Fate/Problem Children 作:エステバリス
アニメでぬるっと動くジャックを見る事程幸せな事などあるでしょうか?
例えば人には、絶対的な統一された意思があるとする。
現象Aに対して人が起こす行動は幾らかのパターンがあるだろう。だが、それがBという固定でどの人類も固定されたとしたら?
それは世界が人に敷くシステムそのものと化すだろう。それができる時代という物が、ある。
絶対王政、あるいは奴隷への強制。そうして人はいずれ人に管理されて滅ぶ。当たり前のように訪れる、人を人と認知しない事によって訪れる、滅び。それが、”ドラクレア”という魔王。
レティシア=ドラクレアはという魔王が持つ本質は、管理と奉仕による堕落と、その堕落に対する刑罰。慈母の笑みと為政者の威厳。いずれも内包する彼女こそが、この
———私の太陽は、何処にある?
それは太陽を求める串刺し皇女の、ゆりかごで呟かれた一言。
◆◇◆
あるいは、その時世界で起きていた事は真実なのだとしたら。
この眼前の悪夢は、きっと現実なのだろう。
西郷 焰は夢を見る。一寸先に広がる闇。母と兄という光源がまるで連鎖するかのように消えたせいだろうか。彼の世界は何も見えない暗闇の迷宮そのものだった。
だが、しかし、それでも。光はある。己も自覚しない光だったが、確かな光を放っていた。それは、
「―――なんだよ、コレ……」
幾つもの問が少年の前に現れては消える。文字は朧気で見えない。
声が聞こえる。幾つもの声が聞こえては脳を突き破っていく。
「……お前らは、誰だ?」
問い返す。すると心なしか声が澄んで来る。複数個重なった声は、確かに焰の耳に届くのだ。
私を、呼んでくれ。
私を、呼んでください。
私を、呼びなさい。
「誰だ……誰なんだよ……くそ!」
始まりはゆりかごが宇宙に浮かんだ日に。その夢の終わりは、この語りが終えたその先に。
◆◇◆
グリーともう一匹のグリフォンが空を並走する。夜が明け、いよいよ宙に浮かぶ古城へ突入する事となった。今回の突入は文字通り少数精鋭。十六夜と琥珀をはじめとしてサラと”一本角”の精鋭が幾らか。サラ曰く、二日で揃えられる限界との事だ。
どのみちレティシアをやるつもりなんてないのだし、ぶっちゃけた話いらないお世話なんだけどなあ、と思いながら遥か下に置いていったジャックを気にかける。
変な事……は別にいいとして。御チビの指揮を無視して迷子にならないだろうかとか、ハンバーグで他のコミュニティに出し抜かれたりしないだろうかとかそういう、年頃の兄が幼い妹にする至って普通の心配だった。
「十六夜は子供、好きなんですか?」
「ん? まあ……つまらない事考えるだけの大人よりかは何十倍も好きだな」
横で異なるグリフォンに乗る琥珀の問いに適当に答える。適当とは言っても嘘を吐く必要もない質問だった為事実だが、あくまで雑かつ適当な返答である。
その内には彼がジャックという少女を元の世界に置いて来た弟、妹と重ねて扱っているという少しの申し訳なさがあるのだが、その事情を知らない琥珀は単にしっかりと答えるのが七面倒だから適当に答えた程度にしか思わなかった。
「おかあさんって言われましたね、私」
「ん? そうだな。それがどうかしたか?」
「いえ、その理屈だと十六夜も私の息子ですかね? な~んて思っただけです」
「冗談はお前の異次元ワープみたいな脚力だけにしてくれ」
「それは多分十六夜が言っていい事じゃないと思いますけどね」
違いないな、と呟く。
「……それにしても面白い光景だな。”箱庭”だって言うのに地平線が見える」
「洒落にならない広さと地球をモデルにしたような場所という条件がありますからね。私も一度自由に、鳥のように空を駆けてみたいと思っていましたが、これはいいものですね」
