オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2017/2/17 「影ながら」→「陰ながら」、「体勢」→「態勢」、「持って」→「以って」、「振るえる」→「震える」、「口を聞き」→「口を利き」訂正しました



第76話 戦闘―4

「ぐああっ!」

 

 苦痛の声と共にリュラリュースの身体が、石壁に叩きつけられる。

 ズルズルとその身が硬い石床へと、すべり落ちた。

 

 

 尾の先まで含めれば、それこそ人間数人分はありそうな長大な体躯。それが今や力なく地に横たわっていた。

 

 そのすぐそばへ、悠々と歩み寄る小柄な姿。

 どう見ても少女としか思えない矮小な体躯は、魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしい漆黒のローブと、それとは対照的な深紅のフードによって覆われている。

 

 しかし、普段その顔を覆い隠している仮面は、先ほどのリュラリュースによる尾の一撃を受け、傍らに転がり落ちていた。

 それにより普段隠されていたその顔が今、(あら)わとなっている。

 

 

「き、貴様、その顔……! もしや吸血鬼か!?」

 

 口元から伸びた、八重歯というには長すぎる、まさに鋭く尖った牙。抜けるように白い肌。そして、その血よりも赤い瞳。

 それらはこの恐るべき魔力、そして常軌を逸した肉体能力を持つ少女の正体、彼女がアンデッドの中でも上位種たる存在、吸血鬼(ヴァンパイア)である事を示していた。

 

「ふん。戦う前に気づくべきだったな」

 

 自らの仮面を弾き飛ばされ、素顔をさらし、あまつさえ正体が吸血鬼だと露呈する羽目になったイビルアイは、それをやったリュラリュース、そして油断した自分への苛立ちのままに、靴音高く、大股で彼へと近づいていく。

 

 

 逃げようとはしたものの、体中に走る激痛に満足に体を動かすことも出来ず、リュラリュースは首根っこをひっつかまれ、深紅のタペストリーが飾られた回廊の石壁へと叩きつけられた。

 

 

「さて、お前には聞きたいことがある」

 

 その赤い瞳がギラリと光る。

 

「今回の一件、黒幕は誰だ?」

 

 イビルアイは問いかけた。

 

「本当にコッコドールとかいう八本指の人間がすべてを仕組んだなどという事はあるまい。裏で糸を引いているのは誰だ? 言え! 亜人どもを意のままに従え、そして、お前のような奴にまで、命令を下せる相手とは一体何者だ?」

 

 その問いに、リュラリュースはくっくっくと笑い声を漏らした。

 

「愚かよな」

「なに?」

「お主は自分が強いと思っておるのじゃろう。自分はこの世界において、圧倒的な存在だと。おお、そうじゃ。お主は強い。トブの大森林において覇権を争っておった3者、西の魔蛇と言われたこの儂よりもな。お主は強い。じゃが、お主は弱い。儂やお主の強さは所詮、普通の者が想像できる程度の強さでしかない。しかしな、この世には人知をはるかに超越するほどの強さを持つ者もおるのじゃ」

「……そいつの名は?」

「さてな」

 

 みしり! 

 イビルアイに掴まれた、リュラリュースの首が音を立てる。

 

「おとなしく喋る事だ。死にたくないならな」

 

 その言葉に、リュラリュースは苦痛に顔を歪めつつも引き攣った笑い声を吐いた。

 

「死にたくないなら、か。死んだ方がマシじゃな。おお、そうよ。あの方々に歯向かった者の末路を知るならば。逆らい、囚われ、地獄の責め苦を受ける事を考えれば、死なぞはるかに上等じゃ」

 

 イビルアイはこの――自身ほどではないにしても――強大な力を持つナーガの言葉に眉宇(びう)を寄せた。

 

「お主はあの方々の恐ろしさを知らぬのじゃ」

 

 老人の顔をしたナーガは、今しも目の前の吸血鬼に止めを刺されそうな状況にありながら、その目ははるか遠くを見て続ける。その声には畏怖があった。

 

「恐ろしい。まったく恐ろしい。あのような存在。桁をいくつも超えた存在。それも1人ではなく複数。そして、それらが反目することなく、頂点に君臨する者へ絶対の忠誠を捧げる様。一体、あのような存在が何故いるのか。一体、今まで何処にいたというのか。一体何故、突然、今になって姿を現し、行動を開始したのか」

 

 そのつぶやきに、イビルアイの脳裏をかすめるものがあった。

 ハッとして思わず息をのんだ。

 

 

 圧倒的なる強者。

 そして、それに忠誠を誓う者達。

 それらが突然この世界に現れ、活動を開始した。

 

 

 ごくりとイビルアイの喉が音を立てる。

 

 

 ぷれいやー。

 えぬぴいしい。

 そして、100年目。

 

 

 イビルアイはひび割れた声で問いただす。

 

「おい……! そいつらはもしかして……」

 

 

 その刹那――。

 

