オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2016/1/1 『地獄の彷徨が轟くまでは』→『地獄の咆哮が轟くまでは』に訂正しました
2016/5/21 「補足」 → 「捕捉」 訂正しました
2016/7/24 魔法詠唱者に「マジック・キヤスター」というルビをつけました
2016/8/11 「一人残らず燃え尽きた」→「一体残らず燃え尽きた」 訂正しました
2016/10/5 ルビの小書き文字が通常サイズの文字になっていたところを訂正しました
 威光の主天使に「ドミニオン・オーソリティ」のルビがちゃんとついていなかったところを訂正しました
2016/11/13 「吊り上げる」→「釣り上げる」、「別かれ」→「分かれ」、「ガゼフ・スロトノーフ」→「ガゼフ・ストロノーフ」、「抑さえる」→「押さえる」、「吹き出ている」→「噴き出ている」、「攻勢防壁」→「攻性防壁」、「行った」→「言った」、「例え」→「たとえ」 訂正しました



第8話 陽光聖典との戦闘

「なるほど……確かにいるな」

 

 村長の家の窓、鎧戸をわずかに押し上げて外の様子をうかがっていたガゼフがつぶやく。

 

「一体、あの者たちは何者でしょうか? 先ほど村を襲ってきた騎士たちの後詰とか?」

「正確な意味での後詰ではないだろうが、おそらく関係はしているだろうな」

「ほう? と、言いますと?」

「ゴウン殿、あれを見ていただきたい」

 窓の合間から見える範囲には軽装の人影が三人。そして、炎に包まれた剣を持つ天使たちを引き連れている。

 

《ベルさん。あれってユグドラシルの炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)じゃないですか?》

《おそらく、そうですね。やっぱり、エイトエッジ・アサシンの報告は正しかったみたいですね》

 

 先ほどガゼフと戦っていたとき、ナザリックからこちらに来た時の後詰として派遣されていたエイトエッジ・アサシンより、人間らしき魔法詠唱者(マジック・キャスター)炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)の一群が村に接近しているとアインズさん経由で〈伝言(メッセージ)〉があったのだ。

《なぜ、ユグドラシルの怪物(モンスター)が? この世界はやはりユグドラシルと何か関係があるんでしょうか?》

《はっきりとは分かりませんね。ですが、ユグドラシルの魔法が使えたり、アンデッド召喚とかのスキルが使えるみたいですから、向こうも何らかのユグドラシルの魔法が使えるのかもしれません》

 

 〈伝言〉でモモ――アインズさんとやり取りしている間にも、ガゼフの説明は続く。

 

「あれは天使だ。特に法国の者たちから言わせると、神から遣わされた存在とかいう奴だな」

「ふむ。――その言い方ですとストロノーフ殿は、あれは神から遣わされたものではない、とお考えで?」

「ええ。法国ではそう言われているが、王国の神官から言わせれば、ただの召喚モンスターだそうだ。まあ、私に取って気になるのは強さはどれくらいか、対処はどうするかだけで、実際はどうかなどどうでもいいことだが」

「ははは。なるほど、確かに。それで話は戻りますが……」

「単刀直入に言うと、おそらくあの者たちはスレイン法国の人間。それも特殊工作任務を専門に行う六色聖典と呼ばれる者達だろう。そして、先ほどのバハルス帝国の紋章がある鎧を着た兵士達は王国戦士長である私を釣り上げる餌、といったところかな」

「……ストロノーフ殿が少数の手勢を連れて、村々を襲っている帝国に所属しているであろう騎士の討伐におもむいたところを、あの者たちが襲撃するという事ですか。しかし、王国側は罠の可能性を考えなかったので?」

「お恥ずかしい話だが、王国内も一枚岩という訳ではないのだ。大きく王に近い派閥とそれに反発する大貴族らの派閥に分かれ、政権抗争をしているのだよ。私は王派閥の、それも自分で言うのもなんだが、かなり重要な人物なのでね」

 

《面倒な事ですねぇ》

《いやはや、まったく》

 

 

 そうこうしていると、外から声が聞こえてきた。

 

