゼ王国の王都より、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を招聘するべきという案であった。

 

 それには驚かされた。

 たしかに、噂に聞く彼女らの協力が得られれば、この亜人騒動の解決に際し、一助となる事は間違いない。

 いや、それどころではない。

 帝国のアダマンタイト級冒険者たちは様々な状況に対応できるという点では、たしかにその地位にふさわしい者達であったが、純粋に戦闘能力という点では、人類の決戦存在と謳われるアダマンタイト級にふさわしいとはいささか言い難い。

 それに対し、『蒼の薔薇』はまさにアダマンタイト級の名にふさわしく、もはや人類の枠を超えた戦闘能力を有しているという。

 そんな戦力が加わってくれれば、どれほど心強いか。

 

 さらに言うならば、『蒼の薔薇』リーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは蘇生の魔法を使う事が出来る。

 先日の邪教組織の件で、帝国側には大きな損害が出た。

 長い期間をかけ、大枚はたいて育成してきた騎士達に、かなりの被害が出たのだ。そこで多少、いやかなりの金を使ってでも蘇生させたいところなのだが、あいにくと帝国国内には蘇生魔法の使い手は存在しない。その為、法国に蘇生魔法が使える者の派遣を打診していたところなのだが、折悪く始まったこの亜人騒動のせいで、その交渉も中断したままであった。

 そこで、彼女に蘇生を依頼することが出来れば――例え、帝国のかなりの資金が王国に流れることになっても――非常に都合がいい。

 

 

 だが、ジルクニフは首を縦に振る訳にはいかなかった。

 

 確かに今、帝国はビーストマンの対応に苦慮している。

 しかし、だからと言って、よりにもよって『蒼の薔薇』は拙い。

 『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースは王国の貴族である。冒険者は特定の国家に肩入れしないという建前はあっても、彼女らが王国、特に王派閥側に立って行動している事は、それなりに聡い者達の間では周知の事実である。

 彼女らを帝都に呼び寄せるという事は、帝国の情報が王国に筒抜けになる危険性もはらんでいる。

 

 その為、それを提案したモモンに対しては、帝国としても帝都をホームにしているアダマンタイト級冒険者『漣八連』や『銀糸鳥』に協力を依頼しており、隣国の王都からの移動時間も考えると、彼女らを呼び寄せるのはあまり現実的ではないと、やんわり否定したのだ。

 

 

「しかし、提案した割にはあっさりと引き下がりましたね」

「確かに、気になりますな。『漆黒』は『蒼の薔薇』のティアと面識があったはずですから、冒険者として彼女らが信頼できると判断していたからと考えれば、不思議ではないのですが。……ただ、これまでここで話したように、彼らがただの冒険者ではなく、なんらかの背後やそれに連なる思惑があっての事と考えると……」

「うむ……当然、こちらがそれを断る事を考慮したうえでの行動……。名前を出すことでこちらに『蒼の薔薇』の存在を意識させる? もしくは、帝国国内の事で忙殺されている我々に他国の事をそれとなく意識させる、か? ……うーむ、とにかく今はまだ判断できんな」

「とりあえず、現在『蒼の薔薇』は全員王都にとどまっております。……あくまで、その情報は20日程度は前のものになりますが」

「ふむ、突然にそいつらまで帝都に現れるとかいう展開はないか……。まあ、いい。いない者の事を気にする必要もあるまい。今はとにかく、帝国内の亜人たちの事だな。……モモンの言った策、検討しておけ」

「やるんですかい?」

 

 渋面を浮かべたバジウッド。

 それよりもさらに、ジルクニフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「……効率的ではある。被害の拡大を防ぐという意味では、大を救うために小を捨てねばならん。その方が結果的には多くの領民を救う事になるだろう」

「……かしこまりました」

 

 皇帝の決断にその場にいた者達は皆、(こうべ)を垂れた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「――という訳で、ですね、ベルさん。『蒼の薔薇』を帝国に呼ぶというのは断られました」

「ふむふむ。そうですか」

 

 一連の話を聞き終えたベルは、脇の丸テーブル上に置かれたフルーツ皿から、一つ黄色い果実を手にとった。その白く細い指先で皮をむくと、あんぐりとかぶりつく。 

 アインズは、もしゃもしゃと咀嚼する少女に向かって尋ねる。

 

「どうします?」

「まあ、『蒼の薔薇』については、今後の事も考えて、上手く進めばいいや程度だったんですけどね。駄目なら駄目で仕方ありませんが」

 