 轟音と共に何か巨大なものが、彼女たちがいる回廊、その天井や壁を突き破った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「順調だな」

 

 ニグンはつぶやいた。

 破風(はふ)に据えられた鎧戸――に見せかけた監視用の窓、その内側で市街の現状を探っていた遠眼鏡を下ろす。

 

 

 ここは王都の一角。

 とある一軒の家屋。

 表向きは食料などを卸す問屋となっているが、実際の所は王都における風花聖典の拠点の一つである。

 

 その屋根裏には今、ニグンを始めとした幾人もの人影があった。

 中央のテーブル上には王都の地図が敷かれ、魔法を始めとした様々な手段で集められた情報をもとに、刻一刻と動きつづける戦況が示されている。

 この埃っぽい屋根裏部屋こそが、王都における今回の蜂起作戦、それを陰ながら支援、協力している法国の人間たちの指揮所となっていた。

 

 

 

 「お疲れ様です」という言葉と共に持ってきてくれた紅茶――すぐに飲めるように冷ましてある――をニグンは一息に飲み干す。

 

 

 彼、ニグンは今回の作戦において、王都市街地における法国の者達の指揮監督権を、直接、王城内に突入する役となっていた漆黒聖典の隊長から譲り受けていた。

 

 彼は陽光聖典の人間として、信仰の深さ、そして戦闘に関する実力をともに買われ、かつて計画されたリ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ討伐の任を授けられたほどの人物である。

 その任には失敗し、囚われの身となった彼は、情報漏えいを危惧した法国上層部の手により一度は暗殺されたのであるが、彼らが相対したらしいアインズ・ウール・ゴウンなる魔術師の情報をあらためて欲しがった法国の思惑により、遺体は回収され、そして同国における秘儀により蘇生されたのである。

 

 蘇生を受けた者の常として、かつて陽光聖典を率いたほどの肉体能力は衰えてしまったのであるが、彼個人の生まれながらの異能(タレント)や長年戦闘部隊に所属し、活動していた事による知識と経験などは失われることは無かった。

 その為、現在のように己が身を隠して召喚能力の使用する他、こうして隠れ家において、本作戦におけるトップである漆黒聖典の隊長が不在の間のまとめ役を任されていたのである。

 

 

 

「順調だ……今の所は」

 

 ニグンはもう一度つぶやき、再び外の様子を探る。

 

 

 今のところ、戦況はこちら側が有利だ。

 亜人たちが味方を識別するためのマジックアイテムをわずかながらも秘かに入手し、それを身につけた者が攻撃を仕掛けることにより、向こうに混乱を起こすという目論見は見事に成功している。

 これで立てこもる冒険者に対し、力と数で勝る亜人たちが攻め寄せ、圧倒するという構図の針を随分と押し戻せた。

 その上、市街に潜伏した六色聖典の者達による炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を始めとした天使の召喚、更にはフロスト・ドラゴンの援護というアドバンテージもある。

 フロスト・ドラゴンは下手に攻撃に加われば、王都の民衆にまで被害を及ぼしかねないため、あまり大々的な攻撃は控えているが、ただ上空を飛行し威圧しているだけでも、相手方の意気をくじくことが出来る。

 そうして、怯えひるんだ敵兵は、もっと小回りのきく天使たちが狩っていくという策だ。

 

 

 

 だが、事態はまだ楽観できるほどではない。

 

 たしかに、現在、亜人たちは混乱しきっており、組織的な行動をとれないでいる。

 

 だが、それでも、この場の者達のみで勝利しきることは出来まい。

 最大の問題は圧倒的なまでの量の差だ。

 

 

 冒険者たちはどうしても数が少ない。

 この王都が地獄の都市へと変わってから、冒険者の多くはこの街から逃げ出した。定住しているわけでもないし、生活の基盤がこの地に根付いているわけではない。

 何も好き好んで、亜人たちが我が物顔で闊歩(かっぽ)する都市で、身を縮こまらせて過ごす必要もないのだ。

 

 また、先にこの現状を何とかしようとした『朱の雫』および彼らと行動を共にした者達は、全て殺害される、もしくはいまだに死すら許されず、地獄の責め苦を受け続けている。

 それを目の当たりにした冒険者たちは、もはや反抗など考えようともせず、彼らの王都からの脱出に歯止めがかからなかった。

 今回の作戦の為、そうして脱出した冒険者を周辺の都市から『蒼の薔薇』の名を使い、かき集めたのではあるが、それでもその総数は八本指に組する亜人たちと比較すると数分の一程度にしかならなかった。

 

 

 そして、召喚された炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)もまた、かなりの強さを誇るものの、こちらはかろうじて二桁いく程度の数しかいない。実際の所、空を飛ぶ天使の大半は、上位天使ではなく、通常の天使で補っていた。

 

