オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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 しまった。
 ベルの子供口調時の一人称と、漆黒聖典隊長の素の一人称がどっちもカタカナの「ボク」だった。


2017/3/2 「存在いる」→「存在がいる」、「行って」→「行って」、「早く」→「速く」、「越える」→「超える」、「見せる」→「みせる」 訂正しました
2017/3/8 「使えるべき」→「仕えるべき」 訂正しました


第78話 ボーイ・ミーツ・……

 暗い隧道を長時間歩いて(のち)に訪れた、目が痛くなるほどの光に満ちた室内。

 誰しもが、その目が慣れるまで身動き一つ取れなかった。瞳を刺すまばゆさに幾度も瞬きをしながら、室内を見回す。

 すると、部屋の中央において彼らを待ち受けていた存在がいることに気がついた。

 

 腰に手を当て、堂々とした態度で立つ少女。

 その姿に気付き、誰もが困惑の表情を浮かべた。

 

 

 そんな中、発せられた言葉。

 

「ベルさん……」

 

 かけられた言葉に、少女は酷薄な笑みを浮かべる。

 

「ああ、やはりな。やっぱり、そっちも探りをいれていたって事か」

 

 彼女は納得したかのように頷く。

 先頭に立つ、射干玉(ぬばたま)のような黒い髪を足首まで長く伸ばした男は、スレイン法国の中でも一般には極秘とされている精鋭部隊、漆黒聖典とかいう組織だか部隊の隊長らしい。

 ベルは出来るだけ一般の者達の目には留まらぬようにしていたとはいえ、現在リ・エスティーゼ王国を乗っ取った八本指、その上層部の者達の前にはちょくちょく顔を出している。そんな彼女の顔を知っているという事は、スレイン法国の諜報網は八本指の中にも及んでいたという事なのだろう。

 

 

「あ、いえ、違います!」

 

 そんなベルの勘違いを悟った彼は、慌てて、その顔の仮面をずらして見せた。

 

「ベルさん。ボクですよ」

 

 その一見、普通の顔にしか見えぬような魔法のかけられた仮面の下から現れた、少年本来の顔。

 その幼さの残る顔を見て、ベルは虚空に目をやり、記憶をたどる。

 

 そうすることしばし。

 ベルはようやっとその顔を思い出した。

 

「ああ……たしか、アレックス……だったね」

 

 その少年の事は、最近どういう訳だか常にアルコールによる酩酊の中に浸ってでもいるかのように、思考に霧がかかっているベルの脳裏にもちゃんと残っていた。

 ソリュシャンの手前、向こうの手を読んでいたかのように知ったかぶりをしたのに、それを見事に否定された形となったベルは先の事を誤魔化すように、ふんふんと何度も頷く。

 

「つまり、あの時から疑っていた。こちらを探りに来ていたって訳か。もしかして、君が助けに入った、あのとき襲いかかってきたチンピラも、君の仕込みだったのかな?」

 

 その問いかけに、彼は勢いよく首を横に振った。

 

「ち、違います! そんな事はしていません! あ、あの時は、ボクはあなたを助けようと……!」

 

 息せき切って言う彼。

 その顔を赤くしながら弁明する彼に対し、その心のうちを悟ったソリュシャンは険のこもった、きつい目を向ける。

 対して、再度、読みを否定されたベル。恥ずかしさから思わず頭を抱えたくなってしまったが、幸いにもその衝動はアンデッド特有の精神沈静によって抑え込まれた。

 

 

 ひび割れそうになる口調を必死で抑え込み、なんでもない事のように言葉を紡ぐ。 

 

「……まあ、いいか。アレが故意だろうが、偶然だろうが、それはもう関係ないし。それよりも、だ」

 

 そうして、ベルは彼をじっと見つめる。

 視線を向けられ、彼の頬にさらに赤みが増した。

 

「君がアレックスなのはいいとして、その正体は漆黒聖典の隊長で間違いないかな?」

 

 問われた彼は、ウッと言い淀んだ。

 漆黒聖典を含む六色聖典は法国でもごく一部の人間しか知りえない秘密の組織である。おいそれと周囲の人間に存在を明かしていい訳ではない。

 しかし、ここでしらを切ってもなんら意味がないと考え、彼は正直に答えることにした。

 

「はい。そうです。ベルさん、ボクはあなたに対し、漆黒聖典……いや、スレイン法国の者を代表して、聞きたいことがあります」

 

 強ばった口調の彼に対し、ベルは特に気負う事もなく、「なに?」と訊き返した。

 

 ごくりと喉を鳴らし、緊張から、乾いた口を湿らせる。

 そして、彼は問いただした。

 

「ベルさん。あなたは今回の八本指、そして亜人たちによる王都占領に関して……なんらかの事情を知っている、もしくは関わりがあるんですか?」

「うん。そうだよ」

 