「珍しいか? この光景が」
十六夜の横を並走するサラが目を輝かせる二人を見て嬉しそうに問う。二人は同じタイミングで頷き、返答する。
「ああ、珍しいね。空の旅なんて鉄の箱に閉じ込められた閉塞的なものでしかなかったからいいものだなんて思えなかったが……これはいい! この広く閉塞的な箱庭は生物、物、その全てが俺達には最高の宝物だ!」
両手を広げ天を仰ぎ見る。
朝の陽射しと身体を冷やす西風が心地良い。標高の高さと時刻から僅かに見える星がまた彼のテンションを上げるいい潤滑剤として機能する。
壮大な光景を十六夜は堪能し、琥珀もまた未知の体験に心を揺さぶられている。
———だからだろうか、気付けなかったのは。
編隊の真正面に突如現れた二つの闇に。
それに最初に気付いたのは部隊を指揮していたサラだ。
「…………ぁ、」
闇は突如としてカタチを変える。怨嗟、孤独、殺意、害意、同調意識、我等のみに非ず、凡てである、故に、そう、貴様等も同罪なれば。
声が聞こえる。太陽の陽射しに焼き尽くされた騎士達の絶望と諦観、憎しみを乗せて、二つの闇は姿を成した。
「……ぜ、全員逃げろおおおおおお!!!」
絶叫、しかし何もかもがもう遅い。死神の顎と極刑の鮮血が怪物が如き姿を晒す。
この異常な状況下において尚人を魅了する金の御櫛、血色を失い血を求め流離う狂気の瞳。暗闇に生きる彼等、彼女等こそが、吸血鬼と称される存在ならば。
その名こそが、魔王”レティシア=ドラクレア”。護国の鬼を携え現れた彼女は無常な瞳で、サラの身体を刺し貫いた。
◆◇◆
———それこそが、有るべき結末だった筈だ。
サラ=ドルトレイクは己の死を自覚した筈だった。
迫りくる狂槍。周囲を包む血色の杭。それらを知覚した時に彼女は既に、どうしようもない程に己の死を理解した。そして一瞬の抗いの後に諦め、この世からサラ=ドルトレイクという生命の鼓動が尽きる覚悟をした。
———逆廻 十六夜と琥珀という二者の介入が無ければ、サラはその思考通りの末路を辿っていたのだ。
「ッ、グ……!」
「………!」
「な……!?」
十六夜の身体は槍に串刺しにされ、サラを襲う手筈であった杭の山々は琥珀の剣閃によって斬り飛ばされる。得物の差が如実に出た、というのだろうか。自力で言えば琥珀よりも十六夜の方が強いのは明白なだけにこの結果は戦力に大きく響く。
「お、おま……」
「ク、ソッタレが……!! 逃げろって言ってんのが聞こえなかったのかよ後陣は!? さっさとしやがれッ!! 死にてえのか!! ぶっ殺すぞ!!!」
痛みに堪えるあまり言葉遣いが粗雑になる。それがいかに彼が苦悶の状況かという事を示しているだろう。グリーから跳躍した十六夜は貫通した左肩を煩わし気に抑えて叫ぶ。
琥珀もまた完全に防ぎ切ったとは言えず、何本か杭が当たり、頬や腕に血が流れている。彼女は脇腹をやられ十六夜程は表情を苦悶に歪ませてはいないが、若干痛みを堪えるような顔を見せる。
「ッ……! やらいでかッ!」
一喝、気合でその辺りはなんとでもする。数多くの修羅場を潜り抜け続けてきたサーヴァントである琥珀にとってはこの程度は慣れたもの、乗り越えなければ剣士未満である己がサーヴァント足り得る理由など存在しないという自戒の想いが彼女の原動力となる。
他方、他の突入隊は突然の襲撃による混乱と十六夜の怒号に気圧され蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出すが、それがかえってレティシアともう一人の影の注意を引く。
それを見た十六夜は更に顔をしかめる。
