オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/3/24 魔法詠唱者のルビが「スペル・キャスター」だったのを「マジック・キャスター」に訂正しました
2016/5/21 「・・・・・」→「……」 訂正しました
2016/7/13 「高見はある」→「高みはある」 訂正しました
2016/10/5 「ほんろう」→「翻弄」 訂正しました
2016/11/13 「沸き起こる」→「湧き起こる」、「体制」→「体勢」 訂正しました


第7話 王国戦士長との出会い

 最初にそいつらを見た感想は統一感のない集団ということだった。

 馬に騎乗してやってきたのは、バラバラの装備をした戦士の集団。武器は剣の他、弓や槍、メイスなど多岐にわたり、防具も金属鎧や一部分のみ金属部分を外して鎖帷子や革鎧を露出させるなどしている。

 歴戦の戦士、もしくは傭兵。あまり薄汚れた感じはしないから、野盗というのはなさそうだけど。

 

 その騎兵団は馬に乗ったまま村の広場へと進んできた。

 

 広場で俺たち――村長、アインズさん、アルベド、俺の四人と対峙する。デスナイトは村長の家の前だ。村人たちは全員、一時的に村長の家に避難させている。

 

 騎兵たちの中から一人の者が進み出た。髪を短く刈り込んだ屈強そうな男。他の者たちの態度から、おそらくこいつがリーダーなんだろう。

 

 馬上から、俺たち一人一人の顔をじっくりとねめつける。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っている者である」

 

 王国戦士長?

 それとやたら長い国名が聞こえたな。

 村長はそれを聞いて目を見開いた。

 

「知っているのですか?」

「いえ、私も話に聞いたくらいで……」

 

 うーん……しかし、本人なのかねぇ?

 よく見てみると何かの紋章みたいなものを、この戦士長含め騎兵たちはどこかしらにつけているみたいだけど。当然ながら判断つかん。

 

「この村の村長だな。横にいる者達は何者なのか聞かせてもらおう」

「は、はい。この方々は私たちを救ってくださった方々です」

「救った?」

 

 再度、戦士長の男が俺たち一人一人に目を向ける。特に、村長の家の前で待機しているデスナイトに。

 

「あれは?」

「私が支配しているアンデッドですよ。戦士長殿」

 アインズさんが答える。

「初めまして、王国戦士長殿。私の名はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士たちに襲われているのを見て助けに来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですよ。横にいるのは私の仲間たちです」

「そうですか。村を救っていただき感謝の言葉もない」

 そう言って、ガゼフは頭を下げた。

 

 ふぅん? 意外と簡単に頭を下げるもんだね。王国とやらのそれなりに高い地位についている人間が、得体のしれない相手に?

 誠実なのか? それとも、頭を下げるのはタダだと考えているタイプか? それとも……?

 

「なに、困っている人を助けるのは当然の事ですよ」

 

 アインズさんの答えに、ガゼフはやや目を細めた。

 

 あ、まずった。

 何の見返りもなく赤の他人を助けるってのは逆に警戒されるって、さっき言おうとしてそのままだったな。どうするか……。

 

「その仮面をとってもらっても?」

「お断りします。あのアンデッドの――」

 デスナイトを指さす。

「制御が外れて、暴走しても困りますから」

 その答えに村長がぎょっとした表情を浮かべ慌てる。

「なるほど。取らないでいてくれた方が良さそうだな」

「申し訳ありません」

 

 ますます空気が重くなる。

 うーん。ちょっと拙いな。本当かどうかは分からないが、相手は国の人間らしい。つまりその権威を使って強引に、こっちに命令することもできる。当然、こちらは従う気はないから、下手すりゃ戦闘になるか。それは避けたい。相手の実力を見極めてから行動すべし。何の指標もなく、王国の重鎮らしき人物と敵対するのは悪手だ。

 

 なんとか誤魔化すか……。

 

「あ、でもさ。騎士さんたちが着ていた鎧とかはもらっていっていいんだよね。いくらくらいで売れるのかなぁ~」

 ことさら明るく、子供っぽく、能天気風に声を出した。

 いかにも子供が空気を読まずに大人の会話に口を挟んだという感じに。

 

