オーバーロード ~破滅の少女~   作:タッパ・タッパ

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2017/5/18 「言った」→「行った」 訂正しました
「変エテモ」→「代エテモ」、「天上」→「天井」 訂正しました


第89話 物語の終わり

「眠りにつく……ですか……?」

 

 驚愕のあまりにかすれたようなエンリの声。

 それに対し、アインズは「ああ」と頷いた。

 

 

 

 ここはカルネ村のある一帯を見渡せる小高い丘。

 遠くには燦々と照り付ける日差しの中、農作業にいそしむ村人たちの姿が見える。

 目にも映える緑が天高くに登った太陽の光を返し、膝上まで伸びた草が風になびくたびに足をくすぐった。

 

 

 普段、村を訪れる際に装着していた嫉妬マスクを外し、素顔のままのアインズと、こちらはいつも通りの格好のエンリ。

 2人は余人を交えず、そこで相対していた。

 

 

「私は……いや、ナザリックは当分、眠りにつこうと思っている」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 先日、玉座の間で皆へと語った思い。

 それはナザリックを封印し、眠りにつくというもの。

 

 

 ベルが、このナザリックからいなくなってしまった。

 責任の所在がどこにあるかと考えると、それが自分、アインズにあるのは間違いない。

 それはどれだけ償っても償いきれるものではない。

 

 誰一人として友人のいない世界。

 想像するだけでも、アインズの総身が震えた。

 

 

 ここには友人たちの残した大切な子供たちがいる。

 彼らを放っておくことは出来ない。彼らを守らねばならない。

 だが、友人であり、仲間であるベルのいなくなったこの地において、自分たった一人だけで彼らを守り続けていける自信は、アインズにはなかった。

 

 

 ――すでに自分の判断の誤りによって、ベルさんを失ってしまっているのだ。

 そんな自分が彼らを率いても、次々と皆を失ってしまう結果に陥ってしまうことは間違いない……。

 

 

 この地に転移してきてから、アインズはベルと2人で相談しながら、ナザリックを運営してきた。

 ユグドラシル時代から知恵者として知られていたベルにまかせっきりな部分もかなりあった。

 自分が前に出る場合でも、もし何か不測の事態やミス等があったとしても彼女のサポートがあるのだからと、あまり気負うことなく判断を下せた。

 

 だが、そんな彼女がいなくなってしまった。

 すべての決断も責任も、全てアインズ1人が背負う事になったのだ。

 

 ――すべては自分の判断1つ。

 それでナザリックの命運が全て決まる。

 

 突然、己が双肩にのしかかってきた重圧に、アインズは押しつぶされそうだった。

 清水の舞台から飛び降りるつもりで思いきって行った〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉による〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使用しての捜索、それが失敗に終わったというのも(こた)えた。

 

 アインズはすっかり自信を消失し、打ちひしがれていた。

 

 

 そんな時、彼の脳裏にふと浮かんできたものがあった。

 

 それは、かつてイビルアイが語った言葉。

 

 

 ――この地には、100年に一度『ぷれいやー』が訪れる――。

 

 

 『ぷれいやー』。

 ユグドラシルのプレイヤー。

 

 

 アインズはハッとした。

 

 

 

 ――つまり、『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンがやってくるかもしれないのだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ユグドラシルには〈仮死(フェインデス)〉、〈冷凍睡眠(コールドスリープ)〉、〈氷の棺(アイズ・コフィン)〉など、特定の条件をこなさない限り、永続的に対象者の活動を停止する魔法が多数ある。

 それらを使用し、いつの日かギルメンがこの地に訪れるまで、ナザリックの全てを眠りにつかせようという計画であった。

 

 

 今、ナザリックは急ピッチでその為の準備を進めている。

 

 最大の懸念としてあるのは、ナザリックが眠りについている間の侵入者の問題である。

 迷宮内にある各種トラップなどは、起動しているとそれだけで維持費がかかるものも多数ある。それらも全て、一時的に停止させておくつもりなのだから。

 

 そのため、様々な対策を施した。

 地表部に関しては、これまでマーレの魔法によって外壁に土をかけ、それ以外の部分には幻覚の魔法をかけて偽装していたが、そこもドーム状に岩を積んで全て覆ってしまい、その上に土をかぶせ、樹木を生やすことで、完全に丘と化すことにした。