 かつてニグン自身がガゼフ抹殺の為に率い、そして破れたカルネ村での戦いによって、陽光聖典の数は半減してしまっている。そして、その残された隊員の多くは漆黒聖典の隊長やクレマンティーヌ、そしてかつては仇敵であった『蒼の薔薇』らと共に、王城への突入班に組み込まれている。

 その為、他の六色聖典において戦闘に長けた者や、本来ならば選考過程でふるい落とされた者達をも招集し、何とか戦力をかき集めたのだ。

 その結果が、こうして自分たちは隠れ潜んだまま、秘かに天使を召喚し闘わせるという、あまり褒められたものではない戦い方をせざるをえなくなっている。

 

 内心忸怩(じくじ)たる思いはあるが、現状、法国の戦力は決して直接、矢面に立てるほどの戦力ではないのだ。

 

 

 その為、戦況はいまだ予断を許すことは出来ない。

 今はまだ向こうが混乱しているため、優位を保てているが、この混乱から立ち直ったら、単純なる肉体能力と数の暴力によって、こちらが押しつぶされるは必定(ひつじょう)

 だから、一刻も早く王城を制圧せねばならない。

 

 敵の首魁を討ち取ったと大々的に宣言できれば、流れが一気に変わるだろう。

 簒奪者側についていた者達は、大慌てで今後の身の振り方、対応を考えねばなるまい。降伏するか、逃げるか、どこかに立てこもるか、それとも再度王城に攻撃を仕掛けて制圧し返すか。

 

 その知らせを聞けば、圧制を受けてきた王都の民衆たちもまた、これまでの横暴に対し武器をとるに違いない。

 別に彼らを戦力として期待しているわけではない。だが、たとえ一人一人は大したことがないとはいえ、当然ながら彼らは数が多い。この街にいる亜人たちとは比べ物にならない。

 

 そして当然ながら民衆は王都のそこら中にいる。

 言うなれば、亜人たちは周囲すべてが敵対者に囲まれるという事になる。

 

 そんな状況下で、勢いに乗った冒険者たちとこれまでのように戦うことは出来ないだろう。

 たとえ相手はろくに武器も振るったことのない弱者である事は想像できるにしても、いつ背後から襲われるかもしれないという懸念を抱いたままでは、全力など出せるはずもない。

 

 それで及び腰になり、王都から撤退しようとした時が狙い目だ。

 逃げる兵士相手への追撃戦ならば、数の差など容易く覆せる。雑草を刈り取るがごとく、討ち倒せる。逃げるその背には民草の怒りの刃がつきたてられるだろう。

 まあ、完全殲滅は無理だろうが、かなりの数は討ち取れる。

 後は街から逃げ出したり、また街中に潜伏するなどして、散り散りになったものを各個撃破していけばいい。六色聖典の力を使えば、それも十分に可能だ。

 

 

 

 とにかく、全ては王城に潜入した者達の活躍にかかっている。

 

 こうして見ている限り、どうやら段々と簒奪者側の勢力、八本指と亜人たちは態勢を立て直し始めている。

 冒険者たちはその戦略上、陣地を利用した防衛戦にならざるをえず、六色聖典の操る天使たちは圧倒的に数が少ない。味方識別のアイテムを装備した攪乱(かくらん)部隊であるが、それも十分といえるほどの数は揃えられなかった。どうしても襲撃時に反撃にあう者もあり、少しずつではあるがその数を減らしている。

 

 このままではやがて、統制を取り戻した亜人たちの手によって、冒険者が立てこもる陣地への攻撃が再開されるだろう。

 

 

 ――ええい、成功の合図はまだか……。

 

 ニグンは歯を噛みしめつつ、王城の方へ視線を動かす。

 作戦成功の狼煙は未だ上がらない。

 

 

 遠眼鏡で見る王城ロ・レンテは、その城門こそ破壊されたものの、いまだその圧倒的なる威容を湛えていた。

 

 そんな王城の上空を、猛き咆哮をあげながらフロスト・ドラゴンが飛び回る。

 再度、市街にあまねく響いたその声に、落ち着きを取り戻し始めていた亜人たちも再び震えあがったのが、こうして秘かに監視しているニグンの目にも見て取れた。

 

 竜は今も攻防が繰り広げられている陣地よりわずかに離れた所、今にも攻め手に加わろうとしていたトロールたちが固まる建物の屋根へと着地した。当然、その家屋は竜の重みになど耐えきれず、音を立てて倒壊する。

 

 崩れた瓦礫に埋もれるトロールたち。彼らはその持ち前の膂力で柱や漆喰の破片を持ち上げ、放り投げ、這い出てくる。

 そうして仲間を助けるため瓦礫を取り除く作業していた一体が、竜の爪に捕らわれた。

 

 フロスト・ドラゴンはそいつを掴んだまま、その純白の羽を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。

 その光景を呆然と見上げる彼らのはるか上空。

 そこで、掴んでいたトロールを離す。

 

