オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2017/5/12 「つく」→「着く」、「するると」→「すると」、「生まれついての異能」→「生まれながらの異能」、「一人」→「独り 訂正しました


第88話 失意、そして……

「行くぞ!」

 

 宣言したアインズを筆頭に、ナザリック第9階層を進む一同。

 

 彼らの目指す先。

 それはかつての至高の41人、ベルモットの私室にして、現在は彼の娘である(とされている)ベルが使用していた部屋である。

 

 

 ナザリックへの帰還後、アインズは自分がいなくなっていた間のあらましを聞いた。

 

 なんでも、アインズがアルベドと共に『山河社稷図(さんがしゃしょくず)』に閉じ込められ、皆の前に姿を現さなくなって(のち)、自分たち2人はリアルにおもむいたのだと、ベルが言っていたという。

 

 

 そこが分からない。

 一体、何故、ベルはそんなことを言う必要があったのか?

 

 それと、やはり気になるのはあの時、アルベドが持っていた2つのワールドアイテム『山河社稷図(さんがしゃしょくず)』と『幾億の刃』である。

 一体、あれはどのようにして手に入れたのか?

 

 パンドラに聞いたところ、その2つを宝物殿から持ち出したのはベルであることは間違いなく、またしばらくした後、再びベルがそれらを宝物殿に持ち帰り、ワールドアイテムを保管、陳列している部屋へと戻したんだそうな。

 

 

 これはどういうことなのか?

 

 問いただそうにもアルベドは現在、死亡しており、まだ蘇生はさせていない。

 対峙した時のあの状態で蘇生し、再び襲い掛かってきたらと警戒したためである。

 

 

 そして、ベルはと言うと、まったく行方が知れないままだ。

 

 本当にある日突然、何の前触れもなく姿を消したらしい。

 そして、ベルがいなくなったのと時を同じくして、ソリュシャンもまた姿を消してしまっていた。

 

 

 アインズがマスターソースで確認したところ、ベルモットの名が記されているはずの所が消滅していた。死亡した場合などは一時的に名が消え、その箇所は空白となるのだが、そうではなく、そこに書かれているはずの名前が無くなり、その分、他の者の名が繰り上げられていた。

 

 まるでベル=ベルモットなる存在など最初からいなかったかのように。

 

 そして、それはソリュシャンの箇所においても同様であった。

 

 

 

 正直な話、まったく意味が分からなかった。

 

 何故、ベルは、アインズがアルベドと共にリアルに行ったなどと嘘を言ったのか?

 何故、持ち出したワールドアイテムがアルベドの手に渡り、その後、ベルの手によって再び宝物殿に戻されたのか?

 彼女は何処へ行ったのか?

 ソリュシャンも一緒なのか?

 

 

 訳が分からないことだらけだった。

 そこで、とにかく彼女に関しての情報の一端でも掴めるかと、アインズはナザリックの者達を供として――さすがに今回の件があった直後なので、単独行動は出来なかった――ベルの私室へと急いでいた。

 

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えば一瞬なのだが、大勢引き連れての行動のため、ベルの自室に着くまで、それなりに時間がかかったものの、ようやっと扉の前まで辿りついた。

 

 

 

 そこで、アインズは一つ深呼吸する。

 アンデッドの死の支配者(オーバーロード)である彼は呼吸などしないのであるが、とにかく人間であった時と同じ、そうしたふりをすることにより、己が気持ちを一度鎮める。

 

 ――この扉の向こうに何があるのだろう?

 そこに答えがあるのだろうか?

 それとも、何もわからないままなのだろうか?