 たいていの場合、子供の無邪気な様子は場をなごます作用がある。

 案の定、アインズさんの真意を見抜こうと警戒していたガゼフの表情がゆるんだ。

 

 何とかなった。

 押し切った。

 子供口調をしたことで、俺は後でさらにへこむだろうが。

 

「ふむ。騎士の鎧が残っているのか。どのような者達が村を襲ったのか、詳しい話を聞きたいのだが」

「ええ、構いませんよ」

 

 とにかく話はいったんまとまったか。

 村長は家に行き、村人たちに今来たのは王国からの戦士団だと告げた。安堵の声とともに村人たちが屋外へと出てくる。ガゼフは部下たちに村の後片づけなどを手伝うよう指示をした。

 

 

 そして、広場でデスナイトの背に括り付けていた鎧などを下ろした。

 

「ほう。これは確かにバハルス帝国の紋章だが……」

「中身は違うと思われますか、戦士長殿?」

「ふむ、その可能性はあるな」

 

 偽装か……。

 しかし、どういう方向性での偽装の事だ?

 ガゼフは知っているようだが……。

 アインズさんから質問するより、俺が聞いた方がいいか。

「中身が違うって、なんなの? そのばーるす(・・・・)帝国の人じゃぁないの?」

 

 ……のたうち回りたい。

 

 だが、ガゼフは俺の問いに微笑みながら返してくれた。

「ああ、そうだよ、お嬢さん。この辺りは我がリ・エスティーゼ王国の領地だが、東のバハルス帝国、それと南のスレイン法国からも近い地域だ。つまりバハルス帝国の鎧を着た兵士がリ・エスティーゼ王国を荒らすことで二国の仲を悪くして、お互い争わせるスレイン法国の計画かもしれないということさ」

 

 ふむ。なるほど。

 この地域は3か国の国境が接する地点付近ということか。

 ――じゃあ、そんな危険地域にナザリックが現在あるのか? 下手に他国が戦争したら巻き込まれたりするのか?

 

「じゃあ、この辺りで戦争とかしてるの?」

「いや、戦争は定期的に王国と帝国が行っているが、実際に戦場になるのはもっと離れた場所だよ。ここから南の方に行った所にあるエ・ランテルという王国領の大きな街の近くさ。この辺りが戦場になる事はないから安心するといい」

 

 また新しい地名が出てきた。

 ここの南にあるエ・ランテルという大きな街。そこは王国の領地。

 ……ああ、地図が欲しい。ゲームなら、俯瞰図とかいろいろあるのに。地形も含めて書き込んでいかなきゃ分かりようもない。

 

「ゴウン殿。申し訳ないが、この武器や鎧一式、一人分でいいから買わせてもらってはいけないだろうか?」

「ふむ。構いませんが。ただ、これらの装備は魔法で強化してある物のようですが」

「そうだな。いかほどであれば売っていただけるかな?」

「……適正な金額であれば」

「……今は手持ちが少ないのだが、あなたの信頼にこたえられるだけの額というと……ふむ」

 

 拙い。

 ここで値段交渉されても困る。

 この世界の魔法のかかった鎧の相場が分からない。

 そもそも、この世界の通貨体系自体が分からない。

 具体的に金額を提示されたら拙い。こちらにこの世界の一般常識が欠落していることがばれてしまう。

 

 どうする?

 戦士長の肩書を信用して、後払いでこの村にでも持ってきてもらうか? その間にこちらは金銭の価値や体系、相場を調べるか?

 

 

 そんなことを考えていると、アインズさんが驚くような提案をした。

 

 

「ならば、どうですかな? こちらのベルさんと戦士長殿が戦っていただいて、戦士長殿が勝ったらその装備は差し上げる。ベルさんが勝ったら、あとで言い値で買っていただくということで」

 

 

 ファッ!?

 なに言ってんだ、この人!?