 空など飛べようはずもなく、悲鳴と共に落下したそいつは地面に激突し、大輪の花を咲かせた。トロールの強靭な肉体、炎以外のダメージはみるみるうちに再生していく回復力を以ってしても、死は免れなかった。

 

 その凄惨な光景を目の当たりにして、冒険者の立てこもる陣地を取り囲む包囲網、その線がさらに後退する。

 

 

 ――あのドラゴンが味方となった事は、実に僥倖だったな。アレがいる限り、こちらはまだまだ粘ることが出来る。かつてアゼルリシア山脈付近でドラゴンと相対した時があったが、あの時は肝が冷えたものだ。それが敵ではなく味方となると、なんと頼もしい事か。

 

 

 ニグンは陽光を反射するキラキラとした冷気をまとわせて上空を自在に舞い飛ぶ、そのフロスト・ドラゴンの雄姿を、まばゆいものを見るように目を細め、眺めた。

 

 

 

 しかし――。

 

 

 不意に何か白い小さなものが舞い上がり、その巨体と交差したかと思うと、次の瞬間、その白銀の身体は突如、力を無くして落下し、飛翔していた勢いのまま、王城ロ・レンテ、その強固な外壁へと激突した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 王城が震えた。

 

 

 砕けた瓦礫の山からイビルアイが顔を出す。

 辺り一面、粉塵が濛々(もうもう)と舞い上がり、わずかな視界さえも利かない。

 身体の上にのしかかる石片を払いのけ、とにかく起き上がらねばと瓦礫から這い出た。

 

 そして、何度も大きく咳をしながら、手で舞い上がる煙を払い、一体何が起こったのかと周囲を見回す。

 やがて少しずつ粉塵がはれていくと、そこには目を丸くするような光景が広がっていた。

 

 

 まばゆいほどに白い新雪のような体躯を持つ、かつて自分たちもザリュースの頼みによってその背に乗せてもらった、今回の蜂起作戦において王都上空での陽動を行ってくれていたはずのフロスト・ドラゴン。

 その竜が王城の外壁を突き破り、力なくそこに横たわっていた。

 

 

 イビルアイは慌てて、その巨大な身体に近寄る。

 

 だが、その足がピタリと止まった。

 

 

 

 墜落したドラゴンの肉体により、彼女がいた回廊は壁も天井も大きく損傷している。

 そこより覗く碧空。

 その蒼の内から、ふわりと舞い降りてきたものがある。

 

 

 

 それはまさに至上の美。

 純白のドレスを身に纏い、腰まである長い黒髪を風になびかせている。

 彼女はただそこにあり、見上げるイビルアイを冷たい瞳で睥睨(へいげい)していた。

 

 

 イビルアイは端麗にして優美、そして凄艶(せいえん)たる姿を前に、ただ茫然と見返すより他になかった。

 

 

 どれほどそうしていただろうか。長い時間だったかもしれないし、ほんのごく一瞬でしかなかったかもしれない。

 彼女はハッと気がついた。

 

 何故、この女性は宙に浮いているのか。

 

 

 腰から生えた黒い翼。

 それが緩やかに羽ばたいている。

 

 そして、イビルアイは気がついた。

 彼女の頭部、こめかみから山羊のような角が生えている事を。

 イビルアイを見つめる瞳、その金色の光彩の奥にある瞳孔は爬虫類のように縦に伸びている事を。

 

 彼女は優雅なまでの仕草で、ふわりと息絶えたドラゴンの上へと降り立った。

 

 

 

「あ、悪魔……」

 

 そのつぶやきは口にしたイビルアイからして、耳を聾する轟音の後に訪れた静謐を汚す、禁忌の言葉のごとくに感じられた。

 

 

 全身が総毛だった。

 

 イビルアイの身体に震えが走る。

 200年を超える時を生き、国堕としと忌み嫌われ、十三英雄の1人として魔神と戦い、現在も人類の決戦存在と謳われるアダマンタイト級冒険者として過ごしてきた。

 そんな彼女をして、これほどの存在は見たことがなかった。

 相対しただけでわかる。

 この女悪魔は桁が違う。

 敵を前にして、勝つだの負けるだのという次元の相手ですらない。

 捕食者の前の被食者ですらない。

 まさに圧倒的、それこそドラゴンの前にいる虫けらでしかない。

 

 

 イビルアイは混乱のままに思考する。

 

 ――何故、こんな強大な悪魔がここにいるのか?

 今回の件に対抗するために誰かに召喚されたのか?

 それとも、最初からいたのか?

 となると、この悪魔こそが、今回の黒幕なのだろうか?

 いや、そうだとするのならば、何故このタイミングで出てきた?