 

 

 幾多の思いがグルグルと頭の中を渦巻く中、彼は意を決して扉を開いた。

 

 

 

 そこにあったのは、文字通り物の山。

 アインズの目からしても貴重なアイテムから、大した役にも立たないゴミアイテムまで大量の物がそこら中、見渡す限りに溢れていた。

 

 

 その光景に、思わず絶句するアインズ。

 

 ゆっくりと後ろを振り向くと、すぐ背後にいたセバスはこくりと頷いた。

 

 

 なんでも、このベルの部屋は、ナザリックの者達が彼女の行方を捜すために内部を調べはしたものの、そこにあった物の場所は変えなかったのだという。

 

 たしかに、いなくなったベルの行方を調べるにあたり、手掛かりを求めて室内を捜索する必要があった。

 だが、そこにあるのは至高の41人の娘であるベルの私物という事になる。

 おいそれと片づけていいというものでもない。

 一見、ガラクタにしか思えないような物も多くあるが、実はそれはなんらかの重要なアイテムである可能性もある。

 

 そんな杞憂がついて回った為、可能な限り配置を崩さないよう配慮し、動かした物はちゃんと記録しておき、後でまた同じところに物を戻すといった行為をしたのだそうな。

 

 だがしかし、あらためて言うが、それこそ文字通りの物の山である。

 何の規則性もなく、ただそこに無作為に積みあげられ、床の上にフルヘッヘンドしているのである。

 これらの配置を全て記録し、一つ一つ調べ、そしてまたそれを元の所に戻すなど、考えただけでも気の遠くなるような行為であり、それこそ藁山の中から針を探したうえに、その後で藁山を元通りに戻すようなものだ。

 そんな不毛極まりない事をやったという彼らに対し、アインズは思わず、かつてのブラックなサラリーマン時代を思い返し、無いはずの涙腺が緩みそうになった。

 

 

 

 とりあえず、そんな感情はひとまず置いておく。

 もう一度アインズの目でもって、この中を捜索しなければならない。

 ナザリックの配下たちは優秀ではあっても、リアルでの事までは知りえない。彼らの目の届かなかったもの、気がつかなかった部分に、なにか手掛かりがあるかもしれない。

 

 そう思い、アインズは気合を入れると、山と詰まれたアイテム類を少しずつではあるが、端から片づけていった。

 

 ナザリックの(しもべ)たちならば、ベルの私物らしきものに手をかけるのは恐れ多いとなるかもしれないが、それがアインズならばそんな感情など生まれるはずもない。

 見るからに意味のない不要と思われるアイテム、一応取っておくべきアイテム、重要と思われるアイテムを分類し、それぞれを別々の場所に運ばせ、部屋の中にある物の数を減らしていった。

 

 

 

 そうして、しばしの間、部屋いっぱい埋め尽くしたアイテムの中に、なにか手掛かりとなるものがないかと探していたのだが、作業は遅々として進まなかった。

 

 はっきり言うと、あまりに物が多すぎる。

 ただ整理をするだけでも時間を取られるのに、そこに加えて何らかの手がかりとなるものがないか探す手間までかかるのである。

 

 ときおり、ベルが書いたらしいメモなどが見つかり、もしやと思って読んでみるのだが、それはかつてゲーム時代の敵の攻略方法だったり、アイテム作成時のレシピだったり、昔攻略したワールドエネミーの戦闘前の口上を書き記しておいたものだったりと、なんでこんなものを取っているんだろうと思うような代物が大半であった。

 過去のゲーム時代の事は、今現在の彼女の行方には関係あるとは思えないし、本当にただのメモとして走り書きで単語のみが記載されているものも多く、それが何を意味するのか理解するだけでも、いちいち時間がかかった。

 あまつさえ、実に奇妙にしておよそ日常会話では絶対に使わないような単語が羅列されている不思議な紙片が発見され、すわ何かの手がかりかと思ったら、よくよく読んでみたところ、それはペロロンチーノから教えられたエロゲ攻略の選択肢だったなどということまであった。

 

 こんなところから、たった一つの指輪――リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見つけたナザリックの(しもべ)たちの労苦たるや。

 

 アインズは彼らの不屈の精神に、拍手を送りたくなった。

 

 

 

 そんな愚にもつかない事を考え、気を紛らわせながらも探すこと、しばし。

 際限なく続く作業にいささかうんざりしたものを感じ始めた頃のことである。

 

 

