オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 次は短くなるかもといったな。
 あれは嘘だ。(2回目)

 おかしい。数千字程度にしかならないと思ったのに。


2016/11/17 「言ってる」→「行ってる」、「高見」→「高み」、「帝都」→「王都」、「~来た」→「~きた」、「例え」→「たとえ」、「収める」→「治める」、「座り」→「据わり」 訂正しました



第63話 蒼の薔薇

 太陽は頭上高くにあり、そこから燦燦とした光と熱を地上に注いでいる。

 雲一つないとは言えないが、それでも暗色の混じらぬ白雲が浮かぶ青い空を見上げると、人はさわやかな気分になる。

 

 そんな心地よい日差しの下、帝都から数時間ほど離れた軍の駐屯地である砦内には活気があふれていた。

 普段ならば、厳格な規律と命令に支配されているはずのこの砦であるが、ここ数日はにぎやか、且つ雑然とした空気に満たされていた。

 騎士達が普段、訓練の為に集うその練兵場を歩いているのは、帝国の紋章が刻まれた鎧を身に着けた者たちではない。皆、一貫性のない思い思いの装備、しかしそれは見せかけだけではなく実戦で使いこまれたものと一目で知れるような武装に身を包んだ者達。

 

 そんな彼らには一つの共通点があった。

 それは、その胸元に下げられたプレート。人によって、多種多様な輝きを放ちながらも、どれも似かよったデザインの代物。

 

 

 彼らは冒険者であった。

 

 

 

 帝国は遂に、国内に跳梁(ちょうりょう)するビーストマンの組織的な討伐を決定した。

 それは帝国の騎士団並びに帝国魔法院の魔法詠唱者(マジック・キャスター)達だけではなく、同国において活動する冒険者たちも多数動員して行う大々的なものであった。

 

 今、この駐屯地には3桁を超える冒険者たちが集まっていた。

 参加した冒険者たちは強制的に動員されたものではない。ちゃんと帝国から多額の報酬を約束した依頼が出され、それを自らの意思で受けた者達である。

 各々、武器の手入れを行い、装備の確認をし、広大な敷地でトレーニングを行うなどして過ごしていた。中には多少の酒精で喉を潤している者もいたが。

 

 

 現在、この軍の駐屯地に多数の冒険者たちが待機しているのは、ビーストマン討伐の実施に当たり、別の場所で編成を行った帝国軍との合流をこの地において果たすためである。

 

 本来、この砦こそ帝国軍の駐屯地にして練兵場であるため、軍の編成もここで行ってしまえば早いのではあるが、そこには少々事情があった。

 

 

 今、帝国の民衆は突如、自分たちの身に降りかかったビーストマンの襲撃という災厄に怯えている。

 そんな彼らに対し、帝国としての威を見せてやらなければならない。自分たちの国はこんなにも強大な力を有しており、何も心配することは無いのだと示し、安心させてやらなければならない。

 

 そのため、今回討伐に参加する帝国の騎士団は一度、帝都の中にある軍施設において編成を済ませ、そこから大々的に民衆の前を行進して帝都を出立し、そしてこの駐屯地へと立ち寄る予定になっていた。

 そういう訳で、今現在、この駐屯地にいる騎士たちはこの砦の防御、保守を行う最低限の者達しかおらず、人数で言えば帝都からやって来た冒険者たちの方が多い状態となっている。

 

 

 

 そんな戦いにおもむく前特有の高揚感に包まれている彼らの目が、広場を歩く一団へと向けられた。

 

 

 まず目を引くのは、巨大な体躯の魔獣。

 もし襲い掛かってきたら、今、この場にいる全員が力を合わせても、討伐はおろか追い払う事すら難しいような見るからに恐るべき魔獣であるが、そいつは実に大人しく先を歩く者達の背後に控えている。

 その魔獣の前にいるのは、目を見張るような美しい女。燃えるような赤い髪に健康的な褐色の肌の神官。

 そして、やはり皆の注目を一番に集めているのは、その彼女の前。先頭を歩く人物。

 異名の通り、漆黒に輝く全身鎧(フルプレート)を身に纏い、背中には大の大人でも両手で扱うのが難しいような両手剣(グレートソード)を2本背負っている。目にも鮮やかな深紅のマントは風になびき、その動きは身に着けている全身鎧(フルプレート)の重量すらも感じさせぬような軽々としたもの。

 誰もがその凛々しさ、力強さに息をのんだ。

 そして、その首元に(きら)めくのは、冒険者の憧れにして人類の守護者たる証。アダマンタイトのプレート。

 

 

 彼らこそがアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』であった。

 

 

 

 帝都を拠点とするアダマンタイト級冒険者チーム、『銀糸鳥』と『漣八連』が壊滅したという噂は、すでに彼らの間に広まっていた。たとえ、緘口令(かんこうれい)を敷こうとも、蛇の道は蛇。冒険者たちはあらゆる手段手管で情報を仕入れていた。

 さすがにアンデッドの軍勢と戦い、命を落としたことまでは知りはしなかったが、アダマンタイト級冒険者チームがビーストマン討伐におもむき、そして両チームとも死亡したという話は彼らを意気消沈させた。帝国からの脱出を計画する者達も少なからずいた。