 これで、偶然にも通りがかったものがナザリックの入り口に気づき、迷い込む心配はない。

 

 

 ただ、完全に入り口を外部から隔離してしまうと、システム・アリアドネに抵触する恐れがあった。

 

 

 そこで目をつけたのが、以前作ったダミーダンジョンである。

 

 ダミーダンジョン最奥部に転移の鏡を設置し、その転移先を岩と土とで覆った墳墓の地表部にある霊廟の一つとしたのだ。

 それによって、広大な地下空間と化したナザリック地表部は転移の鏡により、ダミーダンジョンを経由し、地上へと繋がったことになる。

 

 扉の数や入り口からの距離などが少し不安であったが、そこは一時的に第1階層を改修すること、転移アイテムを使用し、ナザリックの第2階層は通らずに済むようにすること、そしてダミーダンジョンの方の部屋や通路などをある程度破壊してしまう事によって、解決を見た。

 

 その上で、この地で手に入った死体――それこそ人間からドラゴンにいたるまで――を使って幾多のアンデッドを作り出し、ダミーダンジョン内に放り込み、さらにナザリック基準でも凶悪なトラップをそこに仕込んだ。

 

 この地の人間を始めとした種族は、おしなべてレベルが低い。

 如何なる者が攻略を目指そうとも、このダミーダンジョンを踏破するのは不可能であろう。

 それこそ、やって来たプレイヤーでもない限り。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

  

 

「あ、あの、眠りにつくとおっしゃられましたが……また、会えますか?」

「……また……か……」

 

 エンリの声に、アインズはふむと考える。

 

「それは……少し難しいかな。最低でも100年は眠るつもりだからな」

「……100年……」

 

 自分の一生をはるかに凌駕する時の単位に、絶句してしまうエンリ。

 

「……うむ。あー……、とだな。それで私たちは眠りにつくわけだが、どうしても気がかりなのはこのカルネ村の事だ。周辺諸国は現在、混乱の渦中にある。そんな中、この村の安寧が保たれるかはいささか不安としか言いようがない」

 

 

 アインズの言葉通り、この近隣の地において、かつての秩序は失われた。

 既存の諸国は滅び、新たなる勢力が台頭しだした。現在の状況下では、もはや何処が勢力を伸ばすか、誰が覇権を取るか、まったく何が起こるか分からぬ状況だ。

 

 そんな中にナザリックという後ろ盾を無くしたカルネ村が、この先も上手く切り抜けられるかというと……。

 

 

「とりあえず、ハムスケは残していこうと思う。あいつはもともと、この近隣の森に暮らしていた存在であって、元からナザリックにいたわけではないからな。きっと上手くやれるだろう」

 

 言って、遠くへとその視線を向ける。

 

「……それと、あいつらも残していこうと思っている」

 

 

 アインズの眼窩の奥に灯った赤い光が見つめるその先、遥か丘の下では、カルネ村の人間や新顔である蜥蜴人(リザードマン)たちに交じってゴブリンたちが農作業にせいを出している。ネムのそばには護衛である集眼の屍(アイボール・コープス)のタマニゴーがふよふよと浮いており、そのすぐ近くでは、この村ではすでに馴染みとなったアンデッドたち、デスナイトのリュース、屍収集家(コープスコレクター)のエッセ、そして切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)のティーヌが手伝いをしていた。

 

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)のティーヌはつい最近作ったばかりのアンデッドなのだが、どういう訳だか先に作っていた屍収集家(コープスコレクター)のエッセと馬が合うようだった。

 一見同じにしか思えないアンデッドたちにも、微妙に個性や特徴がある。チームを組ませるなどする際、相性のようなものが出てくる。もちろんそれは微々たるものでしかなく、ナザリックの者としては命令遂行こそが至上目的であるため、足の引っ張り合いや責任のなすりつけ合いなどは起こらないが。

 だが、この2体はまるで以心伝心の間柄とでもいうかのように、特に性質的に合う(・・)ようだった。

 こうして見ている今も、ティーヌが次々と切りおとす草を、エッセがその巨大な手で拾い集め、あぜ道へと寄せていた。

 

 

「あいつらは……そこそこの強さのアンデッドだ。おそらく、あれらがいれば村の護衛にとしては十分だろう。以前襲ってきた騎士まがいの者たち程度であれば、あいつらだけでも問題ない。それにアンデッドだから、食料とかもいらないしな」