 アインズは肉体的に疲労することがない。

 そのため、いったん休憩というタイミングがつかめなかった。

 とは言え、精神的な疲労はするのだ。

 休憩が欲しかった。

 

 共に作業する皆に「疲れただろう? 少し休憩するか?」と問いかけても、彼らからすれば至高の御方の娘であるベルの所在を一分一秒でも早く知りたいという思いから、その首を横に振った。自分たちを(いた)わってくれるアインズに感謝の念を抱きつつ、何よりベルの事を心配しているであろうアインズの邪魔をしてはいけない、お役に立たねばいけないという思いから、その高レベルからくる体力にものをいわせて懸命に頑張っていた。

 

 

 そのため、一時休憩を切り出すことも出来ぬまま、ひたすら作業が続けられていた。

 そんな時――。

 

 

「む? これは……!? 畏れながら、アインズ様、よろしいでしょうか?」

 

 ふいにそんな声をあげたのはパンドラズ・アクターであった。

 作業をしていた全員の視線がそちらへと集まる。

 

 

 

 アインズが『山河社稷図(さんがしゃしょくず)』から助かったのはパンドラのおかげである。

 それは間違いない。

 間違いないのであるが、それでもやはり、自分の黒歴史たる彼と相対するのは精神的にきついものがあった。

 だが、そんな微妙な感情を抱きつつも呼ばれたからには応えねばならず、「なんだ?」と顔をあげたのだが――次の瞬間、アインズはあまりの衝撃に凍り付いた。

 

 

 その身がビクンと跳ね上がった。

 驚愕のあまり口がパクパクと開いては閉じる。

 およそナザリックの支配者として――いささかどころではなく――けっしてふさわしいとは言えぬほどの様相。

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

 

 信じられぬとばかりに、そうつぶやく主の様子を見て、動揺を隠せない(しもべ)たち。

 だが、彼らの前である事など意に介せず、アインズはふらふらとした夢遊病者のような足取りでパンドラへと歩み寄った。

 

 

「そんな……これは!? 馬鹿な! ……何故、これがここにある!!」

 

 

 パンドラの手の中にある物をあらためてまじまじと見つめ、震える手でそれを掴んだ。

 その時、記憶の中にピンとくるものがあった。

 

「ア、アウラ……マーレ……」

 

 かすれそうになる声で呼びかける。

 

 

 その声に、驚きつつも前に出る双子。

 そんな彼らに、アインズは声をかけた。

 

「2人とも、この服に見覚えはあるか……?」

 

 そう言って、彼女らの前にその服を晒して見せる。

 だが、それを見てもアウラは喉の奥で、わずかに困ったような声をあげるだけだった。

 

 ――アインズから尋ねられた事ではあるが、こんな衣服は特に記憶にない。

 ぶくぶく茶釜から自分の服としてもらった服の中に似たようなものはあったが、これとは少々絵柄が異なる。

 

 一方、マーレの方はおぼろげな記憶ながら、その衣服に見覚えがあった。

 

「あ……お姉ちゃん。これって、あの時の……」

「あの時って?」

「ほら、アインズ様のご命令で盗賊を捕まえに行って、その後に出会った変な集団の中にいたおばあさんが着ていた……」

「……あ! あの時、エクレアがおかしくなった時の!?」

 

 

 

 今、アインズの手の中にあるのは一着の衣服。

 

 白銀の布地に、天へと舞い上がる龍の姿が金糸で縫い上げられた、チャイナドレス。

 

 

「な、何故……何故、これがここにある!! なぜ、ワールドアイテムが! 『アインズ・ウール・ゴウン』で所有していなかった、ナザリックに存在しないはずの、この『傾城傾国』がここにあるっ!?」

 

 

 

 かつて、ユグドラシルの情報は様々なものがネットにあげられていた。

 しかし、その大半はデマでしかなく、ギルド間での情報戦の様相を呈していた。大量にあふれる情報の中から、本当に善意の者が流した情報を探し当て、正誤を見極めるといった行為は、まるで砂漠の砂の中から砂金を探すがごとき行為であり、ユグドラシルに心血を注いでいたアインズもまた、いつしかそういった情報を調べ、目を通す事すら止めていた。