 そう言うと、ベルはもう一つ果物を手にとると、ポンと放り投げた。

 ルプスレギナは高く跳躍すると、その果実を見事に口でキャッチした。そのまま着地し、ボリボリと音を立ててかみ砕く。

 

「でも、そうかといって、さっさと諦めるのも惜しいですね。せっかくですから、一押ししてみましょうか」

「なにをするんです?」

「そうせざるを得ない状況にしてしまえばいいんじゃないですか。さっきの皇帝の話にも出てきたでしょう? つまり――」

 

 

 

「――という訳です」

「ちょっとあからさま過ぎませんかね?」

「秘かに、そして友好的に事を進めるなんて時点は過ぎていますからね。もうゴールの場所は決まっています。後はとにかくこちらの目指すゴールに向けて、強引にでもボールを押し込む段階です。とにかく、脅そうが何しようが相手の選択肢をドンドン削っていくのが正解ですよ」

「そんなものですか」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「リーダー。飯が出来やしたぜ」

 

 そうケイラ・ノ・セーデファーンが声をかける。

 呼ばれた彼、フレイヴァルツは振り返った。その手には有名なリュート『星の交響曲(スター・シンフォニー)』がある。

 それを見て、セーデは顔をしかめた。

 

「おっとと。こんなところで一曲弾くのは止めてくださいよ」

 

 フレイヴァルツは肩をすくめた。

 

「やれやれ残念だね。せっかくの美しい夜空に創作意欲を掻きたてられたところなんだが」

「ビーストマン退治に来て、そんなものかき鳴らされちゃたまりませんや。自殺する気ですかい?」

「彼らが美しい音色に心洗われて、戦いの虚しさに気づき、争いをやめるかも」

「絶対にないですから。それより飯が冷めちまいますぜ」

 

 呆れた口調で焚き火の方へと戻っていくセーデ。

 燃え盛る炎の周りには彼の仲間たち、『銀糸鳥』の面々がすでに火にかけた鍋を囲んでいる。

 フレイヴァルツはリュートを肩に担ぎ直すと、そちらへと足を進めた。

 その魔法のかかった靴先に、さらさらと風に揺れる下生えの草が撫でる。

 

 

 星の灯りに照らされた草原には今、いくつものテントが張られ、あちらこちらに同様の焚き火がたかれている。そして、その火の周りには幾人もの人影――それこそ数十人はいるだろうか――が動いていた。

 大声で騒ぎ立てるなどという事はしていないが、さすがに普通の声でも、これだけの人数となると、夜の静けさをかき乱してしまう。

 

 

 彼らはバハルス帝国の騎士団である。

 フレイヴァルツ率いる冒険者チーム『銀糸鳥』と共に、帝国に現れたビーストマンを始めとした亜人退治の任務におもむいているのであった。

 

 だが、フレイヴァルツとしてはあまり亜人退治という言葉は使いたくはなかった。彼の仲間の1人も亜人に分類されるものであったから。

 そんな仲間の亜人、ファン・ロングーが真っ赤な毛に覆われた腕を振り、彼に自分たちの焚き火の位置を知らせた。

 

 

 彼は自分の仲間達の下へと歩み寄った。

 そこは帝国騎士団も含めた野営陣地の外れであった。

 騎士たちはもちろん彼らに対して隔意(かくい)などないし、それどころか強者として敬意を払った態度を示してくれるが、やはり国に仕える彼らと気ままな冒険者では少々勝手が異なる。その為、彼らに必要以上に気を使わせないよう、『銀糸鳥』はあえて彼らから少し距離をとった所に野営の準備を整えていた。

 

 

 火のそばに腰を据えると、隣のポワポンがパンを渡してくれる。ウンケイが火にかけた鍋からスープをよそってくれた。

 

 彼はスープにパンを浸しながら齧り、仲間たちと取り留めもない話をしながら、夜のひと時を過ごしていた。

 

 

 その時――。

 

 

 ――セーデが動いた。

 

 

 

 座っていた姿勢からパッと立ち上がり、奇妙な形のナイフを手に宵闇の向こうへと視線を投じる。

 その彼の様子に、他の者達もあわてて武器を構え、立ち上がった。

 

 

 そこにいたのは1体の異形の人影。

 