 

 実際、集眼の屍(アイボール・コープス)のタマニゴーさえいれば、ほぼ無敵と言っても過言ではないほどなのだが、とりあえずそう言いながら、アインズはその視線をエンリへともどす。

 

 だが、傍らに立っていた少女は村にいる彼らの方には顔など向けておらず、ただうつむいたままであった。

 

 そんなエンリの様子に困惑の表情を浮かべるアインズ。

 

 

 

 やにわ――エンリはアインズに抱きついた。

 

 

 突然の事に、思わずビクンと大きく体を跳ねさせてしまったアインズ。

 ガウン越しに伝わる女性の柔らかい肌の感触と体温、わずかに立ち上る少女の汗の匂いに、年甲斐もなくどぎまぎしてしまう。

 

 そんなアインズの動揺などは気にも留めず、その胸元に顔をうずめ、エンリは肩を震わせた。

 

「あの時……ゴウン様たちに助けていただけなかったら、私もネムも死んでいました。この村のみんなも……いえ、村自体がそうです。皆さんがいなければ、カルネ村は滅んでいたでしょう。ゴウン様。本当に、本当にありがとうございました」

 

 強制的な精神沈静により、ようやく落ち着きを取り戻したアインズは、涙を流しながらそうつぶやくエンリの背をポンポンと優しくたたいてやった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夕闇の迫る中、アインズはただ独り、丘の上にたたずんでいた。

 涼しさを感じさせる風が草原を駆け抜け、その漆黒のガウンをはためかせる。

 

 

 すでにエンリは村へと帰った。

 眼下では、赤く染まりかけた家々の煙突から煙が立ち昇っている。

 おそらく夕餉の支度をしているのだろう。

 以前は、食事と言っても質素にして腹を満たす程度のものしか口に出来なかったカルネ村も、ナザリックが手を貸したことにより、大きく発展を遂げた。食う物に困るようなことはなくなり、ときおりわずかに口にする程度だった肉類も、日常的に口にすることが出来るようになった。貧しさから食事を抜くような家もなくなっていた。

 

 そんな茜色に染まっていく村の光景を眺めながら、アインズは先ほどのエンリの言葉を思い返す。

 

 

 『あの時……ゴウン様たちに助けていただけなかったら、私もネムも死んでいました。この村のみんなも、いえ、このカルネ村自体がそうです。皆さんがいなければ、カルネ村は滅んでいたでしょう』

 

 

 カルネ村。

 このリ・エスティーゼ王国の外れにある寒村は、王国と隣国のバハルス帝国との不和を狙ったスレイン法国の偽装部隊によって襲撃を受けた。そして本来であれば村は壊滅、救助に来た王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、法国の特殊部隊である陽光聖典の手によって討たれることになる。それにより、リ・エスティーゼ王国において王の力は弱まり、バハルス帝国との戦争に敗れ、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名の下に両国は統一されたことであろう。

 

 

 だが、そこにイレギュラーが生じた。 

 それは本当の偶然にして、恐るべき運命の巡り合わせ。

 

 

 この村の近くにナザリックが転移したのだ。

 

 

 結果、権謀術策の余波による破壊と凌辱のままに滅びるはずであったカルネ村は助けられ、ガゼフ・ストロノーフは生き残り、捕らえられた陽光聖典の者の口から法国の企てた計画は白日の下に晒される事になった。

 そしてその後の周辺諸国においては、皇帝が死んだことにより帝国は分裂し、王国は犯罪組織の者達に乗っ取られ、法国は亜人たちの支配下におかれ、それぞれ壊滅した。

 

 まさに激動の時代であるが、そんな中、ナザリックの支援を受けたカルネ村は順調に発展を遂げていった。

 最初の襲撃により、住民に少なくない死者が出たが、その後はゴブリンやオーガ、蜥蜴人(リザードマン)らが村に住み着いた。エ・ランテルに出した住民募集の応募によって、神官であり歴戦のワーカーであるロバーデイクを始めとした者たちが移住してきた。それによって、村の住民はかつてよりも大幅に増えることになった。