 

 だが、そんな風に流れる情報が嘘偽りだらけとなるよりも、もっと前。

 まだ、信頼できる情報が比較的多く流されていた時代。

 外観や使用時の動画がアップされ、その存在や効果が広く知られていたワールドアイテムがいくつかあった。

 

 これは、その中の一つ。

 ワールドアイテム『傾城傾国』。

 

 一度に操れるのは1体だけだが、およそワールドエネミーを除く、ほぼすべてのキャラクターを支配することが出来るという装備。

 このアイテムの恐るべきところは本来、人が操作するPCすらも操ることが出来た点にある。

 

 

 そして、この『傾城傾国』であるが、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は所有していなかった。

 

 それが一体どういう訳だか、今、ここにこうして存在しているのだ。

 

 

 

「な、何故……?」

 

 

 

 だが、よくよく考えてみれば、それは決してあり得ない事ではない。

 その可能性に気がついてしかるべきであった。

 

 

 この地には100年に一度の割合でプレイヤーがやってくるという。

 そして、各種魔法などもユグドラシルと同じものが使用され、またユグドラシル由来のアイテムも多く存在している。

 

 ならば――。

 

 ならば、ユグドラシルにあったワールドアイテムもまた、この世界にすでにあってもおかしくはないではないか。

 

 

 そして、 『傾城傾国』という支配タイプのワールドアイテムの存在により、アインズの脳裏に閃いたものがある。

 

 最近、顕著となっていたベルの行動の変化。

 ベルとアインズ以外は入れぬはずの宝物殿にしまわれていた2つのワールドアイテム『山河社稷図(さんがしゃしょくず)』と『幾億の刃』をアルベドが持っていた事。

 『山河社稷図(さんがしゃしょくず)』に閉じ込められてしまっていたアインズを、ベルが「リアルに行った」などと説明していた事。

 

 すべてのそれぞれ違和感を伴う不可思議な事案が、まるでパズルのピースのようにピタリとはまった気がした。

 

 

 

「まさか……ベルさん。あなたは……精神を操られていたんですか……!?」

 

 

 

 ふと頭に浮かんだ考えであったが、仮にそうだとすると、ここ最近のベルの異様なまでの振る舞い、以前とは異なり、過激にして強引なまでの行動を繰り返していたことの説明がつく。

 

 

 この世界に来てからのベルは、いささか考え無しなところがあった。

 それに関しては転移直後からの事であり、イビルアイから聞いた通りに、肉体に精神が引っ張られた結果、子供の肉体に精神が引っ張られたためであろう。

 そんなわずかな変調は感じさせつつも、やはり彼女はかつて知恵者と呼ばれていたように、様々な策を講じ、配下の者達に指示を出し、ナザリックの為に身を粉にして働いていた。

 

 

 しかし、そんな彼女であったが、ある時を境にその行動、思考がそれまでと明らかに一線を画すようになった。

 

 それは帝国に行った後のことだ。

 

 

 ――まさか、あの時か!?

 

 

 あの時、ベルは邪教組織の所在を調べようと、単独行動をしていた。

 

 そう、単独行動。

 

 普段であれば護衛の1人もなしに行動することなどありえないのであるが、あの時はなんらかの方法で監視があると困るからというので、完全にベルが一人で行動していた時間があった。

 

 

 その時点で、彼らはこのナザリックが転移した周辺諸国のあらかたの情報は掴んでいた。

 およそ、この地の者達の強さ、レベルはおしなべて低く、ベルを害することが出来る者などはまずいないと判断されていた。

 

 ベルがかつてユグドラシル時代との体格差から、戦闘能力が幾分低下しているという事はもちろんアインズとしても知るところであった。

 しかし、たとえ多少弱体化していたとはいえ、ベルはあくまで100レベルキャラである。

 それも戦士タイプではあるが、特化型ではなく万能型、器用貧乏と言ってもいいビルドをしてある。

 