『聞こえるか! ガゼフ・ストロノーフ!』

 

 全員が耳をすます。

 

『ガゼフ・ストロノーフよ。おとなしく武器を捨てて出てくるのだ。お前が抵抗せずに捕まるのなら、他の村人たち、並びにお前の部下たちに危害を加えないことを約束しよう』

 

 その言葉に、その場にいた者達、俺にアインズさん、アルベド、ガゼフの部下たちに村人たちの視線がガゼフに集まる。謎の武装集団が村を包囲しているという事で村人たちは再度、村長宅へと避難していた。

 

「えーと。一応言っておくけど、あれって確実に嘘だと思うよ。だってさ、ストロノーフさんをおびき寄せるためだけに村を何個も襲うような連中が、約束を守ったからっていって見逃してくれるわけないし。むしろ、口封じにって皆殺しにされると思うよ」

 

 とりあえず、誰かが発言する前に、前もって言っておく。

 村人の中には最初の発言でやや困惑の表情を浮かべていた者もいたが、俺の予測を聞き、ほぼ全員が体を震わせ恐怖に耐えるような様子に変わった。

 まあ、さすがにみんな言わなくても大なり小なり分かってる事だったんだろうが、万が一、一縷の望みをかけて~なんて感じでおかしな事を言い出したりしないように釘をさしておいて正解だったか。

 

「で、では、どうすれば?」

 

 震える声で村長が問いかける。

 

 ガゼフは決意、信念、そして自信に満ち溢れた声で答えた。

 

「むろん。あいつらは我々が倒します」

 

 そうして、俺たちの方を向く。

 

「ゴウン殿、並びにお仲間の方々、私に雇われてはいただけないだろうか?」

「はい。分かりました」

 アインズさんが間髪入れずに答える。

 

「ありがたい。報酬ですが、今は手持ちが少ないのだが……」

「それは後でいいでしょう。戦士長殿を信用しますよ」

「かたじけない」

「いえ。困っている人を助けるのは当然の事、ですから」

 

 あー、そうだ。その報酬気にせずで人を助けるってのは胡散臭がられたりするから止めた方がいいって、さっきも言おうと思って結局言ってなかったな。

 まぁ、今回はガゼフに信頼の表情を向けられているから、いいけど。

 

「重ね重ね感謝する。私の事はガゼフで構わない」

「ふむ。では、私の事はアインズで構いませんよ。ガゼフ殿」

 

 ガゼフは微笑む。信義を共にする者への信頼と友誼の笑みだ。

 

 

 ――なんというか。

 男の友情展開なんだけど、なぜだか、ちっとも心に響かない。

 俺ってこんなに冷淡だったかな? とりあえず、実体験はともかく話として聞く分には、こういうのはそれなりに感動してた気がするけど……。

 まあ、いいか。そういう正義の味方RPはアインズさんに任せるか。

 さて、じゃあ俺は作戦を考えるとしよう。

 

「それじゃあ、あいつらと戦うってことでいいね? じゃあ、まず、こうしよう……」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ニグンはほくそ笑んだ。

 ようやくガゼフ・ストロノーフを捕捉することができたのだ。これまでに、すでに村を四つも壊滅させてしまっている。大いなる信仰と大義に身をささげた自分にとって、目的のために犠牲を出すことに罪悪感こそないが、無為に人間を殺すことはそもそも本意ではない。

 

 ガゼフらは今、広場に面した最も大きな家に身を寄せている。他の兵士、村人も一緒だ。その家は村の中でも最も大きいが、石造りなどという事はなく普通の木造だ。火をかければ容易に燃やし破壊することができる。

 そして、ニグン配下の陽光聖典の者達はすでに取り囲むように配置が完了している。

 さらには、ガゼフの性格からして村人を残して自分だけ逃げるという事もあり得ない。

 袋の中のネズミという言葉そのものだ。袋から逃げ出したところを殺してもいいし、袋ごと潰してもいい。

 