 そしてストーンゴーレムの提供を始めとしたナザリックの力を借りることにより、村を囲む頑強な砦を作った。増えた住民に合わせて耕作地も増やした。

 ときおり、村を襲おうとする野盗崩れや亜人の群れが現れたが、強固な守りの前に為す術もなく撤退していった。

 かつて村の近くの森を縄張りとし、森からの亜人や魔獣の襲撃を防いでくれていた森の賢王――現ハムスケはいなくなってしまったが、不思議とそれ以降も森から降りてくる脅威はなかった。むしろ、新たに村の仲間となった亜人たちやアンデッドらによって、森の奥まで狩りや採取に行くことが可能となった。

 

 それらにより、カルネ村は少しずつ規模を広げ、今では辺境の一農村どころか、地方領主の拠点とでもいうべき様相を呈している。

 

 

 ――この村があるのもまた、自分たちがあったから……と言えるか。自分たちが、ナザリックがここに来なければ、この村はすでになく、このような発展はなかった。

 この村こそが、ナザリックの功なのか……。

 

 

 薄暗がりが辺りを飲み込んでいく中、アインズは家々の窓から明かりが漏れ、やがて消えていく様を、はるか遠い丘の上からいつまでも眺めていた。

 

 

 

 やがて、彼は一人、転移によりナザリックへと戻っていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「アインズ様。すべて準備は整いました」

 

 

 すっくと背筋を伸ばし、報告するのはデミウルゴス。

 守護者統括であるアルベドが第5階層に監禁されて不在の今、彼がナザリックの全ての者達を統括する任についていた。

 

 

 そんなデミウルゴスの言葉を受け、視線を巡らせるアインズ。

 

 玉座に腰かける彼の前に並んでいたのは、アンデッドやドラゴン、精霊、悪魔など、多種多様なまでの異形の者達。

 総数はどう見ても百はくだるまい。

 それでも、その数はナザリックにいるすべての怪物(モンスター)たちの総ての数からすれば、ごくわずかにすぎない。

 だが、そこにはナザリックを守る(しもべ)のうちでも、各々が担当する地区において責任者として他の者達をまとめる立場にある上位者ばかりがそろっていた。

 

 そして、その全員が玉座に座るアインズの前に膝をつき――膝のない者もいたが――己が主に絶対の忠誠を示し、最後の指示を待っていた。

 

 

 すでにナザリックの封印計画は、そのほぼ全てが完了している。

 最後の締めくくりとして、彼らがそれぞれの担当地区に戻った所で、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手にしたアインズがマスターソースを開く。そしてギルド長権限を用いて、この玉座の間から彼らに魔法をかけ、いつ覚めるとも分からぬ眠りにつかせる手はずとなっていた。

 

 

 

 この封印計画に際し、最も警戒しなくてはならないのは、『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンではなく他のプレイヤーがナザリックに侵入しようとしたときの場合である。

 

 ダミーダンジョンにはそれなりの戦力をつぎ込み、各種トラップを仕掛けたものの、ユグドラシルのプレイヤー、それも一人とは限らず複数が侵入した場合、ダミーダンジョンを突破される可能性も十分に考えられる。

 

 その為、敵プレイヤーがナザリックに侵入しようとした場合、復帰直後、すぐさま迎撃の態勢に移れるよう、入念に計画が立てられていた。

 

 まず、ダミーダンジョンからナザリックへの転移アイテムが使用された際には、即座にアインズ本人が目覚めることが出来るようマジックアイテムを設定しておく。そして目覚めたアインズは、マスターソース上から自分が使った魔法を解除し、眠りについていたNPCたちを覚醒させるのだ。

 意識を取り戻した各責任者は他の者を起こし、その者はまた他の者を起こしと、次々と大樹の枝葉のように戦闘に関する者達が目を覚ましていく。

 そして彼らの対応が整うまでの時間稼ぎとして、ナザリック第1階層には足止めを目的としたトラップをたっぷりと仕込んでおいた。そこで時間を取られているうちに、ナザリック側は侵入者に対する防衛網を構築するという計画である。

 

 その一連の計画に基づき、今、この場にいない者たちに関しては、皆一足先に眠りにつかせている。

 さすがに一度にナザリックのNPCすべてに魔法を使用するとなると、桁外れのMPを有するアインズといえどいささか残りが心もとなく、侵入者との戦闘に備えるのに少々不安が生じるからである。

 そこで(しもべ)たちの中でも同様に活動を停止させる各種呪文や特殊技術(スキル)を保有する者を使い、それぞれの特性や耐性を考慮し、順次それらを使うなり、もしくは宝物殿から運んできた各種アイテムを使用することによって、あらかじめ眠りにつかせていたのだ。