 あっさりと告げられた言葉。

 その衝撃的な告白に対し、彼のしている指輪、相手の発した言葉に嘘が混じっているかを判別する指輪に反応はなかった。

 

「あ、あなたは今回の王都占領に関して、八本指らの裏で糸を引いたものを知っているんですか?」

「知ってるよ」

「そ、それは一体……もしや、アインズ・ウール・ゴウン……ですか?」

「んー。まあ、関わってるといえば関わってるけどね。まあ、本当に裏で絵図を描いてるのは別の人間だけどねー」

「そ、その人物とは……?」

「決まってるじゃない」

 

 少女は親指で自分を指し示す。

 

「ボクだよ」

 

 整った人形のような美しい少女の顔。

 その口元が吊り上がり、邪悪な悪魔のようににたり(・・・)と笑みを形作った。

 

 

 

 その表情を見た陽光聖典の者達は、瞬間、背筋を這い上がる寒気を感じた。

 

 ――目の前の少女は見た目通りの存在ではない。

 

 そう気づいた彼らは指示を待つことなく、パッと周囲に展開し、隊長が制止する(いとま)もなく、銘々が各種攻撃魔法を放つ。

 

 

 その魔法の奔流に打ち倒され、哀れ少女は肉塊と化し、命を落とすかと思われた。

 

 しかし、予想に反し、あるいは予想通り、それで彼女が命奪われることはなかった。

 放たれた攻撃魔法、雨あられと打ち込まれたその全てが、少女に触れるか触れないかというところで掻き消す様に消え去ってしまったのだ。

 

「なんだ、あれは!?」

「魔法の防御か?」

「まさか、魔法詠唱者(マジック・キャスター)?」

「いや、魔法を発動させた気配はなかった。おそらく、マジックアイテムだ」

 

 戸惑いの言葉を口にする彼ら。

 そんな中、陽光聖典の1人が剣を片手に躍りかかった。

 彼らの本当の得意は魔法であるとはいえ、武器を使った白兵戦も十二分にこなすことが出来る。その技量は、他の六色聖典に属する専業戦士と比べれば見劣りするとはいえ、通常の戦士が相手ならば、問題なく一蹴できるほどである。

 

 この少女が一体どういう手を使ったのかは分からない。

 だが現実、彼らの攻撃魔法は打ち消された。

 その事から、魔法による攻撃を続けても、それは効率的ではないと判断したが故での行動だ。

 

 

 しかし――。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 少女は避けようともしなかった。

 その美しく長いプラチナブロンドの髪。ほっそりとした首筋。華奢(きゃしゃ)と言ってもいい肩。

 見た所、何の防御効果のある防具も装備していないというのに、力を込めて振るわれる魔法のかかった剣、その刃がまったく通らない。まるで固定された鋼の塊にでも武器を打ちつけているがごとく、その少女はびくともしなかった。

 切りかかった男は慌てた様子ながらも思いつく限り、その攻撃方法を変える。斬撃の他に刺突や殴打、更には武器に一時的な属性を与える魔法やアイテムなど、幾通りもの攻撃手段で、少女に傷を負わせようと試みる。

 しかし、どのような攻撃を受けても、少女は何の痛痒も感じた様子はなかった。

 

 

「ま、まさか、全属性防御か……!?」

「いや、そんなものがあるはずが……」

 

 そう戸惑いの声が囁かれる中、しばしの間、好き勝手に攻撃させていたベルであったが、やがて剣を振り下ろすその手をむんずと掴むと――そのまま握りつぶした。

 

 絶叫が室内に響き渡る。

 

 誰もがその外見からは想像もつかない桁外れの怪力に絶句する中、ベルは悲鳴を上げる男の膝を掴むと、同じように握り潰す。

 そうして、苦痛に泡を吹くそいつの身体を、ぽいと後ろに放り投げた。

 

 その落下地点にいたのは、露出度の大きい衣服を身に纏い、肉感的な肌を惜しげもなくさらしている見目麗しい金髪のメイド。

 

 その女は何をするでもなく、ただその場に立っていた。

 そこへ放り投げられた男が落ちてくる。

 衝突する――誰もが息をのんだが、実に奇怪な事にそうはならなかった。

 

 投げ飛ばされた男は、落下地点にいた女とぶつかった。

 ぶつかったのだが、その瞬間、女の身体が大きく歪んだ。まるで水面に物を投げ込んだ時のような波紋が、その白く艶めかしい身体の表面を走った。

 そして男はそのまま、女の中へと吸い込まれていった。

 

 

 後に残ったのは何事もなかったかのように、そこに直立するメイドの姿。

 

 

 唖然として見守る中、女の身体に再び波紋が生じ、大きく揺らいだかと思うと、何かがその身から吐き捨てられた。

 それはたった今、女に吸い込まれた陽光聖典の隊員が身に着けていた装備一式であった。

 

 