 つまり、こいつは……。

 

 

 取り留めもない思考が脳内を駆け巡る中、イビルアイは声をかけた。

 

「お、おい……お前は……何者だ?」

 

 問いかけるイビルアイ。

 そんな彼女の事を眺めるその悪魔はつまらなそうに髪をかき上げた。

 そして、興味を失ったようにあらぬ方向に目をやり、誰に語りかけるでもなく、独り言のようにつぶやく。

 

「このように些末な事に、私が出る意味……。どう見ても、歯牙にかけるほどの価値もない連中しかいないようだけれど、一体アインズ様にはどのようなお考えがあるのかしら? かつて1500人からなる不敬者らの襲撃の時も、私が控えていたところまで辿りつく者はいなかった。つまり、ナザリック外の者で私の姿を知る者はいない。その私が表に出る理由……もしや、私の事を知っている者、すなわち、この地に他の至高の御方がいるかどうか確かめるためという事なのかしら?」

 

 目の前にいるイビルアイの事など気にも留めずに、ぶつぶつとつぶやきながら考えるアルベド。

 だが、傍らでその口から洩れる言葉を聞いていたイビルアイは驚愕に身を震わせた。

 

「お、おい! お前は今、アインズと言ったな? お前はまさか、カルネ村でガゼフと共に、法国の人間と戦ったというアインズ・ウール・ゴウンの手の者なの……」

 

 

 瞬間――ドラゴンの上に立つ悪魔の姿が消えた。

 

 その姿を目で追うより早く、イビルアイの腹部に衝撃が走る。

 

「ぐはあっ!」

 

 その小柄な体が撥ね飛ばされ、崩れかけた天井の端にぶち当たると、空中でくるくるとその身は回転し、床へと叩きつけられる。

 

 

 何のことは無い、ただ全速で近寄り、力任せに蹴り上げただけだ。

 ただそれだけの事なのに、ただの一撃で、人間よりはるかに頑健な吸血鬼の肉体、その肉が裂け、骨が折れ、臓腑が掻き乱された。

 

 血反吐を撒き散らし、震える足で立ち上がるイビルアイの姿を眺めるアルベドの瞳の奥には、憤怒の炎が燃えている。

 

「この……屑がっ……!」

 

 アルベドの編み上げ靴が、立ち上がりかけたイビルアイの胸部を襲う。

 骨と肉がひしゃげる感覚とともに、彼女の身体が蹴り上げられる。その身体は先ほど同様、天井へと跳ね上げられ、その衝撃に砕けた破片と共に、再度石畳へと叩きつけられる。

 

 呻き声をあげ、身を起こそうと床についた小さな手。

 その手が見目麗しい女悪魔の靴によって踏みしだかれる。

 

 思わず、イビルアイは悲鳴をあげた。

 その靴底により、彼女の左手が粉々に粉砕されたためだ。

 

 

 残された右手で、己が腕を踏みにじるその足をどかそうとするも、まるでそれは根の張った巨木であるかの如く、吸血鬼の剛力にもピクリともしない。

 

 アルベドが足を振り上げ、蹴りつける。

 再度、胸部を襲った衝撃、砕け散る骨の感触に息が詰まった。

 だが、イビルアイの左手は未だ悪魔によって踏みつけられたままだ。吹き飛びかけたその体は自らの腕によって引き留められる。その際、ミチミチと筋肉が引き千切れる音が彼女の耳に響いた。

 

 

 そうして、再び地面に突っ伏したイビルアイを、今度は手にしたバルディッシュの柄で乱打する。

 

「このっ、この屑がぁっ! 至高なる御方、アインズ様の事を呼び捨てで呼ぶだと!! 小娘っ! お前などは、ナザリックに積もる埃一欠片の価値もないというのにっ!! クソッ! クソ小娘があぁっ!!」

 

 湧き上がる嚇怒(かくど)を隠すことなく、怒声を撒き散らすアルベド。

 

「小娘っ! 小娘っ! あの、あの小娘がぁっ!! ア、アインズ様に馴れ馴れしく口を利きやがってえぇっ! お前はっ、お前は娘だろうがっ!! アインズ様を捨てて、どこかへいなくなった、あのクソ野郎の娘だろうがっ!? お前のっ! お前のやるべきことは地べたに這いつくばり、アインズ様の靴底を舐めて、ベルモットとかいう屑親の犯した罪を謝罪することなんだよ!!」

 

 アルベドの金色の瞳。

 それは倒れ伏すイビルアイを捉えていたが、その見つめるものは全く別の存在。

 

「それをっ! それをあのクソムシっ! 慈悲深いアインズ様の御人徳につけ込んで、舐めた態度取りやがってぇぇっ!!」

 

 柳眉倒豎(りゅうびとうじゅ)などという言葉では収まりきらぬほど怒りを(あら)わにし、激憤を撒き散らすアルベド。

 目の前に倒れているのは、かつて至高の41人と言われたうちの1人、その娘としてナザリックにいるベルではなく、初対面の吸血鬼の少女なのであるが、そんなものは関係ない。己の胸の内に溜まった鬱憤(うっぷん)を、ただ同じくらいの年恰好の少女だからという理由だけでぶつけているだけである。

 

 

 ズン!