 

 

 ガゼフも目を丸くしている。

 そりゃ当然だ。どれだけ凄いかは知らないが、王国戦士長とか肩書がついている屈強そうな男と10歳くらいの少女が戦えとか言い出したのだ。正気を疑うレベルだ。

 

《ちょ、ちょっとモモンガさん! ――ああ、アインズさんでしたっけ。何、言い出してるんですか!?》

《いや、この世界の戦力を測るにはちょうどいいでしょう。おそらく、こちらではかなりの使い手クラスのようですし》

《それにしても今の俺の姿、憶えてます? 少女! ちびっ子! ロリキャラですよ!》

《憶える以前に、目の前にいるから分かってますよ》

《じゃ、拙いでしょ。勝っても負けても》

《しかし、他はもっと拙いですよ。人間を下等生物と呼ぶアルベドとか、アンデッドのデスナイトだとそもそも手加減できないかもしれませんし。その点、ベルさんは前衛職ですから、その辺上手くやれるでしょう》

 

 ううむ、確かに。

 アインズさんの言う通り、アルベドやデスナイトと戦闘させて、いきなり戦士長が一撃で殺されるとかなったらそれこそ大問題だ。素性を隠すどころの話じゃない。当然、この付近に調査の手が及び、今は偽装しているナザリックが発見される可能性もある。

 

《それに勝つ必要はないんですよ。適度なところで負ければいいです。敢えて戦いで決めるという形式をとったものの、そういう建前で魔法のかかった装備一式を無料で王国に譲り渡したという事になりますし。仮にベルさんが勝ってしまっても、向こうは子供相手だからわざと負けてやったんだと体面が保てますしね》

《ああ、なるほど。子供が相手なら勝っても負けても、向こうの面子はつぶれないってことですか》

《そうです》

《それにどちらにしても、金額の即答を避けることができる》

《そういうことです》

《了解しました。しかし、アインズさんも策士ですなぁ》

《いえいえ、ベルさんほどではございません》

《ははは、遠慮なさらずに。『ナザリックの朶思(だし)』の異名はアインズさんにお譲りしましょう》

《それはお断りします》

《間髪入れずに断りましたね。やっぱりおかしな呼び名だって知ってるんじゃないですか!》

 

 アインズさんと〈伝言(メッセージ)〉で掛け合いしている間に、ガゼフは苦笑を浮かべて立ち上がり了承した。

 

 

 

 お互い木剣を手にとり、広場で向かい合う。

 村の片づけをしていた兵士たちや村人たちも、手を止めてこちらをうかがっている。両方とも、微妙な表情を浮かべているが。

 どうひっくり返っても勝敗は決まっているのに、なんでこんな勝負をやる必要があるのか、という顔だ。

 

 

 だが、その表情は瞬く間に凍り付いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ぬうっ!」

 右脇を狙ってきた斬撃を、手にした木剣で受け止める。だが、完全に受けきることは出来ずに、力を横に受け流しながら、身をよじり、背後へ飛びのいた。

 部下たちの息を吐く音が耳に届く。

 追撃はない。

 あらためて木剣を構え直し、息を整える。

 

 ガゼフは目の前にいる少女の評価をさらに一段あげた。

 

 少女は特に息を切らせることもなく、構え方を確かめるようにぶらぶらと木剣を動かしている。

 

 

 最初は、この村を襲った騎士の装備の購入にあたって譲歩してきたのだと思った。敢えて勝ち目がない勝負を仕掛け、それで負けた代償として、無料で装備をこちらに譲ることで貸しを作る目的だと。

 ゴウンの仲間には黒い全身鎧に身を包んだ女性や、暴力を具現化したような巨大なアンデッドの戦士もいるのに、わざわざそれらを外して10歳程度にしか見えない女の子を対戦相手に指名したのだ。

 しかも、この娘は戦士としての鎧も身に着けず、まるで貴族の夜会にでも出席するような高級そうな衣服を身に纏っている。話に聞くところ、南方ではあのような服を身に着けることがあると聞く。その髪は丹念に手入れされたように輝き、またその白い手もなんらタコ一つない綺麗な手をしている。

 とてもではないが、戦いの心得があるとは見えない。

 