 長大なフランベルジュと巨大なタワーシールドを手にし、異様な紋様が浮き出た全身鎧(フルプレート)に包まれた巨躯。

 だが、何より目につくのはその身を覆う死の空気。その鎧兜に包まれたその体は、生者のものではない。その虚ろな眼窩からは、命ある者に嫌悪と恐怖をもたらす深紅の光が灯っている。

 

 

「アンデッドか」

 

 セーデがつぶやいた。

 

「しかし、なんと(おぞ)ましい姿。このようなアンデッドは見たことがござらん」

 

 ウンケイが呻る。

 

「そう言えば、ビーストマン討伐におもむいた騎士団がアンデッドの襲撃を受けたとも聞いた」

 

 ポワポンが言った。

 

 ファン・ロングーは何も言わずに、斧を構えた。

 

「見たこともないアンデッド相手に戦いたくはないですが、このまま放っておくわけにもいきませんね。あちらもその気はないようですし」

 

 フレイヴァルツがそのリュートをかき鳴らす。

 その音に、『銀糸鳥』の方へ目を向ける騎士たち。

 そして、彼らの前に立つ恐ろしい姿をしたアンデッドの騎士に気がつき、慌てて戦闘準備にうつる。

 

 

 本来であれば情報の全くない怪物(モンスター)との戦闘は避けるべきである。それが冒険者としての常道だ。

 だがしかし、今日の彼らは帝国に雇われた身であり、この近辺での危険性の排除が任務である。人類の守護者と言われるアダマンタイト級冒険者として、この見るからに凶悪なアンデッドを放っておくわけにはいかなかった。

 それに今は後ろに帝国の騎士団がいる。逃走を図った場合、自分たちだけならともかく、彼らがうまく逃げ切れるとは考えにくい。かなりの被害が出てしまうだろう。

 

 

 『銀糸鳥』並びに帝国騎士団が、アンデッドの騎士を半包囲する。

 それに対して、その不死者は動じることなく、兜の奥にある腐りかけた顔にニタニタと笑いを浮かべていた。

 

 

 そして、満天の星空の下、地獄から響くような咆哮をあげて、デスナイトのリュースは躍りかかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「なんだ、それはぁっ!!」

 

 皇帝の執務室に怒声が響く。

 怒りの声をあげているのは誰であろう、鮮血帝ジルクニフ、その人である。

 今、彼は自らの感情のままに、怒りを(ほとばし)らせていた。

 長年ジルクニフに仕えてきた臣下の者達も、彼がこれほど感情をあらわにするのは初めて見る光景であった。

 

 

「も、もう一度、言ってみろっ!?」

 

 その視線の先に晒された、報告を持ってきた魔法院の人間、フールーダの高弟は激昂する皇帝を前に(おこり)のように身を震わせ、もう一度報告を繰り返した。

 

「ビ、ビーストマン退治におもむいていたアダマンタイト級冒険者『銀糸鳥』並びに『漣八連』、そして彼らと共に行動していた帝国騎士団、か、壊滅いたしました」

 

 

 改めて、その知らせを聞き、ジルクニフはグラリと体を揺らした。

 そばにいた者が慌てて駆けよるのを手で制し、よろよろとした足取りのまま、豪奢な椅子に座り込む。

 そして、机の上で手を組み、額をその上に乗せうつむいたまま、動かなくなった。

 

 その皇帝の様子、並びにもたらされた報告内容によって、その場にいた者達は言葉を無くしてしまった。

 

 

 誰もが言葉もない中、この中で、いや、おそらく全世界において最も年長の人間と思われるフールーダが、一報をもたらした自らの高弟に問いかけた。

 

「その内容は確かなのか?」

 

 場の空気にのまれ、何も言えなくなっていた彼は、自らの崇敬すべき師の言葉に若干理性を取り戻した。

 

「は、はい。〈飛行(フライ)〉の魔法を使い、それぞれの現場に行って確認しましたが、両方とも戦闘の痕跡は認められたものの、装備のいくつかが散乱しているだけで、遺体は見つかりませんでした」

「両方といったな。それぞれの現在把握している状況を詳しく話せ」

「ははっ。先ず、『漣八連』の方なのですが、こちらは昨夜その隊に同行していたものから〈伝言(メッセージ)〉で連絡がありました。なんでもアンデッドの大群に襲撃を受けたという内容です。〈伝言(メッセージ)〉での報告という事で信頼性に疑問はありますが、その報告では死者の大魔法使い(エルダーリッチ)や奇妙なスケルトン、それと全身を包帯で包んだ見たこともないアンデッドが襲ってきたという事です」

「そうか。それで、『銀糸鳥』の方は?」

「は、はい。それが……」

 

 高弟はなぜだか、そこで言い淀んだ。

 フールーダはその様子に疑問を感じつつも、続きを話すよう促す。

 

「そ、その……『銀糸鳥』の方に現れたアンデッドは1体のみです」

 

 その答えに、聞いていた誰もが虚をつかれた。

 人類の守護者、決戦存在たるアダマンタイト級冒険者、ならびに帝国の騎士団がたった1体のアンデッドに壊滅させられたなどというのだろうか?