 

 

 

 そして、今、全ての手はずは整った。

 

 玉座の間に集う彼ら。ナザリックの者で現在目覚め、活動しているのは、今この場にいる者達のみである。

 彼らの指や首元などには抜かりなく、これからアインズが使用する封印の魔法に対する耐性を一時的に無くさせるアイテムを身に着けていた。

 

 後は、彼らを持ち場につかせ、頃合いを見計らって、アインズが魔法を唱えるのみである。

 

 

 

「うむ。では……ナザリック封印計画を実行する!」

 

 アインズの宣言に、誰もが深く首を垂れた。

 一糸乱れぬ口調で『アインズ・ウール・ゴウン、万歳!』と叫んだ。

 

 

 そして、アインズに頭を下げると、皆ぞろぞろと玉座の間から出ていった。

 彼らは自分たちの持ち場へと戻り、そこでアインズからの魔法により、眠りにつくのを待つのである。

 

 出口へと長い行列が続き、やがてその流れも途絶えた。

 

 

 

 そうして次に、玉座へと続く階段の下で膝をついていた守護者たちが立ちあがる。

 

 

 

 

 シャルティアは優雅にスカートを持ち上げ、頭を下げた。

 

「では、アインズ様。我が愛しの君。今しばらくお(いとま)しんす」

 

 そうして、シャルティアは玉座の間を出ていった。

 

 

 

 

 コキュートスは手にしたハルバードの石突きを床へと叩きつけ、頭を下げた。

 

「コノ身二代エテモ、不埒ナプレイヤーラハ第5階層ヨリ下ニハ通シマセヌ」

 

 そうして、コキュートスは玉座の間を出ていった。

 

 

 

 

 アウラは勢いよく頭を下げた。

 マーレもまた、自分の武器であるシャドウ・オブ・ユグドラシルを胸に抱え、慌てたように姉にならって頭を下げる。

 

「アインズ様。第6階層の守りはお任せください。かつての侵攻のときのような不覚は絶対に取りません」

「は、はい。僕も頑張ります」

 

 そうして、アウラとマーレは玉座の間を出ていった。

 

 

 

 

 デミウルゴスは胸に手を当て、優雅に礼をした。

 

「それではアインズ様。私も失礼させていただきます」

 

 そうして、デミウルゴスは玉座の間を出ていった。

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターは、踵を叩き合わせ、ビシリと敬礼をした。

 

「では、私めも宝物殿に戻ろうと思います。このナザリックの支配者たる至高の御方以外保有が許されぬはずの至宝! リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン! このアイテムの貸与、そして使用を特別に許された身として、このパンドラズ・アクター、偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様により創造されし者たるに、これはまさに……」

 

 長くなりそうだったので適当なところでその口上は遮られ、パンドラズ・アクターは玉座の間を出ていった。

 

 

 

 

 扉が音を立てて閉まる。

 

 つい先ほどまで、大勢の者がひしめいていた玉座の間。

 天井に吊り下げられたシャンデリアから色とりどりの光を降り注ぐ中、今も、そこに残っているのはごくわずか。玉座に繋がる階段の下にて、膝をつくセバス並びにプレアデスの者達だけである。

 

 

 あまたの気配が室内を占めていた後だったからこそ、人のいなくなったこの部屋の空虚さが身に染みるほどに、アインズには感じられた。

 

 

 まるであの時。

 ユグドラシル最後の日のようだ。

 

 

 かつてギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名の下に、共に世界を旅し、ユグドラシル中に名を轟かせ、このナザリックを作り上げたはずの友人たち。

 最後の日、一緒に過ごさないかとアインズ=鈴木悟はメールを送った。

 だが、そのほとんどは顔も見せなかった。

 かろうじてログインした数人もまた、サービス終了を待たずにログアウトしていった。

 

 あの時、ギルメンたちの紋章が記された旗、それを見回したときの事が脳裏にまざまざと思い起こされる。

 

 

 だが、あの時とは異なっているものもある。

 

 あの時、隣にいたベルはいない。

 傍に控えていたアルベドは現在、第5階層にて監禁中である。

 そして、階段の下に控えるプレアデスたちの中からは、ソリュシャンが欠けてしまっている。

 

 

 ――いったい、どうすれば良かったのか?

 何が間違いだったのか?