 その家は村の中央部にあるため、近づくには遮蔽物となる他の家の脇を通らなければならないのが面倒だが、それらの家には隠れている人間などはいないようだ。本当ならそれらはすべて焼き払ってしまった方がいいのだが、家を燃やすことで村人たちが自棄になりガゼフに協力することは避けたい。村人が敵となって襲い掛かってくるならただ始末するだけでいいが、ガゼフを逃がすために何らかの偽装をされると面倒な事になる。

 ようやく訪れた絶好の機会。ここで確実にガゼフを仕留めたい。村人はガゼフを縛る枷。せっかくの枷を自分から切り捨てることはすべきではない。

 獲物を始末するまでは。

 

 

 立てこもっている者達に降伏勧告をする。

 まあ、これで出てくるとは思えないが、村人らと少しでも仲たがいを引き起こすことが目的だ。守るべき村人に責められれば、判断が鈍るだろう。

 

 だが、予想に反して扉は開き、中からガゼフが一人出てくる。

 

 予想外の事に一瞬呆気にとられたが、すぐに気を取り直す。

「ガゼフ・ストロノーフよ。おとなしく縛につけ。そうすれば、他の者たちは助けてやろう」

 馬鹿馬鹿しいが、再度、建前の口上を述べる。

 それに対するガゼフの答えは、冷笑であった。

「そのような世迷言を信じるものがいるとでも?」

 

 愚かな虚勢だ。

 どうあろうと、この状況を覆すことなど出来はしない。せいぜい強がりを言うといい。

 

 ニグンは手で合図を送る。

 包囲を狭めよ。

 自分たちの一番の目的は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを抹殺すること。目撃者を出さないことも重要だが、それはあくまで二の次。ガゼフがどのような策をとろうが、ガゼフ本人さえ殺してしまえば、後はどうとでもなる。

 

 配下の者達が二重の包囲を行い、更に上空には炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が陣を組む。

 いかに優れた戦士と言えど、たった一人、もしくはその部下たちがいたとしてもこの陣形を崩すことなど出来はしない。

 絶対の自信を持って、ニグンは攻撃の号令を下した。

 

 取り囲んだ魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちが一斉にガゼフめがけて魔法を飛ばす。

 

 

 その瞬間。

 轟音とともに壁がはじけ飛んだ。

 

 ガゼフが出てきた家から飛び出てきた影が、自ら盾となり全ての魔法を受け止めたのだ。

「オオオオァァァアアア!!!」

 そしてその暴力を具現化したかのような巨体は、生きるもの全てを憎み、聞いた者に戦慄を呼び起こす雄たけびをあげた。

 

 

 その姿を見てニグンは目を見開いた。

「ば、馬鹿な! そんな、まさか……デ、デスナイトだとぉっ!?」

 

 デスナイト。

 スレイン法国の中でもエリートのみが入ることができる陽光聖典。その中でも上位の人間であるニグンでさえ、記録でしか見たことのない伝説級アンデッドである。

 剣技では英雄に足を踏み入れた者でしか太刀打ちできず、そしてそいつに殺されたものはアンデッドとなり、さらにそのアンデッドに殺されたものはまたアンデッドとなり……と際限なく不死者の軍団を増やしていく最悪のアンデッド。

 

 それが今、自分の目の前にいるのだ。

 

 配下の者たちにとって、それがなんであるかは分からないが、魂を凍り付かせる咆哮、眼窩に灯る生者を憎む紅い炎、あきらかに自分たち人間の敵であり圧倒的殺戮者であることは見て取れた。

 

 怯えた者たちが、召喚した炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)に攻撃指示を出す。そして自らも魔法を浴びせかける。

 

 だが、突撃した天使たち数体は瞬く間に、常人なら両手でしか持てないような巨大なフランベルジュで切り伏せられた。続く魔法の攻撃も、容易くタワーシールドで防がれた。

 自分たちの攻撃が何の痛痒も与えられなかったことに、恐怖を覚える法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)たち。

 だが、ニグンはその中で閃くものがあった。

 

「ガゼフだ! ガゼフに魔法を使え!」

 

 その声にはじかれる様に、皆、魔法を唱える。周囲を取り囲んだ魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちから一斉にガゼフめがけて魔法が飛ぶ。