今回はたった一発だけだったからすんでのところで防ぐ事が出来た。だがしかし、それが何度も乱射されれば? 第一、一度に射出できる杭がレティシアとは段違いなもう一つの影の存在がより煩わしい。
「クソッ、サラ、武器あるか!? できれば長柄のヤツで!」
「わ、解った!」
サラがギフトカードから三又の槍を取り出して十六夜に渡す。
受け取った十六夜は槍を右手に持ち、グリーの手綱を左手で握って状況を再確認する。
(チッ、手綱は握れるがそこまでか)
内心で舌打ちをかます十六夜。そんな彼の状況を知ってか知らずか、琥珀とグリーがなるべく彼を安心させるように語り掛ける。
「十六夜よ、足は任せるといい。お前に誇り高き鷲獅子のあるべき姿を見せるまたとない機会だ」
「あの杭の方は私に任せてください。なんならどっちも私が倒しちゃいますけどね」
「……ハッ、言ってろ。飛べねえ以上はグリーに任せるが、琥珀は別だ。逆にあの杭の方も俺がぶっ潰してやる」
「言ってろですよ。土方さんもそうでしたけど、どうしてこう男の子は意地を張るのが大好きなんでしょうねえ」
「そりゃ、男の子だからだろッ!」
十六夜は大仰に槍を振り回し、レティシアの影を威嚇するそれが終わると同時に、レティシアと鬼の手元から総数三百はゆうに超える槍と杭が放たれる。
「しくじるなよ琥珀!」
「そっちこそ!」
槍を乱舞させて射出された槍を撃墜し、またあるいは迫る杭を一瞬で三枚卸しにする。二人共先日の巨人族の撃退戦で互いの癖や得意な手をある程度理解しているのだ。
十六夜の死角を琥珀が斬り落とし、琥珀の対応できない位置を十六夜が撃ち落とす。さも数年来の相方同士であるかのような動きだが、まったくそんな事はないのが驚くべきところだろう。
並外れた身体能力と動体視力を持つ十六夜と戦闘、敵を殺して生き延びる術と嗅覚を持つ琥珀にしかできない即席連携だというのは本人達も十分理解しているだろう。
故に、二人は心底安堵する。
今、背中を任せる者がここまで信頼に足る者である事のなんと幸福な事かと。
月並みな表現かもしれないが、この者にならば背中を預けられるかもしれないと。その兄弟な本質的に力を持つが故に本質的に誰かを信頼する事のできない十六夜でさえもそう感じてしまったのだ。それはこの二人が魂のレベルで共鳴、同調している事に他ならないのだろう。
「琥珀!」
「はいッ!」
襲い来る杭の山を一片たりとも残さない勢いで琥珀が強烈な速度で切り刻む。
ある時は十六夜が。
「十六夜ッ!」
「任せたぞ!」
一斉に投擲される三桁に及ぶ槍の雨を十六夜とグリーが巧みに立ち回り一本の槍で全て撃ち落とす。
ある時は琥珀が。
「「―――!!」」
言葉は必要ない。状況が、互いの目が、互いを動かす最善手を教える。
そしてある時は両者が。
口に出す事すらしない。積年のコンビプレーを見紛うかのように互いをカバー、脅威の指摘をこなす。
まるで重奏のように金属音を鳴らして二人は踊る。
十六夜を襲う槍を幾度となう繰り出された剣閃の下に粉砕し、琥珀に迫る杭を槍の衝撃波で吹き飛ばす。
全くスタイルの違う戦い方がむしろ協調感を醸し出す。
心がシンクロする。そんな野暮な事を言っている余裕など無い事は二人もよく解っているが、この溢れ出る”歓喜”の感情ばかりは取り繕えないし、取り繕うとも思えない。
それ故か、十六夜は思考が多少鈍った。
普段の彼ならばカタチだけとはいえ”
この魔王レティシアの影と鬼の影は単なる防衛機構。古城に向かう者を阻む、”第三者が意図して古城に仕組んだ”審判権限”の抜け穴”である。
戦意がらしくもなく高揚している十六夜は気付けない。十六夜よりも学のない琥珀では知り得ない。このゲームを仕組んだ某の意図も、決定的な正解に辿り着けながい。