 同じ100レベルの特化型と戦えば、勝ち目はない。

 それは間違いない。

 

 だが圧倒的にレベル差がある、この世界の者たちが相手ならば、万能型であるベルは全く隙も死角もないキャラという事になる。

 ある意味、魔法職を極めたアインズよりもこの世界においては有利であり、たとえ一人でも不覚をとることは無いだろうという目算があった。

 

 その為、アインズはベルの単独行動を容認した。

 

 

 

 しかしアインズと比べ、ベルはとある一点において、致命的なまでに防御に難があった。

 

 

 それは、ベルはワールドアイテムを保有していないということである。

 

 

 アインズは厳重なまでの盗難防止措置をとった上で、ワールドアイテムを己が胸骨の内にしっかと収め、常に保持していた。

 それはかつてのギルメンたちから、そのワールドアイテムはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のものではあっても、アインズ個人が保有していていいと許可されていたからだ。

 

 だが、ベル=ベルモットに関しては、そんな話など当然ながら無かった。

 ナザリックの宝物殿内にワールドアイテムはあったのだが、それをベルが持ち歩くという事はなかった。

 ときおり、ワールドアイテムの効果の実証などを行う際に、そこから持ち出すことはあったが、その後はすぐに戻していた。

 

 

 つまり、アインズと異なり、ベルはワールドアイテムの前には全くの無防備であったという事である。

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 アインズはガンと頭を殴られたかの如く、思わずよろめいた。

 近くにいた者が慌てて、その身を支えようとするも、それにすら頓着せず、アインズは黙考する。

 

 

 

 あの時、ベルがたった一人、護衛もなしに行動していたときに『傾城傾国』の持ち主――それが(くだん)の邪教組織の者だったのか、それともまったく別の者なのかは分からない――と相対していたとしたら……。

 

 

 ……そう。

 あの時もそうだったではないか。

 トブの大森林においてエクレアが『傾城傾国』の効果を受けた時――その時は、この地特有の魔法やタレントが原因ではないかと推測しており、まさかワールドアイテムだとは思わなかったが――放たれたマーレの広範囲魔法、そしてその効果から避けるため混乱に乗じ、戦場を離脱した事によって、『傾城傾国』を着ていたという老婆は対象であるエクレアを支配下に置いたものの、彼に命令する間などなかった。

 そして、その後のエクレアは敵味方の区別も出来ず、アウラらに攻撃を行った。

 

 

 おそらく『傾城傾国』の効果を受けた後、『傾城傾国』の保有者が指示を出さないままだった場合、精神が錯乱、譫妄状態におかれるのではないだろうか。

 

 その状態の時、どこまで論理的な思考を保てるのかは分からない。

 エクレアの場合は、まったくの狂乱状態にあった。

 だがベルは、アインズの記憶にある限り、いささかそれまでとは異質なものを感じさせたものの、普通に考え行動している様子であった。

 

 

 しかし、そもそもAIではなく意思を持って動きだしたとはいえNPCであるエクレアと、もともとPCであるベルの両者では効果の具合が異なることも考えられる。

 

 かつてのゲームであったユグドラシル時代の『傾城傾国』は、対象がNPCであればそれこそ使用者が解除するか、一度死亡するまで半永久的に支配が続いたが、対象がPCの場合は一定時間、プレイヤーが操作できなくなり、使用者の指示のままに――およそ誰かを対象に戦闘させたり、移動させたり程度の簡単なものしか出来なかったが――行動するというものであった。

 それはさすがにプレイヤーが操作するはずのPCがいつまでも延々と操られ続け、ずっと操作が利かないままだと拙いという運営の配慮によるものであったが、それがゲームではなく現実となった今、それをPCに対して使用した場合、どのような効果となるかはアインズには分からなかった。

 

 実験してみようにも、およそこの世でたった2人のプレイヤーであったアインズとベルの内、その片方であるベルがいなくなったのだ。

 残る自分一人で実験など出来ようはずもない。

 

 