 実際、自分の対戦相手にとゴウンが言い出した時、この娘はとても驚いた様子で、ゴウンを見上げ絶句していた。

 ガゼフは歴戦の戦士として相手の力量を見抜くことが出来る。そのガゼフの眼から見て、ベルには全く強さを感じなかった。普通の子供と比べても、それ以下だと言えるだろう。むしろ、あまりに何も感じないことを逆に不自然に思うほどだ。

 そして、お互い村長から借りた練習用の木剣を手にして対峙したが、これから戦うというような気組みも感じ取れなかった。

 

 本人に戦う気がないのなら、さっさとこの茶番を終わらせてやろう。

 

 そう思って開始の合図と同時に、ある程度速く、だが力はこめず重さのない一撃を繰り出したところ、いとも容易くはじかれてしまった。

 続く2撃目も、同様。

 そこで軽く殺気を当ててみたところ、少女は何の痛痒も感じない様子だった。

 もっと気を大きくして、もう一度。

 だが、それも同様。

 一部の人間には、先天的にそうなのだが、全く殺気などの気配を感じ取れないという者達もいる。だが見た感じそういう性質ではなく、ちゃんとその気配は察知しているようだ。察知はしているようなのだが、それを受けても全く動じることすらしない。ただ不思議そうに首をひねるだけだった。

 

 そして、今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。

 なかなか速い。だが、追えないほどではない。踏み込みと同時に振るってきた横なぎの一撃を木剣で受ける。

「ぐぅっ」

 思わず、声が漏れた。

 重い。

 少女の幼い外見に似合わぬ力だ。

 だが、あくまで今のは油断していたからにすぎない。本気で受けたら、この程度大したことはない……。

 

 しかし、その考えは甘かったことをガゼフはすぐに思い知った。

 次の一撃は一撃目よりさらに速く、そして重かった。そして、その次はさらに……。

 段々と少女の攻撃は鋭さを増していく。そして力も。

 

 もはや、怪我をさせないように加減をするなどというレベルをはるかに超え、王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフが本気になってようやくついていける程の戦いとなっていた。

 すでに周囲の村人はもちろん、ベテランの戦士である直属の部下たちも唖然として二人の戦いを見守っている。

 

 

(む? 一体、これは……)

 だが、ガゼフは戦いながらも違和感を感じていた。

 それはベルの戦い方だ。

 戦闘の仕方がどうにも妙なのだ。

 通常、小兵の戦士が戦うときは機動力を重視する。体の小ささを速度で補う戦い方で、素早く動くことにより間合いを巧みにコントロールする。相手にとって攻撃に適した距離、位置をずらし、かつ自分にとっては最適なポジションをとり一撃を与える。剣の技もフェイントを多用する。実際に武器を振り切らずに、攻撃の予備動作だけで相手の反応を誘い、防御をかいくぐって攻撃を当てる。

 基本的に、素早い踏み込みと相手の攻撃範囲からの離脱を組み合わせた一撃離脱の戦い方か、もしくは相手を幻惑する様なつかみどころのない戦い方が、体格の小さな者がより体格の大きな者に行う一般的な戦い方だ。

 

 だが、ベルの戦い方は違う。

 足を素早く動かすよりは、しっかりと大地を踏みしめ、重心のこもった斬撃を放ってくる。牽制の攻撃も行うものの、当てることなく攻撃の軌道を変え相手を翻弄するようなものではない。軽いながらも当てていくことで、相手に攻撃を防御させ反撃の機会を与えないやり方だ。

 この戦い方は体格の小さい軽戦士の戦い方ではなく、逆に体格に優れ剛力を誇る重戦士の戦い方だ。

 

 たしかに、この少女は見かけによらず、なかなかの筋力の持ち主だ。いや、なかなかどころではない。正規の戦士や騎士たちよりも、下手をしたら自分よりも膂力が強いかもしれない。そう考えると、この戦い方は彼女に合っているのかもしれない。

 ――合っているかもしれないが、それでも違和感が残る。

 