……時間さえかければ、聡明な十六夜ならば今気付く事ができずともいずれは勘付く。故に、今はむしろ第三者が後ろにいる可能性を視野に入れずに突撃できる事を感謝する必要がある。
久遠 飛鳥が狙われる事を危惧していた彼に、飛鳥が危険な目に遭う可能性が高くなった事を知れば戻ってしまうかもしれない。
逆廻 十六夜は、金糸雀と蛟龍とウェイバーが残した普通の世界で生きる力がほぼ無意識下であらゆる分野で働き掛けている。
ある程度の交流を持つ人間の危険を無視できない一般的な価値観、己という世界で一番のファンタジーがいかにこの世界に不釣り合いで本来あってはならない存在なのか。
そういった倫理や最低限のモラルを得てしまった十六夜は勝てる道筋と友愛を秤に賭けられれば、十六夜は何を言わずとも後者を取ってしまうのである。
信頼と心配は別物であり、同居させる事は可能なのだ。必ずしも信じている相手に全てを任せる事はない。そんな事をやってしまえばそれは最早信頼ではない。盲目であり、思考の放棄だ。
閑話休題。ともかく、十六夜の持つ人間性は幸運な事に、今十六夜が取るべき最善の選択肢を選ばせたのだ。
その時、彼等の後方で爆発音が響いた。
「なっ———」
「ウオオオオォォォォォォオオオオッッ!!!」
巨人族だ。彼等の放つ”
———一人ひとりの声は決して巨龍には届かない。だが彼等は、巨”人”族だ。人の英知はそんな粗野で、野蛮で、暴れる事以外を勘定に入れない
諦めなければいつか夢は叶う。そういう綺麗な言葉を並べるのは、いつだって侵略者の得意文句なのである。
「クッ———サラ殿達は早く下へ! 拠点制圧だけなら私達だけで問題はありません! あとだいたい貴方方多すぎて邪魔です!」
「じゃ———わ、わかった! くれぐれも無茶はするなよ!」
「生憎無茶は死ぬまでやってましたよ!」
琥珀とサラはそんな風に軽口を言い合って別れる。彼女は馬戦車を引き、正面から串刺しの鬼を見る。生気を感じさせない全身漆黒の肉体と物言わぬ口では鬼が何を思考しているのか理解する事はできない。いや、恐らくは思考すらしていないのだろう。
だが、ここ少しの間琥珀が影にちょっかいを掛けて二つ解った事もある。
一つ、この鬼は視覚が明確に存在している。鬼が琥珀にする対応は間違いなく琥珀を”頑強な男”だと誤認している対応であった。これは彼女が長くこの独特の視線と付き合う事で理解できるようになった感覚の話なので説明しろと言われても困るが。
二つ、鬼はレティシアの影を守護するように立ち回っている。そういう風にプログラミングされているからなのか、影、あるいは影のベースとなった者がレティシアを守る者であったかは定かではないがその視線が時折、ほんの僅かに琥珀から離れてはレティシアに攻撃しようとする十六夜に神がかり的なタイミングで防いでみせた。
戦いの天才と生前評された琥珀だからこそそれらは見抜けた。
(獣でないのならば僥倖。私も手の尽くしようがあるというものだ)
そしてついでに、琥珀は戦いになると目が豹変する。普段は気のいい柔和な笑みを浮かべてばかりだが、いざ強敵との戦いとなると彼女は飢えた狼を連想させるかの如くギラついた目をする。ひたすらに貪欲で、血生臭い目だ。
今の彼女はまさにそれ。手には刀が握られているというのに、彼女は今にも鬼を喰らうような目をしている。彼女はこの渇きを埋めるべく、鬼を殺すのであろう。過去に果たされた願いは夢想しつづけた彼女の肉体を戒め、思考を一本化させる。
「生憎、我等は考える事は不得手……思考に耽溺する事など無いと知るが良い」
戦いは再び始まる。空に浮かぶ古城を見据える、もう一つの浮遊物に誰かが気付くのは、もう少し後だ。
茶番オンリー
どうして『サモさんと水着王は別』