 

 バルディッシュの石突きを回廊の石畳に叩きつける。

 その衝撃に、百年以上、完全武装した兵士の鉄脚絆の行軍にも耐え続けてきた石床に、同心円状にひびが走った。

 

 

 荒い息を吐くアルベド。

 肉体的に疲労したためではない。己の胸の奥を荒れ狂った激情のあまりの激しさ(ゆえ)だ。

 

 彼女がその気になれば、それこそ吸血鬼の強固な身体がすっかりペースト状になるまで叩いても、息切れなどせぬであろう。

 だが、彼女の足元に倒れ伏すイビルアイは、全身の骨が砕けた程度に収まっていた。

 憤怒に身を任せつつも、彼女はイビルアイの事を即座には殺さぬよう、手加減していた。

 

 

 荒れ狂う暴力の乱流が収まり、イビルアイはその身を痙攣させた。

 その強靭なはずの肉体は、金属塊によって激しく打ちのめされ、もはや立ち上がることさえできない。

 

 ――拙い。このままでは、この場を突破し、他の者と合流するどころではない。

 ……ここは一旦退避しなければ。

 

 

 イビルアイは数度、こふっこふっと口から血やら何やらが混じったものを吐くと、転移魔法を唱えようとする。

 

 しかし――。

 

 

 ――がっ!

 

 魔法を唱えようとした、その口。

 そこへアルベドがその爪先を突っ込んだ。

 

 口腔に走る衝撃と驚愕に目を見開くイビルアイ。

 彼女の鋭い牙でも、女悪魔の抜けるように白い素足に傷一つつけることは出来なかった。

 

 そして、アルベドはその足を勢いよく下へと踏み下ろす。

 固い石床の上へと。

 

 静謐なまでの冷たさをもつ花崗岩と、アルベドの履く編み上げ靴の底とに挟まれ、イビルアイの顎は砕け散った。

 

 

 声にならない叫び声をあげるイビルアイ。

 彼女は転移の魔法を使える。はるか遠くへも、自分一人ならば脱出できる。だが、彼女はその魔法を無詠唱で唱えられるほどには習熟していない。

 すなわち、撤退する術を断たれたという事だ。

 

 

 吸血鬼に生まれ変わって以降、初めて感じる絶望と恐怖にうなだれ、身を震わせるイビルアイ。

 そんな彼女の髪をアルベドは、がっと掴み上げた。

 ぐっと頭を引き上げ、そして彼女の小さな肩へ足を乗せる。

 

 首をそらした姿勢で固定させられた彼女。喉笛を切り裂かれるかと、その身を固くしたが、予想に反して冷たいものが押し当てられたのは喉ではなく、そのほっそりとしたうなじ(・・・)

 疑念に視線を動かしたイビルアイの目の端に飛び込んできたのは、己が首筋に押し当てられた女悪魔の持つバルディッシュ。

 

 だが、その様に彼女は片眉をあげた。

 

 彼女の首に当てられたバルディッシュであるが、それは如何なるものでも切り裂くであろう鋭さを持った刃ではなく、その背である。おそらく、相手の武器をからめとるために使うのだろうか、三又に別れた鈍器のようなものがそこには伸びていた。それが、今自分の首に押し付けられていたのだ。

 一体何がしたいのかと、疑念を抱く彼女。

 しかし、その答えはすぐに身を以って学習することとなった。

 

 

「ひっ! が、ぎゃあぁっ!! ごっ、がぐっ!」

 

 肺腑の奥より絞り出される様な声が、勝手に喉から漏れる。

 アルベドはその決して鋭利とは言えない突起の山をイビルアイの首筋に押し当て、まるでのこぎりでも扱うかの如く、幾度も前後に動かし、わずかずつイビルアイの筋肉と脛骨をこそげ落とし、削り取っているのだ。

 

「ぐ、ぐげっ! ま、待って。 や、止べて。せめて、せめて刃の方で……!」

 

 辺り一面、噴き出した鮮血が飛び散る。

 

 そんな赤の血化粧をその身に受け、アルベドは笑みを浮かべていた。

 残忍にして凄惨、そして憎悪の満ち溢れた笑みを。

 

「ああ、これが……これがあいつの首筋だったら……。あのベルとかいうクソムシに、こうして悲鳴をあげさせてやったら……」

 

 苦悶の表情を浮かべるイビルアイの姿に、想像の中で泣き叫びながら必死で命乞いの声をあげるベルの姿を重ね合わせ、アルベドは口角を吊り上げた。

 

 

 

「フン!」

 

 そう一声かけると、遂に頭部が切り離された。

 彼女は心のうちを荒れ狂う感情のままに、手にしたその頭をサッカーボールのように蹴り上げ――るのは耐えた。

 

 この首はあくまであの忌々しい邪魔者の首ではない。今回の王都での人間どもが起こした蜂起において、始末せよと命じられた者の首である。これはナザリックの計画に逆らった者を誅した証として、アインズに見せるのだ。