 

 

 自問するアインズ。

 ふと自分の右手人差し指にはめられた〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉が目に入った。

 そこに刻まれている3つの流れ星、その内の1つは輝きを無くしていた。

 

 

 

 アインズはいなくなったベルを捜すため、この切り札を使う事を決意した。

 これは超々希少アイテムであり、これを入手するため、アインズはかつて支給されたボーナスの全てをガチャにつぎ込むなどという、愚行、狂気の沙汰としか言いようがないことまでやったのであるが、ナザリックの者たち、ギルメンであるベルの為とあらば、使用するのはやぶさかではない。

 

 そして、アインズは〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使い、彼女が今何処でどうしているかを調べた。

 

 だが、その結果、判明した事。それはベルはこの世界にはいない。生存しているでも、死亡しているでもなく、そんな者は存在しないということが分かったのみであった。

 ベルが通常の状態でこの地のどこかへ行った、もしくは死亡してしまっているなどではない事ははっきりしたものの、肝心の知りたかった事、ベルとどうすれば再び会えるのかは分からずじまいであった。

 

 

 その結果に、アインズは落胆などという言葉をはるかに超える程に打ちのめされた。

 

 この〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉は、本当に強力ながら3度しか使えぬアイテムである。

 その3回中1回をほぼ無駄に使ってしまったのだ。 

 

 

 

 実際の所、〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉を使いきっても、アインズは自力で〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使うことは出来る。

 だが、〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉を使わない、本来の超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉は、使用するのにアインズ自身の経験値を必要とするのだ。

 すなわち下手に使えば、自身のレベルダウン、弱体化に繋がってしまうのである。

 

 

 もちろん、たとえ自分が弱体化したとしても、それでベルが戻ってくるというのならば、アインズは躊躇などせぬだろう。

 

 アインズにとってベルはかけがえのない存在である。

 それは間違いない。

 彼女を助けるためならば、我が身を危険にさらすことも、自分の財を捨てることも、全く厭わない。

 

 

 だが――。

 

 だが、それを使って、ベルが戻ってくるとは限らないのだ。

 

 

 ベルがどうなったのか? 

 彼女を取り戻すためには、何をすればいいのか?

 

 いまだ、まったく不明のままなのである。

 

 

 何度も〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使い続ければ、そのうちベルを助けることが出来るかもしれない。

 だが、出来ないかもしれない。

 

 捜索対象であるベルの状況が分からぬ今、〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使っても、調べる内容、叶える事柄によっては、せっかく発動させても無駄になってしまうことも十分考えられる。また、ワールドアイテムを始めとした超位魔法を超える力のあるアイテムや魔法などが使用されていたとするならば、〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉は無効化されてしまう。

 

 

 アインズにはこのナザリックの支配者として、ナザリックに対する責任がある。

 ギルメンたちが残していったこのナザリック地下大墳墓、ナザリックの全てのNPCたちを守らねばならぬ立場にあるのだ。

 

 〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉を使いきること、そして自力で〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使用し、自身が弱体化することは、ナザリック全体としての戦力低下を意味する。

 ベルを助けられるという、ある程度のでも確証があるのならともかく、そんなものが全くないあやふやな状況下の中において、切り札である〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉をアインズへのペナルティなく使える〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉、これを軽々に使いきる訳にはいかなかった。

 

 

 ――もっと早くに気がついていれば、もっと早くに彼女と向き合っていれば、こんな結末にはならなかったかもしれない。

 

 

 そんな自身のふがいなさを責める気持ちから、こんな自分が残る2回を使用しても、ベルを取り戻すことは叶わないのではないかという恐れをぬぐいされなかった。

 

 仮にそうなった場合、ベルは帰ってこないまま、ただ無駄に万能の奥の手〈流れ星の指輪(シューティング・スター)〉を使いつぶしたことになる。

 それは最悪の結果といえよう。

 

 

 アインズにとってベルは大事だが、ナザリックもまた大事なのである。

 〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使い、一か八かでベルを捜すか、それとも温存してナザリックの戦力維持をとるか。

 

 考え(あぐ)み、懊悩し続けた結果、アインズが下した決断はナザリックの封印。

 消極的な判断ではあったが、これ以上ナザリックの戦力を損なうことのないままに留めようと考えたのだ。

 

 

 