 

「確かなのか?」

「はい。こちらに関しては、同行していた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が〈飛行(フライ)〉で離脱し、2人が帝都まで戻ってまいりました。彼らからの報告なので、先のものより正確でございます」

「そうか。……そのアンデッドとは一体なんだ? 正体は判明しているのか?」

「はい。その者達からの報告により、判明はしているのですが……」

 

 彼は再度、言葉を濁した。

 その反応にフールーダは眉をしかめる。

 

「どうした? 分かっているのなら、はっきりと言うがいい」

「は、はい。その……現れた、たった1体のアンデッドというのは……」

 

 ごくりとつばを飲む。

 

「そのアンデッドというのは……デスナイトでございます」

「な、なんだと!?」

 

 その答えに思わず彼は立ち上がった。

 愕然とした表情のフールーダ。そんな彼にジルクニフは尋ねた。

 

「おい、爺。たしか、そのデスナイトとやらは、かつてお前が言っていたアンデッドではないか?」

 

 ジルクニフの問いに、フールーダは青い顔で答えた。

 

「は、はい。かのアンデッドこそ、英雄級の白兵能力を持ち、更にはその剣によって殺害されたものをアンデッドを生み出すアンデッドなどという恐るべき存在に変えてしまう、伝説級のアンデッドでございます。そいつが現れたなど……信じられませぬ。もしや、見間違いやも……」

「恐れながら」

 

 いまだ信じられぬと頭を振るフールーダに対し、その高弟は答えた。

 

「『銀糸鳥』と共に行き、帰って来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)は帝国魔法院の奥底で、かのアンデッドを実際に目にした事のある者でございます。見間違えるという可能性は低いかと」

 

 うむむ、と老魔術師はうなった。

 

「信じがたいが、デスナイトが現れたというのなら、いかにアダマンタイト級冒険者とて不覚を取ってもおかしくはないな。陛下、これは一大事かと思われます。それこそ、ビーストマンの襲撃にも匹敵するほどの。一刻も早く、そのデスナイトの所在を調べ、帝国魔法院総出で対処せねば大変な事になるでしょう」

「それほどか……」

 

 そのデスナイトの恐ろしさを体感していないジルクニフとしては、話として聞かされても、それがどれほどの脅威であるのかはいまいちよく分かっていない。だが、帝国の守護神たるこの老魔術師がそこまで言うのならば、そうなのだろうという思いであった。

 

 

 しかし、そのフールーダへ、彼の高弟はさらなる爆弾を投げつけた。

 

「フ、フールーダ様……」

「どうした?」

「実は、その返ってきた者達から、ある報告を受けました。……そのデスナイトに関してですが……」

「なんだ? 早く言うがよい」

「はい。そのデスナイトですが……ま、魔法を使ったというのです」

「な、なんだと!?」

 

 その驚愕の声は、先ほどのものと一言一句同じながらも、先のものをはるかに上回る大きさであった。

 

 

 デスナイトの戦闘能力は圧倒的である。その恐るべき剣技は英雄に足を踏み入れたものでもなければ、太刀打ちすら出来ない。おそらく、あの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフをして、ようやく同じ土俵に立てるといったところか。それに加えて、アンデッド特有の疲労がないという特性もある。まさに白兵能力に関しては、死角もない。

 

 そんなデスナイトであるが、たった一つ、ある致命的な弱点がある。

 それは遠距離攻撃能力がないという事である。

 

 いかに素早く、重く剣を振るおうとも、その刃の届かぬ位置から攻撃を仕掛ければ良いのだ。もちろん、その恐るべき耐久力を削りきるのは容易ではないが、それは決して不可能ではない。