 彼らは恐怖した。

 その身に、これまで感じたことなどないほどの怖気が走った。 

 恐慌に陥りつつも、日々繰り返された厳しい鍛錬により身に染みついていた通りに彼らの身体は動いてくれた。各々、今回の任務の為に法国より支給された武器を構え、何時でも放てるように魔術の構成を練る。

 それは怯えた者が、足元に落ちていた棒っ切れを振り上げ、必死で威嚇するのと相違ない行為でしかなかったが。

 

 

 そんな彼らを手で制し、隊長は問いかけた。

 

「止めろ、お前たち! ……ベルさん、どういう事ですか?」

「ん? どういう事って?」

「先ほど、ベルさんが言った事です。今回の王都占領の計画を立てたのは……」

「うん。だから、ボクだってば」

 

 あっけらかんというその言葉に、彼は絶句する。

 彼の指輪は反応しようとしない。

 

「しょ、正直に答えてください。ベルさん、先ほどあなたはアインズ・ウール・ゴウンが今回の件に絡んでいると言いました。でも、あなたは以前、アインズ・ウール・ゴウンなる人物など知らないと言っていましたよね?」

「ああ、うん。確かにそう言ったね。知らないよ。アインズ・ウール・ゴウンなんて『人間』はね」

 

 その噛んで含めるような言い方に、ようやく彼はあの時、すでに一杯食わされていた事に気がついた。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンは人間ではない。だから、アインズ・ウール・ゴウンという『人間』は知らない、……という事ですか」

「そういう事。アインズ・ウール・ゴウンなら知ってるよ」

 

 まんまと引っ掛かったと、少女はケラケラ笑った。

 その言葉は嘘ではない事を、無情にも彼の指輪は示していた。

 

「教えてください。アインズ・ウール・ゴウンとは、何者ですか?」

「抽象的だね。アインズさんはアインズさんであるとしか言いようがないね」

「……では、そのアインズは亜人ですか?」

「うん、そうだよ」

 

 彼の指輪が反応を示す。

 その言葉は嘘だと。

 

「嘘ですね」

 

 断言した彼であったが、対するベルは笑いながら続ける。

 

「いや、嘘なんかついていないさ。アインズさんはダークエルフでね。かつて破滅の魔樹によってトブの大森林を追い出されてから、長い事、各地を放浪し続けた後にようやくこちらに戻ってきたんだよ。ボクはそこで彼と会ったって訳さ」

 

 その答えに彼は苛だたしげに首を振った。

 

「ベルさん。嘘はつかないでください。ボクの持っている指輪は嘘を見抜きます。あなたの言っている事は嘘です。何故、嘘をつくんですか」

「何故嘘をつくか。そうだね。人が嘘をつく理由は大まかに3つ。本当の事を隠しておきたいからという受動的な理由が1つ目。人を騙したいからという能動的な理由が2つ目。3つ目は――」

 

 ベルは肩をすくめ、言った。

 

「――話す気もないという無関心からだね」

「……あなたは今、この王都がどんなことになっているのか知っているんですか?」

「ん? 一通りは知っているつもりだけど」

「今、罪もない街の人々は怯えながら暮らすことを余儀なくされています。犯罪者や邪悪な亜人たちが堂々と街中を闊歩(かっぽ)し、思い思いのままに暴虐を振るっています。人々の心は嘆きと怨嗟に包まれています」

「ああ、そうみたいだね」

「あなたは心が痛まないんですか?」

「ん? 心が? なんで?」

「なんでって……」

 

 目の前の少女が発した、本当に訳が分からないという様子の言葉に、彼は思わず絶句した。

 

「あ、亜人たちの暴威にさらされているのですよ。この街の人間は」

「うん、そうだね」

「彼らはトロールやオークに貪り食われ、戯れによって命を奪われているんです」

「うん、そうみたいだね」

「あなたは同族たる人間が他種族の脅威にさらされているのを前にして、何とも思わないんですか? 人間ならば誰しもその心のうちに良心があるはず。同族意識があるはずです。あなたは同じ人間である、この王都の人の苦難、その現状を見ても何とも思わないんですか? 亜人たちを野放しにするという事は、あなたの知り合い、大切な人、友達が同じ目に遭うかもしれないんですよ」

 

 

 鬼気迫る勢いでの必死の訴え。

 しかし、それを聞かされた当のベルはというと首をひねった。

 

「友達が……ねえ?」

 

 

 知り合い。

 大切な人。

 友達。

 

 そう言われて、ベルの脳裏に浮かぶのはただ1人。

 

 

 豪奢なガウンに身を包み、その眼窩の奥からペカペカと赤い光を発する白い骸骨。

 

 今はアインズ・ウール・ゴウンと名を変えたモモンガ、鈴木悟である。

 

 

 

 ベルにとって、この世界において、アインズだけは別格の存在だ。

 それは、ベルの知る限り、アインズのみが『人』であるからである。

 

 

 