 

 そんな時、代わりに帝都に現れたアダマンタイト級冒険者チーム。

 

 その堂々たる振る舞いに、誰もが勇気づけられた。

 すでに幾度か、ビーストマンの群れと対峙したが、彼らは荒波のように襲いくる獣人たちを、まさに鎧袖一触(がいしゅういっしょく)に蹴散らした。

 その勇猛無双(ゆうもうむそう)ぶりを目の当たりにし、彼らがいれば、この国家レベルの大難事すら退けられると誰もが希望を胸に抱いていた。

 

 

 

 そんな彼ら『漆黒』が歩く、その先。

 そちらからどよめきが起きた。

 

 見ると、広場に集まり『漆黒』を遠巻きに見ていた冒険者たち、彼らの人波が二つに割れ、そこに出来た道を一組の者達が歩いてくる。

 

 

 その一団はすべて女性であった。

 美しい鎧に身を包んでいる者、動きやすい装備に身を包んだ者、巨躯の者、小柄な者。

 だが、その首に下げられた冒険者を示すプレート。それは『漆黒』が下げているものと同じ輝きを放つ金属で出来ている。

 

 

 

 衆目の中、二組のアダマンタイト級冒険者チームが対峙する。

 

 どちらも、お互いを値踏みするように視線を絡ませる。

 女性側の1人はピコピコと手を振っていた。

 

 

 そして、伝説として語られる鎧『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』に身を包み、有名な『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』を周囲に浮かばせた美しい金髪の女性が先に挨拶をした。

 

「初めまして『漆黒』モモンさんにルプーさん。私たちは『蒼の薔薇』です」

 

 

 

「『蒼の薔薇』……」

 

 

 誰かのつぶやきが、冒険者たちの間にさざ波のように広がっていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 時をさかのぼること数日前。

 

 彼女たちの姿は、帝都アーウィンタールを遠く離れた隣国の王都リ・エスティーゼにあった。

 

 

「どうしたんだ? 急に招集なんてしてよ?」

 

 戦闘の危険がある訳でもなく、彼女らの定宿での集まりであるため、ガガーランはその上半身に鎧を身に着けておらず、白のタンクトップ一枚という姿であり、その逞しい肉体を惜しげもなく晒していた。肉の厚みに内側から押し出され、血管はその表面に浮き出ており、またその筋肉は筋の一本一本に至るまで、まるで巌から削りだした彫刻であるかごときものであった。

 そんな彼女は、日課のトレーニングの最中だったらしい。その金剛石より硬いかと思われる肉を包む肌の上には、まだ汗の粒が浮いており、彼女はそれを布きれで拭った。

 それに対し、向かいの席に腰かけるラキュースは簡素ながら、仕立てのよく動きやすい乗馬服を身に着けており、涼しい顔をしていた。

 そして、彼女は同席している者達を見回した。

 

「依頼よ。それも緊急のね」

 

 そう彼女は『蒼の薔薇』のメンバー全員に告げた。

 

 

 ティアとティナはいつもの飄々とした様子でジュースをすすり、イビルアイもまた仮面をつけたまま、身じろぎもせずに椅子の上に座っている。

 皆、言葉の続きを待っている。

 そして、ラキュースは僅かにブランデーを混ぜた紅茶を一口飲むと続けた。

 

「依頼主はバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。依頼内容は現在、帝国を襲っているビーストマン等の亜人を退治すること」

 

 

 その言葉には、さすがの皆も呆気にとられた。

 ガガーランにティア、ティナ、3者ともあんぐりと口を開けている。イビルアイもおそらくその仮面の下で驚きに表情を変えている事だろう。

 

 

 彼女らが驚愕から立ち直るまで、ラキュースがさらに紅茶を三口飲むほどの時間がかかった。

 

 

「おいおいおい」

 

 ガガーランが言う。

 

「なんだよ、そりゃ? 依頼主が皇帝? しかも、帝国がビーストマンに襲われてる?」

「あり得ないな」

 

 イビルアイがつぶやくように言う。

 

「ビーストマンの生息地は帝国から、険しい山々やカッツェ平野などを挟んだ竜王国のその更に奥だ。竜王国はしょっちゅうビーストマンの襲撃を受けているが、あそこはまだ健在なはず。とてもではないがそういった人間の国や自然の要害を抜けて、バハルス帝国まで襲いかかるとは思えん」

「だよなあ。まあ、大規模侵攻じゃなくて、はぐれものが迷い込んだって可能性もあるけどよ。それにしても、なんで王都にいる俺たちなんだ? 帝国にもアダマンタイト級冒険者はいるはずだろ?」

「『銀糸鳥』と『漣八連』というのがいたはずだな。まあ、彼らは両チームとも少し特殊な編成をしていて、直接的な戦闘能力はアダマンタイト級と呼ばれるには少々疑問が残る程だというが。それでも実力は折り紙付きなはずだ」

「ならなんでだ?」

「知るか」

 

 にべもなく切り捨てるイビルアイ。

 

「もしかして、罠かな?」

「王国の私たちを誘い出して始末する?」

 