 だからこそ、フールーダはそのデスナイトの話を聞き、すぐさま倒そうとしたのである。

 魔法による飛行状態から、攻撃魔法で爆撃が出来るフールーダ並びに帝国魔法院の魔法詠唱者(マジック・キャスター)達は、デスナイト相手には圧倒的に優位に立てる。

 しかし、そのデスナイトが魔法による遠距離攻撃まで使いこなしたとなると……。

 

「ば、馬鹿な……。そんなものをいったいどうやって倒せばいいというのだ……」

 

 フールーダは呆然としてつぶやく。

 200年以上を生き、貪欲に蓄えた知識の中にも、魔法を使うデスナイトなどという異常な存在は記録にも伝承にも欠片すらもなかった。

 

 

 伝説の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の放心したような様子に、室内は水を打ったように静まり返った。

 

 

 

 やがて皆の耳にくぐもった笑い声が届いた。

 

 その声の主に目を向けると、彼はうつむいていた顔をあげ、背もたれにグンとその背を預けると、高らかに笑いをあげた。

 

「ははは! 随分と急いだものだな!」

 

 ジルクニフは傍らの象牙の杯を呷った。

 それを満たしていたのは度数の高い蒸留酒。

 喉を焼く感覚など、気にも留めずに彼は言葉をつづける。

 

「ほんの昨日、帝都には『銀糸鳥』に『漣八連』というアダマンタイト級冒険者がいるから、『蒼の薔薇』を呼ぶ必要はないといったばかりだぞ。その日のうちに両チームとも仕留めるか。実に仕事が早いな!」

 

 皇帝の言葉に、今回の一件は一体どういうことなのか、その場にいた皆は真相を悟った。

 

「まさか、『漆黒』が……」

「奴らとつながっている者の仕業に間違いあるまい。くくく……伝説のアンデッド、それも爺すら聞いたことがないほどの存在だと? それを操る者……はてさて、一体想像も出来んな。本当に邪神その者かもしれんぞ。そんな奴とつながりがある『漆黒』……。ははは、案外モモンのあの兜の奥は肉も皮もない骨だけのアンデッドかもしれんな」

 

 もはやヤケクソのように笑う自らの主に、バジウッドが硬い声で言う。

 

「陛下……こうなりゃ、被害がどうのと言ってられませんぜ。『漆黒』をひっつかまえましょう。そして洗いざらい吐かせましょう」

 

 そんな彼にジルクニフは冷たい目を向けた。

 

「捕まえる、か? 証拠はあるのか?」

「証拠なんざ、いくらでもでっち上げられるでしょう」

「ああ、そうだ。証拠の有無など問題ではない」

 

 そう言いつつもジルクニフはかぶりを振った。

 

「今、帝国はビーストマンの脅威にさらされている。誰もが、あの獣人の襲撃に恐怖している。そして『漆黒』モモンはこの帝都に現れ、民衆を襲ったビーストマンを彼らの目の前で退治したのだ。それも2度もな。そんな奴を被害を出してまで捕まえ、こういう罪がある悪い奴だったんだと後から説明して、民衆は納得するのか?」

 

 その言葉には二の句が継げない。

 強権的な権力を持つジルクニフではあるが、民衆からの支持というのも、けっして無視は出来ないものである。

 彼は『鮮血帝』とまで呼ばれるほどの粛清を行ったのだが、その対象はあくまで貴族に限られていた。自分たちを苦しめる貴族を処断し、そして自分たちの生活を良くしてくれたから、民衆は彼を支持するのだ。

 そんな彼が、今回のビーストマンの襲撃には後手後手に回っている。そんなとき、よりにもよってこの帝都がビーストマンの襲撃に遭い、そこへ偶々やって来たアダマンタイト級冒険者が、普段から頼りにしている帝国騎士団より先に退治したのだ。すでに帝都の民衆の間で、『漆黒』の名は英雄として広まっている。

 そんな人間を街中で、はっきりとした証拠もなしに捕まえることは出来なかった。

 

 

 誰もが苦渋に満ちた表情を浮かべる中、誰かがぽつりとつぶやいた。

 

「しかし、『銀糸鳥』や『漣八連』の抹殺が『漆黒』の意図するものだとしたら、奴らの目的は何なのでしょう?」

 

 最大の問題はそれだ。

 本当に、モモンが関係しているとするのならば、一体その狙いは何なのだろうか?