 他の者達、アルベドやデミウルゴスら守護者たち。

 ソリュシャンやシズ、エントマら、プレアデスの面々。

 ナザリック内を警備する領域守護者や各種モンスター。

 主に9階層以下でこまごまとした雑事をこなす一般メイドたち。

 

 彼らも大切な存在ではある。

 愛着もある。

 

 

 しかし、彼らはあくまでNPCでしかない。

 所詮は、ただのゲームのキャラクターだ。

 今は異形種の姿となっているとはいえ、中身は実際に生きた『人』であるアインズとは決定的に異なる。

 

 確かにベルといえど、彼らNPCたちに対し、ぞんざいな態度を取る訳にもいかない。

 彼らに攻撃されれば自分も怪我をするし、彼らの反意を買う事は決してよろしくない結果を生む。様々なところで悪影響が生じるし、無駄な火の粉をかぶることになる。

 そうならないように行動や言動には注意すべきだし、時には報奨を与えるなどして、気を配ってやらねばなるまい。

 

 だが、それはあくまでも、自らに不利益となる結果を避けるためでしかない。

 

 飼っている犬でも叩けば噛みつかれる。なら、無理に叩こうとはせず、頭を撫でてやっていれば、忠犬として役に立つ。

 犬は有益であり、大切にすべき存在であるが、それでも『人』とは違う。

 

 そして、対等の存在である『人』は、この世界にアインズただ一人しかいないのだ。

 

 

 ましてや――。

 

 

「んー、いや、別に知り合いでもないから、この街の人間がどんなひどい目に遭おうと構わないし。それに、別に人間なんて、いくら死んでもいいじゃない」

 

 

 ベルはそう言い切った。

 

 ナザリックにいるNPCたち。

 彼らについては、あくまでゲームのキャラクターとは言え、自分の味方であり、かつての友人たちが作ったものであって、自分たちに忠誠を誓い、懐いてくる様子を見れば愛着も湧いてくる。

 

 

 しかし、この世界に住んでいる、人間を始めとした生き物たちには、別に執心する理由もない。

 

 

 カルネ村のエンリやネム、自分の配下となったマルムヴィストらなど、ちょっとしたきっかけから目にかけている者については、お気に入りとして庇護の対象と捉えてはいても、そこらに大量にいる者たちなど、特に気にかけるべき存在でもない。

 

 ゲームで経験値稼ぎの為に倒す敵一匹一匹に、あいつらにもこれまで生きてきた人生があったんだぞと言われてもピンと来ないように。

 戦略SLGにおいて、戦闘により減った戦力、そしてそれが時間回復で元に戻るのを見て、失った兵士、そして新たに兵士となった者、一人一人の身の上を考えることなどないように。

 

 

 この世界に暮らす人間を始めとした生物たちの事など、いつのまにか勝手に湧いて出るモブキャラと同等にしか、ベルは認識していなかったのだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「別に人間なんて、いくら死んでもいいじゃない」

 

 目の前の少女は、特になんでもない事のように、そうつぶやいた。

 その言葉を耳にした彼らは、言葉を失った。

 

 眩暈がした。

 一体、今、自分たちが相対してる人間――いや、存在は何なのか?

 

 蛇と対峙した人間が感じる、本能に根差した原始的な恐怖。

 それに似た、全く異質なものと相対しているような感覚が彼らを襲った。

 知らず知らずのうちに、陽光聖典の者達の心臓は高く脈うち、その呼吸も速くなっていく。

 

 

 そして、それはアレックス――いや、漆黒聖典の隊長もまた同様であった。

 彼はまるでそれが直視したくない現実をも切り裂くことが出来るかのように、その手にしている槍を、恋い焦がれた少女に向ける。

 

「ベルさん。あなたは一体何者なんですか?」

「んー、そう聞かれても答え辛いね。自分は一体何者なのか。……ふうむ。そうだね、今は何者なんだろうね」

 

 

 言われて考える。

 

 ――確かに今の自分は何なのだろう?

 巨躯のアンデッドであったはずが、人間の少女になってしまっている。

 すると、今の自分はアンデッドなのだろうか? それとも、人間なのだろうか?

 少なくともアンデッドの特性を保有している事から、アンデッドなのだろうが――いや、そもそもな話、当然ながらリアルでは人間だったのだから、人間の範疇になるのだろうか?