 2人の言葉にガガーランは、うーんと呻る。

 それに対し、「まあ、落ち着け」とイビルアイが声をかけた。

 

「でもよお。依頼だからってわざわざ帝国くんだりまでのこのこ行って、着いてみたら剣と槍でお出迎えってのは勘弁してほしいぜ」

「それはまったくだがな。しかし判断はすべての話を聞いてからだ」

 

 ちらりと仮面の奥の瞳を、言葉を投げかけた後、会話に加わらずにいた彼女らのリーダーに向ける。

 

「ラキュース。詳しい話を頼む。冒険者組合で聞いてきたんだろう?」

 

 その言葉に、彼女は半分ほど中身の残ったティーカップを皿の上に置き、話し始めた。

 

「まず、帝国がビーストマンに襲われているという話。これは本当らしいわ。そしてその被害規模も帝国全土に及んでいる」

「確かか?」

「帝都の冒険者組合長の署名入り手紙も添えられてあったわ。ついでに皇帝自らの書状もね」

「皇帝が帝都の冒険者組合長を脅迫した可能性は?」

「絶対という訳ではないけれども、ほぼないと言い切っていいわね。冒険者組合はあくまで国と国との事に関わらず、独立した組織よ。そんな組織を脅しでもしたら、すぐにその噂は広まって、国中の冒険者が他国に拠点を移すわ。帝国では騎士達が怪物(モンスター)退治を行っているから、冒険者の重要性が減っているとはいえ、今の段階で冒険者にいなくなられては困るはずよ」

「ふむ」

 

 イビルアイは黙考する。

 

「でも、帝国がそんな被害に遭ってるなんて聞いたこともない」

「うん。私たちの耳にも入ってきてない」

 

 首をひねるティアとティナの2人。

 

「帝国にビーストマン達が出現したのは半月くらい前の事らしいわ」

「それなら、情報がまだ届いていなくても仕方ないけど、じゃあ私たちへの依頼はどうやって届いたの?」

「皇帝のいる帝都からこの王都まで、だいたい一月くらいはかかるはず」

「〈飛行(フライ)〉を使える魔法詠唱者(マジック・キャスター)を使って最速で届けられたみたいよ。ちなみに私たちが帝国に行く際も、彼らが運んでくれるって事だから数日で行けるわ」

 

 ラキュースの言葉に、ほうと声が上がる。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)を使った輸送か。それも帝国の国内だけではなく、王国でもそれを可能にするとはな。それも、ろくに交渉する時間もなかったろうに、そんな事を認めさせる……。いやはや、一体どれだけの金をつぎ込んだのやら」

「まあ、想像するだけでも気が遠くなりそうなほどね。ちなみに私たちの報酬もよ」

 

 そうして口に出された今回の報酬額に、彼女らは再度唖然とさせられた。

 その金額は、けっして安くはないどころか、それこそ目が飛び出るほど高額なアダマンタイト級冒険者への依頼額としても、普段より桁が一つ違う程であった。

 

 当然、疑問もわく。

 

「なんで、そんな大金を湯水のようにばらまいてまで、俺たちを呼ぶんだ?」

「ああ。先ほども言ったが、わざわざ隣国から我らを呼び寄せずとも、向こうにもアダマンタイト級冒険者チームが複数あるはずだが」

「もしや、超絶美女が私を呼んでいる?」

「もしや、超絶美少年が私を呼んでいるのでは?」

 

 そんな彼女らの疑念に、ラキュースはすでに知らされていた理由を話した。

 

「先ず、理由の一つは今回、遠隔地にいる私たちに指名があったのは、帝都を訪れていたエ・ランテルのアダマンタイト級冒険者チーム、『漆黒』からの推薦があったからだと聞くわ」

 

 その答えに、エ・ランテルにおもむき調査をしていたティアから聞いた話を一同、頭の中に思い浮かべた。

 

「おお! つまり、マイ嫁が私を呼んでいる!?」

 

 ティアの脳内に、かつて行動を共にした事もある、あの『漆黒』の一員、女神官ルプーの姿が甦ってきた。他に類する者などいないと言いきっていいほど美しかったあの赤毛の美女の姿を思い返し、また彼女に会えるとその場で小躍りした。

 対して、美少年の線が消えたティナは、瞬く間にやる気をなくしていた。

 

「そーなんだー。でも、なんでエ・ランテルにいた『漆黒』が帝都に行ってる? それに、たとえ『漆黒』が私たちを推薦しても、どうして皇帝が大金を払ってでも、私たちを呼び寄せる? それも大急ぎで」

 

 やや投げやりな感はあるが、そんな疑問の言葉を口にするティナ。

 彼女と同じ顔であるティアは、「それはこの私に今すぐ会いたいと思う彼女が帝国にねじ込んだからだろう、常考」と、実に理不尽にモンゴリアンチョップを食らわせ黙らせた。

 

 

 そんなやり取りを横目にラキュースは言葉をつづける。

 

「ええ、もちろん。それ以外にも理由はあるわ。……これはまだ極秘にしてほしいんだけどね」

 

 そういって、声を潜める。

 

