古城、最終フロア。屋上。
黒衣をまとった少年がそこにいた。
銀髪の少年は漆黒の剣を中段に構え、深紅の眼で敵を鋭く、射殺すように睨みつけていた。
もしもただの人間が、直接彼の眼を見てしまえば恐怖のあまり卒倒するであろう。
だが今回の相手はただの人間ではない。
それよりも厄介な、魔物である。
恐怖を煽る鉄を引きずる音。少年の耳に届く音はそれだけではない。
動物的な、獲物を前としその喜びに上げる狂気の息遣い。
暗闇から姿を表したのは、まるで地獄の釜の底から這い出てきた中世の騎士のようだった。
鎧の所々は血で錆びつき、その片手に引きずる武器は少年の背の二倍はある血に濡れた処刑用斧。
兜の深淵の隙間から覗くのは妖しく揺れ動く魔物の眼、そのものであった。
少年はそのさまに逃げ出すことなく、ただ悠然と剣を構える。
それからどれだけ時間が経ったのだろうか。どちらも、相手を睨むだけで一向に動こうとしなかった。
いや、正確に言えばお互いに見えない戦いをしていた。
脳を使って、何十種類もの攻守パターンをイメージする。
少年も、向かい合う異形の騎士も百戦錬磨の戦士だった。
ただ闇雲に突っ込むのは素人だと心得ているのだ。
雨が降ってきた。なおも少年は睨み続ける。
先に動いたのは騎士だった――――――
雄叫びを上げ、遠心力に任せ大剣を振る。
単純ながら、黒衣だけという少年を輪切りにするには十分な威力だった。
「スキル˝ファントム・ブレイク˝」
少年が静かに、相手の死を呟いた。
その風圧が感じられるほど近くに処刑用斧が少年に迫った。たとえ少年の持つ漆黒の剣で防いだとしても、剣が折れるか、その衝撃で弾き飛ばされ、屋上から落ちるか。どちらにせよ死ぬ。一歩、遅かったのだ。
少年は潔く諦めたのか、眠るように静かに目を閉じる。
その瞬間、処刑用斧が少年を捉え、肉を抉る。血が吹き出し、怪物が歓喜に咆える――――――
かのように思えた。
それは一瞬の出来事だった。
倒れたのは異形の騎士の方だった。
短い金属音の後に遅れて、騎士の体が燃え上がった。
「グ……グガァアアア!! ジェェェエエダァアアアアスー!!」
怒りの声か、あるいは最後の断末魔か。騎士の体は闇の炎に覆われ、踊るように燃え上がる。
少年の姿は、燃え上がる騎士の背のはるか後ろにあった。
少年の漆黒の剣はただの剣ではない。一時的に少年の身体を霧散させ、さらに鋼鉄の鎧をも切り裂くことのできる魔の剣だったのだ。
剣を収め静かにその様子を、元は高潔な騎士であっただろう彼のために祈る。
少年の名はジェイダス。
冷たい雨が、ジェイダスに同情するかのように降り続けていた。
――――――
「ログアウト」
『おめでとうございます!。今回の『古城の闇騎士』の依頼達成により個人成績一位となりました。
つきましては後日、個人成績一位の記念を祝し記念品を送らせていただきます。
運営より』
「へー、そんなもんがあるんだ。まあこれで俺も晴れて卒業かねえ、もうやることもねえし」
ヘッドディスプレイを外し、軽く体を伸ばす。
気が付けば小鳥が囀り、カーテンの間から陽向が差していた。
眠い体に鞭を打ち、カーテンを全開にして布団を畳む。台所に行きお湯を沸かし、ついでにトイレに入る。
トイレを済ませたら沸騰したお湯をコーヒーの粉を入れたマグカップに注ぎ、それを飲みながら適当に冷蔵庫から材料をつまみだし朝食を作る。
これが俺、朱堂 昴の退屈な一日の始まりである。
学校に到着するのは、いつも誰もいない時間だった。
やることもないので、鞄に詰めていた枕を取出し机に突っ伏して寝る。