 

 

「あれ?」

 

 ベルは記憶をたどる。

 彼女は、いや彼はかつてリアルにおいてごく普通に、一般人として生活していた。

 社会人として、同僚たちと共に日々忙しいという言葉では収まりつかぬほどの過酷な、いわゆるブラックな労働環境の中、働いてきた。

 そのはずであったのだが――。

 

「んんん?」

 

 ベルは首をひねった。

 いくら記憶をひっくり返しても、当時、共に働いていた同僚たちの顔がはっきりとは思い出せないのである。ついでに言えば、自分がかつて置かれていたのがひどい環境だったことは心に刻まれているが、具体的にどんな環境であったか、非常にあやふやにして曖昧模糊たる記憶しかなかった。

 そもそも、その頃の記憶が、まるで記録映画の中のような、現実感のないもののようにしか感じられなかった。

 

 何やら自分が自分でないような、何か大切なものを忘れているような。

 手が届きそうで届かない、掴もうとするたびに指の間からすり抜けるような、そんな感覚。

 言葉にならないものが波のように、己の胸の内に押し寄せては引いていく感覚にもどかしさを覚えた。

 それが一体何なのか。あと少しで思い出せそうだったのだが――。

 

 

「まあ、いいか」

 

 ベルはそう独りごちた。

 

 

 ――昔の記憶なんか、とりあえず今はどうでもいい。

 ど忘れくらいあるだろう。

 今、思い出せないんなら、そのうち、何かのきっかけで思い出すだろう。

 

 

 その胸の内に湧いた、かつての記憶の残滓、人としての感情は、すくいあげられることなく雲散霧消してしまった。

 

 

「まあ、悩むのは後でもいいか。とりあえず、こっちを片づけよう」

 

 そう言うと、彼女は虚空から一振りの戦槌を取り出した。

 その可憐な姿にはあまりにも不釣り合いな、歴戦の戦士たる陽光聖典の彼らをして、見ただけで身の毛もよだつような、おどろおどろしい装飾がびっしりと施された、奇怪な形状の凶器。

 

 それよりなにより、その場の者達の総身を震わせたのは、唐突に叩きつけられた殺意。

 

 目の前の少女から、垂れ流される濃厚なまでの殺気の奔流に、彼らは骨の髄まで(すく)みあがった。

 慌てて互いに〈獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)〉をかけ合い、その胸に湧いた恐怖を抑えようと試みたものの、それでも彼らの足の震えは収まろうとしない。

 

 かつて経験したことのない感覚を前に、彼らは狼狽し、恐れ慄いた。

 

 

 

 そんな中、隊長である彼は、きつく歯を食いしばり、足の震えをその神人たる力で無理矢理に押さえつけた。

 

 

 ――この少女は恐るべき相手だ。

 

 彼はまだ若いながらも、これまで幾多の強敵と相対してきた。

 だが、彼が今感じている感覚は、今まで一度も経験してきた事がないものであった。

 

 ――この少女はドラゴンよりも、巨人よりも、そして下手をしたら法国最深部に控えるスレイン法国の切り札たる最強の存在、『絶死絶命』すらをも超える存在かもしれない。

 彼女を放っておくわけにはいかない。

 たとえ、自分の命と引き換えにしても打ち倒さねばならない。

 たとえ、この六大神の遺産を使用してでも。

 

 

 彼は唇を噛みしめ、決意した。

 その槍先に巻きつけていた布を取り払う。

 

 見るからに粗末なボロ布――のような外見の、実際はこれも六大神が残したものの一つである、(まと)わせたものの詳細を隠蔽する効果のある強力なマジックアイテム。

 それを取り払った事により、彼の手にしていた、身につけた装備に比すればどう見ても粗末としか言いようのない木製の槍、その真の姿が(あら)わとなる。

 

 

 それを目の当たりにし、さすがのベルも目を見張った。

 

「なっ! それは……!?」

 

 実物に見るのは初めてだが、ベルはそれをよく見知っていた。

 それはベルに限らず、ユグドラシルのプレイヤーであれば、いや、実際にプレイしたことは無くとも、ユグドラシルというゲームの情報に触れたことがある者ならば誰でも、真っ先に見聞きする最も有名なアイテム。

 

 ゲーム中に存在するアイテム群とは一線を画す、桁外れの能力を持つとされるワールドアイテム。その中でも破格の壊れ性能を持ち、『二十』と言われた物があった。

 その筆頭として必ず名前があげられる、使用者のロストと引き換えに、対象となった相手をロストさせるという作成者の正気を疑うようなアイテム。

 

 『聖者殺しの槍(ロンギヌス)』。

 

 それが今、彼女の目の前にあった。

 その切っ先が、自分へ向けられていた。

 

 

 誰もが言葉もなかった。

 陽光聖典の者達もまた、初めてその真の姿を現した、六大神の残した遺産の中でも最高峰のアイテムを前に、震え続ける己が足の存在すらも忘れて息をのんだ。

 

 

 そして、その穂先を前にして、ベルもまた冷や汗を流していた。

 

 ――拙い。

 

 彼女の口元がわずかに歪む。

 

 

 

 これまで泰然自若たる態度を揺るがしたことのなかった少女の動揺を見て、彼は勝機を見て取る。

 

「ベルさん。あなたは……これを知っているようですね。これは『ロンギヌス』。スレイン法国を作り、人類を凶悪な怪物(モンスター)から救った六大神の残した遺産です」

「……君はそれを使うってことが何を意味するか分かってる?」

「はい。分かっています」

「それを使えば君は死ぬ。通常の蘇生魔法も効かない。それもちゃんと分かっている?」

「ええ」

 