「実は……帝国のアダマンタイト級冒険者『銀糸鳥』に『漣八連』。どちらも全滅したらしいわ」

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 …………………………………………。

 

 

「「「「はあぁぁっ!?」」」」

 

 

 異口同音に驚愕の声を発する。

 幸い、重要な会議であるため自分たちの会話が他者に聞こえないよう、あらかじめイビルアイにアイテムを使ってもらっていたからいいものの、下手をしたら、とんでもない国家レベルの情報が漏れてしまうところだった。

 

「おい! それは本当なのか!?」

「死体は見つかっていないらしいけど、向こうの冒険者組合長の手紙、そして皇帝直々の手紙を見た分には本当ね。その手紙自体が偽造だとか、組合長が嘘を書かされたとかでもない限りはね」

「一体、どういうことなんだ? そいつらが死んだのも、ビーストマンの襲撃に関連しているのか?」

「関連といえば、関連しているかもしれないわね。彼らはビーストマン退治のために帝国騎士団と行動を共にしていた。その際、現れたアンデッドとの戦闘によって死亡したらしいわ」

「アンデッド? それは一体どんな奴だ?」

「これも伝聞らしいんだけどね。スケルトンや死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、そして見たこともない包帯に包まれたアンデッド、そして――デスナイトらしいわ」

「ぬう……」

 

 唸り声をもらすイビルアイ。

 

「なるほど……アレが相手ならば、そのような事もあるだろうな。デスナイトはアダマンタイト級冒険者チーム1つでようやく抑え込めるかという程度のアンデッドだ。何らかの不確定要素が混じれば、不覚を取ってもおかしくはない」

「それなんだけどね。何やらただの――そのデスナイトとかいうのではないらしいの」

「ん? どういうことだ?」

「そいつなんだけどね。なんでも、魔法を使ったらしいのよ」

「なにっ?」

 

 思わず、彼女は声をあげてしまった。

 

「な、なんだ? その魔法を使うデスナイトというのは?」

「イビルアイも、そういう存在は知らない?」

「聞いたこともないぞ。信じられん。あの白兵能力に優れた化け物が、魔法まで使うとは……。本当にそのデスナイトが使ったのか? デスナイトの他、別のアンデッドなり怪物(モンスター)がいたなどではなくか?」

「そこまでは分からないわね。その辺も含めて、話を聞きたいってことらしいわ。なんでもビーストマンの襲撃が起こるちょっと前なんだけど、帝国で――鎮圧はしたものの――ズーラーノーンらしき組織が邪悪な儀式を行った結果、強大な魔術を使う正体不明の『邪神』が現れたともあるし」

「なんだ、『邪神』とは? それに強大な魔術とはどれだけのものだ?」

「はっきりとは不明だけど第8位階の可能性もあるとか」

「だ、第8位階……だと?」

 

 もはや驚くどころか、あきれたような口調のイビルアイ。

 

「……それも、その皇帝からの手紙にあったのか?」

「ええ。あと、その邪教組織殲滅の時に、謎の女魔法使いとも交戦したとあるわ。あの帝国の主席魔法使いフールーダ・パラダイン含む帝国魔法院、帝国騎士団達を以てしても、たった一人を仕留めきれなかったとか」

「……なるほど。たしかに、一国の手に余るな。なりふり構っていられないというのもよく分かる」

 

 そこでガガーランがさすがに口を挟んできた。

 

「いや、ちょっと待てよ。第8位階なんてそんなもの使える奴なんているのかよ?」

「さて? (いにしえ)の昔の八欲王は使えたと聞くな。今使える者がいるかは知らん」

「お前、信じるのか?」

「正直な話、いささか判断に困るというのが本音だな。しかし、否定も出来ん。普通ならば、馬鹿な話をと笑い飛ばすところだが、……それを送ってきたのは他国の皇帝だぞ。それもあの鮮血帝だ。我々を罠にかけたいのならば、もっとまともな嘘をつく」

 

 

 その言葉には誰もが黙り込んでしまった。

 実にもっともすぎる理屈だ。

 そんな中、イビルアイは幾度も首をひねり考えていたが、ふっと顔をあげた。

 

「デスナイトか……そう言えば、カルネ村に現れたというアインズ・ウール・ゴウンの方はどうなっている? 何か分かったか?」

 

 その言葉に、皆、ハタと以前聞いた話を思い出した。

 

 かつてカルネ村に現れ、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと共に、法国の陽光聖典を倒したというアインズ・ウール・ゴウンなる謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 彼はデスナイトを召喚してみせたという。

 それも7体も。

 

 

 だが、その質問にラキュースはかぶりを振った。

 

「だめね。その後、まったくといって動向の情報は入ってこないわ。ティアが集めた情報が全てね」

 

 

 

 ティアはその魔法詠唱者(マジック・キャスター)に関する情報収集などの任務を帯びて、しばらくの間、単身エ・ランテル方面へとおもむいていた。そして、すこし前にようやく帰ってきたばかりである。

 『蒼の薔薇』の他の面々、特にイビルアイは秘かに侵入しようとしたシャドウデーモンへの対処と警戒のため、王都を離れられなかったからだ。

 