 だが、それとなく推測できるものがある。

 アインズが冒険者モモンとして様々な情報を集めていく中、気になる話を耳にした。

 それははるか昔、八欲王なる存在がこの地に降臨し、暴虐の限りを尽くしたという伝承である。

 

 (いにしえ)の八欲王は圧倒的な力を誇り、この地の竜王たちすらも討ち滅ぼしたが、やがて彼らの間に不和が芽生え、互いに殺し合い、そしていつしか滅んだのだという。

 アインズはその八欲王なる存在こそが、かつてこの地にやってきたプレイヤーたちではないかと推測していた。これまでは、各々の勝手な独占欲のままに争いあったと思っていたが、この地に『傾城傾国』があるとなれば、そんな彼らの仲たがいもまた、『傾城傾国』によるものではないかとも考えられる。アインズとベル、2人のプレイヤー間において、ベルがアインズを陥れようとしたのも、かつての八欲王の仲たがいと同等のものではないだろうか。

 

 

 しかし、疑問として残るのは、そうして精神に変調をきたしたベルが、なぜ当の『傾城傾国』を保有していたのかという点だ。

 何者かにより発動された『傾城傾国』の効果を受けはしても、相打ちか何かで、命令をさせる暇もなく相手を仕留めたのだろうか? それとも、受けた命令が所有者を攻撃する行為には反しなかったため、影響を受けつつも相手を殺してしまったのだろうか? そして、どれほど思考能力があったか定かではないが、打ち倒した相手から『傾城傾国』を奪取したとか?

 

 いや、そもそも、ベルの精神の変調が『傾城傾国』によるものだとも限らない。

 

 別のワールドアイテム、いや、それこそこの世界特有の能力、生まれながらの異能(タレント)などだった可能性もある。

 そして、精神を操って(のち)、ナザリック内においてNPCたちを同士討ちにさせようと目論み、ベルに『傾城傾国』を渡したのだとか。

 もしかしたらアルベドについても、あの状態こそが『傾城傾国』によるものかもしれない。

 

 まて、そうだとするならば……。

 

 

 

 次から次へと湧き上がる疑念の数々。

 そして、自分が何とかしていれば、そんな事態は防げたのではないかという後悔が波濤のごとくに押し寄せ、アインズの心を責め苛む。

 

 

 だが、そうした苦悩にさらされているうちに、やがてアインズは気がついてしまった。

 

 そのような事は問題ではないという事に。

 原因などはどうでもいいという事に。

 

 

 それよりなにより重要にして、核心たる事実。

 

 

 それは、ベルがいなくなったという事。

 

 そして――アインズは友人などいないこの地に、たった独り取り残されたということ。 

 

 

 

 その峻厳たる事実に打ち据えられ、アインズはその場に膝をつき、その手の中にある『傾城傾国』を強く握りしめたまま、誰(はばか)ることなく慟哭の叫びをあげた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから、アインズの姿は円卓の間にあった。

 

 

 彼がそこにいる理由。

 それは、そここそがログインしたギルメンが最初に現れる場所だからである。

 

 今更、そんなところでいくら待っていても、何の意味もない。

 かつてのギルメンがログインして現れることなど、あるはずもない。

 

 だがそれでも、アインズはただ一人、円卓を囲む椅子に腰かけ、後悔と懊悩の海に沈んでいた。

 

 

 ――自分は今まで何をしていたのだろう?

 何故、自分はベルと話そうとしなかったのか?

 何故、大切な友人の変調に、もっと早くに気がつかなかったのか?

 自分がワールドアイテムを持ち歩いているように、何故、ベルに対しナザリックのワールドアイテムを一つ持ち歩くよう勧めなかったのか?