 だが、それら全てが、素早くガゼフのところに戻ったデスナイトによって防がれる。

 

 その有様に陽光聖典の者たちは絶望の表情を浮かべるが、ニグンは逆に勝機を感じ取った。

 

 あのデスナイトはガゼフを守っている。ならば、ガゼフに攻撃を仕掛ければ、奴はガゼフの近くから動くことは出来ない。

 法国の記録で見たが、デスナイトには致命的な弱点がある。それは遠距離攻撃能力を持たないことだ。

 ならば、近づくことなく魔法攻撃を続ければ、奴はガゼフをかばい続けこちらに攻撃することが出来ないはず。いくらデスナイトが頑強だとはいえ、魔法攻撃を受け続ければいつかは倒れるだろう。それに、こちらは魔法に長けた者達が大勢いるのだ。決して勝てないわけではない。

 

 ニグンは村の包囲を最小限にし、その者達を除いて集結命令を出した。今はとにかく魔法詠唱者(マジック・キャスター)を集め、あのデスナイトを何とかすべきだ。

 

 

 ニグンの予想は当たっていた。

 続けざまに浴びせかけられる各種魔法の波状攻撃に、ガゼフをかばい続けるデスナイトは身動きが取れなくなっている。

 時折、一瞬の隙をつき突撃してこようとはするものの、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)数体を犠牲にして盾を作ることで何とかそれを防いでいた。魔法詠唱者(マジック・キャスター)のMPが尽きるまでにデスナイトを倒しきれるか心配はあるが、おおむね思う通りに事は動いていた。

 ニグンは胸をなでおろし、配下の者達も勝利の希望が胸に湧き起こっていた。

 

 

 

 自分たちの周囲から、地獄の咆哮が轟くまでは。

 

 

 

 

「「「「「「オオオオァァァアアア!!!」」」」」」

 

 魂まで震わせる雄たけびが響いた。

 それも全方位から。

 

 突然の事態に任務も使命も一瞬忘れ、狼狽して周囲を見回すと、家々の影を縫うように村の外周から自分たちのいる広場へとデスナイトが向かってくる。

 それも六体。

 

 ガンと頭が殴られたような感覚に呆然となる。だが、陽光聖典として鍛えられたその精神は、そのまま、呆然自失のうちに生命が刈り取られるより早く思考を取り戻した。取り戻さないままの方が楽に死ねたかもしれないが。

 

「え、円陣を組め! 全周防御だ!」

 怯えの混じったニグンの声に、陽光聖典の魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちは弾かれたように反応した。

 たった一体のデスナイトですら、ぎりぎり抑え込んでいる状況で、さらに6体ものデスナイトに周囲を囲まれる。絶望の中、縋りつくような思いで自分たちの隊長の指示に従う。しかし、従ったからといって、この状況から脱することができる訳がないことは分かってはいた。

 

 

 形勢は一気に逆転した。

 先ほどまでガゼフとデスナイトを包囲していたのに、今は逆にガゼフ並びに総勢七体ものデスナイトに包囲されてしまった。

 そして、村長の家からはガゼフの部下たちがぞろぞろと姿を現し、取り囲むデスナイトの狭間を埋めるように布陣する。ガゼフの部下たちも、ややデスナイトに怯えの表情を見せ、少しでも距離をとろうとしていたが。

 袋のネズミを仕留めるだけの任務だったはずが、今や自分たちが袋のネズミとなってしまっている。胸の内にあるのはただ恐怖。使命に命をかける気はあっても、死ぬ気などない。だが、どうやってもこの場を切り抜けられる気がしない。

 

 震えそうになる身体を必死に抑えていると、この場にそぐわぬ呑気な声が響いた。

 

「やあ、皆さん。落ち着いて、気を楽にしてください」

 

 声に振り向くと、そこには奇妙な仮面で顔を隠したローブの男、黒い全身鎧に身を包んだ女性、そして男物の派手なスーツに身を包んだ少女が民家の屋根に立っていた。

 

「さて、皆さんにご質問したいのですが、皆さんはスレイン法国の人間という事で間違いはありませんか?」

 

 その問いに言いよどむ。まさか、そのようなことを公言できるはずもない。だが、言わなければ自分たちの命がないかもしれない。

 逡巡する陽光聖典の者たちを目に、ローブの男は言葉をつづける。

 

「やはり言いはしませんか。それでは、仕方がありません」

 

 何が『仕方がない』のだろうか?