 

 そうして、ティアが集めてきた情報であるが、それは時間的な制約などもあり、断片的なものでしかなかった。

 

 まずアインズ・ウール・ゴウンに関しての情報は無し。カルネ村にも行ってみたが、ガゼフが語った以上の情報はほとんどなかった。せいぜいがその後も時折、使者を通じてカルネ村の運営に関与している、村人には好意的であり、彼らの生存と村の発展の為に力を貸しているというのが分かった程度である。

 エ・ランテルに現れた『漆黒』モモンについては、その素顔すら分からずじまい。しかしティアが見たところ、モモンの戦士としての力量は確かなものであり、またその動作および身のこなしから、疑念が持たれていたモモン=アルベドの可能性はとても低いとされた。

 ダークエルフに関しては、ズーラーノーンの手によるものであるらしかった。ただ、これはモモンが見つけてきた手記にあった記述以上の証拠もない。

 唯一、手掛かりとなりそうなものは、アインズ・ウール・ゴウンと共にいたベルらしき人物が、エ・ランテルにおいて急激に勢力を伸ばしていたギラード商会に関与しているらしいというものであった。八本指を抜けて、ギラード商会に身を移したマルムヴィストらしき人物と共にいたことから、それはほぼ確実と思われた。そして、彼女の知性も、とてもではないが外見通りの年齢に見合ったものとは考えにくいというのがティアの判断であった。

 

 しかし、彼女がエ・ランテルにおもむいていた期間、一人で調べがついたのは、この程度。

 その後、エ・ランテル近郊の、ズーラーノーンの拠点たる迷宮探索におもむいた際、同行していた『天武』のエルヤーというワーカーによって深手を負ってしまい、治療はしたもののそれ以上の調査は出来なくなり、王都への帰還を余儀なくされた。

 あまり長い事、『蒼の薔薇』のメンバーが別行動し続けるというに限界が来ていた事もある。

 

 そしてティアが王都に帰り、フルメンバーとなった『蒼の薔薇』は、その間に溜まっていた依頼を片づけるのに忙殺された。

 

 そうして一月ばかり経ち、あらかた依頼を済ませて、ようやく余裕が出来てきたため、あらためて情報収集を再開しようかと話していた矢先の今回の依頼であったのだ。

 

 

 

「もしかして、その帝国でのズーラーノーンの儀式で呼び出された『邪神』ってえのがアインズ・ウール・ゴウンだったりしてな。そんで呼ばれた後にカルネ村に行ったとか」

 

 冗談めかして言うガガーラン。

 

「うーん。帝国からの書状には、その『邪神』が現れた邪悪な儀式がいつ行われたのかは書いてなかったのよね。しばらく前としか。ただ、ニュアンス的にそれほど前の事じゃないみたいだから、帝国での儀式が原因で現れた『邪神』がカルネ村にやって来た可能性は低いと思うわ」

「やれやれ、別口かねぇ。じゃあ、訳の分からねえ、とんでもない奴らが急にポコポコ現れ出したってのかい? それも最近になって。どうなってんだか」

 

 苦笑するより他にない。

 確かに噂レベルのものも多数あるが、ここ最近聞こえてくる話は信じがたいものが多い。

 

 カルネ村に現れたというアインズ・ウール・ゴウン。彼と共にいた、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと互角に戦う少女ベル。伝説クラスのアンデッド、デスナイト。アインズ・ウール・ゴウンとの繋がりを推測されるアダマンタイト級冒険者『漆黒』。強大な魔法を使う、謎のダークエルフの少年少女。最近になって活動が活発となったズーラーノーン。フールーダや帝国騎士団らと渡り合うような女魔法使い。そして第8位階魔法を使う『邪神』……。

 

 何故、こんなにも突然、これまで伝説でしか聞くことのなかったような奇妙な存在が表に出てきたのか?

 一同、困ったものだと嘆息した。

 だが、その中でただ一人、仮面の吸血鬼だけは脳裏に引っ掛かるものがあった。

 そして、雷光のように閃いた。

 それは200年来の知り合いであり、彼女をして頭が上がらない存在である老婆から聞かされた話。

 

「突然現れた強大な存在達……。第8位階を使う存在……。第8位階魔法、人間では到底到達できぬ高み……確かにそれほどの魔法を使えるのならば、デスナイトをすら召喚できるやもしれん。……まさか……まさか、100年目か? あいつが言っていた……100年というやつか……? よもや本当に……いや、もし本当だったとしたら、おかしくはない……」

 

 急に黙り込んだかと思うと、その仮面の下でぶつぶつとつぶやきだしたイビルアイ。そんな姿を仲間たちは不審げに見つめていた。

 

 

 

 パンパンと手を打つ音が響く。

 皆がラキュースの方に目を向ける。

 

「いくら考えても、これ以上は想像の範疇を出ないわね。とりあえず、この依頼を受けるかどうかを考えましょう? 向こうは急いでいるみたいだから、断るなら断るで返事だけでも、急がなきゃならないしね」

 

 ガガーランはがっしりと腕を組んで、考え込む。

 