 ベルは少女である。体格も年相応だ。

 体格が小さいという事は当然、攻撃の届く距離が他者よりも短い。相手の攻撃の届く距離より、さらに近づいて攻撃をする必要がある。つまり、隙をついて相手の攻撃範囲内の中へ踏み込まなければならない。

 牽制の攻撃はガゼフでも腕が痺れるほど強力なのだが、その一瞬の隙に合わせて懐に潜り込んでくるということをしない。

 

 もしや、剣技を習った師匠が巨漢の戦士で、彼女自身に合わせた戦闘技術を身に着けていないのかもしれない。

 実際、ベルは目測を誤り攻撃を空振りをする事が時折、見受けられる。

 これほどの剣技を習得している人間が、自分のリーチを把握していないというのもちぐはぐな話だ。

 あり得るかもしれない。

 

 思い立ったガゼフは戦い方を変えた。

 ベルの攻撃を受けると見せかけてバックステップで避け、足が地につくと同時に踏み込む。その勢いのまま上段から振り下ろす。ベルは木剣をあげて防御しようとする。だが、それはフェイントだった。ガゼフは木剣を身体から離すことなく肩口にかけ、腰の高さまでグンと身を低くし、横へすり抜けざまに横なぎの一閃を放った。ベルは一瞬驚いた様子だったが、防御のため掲げていた剣を一瞬のうちに戻し、その攻撃を受け止める。

 

 見ていた兵士たちは驚愕の声をあげた。

 戦士として屈強な体を持つガゼフ・ストロノーフが、明らかに体格の劣った少女ベル相手に、本来自分より筋力、体格の勝る相手に行う奇襲戦術を使ったためだ。

 ガゼフは歯噛みをした。

 今の攻撃は、本来であれば防げないはずだった。先程まで剣を交わしたことにより、ベルの攻撃速度はすでに十分に把握できていた。普通の兵士であれば、これほどの短時間で把握することなど出来はしないが、戦士として卓越した才能と経験のあるガゼフならば可能だった。その自分の計算では、上段防御の姿勢から低い位置の横なぎの防御へは間に合わないはずだった。

 あの瞬間、ベルは自分の意図に気づいていなかった。決して先読みしていたなどという事はなく、こちらの動きを目で追っていた。

 そして目で見てから反応したのだ。

 あの時の剣の動き。あれは先ほどまでの戦いで見せていたのとは全く違う速さだった。

 

 まさか、加減されていた!?

 

 一瞬、ガゼフの心の内に憤怒の感情が湧き起こる。

 長年にわたり、戦士として、王国戦士長として常に武に身を置いていた。剣を頼りに世界を旅し、幾度もの戦いを乗り超えてきた。王国に仕え、この国を守るためにたゆまぬ努力と研鑽を日々積み重ねてきた。

 その自分が、こんな少女に手加減されるなど!

 

 だが、その感情を胸の中で抑え込む。

 世の中には一般の人間には手の届かない『強さ』を持つものがいることは理解している。ドラゴンしかり。

 遥か高みはある。ならば、その高みに届くよう努力して鍛えればいい。

 それに今の自分は王国の剣。一介の戦士ではなく、この国のために剣をささげた身。一時の感情に流されるべきではない。

 

 それにこれは模擬戦だ。命をかけた、どちらかが死ぬかもしれない戦いではない。終わったら彼女を王国に誘うというのもいいかもしれない。

 ふむ。たしかにいい手な気がする。

 彼女、ベルは魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウンの仲間だと聞いた。どのような間柄かまでは分からないが、ゴウンが提案したこの模擬戦をしぶしぶながら引き受けるくらいには仲が良いようだ。ゴウンは困っている人がいたからと報酬もなしに人を助けるような、正義の心を持った御人。懇切丁寧に頼めば、王国のために力を振るってくれるかもしれない。

 

 そう考えたとき、ガゼフの頭に一人の人物が思い当たった。

 自分のいるリ・エスティーゼ王国の王都を拠点として活動するアダマンタイト級冒険者。そのうちの一つ『蒼の薔薇』に所属する魔法詠唱者イビルアイ。

 職務上、蒼の薔薇の面々、特に貴族であるラキュースとは接する機会があるし、他の面々とも幾度か話したことがある。イビルアイ本人とも。常にその素顔は仮面に隠されており、実際の年齢は分からないが、あの人物もまるで少女のような身体つきだった。たしか第5位階の魔法が使える魔法詠唱者でありながら、その膂力も人並み外れたものらしい。

 このベルという少女も、イビルアイのような桁が外れた存在なのだろうか?