 

「黙秘を決めた人間に尋問しても時間の無駄ですね。では、死んでください」

 

 朝食のパンに塗るジャムの種類を問うかのごとき、軽い口調で死を宣告した。

 陽光聖典の者たちが言葉を発するより早く、魔法が発動する。

 

 〈集団標的・獄炎(マス・ターゲティング・ヘルフレイム)

 

 アインズの指先に灯された小さな黒いの炎が飛んでいく。そして上空に浮かぶ炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)らに届いたかと思うと、一瞬で業火が燃え上がり、数十体いた炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は瞬く間に一体残らず燃え尽きた。

 

 召喚した天使を燃やし尽くした炎の熱に顔を炙られつつも、その場にいた者たちは動けなかった。

 自分たちよりはるかに肉体能力に勝るあの炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)達を、一瞬でまとめて倒すあの男は何者なのか? 先程、自分たちは、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の提案を受け入れないという致命的な判断ミスを犯したのではないか?

 

「ま、待て! お前はいったい誰だ?」

「おっと、まだ名乗っていませんでしたね。私はアインズ・ウール・ゴウンといいます」

 そう言って、ぺこりと頭を下げた。

「アインズ・ウール・ゴウンだと? そ、そんな名前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)など聞いたことがない!」

「この名はかつて知らぬものがいないほど轟いていたのだがね。まあ、いいじゃないか、そんなことは。君たちの運命に変わりはない」

 

 恐怖のあまり口腔が乾き、舌がのどに張り付くような感覚を覚えながら、かすれた声で必死に交渉する。

 

「わ、我々を倒しても本国に報告が行くぞ。今も、この周辺に別動隊がいるのだ。そうなれば、我が国を敵に回すことになるのだぞ」

「ああ、心配いらんよ」

 だが、仮面に魔術師は事もなげに答えた。

「そいつらはすでに倒してしまったからな」

「は?」

 

 後ろにいた黒い鎧が手にしていたものを放り投げる。ぼとりと地面に転がり落ちたのは、この村を包囲させていた部下の首だ。

 

 

 これがベルの考えた策だった。

 ガゼフを一人出すことで目を引き付けておく。さらにデスナイトが派手に壁をぶち破ることで注意を集めた隙に、〈不可視化〉を使いアインズとベル、アルベドが裏から脱出。そして、ニグンらがガゼフとデスナイトに躍起になっている間に、村の外で包囲している法国の人間を倒す。村の外で警戒していた者達は、最初からエイトエッジ・アサシンに位置を捕捉されている。居場所さえ分かっていれば、連絡する間もなく倒すのはたやすい。なんらかの監視がついている場合を考え、エイトエッジ・アサシン達を直接動かさず、そちらはベルとアルベドで片づけた。その後、中位アンデッド作成でデスナイトを六体作り上げ、それらを村を取り囲むように配置し、雄たけびをあげさせながら中心部へと進軍させた。

 要は逃亡者を作らないために、ガゼフという餌を鼻先に出し、それに群がった所を逆に包囲したのだ。

 それに気づいたニグンは歯噛みする。ガゼフを捕捉するために囮の騎士たちを使って自分たちがやっていたことをやり返されたのだ。

 

 ――ちなみにガゼフらには言っていないが、もし敵が思ったより強かったりデスナイトが簡単に倒されたりするような場合、ベルたち三人はそのままバックレて遠距離から超位魔法で村ごと吹き飛ばすつもりだった。そのことを提案したときアインズはかなり渋ったが、ナザリックの安全が最優先と説得したら、不承不承うなづいた。

 

 