「問題は場所が帝国って事だよなぁ」

「ええ、行きは魔法で運んでくれるらしいから数日で向こうに辿り着けるけど、帰りもそれをやってくれるかは分からないわね」

「とすると一月以上、いや、そのビーストマン退治の進捗(しんちょく)によってはそれこそ、何か月も王都には戻れない可能性もあるな」

「まあ、あらかた依頼は片づけたから、今のところ取り立てて私たちじゃなきゃダメなような依頼はないけどね。それに今は王都におじさん達も帰ってきているし」

「……『朱の雫』か。まあ、そっちがいるなら、大丈夫かもな」

 

 思考の海から戻ってきたイビルアイが頷きつつ言った。

 

「例の王都に侵入しようとしてきたシャドウデーモンだが、結局あれ以来、影も形も見えん」

「はっ! 影の中に姿を隠せるシャドウデーモンだけに影も形も見えない」

「狙ったわけじゃないわ! まあ、とにかく、現状で私たちがこの王都にいなければならないというようなことは無いな」

「じゃあ、受ける?」

「……受けてもいいかもしれん。今、帝国には『漆黒』がいるのだろう? アインズ・ウール・ゴウンの調査もあるから、直接話を聞いてみてもいいかもしれん。あくまで、私一人だけになるが、転移で王都には戻れるしな。……ところで、帝国まで魔法で運ぶにしても、アゼルリシア山脈を直接越えるのではないだろう? どう行くのだ?」

「北に行って海越えはないでしょう。たぶん山脈の南側、エ・ランテル経由だと思うわ」

「なら、エ・ランテルでその何とかいう商会に関わっているというベルという少女に会えるか? 奴はほぼ確実にアインズ・ウール・ゴウンの関係者なのだろう?」

「うーん、でも冒険者組合を経由してきた帝国としては、とにかく急いで来てほしいという感じだったわ。宿の関係で、エ・ランテルには寄ると思うけど、そこで数日滞在とかはなさそうね」

 

 ちらりと先にエ・ランテルに行っていたティアに目を向ける。

 ぷるぷるとティアは首を振った。

 

「ギラード商会と渡りは取れるかもしれないけど、そこで上手くベルにまで会えるかは微妙。というか難しい」

 

 ティアとしてもエ・ランテルに滞在していた時、せっかく運よくベルという少女と接触したというのに、同席したアレックスという少年に邪魔された苦い経験から、再度、あの少年抜きで会いたいと八方手を尽くして画策したのである。だが、結局その後、一度も会えずじまいであった。

 今回の日程を考えるに、せいぜいエ・ランテルにとどまるのは一晩程度。その間にまた会えるかというと、幸運を祈る以外にないというのが本当のところであった。

 

 

「まあ、そちらはついでになるけどね。とにかくこの件、依頼として受けましょうか?」

「おけー」

 

 即座にティアは両親指を立てて賛成した。

 心はすでにルプーの事ばかりである。

 

「まあ、いいんじゃないか? とにかく、帝国の事とは言え、人間がビーストマンに襲われてるってんだろ」

 

 と、ガガーラン。

 

「そうだな。先ほども言ったが、『漆黒』モモンと直接話してみたい」

 

 イビルアイも賛同する。

 

 残るはティナだが、彼女は肩をすくめただけであった。つまり、賛成でも反対でもなく中立。

 

 自分を除いた4人のうち、3人が賛成、1人が中立。

 その結果にリーダーであるラキュースは決断した。

 

「ええ。じゃあ、この依頼を受けましょう。依頼主である帝国としてはとにかく一分一秒でも早くっていう事だから、皆、急いで準備して。1時間後に冒険者組合で集合しましょう」

「あのお姫様にはどうする?」

 

 わずかに考え込む。

 

「そうね。さすがに……これから直接伝えに行くのは難しいわね」

 

 ラナーがいるのは王宮である。当然、今のような服装でふらっと行ける場所ではない。

 一度邸に戻り、正装に着替えてから、王城へ行かねばならない。そして話した後は、また邸に戻って旅装に着替えて、という事をやっていたら、それこそ半日がかりになってしまう。

 

「うん。ラナーには手紙で知らせとくわ」

 

 そう言って、ラキュースは席を立った。

 なんだかんだ言って、準備に最も時間がかかるのは、冒険者の宿に泊まっているわけでもない彼女である。移動時間といい、ラナーへの手紙を書く時間といい、無駄に出来る時間はない。

 

 

 そして、その日の夕刻。

 ラナーがラキュースから送られた手紙を読んだ時、彼女らはすでに王都を発っていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 なんの飾りもなく、頑丈ではあるが粗末なテーブル上に、紅茶の入ったカップが置かれる。

 けっして高価なものではなく、香りたかくはないが、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 

 皆にお茶を出し終えた後、盆を脇の台に置き、赤毛の彼女は自らもティーカップの置かれたその前へと腰かけた。

 

 

 そうして、2組は視線を交えた。

 どちらも無言のまま、時が過ぎる。

 両者の間には、相変わらず奇妙な緊迫感が漂っていた。

 

 このいたたまれないような沈黙に耐え兼ね、ルプスレギナにお茶を入れさせたのだが、残念ながら、空気を変えることは出来なかったようだ。

 