 

 ユグドラシル最後の時、自分の行為によって、ベルの姿が少女のものへと変わってしまった。そのせいでかつての友人の精神に変化が起こってしまった。

 そのことに気がついてからも、それを指摘するのを避けていた。

 自分のせいだという事実を直視したくなかったがためだ。

 そのうち言わずとも自分で気がついてくれないかと、安易にして自分に都合のいい願望に縋った。

 そうして逃げたまま、ずるずると来てしまった。

 

 

 その結果が、これだ。

 自分にとって何より大切なはずの友人、ベルは自分の目の前からいなくなってしまった。

 

 

 

 アインズは何度も思考しては最終的に辿りつくその結論に、骸骨の身体をわななかせる。

 そして、強制的な精神沈静により落ち着いた後、再び考え始めてはまた同じ結論へ至るという、際限ない思考のループ、堂々巡りに沈んでいた。

 

 

 

 あの後も、ベルの私室において検分は行われた。

 だが結局、手掛かりとなる物はなに一つ見つけることは出来なかった。

 全てのアイテムを調べた結果、ベル個人の保有アイテムなどが多く見つかったことから、そこに山と積み上げられていたアイテムは、間違いなくベルの物である事が分かった程度だ。

 

 

 自分持っていたアイテム、おそらく量から言ってほぼすべてを置いて、ベルは一体何処へ行ったというのだろうか?

 

  

 とにかく、考えうる限り、ありとあらゆる手段を使い捜索したのだが、その行方は杳として知れなかった。

 

 アインズは思い切って、自身の切り札である超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉までをも使ってみた。

 だが、その結果、分かったことは、およそこの世界のどこにもベルは存在しないという、明確にして残酷すぎる事実だった。

 

 

 ――存在しないとはどういうことなのか?

 自分たちがこの世界に来たように、さらにどこか異世界にでも渡ったのか? ソリュシャンと一緒に?

 それともゲーム上での死とは異なり、本当に消滅したのか?

 それは、この世界特有の魔法や武技、もしくはタレントなどによるものなのか?

 はたまた『傾城傾国』があったように、この地には誰も知らないワールドアイテムが存在し、その効果によるものなのだろうか? いや、ベルはワールドアイテムである『傾城傾国』を持って(・・・)いたのだから、他のワールドアイテムの効果を受けるはずもないか。

 もしくは、この地において古来より生きる竜王なる存在は、『始原の魔法』というユグドラシルの魔法体系とは全く異なる魔法を使用出来ることが、アインズが不在の間に判明していた。あるいは、その『始原の魔法』とやらによるものなのか?

 

 

 

 何かの手がかりがあるかと思い、アルベドを復活させ話を聞いてみたのだが、彼女の口から出たのは、ベルが彼女の意を汲み、ワールドアイテムを持ってきたり、アインズの呼び出しに協力したこと程度であった。

 ベルの不可思議な行動や思考が裏付けられただけで、現在の行方に関する手掛かりは何一つなかった。

 

 そして、念のため、彼女の復活は守護者全員がいる前で行われたのだが、やはりアルベドは先日の続きのままに、ナザリックの全てを破壊しようとしたため、その場に集められていた者全員、総がかりによって捕縛し、彼女は第5階層にある牢獄に監禁されることとなった。

 これにより、アルベドについては『傾城傾国』の影響は関係なかったということは分かった。

 

 

 

 その後もナザリックの総力を使った必死の捜索はつづけられたのだが、ベルの足取りは全くつかめなかった。

 

 そうして、なんら良い知らせもない中、ただ一人悲嘆にくれたまま、円卓の周りに並べられた椅子に座り続けるアインズの姿を、ナザリックの(しもべ)たちは我が身こそが張り裂けそうなほどに、九腸寸断の思いで見つめているよりほかになかった。

 

 

 

 

 そうした時が一体どれほど過ぎたことか。

 

 

 ある日のこと。

 守護者たちは、第10階層にある玉座の間に集められた。

 

 集まった彼らの先にいたのは、それ自身がワールドアイテムである、巨大な水晶から切り出したような荘厳なる玉座に腰かけるアインズ。

 

 全員がそろったのを見て取った彼は、ここ最近ずっと悩み考えていた事を、皆の前に語って聞かせた。

 

 

「皆よ……」

 

 憔悴しきった主の声。

 その言葉を一同、一言一句たりとも聞き逃すまいと傾聴する。

 

 

「皆よ……、私は……このナザリックを封印しようと思う」

 

 

 


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