連日の徹夜により、羊の数を数える間もなく眠りに落ちた。
そして俺が起きたのは、いつものように夕方だった。
不良のレッテルを貼られている俺は生徒はおろか先生にまでも空気扱いだ。
まあそのおかげでこの時間まで寝られているので悪くもないが。
枕を鞄に詰め込み帰宅する。
ここまではまあいつもと同じだったんだ。
「?」
玄関に着くと一人の少女が靴箱を開き何か悩ましげに下を向いたり、上を向いたりしていた。
何か探しものだろうか。それとも首でも痛めたのか。
いや、そんなことはどうでもいい。早く行けと、陰でその念の視線を送る。
俺の靴箱が彼女の靴箱の上の段にあるので、ちょうどそこにおられると邪魔で俺の靴が取れないのだ。
一向に帰ろうとしない彼女は黒い艶やかな短い髪で、前髪は眉毛の少し上で切りそろえられており、
可愛らしく後ろで髪を結んでいた。
待つこと30分。アカベコのように上下に頭を動かしたり、たまに嗚咽まじりのため息をついたりと、帰る気がないらしく、暇だったので詳しく分析した。
地味と言えば地味だが、化粧っ気のない素朴な目立たない系美人であると俺は高評価の採点をした。
……あれ、名前なんだっけ。斎藤・・・? 田中・・・?
俺は恐ろしい事実に気づいてしまった……。
おそらく同じクラスだろうが、全く関わらないので、名前がわからん。なんと声をかければよいのだろう。ダンジョンに誘う感じで「ねえ、今夜俺と二人で深い穴に潜らないかい?」
我ながらそれはねーな。
まあ別にいいか。というかそろそろ帰れよ。イベントに間に合わんだろ。
俺はジェイダスのような歴戦の騎士ではない。
痺れを切らした俺は、久々に生身の人間と会話するということもあり、魔王相手にお鍋の蓋と木の棒で挑む勇者の覚悟で少女に歩み寄る。
「あーすみません。靴とっていぃですっ?」
小学生女児に声をかける不審者のような声。
やばい、自分でも死にたくなるぐらいきもい声だった。
「ひぁうっあっ!?」
危うく転びかけた彼女の手を反射的に掴む。
手え柔らけー……感動している場合でなくて。
なにもそこまで驚かなくていいだろう。俺だって人間だもんそりゃあこころが傷つきますよ。
んで、その少女は顔真っ赤にして、玄関口まで逃げるように走って、思い出したかのように振り返る。
「あ、ああありがとぅ・・・・・・・・さようならっ!!」
ぽかーんだ。
つーか、なんで裸足なんだよ。裸足健康法ってまだ流行ってんのか?
それはそうと、やっぱりヴァーチャルリアルゲームと違う感触だよな、女って。
あとすげーミントみたいないい匂いしたし。
「何考えてんだ俺は……」
穴があったら入りたい……この妄想高校生を誰か通り魔が優しく殴ってくれないか。
それはさておき、俺はこのまま通り魔に優しく殴られることなく無事に帰宅し
ヴァーチャルリアルゲームを起動させ、ヘッドディスプレイを装着しベッドインする。
『新着メール3通』
『件名:初心者歓迎イベント開催』
未読 『件名:挑戦状 悪しき狼の森で待つ 獣耳旅団ギルドマスター アリューシャ』
未読 『件名:挑戦状 悪しき狼の森で待つ まだかにゃ?』
「今日のイベントは初心者歓迎イベントぉ? 初心者と同伴しダンジョンをクリア、またはレベル20まで上げたプレイヤーと初心者プレイヤーにレアアイテム交換券を10枚プレゼントしますだぁ?」
他の新着メールは面倒なのでスルーした。
ゲームで特にやることはないが、現実にいてもやることもない。
ただ退屈な時間を、何も考えなくてもいいゲームで消費するだけ。
人生という長いクソゲーの時間を、出来るだけ短くするために。
俺は……今日も仮想世界に旅立った。