 沈黙の中、室内にいる7人の中で1人だけ目の前に紅茶の入ったカップが置かれていない、モモンことアインズは、このお見合い状態を解消するにはどうすればいいかと必死で頭をひねっていた。

 

 

 ――と、とにかく、何かの話を振るべきだ。

 

 アインズは沈黙の中、先ず場を(なご)ませねばと考えた。

 何かいい話題はないかと思考を巡らせる。

 営業職としての経験からいって、もっとも無難なのは天気の話題である。時事ネタとなると、今はとにかくビーストマンの話題になってしまうため、雑談の域を超えてしまう。食べ物の話題は駄目だ。彼女らは王都から来たという事だから、王都の美味しい店や食べ物の話を聞くというのは本来、悪くない手なのだが、飲食が出来ないアインズはこの世界にどんな食べ物があって、どんな味がするのかが分からない。ずれた回答をしてしまい、更にしらけさせてしまう可能性もある。

 

 ――この場で提供するのに、最も適した話題は……。

 

 

 彼らのいる一室、窓にはガラスなどという高価なものは()められてはおらず、ただ木板がつっかえ棒で押し上げられていた。その為、がやがやといまだ興奮冷めやらぬ外の声がここまで届いていた。

 

 その内容を耳にしたアインズは、これが手っ取り早いと、先ほどの試合をネタにする事にした。

 

「いや、それにしても皆さんの戦い方は見事でしたね」

 

 

 

 外にいる冒険者たちが声を高くして談義している内容。

 それは先ほど、互いの実力を計るために行った模擬戦の事だった。

 

 

 『漆黒』モモンの大剣(グレートソード)二刀流。ルプーの素早く突進しては、また一瞬で距離をとる一撃離脱の戦術。ハムスケのその巨大な体格に見合わぬほど素早く、かつその巨大な体格に見合った力強い戦い方。

 そして、対するは『蒼の薔薇』のラキュースの『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』。ガガーランの膂力だけではない刺突戦槌(ピック)捌き。ティアとティナの蝶のように舞い蜂のように刺す、素早く華麗に死角をつく動き。 

 

 それらを目の当たりにした冒険者たちは、試合が終わった今もなお、熱気がいまだ冷めやらぬ様子で、彼ら『蒼の薔薇』と『漆黒』の戦いを語り合っていた。

 

 

 

 上手くいくかと息をのみながらの一言であったが、幸い、『蒼の薔薇』のガガーランがそれにのってきた。

 

「そりゃあ、お前さんらもな。一応、3対4だったのに、仕留めきれないとはなあ。ウチは一人減らしてたとはいえ、全員でやってても勝てたかどうか」

「いや、偶然ですよ、ガガーランさん」

「おいおい、そんな謙遜なんてすんなよ。それから、そんな喋り方なんて止めな。同じ冒険者だし、アダマンタイト級同士だろ。『さん』づけもいらねえって」

「む……? あー、そうだな。では、口調を崩させてもらうか」

「おう、そうしてくれや。それにしても、お前らって2人、あの魔獣を入れてもたった3人か。まあ、あれくらい実力があれば、そんな人数でもやっていけるか」

「ああ、なんとかな。しかし、先ほども言ったが、そちらの戦い方も見事だったな。各自、素晴らしい連携だった」

 

 ガガーランの気安い口調と何とか会話が続いたことに、上手くいったかと内心で胸を撫でおろし安堵しかけた所へ、別の者が口を挟んできた。

 

「やれやれ、それは皮肉か? 横から見ていたが、お前は全力を発揮してなどいなかっただろう?」

 

 話しかけてきた仮面をつけた魔法詠唱者(マジック・キャスター)に、視線を巡らせる。

 

「本当の命を懸けた戦いではないからな。余力はこの後のビーストマン退治にとっておくべきだろう」

「たしかにそうだな。しかし、これから自分の背を預けて戦うのだ。もう少し、互いの事を知っておくべきではないかな?」

「もっともだ。私もあなたの実力が知りたいな、イビルアイさ――イビルアイ」

 

 

 先の試合であるが、イビルアイだけは参加していなかったのだ。あくまで本当の戦いではなく模擬戦であり、魔法を使う訳にもいかないため、魔法詠唱者(マジック・キャスター)という事になっている彼女は戦闘には参加していなかったのだ。

 その為、彼女だけはその実力を見せぬままとなっていた。

 

 発した言葉を逆に自分に返された形となり、イビルアイはアインズの顔をじっと見据えた。

 

「私は魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのでな。下手に魔法を使って、魔力を消費するのは拙いであろう。まあ、さすがに今日のうちに、そのまま出撃して戦闘にはならんとは思うが、用心にな」

「とりあえず、どれくらいの魔法が使えるんだ?」

「まあ、それなりだな?」

「それなりとは?」

「アダマンタイト級にふさわしいくらいだな。なぜ、そんなにも気にする?」

「あなたが言った事ではなかったかな? 『これから背を預けて戦うのだ。もう少し、互いの事を知っておくべきではないかな』、と」

 