 きっと、アインズは褒めてくれるだろう。

 

 アルベドはその様を想像し、全身血に塗れたまま、にんまりと笑みを浮かべた。

 

 

 だが、その光景を思い浮かべたとき、アルベドの心は再び憤怒に包まれた。

 高揚感と多幸感は去り、代わりにここ最近、彼女の心を蝕み続けてきた殺意という言葉では収まりきらぬほどの濁った感情が胸の中を荒れ狂う。

 

 

 彼女が思い浮かべたのはナザリック地下大墳墓、玉座の間において、自身にねぎらいの言葉をかける、至高なる御方にしてアルベドが絶対の忠誠、愛を捧げるべく存在、アインズの堂々たる雄姿。

 

 しかし、その彼女の想像の中においてもアインズの傍らは、またあの唾棄すべき異物、考えるだけで虫唾が走る、あの小娘の姿があったのだ。

 

 

 ベル。

 

 

 その存在を思い返し、アルベドは自分の親指の爪を噛む。

 

 ――あいつさえ、あいつさえいなければぁっ!

 

 思えば、あの小娘はこのナザリックに現れて以降、ずっとアインズと共にあった。

 いつもアインズと共に執務室で過ごし、アインズが不在の際には代わりの執務を執り行っていた。

 しかもアインズに対して、他のナザリックの者のように忠誠や敬意を払うことなく、敬語は使っていたようだが、気安く話をしていた。

 

 

 ――気にくわない。まったく気にくわない。アインズ様の隣には私がいるべきなのに!!

 

 

 アルベドは憤怒のままに、親指の爪を噛む。

 すでに爪どころか親指の先端までもアルベドは食い破り、赤い血がダラダラとしたたり落ちて彼女の純白のドレスを汚しているのだが、そんな己が肉を食い破る激痛にも、まったく頓着しようとすらしない。

 

 

 アルベドの見るところ、最近のアインズは何か思い悩んでいたようだった。

 常にその胸に苦悩を湛え、嘆き、苦しんでいた。

 なぜ、それほどまでに愁苦辛勤(しゅうくしんきん)せねばならぬのか? 偉大なる主の胸の内を計ることはアルベドにも出来ぬことであったが、その懊悩の原因は他ならぬベルである事には気がついていた。

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者であるアインズを心悩ませる。

 それは文字通り、万死に値し、如何なる者であろうとその報いを受けてしかるべきである。

 

 

 ――あの腐れ小娘……。

 あいつを、あいつを殺してしまえれば……。

 

 そうだ。あのベルとかいう娘は見た所、戦闘力はそこそこ程度でしかない。自分ならば容易く、且つ大して時間もかけずに打ち倒せる。

 

 

 ――いや、駄目だ。先だってのエクレアの件のように、死んだら復活してしまう。

 

 しばらく姿を見せなければ、アインズは玉座の間において、状況を確認しようとすることは間違いない。当然、ベルの死はアインズに知れる。そうしたらアインズは、すぐにでも生き返らせようとするだろう。

 

 

 では、殺さぬように注意して手足でも切り取り、塩を詰めた甕に首だけ出して押し込めでもして、どこかに未来永劫閉じ込めてやろうか?

 

 ――いや、それも駄目だ。あのベルとやらは〈伝言(メッセージ)〉が使える。

 なんらかの方法で身動きを封じたとしても、魔法を使って、その事をアインズに知らせようとするだろう。

 

 

 ならばどうする?

 

 そう考え、思考をフル回転させるアルベドの脳裏に天啓のように浮かんできたのは、普段、自分が手にしているアイテム。そして、愛するアインズのその胸の奥にて怪しく輝く球体の事。

 

 

 ――そうだ。ワールドアイテムだ。

 

 ワールドアイテムは様々な、そして破格の能力を保有する。

 その効果はそれこそ他のアイテムでは比肩(ひけん)しようものなどないほどに絶大であり、それに対しては他のワールドアイテムを以ってしなければ抗うことすら出来ない。

 あのアイテムを使えば……。

 

 

 そして、おあつらえ向きの効果を持つものがナザリックにはある。

 

 山河社稷図(さんがしゃしょくず)

 

 対象者を異空間に隔離し、閉じ込めるというアイテム。

 それならば、ちょうどいい。それにベルを閉じ込めてしまえばいい。

 

 

 しかし、そこまで考えたところで、アルベドは再び黙考する。

 

 

 良いアイディアのように思われたが、そこには大きな問題が2つある。

 

 まず1つはワールドアイテムが保管してある宝物庫。

 そこへアルベドは侵入することが出来ないのである。

 

 

 宝物庫は物理的に閉ざされ、他とは隔絶した空間だ。そこへ至るには至高の41人のみが保有を許されるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければならない。

 そして、今それを持っているのはアインズとベルのたった2人のみ。

 すなわち、その2人以外は宝物庫に保管されているワールドアイテムに触ることすら出来ないのだ。

 