「た、隊長、わ、私たちはどうすれば……」

 震える声で部下が問いかける。

「ふ、防げ! 生き残りたいものは時間を稼げ!」

 ニグンは震える手で懐からクリスタルを取り出す。

「最高位天使を召喚する。時間を稼げ!」

 その声に生気を取り戻した部下たちが、ニグンを守るように陣形を整える。

 

 だが――。

 

 

 上空から飛来した物体が、部下たちの身体を引き裂いた。

 剣、斧、槍、鎚鉾等々。よくは分からないが、すべて魔法がかけられた一品のようだ。

 人間の身体をぼろ雑巾のようにずたずたにしたそれらの武器は、誰も手も触れていないのにふわりと舞い上がり、すぐそばにいた者たちに再び空を切って襲い掛かった。身を寄せ合い円陣を組んでいた中を縦横無尽に飛び回るため、もはや嵐の中の紙切れのように人間の身体がたやすくちぎれ飛ぶ。

 その光景を見て、ニグンは思わず自分の頬を押さえる。かつて自分の頬に傷をつけた憎き冒険者にして神官。『蒼の薔薇』のラキュース。あの女が使用していたのが『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』という空中に浮遊する六本の黄金の剣だった。今、目の前で乱舞している武器は剣だけに限らず、またその数も六よりはるかに多いが、似たようなものであることは確かだ。

 ――まさか、この場に『蒼の薔薇』が来ているのか?

 鮮血をまき散らしながら空を飛ぶ武器たちはピタリと動きを止めた。

 そして上へと舞い上がると、まとまって一点へと飛んでいく。

 そこにいるのは一人の少女。殺し合いの場にそぐわない、高級そうな衣服に身を包んだ銀髪の少女だ。先ほどまで部下たちに暴虐の限りを尽くしていた魔法の武器は少女の頭上でゆっくりと回転している。

 

 その光景を見て、ようやくガゼフは腑に落ちたものを感じた。

 なぜ、あれほどの技量を持つものが自分の間合いを正確に把握していなかったのか。それは、ベルの本当の戦闘スタイルは、直接武器を手にして白兵戦を挑むのではなく、あの空飛ぶ武器を自在に操るというものだったのだろう。それにしても空恐ろしく感じる。つまり、ベルは不得手の戦い方でさえ、ガゼフとまともに戦えるほどの存在。もし、あの本来の戦い方ならば、いったいどれほどの強さを発揮するのだろうか……。

 

 内心、冷や汗をかくガゼフには目もやらず、当の少女ベルはニグンに話しかけた。

 

「それって、魔封じの水晶だよね。それに最高位の天使っていうのが封じられているの?」

「や、止めろ! 近づくな!」

 

 はっきりと怯えの混じった声をあげて、ニグンが後ずさる。

 だが、足をとられて転んでしまった。

 なんだと思って、手をつくとその手にはべっとりとした赤いものが絡みついた。「ひゃあ!」と自分でも情けない声をあげて飛びのこうとするが、再びバランスを崩して倒れこんでしまう。今度は顔からべっちゃりと突っ伏してしまった。まだ湯気をあげている臓物の山に。

 恐怖の悲鳴を上げて見回すと、そこにはすでに配下の者たちはだれ一人立ってはいない。全員、体の中のものをすべてまき散らして倒れ伏していた。

 

「それって、この辺りでかなりのレアアイテムなんでしょ。それ、欲しいなぁ」

 

 子供らしい微笑み、それでいてその笑みを向けられているニグンには恐怖と戦慄を感じさせる笑みで、ベルはおねだりする。

 

「こ、これを召喚すれば、お、お前たちは皆殺しだ! い、いいんだな!」

 

 叫んだニグンが水晶を掲げると――

 

 ――そこには手がなかった。

 切断面からは赤い血がぴゅーっと噴き出ている。

 

「ひ、ひゃああぁぁー!」

 

 ニグンの腕を切断した鎌と、水晶をつかんだ手を串刺しにしているレイピアが、ベルのもとへと空中を飛んで戻ってくる。

「最高位の天使……なんだろうな? 熾天使(セラフ)クラスかなぁ? ねぇ、中身なんなの?」

 半ば、錯乱しかけているニグンは素直に答えてしまう。

「ド、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)です」

 それを聞いて、ベルとアインズは明らかに落胆の吐息をついた。

「ドミニオンだってさ」

「最高位というから期待したのに、その程度なのか?」

「というか、ドミニオン程度を魔封じの水晶に入れるって、すごくもったいない使い方だよね」

「正直、使い道もないが、捨てるのももったいない程度のものだな」

 