 

 

 

「……死の螺旋……」

 

 フールーダがつぶやいた。

 老魔術師に視線が集まる。

 

「死の螺旋をするつもりなのかもしれませんな。今度はこの帝国で。それも大々的に」

 

 

 言われて、思い返した。

 『漆黒』モモンが提案したビーストマン殲滅の策。

 すなわち、バラバラに散らばっているビーストマンたちを一つ所に集めて殲滅する。そして、そのビーストマン達を包囲、誘導した地域ではそこに暮らす多数の領民たちが犠牲となる事が予想されている。

 

「大量の人間、そして人間よりも強靭なビーストマン達の死によって、かの邪法を行うつもりなのかもしれん」

「お言葉ながら、フールーダ様」

 

 高弟の1人が言葉を返す。

 

「たしかエ・ランテルでズーラーノーンと思しきものが死の螺旋を執り行った際、『漆黒』はむしろそれを解決した側ではないですか?」

「たしかにそうだ。しかし――」

 

 一拍置いてから、彼はつづけた。

 

「しかし、それはすでに死の螺旋による目的を果たした後でのことだったのではないか? 目的は達成した。その後始末をしただけではないだろうか?」

「目的……死の螺旋を行ってまで達成した目的とは?」

「分からぬか? エ・ランテルで現れたとされ、またたった今の報告でもあった存在が」

「……あっ!」

 

 彼は思い当たった答えに身をわななかせた。

 

「ま、まさか……デスナイト! エ・ランテルで行われた死の螺旋は、現れたデスナイトを支配する事が目的だったという事ですか!?」

 

 フールーダは首肯した。

 

「私も詳しくは知りえぬのだが、スレイン法国では特殊な儀式を行う事で、本来は余人に使えぬはずの高位魔法の使用を可能にするという。溢れ出たアンデッドにより当時、あの町でどのような事が行われていたか、全容を知ることはいまだに出来ぬ。これは完全に私の推測でしかないのだが、エ・ランテルを死都としたことで集めた大量の負のエネルギーを利用して、現れたデスナイトを支配下に置いた。そして、それを成したのちに、『漆黒』がすべてを解決した(てい)をとったのやもしれん」

 

 言葉もない一同。

 そんな中でフールーダはさらに言葉をつづける。

 

「そう考えたとき、『漆黒』モモンが『蒼の薔薇』を帝国に呼び寄せるよう提案したのも説明がつく。『銀糸鳥』や『漣八連』を殺してまでな。おそらく、より強大な魔法の行使、もしくはアンデッドの支配や召喚を行うのに、生贄が欲しいのかもしれん。『蒼の薔薇』のリーダー、アインドラは蘇生魔法を使いこなせるほどの神官だと聞く。生贄にはもってこいだろう」

 

 

 再び、静まり返る室内。

 

 ジルクニフは傍らに立つ者に、空になった酒杯を差し出した。

 近くにいた者は慌てて酒を注ぐ。

 それを再度、一息に飲み干し、ジルクニフは命じた。

 

「至急、冒険者組合に連絡を取れ。そしてリ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼに伝令を送れ。『蒼の薔薇』をこちらに送ってくれるようにとな。報酬は全て帝国持ちだ。それと、騎士団に連絡を。モモンが言っていた策、ビーストマンの包囲殲滅の準備だ」

「よ、よろしいのですか?」

 

 慌てて聞き返すニンブル。

 

 それに対し、ジルクニフは視線も合わせず、虚空に向けて憎しみのこもった瞳を投げかけた。

 あたかもそこに、殺しても殺したりない仇敵がいるかのように。

 

「奴の策に乗る。だが、途中までだ」

 

 優美な装飾の施された酒杯を机に叩きつけた。

 

「街中では人目につく。だから、奴の提案通り、ビーストマンの包囲の為として軍を動かす。そこで仕留める。荒野ならば被害も人目も恐れず戦える。『蒼の薔薇』が帝国に来たのならば、『漆黒』がアンデッドたちとつながっていて、彼女らも危険にさらされる恐れが高い事を伝え、『漆黒』討伐に協力してもらってもいいだろう」

 

 

 砕けた酒杯により手の平から滴り続ける血にすら構うことなく、ジルクニフは力強く立ち上がった。

 

 

「いいな、お前ら! 『漆黒』モモンを捕らえ、帝国に害をなそうとしたものを洗いざらい吐かせろ! 総力を持って、帝国に害を与えた黒幕、そいつを叩き潰す!!」

 

 




 気の向くままに書いていたら、思ったより長くなり、『蒼の薔薇』登場まで行けませんでした。
 次回は短くなるかもしれません。

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