 そして、そんな決断をしたもう一つの理由。

 アインズには、一つどうしても頭を離れぬ恐ろしい想像があったからである。

 

 それは常にアインズの頭の片隅にこびりついていた。

 もしそれが事実だったらという、その恐ろしさにアインズは身悶えた。

 

 

 それは、いなくなったベル、彼女は実は正気のままだったのではないかという疑念だ。

 

 

 アインズは彼女の所持品らしきアイテムの山の中に、あるはずのない『傾城傾国』を見た瞬間、それまで想像すらしていなかった、この地にワールドアイテムが存在する可能性を知った。

 それで最近、ベルの様子がおかしかったのは、ワールドアイテムなどによる、なんらかの外的要因のために、ベルの精神が異常な状態になっていたからだと結論付けたのだ。

 

 

 その理由づけはしっくりときた。

 アインズの胸にそのまま、すとんと落ちるものであった。

 

 ベルはアインズの友人であり、彼女がアインズに不利益、危害をもたらすことなどあるはずもないのだから。

  

 

 だが――そうではない可能性もあるという事を、アインズの頭脳は囁いていた。

 

 

 すなわち、ベルは異常な状態になどなっていなかったのではないか、というものである。

 

 全くの正常な精神状態のまま、アルベドにワールドアイテムを渡す、アインズがリアルに行ったなどと嘘をつく、などといった一連の事をやったのではないか?

 全てはベルの真の意思によるものではないか?

 

 ベルはアインズがいらなくなった。

 だから、排除しようとした。

 そして、ナザリックを捨て、お付きであったソリュシャンだけ連れて、いなくなってしまったのではないだろうか?

 

 

 その事を想像するたびに、アインズの総身に冷たいものが走った。

 冷気に耐性があるはずの身体であったが、あたかも裸のまま雪山に放りだされたかのごとくにがたがたと震えた。

 数秒ごとに強制精神沈静が起きても、絶えず幾度も震え続けた。

 

 

「あ、あるはずがない、そんな事……」

 

 アインズは口の中でそうつぶやくも、その声はひび割れていた。

 

 

 皆で作ったこのナザリック、そして『アインズ・ウール・ゴウン』。

 だが、友人たちはやがて一人、また一人と去っていった。

 

 偶然ながら、最後の時にやって来て、そして再び共に過ごすことになったベル=ベルモット。

 

 そんな彼女もまた、かつて皆がユグドラシルにログインしなくなっていったように、ナザリックに飽き、この地を去っていってしまったのではないだろうか?

 

 

 ――自分が何か彼女を不快にさせる事をしたのだろうか?

 かつてユグドラシルでも、少しずつ皆はこのナザリック地下大墳墓、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を離れていった。

 もしや、それは自分に原因があるからでは……?

 

 

 邪推と言ってしまえばそれまでだが、そんな想像がアインズの頭から離れなかった。

 

 ベルとは会いたかった。

 だが、もしベルと再会したとき、面と向かってそんなことを言われたら……、そんな恐怖が彼に消極的な選択をさせた。

 

 

 

 ――会いたい。

 ギルメンたちに。

 会って話がしたい。

 昔のように。

 

 

 今、彼の心の中はそれだけで一杯であった。

 その為に、次にユグドラシルのプレイヤーが来るであろう時まで、ナザリックの全てを眠りにつかせ、待つことにしたのだ。

 

 もちろん、次に目覚めたとき、ナザリックに現れたのがギルメンであるとは限らない。

 可能な限りダミーダンジョンの方に対策はほどこしたものの、この地の者達ならともかく、かつてのユグドラシルプレイヤーならば、突破してきてもおかしくはない。

 その時は、目覚めたナザリックの総力をもって彼らを叩き潰し、再度挑めないよう対策を行ったうえで、再び眠りにつくつもりである。

 

 

 ――願わくば、次に目が覚めたときには、ギルメンたちに会えますように……。

 

 

 

「マスターソース・オープン」

 

 アインズの言葉と共に、水晶の玉座に座る彼の前に、半透明のコンソールが開く。

 流れるような操作により、ナザリックのNPCたち、いまだ活動状態にある者たちの名が並ぶ画面が表示される。

 

 七匹の蛇がその口に宝石を咥え、複雑に絡み合っている形状の杖、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを強く握りしめ、アインズは魔法を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日を最後にナザリックの名はこの地から消え去った。

 

 

 

 

 




 次で最後です。

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