 一触即発とまではいかないが、腹を探り合うような会話をつづける2人。

 

 

 正直、アインズとしては、何故、こんなにもピリピリとした空気が流れているのか、さっぱり分からなかった。

 これまで幾多の冒険者と出会ってきた。一足飛びにランクを駆けあがった自分に対して、嫉妬に近い視線を浴びせかける者もいたが、ほぼ初対面でこのような、野生の獣を前にしたかのような用心深い態度をとられるのは初めてであった。

 やはり同じランクの商売敵だからだろうか? イビルアイ以外の面々も、何やら緊張しているような、警戒の空気を漂わせている。

 

 ちらりと、以前に親交のあるティアへと視線を巡らせると、彼女はその顔に何やら据わりの悪そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 何故、『蒼の薔薇』がここまで『漆黒』を警戒しているかというと、その原因の一つは、この駐屯地に来る前の事。

 

 帝都についた彼女らは真っ先に皇帝ジルクニフと面談した。

 その際、帝都のアダマンタイト級冒険者チーム『銀糸鳥』と『漣八連』の死の真相を教えられた。

 すなわち、この地にやって来た『漆黒』モモンが『蒼の薔薇』を帝都に呼ぶよう進言したのだが、それを帝都には『銀糸鳥』と『漣八連』がいるからと断った。そうしたら、その日の晩に、帝国騎士団と共にビーストマン退治におもむいていた彼らは、デスナイトを始めとした謎のアンデッド集団の襲撃に遭い、全滅したのだと。

 おそらく、『漆黒』はそのアンデッド達とつながっている。『蒼の薔薇』も身の周りには十分注意するようにと忠告された。

 

 普段であれば、自らの治める国家が窮地に陥った皇帝の疑心暗鬼からの妄言と切り捨てるところであったのだが、彼女らとしてはそう言いきれない理由があった。

 どうやら帝国はまだ情報を掴んでいないようだが、『漆黒』モモンはカルネ村でデスナイトを召喚した魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウンと繋がりがあるのではと、推測されている。

 『漆黒』の都合のいいようにデスナイトが動いても、なんら不思議な事ではないのだ。

 

 自分の命を狙っているかもしれない相手に、胸襟を開き、手の内をさらす訳にもいかない。

 その為、『蒼の薔薇』としてはモモンの事を警戒し、最大戦力であるイビルアイの実力を隠していたのだ。

 

 

 そして、イビルアイにはもう一つ、彼らに対し、細心の注意を払う理由があった。

 

 

 一挙手一投足まで値踏みするような、イビルアイの視線はアインズの頭部を覆い隠す漆黒のフルヘルムから動かない。

 

「常在戦場もいいが、その兜は取らんのか?」

「申し訳ないが、宗教上の都合でな。あなたこそ、冷めないうちにその仮面を外して飲んだ方がいいのでは?」

 

 仮面をかぶったままの彼女に、紅茶を勧める。

 再び、2人の視線が交錯する。

 

「宗教といったが、どのような宗教なのだ」

「私の故郷の宗教だよ。食事や肌をさらすことに関しては禁忌が多くてな」

「ほう、興味深いな。詳しく教えてくれないか?」

「……すまんが、今、するような話とは思えんな。宗教の話は争いになることが多い」

 

 微かに苛立ちのこもった声色に、イビルアイは肩をすくめ、言った。

 

「それはすまんな。私はてっきり、お前がその(ヘルム)を取らないのは、てっきり見られては拙い顔だからかと思ったのだよ」

「……私は犯罪者ではないかと?」

「いや、違うさ。その鎧兜に隠された中身、それはもしかして異形種ではないかと思ったからさ」

 

 

 その言葉に思わずアインズは、わずかではあるが、身じろぎしてしまった。

 

 

 ――何故、異形種といった? 普通ならば、まず亜人種を疑うべきところだろう。それなのに、異形種だと? こいつは一体、何を知っている?

 

 

 それはあくまでカマかけに過ぎなかったのだが、アインズの動揺を見て取ったイビルアイはさらに言葉をつづける。

 

「モモンよ。お前は、しばらく前にエ・ランテルにやって来たのだよな? 一体、どこから来たんだ?」

「……遠くからだ」

「遠くとは?」

「……素性の詮索は冒険者にはご法度ではないのか?」

 

 イビルアイは再度、その小さな肩をすくめ、先ほどと同じ調子で言った。

 

「それはすまないな。私はてっきり、お前はユグドラシルから来たのではないかと思ったのだよ」

 

 

 

 その言葉は衝撃的であった。

 

 不意に投げかけられた爆弾に、さすがに取り繕うどころではなく、電流に撃たれたかようにビクリと体を揺らしてしまった。

 

 

 無言のまま、仮面の奥の視線を漆黒の鎧に向けるイビルアイ。

 対してアインズは、出るはずの無い冷や汗が全身に溢れ出すような感覚を覚えていた。

 

 先ほどまでとは違った意味で緊迫した空気の中、イビルアイは遂に本題を切り出した。

 

 

 

「なあ、モモン。……お前は『ぷれいやー』もしくは『えぬぴいしい』と呼ばれる存在なのか?」

 

 


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