 彼は迷いを振り払うかのように、深く頷いた。

 

「ベルさん、あなたの正体はよく分かりません。しかし、あなたは危険すぎる。そんなあなたを野放しにすることは出来ません。ベルさん、すみません。死んでください。ボクも……あなたと共に死にます」

 

 そう言って、隊長は懐から一つのアイテムを取り出した。

 その奥に炎を湛えた青紫色に怪しく光る宝玉(タリスマン)

 

「これは魔法やアイテムによる特殊効果を無効化するマジックアイテムです。ベルさん、あなたはどうやってだかは分かりませんが、先ほど攻撃や魔法を無効化してました。しかし、これを使えば、あなたにかかっている特殊効果を一時的に打ち消すことが出来ます。これを使えば、この『ロンギヌス』の効果を無効化することは出来ません」

「なっ!?」

 

 その言葉に、ベルはこれまでにないほどの動揺を見せた。

 目に見えて狼狽し、彼が手にしたアイテムを奪おうと一足飛びに距離を詰める。

 

 

 しかし、如何に彼女といえど――時間を止めることでも出来れば別だが――それは間に合わない。

 隊長は宝玉(タリスマン)の効果を発動させる。

 一瞬、まばゆいばかりの光が察せられたかと思うと、光の波動が辺り一面を駆け抜けた。

 

 

 

 同時に、彼は手にした槍を発動させた。

 己が命と引き換えに、相手の命を奪う、いわば呪いのようなアイテム。

 

 粗末な造りの木の槍が金の光に包まれる。

 ついにその効果が発動される。

 

 彼はその発動先として、恋した少女を選んだ。

 かつて、街角で出会った時の少女の笑顔が彼の脳裏を駆け巡る。

 

 その記憶と共に目をつむる。

 彼は全ての思いを振りきるように、手にしたワールドアイテムの力を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 ガッ!

 

 その手のロンギヌスが荒々しく奪い取られた。

 驚愕に目を見開く彼。

 

 その目の前には、自分が命と引き換えに殺すことを決意した少女がいた。

 そして、その顔は(まなじり)が吊り上げられており、怒り心頭に発するという言葉の通りの表情が浮かんでいた。

 

 

 彼女はその手の戦槌を振るう。

 それは隊長の腹に突き立った。

 

「げはっ!」

 

 思わず息が漏れ、苦痛のうめきと共に、その体が吹き飛ばされる。

 大理石の床を転がる彼の身体を陽光聖典の者達が助け起こし、その身に回復魔法をかける。

 それによって傷は癒えたものの、彼は身じろぎ一つ出来なかった。

 少女が生きていること、そして彼自身がいまだ生きていることに驚愕していた。

 

 

 そんな彼の視線の先では、男物のスーツを身に纏った美しい銀髪の少女が、先ほどまで彼の手の中にあったワールドアイテムをその手に掴み、忌々しげに睨みつけていた。

 

「一つ、レクチャーしよう」

 

 彼女は苛ついた様子でそう口にし、戦槌から手を離す。支えるものがなくなったというのに、その武器は床に落ちることもなく、彼女の周りをふよふよと漂っていた。

 そうして空いた手を虚空に突っ込む。

 引き抜かれた手には、一着の衣服。

 それを見た彼は息をのんだ。

 

「それは……! まさか、『ケイ・セケ・コゥク』!?」

「違うわ、アホがっ!」

 

 これまでとは明らかに異なる、憤懣やるかたないといった調子で怒鳴るベル。

 

「これはワールドアイテム『傾城傾国(けいせいけいこく)』。その能力は一体のキャラを支配状態に置くこと。そして、お前が使った『聖者殺しの槍(ロンギヌス)』だけど、効果は使用者を抹消する代わりに対象者を抹消すること。ここまではいいか?」

 

 その振りまかれる勘気に思わず、首を縦に振る。

 

「はい。それでは次だけど、ワールドアイテムの効果を防ぐことはほぼ不可能。ごくわずかな例を除いてな。そのごくわずかな例の中でも最も有名且つ一般的なのが、ワールドアイテムを所持すること」

 

 手にした白銀の衣服をひらひらと振る。

 

「分かるか? つまりワールドアイテム『傾城傾国(けいせいけいこく)』を持ってるから、俺には『聖者殺しの槍(ロンギヌス)』は効かなかった。逆に言えばワールドアイテムを持っていなければ、『聖者殺しの槍(ロンギヌス)』を防ぐことは出来ない。つまり、その特殊効果を無効化する宝玉(タリスマン)を使ったのは、まったく無駄だって事だよ!」

 

 

 もはや八つ当たりと言ってもいいほどの癇癪を爆発させるベル。

 彼女がそこまで怒りを(あら)わにしている原因。

 その訳は――。

 

 