 まったく緊張感のない二人の話し声にニグンがへたり込む。自分たちの、法国の中でもエリート部隊である陽光聖典の切り札でさえ、こいつらには大したことがない存在なのか。

 その時、一瞬だが、大きく空間にひびが入った。だが、瞬く間に何事もなかったように元に戻ったが。

「ほう。なんらかの情報系魔法でお前を監視していた者がいたようだぞ。もっとも私の対情報系魔法の攻性防壁が働いたようだが。まあ、せいぜい広範囲に影響を与えるように強化した〈爆裂(エクスプロージョン)〉程度だがな」

 

「……んー? なんだか、この人、急にやる気をなくしたみたいだけど?」

「む。そうだな……どうした? まだ手を切られて、マジックアイテムを一つ奪われただけだろう。諦めたら、そこで終わりだぞ」

「そうそう、最後の最後まで知恵と力を絞らなきゃ駄目だよ」

 

 アインズとベルが何の気なしに言ったその言葉が、ニグンの心を徹底的に打ちのめす。

 あくまでユグドラシルというゲームの中ならば、たとえ死んでも多少のデメリット、レベルダウンや保有アイテムのドロップがあるだけなので、一発逆転にかけて戦うなり、犠牲を払いながら逃走するなり最後まで粘り続けるのがセオリーだ。だが、ゲームではなく現実、一度死んだらよっぽどのことがない限り蘇生は不可能という状況下では、命の重みというものが格段に違う。呼吸すらまともにできなくなるほどの絶望の中、最後の希望を託したものすら駄目だったという失意の度合いは、あくまでゲームの延長線上で考えているアインズやベルには未だ理解できないものであった。

 

 ニグンは口の端から泡を吹き出しながら言葉にならない声を発し、地面をのたうち回る。

 反応に困ったアインズとベルは顔を見合わせ、ガゼフの方へと目をやった。

 

「……よろしければ、そいつは我々で引き取ってよろしいだろうか? 法国の人間が王国の民を虐殺し、更には我が王国と帝国を仲たがいさせようとしたのだ。出来ればそいつは証拠として、王都へ引っ立てたい」

 

 その申し出はちょっと困ったが、了承することにした。出来ればナザリックに連れ帰って情報を引き出したいが、こうしてガゼフたちがいる目の前でその提案を断ってどこかに連れていくとなると、どこへ何の目的で連れていく、と疑問に思われるだろう。それよりは引き渡すことで、王国の重鎮であるらしいガゼフに恩を売るというのもやぶさかではない。

 それに無理にナザリックに連れて行っても、大した役には立ちそうにないし。あれくらいの奴なら、その辺ででも、また捕まえられるだろう。

 

 

 

 こうして、ナザリックと現地の人間のファーストコンタクトは終わった。

 

 ガゼフは事がとんでもなく重大であると考え、村で一晩休むことなく、ニグンと襲撃者の装備、最初の騎士とニグンの部下である魔法詠唱者(マジック・キャスター)のものを持ち、部下たちを引き連れて急ぎ去って行った。

 残った騎士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)の死体は装備だけはぎ取り、デスナイトたちに死体を一か所に集めさせ、アインズさんが魔法で燃やした。作業中に、死体を触媒にした最初の一体を残してデスナイト達が消えてしまったので、一度死体をゾンビにして火葬の地へ歩かせるという事をしたため、無駄に時間がかかったが。

 

「帰りますか」

「ええ、そうしましょう」

 

 そうしてカルネ村の長い一日は終わった。

 




陽光聖典が現地でそんなに凄い連中だと思ってなかったので、あっさり殺したり、ガゼフに引き渡したりしてしまいました。


次回で書籍一巻分は終了となります。

それでは皆様、良いお年を。

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