 だが、アルベドは先に行われた、とある一つの事に思い至った。

 しばらく前の事、アインズとベルはワールドアイテムの効果を検証すると言い、宝物庫からそれらを持ち出し、第8階層で使用していたのだ。

 

 

 ベルの味方のふりをし、彼女をそそのかし、どうにかしてあの少女を使ってワールドアイテムを持って来させる。

 後は隙を見て、それを奪い、彼女へ使ってしまえばいい。

 

 アインズやアルベドと違い、あの少女はワールドアイテムを普段から持ち歩いてはいない。

 つまり、ワールドアイテムを先に使われれば、防ぐ手立てはないという事だ。

 なんらかの形でそれを手にし、先に使用してしまえばいい。

 

 

 だが、問題はもう1つある。

 

 あくまでアルベドは山河社稷図(さんがしゃしょくず)の効果は伝え聞く程度にしか知りえない。実際に自分で使ったことがある訳でも、効果のほどを目にしたわけでもないのだが、かつてアインズはアルベドに対し、その効果を語ったことがある。

 たしか、山河社稷図(さんがしゃしょくず)による隔離は絶対ではなく、その内部空間には必ず脱出の為のルートが生成される。そのルートを使い、対象者が脱出に成功した場合、その所有権が脱出に成功した者の方に移るらしい。

 

 

 ――駄目だ。

 そんなものでは仮に封じたところで、また戻ってきてしまう。

 どこまで父親であるベルモットからナザリックの事を聞かされているか、その山河社稷図(さんがしゃしょくず)の攻略法までも知らされているかは分からない。しかし、自分や守護者たちには劣るが、あの少女の実力は決して侮れるものではない。閉じ込めた後、何の策も講じず放置しておけば、そのうちに自力で戻ってくる可能性は高い。

 もしそうして戻って来でもしたら、自分が山河社稷図(さんがしゃしょくず)を使ってベルを閉じ込めた事が、アインズにばれてしまうかもしれない。

 どう考えても、分の悪すぎる賭けにしかならない。

 

 

 ――いや、待て。

 脱出ルートは必ず一つはあるという。

 

 ならば、そのルートを封じてしまえば?

 

 

 どうやって封じる?

 特殊技術(スキル)

 怪物(モンスター)

 罠?

 アイテム?

 そうだ、アイテム。

 

 ……ワールドアイテムならば……。

 

 

 

 ガタリ。

 

 音が聞こえた。

 石片が転がり落ちる重い音。

 

 

 思考の海に沈んでいたアルベドが目をやると、そこには瓦礫の山から這い出てきた一体のナーガの姿。

 

 アルベドとリュラリュース、その共に縦長の瞳孔を持つ瞳が互いをとらえる。

 物言わぬままのアルベドの視線に絡み取られ、リュラリュースは震えあがり、慌てて瓦礫を跳ね除け、起き上がり、言葉を発した。

 

「お、お待ちください。わ、儂はナザリックに組する者で……」

 

 

 ズン!

 

 リュラリュースは自分の胸を見下ろした。

 そこにはたった今まで、アルベドが手にしていたバルディッシュが突き刺さっている。

 

 彼はその光景に愕然と口を開け、驚愕にその顔をゆがめたまま、ゆっくりとひっくり返る。

 その身が地面に倒れ伏す前にリュラリュースは絶命した。

 

 

 音を立ててひっくり返るナーガ。

 その姿をアルベドは冷たい瞳で眺めていた。

 

 当然ながら、アルベドはリュラリュースの事は知っている。

 しかし先ほど、イビルアイを暴行した際、アルベドはベルに対する面従腹背の意をはっきりと口にしてしまっている。それがこいつの口から漏れでもしたら困る。

 

 それに今回の王都での作戦の仕切りはベルだ。

 あくまで今回のアルベドの任は王都上空を飛来するフロスト・ドラゴンの始末。それと可能ならば、『蒼の薔薇』のイビルアイを倒すことでしかない。他の者に被害が出ぬよう、彼らを守る事は含まれていない。

 後は蘇生されでもしないように、死体を処分し、死亡地点を特定されないようにしておけばいいだろう。

 ナザリックの旗下として、トブの大森林における支配権の確立という任に当たっているリュラリュース。そんな彼が、ベルの考えた策にひっぱり出されて死亡したとなれば、彼女の評価を落とすことにもつながるだろうという思惑もあった。

 

 

 

 アルベドは血に塗れた両手を組み、天を見上げ誓う。

 

「ああ、アインズ様。このアルベドこそがあなた様の忠実なる(しもべ)。このナザリックにあなた様以外の支配者など必要ありません。今しばらく御辛抱を。この(わたくし)めが、あなた様を心悩ます不敬者など、この世界から排除いたしますので」

 

 

 




 イビルアイに蘇生アイテム使ったら、どうなるんだろう?

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