「べ、ベル様……あ、あなたは一体……」

 

 呆然とつぶやくソリュシャン。

 今浮かんでいる表情は、普段の彼女からは想像も出きぬほど。その目はこぼれんばかりに見開かれ、驚愕のあまりパクパクと口を動かし、愕然とするその体には震えが走り、まさに瞠目結舌(どうもくけつぜつ)といった有様であった。

 

 

 ナザリック地下大墳墓に所属する者達は皆、似たような気配を発している。彼らはそれをもとに敵と味方の区別をつけることが出来る。

 そして、特に彼らが仕えるべき存在、至高の41人は明らかに他のNPC達とは異なる気配を発しているのである。

 

 ベルは自身の存在を隠蔽する受動的特殊技術(パッシブスキル)を保有している。さらに常時身に着けているアイテムによってその効果を増幅させ、彼女が発する気配を完全なまでに遮断していた。

 

 

 そう、普段は。

 

 

 しかし、今、漆黒聖典の隊長が使用したアイテム。敵味方、強化(バフ)弱体化(デバフ)問わず、周辺の特殊効果を無効化するアイテムにより、それらまでもが無効化されてしまったのだ。

 その結果、隠すものがなくなり、発せられたその気配。

 

 アインズと同様の、至高の41人が発する、灼熱の太陽にも似た圧倒的なオーラ。

 

 それが今、後ろに控えていたソリュシャンの身に降り注いでいた。

 

 

 これまで、ベルとベルモットが同一人物である事は、ナザリックの者達にも秘密にしていた。その事はアインズ以外知りえない。

 その秘密が、ワールドアイテムの効果、能力をはっきりと知らぬまま、周囲の特殊効果を無効化するアイテムを誤使用した隊長の行動によって、ついに露呈してしまったのだ。

 

 

 

 ベルは苛立ちまぎれに、一つ舌打ちをした。

 そして、手にしていたものをアイテムボックスの中へと放り込む。 

 その様子を見ていた者達は、虚空へと消えたアイテムをまるで手品でも見たかの如く、呆然と眺めていた。

 

 彼らは即座には気がつかなかった。

 法国が守る六大神の遺産。そのうちの2つ、『ケイ・セケ・コゥク』と『ロンギヌス』が失われた事に。

 

 

 先ほどまでの余裕があった表情とは異なる、冷たい憤怒を湛えた目でベルは相対する六色聖典の面々を眺めた。

 

「さて、茶番は終わりだ」

 

 その言葉と共に、どこからともなく幾本もの武器が出現する。

 剣。戦槌。槍。刀。ナイフ等々……。

 

 それらはグルグルと仁王立ちする少女の上空をめぐる。

 

 

 そして、ベルは冷たい瞳で彼らを見る。

 これまで特殊技術(スキル)によって隠蔽されていた彼女本来の実力、100レベルキャラクターとしての強さが白日の下に晒され、それを感覚として理解し、凍りつく彼らの事を。

 

 

 漆黒聖典の隊長は言葉もなく、ただその瞳を見返した。

 彼はその瞳の奥底にあるものに気がついた。

 明確にして残酷なまでに、自分たちこの地に生ける人間とは全く異質なものが、その奥に湛えられているという事に。

 彼女の向ける視線。その先にある自分たち。しかし、彼女はその目に人間を見ているのではないという事に。

 その目には怒りがある。しかし、それは腹の立つ相手、人間に向けるものではなく、ただ道端で(つまず)いた路傍の石に向けるようなものであった。

 

 

 毛骨悚然(もうこつしょうぜん)とした視線が集まる中、ベルはそのほっそりとした白魚のような手を上へと掲げる。

 そして、命令を待つ者達に下知を下すように、振り下ろした。

 

 

 

 

 ベルはぴんと立てた人差し指を、頭上でくるりと回す。それに合わせて、空舞う彼女のフローティングウェポンがぐるりと周囲を一回りし、その身を染めていた鮮血を弾き飛ばした。

 そして、その小さな指先でアイテムボックスの入り口を開くと、そこに出来た空間に次々と空飛ぶ武器たちが飛び込んでいく。

 

 

 そうして、全ての武器を自分のアイテムボックスにしまうと、ベルは周囲を見回した。

 辺り一面はまさに血の海という表現がぴったりくる有様である。 

 その場にいまだ命長らえている者はいない。

 あらためて、それを確認すると、彼女は安堵の息を吐いた。

 

 

 そして、その顔に渋いものを浮かべる。

 ガリガリと頭を掻く。

 

 しばらくそうしていたが、思い切って彼女の後ろに(たたず)む、彼女お付きのメイドの方へと振り返った。

 頭2つ分は高いところにあるその顔は、いまだにあまりの衝撃から回復せず、愕然としたものを浮かべていた。

 ソリュシャンは混乱のあまり、頭の中が真っ白となったまま口を開いた。

 