 王都に戻ったら伝手を使って、一度、話を聞いてみようか。

 

 

 そう思案しながらも戦いを続けていると、ふと、ベルが何かに気をとられたように視線を外した。

 

 罠だろうか?

 だが、罠だろうとここは仕掛けるべき。

 

 袈裟懸けの一撃を放つと、やはり簡単に防御される。

 だが、一瞬だが、防御が遅かった。

 

 疑問に思いながらも攻撃を続けると――

 ――やはり先程までと比べて、少し反応が遅い。

 何かに気をとられているような……そんな感じだ。こちらの攻撃を防御するだけで、向こうから攻めてこなくなっている。

 勝機とみて、上段から力を込めて再度、袈裟切りに打ち下ろす。狙いは頭部。

 だが、その間合いを見切り、ベルは身体を後ろへとそらしてかわす。 

 その瞬間、ガゼフの剣先の軌道が変わった。打ち下ろしの途中から突きへと変化させ、後ろへ退いたベルの頭を狙う。

 しかし、その常人では見ることさえ叶わぬほどの素早さを持った連携も、ベルは首をひねることで避ける。

 

 拙い!

 今、こちらは突きで体勢が崩れている。そして、自分よりリーチが短いベルにとっては労せずして懐に潜り込んだような状態だ。今攻撃されたら、避けようがない。

 

 

 ガゼフが己の敗北を覚悟した瞬間。

 

 

 ガゼフが袈裟懸けに振り下ろした(・・・・・・・・・・・)木剣がベルの頭部に当たった。

 「ひゃあ」と声をあげてベルがひっくり返る。

 

 爆発せんばかりの歓声が上がった。自分たちの隊長が勝利したこと、そして素晴らしい戦闘を讃えるものであった。相手のベルが少女であり、本来ならば勝って当然の勝負であったため、いささかの気まずさを隠すものでもあったが。

 

「さすがは王国戦士長。見事な戦いでした」

 

 呼吸を乱し、顔を紅潮させたガゼフが声をかけてきたアインズに獰猛な笑みを向ける。

 

「……勝たせてもらったという事かな?」

 

 最後の一撃。

 あれは確実にベルにかわされていた。

 

 あの時、ガゼフは袈裟懸けから、突きへと攻撃を変えた。

 

 だが、ベルは袈裟懸け(・・・・)の一撃を頭部に受けて倒れたのだ。

 

 周りの部下たちはあまりの速さに気づかなかったようだが、ベルは一度、変化した突きに反応して避けた。避けた後に、斜め下から自分の頭をガゼフの持つ木剣へとぶつけたのだ。

 打ち下ろしたところにぶつかったならともかく、まっすぐ直進する木剣に横から当たりに行っても、当然ながらダメージなどほとんどない。その証拠に当たった時、ベルは気の抜けたような悲鳴を上げただけだし、立ち上がって土ぼこりを払う姿に痛みをこらえる様子も見受けられない。

 

 わざと負けたのだ。

 

 内心、忸怩たる思いを懐から取り出した布で汗をぬぐう行為で誤魔化す。

「いえ、滅相もありません」アインズはそんなガゼフに近づいて囁いた。

 

「どうやら別のお客さんが来たようですので、急いで切り上げた方が良さそうだと判断しまして」

「何?」

 

 

 その時、ガゼフ配下の兵士が声をあげた。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を包囲しています!」

 

 

 




なんだか引きが前回と同じになってしまいました。

ガゼフ部下が完全に包囲されるまで気が付かなかったのは、ベルとガゼフの試合に熱中していたからです。

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