「べ、ベル様。あなたは……いえ、あなた様はっ……!?」

 

 口にしかけたソリュシャンの言葉を、手をあげて制止する。

 そして、人差し指を立てると、それをいまだ女性のたしなみである紅すらもささない、幼い桃色の唇へと持っていく。

 

「ソリュシャン。このことは秘密にね」

 

 そう言って、ぎこちなく片目をぱちりと閉じてみせる。

 それに対して、ソリュシャンは反駁した。

 

「な、何故ですか!? こ、このことを皆に……」

「待った、待った。落ち着いて。ほら、今ナザリックにはボクとアインズさん2人がいる。ボクがアインズさんと同じようにギルメン、至高の41人の気配でも発したら、ナザリックの皆はどっちの命令に従えばいいのか、混乱するよね?」

 

 その言葉には、ハッとさせられた。

 確かに、今のナザリックは至高の41人の方々が離れており、最後に残ったのはアインズただ1人。ベルはというと、あくまでその娘でしかない。

 

 アインズの命令、意思こそ、最も優先されるべきものであり、ベルの指示はそれに次ぐものであると序列が決まっている。

 仮に、アインズとベル、2人の命令が相反した時は至高の41人であるアインズの命が優先される。

 ――幸いにして、今までそんなことは無かったのだが。

 

 

 これはナザリックの者であれば、とくに意識するでもなく、当然の事だ。

 

 しかし、ここで考えることがある。

 今、分かった事実。

 もし、アインズの他にベルもまた、至高の41人と同等の気配を発していたとしたら……。

 

「ね? 優先順位の問題が出てきて、指揮系統が混乱するでしょ? だから、このことは誰にも秘密のままに、ね」

 

 語られた理由に納得したソリュシャンは、一度ごくりと喉を鳴らすと、深く頷いた。

 その仕草に、満足そうな笑みを浮かべたベルはようやく肩から力を抜いた。

 

 

 ――この事がソリュシャンの口から洩れていたら、拙いことになるところだった。

 

 ただのギルメンの娘と思われていたベルが、ギルメンと同様の気配を発することが出来る。

 このことが知れ渡れば、ナザリック内でのベルの地位は確実に上がる。これまでも相応の敬意を払われていたのであるが、それとは一線を画す扱いを受けるだろう。ナザリックのNPCたちのギルメンに対する感情は並外れている。はっきり言って、常軌を逸しているといっても過言ではないほどだ。

 

 しかし、それはあまりよろしくない結果を生みかねない。

 

 現在、ナザリックはたった一人残った(ということになっている)ギルメンであるアインズの下に収まっている。

 そんな中、ベルもまた同様の気配を持っているとなれば、先程ソリュシャンに語った通り、優先順位の問題が出てくる。下手をしたら派閥ができかねない。

 そうなれば、面白くないのはアインズだろう。

 自らの地位を脅かしかねないベルに対し、猜疑の心を持ちかねない。

 そうなれば、これまで上手くいっていた2人の関係も壊れかねない。

 

 実際の所、アインズはそんな事思いもしないだろうが、精神が歪んでいるベルは、自分ならやりかねない、いや絶対にやると考えたため、アインズもまた同様に考えるかもしれないと思い込んでいた。

 

 ベルとしても、別に無理に今の現状を壊す気はない。

 アインズの気が変われば、自分の立場も危ういとは危惧していながらも、先日、ワールドアイテムである『傾城傾国』を秘かに手に入れたことから、その心のうちにあった懸念は大きく減ぜられていた。

 万が一、何かあっても『傾城傾国』があれば、何とか立ち回ることが出来るかもしれないという思惑から、心に余裕が生まれている。

 今のところは現状維持で十分であった。

 

 

「さて、じゃあ、とにかくこの死体を片づけないとな。とくに、このアレックス――漆黒聖典の隊長とやらの死体は」

 

 ベルの視線の先にあるのは、ただ無残に倒れ伏す、幾重にも投げつけられたフローティングウェポンの連撃をその身に受けた少年の遺体。

 うつ伏せに倒れた少年の顔に浮かんだ表情――恐怖を張りつけているのか、憎悪に歪んでいるのか、それとも穏やかに微笑んでいるのかすらをも確かめようともせず、ベルは肩越しに親指でソリュシャンに指示をした。

 

「あの隊長はユグドラシルの装備を身に着けていたみたいだから、回収しといてね。あと、死体を残しておいて蘇生されると面倒だから、そいつだけは中にしまっておいて。後の連中は、ナザリックで回収して、アンデッドの材料にでもしてしまえばいいや」

 

 深々と(こうべ)を垂れ、了承の意を示すソリュシャン。

 そんな彼女を背後に、ベルは扉へ足を向ける。

 玉座の間へと繋がる扉の方へ。

 

 

「さて、宴もたけなわのようだけど、そろそろ締めに入ろうか」

 

 

 




 これでようやく突入組、一巡しました。

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